つぶやき

大学院の向き不向き

2026/04/13 23:19
最近大学院生に向いている人間、向いていない人間について考える機会がちょくちょくあった。
私の修士の同期は、誰から見ても研究者っぽい雰囲気なのに向いてないから博士は行かないと言って修了した。
博士の方と交流して私が感じた、大学院に向いている人間は、
◯孤独に強い
→博士課程は本当に孤独なので、ひとりでいるのが好き、くらいの人間じゃないとダメかもしれない。就職も結婚もせずに、社会から置いていかれる感覚に耐えれないといけない。私はあまり孤独には強くないので厳しいけれど、文系で時間に余裕があり、他のコミュニティに所属できるのでマシ(あと実家なので)
◯計画性がある
→永遠に夏休みなので、自分で管理できないといけない。短期中期長期の計画を立てて実行しないといけない。
◯コミュ力がある
→よっぽど抜きん出てない限りはコミュ力が必須なんじゃないかと思う。京大東大生でも必死に社交界にしがみついているので、ほぼ必須だろうなと思う。初対面の人とスラスラ話す力、自分を売り込む力、営業みたい。
◯自己顕示欲
→同期はこれがないと言っていた。自分の意見を公に主張する気になれないらしい。(悪い意味ではない)自己顕示欲が必要なのだろうなと思う。同人誌やってる連中はこれがあります。自分の意見とか考えとか作品を何かの媒体で発表したい、という欲のないタイプは向いてないかもしれない。オタクはオタクでも受動的消費のオタクは研究者向きではないなと思う
◯フットワークの軽さ
→私が一番ないやつ。なんでこれが必要なのかわからないけど、今まで会った博士後期の人たちは皆海外に行ったり、変なものを食べたり(よくわからない海外のメシ食いがち)、マジ?みたいなことしがちなので必要なのだと思う。私は意外と保守的なのでこれができない。全体を通して考えるに、フットワークの軽さは生産性と繋がりがあるのだと思う。論文を書いたり学会発表したりということは生産的な行為なので。
◯無神経さ
→無神経じゃないと博士課程には行けないと思う。お金もかかるし、家族とか交際相手の理解も必要だし。でも行きたいんだもーん!っていう無神経さがないと長くとも修士で終わる気がする。親の貯金を食い潰す無神経さ、交際相手の婚期を遅らせる無神経さ、社会の視線を無視できないといけないと思う。うちの大学の女子生徒の尊敬を集める某女性教授は、長年連れそった交際相手の転勤に際し「着いてきてくれないか」と言われて研究をとった(ので別れた)、という逸話がある。よっぽどお金持ちか将来が絶対視されている研究者(そんな人いるのか?)じゃないのに博士課程に進む人間は無神経で自分勝手なやつである。でも仕方ない研究したいんだから。

私は未だに研究に向いているのか向いていないのかわからない。わからないのでいつまで続けていいのかわからないんですが。
修士くらいは別に向いてなくても気軽にいけばいいと思う。指導教員が無理やり修了させてくれると思うので。その分野が好きなら行けると思う。

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