マッシュ・バーンデッドとゴブリンゲーム

「俺がゴブリンか」

小屋の中で提示されたゴブリンカードを確認してレインは早速外に出る。
ゴブリンのターンになると景色が切り替わったり、その他ゲームを盛り上げる為の様々な魔法が組み込まれているの感じ取って最近のゲームはよく作り込まれているのだと感心する。
レイン自身、親友のマックスに誘われる以外はあまりゲームなどをする性質ではない。
それは神覚者としての仕事や監督生としての務めなどが積み重なって忙しいというのもあるが、元々関心が薄いのだ。
一応、魔法道具管理局局長としてこういった魔法ゲームの審査をする事もあるが大体が仕様書のチェックだったり、それを担当する者達に検査を回しているのでレインが実際に手を触れる事は殆どない。
なのでこういったゲーム関係の事情には疎く、ミニチュア世界で遊ぶなどそれこそ久しぶりだ。
まだ中等部三年の頃、勉学や魔術に必死に邁進するレインにマックスが息抜きにと誘ってくれたゲームのミニチュア世界は簡素な造りをしており、ここまで凝った仕掛けはされていなかったので技術やデザインの進歩を感じられた。

(あの時は俺だけこういうので遊んでフィンに後ろめたい気持ちでいっぱいだったが、今こうしてフィンと一緒に遊んでいるなんてな・・・人生分かんねぇもんだ)

マックス達と一緒に遊んでそれはそれで勿論楽しかったがその頃にはもうフィンとは距離を置いていた事もあってかなり後ろめたいものがあった。
更にその頃はまだ自分とフィンの勉強道具を揃えるのが精いっぱいで娯楽品を買う余裕などなく、尚更自分だけ楽しんだ事に対して心苦しく思ったものだ。
もっと色々頑張って節約して、せめてトランプの一つや二つ買ってそれとなく遠回しにプレゼント出来ていたらフィンにもそれなりの友達が出来ていたのではないかと悩んだのも懐かしい。
けれどそのフィンが今では心開ける友人を作って街に買い物に行ったり遊んでいるこの状況はレインにとって非常に喜ばしい事であった。
そしてその遊びの輪の中に自身も招かれ、フィンと遊びの約束も取り付けられたとなれば尚の事。

(今度マックスに多人数で遊べるゲームを聞いてみるか)

交友関係が広く、こういったゲーム関係にも詳しそうなマックスならきっと色々教えてくれるだろう。
お礼は今日フィンが捌いてくれる刺身で足りるだろうか?
などとやや天然気味な事を考えながらレインは目の前のゲームに改めて思考を切り替える。
ゴブリンは嘘をつき続け、痣の無い者はゴブリンが誰かを探り当てるゲーム、一見シンプルながらも奥深いゲームである。
事前の情報や手掛かりが一切ない中でゴブリンを当てるのは困難であり、発言や振る舞いに注意しないとたとえ自身が痣の無い者だとしてもゴブリンとして疑われて結果的に吊るし上げられてしまう。
しかしゴブリン側も高みの見物ばかりもしていられず、同じように発言には注意しなければならない。
レイン自身、ドットがゴブリンのターンの時に積極的に発言したが故に吊るし上げられた失敗が身に染みている。
今回は特に慎重に事を進めねばあっという間に吊るされる恐れがあるので細心の注意を払ってレインはゲームに臨む。

(まずはランス・クラウンからだな)

レイン自身、学年が違っていたり神覚者としての仕事で学校にいない事が多くともアドラの寮長としてアドラ寮生の情報は大体把握している。
それにこれまでのゲームで各個人の細かい情報も得られたので誰が脅威になり得るかの分析も出来ているつもりだ。
そしてその中でもやはり脅威に感じられたのはランスだった。
ならばあとは行動するのみ。
レインはランスの小屋のドアノブに手をかけ、しかし直前でついっとフィンの小屋の方に視線を向けて見上げる。

「・・・」

正直に言うとレインにとってフィンも脅威であった。
兄弟仲が元に戻ってからは共に過ごす時間も増えた事もあり、フィンはレインの変化に敏感になってきている。
この間も討伐任務で怪我をしてしまい、けれどもフィンを心配させたくなくて隠していたら見事に気付かれてお説教とセコンズをかけられた。
なので下手をすると一発でゴブリンだと見抜かれる不安要素があったが、それでもフィンを襲うという選択肢がレインの中で加わる事はなかった。
たかがゲームと言えどやはり大切な弟を手にかけるのは抵抗がある。
手加減はしないと言ったがそれでも自分はかなりフィンに甘いと自嘲気味に笑いながらレインはそのままランスの小屋の扉を押し開いた。
そうして議論の朝がやって来る。

