毎日がプリンセスパーティー

占いが盛んな月の国は同時におまじないやお守りなどといったものも名物である。
学業・恋愛・無病息災・・・などといった様々な分野を取り扱ったおまじないやお守りが売られており、それを目当てに来る観光客は少なくない。
それはおひさまの国のふたごのプリンセスの片割れも例外ではなく。
来るバレンタインに備えて必ず成功するようにともう一人の片割れを引っ張って遠路はるばる月の国までやってきていた。
偶然プリンスシェイドとして顔を出していたシェイドは母であるムーンマリアの命もあり、ファインとレインと妹のミルキーを連れて城下町に赴く事となった。
プリンスシェイドの姿では鞭を使う訳にはいかず思うように動けないのでシェイドは内心騒動が起きない事を祈るばかりだった。
さて、恋愛成就のお守りを買いたいというレインの願いで城下で有名なお守りの店を案内していたシェイドだったがいつの間にやらレインが暴走しており、一人であちらこちらの店を走り回ってお守りを買い漁っていた。
途中途中で「このお守り可愛い!」「こっちは部屋のインテリアとしても使えそうね!」という、もうお守りなんかそっちのけのような声が聞こえてきてシェイドは内心溜息を吐いた。
一体何しに来たのやら。

「あ、あはは、ごめんね、レインが暴走してて・・・」

隣に立つファインが苦笑しながら謝ってくる。
一言二言皮肉や憎まれ口を叩いてやりたい所だったが今の自分は『品行方正のプリンスシェイド』。
同じように苦笑を浮かべて軽く流した。

「いえ、お気になさらず。プリンセスレインはプリンスブライトの為に一生懸命なのですね」
「レインはブライトの事好きだからね~」
「バァブバブ?バブバブバ?」
「な~に言ってるのさミルキー、アタシには渡したい相手なんて―――」

と、そこでファインが言葉を切って止まったのでシェイドもミルキーも首を傾げる。

「バブ?」
「プリンセスファイン?如何しましたか?」
「あ、いや、何でもない!ちょっと考え事!!そ、それよりもさ、シェイドに聞きたい事があるんだけど・・・」
「何ですか?」
「えっと・・・男の人ってやっぱり甘い物って嫌いなのかな?」
「え・・・」

意外な質問に今度はシェイドが止まった。
観察してて分かったのがレインが恋に恋する乙女タイプなのに対してファインは自分に関係する恋愛には無頓着な上に全く興味がないという事。
異性に対しては同性と変わらない接し方と距離を保ち、ブライトの積極的なアピールには距離を置こうとするなど自身の恋愛に対してはどこか一歩引いた距離にいるという印象があった。
ところが今はどうだ、男性の甘い物の嗜好に関する質問をするなど意外も意外な動きを見せてくるではないか。
読み間違えたか?そもそもそんな物をあげようと思う相手がいただろうかとシェイドが自身の記憶を辿っていると今度はファインが不思議そうに首を傾げてきた。

「どうしたのシェイド?」
「あ、いえ、何でもありません。甘味に対する男性の好みでしたよね」
「うん。男の人って甘い物があんまり好きじゃないって聞くけどそうなの?」
「全員がそういう訳ではありません。やはりそこは人それぞれという結論に至ります。プリンスブライトやプリンスアウラー、プリンスソロなどは甘味類も好むと聞きます」
「へ~そうなんだ」
「プリンスティオは辛い物が好きだと聞きましたが」
「メラメラの国は辛い物ばっかりだもんね。じゃあシェイドはどうなの?」
「僕は食べれない事はないですが積極的には食べないですね」
「ふーん。じゃあビターとか甘さ控え目のがいいんだ?」
「そうですね」
「へ~」
「バブ、バブバブ?」
「あ、いや、えっとその!別に好きな人がいるとかそんなんじゃなくて!!ホラ、バレンタインってお世話になってる人にもチョコをあげる行事じゃん!?それでその・・・そう!お父様に渡そうと思っててさ~!」
「でしたらトゥルース王に直接聞かれては如何でしょうか?たとえ甘い物が苦手であってもプリンセスファインがお作りになったチョコなら喜んでお召し上がりになると思いますが」
「そ、そうだよね!悩む必要なんかなかったよね!」

