毎日がプリンセスパーティー

ふしぎ星が救われたお祝いのパーティーは夜通し続いていた。
みんなで手を繋いで輪になって踊った後もそれぞれに踊ったり談笑したりとパーティー会場は光と希望に満ち溢れていた。
それもこれもおひさまの国のふたごのプリンセスであるファインとレインのお陰だ。
主役の一人であるレインはずっと憧れだったブライトと見つめ合いながらまた優雅にダンスを踊っている。
闇から解放され、大切なものを思い出し、そして自分にとっての光を見つけたブライトの表情はこれまでにないくらい穏やかだ。
そしてそんなブライトを映すレインのエメラルドグリーンの瞳は憧れと愛しさが宿っており、デコールにも負けない美しさを称えている。

一方でもう一人の主役であるファインは夢中でごちそうをたいらげていた。
その隣には月の国の王子であるシェイドが穏やかな表情でファインの事を見守っていた。

「美味しい~!パーティーでご馳走食べるなんていつ以来だろ~!?」
「・・・そういえばそうだな。かざぐるまの国のプリンセスパーティー以来それらしいご馳走なんて食べてなかったな」
「色々大変だったもんね。そんな事してる場合じゃなかったし」
「まぁな」
「シェイドなんかプリンセスパーティー4回も欠席してて4回分ご馳走食べられてないんだよ?凄く損してるよ」
「生憎出席してる暇はなかったんでな」
「あはは、そうだよね。エクリプスの活動で忙しかったもんね」
「うるさい」

少し怒ったような声音は彼が照れている証拠。
ふしぎ星を救う旅の中でシェイドの事を少しずつ知るようになったファインは本人の敏感な感性もあって彼の感情がなんとなく分かるようになっていた。
そこでふと、ファインは何かを思いつくと皿とフォークをテーブルに置いてシェイドの手を掴んだ。

「ねぇシェイド、ちょっと来て」
「何だ?」
「いいからいいから!」

ファインに手を引かれるままシェイドは誰もいないバルコニーに足を運ぶ。
空は暗黒の雲ではなく優しい夜の色を称えており、月の国の美しきフルムーンがふしぎ星の夜空を照らし守っていた。
おひさまの恵みの復活と共にフルムーンを覆う暗闇は払われ、昏睡状態から目覚めたシェイドの母にして月の国の女王ムーンマリア。
死の淵を彷徨っていた母親の生還にシェイドはそれまでの肩の荷が降りた事とふたご姫への心からの感謝をしたのを今でも覚えているし、これからも忘れる事はないだろう。
輝くフルムーンに安らぎを覚えていると視線を感じてそちらに顔を向ける。
見ればファインが優しく穏やかな眼差しでこちらを見上げていた。

「シェイド」
「何だ」
「お疲れ様」
「・・・は?」
「それからありがとう」

お礼を述べてニッコリとおひさまのような笑顔を見せるファインにシェイドは呆気に取られてしばしば沈黙する。
それから困ったように笑って息を吐くとファインの瞳を見つめ返して言った。

「労いの言葉も感謝の言葉も今日は全部お前とレインのものだ」
「ううん、そんな事ないよ。シェイドは今までずっとアタシたちの事を助けてくれてたじゃない」
「俺だけじゃない。ティオもアルテッサも他の国のプリンスやプリンセスたちもだ」
「それは勿論そうなんだけどそうじゃなくて・・・エクリプスを名乗ってた時からアタシたちの事助けてくれてたでしょ?」
「最初はお前たちの持つプロミネンスの力を狙ってたけどな」
「それでも兵隊サソリから守ってくれたり大臣たちから何度も守ってくれたよ」
「結局プロミネンスの力は奪われたがな」
「それはアタシとレインが迂闊だったってのもあるよ」
「そうだな」
「うっ・・・何でそこだけは素直かなぁ」
「オマケに人の部屋を散々散らかしてくれたな」
「うぅ・・・ごめんなさい・・・」

気まずそうに項垂れて謝罪するファインにシェイドは思わず吹き出す。
あの時は沢山溜息を吐いて「やってくれたな」と心の中で何度も愚痴を零したものだが今ではすっかり笑いの種だ。
未だ下がっているファインの頭を撫でながらシェイドは言う。

「もう気にしていない。済んだ話だ」
「うん・・・ありがとう」
「だから、礼はお前とレインに送られるものだ。おひさまの恵みを取り戻してくれた事、そのお陰で母上が目覚めた事、本当に感謝している」
「・・・それもこれもシェイドがアタシ達の事をずっと守ってくれてたお陰だよ。アタシ達が困ってる時もシェイドはずっと引っ張ってくれてたし」
「お転婆なお前たちのお守りは正直骨が折れたがな」
「うっ・・・あはは。でも、だからこそ、シェイドにお礼が言いたいんだ」

