ポンチと踊るダンスホール

「ヒナイチが誤って酒を飲んでしまった」とギルドマスターのヒヨシから連絡があったのが数分前。
書類を片付けていたダンピールにして退治人のドラルクはそれらを放り出してジョンと共にハンターズギルドを目指して走っていた。

「全く!面倒事を増やしてからに!どうせジュースと間違えて提供したとかそういうベタなオチだろ!!」
「ヌ~」
「折角今日は依頼もなくて書類も片付けられて空いた時間でゲームなどをする予定だったというのに!」
「ヌシヌシ」

愚痴と怒りをぶち撒けるドラルクの頭をジョンの小さな手が撫でる。
それから「早くヒナイチくんを回収して帰るヌ」と優しく諭すと「勿論だとも!」と返してドラルクは大きく頷く。
事務所からギルドまでそれ程の距離はなく、やがて見えてきたギルドの店の灯りを睨みつけながらドラルクは勢いよく店の扉を開け放った。

「退治人ドラルク参上!ヒナイチくん、迎えに―――」
「ろらるくー!!」
「ブエーーー!!」

入店早々、ほぼタックルのような飛びつきをされてドラルクは盛大に押し倒されて店の床に転がる。
ジョンは咄嗟に丸まったので無傷且つノーダメだった。
貧弱故に押し倒された衝撃と痛みに悶えながらドラルクはヨロヨロと体を起こし、転がった赤い帽子を被り直すと小柄なロケット吸血鬼少女を見下ろして溜息を吐く。

「あーあ、こりゃまた酷い・・・」

最近の吸血鬼なので血色の良い顔は耳まで赤くなっており、犬や猫のようにドラルクの胸に顔を擦り付けて甘えてくるヒナイチ。
完全に酔っ払っている。
酒臭さに目眩を覚えそうになりながらカウンター内で苦笑いするヒヨシをジト目で睨みながら事の経緯を尋ねた。

「で?何があったの?」
「いやな、珍しく客がドカドカ来て忙しくなったんじゃ。したらヒナイチも手伝うと言ってくれて手伝ってもらったんじゃ」
「それで?」
「今日はバカみたいにウーロンハイの注文が入りまくってのぅ。そしたらヒナイチがウーロンハイについて気になり出したんじゃ」
「鳥が好きだし、つくづく鳥みたいな所があると思ったけど刷り込み効果抜群過ぎるじゃないか」
「そんでウーロンハイを飲みたいって言い出したもんで、酒だからおみゃあは飲めんぞって言ってんのに『兄とは嘘を吐く生き物だから信じない!そうやって私は何度も騙されてきたんだ!このウーロンハイだって酒じゃなくてウーロン茶の上位互換なのだろう!』つって一つ多く作りすぎて誰かにサービスで出す予定だったウーロンハイを勝手に飲んだんじゃ」
「あの口の中噛み造の所為で兄貴不信に陥ってるじゃないか。ていうかウーロン茶の上位互換ってなんだ。仮に上位互換だとしても『ハイ』が先頭に付いた方がよりそれらしいだろ」
「ろらるくー?わぁらしのあたまをなれろー!」
「コラコラ、分かったからやめなさい」

抱き着いて頬擦りしてくるヒナイチに照れながらドラルクは注文通り頭を優しく撫でてあげて諌める。
そんな二人をヒヨシはグラスを磨きながらニヤニヤと見下ろしていて。

「随分お熱いようじゃのう?店貸切にするぞ?んん~?」
「そのニヤケ面を撮影してロナルド君と吸対のRINEに『マスターが泥酔してる未成年美少女吸血鬼を見下ろしてニヤニヤしてる』っていう文と一緒に送るぞ」
「悪質な切り取りやめろや!!」

白い目で見てくる昔馴染みの吸対面子と軽蔑の眼差しを向けながら珍走団に成り下がってしまう弟の顔が脳裏に浮かんでヒヨシは慌てる。
ドラルクならやりかねない所業だ。
そんなヒヨシの横からひょっこりと彼とロナルドの妹であるヒマリが顔を出して申し訳なさそうに眉を下げながら口を開く。

「この度はすいません」

一見すれば普通の謝罪。
しかし口数の少ない彼女はいくらか言葉を端折りがちな所があり、聞いたままでは分からない事もあれば意味を取り違えるようなニュアンスの言葉に聞こえる事もある。
その癖には実の兄弟であるヒヨシやロナルドも頭を悩ませているくらいだ。
だが、これに対してドラルクは最初は他の者と同じように戸惑いはしたもののすぐに自分の中で推理ゲームに昇華してヒマリが本来言う筈だった言葉を考えて遊ぶようになった。
もっとも、その8割がふざけているものだが。

