筋肉ファンタジー
「愛情を込めたのか?俺以外の奴に・・・?」
珍しくショックを受けたように瞳を僅かに見開くレインを前にフィンは「そんなにショックだった?」と困惑し、同じ場面に居合わせたマックスは「めっちゃショック受けてるな」と笑いながらショックを受けるレインをカメラで撮影した。
後にマックスの親友面白アルバムには『バイトとはいえ弟の愛情が他人に注がれた事にショックを受けるレイン』というメモと一緒にこの写真が収められるのであった。
事のあらましとしては、エイムズ兄弟の家に遊びに来たマックスをもてなしつつ三人で色々話をしていた時にフィンが過去にマッシュ達とコンカフェでバイトした思い出を語ったところから始まった。
フィンがコンカフェでバイトをしていた時期はまだレインがフィンを突き放していた時期であり、当然レインはフィンがコンカフェでバイトしていたというのは知らなかった。
マックスは薄っすらと知っていたがインターンで不在だったので確認しに行く事が出来ず、噂程度にしか知らなかったのである。
なのでフィンの口から語られたバイトの経緯と仕事内容に二人は驚いた。
特にレインは心底驚いて心底ショックを受けて心底絶望的な声で冒頭のセリフを口にしたのである。
「あ、愛情って言ってもメニューがそういう名前のやつだから!実際に僕の愛情が籠ってるとかじゃないし!」
「それ以外にもサインを書いたんだろう?」
「まぁそれもそういうメニューだし・・・チョコペンで書くのって意外と難しいんだよね。最初は上手くいかなかったけど段々上手に書けるようになったんだよ」
「サインを書いたのか?俺以外の奴に・・・?」
「サインくらいはいいでしょ!?」
「あっはっはっはっ!」
面白兄弟コントをマックスはおかしそうに笑いながら撮影する。
これもアルバム行きだ。
「マックス先輩も笑ってないでなんとか言って下さいよ〜!」
「んー、じゃあ今度の休みにフィン君にサイン付きパンケーキと愛情の籠った飲み物作ってもらったらどうだ?」
「ええっ!?」
「天才か?」
そんな訳でマックス発案の『エイムズ家限定フィンカフェ』なるものが開催される運びとなった。
材料の手配はレインが担当する事となり、マックスは記念写真撮影係として参加する事に。
一方のフィンは「何でこんな事に・・・」と肩を落としていたが、兄がそれで満足するならと素直に今回の企画を受け入れるのであった。
そしてフィンカフェ当日。
ご丁寧にも用意された衣装に袖を通したフィンは二人の前に出て一言。
「カフェ店員っていうか保父さんじゃない?」
普通の白いシャツとズボンの上を彩る可愛らしいウサギの刺繍の入ったピンク色のエプロン、エイムズ家御用達ウサギスリッパ、ウサ耳カチューシャ、これでは店員というよりは保育園の保父さんである。
「いや、俺もそれでいいのかって聞いたんだけどウサギのエプロンに一目惚れしたレインがこれがいいって言うもんでさ」
「兄さまの前じゃウサギのエプロンは強すぎますもんね・・・じゃあこのウサ耳カチューシャは?」
「面白そうだし似合いそうだから俺が提案しといたぞ!」
「先輩の入れ知恵だった!?」
「でもほら、レインは気に入ってくれてるみたいだよ?」
「・・・」
マックスの視線を追えばレインが無言でカメラでフィンを連写しているところでおった。
ついでに無表情だがそれでも嬉しそうにしているのはフィンにも察せられたのでマックスの言う通り気に入ってくれてるのは間違いないだろう。
ウサ耳カチューシャは些か納得いかないが、それはそれとして兄が喜んでくれるならいいか、と思ってフィンは自身の格好についてこれ以上のツッコミを入れるのをやめた。
「じゃ、じゃあパンケーキとココア作るね」
「お前が着替えてる間にパンケーキの下準備はしておいた。後は焼くだけでいい」
「本当?ありがとう!じゃあ焼いてる間にココア作っちゃうね」
「ああ、頼む」
「フィン君、他に何か手伝う事はある?」
「大丈夫ですよ。僕一人でも出来るのでマックス先輩はゆっくりしてて下さい」
