エイムズ兄弟とイベント

本日はハロウィン。
お化けや狼男などの仮装をして『トリック・オア・トリート!』という合言葉を唱えてお菓子を貰うお祭。
本来の趣旨とは異なるが大勢の人々で賑わう祭とは大体そういうものになりがちである。
そんな訳で今年もマーチェット通りはハロウィンで賑わっていた。
今年の目玉の催しはスタンプラリーで、特定の数ヵ所にスタンプ台と係員がおり、クイズに答える事でスタンプが貰える仕組みだ。
全てのスタンプを押すと景品としてお菓子の詰め合わせとゴブリンシュークリーム無料引換券二枚が貰える。
勿論これに飛びつくのが我らがマッシュだ。
マッシュが参加するとなればいつものメンバーも参加する。
しかし今回の催しは二人一組での参加が条件で、一人余ってしまうと頭を悩ませかけたところに偶然レインが登場した。
本当に都合良く登場したが人数が足りるのであればこの際細かい事はどうでもいい。
レインにも参加を頼み、くじ引きでチーム分けしてペアを決めた。
ペアはマッシュとレモン、ドットとランス、フィンとレインになった。
ドットがレモンとペアを組めなかった事を嘆いていたが当のレモンはマッシュとペアになった事に舞い上がって「これは運命!私達は夫婦!結婚結婚!」と叫んでいた。
いつもの光景なので誰も大したツッコミはいれず、スタッフが用意してくれたハロウィン衣装を着てのスタンプラリーが開始された。

「・・・何でまたシスター?」

去年も袖を通したシスター服に困惑を隠せない声でフィンは呟く。
何かの間違いかと思いたかったが更衣室に通される時にちゃんと男性用に通された。
であるからしてスタッフもフィンが男の子であると認識している筈なのに平然とシスター服を渡してきたのはこれ如何に。

「お前は今年もシスターか」
「うん・・・兄さまも司教様なんだね」

同じく更衣室から出て来た兄の仮装も去年と同じもの。
兄弟で同じ世界観の仮装が出来るのは嬉しい反面、自身は女装という複雑な気持ちがフィンの中で綯い交ぜになっていた。

「僕、何でシスターなんだろ・・・」
「嫌なら俺のと交換するか?」
「ううん。兄さまに女装させるくらいなら僕が着る」

フィンは兄の尊厳と夢を守る選択をした。
そんなこんなで兄弟二人、司教とシスターとしてスタンプラリーを敢行する事となった。
夜だというのにハロウィンの飾りつけやライトアップなどで街は昼間のように明るく、人通りも昼間よりも多い。
はぐれそうになってもレインがフィンの手を引っ張ったり、或いはフィンがレインの袖を掴んだりして離れないようにしていたのはいつも通りだ。
なんなら小さい頃からの癖が無意識に蘇ったと言ってもいいだろう。
両親が亡くなる前も後も二人ははぐれないように手を繋いでいた。
今は成長した照れ臭さもあって大っぴらに手を繋げないが、それでも離れそうになったらすぐに気付いて互いに距離を詰める。
そうやってずっとお互いの事を意識しているからか、たとえ喧騒の中であってもお互いの声はしっかり聞こえてもいた。

「そういえば今年のスタンプラリーは大丈夫かな?」
「何がだ」
「だって去年はセル・ウォーが願いのキャンディーを横取りする為に色々仕組んでたでしょ?だから今年もそうだったら嫌だなって」
「それなら問題ない。悪さを出来ないようにああして目立つ所に立たせてある」

レインが静かにある方向を指差したのでその後を追う。
すると、その先には蝙蝠やお化け、ジャック・オー・ランタンの形をした風船を配るセル・ウォーの姿があった。
勿論セル一人ではない。
隣には全く仮装する気のない神覚者コートを肩に掛けて無言で立ち尽くすオーターの姿もある。

(うわ何だあれ!!)

あまりにもシュールな光景にフィンは目が飛び出しそうになる程驚く。
冷や汗ダラダラでフクロウの着ぐるみを着ているセルの真横に圧の強い無表情で佇むオーターがいるのがあまりにも異様な雰囲気を醸し出していた。
その所為もあってか子供達は怯えながら風船を貰いに行っている。
お菓子を沢山貰う!なんて息巻いていたヤンチャな子供でさえ竦み上がって大人しくしている始末だ。

「オーターさん、お疲れ様です」
「レインか。お前は今日は確かオフの日だったな」
「はい。弟のフィンと楽しませてもらっています」
「あまりハメは外し過ぎるなよ」
「フン、兄弟で楽しむなんて良い御身分だな」
「無駄口を叩く暇があるなら風船を配れ」
「はい!!」

セルが毒を吐いた瞬間、サアァァァっと無数の砂が彼を取り囲む。
オーターの操る砂の魔法だ。
きっといつかのようにケツに砂をぶちこむ、と脅されてこうして大人しく風船配りに従事しているのだろう。
無邪気な淵源が投獄されて以降、セルは牛乳配りの仕事をさせられていた。
曰く、社会復帰への第一歩と奉仕活動の一環らしい。
なのでこの風船配りも似たようなものだろう。
ちなみにセルがおかしな動きをすれば牢獄にいる無邪気な淵源に罰が下され仕組みである。
それを考えると無邪気な淵源に忠誠を誓っているセルが謀反を起こすとは思えないが、それでも念の為にこうしてオーターが配置されているのだろう。
ケツ砂の恐怖が常に隣にある恐怖に思わずフィンはセルに憐れみの視線を向けてしまう。

