監督生会議

定期的に行われる各寮の監督生達による監督生会議。
それは各寮で起きた問題の共有や意見の交換などをする場である。
神覚者のレインはどうしても外せない仕事がない限りはほぼ必ず参加しており、駄目な場合はルームメイトにして親友のマックスに頼んでいるのだが今回は参加が適っていた。
今日も小さな部屋で魔法で三角形に繋ぎ合わせた机に向かって有意義な話し合いが交わされていた訳だが、そうしたものに雑談は付きもので。

「そういえばそろそろ学園祭ね。ウチの所は準備が始まってるんだけど二人の方はどう?」

メモを取る為の羽ペンを机に置いて代わりに片肘を突きながらオルカ寮監督生マーガレット・マカロンがそれぞれに視線を寄越して尋ねる。

「レアンの方でも準備は始まっているよ。ねぇ、母さん?」

手元の人形に優しい視線を落としながらレアン寮監督生アベル・ウォーカーが答える。

「こっちでも準備は始まってる。しばらく騒がしくなりそうだ」

相変わらずの仏頂面で答えるのはアドラ寮監督生のレイン・エイムズ。
しかし彼はいつもよりも深く眉間に皺を刻むとマーガレットを睨んだ。

「マーガレット・マカロン」
「なぁに?」
「俺の弟がオルカの連中に世話になったみたいだな」
「あら、何の話かしら?」
「ついこの間の事だ」

それはレインが校長室での用事を終わらせて廊下を歩いていた時のこと。
相変わらず人使いの荒いウォールバーグに心の中で毒付きながら教室の前を通りがかった際に絶対に聞き逃す事のない声を拾った。

「え?普段の兄さまのとのやり取りを再現?」

フィン・エイムズ。
世界を根底から変えてでも笑顔と平穏と普通の幸せを送らせたいと願った、レインにとって唯一にしてたった一人の大切な弟。
危険への巻き添えにしないようにと以前まで突き放していた癖で声が聞こえた途端、咄嗟に影に隠れたレインは耳を澄ませてこっそり中を覗いて様子を伺った。
教室の中にはオルカ寮のローブを纏った複数の男女の生徒と付き添いだろうか、窓際にシュークリームを食べるマッシュが佇んでいた。

「よく廊下でレイン先輩に駆け寄って話とかしてるでしょ?それを再現して欲しいの」
「内容はこの際何でもいいから!」
「弟妹カフェを開くにあたってキミのような純粋に慕って尊敬してくれる系の弟の情報収集と分析は必須なんだ」
「弟妹・・・カフェ・・・?」
「客を兄姉に見立てて私達は弟妹となってもてなすのがコンセプトのカフェよ!」
「へ、へぇ・・・」

戸惑うフィンの心の声を代弁するかのようにマッシュが「怖っ」とボソッと呟く。
何ならきっとフィンは心の中でそれに加えて「帰りてぇ」と叫んでいるだろう事を推測してレインは心の中で「今すぐ帰ってこい」と念を送る。
いや、送っている暇があったら今すぐ連れ戻すべきだ。
言葉より行動、有言実行がモットーのレインは早速フィンを回収しようと一歩踏み出そうとしたが、それと同じタイミングでフィンが「分かりました」と少々複雑そうにしながらもどこか諦めたような声で頷いた。

(正気か!?)

驚きでレインは切れ長の瞳を見開く。
とはいえ常人からしてみれば普段との落差はそこまでではないが。
そこでマッシュがこちらに気付いたがレインはそれには構わずに深呼吸をするフィンを凝視する。
そして―――

「・・・兄さま、お疲れ様!今日は仕事はないの?良ければ勉強を教えて欲しいんだけどお願いしてもいい?それから夜になったら一緒にご飯食べよう!今日の食堂のメニューは―――」

ほんの数秒の躊躇いや葛藤があっただろう後、フィンはまるで目の前にレインがいるかのような調子で話を始める。
すぐそこの教室の入り口でレイン本人が刺し殺せそうな程鋭い瞳で睨んでいるのにも気付かず。

「フィン君フィン君」
「どうしたの?マッシュ君」
「レイン君が・・・」
「え?」

珍しく冷や汗をかいて教室の入り口を差すマッシュの指をフィンの視線が追う。
そしてその先でレインの瞳とぶつかった瞬間にフィンは「ヒュッ」と心臓を握られたような声を漏らすと数秒間固まり、それからマッシュに縋ろうと足をバタバタ滑らせた挙句に盛大に地面に転んだ。

「ま、ままままマッシュ君!!たすけ―――」

助けを求める声は一瞬にして目の前に現れた神々しく誇り高い大剣―――パルチザンの出現と地面に突き刺さる力強い音に掻き消される。
しかしそれにとどまらずパルチザンはフィンを囲う様に出現しては地面に突き刺さり、まるで誰もフィンに近付けさせないといった強い意志と同時にフィンを逃がさないという強烈な想いが見て取れた。
もっとも、あの神覚者にして今年は特に癖の強いマッシュ達一年の面倒を見ているアドラ寮監督生のレイン・エイムズが恐ろしい程の殺気を駄々洩れにして現れたのだから他者からしてみれば見て取る余裕もクソもないのだが。
このレインの様子にはさしものグーパン英雄も「はわわ・・・」と口元に手を当てて冷や汗を滝のように流すしかなかった。

