マッシュ・バーンデッドとゴブリンゲーム

「今度は僕がゴブリンかぁ」

夜の広場でフィンは溜息を吐きながら肩を落とす。
今回は自身がゴブリン役となった。
マッシュ程ではないにせよ、フィンもあまり嘘が得意ではない。
それなのにゴブリンになった挙句、全員が自分の嘘を見抜きそうで勝てる自信がなかった。
幾度となく修羅場を乗り越え、果てには無邪気な淵源との最終決戦においてランスとドットと共に連携する時は自ら囮役を買って出る程の勇気と大胆さを身に着けたフィンと言えど流石にこればっかりは自信を持つ事が出来なかった。
この自信の無さは苦手な魔法薬学と同レベルといったところか。

(とりあえず落ち着いて一旦整理しよう。まず兄さまを襲ったら真っ先に僕が疑われる。その時の疑いの矛先を他に向けるのは難しい・・・となるとやっぱり無難にランス君を襲っておくべきだけどこれもどうかな?ドット君に疑いが向くかもだけどさっきのターンの後でこれはないってなりそうだし、消去法にかけられるとキツイよなぁ・・・そうなると残る候補はマッシュ君・レモンちゃん・ドット君の三人・・・)

顎に指を当てて考えていたフィンはマッシュ・レモン・ドットのそれぞれの小屋を見上げて再び考えに耽る。

(ドット君を襲った場合はランス君に疑いが向くかも。さっきのターンに真っ先に襲われた報復として・・・いやでもランス君にしては短絡過ぎるって思われるだろうなぁ。マッシュ君は・・・レモンちゃんが怖いからやめておこう)

先程のレモンの狂気に満ちた表情を思い出してフィンは思わず身震いする。
あれはもはや祟りの部類ではないだろうか、なんて事を考えながらその張本人の小屋に視線を止める。
きっと今頃、想い寄せるマッシュへの愛の言葉を紡いでいるだろう。
それか或いはマッシュの心を繋ぎ止める為の魔法やら呪術やらの計画を立てているか。
どちらにしろツッコミ魂が疼きそうになっているのに変わりはないが、それはそれとしてレモンを襲うのは悪くないかもしれない。
レモンを襲う事で意図を見えなくしたり、誰が襲ったのかより不明瞭になって議論が盛り上がるだろう。
自分の嘘が兄やマッシュ達に見抜かれないのが大前提だが。

(そういう訳でごめん、レモンちゃん!)

心の中で謝りながらフィンはレモンの小屋の扉を開く。
そうして景色は一瞬でフィンのいた小屋の中に映り変わり、夜の空は朝の空にチェンジする。
議論の時間だ。

「議論の時間ですな」
「今回の犠牲者は―――」

「マッシュくーーーーーーーーーーん!!!!」

小屋から出て来たマッシュに続いてフィンが平静を装いながら犠牲者を探すフリをする。
と、そこでフィンの言葉をかき消すようにしてレモンのラブコールが白い檻の中から発せられる。
見ればレモンが檻の中から手が千切れん勢いでマッシュに手を振っていた。

「また檻の中で手振ってる!!流行ってるの!?」
「やっほーレモンちゃん」
「レモンちゃーん!今回は残念だったねー!」

残念なのはレモンがマッシュにだけ熱烈な視線を送りながら手を振っているという事実の方である。
それでもめげないのがドット・バレットという男だ。
しかし、それはそれとしてこのボケの流れは非常に都合が良い。
こうしたゲームにおいて最初の難関は自分がゴブリン役である事を如何に隠して悟らせないかの雰囲気作りである。
嘘が苦手なフィンは態度や雰囲気で出てしまう可能性が十分にあったがボケに対してツッコミを入れざるを得ないフィンのツッコミ魂が遺憾なく発揮された事で難なく自然体を装う事に成功した。
後は適度な発言をしつつ如何に自分がゴブリンでないかを周囲に認識させるかだ。

(とはいえ、兄さまとランス君という強敵が立ちはだかってる訳だけど・・・でも頑張って嘘を磨くんだ!例えば敵を罠に嵌める為のブラフだとか敵に捕まった時に上手に嘘を付いて状況打破する術を身に着けておかないと!そんな状況来て欲しくないけど!!)

