監督生会議
魔法によっていつもよりも豪華な内装になった会議室。
机はいつもの白の長机を三角形に繋げた物ではなく貴族が使うような美しいテーブルクロスの敷かれた幅のある長机で、窓側にマーガレットとアベルが並んで座り、その向かい側にレインとレモンが並んで座っている。
実はアベルの隣にゲストが座っているのだが、これは後程説明しよう。
さて、豪華なのは机だけではない。
椅子は学生用の固めの椅子ではなく真っ赤なベロア生地のフカフカの椅子、普通の照明ではなく優美なデザインのシャンデリア、普通のカーテンではなく繊細なデザインのカーテンなど、とにかく今回の会議室の内装は凝っていた。
そして監督生三人もいつもの制服姿ではなくお洒落なスーツを着ている。
レインはいつもの神覚者コートだが。
「ちょっとレイン、神覚者コートは手抜きなんじゃないの?」
「うるせぇ。洒落たスーツなんざ持ってる訳ねぇだろ」
「キミ、さては仕事関係のお呼ばれや大事な公の場は全部その神覚者コートで済ましているね?」
「それの何が悪い。神覚者として呼ばれてんだからこれで十分だろ」
「ならこうしましょう。私の家とアベルの家でパーティーを開いてそこにレインを呼ぶ。その時のドレスコードで神覚者コートを禁止にしましょう」
「いいね。参加拒否した場合は僕達が弟のフィン・エイムズのスーツをコーディネートして嫌味ったらしくレインの前に見せびらかしてやろう」
「勝手に話を進めてフィンを巻き込むんじゃねぇ」
(監督生会議っていつもこんな話してるのかな・・・)
窓際で控える執事服を着たフィンは監督生三人の会話を聞きながら困惑気味に内心で感想を呟く。
本日の監督生会議は前回のドゥエロの竹騒動でうやむやになると思われた賭けがしっかりと生きていた所為でフィン達は執事服を着て参加する事となった。
そこでマーガレットが折角なら雰囲気を出したいと意見をした為、監督生はお洒落なスーツを、そして内装はそれらしく、という事になったのである。
ちなみにフィン達の執事服はレンタルだ。
(それにしても執事服とか・・・こういうの着た事ないから無性に恥ずかしっ!僕、変じゃないかな!?)
慣れぬ服に袖を通す恥ずかしさからフィンは自然と俯き気味になる。
しかも髪は普段とは少し違ったセットにされている為、それが余計に恥ずかしさと落ち着かなさを助長していた。
姿見で確認した時は思わず「誰これ!?」と口走ってしまったくらいだ。
兄や友人、そして先輩達が整った顔立ちをしているのでそうでない自分は余計に浮いているのではと気後れしてしまい、身は縮こまる一方。
だが、それに気付いた隣に立つアビスが「失礼」と一言声をかけるとフィンの肩に手を添えて小さく押し上げ、それから腰の辺りをパンッと強めに叩いた。
「わっ!?」
叩かれた際の振動が伝播し、自然と背中が真っ直ぐに伸びてフィンの姿勢が正される。
綺麗に伸びた背筋に満足そうにアビスは頷くと穏やかな表情を湛えながら語る。
「フィン君、慣れない服装で緊張してしまうのは分かりますが姿勢が崩れているとどんな服を着ていようとも格好悪く見えますよ」
「で、でも僕、変じゃないですか?」
「そんな事ないですよ。自信を持って正しい姿勢で背筋を伸ばして堂々としていれば自然に馴染んでいきます。むしろ自信なさげに悪い姿勢でいる方がキミや、何よりキミが隣に立ちたいと願う人が笑われてしまいますよ」
「僕が・・・隣に立ちたい人・・・」
フィンの視線がチラリと机の上に肘を付いて顔の前で手を組むレインに向けられる。
本人の固有魔法そのままのような真っ直ぐで揺るぎなき瞳と視線が合い、その瞬間にアビスの言葉がフィンの中で反芻して自然と姿勢を正しいままに保ち続けさせる。