「フィン」

地を這うような声とはこの事か。
世界を揺るがす程の圧とはこの事か。
名前を呼ばれたフィンはビクリと体を震わせた後、ゆっくりと起き上がって顔面蒼白でカチカチと歯の根が合わない音を鳴らしながらレインを見上げる。

「・・・・・・はい」
「帰るぞ」
「はい・・・」
「マッシュ・バーンデッド、お前も来い」
「うす・・・」

魔法を解き、手を差し出して弟を立たせ、そのまま手を掴んで教室から出て行こうとするレインをオルカの女子生徒が引き止めようとする。

「ま、待ってください!せめて姉さまバージョンも―――」
「あ゙あ゙?」
「大変失礼致しました!道中お気をつけて!!」

ドラゴンも尻尾を巻いて逃げるくらいの文字通り鋭い視線と殺意を露わにしたレインの表情に女子生徒を始め、オルカ生たちは綺麗にビシッと一糸乱れぬ動作で敬礼のポーズを取るとそのままレイン達を見送るのだった。
その時の事を思い出して忌々し気に眉間に深く皺を寄せるレインに対してマーガレットはあっけらかんと「ああ、それね」と呟く。

「でもお陰で良いデータが取れたって喜んでたわよ。それとレインがキレても無視して良いって言ってあるから安心して」
「他に言う事はねぇのか」
「あんな弟が欲しかったってみんな言ってたわ」
「遺言はそれでいいんだな」
「落ち着け、レイン。それに僕にはキミの怒りのポイントがイマイチよく分からないよ」
「簡単な話よ、アベル。レインはヤキモチを焼いてるのよ。大事な弟との何気なくとも大切なやり取りを自分以外の人間の前で披露されて面白くないのよ」
「フィンは何も悪くねぇ。アイツはこっちとそっちの間に亀裂が生まれねぇように配慮しただけだ。一番の問題は俺の許可無しにフィンに強要してきたテメェの所のガキどもだろうが」
「めんどくさいな、キミ」
「でもあの子達の気持ちも分かるわ。実際にフィンちゃんに『マーガレット姉さま』なんて呼ばれたら母性やら姉心やらが擽られるもの。あらいけない、口が滑っちゃったわ」

まるで悪びれもせず、むしろわざと言いのけるマーガレット。
瞬間、アベルの髪を揺らしながら一本のパルチザンがマーガレットの側頭部目掛けて真横に通り過ぎ去ろうとする。
それを予測していたマーガレットは涼しい顔で上体を後ろに引く事でそれを難なく避けた。

「サモンズ『戦の神』」
「貴方と戦うのはあの森以来ねぇ?」

ガタン!と椅子を倒しながら立ち上がり、三本目の痣を出現させてサモンズを唱えるレインと魔力を解放して優雅に杖を構えるマーガレット。
一触即発の雰囲気を前にアベルは「・・・帰ろう、母さん」と呟きながら部屋を出て行く準備を始める。
フィンの事で狂犬モードになったレインと戦闘狂のマーガレットの喧嘩を第三勢力的立場で止めようとする程アベルも暇ではない。
長居は無用、さっさと立ち去って七魔牙のメンバーとトランプでもしようか、なんて呑気に考えている所に部屋をノックする音がアベルの耳に届く。
何とも間の悪い哀れな訪問者だと心から同情しながら「入りたまへ」と入室許可を出せば扉から顔を出したのは話の中心人物であるフィンとマッシュだった。

「失礼―――修羅場!!?」
「おやおや、喧嘩はダメですぞ、二人共」
「悠長にシュークリーム食べてる場合じゃないよマッシュ君!!二人を止めないと学校が吹き飛んじゃうよ!!」
「ちなみにキミが原因で吹き飛ぼうとしているよ、フィン・エイムズ」
「えっ!?僕!!?」
「フィン君何したの?」
「僕が聞きたいよ!」
「フィン」

マッシュとの漫才が始まりそうになった所で地を這う声がフィンの名前を呼ぶ。
明らかに怒り狂っているその声に「僕何やったっけ!?」と内心パニックになりながらフィンは震えつつ小さく首を傾げる。

「な、何?兄さま?」
「コイツを姉さまと呼んだのは本当か?」
「え?コイツって―――」
「マーガレット・マカロンだ」
「マーガレット先輩を?そんな訳・・・・・・あ」

否定しようとして、しかし思い当たる節があったのか、フィンは小さく声を漏らすとスイッと視線を逸らした。
確定された事実にレインは眉間により一層深い皺を刻んで禍々しい魔力を発する。

