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慕情

 DIOの館まで承太郎達を案内するなんて冗談ではない。私は、自分を見下ろす屈強な男たちに言い張った。
 人から殴られるのなんて初めてだった私の身体は満身創痍といっても過言ではなかった。それに、DIOの元へのこのこ戻ったところで、執事の言うところの「肉の芽」を植え付けられて、悲惨な目に遭うに決まっていたから。
「そんな酷いこと、するわけないでしょうね?私、ンドゥールさんのところに行くまでは死ねないんだから」
 ひねった脚を撫でながら彼らを見上げ、ウウン、と首をひねるジョセフ・ジョースターに懇願する。
「それに、案内は貴方たちじゃなくて、私に必要だと思わない?私、ンドゥールさんがどこで亡くなったのか全然知らないもの」
「ずいぶん元気じゃのう……」
 一悶着あったが、私は何とかDIOの屋敷への付き添いを免れた。ただし、ジョースター達がDIOを倒して生きて帰って来ることが前提条件だ、と承太郎が言った。そして、ジョースター一行をバックアップしている組織の管理する、カイロ市内の病院に隔離されることも。
「仲間」も皆、場所は異なるが、財団の目の届く場所にいることも告げられたけれど、それに関しては苦笑いしかできない。果たして、彼らのうち何人、自分たちは「仲間」だと自負する奴がいただろうか。
 財団員の運転する車の後部座席に寝かされた時、見上げた窓枠に収まった承太郎たちがちょうど、切り取られたポートレートみたいに見えた。これぞ「仲間」という感じがした。思わずふふっと声が漏れる。不思議そうにこちらを見下ろした承太郎と目が合ったので、コソっと告げた。
「お礼、何がいいか考えておいて頂戴ね」
「…………やれやれだぜ」
 承太郎はほんの一瞬、瞳だけで驚愕したが、すぐに呆れたようにそう言った。


※※※


「DIOのスタンド能力について、何か知っている事は?」
 カイロ市内でも指折りの病院に連行された直後だというのに、私はスピードワゴン財団職員によるカウンセリングという名の尋問を受けている。
「入院早々、色々聞かれるかもしれんが素直に答えとけば大丈夫じゃからな!」
車に乗せられる直前、初めての歯医者に緊張する子供相手みたいな口ぶりでジョセフ・ジョースターに笑いかけられたのを思い出した。
 ベッド脇に腰掛けた四十代ほどの男性は、クリップボード片手にDIOやそのスタンド、館での生活ぶりについて細かく質問を繰り返す。同席している医師も財団の人間で、私に逃げ場はない。
 私は体に細かな傷をつくっていたけれどほぼ無傷ということもあり、即囚われの身になったというわけだ。
 嘘をついてもどうせ長引くだけなんだろうな。
 昨夜から、大げさではなく本当に一睡もできていないのだ。早く終わらせて、とにかく眠りたかった。
 不思議なことに、DIOについて知っている事をペラペラ話すのに、良心の呵責は一切なかった。おそらく、嘘をつかなかったからだ。両親との食事の約束を「友達の家に泊まることになったから」と破ったときの方が生きた心地がしなかった。
 DIOの手下との関係性については一切聞かれなかったので、スムーズになんとか全ての質問に回答できた。
 職員は面妖な表情でクリップボードを見てから「今日はここまで。明日、ご両親がいらっしゃいますので」と言った。

