マッシュ・バーンデッドとゴブリンゲーム

「今回は俺がゴブリンか」

小屋の中でゴブリンカードを見てランスは独り言ちる。
そのまま窓の外を見て夜―――ゴブリンのターンになっている事を確認して小屋の外に出た。
しん・・・と静まり返った広場に響くのはフクロウのホーホーというあまり生物らしさを感じない無機質な鳴き声のみ。
新しく発売された割にはそういった細部に手抜きを感じるがゲームに支障がないならそれでもいいかと軽く流す。

「さて・・・」

ランスは広場を囲う小屋をぐるりと見回すが、逡巡する事もなく一点―――レインの小屋に視線を止める。

「やるならまずはレインさんからだな」

ゲームが始まった時からランスは第一にレインを警戒していた。
最年少で神覚者となり、アドラ寮の監督生という生徒達に気を配る役割を担うレインが手強くない筈がない。
他にも幼少期にフィンと共に親戚をたらい回しにされたという過去の経緯をフィンからそれとなく聞いている。
二線魔導士のレインならばどこの家も受け入れるだろうが一線魔導士である弟のフィンも一緒となればその受け入れ先も難色を示すか或いはその醜い本性を露わにしていたのは想像に難くない。
それはランス自身にも覚えのある事で、名門であるが故に親戚以外にも家柄関係で付き合いが幅広いのだが、そのどこもが二線魔導士のランスを誉めそやす一方で妹のアンナを一線魔導士だと嘲笑う。
それどころか「一線魔導士である方が嫁に貰う時に気後れしなくて済む」などと侮辱する始末。
「アンナは誰の嫁にもやらん!」と心の中で怒りに燃えるが、それでも内容は違うとしてもレインもきっと同じ状況だったに違いないとランスは感じた。
醜悪な一面を表に出してくれるならまだ良い方で、中には良い人の仮面を被って親切なフリをしつつ裏で悪企みをする大人もいたに違いない。
それこそレインが目を離した隙にフィンをどこかの施設や遠くに追いやろうとする奴もいた筈だ。
そうした醜い大人達から今までたった一人でフィンを守って来たレインの事だから人の悪意や嘘を見抜く力に長けている事だろう。
ドットやフィンがゴブリンの時に確証はなくとも二人を疑っていたのは恐らく勘だろうが、その勘こそがそれまでの経験で磨かれた人を見抜く力の何よりの証拠だ。
それらを鑑みた結果、真っ先に潰すべきはレイン・エイムズを置いて他にない。

「アンナ、お兄ちゃんは勝つからな。『うん、頑張ってね!お兄ちゃん!』」

ペンダントの中の妹に話しかけてからランスはレインの小屋の扉を押し開いた。
そうして景色は自身の小屋の中に戻り、議論の朝がやってくる。

「議論の時間ですな」
「そうだね・・・って、あ。今度は兄さまが犠牲になってる」
「手も振ってんぞ」
「ホントだ!?兄さま嬉しかったの!?」

小屋からマッシュ・フィン・ドットが出て来て周囲を見回す。
そこで今度は白の檻の中で膝を抱えるレインを見つけ、なんならまた小さく手を振っているのに驚きつつもフィンはまた手を振り返してあげた。
無表情ながらも嬉しそうにしている様子がマッシュとドットにも何となく分かるのだった。

「レイン先輩を襲うなんてこれまた王道中の王道で今回の議論も長引きそうですね」
「どうだろうな。案外早く終わるかもしれんぞ」

レモンとランスも小屋から出て来て広場に集まる。
普段から冷静で且つ表情筋がそこそこ死んでいるランスは焦りや緊張を一切見せずに振る舞えていた。
そこにドットが絡んでくればより『いつものランス』らしくなる。

「あ~~~ん?滅茶苦茶余裕ぶってますけどゴブリンを指摘出来るんですかスカシさ~ん?」
「脳みそ1ミクロンは地面に絵でも描いてろ」

ドットはしゃがんで木の棒でアホ面した人間を描き、矢印も書いて『スカシ野郎』と書いた。
ランスはドットを思いっきり蹴っ飛ばして議論を始めた。

「さて、今回の犠牲者がレインさんなのを考えると真っ先に容疑者候補に上がるのはフィンな訳だが」
「えっ、僕!?ないない!流石にさっきのターンでこれはないよ!それに僕、さっきのターンでレモンちゃん狙ったし!」
「ど~だかな~。スカシ野郎の意見に賛同するのは癪だが俺としてもその可能性は否定しきれねーぜ」
「ドット君まで!?」
「だって結局はレイン先輩に見抜かれた訳だろ?そうなると警戒して初手襲うってのもありえる話じゃねーか。前のターンゴブリンだったからそれはないつってもむしろそれを逆手に取ってゴブリンじゃないアピールしてる可能性も大いに有り得るしな」
「うっ、メチャクチャ理論的に説明された・・・でも僕からしてみればドット君とランス君も容疑者候補の一人だよ?ドット君は今度こそ冷静になって兄さまを狙った可能性があるし、ランス君だって一番に兄さまを警戒して狙う可能性は十分にある・・・マッシュ君はこの通りだし」
「僕はゴブリンじゃないよ」

