衝動
承太郎の、その瞳がいけない。
私だって、自分なりの正しさを信じて行動しているだけなのに。なんだか自分が責められているような気分になる。
「あなた達、知らないでしょう……急に変な超能力が出てきたときに味わう気持ちなんて。そんなに能力を使いこなしているんだもの」
唐突に話し始めた私を、男たちが訝しげに、毛を逆立てた猫みたいな様子で睨む。猫というには逞しすぎる男たちだったけれど。
「彼女」が私の身体にするすると巻き付く動きを目で追いながら、私は自分が微笑んでいるのを分かった。少しだけ、気分が和らいでいく。
いつしか「彼女」を恐れなくなった自分を知ったときの衝撃といったらなかった。
「ちょっとだけ、楽しいことができたらそれだけでよかったのにね。まさか、全然関係ない人達を殺してほしいって頼まれるなんて思わないじゃない?」
再び「彼女」がフラフラとゆらめくのを、承太郎は美しい瞳を警戒の色に染めて笑った。
「フン。ちっとは後悔してるみてぇだな。止めるなら今だぜ」
「そんなことできない!」
承太郎のスタンドはどっしりと構えていて、闘いの化身のようだ。「彼女」がその肩を抉っても、微動だにしない。
どうしてそんなに、平然としていられるの?
「私が止めたら、ンドゥールさんに顔向けできない……!」
DIOがこの先、承太郎たちに倒されるのだとしても。それでは意味がない。
せめて、私が、ンドゥールさんの意志が報われるようなことをしたかった。
たとえ、どれだけ無謀だとしても。
「だから、あなたたちがDIO様に会うのは駄目なの。ここでさよならしましょう」
「それはできない約束だぜ」
承太郎は腹立だしいほど魅力的に、にやりと笑った。
「俺たちはどうしてもDIOに会わなきゃならないんでな」
「……っ私だって、私だって行かなきゃならない!」
「彼女」の実態のない指先が、鋭いナイフみたいに承太郎を斬りつけた。
承太郎が少し怯むのを見て、私はンドゥールさんが死んだ元凶が彼であるかのように責め立てる。
「そんなふうに、普通にしていられるのが信じられない……!スタンド?それがあるせいで普通じゃなくなった私を、DIOは傍に置いてくれたの。ンドゥールさんと会わせてくれたの。それなのに、あなたたちは、ンドゥールさんを二度と会えないところへ追いやったの!」
承太郎の腕を、銀髪の男の胴を切り裂く。傷が深いのか、銀髪の男は膝をつく。
私はそれを、誰か違う人が侵した行為みたいに、無関心に視界の端で捉えるばかりだった。そう、DIOの傍にいる時みたいに。
承太郎のスタンドが私から逸れたかと思うと、背後から襲ってきた。無論、「彼女」は私を押して回避しながら反撃する。腕先をジョセフ・ジョースターの茨に変化させ、承太郎の首を締め上げようとする。
そのときだった。
体が一瞬浮いたかと思うと、私は自分の髪の毛が横向きに流れていくのを見た。初めて見る光景だった。そして、次の瞬間には地面にたたきつけられた。
「グッ……ッ!」
漢字 遅れてやってくる、肩と腰の痛み。何が起こったのだろうか。
「アンタのスタンド……『風』を操る能力だな。実態がないぶん動きを読むのに苦労したが、ソイツは攻撃をした後で必ず、アンタの体に纏わり付く……まるで心配するみたいにな。アンタの髪が長くて巻き上がるから、分かりやすかったぜ」
そんなこと、知るものか。
ざり、と視界に入ったのは、黒い革靴だ。自分の意志に反して、首だけがくいっと起こされる。ジョセフ・ジョースターのスタンドだ。
「老いぼれだからと侮ってはいなかったかな、お嬢さん?」
挑発するジョセフ・ジョースターの声と同時に、影が差す。