「今回の犠牲者は・・・ランス君みたいだね」
「おーい、ランスくーん」
「おーい、間抜けピアスー」

小屋から出て来て早速手を振ってくるマッシュには手を振り返し、煽って来たドットには石を命中させるランスなのであった。

「ランス君が最初の犠牲者に・・・このパターンはドット君の時と同じですね」
「・・・」
「だぁー!だからって何で俺を見るんすかレイン先輩!俺は本当に違いますって!!」
「うーむ、しかし二度ある事は三度あるといいますしな」
「マッシュテメー!!」
「ドット君、さっさと喋った方が身の為ですよ?」
「レモンちゃんまで~!!」

やいのやいのと騒ぐドット達を他所にフィンは静かにレインを見つめていた。
それに気付いたレインは一旦視線をドットから外してフィンに向けると小さく首を傾けてみせる。

「何だ」
「うぅん・・・僕は兄さまがちょっと怪しいかなって」
「そうか」
「えっ!?そうかって反論は無し!?」
「余計な事をべらべら喋り過ぎて吊られたからな」
「まぁ、確かにそうだけど・・・」

それでもどこか納得いかないと主張する自分と同じトパーズの瞳。
けれどレインは視線を逸らさずに敢えて合わせ続ける。
ここで逸らしてしまえば一発でフィンに見抜かれてしまいそうだと思ったからだ。
そうこうしている内にドット達はフィンがレインを疑っているのに気付いて議論に合流してくる。

「どうしたフィン?もしかしてオメーはレイン先輩が怪しいってか?」
「うん、確証はあんまりないけど・・・」
「ほれ見ろ!フィンは俺じゃなくてレイン先輩つってんだから今回のゴブリンはレイン先輩だって!」
「でもレイン君はたった今ドット君の方をまた見つめてるよ。だからやっぱりドット君じゃない?」
「お前はどっちの味方なんだよ!!?」
「マッシュ・バーンデッド」
「何?レイン君」
「ゴブリンシュークリーム10個で手を打とう」
「乗った。という訳で僕はレイン君の意見に賛成します」
「不正取引!!」
「物に釣られるんじゃねー!!」
「レモンちゃんは!?マッシュ君抜きに誰が怪しいと思う!?」
「私ですか?そうですね~」

話の水を向けられたレモンはそれぞれの顔を順番に見回しながら自身の意見を述べる。

「私とマッシュ君は夫婦ですからお互いに嘘偽りがないのは当然として」
「夫婦じゃないけど嘘をついてないのは確かかな」
「レイン先輩が前回吊られた反省から発言が慎重になるのも分かります。それにしてはちょっと慎重過ぎかなとも思いますが」
「だよね!?また消去法とかやればいいのにそれやらないからやっぱり怪しいよ!」
「ですがランス君を襲撃した点を見ればフィン君もドット君も同じくらい怪しいです。同じ犯行パターンを繰り返す事でフィン君はドット君がゴブリンであると仕向けられる訳ですし、逆にドット君は連続でそれをする筈がないと主張して自身への疑惑を簡単に逸らす事が出来ます」
「うっ、確かに・・・」
「流石レモンちゃん!」
「褒めてる場合じゃないよ!?ドット君も疑われてるんだからね!?」
「それはそれとして私はマッシュ君と同じ意見ですけどね。これで間違っていて私が襲撃される事になっても村が全滅してめでたくマッシュ君と心中出来るなら本望です!」
「なんて迷惑な道連れ精神なんだ!!」
「レモンちゃん!死ぬ時は俺も一緒だからね!?寂しくないからね!?」
「ドット君は自分が不利な状況にある事を自覚しよう!?」

恋は盲目と言うがここまで面倒なものになるのだろうか。
ツッコミが忙しくて議論の誘導だとかレインへの疑惑について話し合うどころではない。
もしやこれはレインの作戦なのでは?と疑いもしたがどう考えてもレモンとドットが暴走してるだけでレインはマッシュに不正取引を持ち掛けた以外は一切口を挟んでいない。
偶然マッシュを味方に付けたらレモンも付いて来たと言った所だろうか。
しかしこれは大変宜しくない状況だ。
レインの不正取引がゲーム的にアウトではないのなら自分も同じ手を使うまで。

「マッシュ君、ゴブリンシュークリーム15個で―――」

しかし、無情にも鳴り響くファーンという時間切れの音。

「時間切れだ」
「タイミング良過ぎんだろクソがー!!」

フィンは今度こそ頭を抱えてツッコミ泣きをする。
そして採決の結果は言うまでもなく、ドットがゴブリンに指名されて黒の檻行きとなった。
ちなみにドットを指名したのがマッシュ・レモン・レインで、フィンとドットはレインを指名していた。