「あるんだな?」
「いや、でも、あれは不可抗力だったというか・・・」
「あ゙あ゙?」
「ヒィイイイイ!!」
「まぁまぁ落ち着きなすって、レイン君。これには深い事情があるんですわ」
「言ってみろ」
「えーっと・・・罪と罰?」
「は?」
「どんな説明の仕方!?」
「結論から言うとそうじゃない?」
「シンプルにも程があるよ!!あのね兄さま、実はオルカ寮の人達が今度の学園祭で漫才ステージをやるみたいでマッシュ君達と見学に行ったんだ。そこでマッシュ君とドット君がお試しでステージ上で漫才をする事になったんだけどマッシュ君が『なんでやねーん』ってドット君に素手のツッコミを入れたらドット君が吹っ飛んじゃって・・・それで機材とか舞台セットとか色々壊しちゃって・・・」

眉を八の字に下げて気まずそうにフィンは説明する。
それに対してレインとアベルの脳裏に浮かぶのは、見た目に反して盛大に吹き飛んで機材やセットに豪快に突っ込む哀れなドットの姿。
きっと無事では済まなかっただろう、ドットも機材もセットも。
負傷したドットはフィンのセコンズで、直せる物に関してはマッシュ達いつものメンバーでせっせと直す光景が容易に目に浮かぶ。

「いくつかはなんとか直せたんだけど直せなかった物に関してはお芝居のセットや衣装を作るのを手伝う事で許してもらったんだ。マーガレット先輩が間に入って取り持ってくれたお陰でね」
「それで出来上がった後にお芝居の役の練習もさせられたんだよね」
「そうそう。ちょっと試しでやって欲しいって。そしたら僕だけなんか台本が違ってて・・・」
「何がどう違ったんだ?」
「マーガレット先輩の事をそのまま『マーガレット姉さま』って呼ぶセリフが頻発してたんだ。他のみんなはそんな事なかったのに」
「演技の内容も嬉しそうにとか喜びでいっぱいにとかだったよね」
「うん」
「・・・」

レインは無言でギロリと背後のマーガレットを睨む。
しかし巨人族でも怯みそうな鋭利過ぎる冷徹な視線をものともせずにマーガレットは余裕の表情で「修繕費用はこっち持ちだけど?」と一言返してくる。
忌々しそうに表情を歪めながらもレインは大きく息を吸って細く吐くと小さく舌打ちをして「仕方ねぇな」と低く小さな声で呟いた。

「迷惑掛けてごめんなさい、兄さま」
「お前が謝る事じゃねぇ」
「そうそう。フィン君は修理とか手伝ってくれたしね」
「テメェはもっと反省しろマッシュ・バーンデッド。テメェが罪でフィンや他が罰を背負ってんじゃねぇか」
「ごめんなさい」
「罰として反省文10枚書いて提出しろ。それから2週間フクロウ小屋の掃除だ」
「マジか」
「ま、待ってよ兄さま!もう過ぎた事だしマッシュ君もワザとじゃなかったんだから許してあげて!」
「コイツが元凶である事に変わりはねぇだろ」
「だとしても!」
「ならフィン、お前が覚悟しろ」
「うぇええっ!?何でそーなるの!!?」
「お前がコイツを許せつったんだからその分の罰をお前が被れ」
「無茶苦茶だよ!!ていうかそれただ口実にしたいだけだよね!?勘弁してよ兄さま!!」
「ちょっとちょっと、何だか物騒じゃないの?」
「いくら兄弟の話とはいえ、暴力的な振る舞いをするのであれば僕達も遠慮なく口を挟むよ」
「フィンにんな事する訳ねぇだろ。舐めてんのか」

そーいやそうだ、とマーガレットもアベルも思い直して揃って心の中で呟く。
少し前までのエイムズ兄弟と言えば優秀な兄と落ちこぼれの弟、不仲で冷えきった兄弟仲だと内部進学組であれば誰もが知る事実だった。
それが無邪気な淵源との戦いで共闘を果たしていたのを中継越しに目の当たりにした時はマーガレットもアベルも目を見張った。
噂は嘘だったのか、はたまた直前に仲直りする何かがあったのかそれは分からない。
けれども協力してドゥウムに挑む二人の姿はそれまで囁かれていた兄弟不仲がまるで嘘のように息がピッタリだった。
何かのタイミングでそれとなくフィンに話を聞いてみれば「全部僕の為だったんです」と花が綻ぶような眩しい笑顔でそう返された。
マーガレットもアベルも頭の回転が速く、また上に立つ者としての苦労や謂れのない妬みや敵意を向けられた経験は無数にあるのでそれ関係からフィンを遠ざける為だったのだろうと推測した。
そしてそれからだ、目に見えてレインがいきすぎとも言えるくらいフィンに対して過保護になったのは。
それまでの氷のような兄弟関係はどこへやら、まるで絵に描いたような仲睦まじいエイムズ兄弟の姿が校内で散見された。
兄を心から慕う素直で優しい弟とその弟を溺愛して大切にする兄の図は誰から見ても心温まるものである。
しかしフィンの事になると容赦なくパルチザンの雨を降らせるレインの姿はハッキリ言って鬼だった。
今だってそう、フィンの事でレインはこれだけ噛み付いて威嚇している。
そんなレインが溺愛する弟に手をあげるなどそもそもが有り得ない話だった。
けれどもフィンは涙目で頭を抱えながらマーガレットとアベルに助けを求める。

