貴方のかくしごとを、私も
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あの日は、11年前?それとも、10年前?いやいや、12年前かもしれない……。ともかく私があの人に出会ったのは、それほど前のことだった。
私は確か6、7歳だった。とすればやはり11年前?いや、やめておこう。今それはさほど重要ではないのだ。
その日、私はゴロゴロとベッドに横になって、スケッチブックに絵を描いていた。お姉ちゃんにかなうわけがないと知ってはいたけれど、その頃にはもう誰かと自分を比較するのなんてやめていた。6、7歳にしては悲しい諦めだ。けれど、その話も、本筋とは関係ない。
関係あるのは、お姉ちゃんが私を連れてあの人の元へ行ったこと。ただそれだけ。もしもあの日、お姉ちゃんが私を連れていなかったら。もしも、いつものような単なるお散歩だったら。もしそうだったなら、私の人生は狂わなかった。
お洒落な海辺のカフェだった。記憶が正しければいくつも電車を乗り継いで行ったはずだから、結構遠かったのだろう。初めての遠出にワクワクしている私を、お姉ちゃんは微笑んで見ていた。
電車を降り、二人でカフェまでの道を歩いている時、お姉ちゃんがふと思い出したように「ねえ」と私の方を向いた。
「なぁに?」
「奈也美には、私に恋人がいるって、ちゃんと話したっけ?」
私は頷いた。お姉ちゃんには恋人がいて、漫画を描いているのだと。一度、その人の漫画を読んだことがある。とっても面白くて、ゲラゲラ笑い転げた。あのときは、変に達観も諦めもしていない、純粋な子供でいられた気がする。
「そっか、なら良かった。これから会うのは、私の恋人。すごく良い人なのよ」
それを聞いて、あんなに面白いものを描ける人ってどんな人だろうと、私のワクワクは更に増していった。
そのワクワクが、ある時プツンと終わった。まるで、魔法のように、今までワクワクなど無かったように、終わったのだ。
男の人が、カフェテラスで一人、静かに海を眺めているのを見たから。
その瞬間、ブワッと心地よい風が吹いた気がした。かっこいい。ただそう思った。お話してみたいとも思った。頬が火照るのを感じたが、そんなことどうでも良かった。ただただその男の人の顔、身体、ポーズ、全てに釘付けだった。
いつの間にか、私の心臓はドッドッドッドッと音をたてていた。ビックリして、でも目が離せなくて、混乱して、でもやっぱり目は逸らせなくて、困った。お姉ちゃんの言葉には答えられたし、身体は動いた。表情筋も健在だった。それでも精神は後藤さんに吸い寄せられ、びくともしなかった。
お姉ちゃんと恋人に、途中でトイレにでも行ってもらって、それで、あの男の人に声をかけてみよう。なら、席は近いほうが良いかな。テラス席にしてもらえないか、頼もうかな……などと思案しながら歩いていると、お姉ちゃんが立ち止まって私に呼びかけた。
「ほら、奈也美、この人が私の恋人だよ」
「あっ、はい、こんにちー……」
慌てて顔をあげ、挨拶しようとし、そして、固まった。
あの男の人だった。
一瞬で声が出なくなった。さっきまで話したい話したいと考え込んでいたのに、いざ前にすると駄目なんて、とその時は思ったが、今なら分かる。その時の私は、絶望で声が出なかったのだ。
この人が、お姉ちゃんの恋人。
そう知って、絶望していた。
ずっと棒立ちで笑いもしない私を、お姉ちゃんは慌てて抱っこした。私は動けなかった。力が抜けていた。きっとあの時、お姉ちゃんは腕が痛かっただろう。
「ごめんね、いつもはお喋りで明るいんだけど。どうしたのかな?おねむ?」
私は首を振った。この不快感が眠気なんかじゃないことは子供ながらに分かっていた。
「あらら〜。どーしたの?あ、さっきずぅっと見つめてたし、初恋〜?」
胸がドクンと鳴った。それだ、と反射的に思う。
きっとお姉ちゃんはあの時、私をあやすために(別に私は期限が悪かったわけではないのだけど……)あんなことを言ったのだろう。しかしその一言が、私の「それから」を決定づけた。