笑顔で答えてからフィンはパタパタとキッチンへ入って行く。
その華奢な背中をレインの熱い視線が追う。
その姿すらもマックスは撮影してアルバム行きにするのだった。
タイトルは『コスプレさせた弟の背中を目で追う兄の図』で決まりだ。
それから程なくしてココアの入ったマグカップを両手に持ったフィンがやって来た。
「お待たせしました。僕の愛情がこもったココアです」
「バイトの時もそういう風に言ってたの?」
「正確には『推しの愛情がこもった』ですけどね。作ってるのは厨房の人なので愛情もクソもないですが」
「厨房の人の愛情がこもってる、だな」
「だが、このココアには確実にフィンの愛情がこもっている。それだけは変わらない事実だ」
「そんな仰々しく言う程のものでもないって。あ、パンケーキひっくり返してこなきゃ」
忙しそうにパタパタとキッチンに戻って行く華奢な背中をココアを飲みながらレインが再びじっと見つめる。
そんなレインの横顔をマックスはすかさず撮影する。
タイトルは『弟の愛情のこもったココアを飲みながら弟の背中をじっと見つめる兄』である。
さて、そこから数分後にふっくら焼き上がった柔らかそうなパンケーキを皿に乗せたフィンが戻って来た。
「お待たせしました。サイン付きパンケーキです。どっちが先に食べる?」
「マックス、お前が先に食べろ」
「え?いいのか?」
「ああ」
「んじゃ、遠慮なく。フィン君のサイン楽しみだな~」
「失敗しても怒らないで下さいよ?」
「怒ろうものならレインが黙っちゃいないから大丈夫だよ」
軽快な軽口を叩き合いつつフィンはチョコペンを構える。
それから指先に力を入れ、一層集中しながら緊張した表情でパンケーキにチョコを垂らしていく。
チョコペンの先から押し出される細いチョコの筋はフワリフワリと踊るようにパンケーキの上に着地していき、見事に『フィン』という名前と丸で囲われた笑顔のマークが綺麗に描かれた。
「よし、上手くいったぞ・・・!」
「おお!凄いじゃんフィン君!綺麗に描けてるじゃないか!」
「えへへ、そうですか?」
「そうだって!レインもそう思うよな?」
「ああ」
頷くと同時にレインはカメラの連写機能を使ってパンケーキを連写する。
シャッター音の数だけフィンの照れ臭さが煽られ、そこから逃げるようにフィンは「パンケーキが焦げちゃう!」とキッチンに逃げて行った。
「凄いな、これ!しかもあんなに一生懸命描いて成功したら嬉しそうに笑ってたんじゃ女性客のハートは鷲掴みだな」
「俺は・・・フィンの成長を見届けたかった・・・」
「はいはい、上手にチョコペンで描けなかったパンケーキを見たかったのね。頼んでみたらどうだ?」
「わざと失敗するのと素で失敗するのとでは大きな違いがある」
「フィン君の事になるとどこまでも拘るな、お前は。まぁ知ってたけど」
「兄さまのパンが出来たよ~」
レインが自分に対して熱い拘りを持っているなど露知らずフィンは二枚目のパンケーキを持ってくる。
「それじゃ、僕のサインを描くね」
再びチョコペンを手に持ったフィンは先程と同じように緊張したような表情で集中すると指先に力を込めてチョコを押し出し始めた。
チョコによって描かれる繊細な文字は美しく、レインのパンケーキは瞬く間にフィンのサインとウサギの絵で彩られていった。
「完成!兄さまのパンケーキにはウサギの絵を描いてみました!」
「上手だ」
呟かれる感想と共に速攻で切られるカメラのシャッター。
ついでにフィンの撮影もすると「は、早く食べなよ!」と恥ずかしがられた。
そんな姿もしっかり撮影したレインはカメラを懐にしまうと両手にナイフとフォークを持ち、それから数秒経過してから重い溜息を吐いて項垂れた。
「はぁ・・・」
「兄さま、どうしたの?具合悪いの?」
「食えねぇ・・・」
「え?」
「こんなん・・・食える訳ねぇだろ・・・」
「食べない方が勿体ないよ?」
「レイン、フィン君が補ってくれるからってそれに甘えるな、ちゃんと言葉にしろ。知らない人が聞いたら悪い意味に聞こえるぞ」