「助けて下さいマーガレット先輩!アベル先輩!」
「心配しなくても貴方のお兄ちゃんは『めっ』て怒る程度よ」
「そうじゃなくて!!このままだと兄さま、仕事で無理をするか僕に貢ぐかのどっちかをしちゃうんです!!」
「・・・ん?」
「貢ぐ・・・?」

想定していなかった返答にマーガレットもアベルも揃って首を傾げる。
特に後者の『貢ぐ』というワードに。
そりゃそうだと心の中で忙しなくツッコミを入れてフィンは嘆きながら説明を入れる。

「例えばこの間の弟妹カフェの件なんですけど、あの後兄さまに罰として一週間みっちり勉強を見てもらうか何でも言う事を聞くかの二択を突きつけられたんです。本当は勉強を見てもらいたかったんですけど、そうすると兄さまは無理してまで仕事を終わらせて帰ってきちゃうので・・・」
「それは心配になるな、レインの体が」
「レイン、ちゃんと自分を大切にしなきゃダメよ」
「うるせぇ」
「だから僕は何でも言う事を聞く方を選んだんです。兄さまの為に出来る事なら何でもしたかったので。でも、そしたら翌日・・・兄さまが高いお菓子を持って来たんです!」
「「・・・ん?」」

『何でも言う事を聞く』という内容とレインがフィンに高いお菓子を持って来たという話が繋がらず、マーガレットとアベルはまたもや揃って首を傾げる。
涙ながらに語るフィンに何を嘆く必要があるのかとアベルは疑問に思うばかり。

「それはご褒美なんじゃないか?」
「高級なお店のお菓子ですよ!?それも僕がマッシュ君達と食べられるようにって量が沢山入ってるやつ!調べたら1万L近くもしてたんです!」
「・・・重いな」
「その次の日は高級フルーツの缶詰セットでその次は高級ゼリー!」
「お菓子もフルーツもゼリーも美味しかったけどなんか悪い気がしちゃったよね」
「だからやめてって言ったら『何でも言う事聞くつったろ』って脅されたんです!」
「斬新な脅しね」
「せめてみんなが遠慮するタイプの物はやめてって言ったら今度は貴重な魔法アクセサリーを贈ってこようとしたんです!それもやめてって言ったら妥協案だって言って高価で且つ利便性の高い生活用品を贈ってきたんです!」
「もはや狂気ね」
「流石の僕達もちょっと怖かった」
「だろうね」

何をやっているんだこの男は、と呆れた目でマーガレットとアベルはレインを見やるがレインは「何が悪い」という風にいっそ清々しいくらい堂々としていて反省する態度はまるで見られなかった。
どうやら弟に貢ぐ事に対して何の躊躇いもなく、むしろ当然とまで思っているようだ。
レインは元よりフィンもあまり贅沢をする方ではなく、むしろ質素に慎ましやかにするタイプなのは普段の何気ない態度から察せられる。
そんなフィンがいきなり兄から高価な物を貢がれたら戸惑うのは無理もない話である。

「僕は兄さまに僕じゃなくて自分の為にお金を使って欲しいのに・・・」
「レインは貴方にお金を使うのが自分の為になってるのよ。それに物を貢いで来るのならそれを逆手に取って貴方が安い物を指定すればいいのよ」
「安い物を・・・指定する?僕が?」
「そうよ。例えば安い駄菓子の詰め合わせとかね」
「な、なるほど!」
「おい、フィンに余計な入れ知恵をするな」
「他にもタルタルソースとか」
「それはテメェの趣味だろ」
「それにプレゼントしてもらうなら貴方やレインの為になるプチ贅沢品を買ってもらいなさい。気に入ったデザインのクッキー缶や入浴剤セットとか」
「あ、それいいかも!」
「こっちへいらっしゃい、カタログがあるわ。一緒に見ましょう」
「ありがとうございます!」
「僕も見ていいですか?」
「勿論よ。マッシュちゃんも一緒に見ましょう」
「オイ、勝手な事をするな」

フィンとマッシュを手招きして一緒に『プチ贅沢品特集!』というタイトルのカタログ雑誌を魔法で出して読み始めるマーガレットにレインがこめかみに青筋を立てて食ってかかろうとするが、それを遮るようにアベルが腕を伸ばして制する。
アメジストの特徴的な瞳は一見すると人形のように美しく無機質で無感情のように見えるが、それでも雰囲気からしてレインを咎めるようでもあり諭すような光を灯していた。

