毎日がプリンセスパーティー

星全体が薔薇の生垣で作られた巨大な迷路になっている星がある。
その迷路で出会った人物は自分の運命の相手であり、その者と共に迷路のゴールに辿り着くと恋が叶うという噂がロイヤルワンダー学園ではまことしやかに囁かれていた。
そんな噂を聞いて黙ってはいられないのがふたご姫の片割れのレインだった。

「聞いてファイン!メイロー星っていう薔薇の生垣で出来た巨大な迷路で出会った相手は運命の人でその人とゴールに辿り着くと恋が叶うそうよ!!」

噂の内容を一息で言い切るとファインは一瞬目をぱちぱちと瞬かせた後、ワクワクとした表情を浮かべた。

「へぇ、面白そうだね!」
「でしょでしょ!?それで私、ブライト様を誘おうと思ってるんだけど・・・」
「うん?」
「ファイン、ついて来てもらってもいいかしら?その、一人だと緊張しちゃって・・・」
「いいよ!今日は部活の助っ人もないし一緒に行こう!」
「ありがとう!ブライト様はきっと今日もフェンシング部にいると思うから早速行きましょう!」

ファインに同意してもらうとレインは嬉しそうに笑顔を浮かべてファインと共にフェンシング部の活動場へと向かった。
いつもだったら足取り軽く幸せな気持ちで行くそこは今日はいつも以上に胸の鼓動が早く鳴り響き、段々と緊張する気持ちが高まってくる。
そうして到着する頃にはレインの顔は真っ赤になっており、ファインは少し心配になった。

「大丈夫?レイン?」
「だだだだ、だいじょーぶ、よ・・・」
「いや、大丈夫じゃないよね」
「だ、だってメイロー星の噂って結構有名だからそこに誘うっていうのはつまりそういう事よ!?それでもしもブライト様がそれを知っていてその上で『ごめんよ、レイン。それは遠慮させてもらうよ』なんて言ったらもう絶望なんてものじゃないわ!!この世の終わりよ!!」
「考え過ぎだって。それにブライトは今までレインの誘いを断った事なんかないし、今回もきっといいよって言ってくれるよ」
「・・・本当?」
「うん!いつものレインらしくないよ。ホラ、ブライトに声かけよう?」
「じゃ、じゃあせめてファインがブライト様を呼んで?ね?いいでしょ?」
「いいよ!」

大好きなレインのお願いにファインは快く返事をすると部室の扉を開けてブライトの姿を探した。
ブライトは丁度休憩中なのか、他の部員と仲良く談笑している所だった。

「ブライト―!」
「ファイン?どうしたんだい?」

ファインの存在に気付いたブライトは談笑を打ち切るとファイン達の元に来てくれた。

「お話中ごめんね」
「気にしないでいいよ。どうしたんだい?」
「ほら、レイン」
「う、うん!」

ファインの後ろでもじもじしていたレインは意を決すると赤い顔のままブライトの前に出て切り出した。

「あ、あの!ブライト様!」
「なんだい、レイン?」
「ここ、今度のお休みに、め、メイロー星に行きませんか!?」
「メイロー星?あの噂の薔薇の迷路の?」
「そ、そうです!」

ぱちぱちと瞬きするブライトをレインは顔を赤くしながらも意思が強く籠った瞳で見つめる。
見つめられたブライトは―――ニッコリと笑って優しく頷いてくれた。

「うん、いいよ。一緒に行こうか」
「本当ですか!?」
「勿論だよ。あそこの薔薇はとても綺麗な事で有名らしいし、レインと見られたらいいなと思っていた所さ」
「ブライト様・・・!ありがとうございます!!」
「良かったね、レイン!」
「ええ!一緒についてきてくれてありがとう、ファイン!次はファインの番ね!」
「え?アタシの番?」
「そうよ。ファインもシェイドを誘ってメイロー星に行くでしょ?」
「え・・・えぇええええええええええ!!!!??」

ファインは絶叫しながら全力で後退り、突き当りの壁に背中から激突する。
顔は先程のレインに負けず劣らす真っ赤で動揺しているのが明らかに分かった。
相変わらずシェイドを絡めたこの手の話になると及び腰になるな、とレインとブライトは同時に思ったとか。