切り分けた自分のパンケーキを食べつつマックスが注意を挟む。
レインの足りていない言葉というのは『フィンが作ってくれたパンケーキ』というものだ。
大切で溺愛する弟が自分の為に愛情を込めてパンケーキを焼き、更にチョコペンでサインとウサギを描いてくれたこれはレインにとって国宝に値する。
それを食べてしまうなどと万死に値する、というのが先程の会話に全て込められているのだが如何せん言葉が足りない為にフィンやマックスくらいの人間以外では「食べられない程に酷い料理」と受け取られてしまう可能性がある。
フィンとマックスだけが聞くならまだいいものの、ごくたまに魔法局でやらかして周囲にあらぬ誤解を生んでしまう事もあるので都度マックスがこうして注意を飛ばしている次第である。
残念ながら弟お手製のパンケーキを前にした今のレインの耳には入っていかないが。
「仕方ないから僕が代わりに切って食べさせてあげる」
「おい・・・!」
レインの制止などお構いなしにフィンはさっさとナイフを使ってパンケーキを一口サイズに切り分けていく。
兄弟の距離を取り戻してからそれなりの時が経った為か、フィンはこうした場合においてはレインの言葉など聞かずさっさと事を進めるのが多くなった。
曰く、永遠に問答が続いてしまうので強引に進めた方がお互いの為なのだとか。
フィンも色々と成長したようでマックスは嬉しかった。
「僕が淹れたココアはすぐ飲んだじゃん」
「お前の愛情が冷めないうちに飲まねぇといけねぇからな」
「そう簡単に僕の兄さまへの愛情は冷めないよ。なんたって兄さまの弟なんだから!それよりもホラ、あーん?」
弟による「あーん」で大人しく「あーん」されるレインというのは普段寡黙でクールな男だけに中々シュールでギャップがあってマックスは必死に笑いを堪えた。
誰もが恐れて憧れる戦の神杖レイン・エイムズが弟に「あーん」してもらって―――当然無表情だが―――とても嬉しそうにしている姿など誰が想像出来るだろうか。
レインに「あーん」が出来るのもレインが「あーん」に応じるのもこの世でフィンただ一人だけだと誰が信じるだろうか。
更に常人にとって衝撃的であろう光景はこれだけではない。
「お前も食べろ」
「え?でもこれは兄さまの分でしょ?それに僕の分は今焼いてるし」
「いいから座れ」
強めに促されてフィンは素直にレインの隣に座る。
するとレインは切り分けられたパンケーキの一部をフォークで刺すとそれをフィンに向けた。
「口を開けろ」
「あーん」
雛鳥のように口を開けてパンケーキを迎えるとフィンは幸せそうな表情でそれを咀嚼する。
「う~ん!美味しい!」
「まだあるぞ。食べろ」
「あ~ん!」
再度行われるレインからの「あーん」。
レインに「あーん」してもらえるのはこの世でフィンただ一人のみ。
他の貴族令嬢がどれだけ大金を積んでも絶対にしない行為をレインはフィンにだけは無条件でする。
極端兄貴の愛情、ここに極まれり。
(極まり過ぎてるからこそ、今回みたいなコンカフェのリベンジ企画が開催されたんだよな。つくづく極端でフィン君限定で我儘なお兄ちゃんだよ)
内心で苦笑しながらマックスはココアを飲む。
心開いた他人に対しては世話焼きを発揮したりするレインだがフィンに対してはどこまでも世話を焼きたがるし、同時に弟の愛情を独占したがる。
今回のコンカフェリベンジ企画もフィンの愛情が他に注がれたのがよっぽど気に食わなかったのだろう。
自分から進んで参加したとはいえ、とんだ兄弟の惚気を見せられたと心の中で苦笑を重ねた。
「あ、そろそろひっくり返しに行かないと」
「俺がやる。お前はそこで座ってろ」
「じゃあ兄さまのサインお願いしていい?僕、兄さまのサイン見たい!」
「あまり期待はするな」
「俺も描いていいかな?面白そうだし!」
「勿論です!マックス先輩のサインも楽しみです!」
ニコニコワクワク笑顔で兄達のサイン付きパンケーキを心待ちにする最愛の可愛い弟に兄達はとびっきりの愛情をこめたパンケーキにサインを描いて贈るのだった。
END