(色々可哀想に・・・)

「オイお前、何だその目は」
「あ、いや、その・・・」
「相変わらず雑魚でひ弱な見た目をしてる癖に僕をバカにするなんて良い度胸だ。その気になればお前なんかひと捻りで―――」

潰せるんだぞ、と脅しをかけようとした瞬間、セルの周りを無数の剣が取り囲む。
更には三本目の痣を顕現させ、サモンズを唱えたレインが魔力全開でフィンを隠すようにセルの前に立ちはだかる。

「ケツと言わず全身に剣をぶち込むぞ、ゴミが」
「うおっ!?」
「私が先に穴という穴に砂をぶち込む。お前はその後に塞ぐ形で剣をぶち込め」
「了解です」
「しちゃダメだって!!兄さま早くスタンプラリーやろ!?ねっ!?」

物騒な雰囲気を全開にし、とうとう周りから距離を置かれてしまっているのに気付いて慌ててフィンはその場から離れようとレインを引っ張る。
その後、セルがどうなったか分からないが断末魔の叫びが聞こえなかったのでケツ砂を免れたと思う事にした。
再び紛れる事に成功した喧騒の中でフィンは疲れたように溜息を吐く。

「はぁ、なんとか大事にならずに済んだ・・・」
「アイツが悪さ出来る雰囲気じゃないのが分かっただろ」
「うん。色んな意味で近付いちゃいけない状況なのも分かったよ・・・でも、今年は願いのキャンディはないんだね」
「セル・ウォーが去年あんな事をしたからな。今年は見送りでスタンプラリーになったそうだ」
「へー。まぁ別になくても困らないけどさ」
「そういえばお前は去年は何を願おうとしていたんだ?」
「それは・・・その・・・」

恥ずかしいのか、小さく俯いてゴニョゴニョと口籠って言うので聞き取れない。
視線で「もう一度」と促すとフィンはお揃いのトパーズの瞳を逸らしながら照れ臭そうにぎこちなく話す。

「・・・兄さまと・・・また話したり遊んだり出来たらいいなって・・・」
「・・・」

予想通り、しかし的中した内容にレインは内心舞い上がる。
なんなら幸せオーラも溢れている。
だがいつも通り無表情なので周りからそれは分からず、フィンやマックスレベルの人間でないと幸せオーラが溢れているのは察知出来なかった。
そしてそのフィンは兄が嬉しそうにしているのを察せられてしまうだけに恥ずかしさや照れから少々声を荒げる。

「ぼ、僕は話したから次兄さまね!兄さまは何をお願いしようとしたの!?」
「忘れた」
「何それズルい!!僕には言わせて自分は言わないとかさぁ!!」
「忘れたもんは仕方ねぇだろ」
「嘘だ!絶対嘘だ!!」
「騒ぐな。そこのハロウィン輪投げでウサギの人形を取ってやるから機嫌を直せ」
「子ども扱いするなよ!」

フィンがどれだけプリプリ怒ってもレインは意に介さず、粛々と輪投げをしてウサギの人形をゲットしてフィンに押し付ける。
ウサギの人形は紫色の魔女の帽子とマントを装着しており、何よりモフモフしていて大変可愛らしい。
勿論それでフィンの不満が誤魔化される筈もなく、レインが「ウサギ魔女のウサたんと写真撮影するぞ」と誘ってもフィンはウサギの人形を顔の高さまで持ち上げて拗ねた声で短く頷く事しかしなかった。

「まだ拗ねてんのか」
「拗ねてます」

未だ人形を掲げて怒りを露わにするフィン。
街頭などによる灯りの関係で人形の顔にかかった影が人形を怒ったように見せるがレインからしてみればそれすらもただただ可愛いだけにしか映らない。
この可愛い弟をどうしてくれようか。
しかしウサギ魔女のウサたんとの撮影では笑顔で写って欲しいのでここは惜しいが機嫌を取り戻さねばなるまい。
多少の恥ずかしさはあるが弟がちゃんと顔を出して写真撮影に臨むなら安いものだ。

「・・・俺の願いだが」
「うん?」
「聞いてもつまらねぇぞ」
「やだ。聞きたい」
「仕方ねぇな・・・―――お前があのまま平穏で楽しくいられるように願うつもりだった」

素直に告げるとスッと人形が下ろされ、花のような笑顔を浮かべるフィンが顔を出してくれた。

「合格です!」
「満足したんならウサたんと写真撮るぞ」
「はーい」

本当に機嫌を直してくれたフィンはむしろ上機嫌になってレインと一緒にウサギの着ぐるみと記念撮影を行った。
そうして渡された写真を見てフィンは益々笑顔になる。

「ウサたん可愛いね」
「ああ。お前もその衣装がよく似合っているな」
「うぅん・・・ちょっと複雑だけど・・・まぁいいや。来年はレンタル屋行って借りようかな。墓守の衣装とか。兄さまは何着る?死神とかカッコ良くていいんじゃないかな?」
「お前に任せる」

仲の良い司教とシスターコスの兄弟の夜はまだまだ続くのであった。




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