「ぬなな、何で、シェイド・・・も・・・?」
「え?だってファインは興味ないの?運命の相手がシェイドかどうか」
「あああああアタシはべべべべべべつに・・・!」
「何してるんだ?」

そこへたまたまやってきたシェイドが現れてファインは口から心臓が飛び出そうになる。
ファインにとってタイミングがいいのか悪いのか。
しかしそんなファインを他所にレインとブライトがこれ幸いとやって来たシェイドにメイロー星の話をした。

「シェイド、良い所に来たね」
「何だ?」
「シェイドも今度のお休みにメイロー星に行きましょう」
「メイロー星?ああ、薔薇の生垣で出来た迷路の星か」
「今度私とブライト様とファインで行くんだけどシェイドも行くでしょう?」
「ああ、いいぞ。綺麗な薔薇が咲いているって噂だからどんな風に育てているのか気になるしな」
「ですって、ファイン!良かったわね!」
「う、うん・・・そだね・・・」

レインが嬉しそうにファインに駆け寄るとファインは今にも顔から湯気が出そうな程顔を真っ赤にしてぎこちなく頷いた。
周りからしてみれば何故ファインが顔を赤くして俯いているのか理解出来ていたが、つい先程来たばかりのシェイドはいまいち状況が掴めず、普段とは少し様子が違うファインに疑問を持って首を傾げながら近寄った。

「どうした?やっぱりお前はそういう所は退屈か?」
「う、ううん!!!そんな事ないよ!!そ、それにアタシも薔薇の育て方聞いてシェイドのお手伝いしたいしすっごく楽しみだよ!?」
「そうか?ならいいんだが」

嫌がってる風は全くなく、けれども目を合わせようとしないファインに益々シェイドは首を傾げる。
そんなシェイドの肩をブライトがトントンと叩いて振り向かせる。
振り向いた先のブライトはいつものあの人当りの良い笑顔を浮かべていた。

「何だ?」
「シェイドはさ、メイロー星についてどれくらい知ってる?」
「ん?だから薔薇の生垣で作られた巨大な迷路がある星だろ?」
「それの他にある噂があるんだけど知ってる?女の子たちの間ではその噂で持ち切りだし男子も気にしてる人が割といるんだけど」
「その手の噂は興味がないから知る気にもなれないな」
「キミそうという所だよ」
「は?」
「まぁいっか。どういう噂があるかは当日教えてあげるね」
「今じゃダメなのか?」
「うん、ダメ」

珍しく即答するブライトにしかしシェイドはそれ以上の追及はしなかった。
どうせ当日教えてくれるのだからその日を待てばいい。
それに男子や女子の間で噂になるくらいだから大した事もないだろう。
そう思ってシェイドはメイロー星について深く知るのをやめるのだった。







そうして迎えた当日。
これはシェイドから見た印象だが、メイロー星には不思議な事に二つの入り口があった。
一つ目は女性専用列車に乗って向かう、女性だけが入れる入り口。
二つ目は男性専用列車に乗って向かう、男性だけが入れる入り口。
男女に別れて迷路に挑むらしいがその意図がシェイドには全く分からなかった。
現在はブライトと共に列車に乗っていて、シェイドは素直に質問してみる事にした。

「ブライト」
「ん?何だい?」
「メイロー星の噂を聞かせてくれる約束だったろ?聞かせてくれるか?」
「そういえばそうだったね。あのね、メイロー星の迷路で出会った人は自分にとっての運命の相手でその人と一緒に出口に辿り着くとその人との恋が叶うっていう噂があるんだよ」
「そうか」
「やっぱり興味ないよね?」
「あると思うか?この俺が」
「だよね。でもさ、もしも本当だったら素敵だと思わないかい?」
「さぁな」
「僕は信じるよ。そしてレインを見つけるつもりだ。シェイドもファインと会えるといいね」
「・・・・・・ああ」