珍しくショックを受けたように瞳を僅かに見開くレインを前にフィンは「そんなにショックだった?」と困惑し、同じ場面に居合わせたマックスは「めっちゃショック受けてるな」と笑いながらショックを受けるレインをカメラで撮影した。
後にマックスの親友面白アルバムには『バイトとはいえ弟の愛情が他人に注がれた事にショックを受けるレイン』というメモと一緒にこの写真が収められるのであった。
事のあらましとしては、エイムズ兄弟の家に遊びに来たマックスをもてなしつつ三人で色々話をしていた時にフィンが過去にマッシュ達とコンカフェでバイトした思い出を語ったところから始まった。
フィンがコンカフェでバイトをしていた時期はまだレインがフィンを突き放していた時期であり、当然レインはフィンがコンカフェでバイトしていたというのは知らなかった。
マックスは薄っすらと知っていたがインターンで不在だったので確認しに行く事が出来ず、噂程度にしか知らなかったのである。
なのでフィンの口から語られたバイトの経緯と仕事内容に二人は驚いた。
特にレインは心底驚いて心底ショックを受けて心底絶望的な声で冒頭のセリフを口にしたのである。
「あ、愛情って言ってもメニューがそういう名前のやつだから!実際に僕の愛情が籠ってるとかじゃないし!」
「それ以外にもサインを書いたんだろう?」
「まぁそれもそういうメニューだし・・・チョコペンで書くのって意外と難しいんだよね。最初は上手くいかなかったけど段々上手に書けるようになったんだよ」
「サインを書いたのか?俺以外の奴に・・・?」
「サインくらいはいいでしょ!?」
「あっはっはっはっ!」
面白兄弟コントをマックスはおかしそうに笑いながら撮影する。
これもアルバム行きだ。
「マックス先輩も笑ってないでなんとか言って下さいよ〜!」
「んー、じゃあ今度の休みにフィン君にサイン付きパンケーキと愛情の籠った飲み物作ってもらったらどうだ?」
「ええっ!?」
「天才か?」
そんな訳でマックス発案の『エイムズ家限定フィンカフェ』なるものが開催される運びとなった。
材料の手配はレインが担当する事となり、マックスは記念写真撮影係として参加する事に。
一方のフィンは「何でこんな事に・・・」と肩を落としていたが、兄がそれで満足するならと素直に今回の企画を受け入れるのであった。
そしてフィンカフェ当日。
ご丁寧にも用意された衣装に袖を通したフィンは二人の前に出て一言。
「カフェ店員っていうか保父さんじゃない?」
普通の白いシャツとズボンの上を彩る可愛らしいウサギの刺繍の入ったピンク色のエプロン、エイムズ家御用達ウサギスリッパ、ウサ耳カチューシャ、これでは店員というよりは保育園の保父さんである。
「いや、俺もそれでいいのかって聞いたんだけどウサギのエプロンに一目惚れしたレインがこれがいいって言うもんでさ」
「兄さまの前じゃウサギのエプロンは強すぎますもんね・・・じゃあこのウサ耳カチューシャは?」
「面白そうだし似合いそうだから俺が提案しといたぞ!」
「先輩の入れ知恵だった!?」
「でもほら、レインは気に入ってくれてるみたいだよ?」
「・・・」
マックスの視線を追えばレインが無言でカメラでフィンを連写しているところでおった。
ついでに無表情だがそれでも嬉しそうにしているのはフィンにも察せられたのでマックスの言う通り気に入ってくれてるのは間違いないだろう。
ウサ耳カチューシャは些か納得いかないが、それはそれとして兄が喜んでくれるならいいか、と思ってフィンは自身の格好についてこれ以上のツッコミを入れるのをやめた。
「じゃ、じゃあパンケーキとココア作るね」
「お前が着替えてる間にパンケーキの下準備はしておいた。後は焼くだけでいい」
「本当?ありがとう!じゃあ焼いてる間にココア作っちゃうね」
「ああ、頼む」
「フィン君、他に何か手伝う事はある?」
「大丈夫ですよ。僕一人でも出来るのでマックス先輩はゆっくりしてて下さい」
笑顔で答えてからフィンはパタパタとキッチンへ入って行く。
その華奢な背中をレインの熱い視線が追う。