それから視線をアビスに戻すとアビスは穏やかな表情で続けた。
「大切な人の存在は自分を正す物差しになります。どんな時でもその人の事を意識していれば自然と背筋は真っ直ぐに伸びて自信も付きます。だから不安なった時は大切な人を心の中で思い浮かべるようにすると良いですよ」
窓から差し込む陽の光を受けて柔らかく目を細めて優しく微笑むアビスの姿は執事服という事もあってとても美しかった。
左目のイブル・アイは薔薇の描かれた黒い眼帯に覆われているがきっと穏やかな眼差しであるに違いない。
そんなアビスという存在は悪魔の目を持つ魔法使いの敵なんかではなくて、紛れもなく大切な事を教えてくれる優しい先輩に違いなかった。
フィンは泣きそうな程の感動に見舞われながらシャキッとした顔つきになると強く頷いた。
「はい!ありがとうございます、アビス先輩!」
寮を越えた先輩と後輩の微笑ましいやり取り。
アビスがフィンの背中を叩いた辺りから反射的にそちらに視線を向け、一連のやり取りを静かに見守っていたレインは弟が年上の人間から大切な事を教えられてまた一つ成長した姿に安心と温かさを覚える。
そして二人から視線を外すとそれを向かいに座るアベルに向ける。
(弟が世話になった)
(礼には及ばないよ)
「貴方達、口で話なさいよ」
目で会話をする二人にマーガレットが呆れたように漏らす。
さて、ここでアビスとフィンのやり取りを見ていた者がもう一人いる。
それは―――
「ふむふむ、なるほど」
世界をグーパンで救った英雄マッシュ・バーンデッドだった。
彼はアビスとフィンのやり取りを見て何かを学んだのか、一人納得したように頷くと隣に立つドットを振り返る。
「ドット君、背筋が真っ直ぐに伸びてないよ」
ドンッ、とマッシュがドットの背中を叩いた瞬間、ドットの体の骨は粉砕した。
「あびゃああああああああああああああああああ!!!!!」
「ドットくーーーーーーーーーーーーーんん!!!!!!!」
絶叫したフィンの左目の下に二本目の線が顕現し、フィンは慌てて杖を取り出してセコンズを唱えた。
それによって温かく優しい光を纏う黄金の蝶が現れてドットの周りを浮遊して癒しを与える。
「わ、悪ぃな、フィン・・・」
「大丈夫?」
「ごめんドット君。力加減間違えちった」
「マッシュテメー、後で覚えてろよ・・・」
「さっきから喧しいぞ。静かにする事も出来ないのか」
マッシュ・ドット・フィンの騒々しさに冷徹なセリフを吐き捨てる声が一つ。
それはアベルの隣に座る本日のゲスト―――砂の神覚者オーター・マドルだった。
いつもの神覚者コートを肩にかけている彼は眼鏡のブリッジを押し上げると後ろに控えるマッシュとドットを睨む。
不可抗力とはいえ、師匠の前で醜態を晒した事に対して謝罪しようとするドットをオーターの弟であるワースが遮って噛みつくように怒鳴る。
「すんません、オーターさ―――」
「何でテメェがいんだよ腐れ眼鏡!!仕事はどーした!?」
「代休だ」
「私が呼んだのよ。一緒にお茶でもどう?って」
「犯人はテメェかマーガレット!!呼ぶなつったろ!!」
「あーらごめんなさい?てっきりこの間のドゥエロだけの話だと思ってたわ」
「マジでふざけんなよテメェ!!」
「全く騒々しいな。お茶とお菓子の用意が出来たから配膳を手伝え」
会議室の扉が開いて呆れた風のランスが紅茶が淹れられたカップやケーキが乗せられた皿を載せた台車を押して入ってくる。
ちなみにマカロンの分はケーキではなくタルタルソースとエビフライ三本である。