あはは、と誤魔化すように笑うファインをシェイドもミルキーも訝しむ。
口でああは言っているものの、どう見てもトゥルースにチョコを渡す為の質問と雰囲気には見えなかった。
たまに、というかしょっちゅうファインは何を考えているのか分からなくてその思考が読めずシェイドはどことなくファインに苦手意識を持っていた。
思考が読めないという事は次にどんな行動をするか予測出来ず備える事が出来ないということ。
嘘は下手な癖に真実を隠すのは上手い。
国の乗っ取りを企む大臣の腹の内は手に取るように分かるのにファインはどうしても分からない。
そういう意味では大臣程の害はないものの、いつかの恐ろしの森の出来事のように予想外の動きをされるのはごめんだ。
だから警戒しつつも距離を置こうと思った。
さて、焦るファインに助け舟を出すかのようにタイミング良くレインが買い物から帰って来た。
両手に恋愛成就の効果があるお守りを沢山持って。

「お待たせ~!」
「あ、レイン!いいの買えた?」
「もうバッチリよ!これでブライト様のハートは掴めたも同然ね!!」
「物理的になら掴めるかもな」
「え?シェイド様今何か仰ったかしら?」
「いえ、何でもありません。次は良ければ恋のおまじないで有名な場所にお連れしますよ」
「はい!宜しくお願いします!」

ついうっかり皮肉めいたツッコミを入れてしまったがすぐに磨き上げたプリンススキルで取り繕った。
そしてその日一日は特に大きな騒動が起きる事もなく表面的には平和に終わるのだった。








それから一週間後。
乙女が浮かれて男が落ち着かなくなるバレンタインデーがやって来た。
レインがブライトの為にチョコを用意して宝石の国にやってくる事は分かっていたので簡単に先回りしてふたご姫を監視する事が出来た。
例の如くアポ無しでいきなり押しかけたふたご姫にアルテッサが小言を述べるがブライトを前にして目をハートにしているレインの耳には入る事はあっても脳を経由する事はなかった。
ファインはファインでアルテッサに何かを聞くと城下に行くと言い残して王宮を出て行ってしまった。

(城下に何の用だ?)

レインはしばらく王宮から出る気配はなく、何かあってもとりあえずは大丈夫だろうと判断したシェイドは一人城下に行ったファインを追いかけて自身もひっそりと王宮から離れた。
そうしてやってきた城下ではチョコの甘い香りが方々から漂っており、ファインはそれに釣られるようにしてあちこちのチョコを扱ってる店に入って行った。

(こっちも通常運転だったか)

内心うんざりしたように溜息を吐き、けれどこの隙を狙って大臣の手下がプロミネンスを奪いに来ないか警戒をする。
ふたご姫が別行動をされると色々面倒なので早くファインの買い物が終わらないかと面倒そうに建物の影から眺めるとシェイドはある違和感に気付いた。

(アイツ、何も買ってないな・・・)

ファインは食べ物が好きでとりわけお菓子が大好きだ。
常におやつを持ち歩くのは当たり前で行く先々で美味しい店を一番に探したり買い食いする程なのに今日に限ってはお菓子を買っていない。
子供のように瞳をキラキラと輝かせて店の中に入る割には出て来る時には何も持っていないのは明らかに異常だった。
そう思う程にシェイドの中でファイン=お菓子という認識があった。
あながち間違いでもないが。
と、そこである店から出て来たファインが袋を手に提げて出て来た。
お菓子を買っていなかったのは何かの合図かそれとも暗号なのかと思考を巡らせていたがどうもそうではなかったようで、考え過ぎていた自分がなんだか馬鹿らしくなった。
後はそのまま王宮に戻れと思っていたその矢先、ファインがこちらに向かって真っ直ぐ歩いてきていた。

(なっ!?バレていただと!?)

