貴方のかくしごとを、私も
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私は後藤さんの漫画をあまり読まない。実家には全巻置いてあるが、今は後藤家で暮らしているのでわざわざ読みに行くことはない。一人で図書館に行ったときに、一巻だけ置かれている「風のタイツ」を読む程度だ。
しかし、後藤さんの漫画が嫌いなわけではない。むしろ大好きだ。気分が落ち込んだときはいつも後藤さんの漫画を開いた。そうすることで、心は幾分か救われた。
それでも読まないのは、それが後藤さんの願いだからだ。
姫ちゃんに後藤さんの仕事を知られないようにすること。
後藤さんの仕事を知っている人は、皆そのルールを守らなくてはならない。そして私自身もそのルールを徹底的に守っている。
もともと後藤さんは、私にも、自身が漫画家であることを隠すつもりだったらしい。しかしながらお姉ちゃんが事前に教えていたから、それは叶わなかった。私はお姉ちゃんに心底感謝している。後藤さんに隠し事をされるなんて、考えただけで切なくなる。
その経験を糧にしたのか、それともそんなことは忘れていたのかは分からないが、姫ちゃんには隠し切ることが、現時点ではできている。姫ちゃんも特に気にしていないようで、穏やかな日々を送っている。
想い人の隠し事を共有してもらえるのは、とても嬉しい。けれど、その隠し事が生まれた理由を思うと、なんだか寂しい気持ちになる。
後藤さんが自分の仕事を隠しているのは、姫ちゃんに嫌われたくないからだ。もしキモがられたらどうしよう、クラスで孤立したらどうしよう、不登校になったらどうしよう、反抗されたらどうしよう……。いつもそんなふうに頭を悩ませている。
勿論、私が後藤さんに求めている愛と、後藤さんが姫ちゃんに向けている愛は違う。そんなことは分かっているけれど、それでもその溺愛ぶりに、時々胸が痛くなる。
叶うかどうか分からない想いに、わざわざ終止符を打つつもりはない。いいタイミングが来るまでは、この気持ちは隠し通す。
「告白しちゃえば良いのに」
だからこんな無責任な言葉には、少し腹が立ってしまう。
「羅砂さん、私ずっと言ってますよね。今年一年は告白する気はないって」
少し声にトゲを含めたつもりだったのに、羅砂さんは「えー?」とのんきな声をあげる。
「それ、毎年言ってるよね、奈也美ちゃん」
「そうだよ、いつかいつかって言い続けて、もう何年経つのさ」
亜美さんまで乗っかってきて、私は小さくため息をついた。
ここ、ゴトープロでは後藤さんがいなくなると私に関する恋バナが始まるという定石が、いつの間にやら出来上がっていた。今は後藤さんは飲み物を買いに行っている。
私は隠し事が下手な方らしく、初めてゴトープロに来たその日には、もう恋心がバレていた。皆がキャイキャイと騒ぎ立てている間、私は恥ずかしくて顔が真っ赤に染まっていた。そうして、後藤さんが帰ってくる前に、なんとか隠蔽しなくてはと思い、私はおもわず口にした。
「後藤さんがいるときは、話さないでください。出かけたりしてるときは、話していいですから」
その一言は、漫画作りとは関係ないゴトープロ専用ルールとして10年間受け継がれ、新しく入ってきた芥子さんも理解しているほどだ。勿論、後藤さんは知らないけれど。
「どうせ叶わないのに言うわけ無いじゃないですか!ていうかこれも何回も言ってますよね!?」
流石に恥ずかしくなってきて、私は声を荒げる。誰になんと言われようと、私はこの気持ちを明かしたりしない。
お姉ちゃんが、死んだと確定するまでは。
「奈也美ちゃんは恥ずかしがりだなぁ」
羅砂さんのその一言で私の恋バナは収まっていき、またカリカリとペンを動かす音だけが響き渡る。
「ただいま」
「後藤さん!おかえりなさい」
自動的に反応した私は、タタタっと後藤さんに駆け寄り、その手に持っているペットボトルや缶の数々を引き受ける。
「重かったですよね、やっぱりついていけば……」
肩を落とす私に、後藤さんは「大丈夫だよ」と微笑む。心臓がドキッと跳ね、私は慌てて目をそらす。
「奈也美ちゃんは優しいな、きっと良い奥さんになるよ」
頭を撫でられ、頬に熱が溜まっていく。
それは無理だよ、お姉ちゃんが死なないかぎり。
その言葉を、ぐっと堪える。