このクソガキはいけしゃあしゃあと!とでも言いたげに拳を震わせて睨むワースをそのままに今日一日執事係のマッシュ達は監督生やゲスト達への配膳に取り掛かろうとする。
そんなマッシュ達の動きから彼の優秀な頭脳はその後の展開を予期し、今ここでブチギレている場合ではないと気付いてフィンの首根っこを掴むと声を潜めて相談を持ち掛けた。
「なぁおい、俺の代わりにアイツに配膳してくんねぇか?」
「えっ、何で僕が!?」
「このままいくと俺がアイツに配膳する流れになるからだよ!レインには俺がするからお前はアイツに当たれ」
「嫌ですよ!僕も兄さまに配膳したいです!」
「じゃあレインとアイツに配膳しろ。俺はとにかくアイツの近くに行きたくないんだよ!」
「どんだけ嫌なんですか・・・」
「フィン」
実の弟であるワースにここまで嫌われるオーターに内心同情していると不意にレインから名前を呼ばれたので振り返る。
見ればレインが手招きをしており、フィンは「すいません、兄さまが呼んでるみたいです」とワースに一旦断りを入れるとレインの元に駆け寄った。
ハテナマークを浮かべて離れていく小さな背中をワースが目で追うとレインが短くフィンに何かを話し、フィンはレインの前に小さく屈んだ。
何をしているのか首を傾げていると用事が済んだのか、レインはフィンの体をワースに向けて回転させた。
そうしてワースに対して正面を向かされたフィンのフラワーホールにはウサギのピンバッジ型ラペルピンが付けられていた。
お揃いのウサギのラペルピンをフラワーホールに付けて腕を組んだレインが一言。
「フィンは今から俺専用の執事だ」
「テメェッ!!!」
「面白いね、それ。僕も真似させてもらおう。そういう訳だアビス、キミは今から僕専用の執事だ」
「至極恐悦に存じます」
「じゃあ私はオーターちゃんの弟子二人を頂くわね」
「えっマジっすか?」
「悪いが俺は妹のアンナ専用の執事だ」
「うぐぉ・・・!どんどん追い詰められてんじゃねーか・・・!」
レインの案を取り入れたアベルがアビスにお揃いのトランプのピンバッジを渡し、マーガレットはお揃いの音符のピンバッジをドットに渡す。
ちなみにランスはランスお手製のアンナピンバッジはにかみVerをフラワーホールに付けた。
じわじわと選択肢が消えていく状況にワースは頭を抱えて最後の砦に目を向ける。
「レビオスカフス!これでマッシュ君は私専用の執事だって誰が見ても分かりますね!」
「レモンちゃん、流石に小指同士を鎖付きの枷で繋ぐのは危ないよ」
「何言ってるんですか!これが私達の運命の赤い糸ですよ!」
「こわっ」
同じくレンタルで可愛らしいドレスを着ておめかししたレモンが自身の固有魔法で自身の小指とマッシュの小指を鎖付きの枷で繋ぎ、頬を赤らめてはしゃいでいた。
瞳には真っ黒な闇が渦巻いており、彼女がメンヘラモードに入った事が分かる。
ちなみにこのやり取りを見たドットは「キイイイイ!」と金切り声をあげて血涙を流し、マーガレットに「玉砕の冬ね」とでも言いたげな視線を向けられていた。
見えていた最後の砦の粉砕にワースは内心撃沈する。
撃沈するが、諦めた訳ではない。
ワースは最後の悪あがきに自分そっくりの泥人形を魔法で生み出すとそれに配膳をさせ、役目を終えたらすぐに消してマッシュの後ろに立った。
マッシュの後ろに立つ事でオーターからワースを見た時に視界に嫌いなマッシュが絶対に入ってストレスを与えられるからだ。
その魂胆がすぐに分かった一同は心の中で「うわぁ」と引き気味に、時には哀れみを含んで呟き、オーターは無言で眼鏡のブリッジを押し上げる。
レアン寮監督生にして同級生であるアベルは何か言うべきか悩んだが何を言ってもワースが譲るとも思えなかったので、オーターの心の傷をこれ以上抉らない為にも無言を貫く事にした。