「クソッ、俺がゴブリンに指名されるとか情けねーぜ」

(自業自得だよ・・・)

悔しがるドットに内心ツッコミを入れながらフィンは他に倣って小屋の中に入って行った。
そこから瞬時に外の景色は朝から夜へと切り替わり、小屋の中からレインが出て来る。
ゴブリンのターンだ。

(これが最後のターンか)

レモンとマッシュの小屋を交互に見やり、レインは最終的にレモンの小屋の前に立った。
フィンを襲うという選択肢は勿論ない。
そうなると必然的に残りの選択肢はマッシュとレモンになる。
マッシュが絡むとレモンがメンヘラになるのは学習済みなのでここはレモンを襲っておく。
ただし、だからと言ってマッシュがレインの側に付くかは微妙ではあるがレインとしてはどちらでも良かった。
フィンがゴブリンだった時に当てるのは別として、ゴブリンとして襲うだけでも出来ないのに議論でフィンにゴブリンの罪を擦り付けるのも心が痛むからだ。
なんだかんだレインもランスと同じタイプの人間なのであった。
そのままレインは何の躊躇いもなくレモンの小屋の扉を開き、最後の議論のターンを迎える。

「あ、私が襲撃されてしまいました」
「おもいっきりフラグを建ててたからな」
「でもゴブリン役の方が勝利して村は全滅して私とマッシュ君の魂は永遠に一つのハッピーエンドになりますよね!?」
「ハッピーなのはお前だけだ」

「レモンちゃーん!俺も一緒だからレモンちゃんはウルトラハッピー間違い無しだよー!」

「あ、マッシュ君です!マッシュくーーーーーーーん!!!」

黒の檻からのドットの叫びは虚しく、レモンのマッシュへのラブコールで掻き消される。
その光景をランスは鼻で笑い、ドットは全力でランスに向かってメンチを切るのだった。
そうした三人のやり取りはともかくとして、レモンに手を振り返したマッシュは議論に臨む。
が、既にフィンとレインの視線がぶつかり合っていた。

「なんてこった、また僕の清き一票で全てが決まってしまう」
「マッシュ君、僕を信じて。ゴブリンは兄さまだよ」
「と、言いますと?」
「まず、兄さまはランス君が一番の脅威であると分かってたから最初にランス君を消したんだ。それからドット君や僕をゴブリンとして吊った時の直感による実績を利用してドット君を吊るし上げた。次にレモンちゃんは頭が良いし、マッシュ君を消したらレモンちゃんのメンヘラモードが発動して見破られるからレモンちゃんを消したんだよ」
「あば・・・あばばばば・・・あああああああ」
「何よりもマッシュ君をシュークリームで買収したのが何としてでも自分の味方を作ろうとした証拠だよ!」

情報量が多すぎて爆発寸前だったマッシュはシュークリーム取引の話を出されて正気に戻り、ハッとなってある事に気付く。
そして信じられないものを見るような目で震えながらレインに視線を向ける。

「まさか・・・利用したの?シュークリームを・・・!」
「つられるお前が悪い」
「そんな・・・!」
「ごめんマッシュ君、流石につられるマッシュ君が悪いよ」
「だが、俺の側につくならシュークリームを5個追加してもいい」
「え?本当?やったー」
「ズルいよ兄さま!!買収なんて卑怯だ!」
「だったらお前も何か取引を持ち掛けてみろ」
「えぇっと、じゃあ・・・マッシュ君!今度の休みの日にシュークリームの食べ歩きをしよう!」
「行く」
「マッシュ・バーンデッド、寮のキッチン利用権を1ヵ月許可してやろう」
「わーい」
「マッシュ君、ゴブリンシュークリームのおひとり様限定一個のウルトラプレミアムシュークリーム、僕の分あげる!」
「貴方が神か」

その後もレインとフィンによるマッシュ買収合戦は続くが両者共にしっかりと魅力的な内容を提示する為、マッシュは忙しなく掌返しを繰り返していた。
ある意味不毛とも言える光景をレモン・ランス・ドットの三人はぼんやりと眺めるしかなかった。

「マッシュ君買収合戦になっちゃいましたね」
「もはやゴブリンゲームの体を成していないな」
「今度メーカーに要望書こうぜ。ルールに買収無しとそれを防ぐ為の魔法を導入して下さいって」