曇りなき眼でゴブリンではない宣言をするマッシュ。
嘘をついた時は盛大に挙動不審になるか棒読みになるかだが、棒読みの場合は練習しないと出来ないので挙動不審になってバグらない辺り、やはり彼はゴブリンではないのである。
ランスにとっては疑惑を向けられる頭数が一人減るのは惜しかったがこの際それも仕方あるまい。
変にマッシュへの疑惑を作ろうとすれば自身への疑いが深まってしまうのでそれは何としても避けたかった。
ランスの目指す所は程々に自分自身も疑われつつ、しかしこの中の誰かに疑惑が向くように議論を誘導する事だった。
その為にも下手な消去法はしない。
それを行った場合に自然とマッシュとレモンが容疑者候補から外れてしまい、残るは自分とドットとフィンのみとなる。
なんだかんだ絡んで来たり共闘する事の多いドットは早い段階でランスがゴブリンである事に気付きそうなのでやはり何とかしたい所だが、しかし出来ればフィンも消しておきたいところ。
偶然なのか或いは兄譲りかは分からないがドットがゴブリンだった時にフィンも兄のレインと一緒にドットを疑っていた。
もしかしたらフィンも勘が鋭いのかもしれないと考えると不安要素は取り除いておきたい。
かといって最後のターンの議論でマッシュとレモンを残すと完全に詰んでしまうのでそれだけは何としても避けたい。
特にレモンはマッシュが絡むとかなり厄介になるのでこちらも優先して消すべきだろう。
ランスの中で今回吊るし上げるターゲットが決まった。

「レモンちゃんもゴブリンじゃないよね?」
「勿論です!マッシュ君の妻として清廉潔白である事をここに断言します!」
「良かった、瞳が闇深くなってるからゴブリンじゃないみたい」
「いや、どうだろうな。レモンに関しては俺は100%賛同は出来ない」
「え?どうして?」
「考えてもみろ、レモンは自分がゴブリンになった時に最初はレインさんを襲おうとした。だが初夜這いをマッシュに捧げるだのなんだの訳の分からない事を宣って急遽マッシュを狙ってその初夜這いも達成された。そうなると他の人間を襲う事に躊躇いはないんじゃないか?」
「なる、ほど・・・?」
「そんな!私のマッシュ君への愛は揺るぎないです!本当です!」
「レモンちゃん、今は愛の話をしてるんじゃないよ」
「でも僕はレモンちゃんがゴブリンだとは思わないなー。完全に勘だけど」
「流石マッシュ君!妻である私を信じ抜く一途の愛、しかと受け取りました!!」
「僕は勘って言っただけなんだけど・・・」

要らぬ発言をしてしまったが為にレモンに必要以上に迫られてややたじろぐマッシュ。
隣ではドットが悔し血涙を流しているのが果てしなくどうでも良かったが、きっと僻みで頭に血が上っているだろうから自身への注意を逸らすには有難かった。
しかし現状で厄介なのはフィンである。
マッシュ達のやり取りを苦笑気味に眺めているが、疑いを孕んだ瞳をそれとなくこちらに向けている。
ああ見えて観察力と洞察力に優れ、マッシュの筋肉による早業などを悉く見抜くくらいだ、油断は出来ない。
しかしランスは冷静だった。
ここで敢えて余計な発言はせずに堂々といつものように振る舞う。
余計な口を挟んで疑いを集めるよりここは敢えて追及せずに皆の意識を分散させる。
そしてそれは功を奏し、ファーン!という気の抜ける音と共に中央に『時間切れです。ゴブリンと思う方を指差して下さい』という文字が表示された。

「時間切れだな」
「投票タイムですな」

「それじゃ、せーのっ」というマッシュの合図の下、五本の人差し指が怪しいと思われる人物を指す。
マッシュはドット。
ドットはマッシュ。
フィンはランス。
ランスはレモン。
レモンはフィン。
見事に一人一票ずつ獲得する形となって一同は愕然とする。

「ありゃ。見事に全員清き一票を獲得してしまいましたな」
「清いかな?これ」
「オイコラマッシュ!何で俺に投票してんだよ!?」
「とりあえずかな」
「お前マジでとりあえずで俺を吊ろうとすんのやめろ!!」
「そういうドット君だって僕を指名してるじゃん」
「本当はスカシピアスといきてぇ所だが万が一にもお前の嘘が戦いの中で上達しているとも限らねぇからな!」