その姿すらもマックスは撮影してアルバム行きにするのだった。
タイトルは『コスプレさせた弟の背中を目で追う兄の図』で決まりだ。
それから程なくしてココアの入ったマグカップを両手に持ったフィンがやって来た。
「お待たせしました。僕の愛情がこもったココアです」
「バイトの時もそういう風に言ってたの?」
「正確には『推しの愛情がこもった』ですけどね。作ってるのは厨房の人なので愛情もクソもないですが」
「厨房の人の愛情がこもってる、だな」
「だが、このココアには確実にフィンの愛情がこもっている。それだけは変わらない事実だ」
「そんな仰々しく言う程のものでもないって。あ、パンケーキひっくり返してこなきゃ」
忙しそうにパタパタとキッチンに戻って行く華奢な背中をココアを飲みながらレインが再びじっと見つめる。
そんなレインの横顔をマックスはすかさず撮影する。
タイトルは『弟の愛情のこもったココアを飲みながら弟の背中をじっと見つめる兄』である。
さて、そこから数分後にふっくら焼き上がった柔らかそうなパンケーキを皿に乗せたフィンが戻って来た。
「お待たせしました。サイン付きパンケーキです。どっちが先に食べる?」
「マックス、お前が先に食べろ」
「え?いいのか?」
「ああ」
「んじゃ、遠慮なく。フィン君のサイン楽しみだな~」
「失敗しても怒らないで下さいよ?」
「怒ろうものならレインが黙っちゃいないから大丈夫だよ」
軽快な軽口を叩き合いつつフィンはチョコペンを構える。
それから指先に力を入れ、一層集中しながら緊張した表情でパンケーキにチョコを垂らしていく。
チョコペンの先から押し出される細いチョコの筋はフワリフワリと踊るようにパンケーキの上に着地していき、見事に『フィン』という名前と丸で囲われた笑顔のマークが綺麗に描かれた。
「よし、上手くいったぞ・・・!」
「おお!凄いじゃんフィン君!綺麗に描けてるじゃないか!」
「えへへ、そうですか?」
「そうだって!レインもそう思うよな?」
「ああ」
頷くと同時にレインはカメラの連写機能を使ってパンケーキを連写する。
シャッター音の数だけフィンの照れ臭さが煽られ、そこから逃げるようにフィンは「パンケーキが焦げちゃう!」とキッチンに逃げて行った。
「凄いな、これ!しかもあんなに一生懸命描いて成功したら嬉しそうに笑ってたんじゃ女性客のハートは鷲掴みだな」
「俺は・・・フィンの成長を見届けたかった・・・」
「はいはい、上手にチョコペンで描けなかったパンケーキを見たかったのね。頼んでみたらどうだ?」
「わざと失敗するのと素で失敗するのとでは大きな違いがある」
「フィン君の事になるとどこまでも拘るな、お前は。まぁ知ってたけど」
「兄さまのパンが出来たよ~」
レインが自分に対して熱い拘りを持っているなど露知らずフィンは二枚目のパンケーキを持ってくる。
「それじゃ、僕のサインを描くね」
再びチョコペンを手に持ったフィンは先程と同じように緊張したような表情で集中すると指先に力を込めてチョコを押し出し始めた。
チョコによって描かれる繊細な文字は美しく、レインのパンケーキは瞬く間にフィンのサインとウサギの絵で彩られていった。
「完成!兄さまのパンケーキにはウサギの絵を描いてみました!」
「上手だ」
呟かれる感想と共に速攻で切られるカメラのシャッター。
ついでにフィンの撮影もすると「は、早く食べなよ!」と恥ずかしがられた。
そんな姿もしっかり撮影したレインはカメラを懐にしまうと両手にナイフとフォークを持ち、それから数秒経過してから重い溜息を吐いて項垂れた。
「はぁ・・・」
「兄さま、どうしたの?具合悪いの?」
「食えねぇ・・・」
「え?」
「こんなん・・・食える訳ねぇだろ・・・」
「食べない方が勿体ないよ?」
「レイン、フィン君が補ってくれるからってそれに甘えるな、ちゃんと言葉にしろ。知らない人が聞いたら悪い意味に聞こえるぞ」
切り分けた自分のパンケーキを食べつつマックスが注意を挟む。
