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未練

 レモンのアイスクリームを食べたあとで、プロシュートは、しばらく海を眺めてからこう言った。
「少し歩こうぜ」
 彼の様子はまるで普段と変わらず、今すぐにでもアパートへ戻りそうな雰囲気だ。しかし、私の方は、結い上げられた見事な金髪のほつれを気にしないのは彼らしくないな、と冷静に観察眼を働かせていた。
「……食べ終えてからでもいいかしら」
 最後に食べようと取っておいたウエハースを摘む。プロシュートが、ゆっくりでいい、と優しく言うので、私はその貴重な表情と、柔らかな口当たりを心ゆくまで堪能した。


「私ね、上手くやっていけそうよ」
「そりゃあよかった」
 ティレニア海に沿う街道で、革靴とヒールの音を響かせた。歩幅は違えど、私の方が先に店を出たので、プロシュートは背後から声を張り上げる。
「初めてのデートはどうだった」
「あれはデートとは呼べないわね。仕事の延長よ」
「食事には行ったか」
「連れてってくれたわ。その後はバールで飲んで」
 いつもの汐風が、また髪の毛をバラバラにして頬に貼り付ける。
 あまりにもいつもと違い過ぎて、不安になる。振り返った時、プロシュートの口が何か言葉を紡いでいることが分かった。
「んん?なあに、聞こえなかったわ」
「アン?」
「……何でもない、」
 ヒールの踵が石畳の隙間にめりこんだ。片足でバランスを取ろうとして、くるり、と体がバレエでも踊るように回転する。プロシュートの姿が再び視界から去り、苔の匂いがぷんとしたかと思うと、二の腕を堅い何かに掴まれ、姿勢を戻される。
 いつもの洒落たスーツから覗く胸元がいま、目の前にあった。

「オイオイ、ちょっと不器用なパ・ド・ドゥってところか?」
 今日初めての意地悪な声。

 そう、その声が聞きたかったのよ。

「これは不格好って言うのよ」
 さりげなく腕を引こうとしても、二の腕を掴む強さはそのままだった。
 少し責めるような視線を送ると、親に叱られた子どものようだった表情が、ふっと消え失せる。そして、決心したように一呼吸置いた。

「オレと来る気はねェんだな」

 返事は既に決まっているのに、無理矢理答えを変えたくなるほど魅力的な表情。

「正確には、オレ達と、でしょう?」
「ダメなんだな」
 核心を突くように聞かれると、少し苦しい。私はプロシュートの腕に左手を乗せたいのを耐え、曖昧に微笑んだ。
 この時の喘いだ気持ちを、私は、何度でも思い出すことになるだろう。そして、数えきれぬほど忘れる決意をするだろう。例え、できなくとも。
「ええ、ダメね」
 そう答えた途端、するりと手が離れた。さっきリストランテで気になった後れ毛が、生ぬるい風に吹かれて踊っている。こんな時に、まさか初めての発見をするなんて。
 フフ、と笑うと、プロシュートがまっすぐな細い眉を寄せて唸るような声を出した。
 

 ああ、よかった。
 これで、少しは明るい思い出として持って行ける。

 
  
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