(バカで良かった)

ランスは心底ドットのおバカな部分に感謝するのだった。

「ていうかレモンちゃんは何で僕!?」
「さっきフィン君がゴブリンの時に襲われたので」
「私怨!!」
「というのは冗談にしてもフィン君もランス君と同じで私を疑っている様子でしたし、何よりフィン君がゴブリンの時に演技が上手だったので用心の為です!」
「あ、ありがとう・・・?」

演技が上手かった事を喜ぶべきか、用心されて吊るし上げ率がアップしてしまう事を嘆くべきかフィンには判別がつけられないのであった。
さて、そうしたやり取りの中でマッシュが思い浮かんだ疑問を口にする。

「これって要は同点って事だけどどうなるんだろう?また話し合いをするのかな?」
「いや、説明書によるとゲーム側がランダムでゴブリンを決めるらしい。まさに運に身を任せる、というやつだな」
「うわぁ、ゴブリンの人からしてみれば自分が当たったら悲惨だね」
「運も実力の内ってか」
「誰が当たるかドキドキしますね」

そうやってそれぞれに身構えていると例の如く広場の中央に『ランダムでゴブリンを決めます』という文字が浮かび上がり、同時に黒い板のようなものが現れる。
その板には最初にマッシュの顔が浮かんでいたが、ゆっくりとしたペースでドット・ランス・フィン・レモンの顔が順番に浮かべられていく。
そしてそのペースは段々と早くなり、途中からは誰の顔かも区別がつかなくなる。
その様子をドット・フィン・レモンは固唾を飲んで見守り、マッシュとランスは真顔で見つめる。
特にランスはこのランダム指名に緊張した様子はない。
それも当然である、何故なら彼は指名される筈がないと己を信じているから。
いつだってこういった局面で信じられるのは自分である。
そして―――

「あ、レモンちゃんが指名された」

板に浮かんだレモンの顔を見てマッシュがポツリと呟く。

「私!?」

(天は我に味方せり・・・当然だな)

「ついてないです・・・」と嘆くレモンの隣でランスは心の中で勝ち誇る。
こうして無事にレモンの牢屋行きが決まり、各々が小屋に戻る事で夜が訪れ、小屋の中からランスが出て来る。
ゴブリンの時間だ。

「次はフィンだな」

ランスは迷いなくフィンの小屋を見上げる。
先程の議論でランスのレモンへの疑惑に半分納得しかけるような反応を示していたが、いざ投票になった時にフィンは自分を指名してきた。
もしもここでフィンを消さなかった場合にマッシュは微妙な所ではあるがドット辺りは喜んでフィンの意見に賛同する可能性が高い。
それであるならばフィンを消すのが自明の理というもの。
危険因子は早々に排除しておくのがセオリーだ。
ランスは粛々とフィンの小屋の扉を開けて最後の議論のターンを迎える。

「あ、やられたの僕かぁ」

朝になるのと同時にフィンは白い檻の中に転送された。
襲撃された割には感想が極めて他人事のような呟きだったのはこれがゲームだからだろう。
直前までは「自分が襲われたらヤだな」という少しばかりの緊張感があったが、いざ襲われてみればこんなものかという気持ちになる。
そうなるとマッシュやレインが檻の中から呑気に手を振って来たのもなんだか頷ける気がした。

「僕も襲われちゃった。兄さまとお揃いだね」

隣にいる大好きな兄に笑いかけながら自分も何となく膝を抱える。
レインからの返事はなく、視線を寄越してくるのみだが微かに口の端が持ち上がっているのもあって雰囲気は柔らかい。
満更でもない様子のレインにフィンは嬉しくなって話を続ける。

「兄さまは誰がゴブリンだと思う?」
「・・・ランス・クラウンだな」
「あ、やっぱり?僕も何となくランス君だと思ってたんだよね。ランス君が手強いのと僕の説明が下手でみんなを説得出来なかったけど」
「俺もドット・バレットがゴブリンの時に誘導が出来なかった」
「あの時は僕も時間がなかったとはいえ、上手く兄さまを庇えなかったのが悔やまれるなぁ」
「今度話術でも磨くか」
「いいね、それ!こういうのは実戦が大切って兄さまもランス君もカルドさんも言ってたしさ―――また今度みんなでゴブリンゲームやろうね」
「ああ」