僅かに視線を逸らして答えるその姿はどこか満更でもなさそうだった。
噂は信じていないのかもしれないが、それとは別に迷路でファインを見つけるつもりではいるのだろう。
やれやれ、友人は相変わらず素直じゃないらしいとブライトは心の中で苦笑するのだった。

それから数分して列車は迷路の男性用入り口前に到着した。
薔薇の生垣は見事なもので、入り口の外側にも関わらず沢山の薔薇が咲き誇っていた。
香りもとても上品なもので優雅に迷路を楽しめそうだとブライトが心を躍らせた矢先のこと。

「なぁブライト、あれ」
「ん?」

シェイドが指差す先を追ってブライトは目を向ける。
そこには迷路の入り口でドローンに睨まれているファンゴが佇んでおり、ドローンに搭載されているスピーカーからシャシャとカーラの声が飛び出していた。

『いいことファンゴ!途中で帰ったりギブアップしたりしたらただじゃおかないからね!!』
『その時はこのドローンに搭載されてるミサイルで爆撃するわよ!!』

「分かってるよ!うるせぇな!!」

「・・・彼も大変だね」
「エリザベータを見つけても見つけられなくても睨まれるんだからアイツも苦労するよな」

ひょんなことから箱入りお姫様であるエリザベータに好意を向けられた不良王子のファンゴは戸惑いつつも何とか彼なりにエリザベータの気持ちを受け入れていた。
要は満更でもないという事なのだが、如何せんエリザベータとチームを組んでいるシャシャとカーラはそれが面白くなくて先程のようにファンゴに対していつも厳しい態度を取っていた。
本当は応援なんてしたくないのだろうが大好きなエリザベータを思えばこそ、心も顔も鬼にしてファンゴの尻を叩いているのだろう。
行き過ぎている為にファンゴがとんでもない苦労をしているが。
一応、他の参加者への配慮という事でセレブ星製のドローンはどこかへ飛んで行ったが去り際に『常に監視してるから気を抜かない事ね』という恐ろしい言葉を残していったものだからファンゴは疲れたように溜息を吐くとトボトボと迷路の中に入って行った。
そんな状態の彼に同情して少し時間を置いてからシェイドとブライトは薔薇の迷路に足を踏み入れた。
するとどうだろう、一歩目にして沢山の経路が目の前に広がっていた。
ゴールには時間がかかる上に途中でギブアップを叫ぶとスタッフが回収に来てくれると話に聴いていたがそれも頷けるというものである。

「これはかなり手強そうだな」
「そうだね。じゃあ早速別行動だね。僕はこっちの経路を進むよ」
「ああ。なら俺はこっちだ」
「健闘を祈るよ」
「お前も頑張れよ」

軽くウィンクするブライトに軽く笑みを返してシェイドは突き当りの薔薇の生垣を左に曲がるのだった。





一方その頃、ファインとレインはというと・・・。

「レイン・・・行かないの・・・?」
「ファインこそ・・・」

お互いに冷や汗をかいて俯き、最初の一歩を踏み出せずにいた。
ちゃんと意中の相手を見つけられるか、そもそも出会えるか、それ以前に全く別の人物と出会ってしまったらどうしうよう・・・など、色々考えだしたら止まらなくなり、こうして踏み出すのが怖くなってしまったのである。

「・・・シェイドたち、もう入ってる気がするんだけど」
「私もそんな気がするわ・・・」
「どうする?」
「そうねぇ・・・こうなったら二人で手を繋いで、せーの、で入るのはどう?そしたら勇気も二倍だわ!」
「いいねそれ!それじゃあ―――」
「「せーのっ!!」」

二人は仲良く手を繋ぐと元気よく初めの一歩を踏み出した。
すると男性組と同じように女性組の方でも最初の入り口から様々な経路が広がっていた。

「わぁ、行ける道いっぱいあるね」
「最初は一本道っていうのを想像してたけどそうでもないのね。とりあえず私はこっちに行くわ」
「じゃあアタシはこっち」
「ゴールで待ってるからね」
「うん!ブライトに会えるといいね!」
「ファインもシェイドに会えるといいわね!」