 翌日、朝食の後に同じ職員が来て「DIOへの忠誠、ジョースターへの敵対反応共に見られず。2日後に釈放です」と言った。


※※※


 病室へ駆けつけたときの両親の顔を、私は一生忘れられないだろう。
 ジョースター一行と別れて半日後、憔悴した顔のふたりは私を痛いほどに抱きしめた。
「よかった……もう、……無事で……」
「……お父さん」
 父に抱きしめられたのは、覚えているかぎり初めてだった。一生わからないままだったのかもしれない。そう思ったら、素直に「ごめんなさい」が出てくる。少しだけ鼻声になってしまった私に、母が嗚咽を零しながら「よかった」と言った。
 後から聞いたことだけれど、私は「家出をしてさ迷っていたところを暴走車にひかれかけ、たまたま通りかかった日本のツアーガイドに保護された」ことになっていた。すべて、スピードワゴン財団所属の主治医が両親に説明していた。スタンドのスの字も出て来ない。
 一生忘れられないものがもうひとつ増えたことになり、私は押し寄せる自責と憤慨で、どんな顔をしたらよいのか分からなかった。
「もっと、話が必要なんだと思う」
 翌日、半休を取って一人で病院へ来た父は、私としっかりと目を合わせた。
「退院したら、お母さんと3人で出かけよう。観光は、ゆっくりしたことなかったね」
 父の顔を見て思った。どんなに私がおかしな事を言ったとしても、何も言わないでいることほど、愛する人を傷つけることはないのだろう。
「有名な市場があるんだよ、名前は確か」
「知ってる。ハーン・ハリーリでしょう」
「……詳しいんだね」
「何回も行ってたんだよ。一生分くらい」
「じゃあ、違うところにしようか。博物館は?もう行った?」
 行きたい場所なんてひとつしか思い浮かばなかった。
 沈黙は親を傷つけるけれど、墓まで持っていかなければならない秘密を一つくらい持っていたっていいだろう。話さないことも、信頼の一部だ。

 父が会社へ戻り一人になると、レースのカーテン越しに景色を眺めながら、ジョースター一行のことを考える。
 DIOに真っ正面から向かって言って無事に帰って来たら、彼らは恐ろしく強いということになる。承太郎は、私が今までに会った同世代の誰よりも強そうだ。いや、実際強いのだけれど。そうでなくては困るのだけれど。
「あ、」
 ふいっと、“彼女”が現れた。カーテンにくるまって楽しそうに舞を披露している。こうしてみると、案外かわいいものだ。“彼女”自身は何も怖くはない。
 しばらく眺め、昼食を摂り、午後には母がやってきて学友の手紙と見舞いの品をもってきてくれた。
 スピードワゴン財団の職員がやって来て、DIOの死を告げたのは日暮れだった。
「ジョースター様たちは重傷を負ったため、お約束の件については後日連絡致します」
 一応敵だというのに、職員はやけに丁寧だった。そして、もう私に用はないとばかりに無関心だった。
 私も同じくらい――――自分でもビックリするくらいに――――かつての主人の死を知っても何とも思わなかった。
 悲しくないし、財団が判断したとおり忠誠心もないから後を追おうとも思わない。DIOを倒したであろう承太郎に対する怒りもない。
 あんなにすごい人でも死ぬんだな、って、それくらいだ。冴えない私を評価してくれた人が一人消えたことに対しては、わずかな寂寥はあるけれど。
 
 ふと、執事はどこへ行ったのだろうと思った。
「あの、聞いてもいいですか」
「……なんでしょう」
「DIOの館って、今はどうなっているんですか」
「詳しくはお伝えできかねますが、ただいま調査中でございます」
「誰もいないってことですか」
「……立ち入り時の検査では、生命反応は出ませんでした」
 訝しげな視線を無視してお礼を言うと、職員は何も言わずに出て行った。
 執事について、私はほとんど何も知らないままだ。紅茶を入れるのが上手いこと。お兄さんがいること。テレビゲームが趣味だということ。からかわれるのが嫌いなこと。それくらいだ。
 保身に余念のない彼の事だから、どこかに逃げおおせたのかもしれない。口の上手い彼の事だ。私には無理でも、DIOを言いくるめるぐらい簡単にできそうだ。
 あんな別れ方をして、後悔がないと言えば嘘になる。まあ、縁があったら、地球のどこかでまた会えるだろうか。
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