「さて、弟に冷たくされてオーターちゃんも傷付いた事だし」
「傷付いた事だし!?」
「会議を始めましょうか」
フィンのツッコミをサラリと流してマーガレットは会議開始の号令を出し、アベルもレインも無言で頷く。
これまでがこれまでだっただけに唐突に真面目な雰囲気になり、監督生会議の全容を知らなかったフィンは緊張から僅かに息を呑む。
「最初の議題は寮から出るゴミ出しルールの徹底周知よ」
(あ、割と普通の話するんだ)
マーガレットの顔に凄みがあっただけに何か重要な案件なのではと身構えたがすぐに拍子抜けする。
そういえば重要な話は職員案件だと前にマーガレットが言っていたのを思い出してフィンは肩の力を抜いた。
「ウチの方でも実験で使った物や廃棄品はしっかり処理しなさいって言ってるんだけどうっかりしちゃう子がいてね。罰として一週間ゴミ出しさせたんだけどゴミ捨て場でレアンとアドラのゴミ袋から分別出来てないゴミが袋からはみ出してたって報告があったの。貴方達の方もしっかり注意しておきなさい」
「了解した。しっかり呼びかけておくとしよう」
「こっちも貼り紙を出しておく」
「あと、トム・ノエルズから要望よ。ドゥエロの選手控室の使用ルールの徹底周知をして欲しいとの事だったんだけどね、確かにあれは酷いわ。気になって抜き打ちで見に行ったけど色々雑だったわ。特にアドラ。トムが都度注意していたとはいえ、備品の扱いがちょっと雑だったわよ」
「そういうオルカの連中もメモを取り出すのをめんどくさがって壁に訳分かんねぇ文字だの数式だの書いてんだろ」
「どうりで選手控室のあちこちに傷や落書きがある訳だ」
「ちょっとアベル、関係ないみたいな顔してるけどレアンも大概よ。オルカやアドラが予約してたのに横暴働いてその日の枠を横取りしようとしてたんだから」
「レアンだけに限った話でもないと思うけどね。ねぇ、母さん?」
(なんかボスママバトルみたいになってきたな・・・)
白熱する三人の監督生による舌戦。
雲行きが怪しくなり、徐々に三人の顔が険しくなっていく。
しかし相手は監督生、ましてや現役最年少神覚者とそれに次ぐ力を有する三人に対して口を挟める者はいなかった。
たった一人を除いてはーーー。
「フン、バカバカしい。互いの至らぬ点をあげつらって罵るなど非生産的だ。ルールを破る者が現れたら寮など関係なくルールに則って取り締まる。答えは至ってシンプルだ」
ピタリと止まった言葉の応酬の舞台であるテーブルの上に静かに響き渡る眼鏡のブリッジを押し上げるカチャリという無機質な音。
冷静で感情のない無機質な瞳で言い放ったのは砂の神覚者オーター・マドル。
とりわけ規律に厳しい彼が放つ言葉には重みと威厳があり、僅かに瞳を見開いてオーターを凝視していた監督生三人は我に返ると元の雰囲気に戻って意見をまとめた。
「それもそうね、オーターちゃんの言う通りだわ。ルール違反してる子を見かけたら寮に関係なく即注意。反抗したり反省の態度が見られなければ各監督生に連絡して厳重注意という方向にしましょう」
「オーターさんもたまには良い事を言いますね」
「お前は私に喧嘩を売っているのか」
「よさないか。それよりも抑止力としての呼び掛けを決めようじゃないか。ルールを守れない場合はドゥエロの活動そのものを一定期間禁止にするとかね」
「最悪の場合は痛みで覚えさせるとしよう」
「貴方はすぐに手が出るからダメね。こういうのは全校生徒の前で石畳の上で正座させて説教するのが一番よ」
「しばらくの間人形にして不自由を味わってもらうのも悪くないと思うけどね」
(どれも嫌過ぎる!!)