「レイン、キミが弟を溺愛して理由を付けて贈り物をするのは勝手だが度が過ぎるとキミの為にも彼の為にもならない。他人から見て彼がいきなり身の丈に合わない物を持ち始めたらそれを妬んで害を成して来る輩が現れる。そしてそういう奴らはここぞとばかりに理不尽にキミの大切なものを奪う。それはキミの望む所ではないだろう?」
「・・・」
「罰と称して兄弟の時間を作ろうとしたり贈り物をしたいのだろうが一方的は良くない。彼を大切にしているならもっと彼の言葉に耳を傾けるんだ。それも上に立つ者―――いや、兄の努めだろう?ねぇ、母さん」

手元の人形に視線を落として語り掛けるアベルの声色は柔らかい。
そして何より、その人形のような瞳に生気や人らしさが宿っていた。
一方でアベルが腕に抱く人形も不気味さよりはどこか安らぎを演出するような優しさ、例えるなら母親の温もりを称えている。
加えて窓から入り込む日差しを受けて輝くアベルの横姿はまるで絵画のよう。
雑談の始まりの時とは随分と雰囲気も違うとレインは感じつつ、しかし諭された内容が最も過ぎて何も言えず起こした椅子にドッカと重く腰を下ろした。
少しは反省しただろうが極端なこの男はまたおかしな方向に走ってフィンを困らせるだろうと推測してアベルは今度は助言を送る事にする。
自身が理不尽な理由で母親を奪われてしまったようにレインが理不尽な理由で溺愛する弟のフィンを奪われる所は見たくない。
あんな思いをするのをもう自分だけでいいのだ。

「そういえばキミの弟は回復魔法に目覚めたんだったね」
「それがどうした」
「回復魔法が使える白魔導士は貴重な人材だ。悪事を企てるならず者も欲しがる。そこでどうだろう、防犯グッズを贈るのは」
「・・・」
「それにキミは魔法道具管理局局長だ。他にも有用な防御魔法が発動する道具の一つや二つ、知っているんじゃないか?」
「・・・そうだな。礼を言う」

短く頷いてレインはそれっきり黙りこくる。
フィンと同じトパーズの瞳は険しさの鳴りを潜め、何かを考え込むように色が深くなっていく。
有言実行の男だ、早速頭の中でフィンの為の防犯グッズや防御魔法アイテムを考えているのだろう。
やれやれ、これでしばらくはこの男も静かになるだろうと音もなく息を吐いた矢先、興奮した様子のフィンがレインの元にパタパタと駆け寄ってくる。

「聞いて、兄さま!可愛いウサギのクッキー缶があるんだって!」
「本当か?」
「うん!お店の場所も教えてもらったから今度一緒に買いに行こう!実は僕も欲しくて兄さまとお揃いがいいんだけど兄さまは嫌・・・かな?」
「んな訳ねぇだろ」
「良かった!じゃあ今度買おうね!」
「ああ、約束だ」

満面の笑みのフィンと穏やかな雰囲気を纏うレイン。
なんと心温まる兄弟のやり取りだろうか。
しかもあのレインが穏やかでいるなど本当にフィンの前以外では有り得ない。
お互いを尊重して想い合う兄弟だからなのだろうか。
普段のアベルであれば空気を読んで二人の事を静かに見守るか、そっと席を外すなどの気を利かせるのだが今日に限ってはネジが一本だけ吹き飛んでいた。

「・・・時にレイン」
「何だ」

アベルに向けられるレインの表情は瞬時にいつもの仏頂面に戻る。
器用なんだか不器用なんだか、とにかく露骨な男だと内心思いながらアベルは続ける。

「この間、マッシュ・バーンデッドがフクロウ小屋の扉を破壊してそれをキミの弟が修理したんだが」
「・・・」

レインは無言でマッシュの方を振り返り、それに合わせてマッシュも顔を逸らす。
それから振り返り様にレインは眉間に一つ皺を刻んでから再びアベルに視線を合わせて無言で話の先を促す。

「しかしその時の小屋掃除がマッシュ・バーンデッドの他にアビスも担当していたから一応は連帯責任という事で修繕費用はこちらで持つ事にしたよ」
「何が言いたい」
「僕も試しにフィン・エイムズに兄さんと呼ばれてみたい」
「パルチザ―――」
「落ち着いて兄さま!!」

レインの杖を握る手をフィンは必死に抑える。
やっぱり怒るか、なんて見えていた結果に対して呑気な感想を心の中で述べていると傍に来たマッシュがのんびりと尋ねて来た。

「アベル君がそんな事言いだすなんて珍しいね」
「僕は兄弟がいないから兄さんと呼ばれるのがどんなものか興味があってね」
「つまり羨ましいと?」
「ありていに言えばそうなる」
「だからって何でよりにもよって僕なんですか!?同じ弟属性でワース先輩とかいるじゃないですか!!」
「彼の兄を差し置いて兄さんと呼ばせる訳にはいかない。それにマーガレットは姉さまと呼んでもらえて僕だけ呼んでもらえないのは些か不公平だと思わないか?」
「思わねぇよ。修繕費の事なら金額を言え。こっちから出す」
「忘れてしまったな」
「テメェ・・・!」
「兄さまここは堪えて!そして見逃して!僕、この間上級生に絡まれてる所をアベル先輩に助けてもらったんだ!」
「何?」