ファインが意外にも視線に鋭い事を知ったシェイドはファインの監視をする時は細心の注意を払ってなるべく気配を殺して事に当たっていた。
今回も同じ要領で監視し、ファインの方にもバレた素振りはなかった筈なのにこちらに向かって歩いてくるという事はやはりどこかで気付いていたのかもしれない。
或いは度々店の中に入る事で逆にこちらの動きを監視していたのかもしれない。
どちらにせよ見つかるのは厄介なのでシェイドはすぐにその場を離れた。
ファインから目を離すのはあまり宜しくないが今はとにかくファインの追跡を振り切って態勢を整え、そしてまた改めて監視をするべきだろう。
意外にも近くまで来ている足音に焦りながらも鞭を使って最短距離を移動し、何とか距離を離していく。
そうしてとある路地裏を通り抜けて日陰の指す裏道に出た時、足音は聞こえなくなっていた。

(何とか撒いたか・・・)

大きく息を吐いて壁に寄りかかったその時―――

「あっ!いた!」

元気な声が反対方向から聞こえてきて驚きに顔を上げると、振り切った筈のファインが川を挟んだ向こう側の柵から身を乗り出すようにしてこちらに手を振っていた。

「おーい!エクリプス~!」

能天気なその声にシェイドは脱力して今度は疲れたように大きな溜息を吐いた。
今までの自分の逃走は何だったのか。
しかしそんなシェイドの内心など露知らずファインは橋を渡って傍に寄って来る。

「良かったぁ、みつかって!」
「・・・探してたのか?」
「うん」
「最初から気付いてたんじゃないのか?」
「え?最初からって?」
「城下でお菓子買ってただろ?その後だ」
「え?いたの?」
「は?」
「アタシ全然気付いてなかったよ?」
「だがお前は俺に気付いて俺が隠れてた建物まで来ようとしてただろ?その後も追いかけて来ていた」
「ううん、アタシは何となくこっちの方にエクリプスがいそうだな~って思って歩いてただけだよ。でもいなかったからこっちなのかなー?ってあちこち探してただけで」

(とんでもないな、コイツ・・・)

シェイドは一瞬、自分に発信機が着けられているのではと疑ったがこの少女がそんな物を使う知恵もなければ仄暗い心がない事も知っているのですぐにその思考を切り捨ててファインの直感を素直に恐れた。

「それよりもエクリプスに渡したい物があるんだ!」
「何だ」
「はいこれ!バレンタインのチョコ!」

ガサガサと袋から三つの箱を取り出して前に出される。
ラッピングはそれぞれ異なっており、派手過ぎない赤のラッピング、程よい色の緑のラッピング、そしてシックな黒のラッピングの三種類だ。
思ってもみなかった物を出されてシェイドが言葉を失っているとファインがそれぞれの箱について説明してきた。

「この赤いのが甘いので緑が甘さ控え目の。で、黒がビターだよ。エクリプスはどれが好きか分かんなかったからとりあえず三種類買ってきちゃった」

えへへ、とはにかむ少女を見て何度か瞬きしてシェイドは口を開く。

「・・・城下のお菓子の店を見て回ってたのはこれを買う為だったのか?」
「そうだよ。一軒一軒試食して美味しいお店を探してたんだ。ここのお店のは特に美味しかったからきっとエクリプスも気に入ると思うよ!」
「・・・何でわざわざ俺なんかの為にそんなものを買って渡すんだ」
「だってエクリプスにはよくお世話になってるもん。アタシ達の事、よく助けてくれるでしょ?だからそのお礼って事で!ね?」

路地裏の日の当たらない道だというのにこの少女が笑うだけで途端に周囲が明るくなった気がした。
これもおひさまの国のプリンセスだからだろうか。
シェイドはわざとらしく溜息を吐くとぶっきらぼうに黒いラッピングが施された箱をファインの手から受け取り、背中を向けて歩き出した。

「お返しは期待しない事だ」
「分かってるよ。それに日頃お世話になってるお礼だからしてもらおうなんて思ってないし」
「・・・フン」
「じゃあね、エクリプス」

去り行く背中に挨拶するとファインは残りのチョコを袋にしまって表の通りに戻って行った。
その後はファインが宝石の国の王宮に戻るのを見届け、またその日は大臣たちの魔の手が忍び寄らなかった事もあってシェイドは無事に月の国に帰還する事が出来た。
そして現在、シェイドは自室の椅子に深く座り込んで重く長い溜息を吐いていた。