「さて……そろそろ、DIOのスタンドについて吐いてもらうぜ」
横向きに倒れたままの私を、承太郎が見下ろす。影になって表情はよくわからないけれど、瞳だけは透き通るような輝きを放っていた。
「教えてくれりゃあ……ンドゥールについて、俺が知っていることをひとつ残らず教えてやるよ」
荒い息を整えながら、かがみ込む承太郎の瞳を見る。生命力あふれる、エメラルド・グリーン。
「いいですよ……あの人、ただでは死ななそうだもの」
「DIOは、どんなスタンド能力を持っている?」
「ごめんなさい。何も……知らないの」
明らかに落胆の空気を醸す銀髪の男が、フランス語で悪態をつく。
「ただ……恐ろしいとしか……」
ぽつりと呟いたはずのその言葉こそが、私の内奥で長年燻っていた感情だった。
スタンドが怖かったのではない。スタンドを恐れる自分を見透かされ、寄り添うように利用されること。自分でも理解できないうちに、自分の感情が振り回されること。それが、私にとっての恐怖だった。DIOは、その典型だった。
「全然闘えない私ですら、こんなふうに使うんだもの……DIOは、絶対にあなたたちを殺すでしょうね、……私も……」
「……安心しな。タダでは死なせねェ。テメェは生かす」
「なんで?」
やけに自信たっぷりな口調だけは、DIOに負けず劣らずな承太郎が言う。思わず、脱力した。こっちのほうが断然、言う事を聞きたくなる感じだ。
「DIOをまったく信頼してねェだろう。いや、期待してねェってところか。報酬目当てって感じでもなさそうだ」
「そうじゃのう。のめりこんだら一直線!って感じはするが」
「…………あなたたちには関係ないでしょう」
「おやァ?誰の、とは言っとらんが」
からかわれるのは、相手がDIOじゃなくてもイヤだ。
「承太郎なら、知っとるだろう。連れて行ってやったらどうじゃ?」
「……DIOを倒すのが先だ、ジジイ」
「モチロン、その後でじゃ。館への道は、お嬢さんが教えてくださるじゃろう」
何を勝手なことを、と問い詰めたいけれど、体力を消耗してそれどころではない。
市内観光よりも土産の宅配手続きが先だ、と言うのと同じ温度でDIOを倒すと言ってのける彼ら。これは強いはずである。
「……連れて行って」
承太郎に、私は懇願した。家族にもしたことのない行為だった。
「絶対に、連れて行って」
承太郎は、再度、私を瞳に映した。そして、「ああ」と何でもないように頷いた。
私だって、自分なりの正しさを信じて行動しているだけなのに。なんだか自分が責められているような気分になる。
「あなた達、知らないでしょう……急に変な超能力が出てきたときに味わう気持ちなんて。そんなに能力を使いこなしているんだもの」
唐突に話し始めた私を、男たちが訝しげに、毛を逆立てた猫みたいな様子で睨む。猫というには逞しすぎる男たちだったけれど。
「彼女」が私の身体にするすると巻き付く動きを目で追いながら、私は自分が微笑んでいるのを分かった。少しだけ、気分が和らいでいく。
いつしか「彼女」を恐れなくなった自分を知ったときの衝撃といったらなかった。
「ちょっとだけ、楽しいことができたらそれだけでよかったのにね。まさか、全然関係ない人達を殺してほしいって頼まれるなんて思わないじゃない?」
再び「彼女」がフラフラとゆらめくのを、承太郎は美しい瞳を警戒の色に染めて笑った。
「フン。ちっとは後悔してるみてぇだな。止めるなら今だぜ」
「そんなことできない!」
承太郎のスタンドはどっしりと構えていて、闘いの化身のようだ。「彼女」がその肩を抉っても、微動だにしない。
どうしてそんなに、平然としていられるの?