しっかり頷いて約束してくれたレインにフィンは嬉しそうに笑みを溢す。
そんな微笑ましい兄弟のやり取りを黒の檻の中からレモンはニコニコと眺めていた。
入学してフィンと友達になってしばらくした頃、フィンがあの最年少神覚者レイン・エイムズの弟だと知った時は驚いた。
しかし周囲の噂や本人の口ぶりからしてもレインとの兄弟仲はあまり宜しくないと聞いて他人の事ながらも同じ姉弟を持つ身としては胸が痛んだものである。
とはいえ、やはり他人事情に無暗な口出しは出来ないし、何よりフィンが自身を卑下してレインと疎遠になってしまった事に対して寂しそうにするので今までなるべく触れないようにしていた。
それが無邪気な淵源との戦いを通して和解し、仲良くなれたようで本当に良かったとレモンは心から嬉しく思っていたのである。
さて、そんな和やかな空気を他所に小屋の中からマッシュ・ドット・ランスが扉を開けて出て来る。
最後の議論のターンだ。

「今回は・・・フィンの奴が吊られちまったか」
「おーいフィンくーん、レインくーん、レモンちゃーん」

呑気に三人に手を振り始めるマッシュ。
来ると思ってたそれにフィンは苦笑しながらも優しく手を振り返し、レインは軽く手を挙げて応じる。
レモンの方は勿論ぶんぶんと手を大きく振って応えている。
そのレモンに対してドットも手を振っているが恐らく高確率で、いや、確実にレモンの瞳にはマッシュしか映っていないだろう。
それでも頑張ってめげないのがドット・バレットという男である。

「さて、最後の議論だ。これで全てが決まる」
「ぬぁ~にが全てが決まる、だ!テメーがゴブリンに決まってんだろスカシピアス!!」
「根拠を言ってみろ」
「オメーの事を疑ってたフィンが消されたんだぞ!?だったら疑われて都合の悪かったテメーが怪しいに決まってるぜ!!」
「短絡的だな。フィンが俺を疑っていたから何だと言う?そう見せかける為にお前がフィンを消した可能性の方が高い。微妙な根拠でマッシュに投票したのも考え無しのお前らしい粗末なやり方だ。ゴブリンよりもゴブリンらしい」
「あ”ぁ”ん”!?オメーちょっと表出ろや!」
「上等だ。地面と一体化させてやるから覚悟しろ」

相変わらずの喧嘩と一触即発の空気にマッシュが「まぁまぁ」と言いながら間に入る。
しかしその空気が治まる筈もなく、ドットは喧嘩腰のままマッシュの方を向いて暑苦しく迫る。

「オイマッシュ!テメーはスカシピアスが怪しいよなぁ!?」
「マッシュ、こんな簡単な問題、流石のお前でも分かるだろう?」
「・・・これは僕の一票に全てがかかっているという奴ですな」

「責任重大だ」などと呟く顔からはどう見ても責任感や動揺が窺えず、いつもの緊張感のないそれである。
しかしこう見えてもマッシュは悩んでいる。
何となくドットも怪しいがランスも怪しいと思っているが明確な根拠はなく、いかんともしがたい状況だ。
出来る事なら檻にいるフィン・レイン・レモンの意見を聞きたい所だがゲームとしてそれは絶対にアウトだろう。
考えるのは苦手だが必死になって考えるマッシュの頭の中に一筋の光明が差し込む。

「そうだ、ランス君」
「何だ」
「アンナちゃんに誓ってゴブリンではないと言えますかな?」

ランスが首から下げているロケットペンダントを開き、その中に収められているアンナの写真をマッシュは見せつける。
ペンダントの中のアンナの写真はランスにキラキラと輝く宝石のように映る。
実物はこんなものじゃない、この世に舞い降りた天使の化身、或いは人として顕現した尊き大いなる存在。
たとえダイヤモンドであろうとその輝きには敵わない石ころになり果て、花は己の存在がただの引き立て役である事を知り、鳥はアンナの為にのみ歌う・・・など、様々なアンナを称える言葉の羅列がランスの頭の中を駆け巡る。
心は浄化され、ドットへの対抗心も鳴りを潜め、澄んだ瞳でペンダントの中のアンナに笑いかける。
そして―――

「アンナァーーーーーーーーー!!!!」

「自分から檻に吹っ飛んでった!!?」

まるで見えない巨人にグーパンで殴られたが如くランスは自ら黒の檻の中に吹っ飛んで行き、相変わらずの奇行にフィンがしっかりツッコミを入れる。
檻の奥に叩きつけられ、ズルリと地面に落ちた彼の最後の言葉は「尊いの飛び出し注意だぜ」だった。
一同はしばらく呆然とし、何とも言えない沈黙が走る。
だが、いつまでもそうしていても仕方ないのでマッシュとドットは顔を見合わせるとお互いに無言で頷き合い、小屋の中に入って行く。
そして能天気で軽快な効果音と共に広場の中央に『痣の無い者の勝利です』という文字が静かに浮かび上がるのであった。






続く
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