本当なら振り払うなど簡単な筈なのにフィンにはそれをしないレインはフィンに抑え込まれながら暴れていたが、フィンの発言を聞いてピタリとその動きを止めると目の色を変えてすぐにフィンの方を向き直って両肩を掴んだ。

「何をされた?どこのどいつだ?」

詰め寄って問いただしてくるレインの表情は険しく、トパーズの瞳も酷く冷えている。
自分に向けられている訳ではないのは理解していてもフィンは黙っていた事に対する小さな罪悪感から自然と視線を下に向ける。

「アドラとレアンの三年生だよ。ヴァルキスの人達に恨みがあるみたいでカチコミするから回復役としてお前も来いって。絶対に嫌だって言って抵抗してた所にたまたま通りがかったアベル先輩が追い払ってくれたんだ」
「レアンの人間が迷惑をかけてすまなかった。キッチリ制裁を加えておいたから安心するといい」
「いえ!助けていただいて本当にありがとうございます!だから・・・兄さま」

上目遣いに見上げて来るフィンの表情にレインは滅法弱い。
しかし内容が内容なだけに本来であれば譲らない所ではあるのだがアベルには借りが出来てしまっている。
レインは俯いて細く長く息を吐くとフィンの肩から手を放した。

「・・・・・・後でアドラの奴が誰か教えろ」
「じゃあ・・・!」
「その代わり、一回だけだ」
「ありがとう、兄さま!」
「悪いね、レイン」
「これで貸し借りは無しだ。それからマッシュ・バーンデッド、お前は反省文を三枚書け」
「うす」
「それじゃあ改めて―――」
「あ、フィン君」
「どうしたの?マッシュ君?」
「アビス君がそこの入り口から睨んでるよ」

マッシュの指差す先を追えば、そこには扉を握り潰さん勢いで掴み、顔を覗かせながら呪詛を吐くアビスの姿があった。
レインとはまた違った種類の禍々しいオーラを放つその姿は普段の大人しく礼儀正しい振る舞いと相まってギャップが激しい。
『悪魔の目』と忌み嫌われようと普段は本人同様優しく穏やかな眼差しのイヴル・アイも今では正しく悪魔の様相を呈している。

「アベル様を兄さん呼びなど不届き千万アベル様を兄さん呼びなど不届き千万アベル様を兄さん呼びなど不届き千万私も呼んでみたいアベル様を兄さん呼びなど不届き千万」

(こぇーーーーーーーー!!)

「アベル、アビスが拒絶しているようだからこの話は無しだ」
「待て、僕はまだ何も言っていない。アビスもよさないか」
「申し訳ございません・・・」
「相変わらずアビスも過激ねぇ」

やれやれと言いたげにマーガレットは小さく息を吐き、アビスは申し訳なさそうに頭を下げながら部屋に入ってくる。

「アビス君、自分もアベル君の事を兄さんって呼びたいって言ってたけどそうなの?」
「い、いえっ!!そんな大それた事は・・・!」
「いいよ、アビス」
「アベル様!!?」
「この際一人増えようが二人増えようが構わない。それにもしかしたら今後、余興でアビスに時々そう呼んでもらうかもしれないしね」
「よよよよよよよ余興でアベル様をにににににににに兄さん呼びびびびびび」
「ありゃ。アビス君がバグってしまいましたぞ」
「じゃあ先にフィン・エイムズに呼んでもらうとしようか」
「あ、はい」
「駄目です!!アベル様を先に兄さん呼びするのはこの私です!!」
「じゃあ、お先にどうぞ・・・」

(アベル先輩が絡まなければアビス先輩も良い人なのになぁ・・・)

心の中で残念そうにフィンはボヤく。
敵対していた頃はそりゃ確かに怖かったがそれは敵としてという意味であって、こうして打ち解けた今となってはフィンにとってアビスは優しくて強くて頼りになる先輩の一人だった。
しかしアベルが絡むと途端に過激な言動を見せるのでそこだけは怖いと思った。
ちなみにこの『怖い』はレモンがマッシュに向ける重たい恋愛感情や過激行動に対する『怖い』と同じ意味合いである。
さて、そんなフィンを他所にアビスがアベルへの兄さん呼びにチャレンジしていた。
ぐっと両手の拳を握り、緊張した面持ちで真っ直ぐアベルを見据えながらアビスは唇を震わせる。

「あ、アア、アベ、アベアベアベアベッ・・・アベル、にい、さっガフッ」

アビスは盛大に舌を噛んだ。

「アビスせんぱぁーーーーーーーい!!!!」

フィンは反射的に二本目の痣を出現させるとセコンズを発動させて倒れたアビスを回復させた。
起き上がったアビスはフラフラになりながらも何とか立ち上がってみせる。

「す、すいません、お手間を掛けました」
「いえ・・・」
「ですが、晴れてアベル様を最初に兄さん呼びしたのは私になりました!」
「あ、はい」

(盛大に噛んだのにあれでいいのか)

変な所で判定基準がガバガバだがそのツッコミは心の中に留める。
口にしたらまた面倒な事になるのは火を見るよりも明らかだからだ。

「えぇっと、じゃあ次は僕がアベル先輩を兄さんって呼びますね?」
「駄目です」

(結局ダメなのかよ!!)