「さて、どうしたものか」

目の前の机の上に置かれた黒い箱。
昼間受け取ったおひさまの国のプリンセスからの贈り物。
お返しの期待はするな、とは言ったものの根は真面目で優しいシェイドは律儀にもお返しについて考えていた。
甘い物が大好きなファインの事だから何か適当なお菓子を見繕って渡してやればいいのだが問題はその渡し方だ。
何て言ってどういう風に渡したものか。
これが月の国のプリンスシェイドの時であればお茶会に誘うなりしてそれらしい事を言って渡せるのだが世の中上手くいかないものである。

「ん?待てよ?」

ある事に思い至ってシェイドは眉を顰める。
と、そこでドアを叩く音がしてシェイドは「どうぞ」と入室を許可する。
ドアが開き、顔を出したのは妹のミルキーだった。

「バァブ!」
「どうした?ミルキー」

大切な妹の登場にシェイドの表情は穏やかに緩む。
ミルキーは星型の歩行器でシェイドの近くに浮遊すると何事かを楽し気に話して来た。

「バブバブバァブ!バブバ!」
「そうか、母上や城のみんなとチョコを作ってくれたのか。ありがとう。後で行くよ」
「バブバブ?バブ?」
「ああ、これか?これはな・・・今日ファインから貰ったんだ。日頃のお礼にってな」

黒い箱を指差して質問してきたミルキーにシェイドは苦笑しながら説明する。
ミルキーは「良かったじゃないですか」とでもいうように赤ん坊の言葉で喋るがシェイドは困ったような素振りを見せるばかり。
そして先程思い至ったものを思い出して何気なくミルキーに相談してみた。

「なぁ、ミルキー」
「バブ?」
「アイツはエクリプスとしての俺にこれを渡して来たんだがどう思う?」
「バブバブバブ、バブバ」

「友好的に思われてて良かったですね、としか」というミルキーのコメントにシェイドは乾いた笑いを漏らす。

「はは、そうだな。でもアイツ、もしも俺が月の国のプリンスシェイドだって知ったら何て言うだろうな?チョコを返せって言うのか、それともなかった事にするのか」
「バブバブバブ。バブバブ」
「今までと変わらない、か。その可能性もない事はないか。でもアイツはお上品でみんなのお手本のプリンスには興味ないみたいだぞ。ブライトがいい例だ」
「バブバブ、バブバブバブバ?」
「なっ、別にそういう意味じゃ・・・!」
「バブバ、バブバァブ」
「・・・そうだな。ちゃんとお返しはしないとな。何を作るかは近くなってからでいいか。これ、ビターだがミルキーも食べるか?」
「バブバブバブッ」
「俺が食べるのが道理か・・・参ったな」
「バブバブ。バブバブ」
「時間がかかるかもしれないぞ。いいのか?」
「バブバーブ」

全部食べるまで城のみんなと作ったシェイドへのバレンタインチョコはお預け、どれだけかかってもいいから全部食べて下さい、と言い残してミルキーはシェイドの部屋を後にする。
残されたシェイドは深く溜息を吐くとノロノロとした動きで黒のラッピングを解いた。
蓋を開けて目に飛び込んできたのは宝石の国らしい上品で凝ったデザインのチョコレートの粒。
香りも甘さのないビター特有のそれでシェイドの心が幾分か和らぐ。
一粒手に取って口の中に入れればほろ苦い味が口の中を満たした。
けれど―――

「・・・・・・甘い」

ビターなのに胸焼けがする程の甘さに脱力する。
しかし口の中で溶かして飲み下すと腹にズシリと複雑な気持ちが重く転がった。
ファインがチョコを渡した相手はエクリプスで、月の国のプリンスである自分ではない。
しかしそれを今、月の国のプリンスである自分が食べている事に何故か罪悪感が湧いた。
本当にファインはこの事実を知ったらどう思うのだろうか。

「参ったな・・・」

チョコレートを食べようとする手が益々鈍くなり、これは長期戦になりそうだとシェイドは覚悟するのだった。







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