お互いを激励しあい、ファインは生垣の突き当りを右に、レインは突き当りを左に曲がって迷路の中を進んだ。





四人が迷路に足を踏み入れて一時間くらい経った頃。
ブライトは多種多様、様々な色を咲かせる薔薇と香りを楽しんでいた。
けれどもその足取りはちゃんとした目的をもっており、ブライトは無暗に歩いているという訳ではなさそうだった。
ブライトの視界に必ず入ってくる鮮やかで美しく明るい色の青い薔薇。
それはレインを連想させるような見事な薔薇であり、ついブライトはそれに目を取られ、またその青い薔薇の咲く方向に舵を切っていた。
そしてこれは偶然だろうか、青い薔薇はまるでブライトに道を指し示すかのようにぽつぽつと一定の間隔で咲いており、分かれ道に出くわしてもどれか一つの道にだけ青い薔薇が咲いているのだ。
まるでレインの元に導いてくれているようなそんな気がした。
そうして辿り着いたのが噴水のある開けた場所で、休憩用のベンチがいくつか置かれていた。
贅沢で綺麗な休憩所だと感心していると噴水の向こう側で求めていた青い花が座っているのをブライトは見逃さなかった。

「レイン!」
「ブライト様!?」

レインは休憩していたのだろう、ブライトに名前を呼ばれると弾かれたように顔を上げて嬉しそうに表情を綻ばせた。
よくブライトに向けるその花のような笑顔はブライトのお気に入りだ。
ブライトが駆け寄るとレインは立ち上がり、頬を染めながらも逸らさず瞳を合わせてくれる。

「漸く会えたね、レイン」
「はい!」
「休憩しているようだったけど大丈夫かい?」
「ブライト様が来てくれたからもう大丈夫です!」
「なら一緒に出口を探そうか」
「はい!」

幸せそうに頷くレインにブライトは優しく手を差し伸べて一言。

「お手をどうぞ、プリンセスレイン」
「・・・!あ、ありがとうございます!」

感激したように頷くとレインはブライトの手に自分の手を重ねてそうして優しく握った。
ブライトが更に握る手に力を込めるとレインの心臓が跳ね上がる。

「嬉しいなぁ、やっぱり僕の運命の相手はレインだった。これほど幸せな事はないよ」
「わ、私も・・・ブライト様が運命の相手でとっても嬉しいです・・・!」
「偶然かもしれないけれどレインに会うまでの途中、青い薔薇が咲いていたんだ」
「青い薔薇が?」
「ああ。レインのように綺麗だと思ってその青い薔薇を目印に歩いていたらレインに会えたんだ。僕がちゃんと確実にレインと出会えるように導いてくれたんだと思う」
「素敵・・・!ロマンチックな話です!」
「レインの方はどうだった?」
「あ、私は・・・その・・・ブライト様に会いたい一心でずっとあちこち歩き回ってました。それで疲れたからベンチで休憩してたらブライト様に会えたんです」
「そっか。僕の為に夢中になって探してくれてたんだね。ありがとう、レイン」

とびきりの笑顔でお礼を言われ、レインは「ブライト様・・・!」と呟きながら顔を耳まで真っ赤に染め上げる。
手を繋いで仲睦まじく歩く二人の道を宝石のように美しい赤い薔薇がまるで祝福するかのように咲き乱れて見守るのだった。






その頃のファインはレインがいた噴水広場とは別の薔薇の花壇の広場でベンチに座っていた。

「シェイド見つからないなぁ・・・」

ベンチの背に寄りかかって空を見上げる。
大きく広い青空に浮かぶ雲は真っ白でわたあめのようだ。
あっちの雲は丸い形をしていてたこ焼きのように見える。
こっちの雲はショートケーキの形をしている。
食いしん坊のファインは雲から大好きなお菓子や食べ物を連想してお腹の虫を鳴かせた。