「じゃあアビス君、せーのでフィン君と一緒に言うのはどう?」
「ふむ・・・それならまぁいいでしょう」

(だから判定基準!!)

何故フィン単体で呼ぶのは駄目で同時なら良いのかその理由はさっぱりだ。
しかしそれでこのカオスなやり取りから解放されるならフィンはもう何でも良かった。
心なしかレインの苛立ちゲージも上がってきている気がするのでそれを下げる為にもとにかく早く終わらせたい。
早速アビスと二人並んでアベルの前に立ち、小さな声で「せーのっ」とセリフを合わせる。

「「あ、アベル兄さん!!」」

緊張を含んだ声が部屋いっぱいに響いてそして消えていく。
たっぷり数秒間、アベルは無言且つ無表情でアビスとフィンの二人を見つめていた。
一体何を考えて何を感じているのかは誰にも分からない、というよりも基本分からない事の方が多い。
もしかしたらレインと同様かそれ以上かもしれない。
ドキドキとアビスとフィンの心臓が早鐘を打つ中、とうとうアベルが口を開く。

「うん、悪くないね」
「アベル様・・・!!」
「良かった~」
「フィン・エイムズにはもう頼めないからアビスには時々頼むとしよう。いいね、アビス?」
「はい!お任せ下さい、アベル様!!」

安堵の息を漏らすフィンとは対照的にアビスは子供のようにはしゃいで頷く。
これでアベルの気も済んだだろう、漸く解放される。
心なしかレインの苛立ちゲージも下がった気がする。
安堵の息を漏らすフィンの横でマッシュはアベルの近くに立つと小さく首を傾げて尋ねる。

「お兄ちゃんって呼ばれるのどんな気持ち?」
「いいものだよ。家族のような温かさがある」
「ふーん」
「それがどうした?」
「僕、時々ドミナ君と会うんだけどちょくちょく兄弟の話をしたり近くに兄弟の人がいるとそっちをチラチラ見るんだ。もしかしてドミナ君もお兄ちゃんって呼んで欲しいのかなって」
「そうだろうね」
「呼んであげなさい。きっと喜ぶわ」
「うす」
「ところで貴方達、何か用があって来たんじゃないの?」
「あ、そうだった」
「実は校長先生から監督生の皆さんに渡すようにって書類を預かってるんです」
「ジジイから?」
「ちょっとレイン、校長先生に向かってジジイって呼び方はないでしょう?」
「不敬にも程があるな」
「うるせぇ。ジジイなんざジジイで十分なんだよ」
「流石レイン君、怖いものなしですな」
「声の色から物凄い圧や怒りを感じたのですが何があったのでしょうかね」
「ちゃんと敬意を払おうよ兄さま・・・」

眉間に一層の皺を刻むレインを宥めながらフィンはレイン達に書類を手渡していく。
同じ文面が記されているその書類にそれぞれは目を通し、マーガレットが読み上げる。

「『監督生諸君に通達。今度の学園祭を盛り上げる為に監督生三人で何か催しをするべし』」

瞬間、ピシッという氷やガラスにひびが入るような音が聞こえた気がした。
マーガレットとアベルの顔から表情は失われてまさに『無』という様相になり、レインに至ってはつい先程まで刻まれていた皺が消え失せているのが逆に恐ろしが際立つ。
その様子をマッシュはぼーっと、フィンとアビスはハラハラと見守っていると不意にレインがフィンを手招きした。

「フィン」
「な、何?兄さま?」
「お前、火を点ける呪文は使えるか?」
「それが燃え過ぎたり煙が出るだけで失敗する事が多くて・・・」
「俺が見てやる。やってみろ」
「じゃあ―――バーンリー」

袖から杖を取り出したフィンは呪文を唱えて火を点けるが杖の先から出たのはプスプスという火の燻ぶる音と情けない煙だけ。
その様子にマーガレットは「あらあら」と微笑み、アベルは無表情でありながらも「惜しいな」と呟き、マッシュとアビスは「ドンマイ、フィン君」と慰める。
優秀な監督生や先輩友人、そして何より兄の前で失敗を披露してしまい、それこそ顔から火が出そうな程恥ずかしくてフィンは確実に赤くなっている顔を伏せて声にならない叫び声を上げる。
こんな事ならランスに教えてもらって練習をしておけば良かった。
兄に恥をかかせてしまった申し訳なさで胸がいっぱいになって情けなさから泣きたい気持ちになったが当のレインは真剣にフィンの魔力の流れや動きを観察しており、フィンの杖を持つ手に自身の手を添えるとレクチャーを始めた。