ドットの提案にレモンとランスは無言で頷く。
この件に関しては後日本当に要望書が出され、通ったとかなんとか。
しかしレインとて意地を張ってマッシュを買収している訳でもやっぱり心が痛んでいない訳でもない、むしろ痛みはあるっちゃある。
だが、それらを差し引いてでもこうしてフィンと兄弟喧嘩のようなそういうやり取りを楽しみたかったのだ。
幼い頃からレインがよくフィンに色々なものを譲っていたように、フィンも同じようにレインに色々なものを譲っていた。
それは物は勿論、意見もそうで、特にフィンは意見を譲る事が多かった。
両親を亡くしてからの辛い時期はそうも言っていられなかったとはいえ、泣き言は言っても我儘を言う事はなく、ずっとレインについてきてくれていた。
元々争いを好まない性格も相まってお陰様でこれまで兄弟喧嘩らしいような事は一度もなかった。
けれども兄に反抗する弟の可愛らしい姿が見たいのは正直なところ。
デリザスタとの戦いで無茶をする自分に耐えかねて怒って子供のような罵倒をしてきたのだってレインにとっては色々な意味で大切な思い出だ。
生死を賭けた戦いの最中というのが些かいただけないが。
であるからして、レインとしては平和な空間でもう少しだけフィンの対抗してくる姿を見てみたいが為に粘った結果が現状なのである。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・!」
「どうしたフィン、もう終わりか?このままだとゴブリンシュークリーム20個と寮のキッチン利用権3ヵ月と俺考案のウサギシュークリームの利用権がマッシュ・バーンデッドのものになってお前はゴブリンとして吊るし上げられるぞ」

「もはや買収の域超えてんだろ」

ドットからのツッコミは右から左へ受け流し、フィンは唇を噛む。
このままではマッシュがまんまと買収されて自分がゴブリンの濡れ衣を着せられて吊るされてしまい、レインが勝利を手にする。
ぶっちゃたかがゲームで何を維持を張っているのだろうと半分正気に戻りかけているが、ここまで来たらそれについてはもう見ないフリをする事にした。

(考えろ、僕!ここで引き下がったら負けだ。負けてもいいような気がするけどなんかもう考えたら負けだ!なんとか兄さまの買収作戦に勝たないと・・・でも僕と兄さまじゃ何もかもが違い過ぎる、流石兄さまだ。けど、これ以上マッシュ君を味方につけられるような手札は・・・いや待てよ?マッシュ君を味方につけるんじゃなくて逆に兄さまを諦めさせればいいんじゃないか?それだったら・・・)

暗闇に差し込む一筋の光の如き逆転の秘策を閃いてフィンは深呼吸を一つすると強い意志を宿した瞳でもってレインを見据える。

「・・・兄さま」
「何だ」
「潔くゴブリンだと認めてくれたら・・・―――今度ウサギのクッキー作ってあげる!!」
「何っ!!?」

レインにしては珍しく、極めて珍しく雷に打たれたような衝撃を思わせる大きな声をあげる。
フィン以外の全員が「そんな声出せるのか」と驚くくらい普段の彼からは想像も出来ない程のものだった。
ある意味新鮮ではあるが同時に驚きを隠せないと言った表情でドットがポツリと呟く。

「レイン先輩、めっちゃ驚いてたな・・・」
「ウサギさんが好きだと聞いていましたがまさかこれ程とは・・・」
「いや、それだけではない」
「ってーと?」
「自分の大好きなものを模ったクッキーを溺愛する弟が手作りしてくれるという三重コンボにレインさんはやられたんだ」
「は?」
「レインさんの好きなものはウサギ。そしてレインさんにとって世界一大切なフィンがウサギ型の手作りクッキーを作ってくれると言ったんだ。これにやられない兄姉はいない!」
「やられんのお前とレイン先輩だけだろ」

相変わらずイカれてんな、と呆れるドットと、気持ちは分からなくはないがそれはそれとして相変わらず狂ってるなと思いながらレモンはランスに残念そうな視線を送る。
ランスはランスで大真面目な表情で解説していたものだから頭のおかしさに拍車をかけている。
しかし悲しい事にそれは満更頭のおかしい話でもないようで、レインはこれまた彼にしてはかなり動揺していた。
傍目にはいつものように眉間に皺を寄せているようにしか見えないがフィンやマックスなどの親しい者からしてみれば激しく動揺しているのが窺えた。

「ドット君に美味しい紅茶を教えてもらってそれを淹れて出してあげる!勿論マックス先輩の分も!兄さまがウサギのクッキーを勿体なくて食べれないなんて言ってられないくらい沢山作るから!」
「・・・ウサギの・・・クッキー・・・」