「ふむ・・・『この度はご迷惑をお掛けしました。お詫びに兄がメイド服を着たヒヨ子になってもてなしまくるしチェキも撮らせますのでそれでお許し下さい。本当にすいませんでした』だね?」
「んな訳あるかぁ!!」
「・・・」
「違うよな!?違うよなヒマリ!?」
「違う」
「目を逸らすなぁ!!兄ちゃんの目を見ろ!!」
「じゃ、また明日来るから私達はこれで。メイクとか期待してますね」
「誰がするかぁ!!」

ヒヨシの怒号を右から左へ流しそうめんしてドラルクはヒナイチを支えながら何とか店の外に出た。
暖かい日なので冷気によるヒナイチの酔い覚ましは期待出来ないだろう。
こんな時『吸血鬼酔い覚ましの冷気を吹かす』という都合の良いポンチが現れたらいいのになんてしょーもない事を考えながらぼやぽや揺れる赤毛のアンテナを見下ろす。

「ほらヒナイチくん、お家に帰るよ」
「わらっら、うかまっれれくれ」
「へ?ドワァッ!!?」
「ヌァッ!!?」

呂律の回らない舌で「分かった、掴まっててくれ」という言葉を上手く聞き取れなかったドラルクとジョンは目を白黒させながら空中で手足をバタつかせる。
たとえ正確に聞き取れていたとしても準備する暇もなく首根っこ掴まれて飛行されては結果は同じだっただろうが。

「だあぁーーーー!!!高い高い!!ヒナイチくん絶対に手ぇ離さないでね!!?」
「ちん・・・眠くなってきた・・・むにゃ・・・」
「ギャァーーーー!!!ちょっと握力緩んだーーー!!お願い離さないで絶対離さないで!!」
「ヌヌヌヌイヌー!!!」
「ふぁーあ・・・おやすみ・・・」
「ダメダメダメ!!私とジョンが永遠にお休みしちゃうから!!」
「ヌー!!」
「むにゃむにゃ・・・」
「仕方ない、こうなったら―――クッキー食べる人ー!?」

使いたくなかった奥の手。
これを使ったらどういう展開が待っているか火を見るより明らかだが地面に激突してグシャグシャにかるよりマシだ。
案の定、クッキーという言葉を耳にした途端、ヒナイチは眠りから覚醒して真っ赤な瞳を見開いた。

「クッキーーーーー!!!!」
「あばばばばばばば!!!!」
「ヌヌヌヌヌヌヌヌ!!!!」

急速且つ強力な風圧に晒されてドラルクとジョンはまるで両の掌で顔を後ろに引っ張った時のような表情になる。
普段からハンサム&キュートを謳ってるので願わくば誰の目にも留められない事を祈りながらドラルクは帽子とジョンをしっかり押さえつけて夜の街の空中爆走に耐えるのだった。







「さて、どうにかこうにか帰ってこれた訳だが」
「ヌンヌン」
「場所が変わっただけで状況は何も変わらないとはこれ如何に」
「ヌー・・・」

髪も腹毛もボサボサになったが何とか落下せずに事務所に帰ってこれたドラルクとジョン。
ヒナイチの念動力によって住居スペースの窓を開けて中に入れたまでは良かったものの、ギルドでの時と同じようにヒナイチが抱きついて来てドラルクはソファの上に押し倒されてしまった。
そしてヒナイチはというと、これまたギルドでしていたのと同じようにドラルクの胸に頬擦りをして甘えている。
どれだけ引き離そうとしてもヒナイチは怪力を有する吸血鬼なのでそれはかなわず、かと言って語りかけても酔っ払っている所為で話が通じない。
まさにお手上げ状態である。

「ろらるく~♡クッキーはまらかー?」
「作ってあげるから離してくれる?」
「わらしもれつらうろ!」
「アババババ!死ぬ死ぬ!強く抱き締め過ぎじゃー!!」
「ヌー!!」
「ジョンだ!おなかすう!」
「ヌァーーー!」
「あーダメダメ!!ジョンのお腹がお酒臭くなっちゃうでしょーが!!」