「魔法を発動する直前で魔力が尻すぼみになっている。恐らく燃え過ぎたのがトラウマで無意識にセーブしているんだろう。よくある話だ」
「そうなの?」
「ああ。だから最初のうちは蝋燭の火をイメージして呪文を唱えてみろ。もう一度やれるな?」
「はい、兄さま!でも何で僕の腕を三角机の真ん中に・・・?」
「いいからやってみろ」

グイグイと添えられた腕を動かされて三角机の中央に杖先ごと向けられる。
立ち位置の関係もあってか杖の先はマーガレットとアベルの丁度中間くらいにあるので二人に被害が及ぶ危険はあまりなさそうだ。
それにしたって何だか嫌な予感がするがレインも付いている事だし安心は安心だろうと思い、フィンは一度深呼吸をして目を閉じると言われた通りに蝋燭の火をイメージした。
ぼんやりとした火の輪郭、ほんの少ししか周囲を照らせない心許ない光、風が吹けばゆらりと揺れ、ともすれば一瞬にして消えてしまいそうな頼りなさと儚さ。
それらをしっかりと思い描いて静かに目を開けるとフィンは唱える。

「バーンリー」

するとフィンが構えた杖の先に、ポッ、と蝋燭のような火が綺麗に灯った。
その様子にマーガレットは「成功ね」と優しく言葉を溢し、アベルは「上手じゃないか」と褒め、マッシュとアベルは小さく拍手を送る。
初めて成功したそれにフィンは瞳を輝かせてレインの方を見た。

「兄さま!」
「成功だ。よくやった」
「兄さまのお陰だよ!ありがとう!」

えへへ、と屈託なく笑うフィンにレインは口の端を緩め、胸の中が春の訪れのように温かくなるのを感じる。
ずっとこうやって魔法を教えてやりたかった。
幼少期の境遇もあってフィンはあまりまともな教育を受けられていない。
結果として『普通』の人間と違って勉強の遅れがあったり魔法の訓練も他と比べてずっと後に学んだ。
フィンは、同じ条件下でありながらレインは勉強も魔法も出来るのだから単に自分の要領が悪いだけだと言うがそれでもちゃんとした教育を受けられれば一定以上の学力や魔法が使いこなせた筈だ。
三日で魚捌きが上手くなったらしいし、ルームメイトに毎回破壊されるドアを修理するうちにDIYが趣味になり、カルドの指導もあって一ヵ月でチェンジズの初級魔法を回復魔法に昇華出来た。
これらを鑑みるにフィンも手先が器用で実技が得意な方なのだと思う。
だから魔法もちゃんと訓練や教育を受ければすぐに何でも使いこなせる筈だ。
これまでは友人の手助けもあって勉強や魔法に取り組んでいたようだが、これからは自分もこうしてフィンの才能を伸ばしてやりたいと思いながらレインは次なる段階の指導を始める。

「少しずつでいい、魔力を集中させろ。そしたら火力が上がる」
「はい」

素直に頷いてフィンは腕の根元から杖の先に向かって魔力が流れていくのを意識しながら魔力を少しずつ送っていく。
すると蝋燭のように頼りなさげだった火は徐々に火力を増していき、火の玉くらいの大きさまでに安定して成長した。
火力もこのままフライパンにかけたら目玉焼きが作れるかもしれない。

「どう、兄さま?」
「ああ、よく出来ている」
「兄さまの教え方が上手だから出来たんだよ。ありがとう、兄さま。ところでさ」
「何だ」
「何で僕の腕をがっちり掴んでるの?」
「気にするな。そのままでいろ」
「いや、あの?」

何する気?なんて思った矢先、レインを始めとした監督生三人はウォールバーグからの書類を火の玉の中にヒラリと投げ入れた。

「わぁーーーーーー!!?何してるのぉおおお!!?」
「燃やしてる」
「見れば分かるよ!!ちょっ、手離し―――外れない!?動かせない!!」

レインの腕を振り解こうとするが石やセメントで固められたようにまるで動かす事が出来ない。
ならば魔力の供給を断とうと試みるがレインがフィン伝いに魔力を杖に送り込んできて火力は増すばかり。
書類はメラメラ燃えて燃えカスになるばかり。

「動かしたら危ねぇだろ」
「だからって校長先生からの書類を燃やしちゃ駄目でしょ!!?」
「ジジイの通達なんざ燃やすに限る」
「今日一番の無礼!!」
「偉い人からの書類はよく燃えるわねぇ」
「消し炭になっていくよ、母さん」
「綺麗ですね、アベル様」
「フィン君、魔法の成功おめでとう」
「言ってる場合じゃないでしょ!?誰か止めてぇーーーーーーーーーー!!!!!」

フィンの叫び声は窓を突き抜けて青い空に響き渡るのであった。







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