不穏な方針決定にフィンは内心で怯える。
他の面々もルールはしっかり守ろうと心に決める中、ドットが執事宜しく芝居がかった口調で恭しくマーガレットに紅茶を勧める。
「マーガレット様、紅茶は如何ですか?」
「ありがとう、気が利くのね。折角のタルタルソースを引き立てるエビフライが冷めちゃうからおやつにしましょう」
マーガレットはフォークを手に持つとエビフライをタルタルソースにこれでもかとディップし始める。
それをなるべく視界に入れないようにしながらレインやアベル達もケーキを食べ始め、アビスやフィン達は紅茶をカップに注いで足す。
本日のお菓子は監督生三人でお金を出し合い、ケーキはアベルが、紅茶はレインが用意したもの。
紅茶に関してはその道に一番詳しいドットに聞いて買ったのとドット指導の下に淹れられたものなのでとても芳しい香りを放っている。
その美味しさたるやマーガレットが思わず「芳醇の春ね」と呟くほど。
しかしケーキの方も負けてはいない。
アベルが用意したケーキはストロベリームースケーキはまるで宝石のような上品な赤い輝きを放ち、表面に載っている苺も瑞々しく大きくて美味しそうだ。
一つの芸術のように見えるそれをじっと見つめたレインはフォークで端の方から一口サイズに切り分けて掬うとフィンの方に向ける。
「フィン、口を開けろ」
「え?でもそれ兄さまのでしょ?」
「いいから食べろ」
有無を言わさずに差し出されるフォークはフィンが食べるまで引かれる事はない。
レインは美味しい食べ物は優先してフィンにくれる。
これは昔からの癖で、今でも続いているのは偏に惜しみなく注がれる愛情と兄心によるもの。
兄の優しさにくすぐったい気持ちになりながらフィンはその一口を食べた。
「・・・んっ!美味しい!兄さまこれすっごく美味しいよ!」
「そうか。ほら」
「ちょっ、その苺は流石に兄さまが食べなよ!絶対に甘くて美味しいって!」
「俺はこのケーキの中に挟まってる小せぇので十分だ」
「それだって僕にあげるつもりの癖に」
微笑ましく交わされる兄弟のやり取りにマーガレットは「可愛い兄弟愛の春ね」と内心で和み、アベルも紅茶を楽しみながら眺める。
あまりの仲の良さに羨ましくなったオーターは無言でチラリとワースの方を見やるがワースは相変わらずマッシュの後ろに隠れている。
というよりもマッシュの後ろで泥で作った椅子に座って本を読んでいた。
無言で無念の眼鏡カチャリをするオーターを気遣ってランスが紅茶を足してあげた。
一方でレモンはエイムズ兄弟のやり取りからインスピレーションを得て同じようにケーキを一口サイズに切ってフォークで掬うとマッシュの口元に運んだ。
「はいマッシュ君、あーん♡」
「レモンちゃんが食べなよ。苺好きでしょ?」
「わ、私の好きな食べ物覚えててくれたんですか!?」
「僕が苺味のシュークリームを作ると特に嬉しそうにしてたから」
「キャー!これはもう結婚です!夫婦です運命です!記念のファーストバイトをどうぞ!」
「うーむ、相変わらず前後の流れが掴めない・・・まぁいいや。では、一口」
パクッと食べたマッシュに大興奮して顔を真っ赤にしながらレモンは幸せの奇声を上げるが咄嗟にランスが静音魔法をかけて音量を下げた。
ちなみにドットの方の嫉妬による奇声はマカロンが静音魔法で音を消した。
自分の音量が一時的に下げられているのに気付かず、まるで鳴き声のように「けっこんけっこんけっこん♡」と呟くレモンの横でマッシュが腕を組んで考える素振りを見せる。
(お返しした方がいいかな?このままだとレモンちゃんは僕に全部食べさせちゃいそうだし、ケーキ美味しいし。ていうか今日の僕は執事なんだからそれらしい事をしなくちゃかな)
「レモンちゃん」
「はい!喜んで!」
「じゃあ、あーん」
小さく小首を傾げたマッシュに大粒の苺を載せたフォークを差し出されてレモンはまるで自身の拘束魔法にかかったかのように固まる。
顔全体は成熟した苺のように真っ赤に染め上がり、黄金の瞳も零れ落ちるのではないかというくらい大きく見開かれ、奇声や重たい言葉を発するのも忘れる。
何度か口を開閉し、それからぎこちない動作でもって苺を口の中に含んだ。
「美味しい?」
尋ねられてコクコクと頷くが緊張と興奮で正直味は分からない。
シャクシャクという咀嚼音も心臓の音が喧しくて殆ど聞こえない。
それからなんとかして嚥下した後、レモンの思考は混雑時のマーチェット通りのように煩く忙しくなる。
(ままままままマッシュ君にああああああーんって!!!??ここここれはもももうここ恋人!?私達は晴れて夫婦!!?ももももしかししししてててこれはゆゆ夢!?夢なら現実になってくださ~~~~いっ!!!!)
