監督生会議

荘厳華麗な校長室は太陽の光を通すステンドグラスで室内を照らす所為もあってか、いつ入っても厳粛な雰囲気が漂っている。
マッシュの入学試験の最終面接や呼び出し等によるお叱りの時には厳かな佇まいをするこの部屋は、しかしそうした用事がない時はごく普通の一般的な事務的な校長室の部屋に様変わりする。
本人の元々の固有魔法が『空間』である為にそれに関連する上級魔法がウォールバーグは得意で、特に用事がなければ魔法でこの校長室は普通の事務的な校長室に変えるのだ。
レインなんかは事務的用途での校長室に訪れる事の方が多く、呼び出し用の校長室に足を踏み入れるのは新鮮だった。
そう、今現在新鮮な気分を味わっているのだ。
神覚者を目指していたがむしゃらだった自分を鍛える為でもなく、神覚者としての自分でもなく、監督生としてのレイン・エイムズとして。
しかもオルカ寮監督生マーガレット・マカロンとレアン寮監督生アベル・ウォーカーと共に三人横に並んで校長室に立つなど恐らく監督生に任命されたあの日依頼だろう。
この世の暗闇を晴らすような眩く真っ直ぐなステンドグラス越しの光を背負ってこの空間で最も高い校長席に座したウォールバーグは厳かに口を開く。

「今日、君達三人が呼ばれた理由は何か分かっておるかね?」
「オルカ寮の予算拡大と実験設備増設のお話ですよね」
「アドラ寮の予算拡大とキッチン拡充と最新のDIYツール発注の件かと」
「レアン寮の予算拡大と良質な教育環境確保の為の設備投資のお話と存じております」
「違う。揃いも揃って何で予算やら設備投資の話をするんじゃ」

こんな子達だったじゃろうか、とウォールバーグは小さく溜息を吐く。
監督生に任命した時は三人共隙の無い雰囲気とただならぬオーラを発していたというのに今は全力でふざけている頭のキレる性質の悪いガキ大将三人衆でしかない。
もう一度厳かな雰囲気を纏って目を鋭く細めたウォールバーグは威厳ある校長として口を開く。

「ワシが再三送った通達を燃やして切って溶かした件について何か言う事はないのかね?」
「他寮の生徒の事ながらその成長過程を見届ける事が出来て初心に帰る事が出来ました」
「弟が成長出来る貴重な機会を与えて下さった事に感謝しています」
「この良質な教育を全ての生徒が受ければ更なる質の高い魔法使いに成長するのは確実です」
「誰が感想を言えと言った」

今度は大きく溜息を吐いて頭を抱える。
こんなにも性質の悪い子達だっただろうか。
監督生に任命した時はそれはそれはもう・・・冷徹で腹にどす黒いもん抱えてますみたいな顔をしていたというのに。
代々監督生に任命される生徒というのは成績と主に実力を鑑みて選ばれる。
というのもこの学校では級硬貨を賭けた場合にのみ戦闘が許される。
しかし中にはやり過ぎる者、級硬貨関係なく喧嘩が発展して戦闘に及ぶ生徒が毎年必ずいる。
そうした生徒への牽制や鎮圧の為に実力のある生徒が監督生に任命される関係で大体は隙の無いオーラを纏っている強者が殆どだ。
だが今年の監督生であるマーガレット、レイン、アベルの三人は群を抜いて実力があり、それぞれに近寄り難い雰囲気を漂わせていた。
なので今年は色々期待出来そうだと思ったがまさかこんな形でその期待を裏切られる事になろうとは。
もしかしたらとんだ悪戯っ子達を任命してしまったのかもしれないとウォールバーグは思わずにはいられない。
とはいえ、もうとっくに過ぎた話だ。
咳払いをして奥の手を使って反省させる事にする。

「ウォッホン!監督生諸君で出し物が決まっていないのなら―――おぬしら三人でバンドを組ませるぞ」
「タルタルソースについてまとめた研究資料を展示します」
「魔法のウサギの人形を製作して展示します」
「トランプに魔法の仕掛けを施して展示します」
「そんなに嫌か」