あの時、私の感情は「恋」になり、お姉ちゃんの恋人(その時にはもう婚約者だったけれど)ーー後藤さんは、私の初恋の人となった。
私は確か6、7歳だった。とすればやはり11年前?いや、やめておこう。今それはさほど重要ではないのだ。
その日、私はゴロゴロとベッドに横になって、スケッチブックに絵を描いていた。お姉ちゃんにかなうわけがないと知ってはいたけれど、その頃にはもう誰かと自分を比較するのなんてやめていた。6、7歳にしては悲しい諦めだ。けれど、その話も、本筋とは関係ない。
関係あるのは、お姉ちゃんが私を連れてあの人の元へ行ったこと。ただそれだけ。もしもあの日、お姉ちゃんが私を連れていなかったら。もしも、いつものような単なるお散歩だったら。もしそうだったなら、私の人生は狂わなかった。
お洒落な海辺のカフェだった。記憶が正しければいくつも電車を乗り継いで行ったはずだから、結構遠かったのだろう。初めての遠出にワクワクしている私を、お姉ちゃんは微笑んで見ていた。
電車を降り、二人でカフェまでの道を歩いている時、お姉ちゃんがふと思い出したように「ねえ」と私の方を向いた。
「なぁに?」
「奈也美には、私に恋人がいるって、ちゃんと話したっけ?」
私は頷いた。お姉ちゃんには恋人がいて、漫画を描いているのだと。一度、その人の漫画を読んだことがある。とっても面白くて、ゲラゲラ笑い転げた。あのときは、変に達観も諦めもしていない、純粋な子供でいられた気がする。
「そっか、なら良かった。これから会うのは、私の恋人。すごく良い人なのよ」
それを聞いて、あんなに面白いものを描ける人ってどんな人だろうと、私のワクワクは更に増していった。
そのワクワクが、ある時プツンと終わった。まるで、魔法のように、今までワクワクなど無かったように、終わったのだ。
男の人が、カフェテラスで一人、静かに海を眺めているのを見たから。
その瞬間、ブワッと心地よい風が吹いた気がした。かっこいい。ただそう思った。お話してみたいとも思った。頬が火照るのを感じたが、そんなことどうでも良かった。ただただその男の人の顔、身体、ポーズ、全てに釘付けだった。
いつの間にか、私の心臓はドッドッドッドッと音をたてていた。ビックリして、でも目が離せなくて、混乱して、でもやっぱり目は逸らせなくて、困った。お姉ちゃんの言葉には答えられたし、身体は動いた。表情筋も健在だった。それでも精神は後藤さんに吸い寄せられ、びくともしなかった。
お姉ちゃんと恋人に、途中でトイレにでも行ってもらって、それで、あの男の人に声をかけてみよう。なら、席は近いほうが良いかな。テラス席にしてもらえないか、頼もうかな……などと思案しながら歩いていると、お姉ちゃんが立ち止まって私に呼びかけた。
「ほら、奈也美、この人が私の恋人だよ」
「あっ、はい、こんにちー……」
慌てて顔をあげ、挨拶しようとし、そして、固まった。
あの男の人だった。
一瞬で声が出なくなった。さっきまで話したい話したいと考え込んでいたのに、いざ前にすると駄目なんて、とその時は思ったが、今なら分かる。その時の私は、絶望で声が出なかったのだ。
この人が、お姉ちゃんの恋人。
そう知って、絶望していた。
ずっと棒立ちで笑いもしない私を、お姉ちゃんは慌てて抱っこした。私は動けなかった。力が抜けていた。きっとあの時、お姉ちゃんは腕が痛かっただろう。
「ごめんね、いつもはお喋りで明るいんだけど。どうしたのかな?おねむ?」
私は首を振った。この不快感が眠気なんかじゃないことは子供ながらに分かっていた。
「あらら〜。どーしたの?あ、さっきずぅっと見つめてたし、初恋〜?」
胸がドクンと鳴った。それだ、と反射的に思う。
きっとお姉ちゃんはあの時、私をあやすために(別に私は期限が悪かったわけではないのだけど……)あんなことを言ったのだろう。しかしその一言が、私の「それから」を決定づけた。
あの時、私の感情は「恋」になり、お姉ちゃんの恋人(その時にはもう婚約者だったけれど)ーー後藤さんは、私の初恋の人となった。
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