「お腹空いたなぁ」

「ファイン?」

突然名前を呼ばれてハッと声のする方を見ると求めていた人物が経路の一つから姿を現した。

「シェイド!」

ファインは嬉しくなって空腹であった事すらも忘れてシェイドの元に駆け寄った。

「お疲れ!」
「お前もな」
「途中で誰かに会ったりした?」
「いや、ずっと俺一人だ」
「そ、そっか・・・」

つまりシェイドが初めて会ったのは自分という事になり、その事実にファインは心の中で喜んだ。
何故ならそれはつまり自分の運命の相手は―――

「もしかしてここの噂を信じてるのか?」
「えっ!?」

心の中で考えていた事を当てられてファインは驚きで目を丸くする。
それを見てシェイドは悪戯っぽく目を細めるとフッと息を吐いた。

「やはりな」
「な、何で分かったの!?」
「顔に書いてある」
「うそぉ!!?」
「まぁお前が何を信じようがお前の勝手だが俺はそんな噂は信じていない」
「そうなの?」
「たかが薔薇の迷路如きで運命の相手とやらを決められたくはない。自分の相手は自分で決める、それだけだ」
「・・・そっか」

シェイドは現実主義だ、こういった迷信や噂などを信じないのはファインもよく知っている。
けれどハッキリと口にされてしまうとやはり凹むものはある。
というよりも『自分の相手は自分で決める』という言葉が心に引っ掛かった。
運命の相手を決められたくない、自分の相手は自分で決める、つまりシェイドはファインが自分の相手と認めていないのかもしれない。
やはりシェイドは自分の事など―――

「行くぞ、ファイン」

俯いていると突然目の前に手を差し出され、ファインは驚いたように顔を上げる。
そしてシェイドと差し出された手を交互に見つめると訳も分からぬままとりあえずポン、と手を置いた。
するとその手を優しく握られ、ファインの顔はボンッと音がする程一瞬にして赤く茹で上がった。

「あああ、ああ、あの、シェイド!?」
「何だ」
「な、何だって、えっと、手・・・!」
「嫌か?」
「そうじゃないけど!でも、何で・・・?」
「自分の相手は自分で決める。決めた相手は大切にするしちゃんとエスコートだってする。それだけの話だ」
「っ!!?」

振り返らずにシェイドがそう答えるものだからファインはもう何も言えなくなってとうとう俯いた。
だからシェイドの頬が僅かに赤く染まっているのも見えていなかったがそれはシェイドにとっては幸いだったのかもしれない。
右側に赤やピンク、左側に黄色や紫の薔薇が咲く道を二人はただ静かに歩いて行く。
けれど沈黙に耐えられなくなったファインがポツリと呟いた。

「・・・あの時と同じだね」
「あの時?」
「かざぐるまの国のプリンセスパーティーで迷いの庭の迷路が大きくなっちゃった事あったでしょ?その時に偶然シェイドと会ったじゃん」
「ああ、あの時か」

闇に堕ちたブライトの策略と闇の力でブライト以外の各国のプリンス・プリンセスが巨大になった迷路に迷い込む事件があった。
全員が散り散りとなり、頼みの綱であるファインとレインも離れ離れになってしまってプロミネンスによって迷路を元の大きさに戻す、或いは全員を見つけるという事が出来なかったのだ。
迷路の難易度と複雑さはソフィーのお墨付きで軽く歩き回ってもすぐに行き止まりに行き当たった。
しかし迷路を形成する障害物は所詮は板。
まともに出られなければ壊せばいい。
懐に忍ばせていた鞭を使って強行突破していたシェイドは偶然ファインと出会い、共に脱出を図ったのである。
その時の事を思い出してシェイドは一人頷いた。

「そういえばそんな事もあったな」
「アタシね、あの時シェイドに会えて嬉しかったんだ。レインは見つからないし、お腹は空いたし、アタシ一人だけ出られないんじゃないかって不安になったんだけどシェイドが来てくれて凄く安心したんだよ」
「随分信頼されてたんだな」
「だってシェイドはすっごく頼りになるもん。不安になる事なんて一つもなかったよ」
「そう、か・・・」

真っ直ぐに信頼を寄せられて嬉しくない筈がない。
けれど不器用なシェイドは上手な返しもブライトのような気の利いたセリフも言えず言葉少なにそう呟く事しか出来なかった。
後はファインの手を強く握る事しか出来なかったがそれだけでファインにとっては十分だった。