食い気味に真面目に解答した監督生三人にウォールバーグは疲れたように溜息を吐くのだった。






そんな訳で監督生三人の放課後は学園祭に向けた展示制作となった。
学園祭でシュークリーム屋を出す為の準備をしているマッシュ達がいる空き部屋で。

「いや、どゆこと?」
「レインがここがいいって言うからねぇ?」
「嫌ならテメェらの縄張りに帰れ」
「やれやれ、とんだ攻撃的なウサギだ。もう少し寛容的になったらどうだい?ねぇ、母さん」

(相変わらず三人共マイペースだな)

魔法で複数のペンを動かしてタルタルソースの研究レポートを書き込んでいく涼しい顔のマーガレット。
ちくちくと慣れた手つきで針を動かしてウサギのぬいぐるみを作り上げていく相変わらず眉根を寄せた険しい顔のレイン。
トランプにかける魔法の試行錯誤を重ねていくアベル。
いずれもイーストン魔法学校の監督生という実力ある三人だが、それ故にそれぞれに余裕を崩さずに軽い煽り合いを入れる。
今この部屋にはマッシュ達いつものメンバーしかいないが他の生徒達がいたら色々な意味でざわめいていただろう。
一部女子から黄色い声が上がっていたのも想像に難くない。

「ところでキミ達はやはりというか、シュークリーム屋を開くんだね」

マッシュ達が作っている物を一瞥してからマッシュの方を向いてアベルはほぼ断定口調で尋ね、マッシュは頷く。

「うん。アベル君も良かったら買いに来てね。幻の学園祭限定チョコチップ入りチョコシュークリームを売る予定だから」
「七人分の取り置きは頼めるかい?監督生の業務で見回りをしなくてはいけないからね」
「ガッテン。マーガレット先輩はどう?甘さ控えめのシュークリームも作る予定だけど」
「じゃあお願いしようかしら。勿論取り置きでね」
「ガッテン」
「てか、折角だから俺達の露店の宣伝頼めねぇ?監督生の宣伝効果高そうだしよぉ」

ちゃっかりドットが宣伝を頼むが、その手には乗らないと言わんばかりにマーガレットは軽く笑って流す。

「あーら、だったらウチのとこも宣伝してもらおうかしら?神覚者のレインや世界を救ったマッシュちゃん達が開くお店の方がよっぽど宣伝効果高いでしょう?」
「俺は厨房の奥でフィンとシュークリームを作るだけだ。接客対応はしない」
「むしろよく周りから贔屓だとかズルいだとか言われなかったね、レイン」
「レイン君にそんな事言える人いると思う?」
「それもそうだったね」

恐れ多くも戦の神杖の称号を冠する神覚者だ、異議を唱えられる者などいない。
そうでなくとも普段から声をかけづらい雰囲気を纏っているので尚更だ。
それに厨房の奥で作っているだけならそれもいいかと周りは納得した次第である。
とはいえ、一部弊害もあった。

「フィンがいれば漏れなくレインさんも付いて来ると踏んでフィンを勧誘しようとする奴が多かったがな」
「フィン君は既に私達と約束をしてたので事なきを得ましたが一時期大変でしたよね。他にも私のマッシュ君を誘惑しようとシュークリームで釣ろうとする方達もいましたし!」
「どっちかっつーとマッシュのシュークリームへの誘惑を断つ方が大変じゃなかったか?」
「アフターケアもね。誘惑を断ち切らせた後、凄くガッカリしてたから僕やランス君でシュークリームを作って励ましたよね」
「いやー、その説はお世話になりました。フィン君もランス君もパティシエの素質あるよ。将来僕のお店でどう?」
「副店長は妻である私のポジションですからね!」
「じゃあ俺が店長になったらレモンちゃんは自動的に俺の奥さんって事でいい!?」
「駄目です!!」
「そこをなんとか!!」
「悪いが俺はアンナ専用のパティシエだ。勧誘は間に合っている。『いいのお兄ちゃん?私はお兄ちゃんがみんなのパティシエとして活躍するところも見たいなぁ』。ありがとう、アンナ。だが俺はアンナ専用のパティシエでいたいんだ。お兄ちゃんの気持ちを分かってくれるか?」
「悪ぃがこっちもフィンは俺の専属秘書になる予定がある。他を当たってくれ」
「いつの間にか僕の進路が決まってた!?」