元来よりフィンは安寧秩序を願い、悪目立ちして他人に目を付けられるのを嫌う。
それは幼少期にたらい回しにされた親戚連中に吐かれた暴言や振るわれた暴力、そして中等部の頃からイジメの標的にならないように怯えていた日々に起因する。
だが、マッシュ達と出会い、様々な困難や修羅場を潜り抜けた事で鍛えられたフィンはそれらの程度に関しては一切の脅威を感じる事はなくなり、仮に出くわしたとしても反撃したり軽く流す強さを身に着けた。
では何故この思考に至っているのかというと、それは彼が目覚めたセコンズに由来する。
フィンのセコンズは深手の傷を副作用や反動など起こす事なく瞬時に完全回復させ、加えて自身の持つ魔力を加算する事が出来るという極めて貴重且つ有用な回復能力であるからだ。
それは沢山の人を救う事の出来る尊い魔法なのであるが、悲しい事にそれを狙う悪い連中もいたりする。
事実、つい先日悪党に狙われかけた事があり、ランスからは「お前があのフィン・エイムズかと聞かれてもギリギリまで白を切れ。魔法で応戦するのはそれからだ。1秒の時間稼ぎがお前の命を救う」と強く諭された。
回復特化で攻撃手段に乏しい白魔導士であるフィンは魔法だけでなく、いざという時の話術という武器も磨いておこうとこのゲームにおいて思った次第である。
ちなみにその狙ってきた悪党は一緒に買い物に出掛けていたレインが瞬殺して今は現実世界の本物の檻の中である。
そして、大切な弟が狙われそうになった事で激怒したレインが悪党をどの程度痛めつけたかは・・・想像に任せるとしよう。

「さて、議論を始めるぞ。というか、やっとまともな議論に参加出来るな」
「色々大変だったもんね」
「お前やレモンが自爆してそこの馬鹿に初手襲われて議論もクソもなかったからな」
「あっれ~?さっきのターンで初手襲われた事まだ恨んでんの~?小心者ピアス~」
「今すぐこいつを檻にぶち込むぞ。ゴブリンでなくとも構わん」
「だぁあああああ!!は!な!せ!コノヤロー!!!」

首根っこを引っ張ってくるランスとそれに抗うドットの攻防という名の喧嘩がまたしても始まる。

「ランス君自ら議論潰ししちゃってるね」
「だね・・・」
「・・・」
「ん?兄さま?どうしたの?」

ここでフィンはレインの真っ直ぐな視線に気付いて内心動揺する。
劔が如きその一直線の眼差しはドットがゴブリン役をやっていた時にドットに注がれたものと同じだ。
つまり、フィンがゴブリンなのではないかと疑っているのだろう。
少しばかりフィンは焦るが、それでもレインに嘘がバレないように練習するチャンスだと強気の心でレインの目を見返す。

「もしかして今度は僕がゴブリンだと思ってる?」
「・・・気にするな」
「ドット君じゃないけどそんなに見つめられたら気にしちゃうよ」

頑張って苦笑を浮かべて場の雰囲気を和ませて誤魔化そうとするが出来ているだろうか。
心なしか顔が引き攣っている気がするし、レインの疑いの視線が鋭くなった気がする。
微妙な緊張が走る兄弟を交互に見やりながらマッシュは「まぁまぁ」といつもの気の抜けた声で間に割って入ろうする。
そこにフィンとレインの様子が普通でない事に気付いたランスとドットが喧嘩を中断して議論の輪に戻って来た。

「レイン先輩、今度はフィンが怪しいんすか?」
「・・・確証はない」
「だがレインさんには前回のターンの実績がある。そうでなくともレモンに狙いを付けるという観点から考えてもフィンの可能性は有り得なくはない」
「ええっ!?何で!?」

ランスの推理に内心ドキリとして思わず声を大きく上げてしまったがその様子を不審がる者はレインを除いて今のところはいない。
そう、レインを除けば・・・。

「自分の嘘を見抜く兄がいながら襲わなかったのは第一に真っ先に自分に疑いが向くからだ。一度向けられた疑惑を晴らすのは難しいからな。そしてレモンを狙った理由は意外性を狙ってのものだろう。だが別の観点から見たらその作戦も悪くない」
「どーいう事だよ?」
「考えてもみろ。レモンとマッシュは嘘が分かりやすい。ゴブリン役をやった場合にはとてつもなくポンコツになるが痣の無い者だった場合にはすぐにその判別が付く。ゴブリン側からしてみれば嘘の擦り付けがどう足掻いても不可能になる」
「あー、なるほど。普段スカシてるだけあってやっぱよく考えてんな、お前」

ランスはドットの弁慶の泣き所を蹴った。
ドットは痛みに足を付いて泣くのだった。

「でも兄さまを狙わなかった理由がそうだとしてもレモンちゃんを狙った理由に関しては僕だけに限った話でもないんじゃないかな?それはみんなにも当て嵌まるよね?」
「しっかり反論出来るようになったな、フィン。以前のお前だったらただ慌てふためいていただけだったろう、成長したな。レインさんもきっとお前を誇らしく思っている」
「相変わらず僕に疑惑の目を向けてるけどね・・・」

(ていうかランス君もこれ見抜いてない?)

