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翻弄

 あれから、DIO様からの呼び出しはない。月曜日の「お話会」には欠かさず顔を出すけれど、あの日のような、会合じみた集まりには呼ばれていなかった。会合自体が開かれていないのか、私だけが呼ばれていないのは分からないけれど。

 あの会合後の初めての月曜日。気分が重かった。あの日集まった人の中で、DIO様に全て捧げる覚悟がなかったのはきっと私だけだ。月の光のように儚いという表現はよく聞くけれど、DIO様を照らしていた月明かりは眩しいほどだった。夢中になる人の気持ちは想像に難くない。しかし、私にはとてもついていけそうにないと悟ったのも確かだ。

 いつも通りドアを開けてくれた、執事改めテレンスさんは、私を見ると少しだけ頭を反らし、平静を装った。何事もなかったかのように平然と顔を出した私を軽蔑しているのかもしれない。
「この間は、ごめんなさい」
 何か言われる前に、私は口を開いた。あの会合に嫌気が差したのは事実だ。しかし、気遣ってくれたテレンスさんに対して失礼な態度を取ったまま出てきたのは、気に掛かっていたからだ。
「……立ち話も何ですから、中へ」
 さりげなく私の脇へ寄り、軽く肩に触れて室内へ促す。私はその流れるような動きに乗せられて、彼と共に廊下を進む。肩を抱く手はそのままに。
「もう来ないものと思っていました」
 意外なことに、彼は踊るような声色で言った。少なくとも、怒ってはいなさそうだ。いつになく気遣うような彼を不審に思いつつ、白い顔を見上げる。
「来ないわけには、いかないのでしょう……?」
「ええ。あなたはもう、DIO様について知りすぎていますから……それに、あなたのスタンドはとても魅力的だと仰っていました」
 私と目を合わせながら微笑む彼の声が嘘か本当かなんて、どうでも良かった。今の時点での評価なんて、あってないようなものだろう。これから、私が実際に敵と遭遇して、結果を出せるかどうかだ。
 ひとつ、どうしても気になったことを質問する。
「もし、私が今週来なかったら、どうなっていたんですか?」
「さあ……年齢も丁度良さそうですし、『餌』にされるか……『肉の芽』を埋め込まれるか……少なくとも、悲惨な最期を迎えていたでしょうね」
「……『肉の芽』?」
 どんな芽なのかは分からないけれど、ニュアンスからしておぞましい物のような気がしてならない。顔に出ていたのか、あれは見ない方がいいですよ、とテレンスさんが声をひそめる。
「私も、同志の悲惨な行く末を見たくはありませんから、今日来てもらってよかったですよ」
「そうですか……」
 聞かなければよかった。
 同時に悟った。心がどんなに賛同できなかったとしても、DIO様に逆らうのはよそう。


 割り切るしかない。これはアルバイトだ。仕事だ。完全に命が保障されたわけではないけれど、少なくとも、DIO様に殺されることはない。報酬も出る。こんなことは、社会に出たらいくらでも身に降りかかることだ。今のうちに予習できて良いじゃあないか。邪な心を殺して、やるべき事に専念する。正しい大人としてのあり方ではないだろうか。


「同志、って同僚っていうことでいいんですか?」
「……厳密には違うでしょうが、まあ、そういう言い方でも良いでしょうね」
「じゃあ、あの、同僚同士のたわいないお話ということで、ひとつ聞きたいんですが」
「何ですか」
「テレンスさんは、どうしてDIO様の所で働いているんですか?」

 気になっていたことだった。テレンスさんは、ンドゥールさんのようにDIO様を神様のように崇めているというわけではなさそうだからだ。憧れているわけでもないのだろうな、と私は勝手に想像している。
 そんな失礼な事を考えているのが見破られたのか、テレンスさんはあっさり拒否した。
「そういった、個人的な質問は控えた方が良いですよ。逆に弱みを握られてしまいますからね」
「DIO様には言ったりしませんけど」
「あなた、そんな世間話をできるほどあの方と打ち解けていないでしょう……そうじゃあありません。この間集まっていたヤツらに、そんな質問をしてごらんなさい。あの夜以上に、辱めを受けたいのですか」
「……それは嫌ですが……同僚にそんなことします?」
 テレンスさんが大きなため息をつく。失望されたように感じて、少し傷つく。
「学校にもいませんでしたか?弱い者を挨拶代わりに蹴飛ばしたり、からかったりする輩が」
「分かりました……もう聞きません。テレンスさんは、望んでDIO様にお仕えしているんですね」
「ええ。その通り。あなたもでしょう」
「そうです」
「ならば、なるべく口は閉じていた方が賢明ですよ。さあ、中へ」
 テレンスさんが、私の肩から手を離して戸を開ける。
厨房の業務用キッチンは、作業台もシンクも、いつもぴかぴかに磨かれている。テレンスさん以外に掃除する人がいないらしい。殺し屋をたくさん雇ったせいで館に常駐する人件費を削らざるを得ないことは、想像に難くない。まあ、それはテレンスさんが忙しいだけなのでいいとして。
「……DIO様はまだお休みなのですか」
「いいえ。外出中です」
「どうして最初に言わないんですか」
「良いではないですか。私だって話し相手が欲しいときくらいあります」
 そんな事を言われると、帰れないではないか。DIO様が話し相手としての才能を持ち合わせていないことくらい、何度も会っている人なら誰にでも分かることだ。演説はヒトラー並みだと思うけれど。
 ティーセットを並べたりコーヒーをドリップする手つきを眺めていると、テレンスさんがまた微笑む。
「面白いですか」
「面白いというか……人が、何か作業をしているところを見るのが好きで。昔から。何でもいいんですけど」
「なるほど」
「やりにくかったら、ごめんなさい」
「いいえ。かまいませんよ」
 フィルターから落ちるコーヒーは、砂時計のようだなと思った。
 
 ふと、あの夜の集会の場面が頭をよぎる。
 ああして、およそ全員の構成員を集めたということは、近々敵が攻め込んでくるということなのだろう。いや、攻め込まれる前に倒してこいということかもしれない。もう、指示されて動いた人もいるかもしれない。
 私も、敵に向かっていかなければならないのだ。とても憂鬱だ。

「あなたに、ひとつ、お聞きしたいことがあります」
「なんですか……?」
「……スタンドを、人に向けることはできますか」
 久方ぶりに、テレンスさんのスタンドが無機質な顔を向けていた。奇妙なことにい、この時の私には、表情など持たないはずのそれが、何か言いたげな雰囲気を醸し出しているように見えた。
 私は、自分に言い聞かせるように答える。
「……できなくても、するべきことだと思っています。テレンスさんも、そうでしょう?」
「……もちろん。命令ですから」
 スミレ色の瞳に浮かんでいたのは、見間違いでなければ、確かに憐れみだった。
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