フルムーンに横顔を照らされながらファインはシェイドの両手を握ると真っ直ぐに夜空の瞳を見上げた。

「エクリプスの時からずっと頑張ってくれてありがとう、シェイド。色々―――ううん、いっぱい大変だったね。お疲れ様」

誰よりも早くふしぎ星の危機を察知して一人奔走していたシェイドのこれまでの歩みへの最大限の労りと感謝と真心の籠った、そんな、言葉。
その瞬間、シェイドの中で本人も知らなかった重い塊が音を立てて落ちた。
それらは落ちた拍子に割れて砕け、シェイドの胸を中心に全身に駆け巡っていく。
緊張、憂い、責務、後ろめたさ、殺していた感情が解き放たれ、温かい光に昇華されてそれらはシェイドの心を満たしていく。
大臣の陰謀を阻止する為、そしてふしぎ星を救う為にエクリプスと名乗り、ファインとレインのプロミネンスの力を奪う為につけ狙った。
その行動に後ろめたさや良心の呵責がなかったと言えば嘘になる。
しかしこれも家族と国を、そして星を救う為だと自分に言い聞かせて正当化させる度に胸が締め付けられ、それに耐える為に己を殺して来た。
何があっても責められる覚悟は出来ていた、報われないのは百も承知だった。
けれど今、それが光に照らされた。
これまでの苦労が、苦悩が、痛みが。
おひさまの国のプリンセスの笑顔と温かい言葉によって。
それも上辺ではない、これまでの行いをずっと見てくれていた彼女による重みのある言葉で。
能天気で何も考えていないように見えて実は周囲をよく見ていて気遣いの出来る彼女に。

強い心の衝撃によって言葉を発せずにいるシェイドをそのままにファインは続ける。

「でも、もう大丈夫だよ。悪い大臣はいなくなって、ムーンマリア様も元気になって、おひさまの恵みもブライトも元に戻って。お互いの事もよく知れるようになったからこれからは困った事があったらすぐに助けを求められるよ。だから一人で抱え込まないで相談してね」

全てを見透かすような赤い瞳。
いや、本人は直感でほぼ無意識に見透かしているのだろう。
シェイドが今まで一人で抱え込んでいた事、周囲に助けを求められなかった事、苦しんでいた事。
自分よりも年下なのに大人びた顔で慈愛に満ちた言葉を投げかけるその存在が本当にファインなのか疑ってしまう。
だからつい、意地悪をしてその両頬をむにっと引っ張った。

「うぁっ!?らにひゅんの~!?」
「いや・・・本当にファインなのかと思って」
「らにほれ~!?」

バシバシと腕を叩かれて解放してやるとファインは自分の頬を抑えながら涙目でシェイドを睨んだ。

「ひっど~い!人が真面目な話してたっていうのに!」
「慣れない事はするものじゃないぞ。今みたいに思わぬ事故を招くからな」
「シェイドの意地悪!もう知らないんだから!」
「そう怒るな。折角の祝いの席でそんな顔はご法度だぞ」
「誰の所為だと思ってるの!?」
「悪かった。機嫌を治せ」
「どうしよっかな~?」

ぷいっと背中を向けてチラチラとこちらを窺うファイン。
その横顔は何か悪戯や仕返しを考えている表情だった。
しかしそれに甘んじるシェイドではない。
彼はいつだってファインより一枚上手だ。

「パンケーキとチョコレートパフェ」
「え?」

一瞬にしてこちらを振り返るよく言えば素直、悪く言えば現金な態度に苦笑を漏らす。
けれどシェイドは続ける。

「ブライトを助けた時に言ってただろう?」
「あ、うん」
「もう食べたのか?」
「食べてない、や。そう言えば食べてなかった」
「作ってやろうか?」
「本当!?」
「その代わりに条件がある」
「何々!?アタシに出来る事なら何でも言って!!」

瞳を輝かせながら全力で頷くファインにシェイドの口元は緩む。
食いしん坊で食べ物にしか興味がないけれど、誰かを気遣い、その者の為に自分が出来る精一杯の事を一生懸命成し遂げようとする、ふしぎ星始まって以来最もプリンセスらしくないプリンセスの片割れ。
そんな彼女を今夜独り占めする為に手を差し出す。

「朝まで俺と踊ってくれるか?」

さっきはケーキの登場でやむなく中断となった。
今度はそんな事はさせない。
そう決意してシェイドが口角を上げると、フルムーンによって照らし出されるファインの頬は赤く染まり、瞳は喜びと嬉しさでキラキラと輝いた。

「うん・・・!」

元気よく頷かれ、重ねられた手をしっかりと握る。
優しくエスコートして共にダンスホールに向けて歩いた。

月の国の王子とおひさまの国の赤き姫のダンスは、宝石の国の王子とおひさまの国の青き姫のダンスと共に会場をいつまでも光り輝かせるのだった。





END
8/28ページ
スキ