ヒナイチからジョンを取り上げて救出する。
早速アルコールの匂いが僅かに移ってしまったので後でお風呂で洗い流してあげなければ。
なんて事を考えていると急にヒナイチが静かになって座り込み、しょぼくれたように項垂れた。
ぼわぽわ揺れていたアンテナも萎びたように垂れて額にかかっている。

「ヒナイチくん?」
「わらしじゃ・・・ものらりないか・・・?」
「へ?ものなんて?」
「わらしじゃやっふぁりふらんか・・・?」
「え?酒乱?そりゃ現在進行形で酒乱でしょうよ」
「・・・」
「いだだだだだ!!ギブギブ!!ちゃんと言ってる意味分かってます!!」

プロレス技を決められてドラルクは床をバンバン叩いて白旗を上げる。
無駄にからかって遊ぶ辺り、彼にも間違いなく享楽主義的な吸血鬼の血は流れているのであった。

「物足りないとか不満って何?むしろヒナイチくんが今お腹を空かせて物足りなくてクッキーを食べれないのが不満なんじゃなくて?」
「・・・このあいら・・・」
「うん?」
「おんなのひろとらきついてたの・・・みた・・・」
「女の人?・・・あ」

過去の記憶を掘り起こせばそれはあっさりと見つかってドラルクは口を開いたまま固まる。
依頼人の女性が改めてお礼をというのを建前にドラルクに会いに来るばかりか抱きついて来た事があるのだ。
突然の展開に勿論ドラルクは驚いたがお付き合いは丁重にお断りしてすぐに返した。
その女性は惚れっぽい所があるのと、何よりドラルクにはヒナイチがいる。
恋人のヒナイチを裏切るなど言語道断。
しかし、まさか抱きつかれていた場面を見られていたとは。
時間的にまだ起きてこないだろうと思っていたのだがこれは不覚。

(だから最近様子がおかしかったのか)

ここ最近のヒナイチはやや挙動不審で少しソワソワしていた。
何事かを聞いても「何でもない」と言ってはぐらかし、やたらと家事や仕事の手伝いを申し出てきていた。
今日なんかもまるで思い立ったようにギルドに遊びに行くと言って飛び出して行ったくらいだ。
ヒナイチが帰って来たら事情を聞いてみようと思っていたがまさかドラルクが女性に抱きつかれた場面を目撃して悩んでいたとは。
嫉妬してくれるのが嬉しい反面、悩ませてしまった事を申し訳なく思いながら艶やかな赤髪を梳きつつドラルクは謝罪と弁明をした。

「不安にさせてすまなかったね。けど、抱きついてたんじゃなくて抱きつかれてたんだよ」
「そうらろか?」
「そうだとも。私には大切な恋人がいるってね」
「それ、は・・・」
「今目の前にいる酔っ払った可愛いお姫様の事だよ」

頭を撫でていた手をスルリと滑らせて赤味がかった頬に添える。
普段は低い温度の肌も今ではドラルクの手よりも熱い。
それは酔いの所為か、それとも照れによるものか。
どちらだろうかなんて考える暇もなく瞳を潤ませたヒナイチが思いっきり抱きついて泣き始めた。

「ちーーーん!ろらるくちーん!!」
「ドラルクちんっていうあだ名みたいになってるじゃないの」
「わらし・・・わらし・・・すてられるんらないらと・・・ちーーーん!!」
「やれやれ、今度は泣きじょうごがががが!!締め過ぎ締め過ぎ!!ギブギブ!!死んじゃう!!!」
「ヌー!!」

その後、薄らとお花畑を何度か見ながらドラルクはヒナイチを泣き止ませ、どうにかこうにか床下の彼女の住処に誘導した。
酔っ払い姫は先程までのハリケーンぶりはどこへやら、今では自身の棺桶に横になってすっかり夢の中へと旅立っている。
そしてそんなヒナイチの幼さの残るあどけない寝顔をドラルクはうっとりと愛おしい宝物を見るようにして眺めていた、

「捨てられるんじゃないか・・・だって。そんな事ある筈ないのに。ねぇ、ジョン?」
「ヌヒヒ」
「私にだって誇り高い吸血鬼の一族の血が流れているんだから執着だって人並外れているというのに・・・」

眠るヒナイチの唇をふわりと自分のそれで塞ぎ、妖しく微笑んで「おやすみ、私の吸血鬼姫」と囁いてからドラルクは静かに棺桶の蓋を閉じてあげるのだった。









END
18/19ページ
スキ