言わない。絶対に、明かさない。鈍感で優しくて素敵なこの人は、私を義妹として可愛がってくれている。その幸福を、自ら壊すなんて、私にはできない。
だから私は、この気持ちを今日も隠すのだ。
しかし、後藤さんの漫画が嫌いなわけではない。むしろ大好きだ。気分が落ち込んだときはいつも後藤さんの漫画を開いた。そうすることで、心は幾分か救われた。
それでも読まないのは、それが後藤さんの願いだからだ。
姫ちゃんに後藤さんの仕事を知られないようにすること。
後藤さんの仕事を知っている人は、皆そのルールを守らなくてはならない。そして私自身もそのルールを徹底的に守っている。
もともと後藤さんは、私にも、自身が漫画家であることを隠すつもりだったらしい。しかしながらお姉ちゃんが事前に教えていたから、それは叶わなかった。私はお姉ちゃんに心底感謝している。後藤さんに隠し事をされるなんて、考えただけで切なくなる。
その経験を糧にしたのか、それともそんなことは忘れていたのかは分からないが、姫ちゃんには隠し切ることが、現時点ではできている。姫ちゃんも特に気にしていないようで、穏やかな日々を送っている。
想い人の隠し事を共有してもらえるのは、とても嬉しい。けれど、その隠し事が生まれた理由を思うと、なんだか寂しい気持ちになる。
後藤さんが自分の仕事を隠しているのは、姫ちゃんに嫌われたくないからだ。もしキモがられたらどうしよう、クラスで孤立したらどうしよう、不登校になったらどうしよう、反抗されたらどうしよう……。いつもそんなふうに頭を悩ませている。
勿論、私が後藤さんに求めている愛と、後藤さんが姫ちゃんに向けている愛は違う。そんなことは分かっているけれど、それでもその溺愛ぶりに、時々胸が痛くなる。
叶うかどうか分からない想いに、わざわざ終止符を打つつもりはない。いいタイミングが来るまでは、この気持ちは隠し通す。
「告白しちゃえば良いのに」
だからこんな無責任な言葉には、少し腹が立ってしまう。
「羅砂さん、私ずっと言ってますよね。今年一年は告白する気はないって」
少し声にトゲを含めたつもりだったのに、羅砂さんは「えー?」とのんきな声をあげる。
「それ、毎年言ってるよね、奈也美ちゃん」
「そうだよ、いつかいつかって言い続けて、もう何年経つのさ」
亜美さんまで乗っかってきて、私は小さくため息をついた。
ここ、ゴトープロでは後藤さんがいなくなると私に関する恋バナが始まるという定石が、いつの間にやら出来上がっていた。今は後藤さんは飲み物を買いに行っている。
私は隠し事が下手な方らしく、初めてゴトープロに来たその日には、もう恋心がバレていた。皆がキャイキャイと騒ぎ立てている間、私は恥ずかしくて顔が真っ赤に染まっていた。そうして、後藤さんが帰ってくる前に、なんとか隠蔽しなくてはと思い、私はおもわず口にした。
「後藤さんがいるときは、話さないでください。出かけたりしてるときは、話していいですから」
その一言は、漫画作りとは関係ないゴトープロ専用ルールとして10年間受け継がれ、新しく入ってきた芥子さんも理解しているほどだ。勿論、後藤さんは知らないけれど。
「どうせ叶わないのに言うわけ無いじゃないですか!ていうかこれも何回も言ってますよね!?」
流石に恥ずかしくなってきて、私は声を荒げる。誰になんと言われようと、私はこの気持ちを明かしたりしない。
お姉ちゃんが、死んだと確定するまでは。
「奈也美ちゃんは恥ずかしがりだなぁ」
羅砂さんのその一言で私の恋バナは収まっていき、またカリカリとペンを動かす音だけが響き渡る。
「ただいま」
「後藤さん!おかえりなさい」
自動的に反応した私は、タタタっと後藤さんに駆け寄り、その手に持っているペットボトルや缶の数々を引き受ける。
「重かったですよね、やっぱりついていけば……」
肩を落とす私に、後藤さんは「大丈夫だよ」と微笑む。心臓がドキッと跳ね、私は慌てて目をそらす。
「奈也美ちゃんは優しいな、きっと良い奥さんになるよ」
頭を撫でられ、頬に熱が溜まっていく。
それは無理だよ、お姉ちゃんが死なないかぎり。
その言葉を、ぐっと堪える。
言わない。絶対に、明かさない。鈍感で優しくて素敵なこの人は、私を義妹として可愛がってくれている。その幸福を、自ら壊すなんて、私にはできない。
だから私は、この気持ちを今日も隠すのだ。