たったの六人であるのにアドラメンバーは大盛り上がり。
その様子をマーガレットは微笑みを浮かべて眺め、アベルも無表情ながらも静かに眺める。
やはりアドラ寮に選別されただけあって仲が良く賑やかだ。
プライドが高いレアンや変人が多いオルカの橋渡しを担う寮なだけはある。
このまま作業のお供として聞いていたかったが気になるものが目に留まってそれどころではなくなり、それをアベルが率先して尋ねた。

「時にマッシュ・バーンデッド。キミに聞きたい事がある」
「何?」
「足元のそれは何だ?」
「これ?これはシュークリームの被り物だよ。これをこんな感じで―――」

マッシュは足元に置いてあった大きなシュークリームの被り物を持ち上げるとそれを隣にいたドットの頭に被せた。
それに対してドットはツッコミを入れたり勝手な事をするなと怒るでもなく、むしろドヤ顔で親指を上に向けて立ててきた。

「こう」
「なるほど」
「面白い物を作ったわね」
「僕達みんな被ります。ちなみにレイン君は特別仕様でウサギ耳が付いています」
「どこまでもウサギが好きだね、レイン」
「俺だけじゃなくてフィンの被り物にもウサギの耳を付ける予定だ」
「何かあった時に僕と兄さまの見分けが一瞬つかなくなるから駄目だよ。それに兄さまを見に来た人が僕と間違えてがっかりしちゃうだろうし」
「そういう奴は切り捨てればいい」
「駄目だよ!?神覚者なのに物騒な事言っちゃ駄目だよ!?」
「神覚者なんざ物騒でナンボだ」
「身も蓋もない!!」
「でも何かあった時にレインが対応するって事はレインが店長をやるって事でいいのかしら?」
「いえ、店長は僕がやります。こんな感じで」

マッシュは『私が店長です』というタスキを肩に掛け、ドットに別のシュークリームの被り物を被せられる。
そうして出来上がった店長の姿にマッシュは無表情且つ誇らしげに親指を上に突き立てる。
一応マーガレットとアベルは拍手を送ってあげた。

「いいわねぇ、食べ物のお店。私も監督生じゃなかったらタルタルソース屋をやってたかもしれないわ。私が自家製のタルタルソースを数種類用意してレインとアベルが厨房でエビフライを揚げるの」
「勝手にこき使うんじゃねぇ」
「あら、チキン南蛮の方が良かったかしら?」
「具材の話をしてんじゃねぇよ」
「アベルだったらどんなお店にする?」
「ふむ・・・マッシュ・バーンデッドがデザートの店でマーガレットがおかずの店となれば僕はおにぎり屋にするとしよう」
「主食担当って事ね。いいじゃない、おにぎり屋」
「アビスが時々作ってくれるおにぎりが美味しいからね」

アベルがそう言い放った瞬間、すぐ外の廊下でビターン!!と何かが倒れる音が轟く。
驚いたドットとフィンが何だ何だと扉を開いて確認してみればそこには吐血しながら倒れるアビスがいた。

「アビスーーーーーーーーーー!!!」
「いつから廊下にいたの!?」
「・・・アベル様がこちらの教室に入った時からです・・・」
「ずっといたんじゃん!!」
「無駄なボケかましてないで早く入れ!殺人現場として検証されちまうだろうが!」
「面目ない・・・」

ドットに引き摺られるようにして担がれてアビスも教室の中に入る。
表面上は無表情であるものの少し困ったような表情を浮かべながらアベルは僅かに首を傾げてアビスを心配する。

「大丈夫かい、アビス?」
「問題ありません。アベル様からの勿体無きお言葉を頂いて天にも昇るような気持ちでございました」
「マジで天に昇りそうな吐血量だったけどな」
「迷惑をかけてすまないね。アビスの事はどこか空いてる席に座らせてもらってもいいかな?」
「おう」
「アビス先輩、大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか」

ドットやフィンに介抱されるアビスだが、この後すぐにレモンに「お水飲みますか?」と聞かれてバグり散らかすのだった。
相変わらず難儀な子ね、とマーガレットは心の中で苦笑しつつおにぎりの話題に話を戻す。