手応え有り、とフィンは心の中で嬉しそうに両手の拳を握る。
やはりウサギクッキーは効果覿面だったようだと内心得意気になっているが、そこに『大切な弟のフィン』の『手作り』という更なる重要ワードが含まれているなど露知らず。
それよりも勝利を確信しつつあるフィンの傍ではマッシュが口元に手を当て、ショックを受けたような表情でフィンを見つめていた。

「そんな、フィン君・・・クッキーに浮気するだなんて・・・」
「ごめん、マッシュ君。マッシュ君と一緒にシュークリームを作っている内に他のお菓子も作ってみたくなってつい・・・」

「なんか浮気現場みたいになったぞ」
「俺達は一体何を見せられているんだ」

「最近、僕が単独でシュークリームを作ってる間に何かしてると思ったら・・・そういう事だったの・・・?」
「うん・・・ランス君に教えてもらいながら作ってたんだ」
「そんな・・・!」

「いや、目の前で作ってたんだから気付けよ」
「何だと思ってたんだ」

「だって出来上がってもフィン君ってばすぐどこかに隠しちゃうから」
「味見したらイマイチだったからそれをみんなに食べてもらうのは申し訳なくて一人で全部食べてたんだ。でも最近美味しく作れるようになったんだよ!ね、ランス君?」

「俺基準では及第点だが人前に出しても何ら問題ない味だ」
「前に私が作ったクッキーはどうでしたか?」
「マッシュには丁度良かったそうだ」
「キャー!やっぱり私とマッシュ君は相思相愛の夫婦ですね!!」

赤い頬を抑えてはしゃぐレモンとは裏腹にランスとドットはガンジス川クッキーを思い出してたらりとこめかみから汗を流す。
あの時のあのクッキーの味は本当に凄まじかった。
あれならまだカルドの刺身のハチミツがけを食べた方がマシだと思えるくらいの劇物と言っても過言ではない。
それなのにマッシュはいつもと変わらぬ表情で完食した上、それらに含まれる成分を分析して「丁度良い」とまで言ってのけたのにはどんな胃袋をしているのかと目を見張った。
もしかしたら胃腸にも鋼の筋肉が付いていて、劇物を無効にしているのかもしれない。
そんな考えがランスとドットの脳裏に過ぎるのだった。

「頑張る兄さまに色々なウサギモチーフのスイーツを作って少しでも労いたくて・・・本当にごめん・・・!」
「フィン君・・・ううん、いいよ。大切な人の為なら仕方ないよ。その代わりにフィン君のお菓子技術をシュークリーム作りの参考にさせてもらえたら嬉しいかな」
「勿論だよ!僕で良ければいつでも喜んでお手伝いするからね!」
「ありがとう、フィン君」

「なんか丸く収まったぞ」
「聞こえの良い言葉を並び立てて誤魔化す彼氏とそれにまんまと絆される彼女みたいな図だな」
「話してる内容はただのスイーツに関するお話ですけど何だかフィン君ズルいです!!私も今度、新しいお菓子作りに挑戦を―――」
「「しなくていい!!」」

新たなガンジス川料理爆誕をランスとドットは全力で止める。
そうやって檻組がガンジス川キャンセルに勤しんでいる中、議論の体を成していない議論は大詰めを迎えていた。

「どうする?兄さま」
「・・・決まってるだろ」

レインはフッと息を吐くと踵を返して静かに黒の檻の中に自ら入って行った。
背筋を伸ばし、堂々とした足取りで向かうその姿に同じ檻の中にいるドットは「これゲームだよな?」と内心首を傾げた。
そして檻の扉が閉じられる直前、フィンが駆け寄ってレインのローブの袖をちょいっと引っ張る。

「兄さま」
「何だ」
「今度、魔法局にお仕事に行くんだよね?」
「それがどうした」
「実は僕、アイス作りにも挑戦しててこっちはすぐ上手に出来るようになったんだ。だから今度兄さまが魔法局に行く日にウサギ型のクッキーサンドアイス作っておくから楽しみにしててね」

えへへ、と子供のように笑うフィンの健気な姿にレインは柔らかく目を細めて「楽しみにしている」と呟き、フィンの頭を優しく撫でた。
その様子は本当に仲の良い兄弟そのもので白い檻の中から見ていたレモンは感動し、ランスはうんうんと頷きながら妹のアンナを思い出していた。
改めて黒の檻の扉は閉められ、マッシュとフィンは小屋の中に入って行く。
最後には広場の中心に『痣の無い者の勝利です』という文字が現れ、戦いの幕が降りた。
この戦いの後にドット・バレットは語る。

「俺達最後まで何を見せられてたんだよ」







オマケに続く
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