「はうっ!!」
幸せのキャパオーバーでレモンは倒れた。
「あ、レモンちゃん。大変だ、苺がトリガーになって高熱を出したのかもしれない」
「どんなトリガー?」
「フィン君の魔法で治せないかな?それとも保健室?」
「幸せな夢を見ているだろうからそのままそっとしてあげて」
マッシュに支えられながら椅子に深く腰掛けるレモンの口からは幸せで文字通り天にも昇りそうになるレモンの魂が飛び出てフィンは苦笑する。
だがその魂をマッシュが手で掴んでレモンの口に押し戻したので「魂って掴めるの!?」というツッコミが続いた。
ちなみにずっと静音魔法をかけられ音を消されていたドットは野生化を通り越してクリーチャーのような動きでテーブルの周りをグルグルシャカシャカ動き回っている。
本を読んでいたワースの視界の端にもその存在は捉えられ、鬱陶しいので泥沼の罠を作る。
しかしその罠にドットがかかったタイミングでランスの重力魔法がかけられてドットが一気に泥沼に沈み、図らずも連携をする結果となってしまってワースは舌打ちを漏らすのだった。
「そういえば学園祭も近いけど三寮交流会も控えてるわよねぇ」
「サンリ〇交流会?」
「マッシュ君、危ない聞き間違いはやめようか。三寮交流会っていうのは文字通り三つの寮合同で親交を深め合うイベントの事だよ」
「へー。普段は競い合ってるのに?」
「競い合って切磋琢磨し合うのが基本方針だが根底の助け合いの精神を忘れないようにするのが目的だ。三つの寮はそれぞれ敵同士なのではなく手を取り合って助ける味方同士なのだと一人一人に意識させるのが趣旨でもある」
「あば・・・ば・・・」
「つまり時々は仲良くしようねって事だよ」
「なるほど、理解した」
そこまで難解でもないレインの簡単な説明にも頭から煙を吹き出してバグりかけたマッシュに対してかなり噛み砕いてフィンは説明してあげる。
こんなんで本当に勉強は大丈夫なのかとアドラ寮監督生としてレインは心配になったが、これまでもフィンやランス達の力を借りてテストを乗り越えて来たらしいのでひとまずはその友情と団結力を信じる事にした。
「去年の交流会は確かドゥエロの対抗試合だったわよね」
「一昨年は漫才グランプリだったね」
「めんどくせぇ、今年もドゥエロでいいだろ」
「残念だが事前に教師に釘を刺されてしまったから無理だ」
「チッ」
「オーターちゃんが在籍してた頃はどんな催しがあったか覚えてる?」
「マンドラゴラ掘りと魔法のカルタ大会、そして脱出ゲームだったな」
「あら、脱出ゲーム楽しそうね。面白い所を知ってるから今度三人で行きましょうか」
「行かねぇよ」
「レインったら相変わらず冷たいわね」
「マーガレット、キミへのレインからの好感度が低いだけだよ」
「アベルもいつからそんな辛口坊やになったのよ。それとも貴方とならレインは行ってくれるとでも言うのかしら?」
「それはレイン次第だ。そうだろう、レイン?」
「行かねぇよ」
「・・・」
「アベル様のお誘いを断るとはよっぽど死にたいようですね」
固有魔法でも使ったのだろうか、アベルの隣に控えていたアビスは一瞬にしてレインの背後に回り、瞳孔を開いてレインの首筋に刃を突き立てていた。
あまりの素早さと相変わらずのアベル過激ぶりにフィンは恐れ慄くがレインは動じない。
それどころかアビスの頭上に誇り高く輝く大剣パルチザンを出現させてすぐにでも振り落とせそうな勢いだった。