「私が止めたら、ンドゥールさんに顔向けできない……!」
DIOがこの先、承太郎たちに倒されるのだとしても。それでは意味がない。
せめて、私が、ンドゥールさんの意志が報われるようなことをしたかった。
たとえ、どれだけ無謀だとしても。
「だから、あなたたちがDIO様に会うのは駄目なの。ここでさよならしましょう」
「それはできない約束だぜ」
承太郎は腹立だしいほど魅力的に、にやりと笑った。
「俺たちはどうしてもDIOに会わなきゃならないんでな」
「……っ私だって、私だって行かなきゃならない!」
「彼女」の実態のない指先が、鋭いナイフみたいに承太郎を斬りつけた。
承太郎が少し怯むのを見て、私はンドゥールさんが死んだ元凶が彼であるかのように責め立てる。
「そんなふうに、普通にしていられるのが信じられない……!スタンド?それがあるせいで普通じゃなくなった私を、DIOは傍に置いてくれたの。ンドゥールさんと会わせてくれたの。それなのに、あなたたちは、ンドゥールさんを二度と会えないところへ追いやったの!」
承太郎の腕を、銀髪の男の胴を切り裂く。傷が深いのか、銀髪の男は膝をつく。
私はそれを、誰か違う人が侵した行為みたいに、無関心に視界の端で捉えるばかりだった。そう、DIOの傍にいる時みたいに。
承太郎のスタンドが私から逸れたかと思うと、背後から襲ってきた。無論、「彼女」は私を押して回避しながら反撃する。腕先をジョセフ・ジョースターの茨に変化させ、承太郎の首を締め上げようとする。
そのときだった。
体が一瞬浮いたかと思うと、私は自分の髪の毛が横向きに流れていくのを見た。初めて見る光景だった。そして、次の瞬間には地面にたたきつけられた。
「グッ……ッ!」
「アンタのスタンド……『風』を操る能力だな。実態がないぶん動きを読むのに苦労したが、ソイツは攻撃をした後で必ず、アンタの体に纏わり付く……まるで心配するみたいにな。アンタの髪が長くて巻き上がるから、分かりやすかったぜ」
そんなこと、知るものか。
ざり、と視界に入ったのは、黒い革靴だ。自分の意志に反して、首だけがくいっと起こされる。ジョセフ・ジョースターのスタンドだ。
「老いぼれだからと侮ってはいなかったかな、お嬢さん?」
挑発するジョセフ・ジョースターの声と同時に、影が差す。
「さて……そろそろ、DIOのスタンドについて吐いてもらうぜ」
横向きに倒れたままの私を、承太郎が見下ろす。影になって表情はよくわからないけれど、瞳だけは透き通るような輝きを放っていた。
「教えてくれりゃあ……ンドゥールについて、俺が知っていることをひとつ残らず教えてやるよ」
荒い息を整えながら、かがみ込む承太郎の瞳を見る。生命力あふれる、エメラルド・グリーン。
「いいですよ……あの人、ただでは死ななそうだもの」
「DIOは、どんなスタンド能力を持っている?」
「ごめんなさい。何も……知らないの」
明らかに落胆の空気を醸す銀髪の男が、フランス語で悪態をつく。
「ただ……恐ろしいとしか……」
ぽつりと呟いたはずのその言葉こそが、私の内奥で長年燻っていた感情だった。
スタンドが怖かったのではない。スタンドを恐れる自分を見透かされ、寄り添うように利用されること。自分でも理解できないうちに、自分の感情が振り回されること。それが、私にとっての恐怖だった。DIOは、その典型だった。
「全然闘えない私ですら、こんなふうに使うんだもの……DIOは、絶対にあなたたちを殺すでしょうね、……私も……」
「……安心しな。タダでは死なせねェ。テメェは生かす」
「なんで?」
やけに自信たっぷりな口調だけは、DIOに負けず劣らずな承太郎が言う。思わず、脱力した。こっちのほうが断然、言う事を聞きたくなる感じだ。
「DIOをまったく信頼してねェだろう。いや、期待してねェってところか。報酬目当てって感じでもなさそうだ」
「そうじゃのう。のめりこんだら一直線!って感じはするが」
「…………あなたたちには関係ないでしょう」
「おやァ?誰の、とは言っとらんが」
からかわれるのは、相手がDIOじゃなくてもイヤだ。
「承太郎なら、知っとるだろう。連れて行ってやったらどうじゃ?」
「……DIOを倒すのが先だ、ジジイ」
「モチロン、その後でじゃ。館への道は、お嬢さんが教えてくださるじゃろう」
何を勝手なことを、と問い詰めたいけれど、体力を消耗してそれどころではない。
市内観光よりも土産の宅配手続きが先だ、と言うのと同じ温度でDIOを倒すと言ってのける彼ら。これは強いはずである。
「……連れて行って」
承太郎に、私は懇願した。家族にもしたことのない行為だった。
「絶対に、連れて行って」
承太郎は、再度、私を瞳に映した。そして、「ああ」と何でもないように頷いた。