「ところでおにぎり屋の話の続きだけど具材は何にするのかしら?私は昆布が好きだからあると嬉しいわね」
「勿論昆布おにぎりも作るとも。鉄板の塩・梅干し・おかかも外せないね」
「ちょっと、ツナマヨを忘れてるわよ。アレの人気を舐めちゃいけないわ」
「僕とした事がうっかりしていたよ。ツナマヨもラインナップに入れなければね。時にレインは好きなおにぎりの具材はあるのかい?」
「何でもいい」
「じゃあフィン・エイムズ」
「ええっ!?僕!?」
「キミの意見=レインの意見だからね」
「そんな事はないと思いますが・・・うーん、そうだなぁ・・・好きっていうか、食べてみたいなぁって思ってるのが天むすかなぁ」
「ほう、天むすか」
「よくよく考えてみたらまだ食べた事なくって」
「マーチェット通りにあるおにぎり屋が天むす売ってるぜ。値段も手ごろでしかも美味いって評判だから今度の休みに行こうぜ」
「いいね!行く行く!」

横から提案を出して来たドットの話にフィンは快く頷く。
それをきっかけにマッシュやレモン、ランスも話に加わって今度の休みの日についての計画を立て始める。
その様子をじっと見つめるレインの瞳はどことなく柔らかく優しい。
きっと弟が友人達と休みの日の計画を立てる姿が愛おしいのだろうとマーガレットとアベルは見当をつける。
実際にそれは大当たりであったりもする。

「天むすと聞いて天丼が食べたくなったわねぇ。私達も今度の休みに天丼を食べに行きましょうか」
「いいね、楽しそうだ」
「断る」
「私ったらみみっちい事言ったわね。三人と言わずマッシュちゃん達も誘いましょうか。マッシュちゃん達はどう?次の次の休みでいいからみんなで天丼食べに行きましょう?」
「うす」
「おっしゃ!天丼!」
「楽しみだなぁ」
「アンナのアクスタを持って行くとしよう」
「なら私はマッシュ君のアクスタを持って行きます!」
「私はアベル様のアクスタを持って行きます」
「本人が一緒にいるのに本人のアクスタ持ってくの!?」

フィンのツッコミを皮切りにマッシュ達は更に盛り上がる。
復活したアビスも加わって大賑わいだ。
そんなマッシュ達を横目にマーガレットはニヤリと笑って一言。

「行くわよね、レイン?」
「フィンを抱き込むんじゃねぇ」
「行くという意思表示として受け取ってあげるわ」
「やれやれ、架空の話から発展して休日の予定が一つ埋まったね、母さん」

「架空の話で終わらせるのは勿体無いから採用しちゃおうかのぅ」

「「「え?」」」

突然飛び込んで来た優しい老人の声に監督生三人は声を揃えて教室の扉の方を見やる。
賑やかに会話をしていたマッシュ達も静まり返って同じ方向に視線を向ける。
するとそこにはまさかのウォールバーグが佇んでおり、それはそれはにこやかな笑みを湛えていて。

「今年の三寮交流会は料理をする方向で進めるとしよう。これについて有意義な意見が聞ける事を期待しておるぞ」

それだけを言い残してウォールバーグは教室を立ち去って行った。
有意義な意見を、なんて言うが撤回出来ない事だけは確かだ。
勝手に決められてしまった内容に監督生三人のそれぞれの眉間に皺が寄る。
ついでに魔力も溢れさせて。

「・・・サモンズ『アレス』」
「兄さま!?」
「ちょっと久しぶりに本気出しちゃおうかしら」
「あぁ!?マーガレット先輩が魔力を解放して少年の姿に!?」
「僕のセコンズにアビスの加速魔法をかければすぐに追いつくよ」
「誰に!?何をしに!?」
「ねぇねぇフィン君、レイン君達と校長先生、どっちが勝つかな?」
「予想してる場合じゃないよ!!止めなきゃ!!兄さま達ストーーーーーップ!!カムバーーーーークッ!!」

放課後の茜空にフィンの叫び声と遅れて破壊音が轟くのだった。





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