レインの足りていない言葉というのは『フィンが作ってくれたパンケーキ』というものだ。
大切で溺愛する弟が自分の為に愛情を込めてパンケーキを焼き、更にチョコペンでサインとウサギを描いてくれたこれはレインにとって国宝に値する。
それを食べてしまうなどと万死に値する、というのが先程の会話に全て込められているのだが如何せん言葉が足りない為にフィンやマックスくらいの人間以外では「食べられない程に酷い料理」と受け取られてしまう可能性がある。
フィンとマックスだけが聞くならまだいいものの、ごくたまに魔法局でやらかして周囲にあらぬ誤解を生んでしまう事もあるので都度マックスがこうして注意を飛ばしている次第である。
残念ながら弟お手製のパンケーキを前にした今のレインの耳には入っていかないが。
「仕方ないから僕が代わりに切って食べさせてあげる」
「おい・・・!」
レインの制止などお構いなしにフィンはさっさとナイフを使ってパンケーキを一口サイズに切り分けていく。
兄弟の距離を取り戻してからそれなりの時が経った為か、フィンはこうした場合においてはレインの言葉など聞かずさっさと事を進めるのが多くなった。
曰く、永遠に問答が続いてしまうので強引に進めた方がお互いの為なのだとか。
フィンも色々と成長したようでマックスは嬉しかった。
「僕が淹れたココアはすぐ飲んだじゃん」
「お前の愛情が冷めないうちに飲まねぇといけねぇからな」
「そう簡単に僕の兄さまへの愛情は冷めないよ。なんたって兄さまの弟なんだから!それよりもホラ、あーん?」
弟による「あーん」で大人しく「あーん」されるレインというのは普段寡黙でクールな男だけに中々シュールでギャップがあってマックスは必死に笑いを堪えた。
誰もが恐れて憧れる戦の神杖レイン・エイムズが弟に「あーん」してもらって―――当然無表情だが―――とても嬉しそうにしている姿など誰が想像出来るだろうか。
レインに「あーん」が出来るのもレインが「あーん」に応じるのもこの世でフィンただ一人だけだと誰が信じるだろうか。
更に常人にとって衝撃的であろう光景はこれだけではない。
「お前も食べろ」
「え?でもこれは兄さまの分でしょ?それに僕の分は今焼いてるし」
「いいから座れ」
強めに促されてフィンは素直にレインの隣に座る。
するとレインは切り分けられたパンケーキの一部をフォークで刺すとそれをフィンに向けた。
「口を開けろ」
「あーん」
雛鳥のように口を開けてパンケーキを迎えるとフィンは幸せそうな表情でそれを咀嚼する。
「う~ん!美味しい!」
「まだあるぞ。食べろ」
「あ~ん!」
再度行われるレインからの「あーん」。
レインに「あーん」してもらえるのはこの世でフィンただ一人のみ。
他の貴族令嬢がどれだけ大金を積んでも絶対にしない行為をレインはフィンにだけは無条件でする。
極端兄貴の愛情、ここに極まれり。
(極まり過ぎてるからこそ、今回みたいなコンカフェのリベンジ企画が開催されたんだよな。つくづく極端でフィン君限定で我儘なお兄ちゃんだよ)
内心で苦笑しながらマックスはココアを飲む。
心開いた他人に対しては世話焼きを発揮したりするレインだがフィンに対してはどこまでも世話を焼きたがるし、同時に弟の愛情を独占したがる。
今回のコンカフェリベンジ企画もフィンの愛情が他に注がれたのがよっぽど気に食わなかったのだろう。
自分から進んで参加したとはいえ、とんだ兄弟の惚気を見せられたと心の中で苦笑を重ねた。
「あ、そろそろひっくり返しに行かないと」
「俺がやる。お前はそこで座ってろ」
「じゃあ兄さまのサインお願いしていい?僕、兄さまのサイン見たい!」
「あまり期待はするな」
「俺も描いていいかな?面白そうだし!」
「勿論です!マックス先輩のサインも楽しみです!」
ニコニコワクワク笑顔で兄達のサイン付きパンケーキを心待ちにする最愛の可愛い弟に兄達はとびっきりの愛情をこめたパンケーキにサインを描いて贈るのだった。
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