先程の口振りからしてランスもフィンがゴブリンであると確信しているように思える。
心の中で「やっぱ無理ゲーだった!」と頭を抱えて泣くがそれでもフィンは諦めずにギリギリまで粘ろうとする。

「前回と同じで今回も慎重に議論を重ねるべきじゃないかな?消去法だって今回の場合は難しいし」
「そうだな。唯一消せるのがシュークリームを食べてないマッシュだけだからな」
「あ、ヤベッ。ゴブリンになった時に備えてシュークリーム演技しなきゃだった」
「だから今更つってんだろーい」
「でもシュークリームもうないや」
「ないんかーい」

マッシュとドットの緩いやり取りは完璧に無視してランスは議論を続ける。

「ゴブリンかそうでないかを見極める方法はもう一つだけある」
「え?それって?」
「全員、今すぐ自分がゴブリンではないと宣言してみろ」

「それを言うだけ?」とでも言いたげな動揺が一同の中で走る。
そんな中、ランスはチラリとレインを盗み見てからその先陣を切った。

「ちなみに、俺はゴブリンじゃない」
「お、俺もゴブリンじゃねーぞ!」
「僕も違うよ」
「僕もゴブリンじゃないよ」

最後に宣言したフィンは堂々と言い放った後、一瞬だけ軽く両手でローブの裾を摘むように握った。
その瞬間、レインのフィンと揃いのトパーズの瞳が僅かばかり大きく見開かれ、それから静かに一歩踏み出してフィンの左手首を掴む。

「フィン・・・お前がゴブリンだ」
「え?何言って―――って!!ちょっ、兄さま離してよ!ていうか兄さままだ宣言してなくない!?」
「必要ない」
「いやいやいやズルいでしょ!そんなんじゃ兄さまがゴブリン―――って、わぁーーーー!?檻に閉じ込められたー!!」

レインは問答無用でフィンを檻に放り込むとフィンの喚き声などまるで無視して「小屋に戻るぞ」と、いつもの仏頂面でマッシュ達に告げた。
本当にこれで大丈夫なのかとマッシュとドットはランスに視線で尋ねるがランスは頷く事でこれに従うようにと伝える。
あのレインが指示し、ランスが賛同するならばそうするしかないと考えたマッシュとドットは互いに顔を見合わせた後にそれぞれの小屋に戻って行く。
その直後、広場の中央に『痣の無い者の勝利です』という文字と同時に能天気な効果音が流れ、全ての小屋と檻の扉が開く。
それぞれの中から各人が出て来る中、フィンだけは未だ檻の中で両手両足を地面に付けてガックリと項垂れていた。

「やっぱりバレたよチキショー!!」
「でもフィン君演技上手だったよ。僕分かんなかったもん」
「俺も半信半疑だったぜ」
「俺はお前だろうなと見当は付けていたがな。だがそれらしい反論を述べて疑惑を逸らそうとしたのは評価しよう」
「惜しかったですね、フィン君」
「うぅ・・・みんなありがとう・・・」

などと言いつつもフィンの目から悔し泣きは止まらない。
そこに無骨で大きな手が差し伸べられ、顔を上げたらレインがフィンの事を優しい表情で見下ろしていた。
とはいえ、周りの人間からしてみればいつもと変わらない無表情なのだが、兄とのコミュニケーションが復活して昔のような仲に戻ったフィンには優しい表情であるのが分かった。

「惜しかったな」
「・・・本当にそう思ってる?」
「嘘は言わねぇ。ランス・クラウンの提案がなきゃ厳しかった」
「あのゴブリンじゃないって宣言するやつ?」
「そうだ。お前は嘘を付くとそれが表に出るからな」
「それって癖があるって事だよね?僕が嘘を付いた時に出る癖って何?」
「言う訳ねぇだろ。治されたら困る」

「え~?」と苦笑混じりに不満の声を上げながらフィンはレインの手を取って立ち上がり、マッシュ達と自身の嘘を付いた時の特徴についてあれこれと話し始めた。
その様子を見守りながらレインはふと、幼い頃のフィンを脳裏に思い起こす。
フィンは小さい時から嘘を付くと一瞬だけ服の裾を両手で掴む癖があった。
それはずっと一緒にいたレインだけが知る事実で、フィンが可愛い嘘を付いた時や、レインの為に行ってはいけない所に行った上で行ってないと嘘を付いた時などによくやっていたのだ。
その幼い頃の癖が未だ抜けていないのが嬉しくて、そして同時にそれは自分しから知らない事実である事にレインは口の端を僅かに綻ばせる。
これまたフィンや親友のマックスでしか分からないレベルの表情の動きだが。
と、そこまできてレインは何事かを思い出すとフィンに声を掛けた。

「フィン、もう一つ理由がある」
「なぁに?兄さま?」
「兄弟センサーが働いた」
「ランス君ちょっとこっち来て!!」

レインは兄弟センサーなるものを覚えてしまった。







続く
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