筋肉ファンタジー

それはある休日のこと。
珍しく仕事も課題も用事もないレインは寮の自身の部屋のテーブル席でコーヒー片手にウサギ達が寛ぐ姿を鑑賞していた。
彼にとっては心癒すひと時である。
しかし彼の心を大きく癒すものがもう一つ。

「兄さま、僕だよ!入っていい?」

扉越しの声に「ああ」と短く答えて入室許可を出す。
そうして開かれた扉の向こうから現れたのはレインの最愛の弟にして最大の癒しのフィンだった。
フィンは両手に新聞を抱えており、レインの隣の席に座るとそれを広げた。

「マックス先輩はお出掛け?」
「ああ。友人達と魔法ゴーカートに行ってくるらしい」
「えっ!?あの超人気で抽選に当たらないと入れないアトラクション施設に!?マックス先輩、抽選に当たったんだ!?」
「団体申し込みでの抽選の方が当たりやすいという噂があるらしい。それに賭けて申し込みをしたら当たったそうだ」
「へー、そうなんだ?僕も団体で申し込んでみようかな。ていうか兄さまは一緒に行かなかったの?」
「仕事で予定が見えないからな。あまり興味もない。だから断った」
「そっか・・・僕は兄さまとこうやって二人でのんびり出来るから兄さまが行かなくて良かったかなー、なんて・・・」

最後の方は小さな声になりながら頬を掻いてフィンは照れ臭そうに笑う。
それに対してレインは静かにコーヒーを啜っていて一見冷たいように見えるが内心では喜びと嬉しさで心の野原をウサギが何羽も駆け回っていた。

「そ、それより!今日の新聞に兄さまの活躍が大きく記事に出てたよ!ホラこれ!!」

やや強引に話を切り替えたフィンは広げた新聞の一面を指差す。
そこにはデカデカと『神覚者レイン・エイムズ大活躍!ブリザードガルーダ討伐!』という文字と共に固有魔法のパルチザンで勇ましく戦うレインの一部始終を撮影した魔法の写真が載せられていた。
記事の内容も若き学生神覚者であるレインを称える内容となっており、今後の活躍にかなりの期待が寄せられているようだった。
しかしレインからしてみれば任務で退治したに過ぎず、こうして新聞で称賛されても別に何とも思わない。
勿論、弟に称讃されるのだけは別だが。

「凄いよ兄さま!ブリザードガルーダってとっても危険な魔獣なのに被害も殆ど出さないで討伐したなんてさ!」
「大した事じゃない」

けれど心の中では弟に褒められて尊敬されてとても嬉しいレインであった。

「あ、でも怪我とかしなかった?大丈夫?今更だけど・・・」
「あの程度の魔獣に後れを取る俺じゃない」
「流石兄さま!」

宝石のようにキラキラと輝く瞳による尊敬の眼差しと純粋な称讃の言葉。
それらがレインの心を満たし、溜まっていた疲れやストレスを一気に吹き飛ばす。
やはり心の栄養や特効薬は最愛の弟に限る。
照れ隠しにもう一口コーヒーを啜っていると隣でフィンがご機嫌な小鳥が囀るようにレインのフルネームを口にした。

「ふふ、神覚者レイン・エイムズ」
「何だ?」
「ううん、綺麗な響きだなぁって思って」
「響き?」
「僕ね、兄さまの『レイン』っていう名前が綺麗だなって前々からずっと思ってたんだ。それがフルネームの『レイン・エイムズ』になるともっと綺麗で凄く知的な響きになるなぁって」

(そんな風に思っててくれていたのか)

今生に一片の悔いなし。
レインは自分の名前についてあまり頓着した事はない。
両親が健在だった頃に名前の意味を聞いたところ、住んでいた地方で記録的な干ばつが続いたらしい。
だが、レインが生れるのと同時に雨が降ってその地方は救われたのだとか。
その時の恵みの雨にあやかって『レイン』と名付けたそうだ。
感想としては「そうなのか」以外にないが勿論不満もない。
けれど弟のフィンに綺麗だとか知的な響きだとか褒められた事で途端に自身の名前が誇らしく思えて来た。
しかも前々からそう思っていた、つまり普段からレインの名前を綺麗だと思ってくれていたようなので今後フィンに名前を呼ばれるのが益々嬉しくなりそうだった。

「でもここに神覚者っていう肩書がついて完璧になったよね。神覚者レイン・エイムズ、カッコよくて神々しくて偉大な人って感じがすっごく伝わるよ!きっと遠い未来で魔法史の授業を学ぶ人達もカッコいいって言うと思うんだよねぇ。固有魔法も剣の魔法でカッコいいし!嬉しいなぁ、兄さまの名前がそんな風に伝わって」

フィンはまるで自分の事のように嬉しそうに笑いながら何度も「神覚者レイン・エイムズ」だの「戦の神杖レイン・エイムズ」だのと呟く。
宝物を口にするような声音はレインの心を震わせてどこまでも温かくしてくれる。
弟の愛情に満たされ過ぎて溺れて、これは自分が見ている都合の良い夢なのではないかと錯覚してしまいそうだ。
けれど兄の矜持としてやられっぱなしという訳にもいかない。
レインは持っていたコーヒーカップを置くと静かに口を開いた。

「フィン・エイムズ」
「え?」
「フィン・エイムズ」
「どうしたの、兄さま?」
「俺が最も美しいと感じる響きだ」
「えぇっ!?」

突然の兄からの褒め言葉にフィンは目を白黒させつつも俄かに頬を朱色に染める。
口下手な兄がこんなにもストレートに分かりやすく言葉の表現をするなど滅多にない事だ。
だが、レインからしてみれば『最も美しい』だけで収まるものではない。
その名を口にする度に胸が温かくなり、奮い立ち、己を律するトリガーとなり、進むべき道標であり、何よりも愛しい宝物と感じる。
『フィン・エイムズ』という名前はレインにとってこの世の美しいものや尊いもの全てを象徴する大切な名前だった。
それらの想いを込めてもう一度フィンの名前を口にする。

「フィン・エイムズ」
「に、兄さま!」
「フィン・エイムズ」
「もういいよ!分かったって!なんか恥ずかしいよ!」
「フィン・エイムズ」
「わざとやってない!?」
「フィン・エイムズ」
「し、神覚者レイン・エイムズ!」
「フィン・エイムズ」
「神覚者レイン・エイムズ!」

淀みなく自身の名前を呼んでくる兄に負けじとフィンも兄の名前を沢山の愛情をこめて口にして対抗する。
エイムズ兄弟の微笑ましい名前の呼び合いはしばらく続くのであった。





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