無謀

 DIOの言いなりになるのが嫌だったのかは定かではないけれど、私は、他の工作員たちのようにジョースター一行を倒せるだなんて思っていなかった。普通に考えて、ただの女子学生が大の男5人を相手に立ち向かったところでたかが知れている。彼らにしても、屈強な殺人鬼ならともかく、自分達と比べて明らかに貧弱な人間を相手に本気でスタンド攻撃を繰り出すはずがないだろうと思ったのだ。
 そこが、私の落ち度であった。
 彼らは強かったし、大人げないほどにあらゆる事に本気だった。


***


 初めて見たジョースター一行は、皆想像よりもずっと背が高くて大きかった。人混みの中にいても、ひどく目立っている。
 スタンドがあってよかった。肉弾戦だったら絶対勝てない。逆に、肉弾戦だったらンドゥールさんが負けることはなかっただろう。
 あれこれとパターンは考えてあったけれど、結局、普通に話しかけることにした。運良く、彼らは外国人が三人もいるグループだ。ンドゥールさんとの経験上、私は自分が外国人からどういう印象を受けるのかを、複数パターン把握している。
 初めてDIO様の館へ向かった時を思い出しながら、声をかける。初めて行く場所への不安を滲ませた、自信のなさそうな表情を浮かべながら。
「……あの、すみません。お時間よろしいですか?」
「ンン?!……なんじゃ、君は?」
 大きな男四人の視線を一心に浴びるのは、なかなかの威圧感であった。髭を生やした壮年の男性、ジョセフ・ジョースターの訝しげな眼差しに緊張の汗が滴る。油断は禁物。他の三人にも視線を送る。
「ある人を探しているのですけれど……もしも、お時間があったら、お手伝いしていただけませんか?」
「なんじゃと?人探し?」
 壮年と言うには逞しすぎる体格の男性が怪訝そうな顔をする。
「……そうです。約束を破る人じゃあないんですけど、こんなに人がいちゃあ一人で探せなくて」
「……スマンが、ワシらも捜し物をしていてな。余裕がないんじゃ」
 優しさの中に厳しさを覗かせながら、ジョセフ・ジョースターがやんわりと断りを入れる。
 
 すると、今後一生かかっても出会えそうにない髪型をした、黒い服の男がおおげさな抑揚をつけて反論した。
「オイオイ、ジョースターさん。そんなに無下にしなくたっていいんじゃあねェーのォ?困ってるんだしよォー、ちょっとぐらい付き合ってあげたっていいじゃあねーの」
「用心するに越したことはない!」
 かたくなな「ジョースターさん」がぷいっと立ち去ろうとすると、残りの2人も後に続こうとする。しかし、銀髪のその男は「ジョースターさん」をこづくと、私に向かってニッコリと笑いかけた。
「いやあ、このじーさんがゴメンよ。こーんなにキレーな、困ってる子を助けないなんて、この俺はしないから安心してね」
「ばっ!ポルナレフ、なにもワシはそんなつもりじゃあ……」
 「ジョースターさん」と「ポルナレフ」はこそこそと相談をし始めた。
「ごめんなさい。お急ぎだったんですね」
「気にしないでくれ。こんなやりとりはもう何回もしてる」
 ゆったりとした服装の男性は穏やかに言ったけれど、私の関心は、もっぱら、一言も喋らない黒い学生服の男に注がれていた。
 堅そうな黒髪や精悍な体つきは嫌でもンドゥールさんを思い起こさせた。視線を感じたのか、彼はついに私を見た。
 どきりとする。
 寡黙な雰囲気とその容貌が、ンドゥールさんに見つめられているかのような錯覚を起こした。閉じられた神聖な瞼の下に、こんな繊細な輝きがあったとしたら。決して私を映すことのないはずの、あの瞳に捉えられたら!
しかし、それはもう二度と叶わないのだ。

 ほかでもない、ジョースター一行によって。
 
 頭がスッと冴えて、私は彼を見つめ返した。
 ざわざわと耳鳴りのような音が聞こえる。この瞬間を待っていた。

「テメェ……!」
「っ承太郎ッ!」
 音もなく「彼女」が彼を切り裂く。
 間一髪で直撃は免れたらしく、頬から血が滴っているだけだった。
「DIOの刺客か!」
 「彼女」が黒く突き通った腕を私の首に巻き付けて、ジョースター一行の様子を窺っている。私は、彼らをお説教する教師みたいに腰に手を当てて、次の標的を定めた。
「ガッ……!」
「ポルナレフ!」
 銀髪の男が、思いの外あっさりと倒れた。右肩から渦を巻くように血が噴き出し、ゼイゼイと荒い息をしている。
「お急ぎでしたら仕方ないですよね……ゆっくりお話する方が、私、得意なんですけれど……ッ」
「余計なごたくを並べるんじゃあねーぜ」
 紫色の人型スタンドがスローモーションのように迫ってくるのを受け流すと、学生服の男はエメラルド色の瞳を丸くした。
「そっちこそ、邪魔しないで」
 声が、手が震えそうになるのを我慢して、美しい朱色のスタンドに「彼女」を向かわせる。嘴を開き炎の玉を吐き出したそれを「彼女」は飲み込むと、両手から水のように吹き出させた。スタンドの持ち主が何か声を上げたようだけれど、私は、「また倒れちゃった」と思っただけだった。こめかみを汗が伝う。両の脚に纏わり付いていた何かを、「彼女」の手の炎が焼く。「ジョースターさん」の舌打ちをした。
「ぬぅ……侮れんのぅ」
 腕にするするとスタンドを巻き付けながら、彼がこぼす。その瞳はぎらぎらとした光を放っていて、往生際の悪さが滲み出ている。
「ワシらを倒すつもりなら、お嬢さん、やめたほうがいい。アンタの今後の人生メチャクチャだぞ!」
「……別に今さらですよ。スタンドを持った時点でふつうじゃあなくなってしまったの。だったら、誰かのためになる使い方をする方が特じゃない?」
「DIOは、事が済んだらアンタを捨てるぜ。俺たちは見た……知っているだろう、エンヤとかいうバアさん、部下によって始末されたぜ」
「…………へえ」
 初耳だったけれど、特に何も思わなかった。クラスメイトの他校の友達の親が死んだぐらいの認識でしかなかった。
「でも私は違う。DIOから切り離されても平気なの」
「…………」
「もっと大事な人を奪われたから……あなたたちに!」
 「彼女」の爪先を承太郎のスタンドがガシィッと受け止めた、その拳が突き破られる。承太郎の拳からも血が噴き出した。
DIOの部下になって数年、初めて悪い事をしていると自覚していた。歯を食いしばっている承太郎、彼の、その瞳がいけない。でも、もう戻れるわけがないのだ。
「どこへやったの。分かるでしょ、ンドゥールさんは、どこで!」
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