「あの後外に出られてレインにも会えてプロミネンスでミルロを見つける事が出来たんだよね。あの時は本当にミルロが見つかってよかっ―――うわわっ!?」

歩きながら話していた所為か、足元の石に躓いて転びそうになるファインをシェイドが咄嗟に抱き留める。

「っと・・・気を付けろ」
「うん!えへへ、これもあの時と同じだね」
「そういえば・・・そうだな」

シェイドが鞭で壊した板の残骸にファインが躓いて転びそうになった時にシェイドが今と同じように咄嗟に抱き留めてくれたのだ。
その時の事を思い出して何だか急に恥ずかしくなり、シェイドは素早くファインから距離を取った。

「・・・悪い」
「ううん、大丈夫だよ」

繋いでいた手が離れてしまったのは名残惜しかったけれどそれでもファインにはもう十分だった。

「それより出口探そっか。もしかしたらレインとブライトが辿り着いてるかもしれないし」
「そうだな」

二人並んで再び歩き出す。
他愛もないお喋りをしながら歩く迷路の薔薇はいつの間にか可愛らしい色のピンク色に染まっており、二人の歩む道を甘く彩るのだった。








それからしばらくして、ファインとシェイドも漸くゴールに辿り着く事が出来た。
出口の外ではファインの予想通りレインとブライトが既に到着しており、丁度談笑している所だった。

「レイン!」
「ファイン!」

ファインに気付くとレインは一番に駆け寄って笑顔を向けた。

「シェイドと一緒に出て来られたのね。良かったじゃない!」
「えへへ・・・!」
「良かったじゃないか、シェイド」
「まぁな」
「でも迷路の中で三回もレインに会った時はびっくりしたよねー」
「ホントよねー」

「「・・・・・・ん?」」

何気ないふたごの会話にシェイドもブライトも少しの間を置いて眉をピクリと動かす。
しかし当の本人達は何でもないかのように呑気に話す。

「あのね、シェイドに会う前にアタシ、レインに三回も会ったんだよ!」
「私もブライト様に会う前にファインと会ったの。きっと二人して近くをウロウロしてたのよ。でも私としては結構あちこち歩いた筈なのにな~」
「アタシも結構な距離を歩いたつもりだったんだよね〜」
「でも私達は姉妹だし」
「運命の相手カウントはノーカンだよね!」

二人揃って陽気に笑い合うふたご姫。
しかし対するプリンス二人は内心穏やかではなかった。
むしろ危機感すらもっていた。

「・・・レイン、まだ時間があるみたいだし一緒に動物のトピアリーを見ようか」
「はい!喜んで!」
「ファイン、そこの休憩所で何か食べるか?」
「食べる食べるー!」

それぞれの想い人の手を引いてさりげなくふたごの姉妹を引き離す。
大人気ないし微笑ましい姉妹のやり取りを邪魔するべきではないのは分かっているがそうせずにはいられない。

(このままじゃレインの一番はいつまで経ってもファインのままだ・・・!)

運命というものを信じるブライトはだからこそ、運命力(?)でファインに負ける訳にはいかなかった。
あの不思議な迷路で自分は漸くレインと会えたというのにファインは三回も会えただなんてあまりにも運命的過ぎるではないか。
これも双子の引かれ合う力なのか、それともそれだけ魂の結びつきが強いのか。
どちらにせよ、ブライトの対抗心を燃やすには十分だった。

(レインにデカい顔される訳にはいかないな)

運命などというものを信じないシェイドは自分なりに分析した結果、ファインの心の拠り所はレイン一強であると悟って危機感を覚えた。
三回も出会ったという事はつまりそれだけファインが無意識にレインを求めていたという事ではないだろうか。
そのうちでたった一回しか会えていない自分はまだまだファインの中のレイン程心の拠り所になりえていないのではないか。
そう思い至ると少しでも早くファインの中での自分の存在を大きくしていく必要があると感じた。


二人の男が想いを寄せるプリンセスの片割れに勝つ日はまだまだ遠いのであった。








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