「よさないか、アビス。三寮交流会の話をしているのに揉めていてはいい笑い草だ」
「申し訳ありません・・・」
「アベルもこっ酷くフラれちゃったわね」
「仕方ない。レインは弟のフィン・エイムズとなら喜んで行くそうだからね」
「行くに決まってんだろ」
「レイン、今のは皮肉だよ」
「ていうか貴方が真顔で即答した所為でフィンちゃんが火傷してるわよ」
「火傷?フィン、火を使う必要が今どこにあるんだ?それに使う時は注意しろとあれほど言っただろ。お前の魔法で治せるか?それか今すぐにでもメリアドールさんの所にでも―――」
「そういう意味じゃないよバカ兄貴!ちょっと黙ってろよ!」
真っ赤になった顔を両手で覆って罵る弟の意図が汲めず「顔を怪我したのか?見せろ」と迫るレインに「だから違うってば!」とフィンは抵抗する。
周りからの見守るような生温かい目が嫌でも突き刺さってフィンはとうとう蹲ってしまう。
それでも尚、心配するレインの姿に流石にフィンが可哀想になってきたレモンがやんわりと宥めて会議に集中するように誘導し、レインもフィンに異常がないならと渋々会議に戻った。
「私達がこんなんじゃ交流会は駄目ね、ドの音域にすら達してないわ。まずは私達が親睦を深めるところから始めましょう」
「なら、次の会議は親睦を深めるのも兼ねてトランプをしよう。僕がトランプを持ってくるよ」
「時間を無駄に出来る程俺も暇じゃねぇ。議題が終わり次第俺は帰らせてもらう」
「残念ねぇ。トランプ大会が終わったら親睦の第二歩としてフィンちゃんやマッシュちゃん達を呼んで鍋パーティーするつもりだったのに」
「三回までなら付き合ってやる」
「見事な熱い掌返しだね」
「チョロいとも言うわね」
「黙れ。そもそもフィンを出汁にするんじゃねぇ」
「鍋なだけにかい?」
「上手いわねアベル。ドットちゃん、座布団一枚お願い」
(監督生会議っていつもこんななのかな・・・)
フィンは会議冒頭と同じ感想を抱くのだった。
「くだらない話がまとまっているところ悪いがここに来る途中でウォールバーグさんに会った。お前らにこれを渡せと仰っていた」
嫌味を混ぜながらオーターが配った紙を受け取った監督生三人はそれぞれに眉を顰める。
それからマーガレットは眉を下げて溜息を吐き、アベルは無感情でそれを見下ろし、レインは眉間に深い皺を作って舌打ちをする。
その光景、そして流れに見覚えのあったフィンは三人の視線が自分に集まるのと同時に咄嗟にマッシュと読書をしているワースの間に隠れた。
「ぼぼぼぼ僕はもう何もしないよ!?絶対嫌だからね!?」
「じゃあ代わりに僕がいっちょやってやりますか」
「マッシュ君!?積極的に罪を重ねに行かないで!!」
「フィン、溶解魔法のやり方を教えてやるってこの間約束しただろ?」
「まさかこの為じゃないよね!?ねぇ!!?」
「仕方ない、ここは俺が代わりにやるとするか」
「ランス君!?」
それまで沈黙していたランスは嘆息すると袖から杖を出して構えた。
しかし端正な顔はあからさまに憂いを帯びていて。
「案ずるな、フィン。お前は二回もやったんだ。一回くらいは俺に肩代わりさせろ」
「え、あの、ちょっ・・・」
「流石ランス君、男前ですな」
「アンナちゃんにその雄姿を伝えますね」
「バーカバーカ!カッコつけスカシピアスバーカ!ぐほっ!!」
「あの・・・みんな、やめて?」
「骨は拾います」
「キミの事は忘れないよ、ランス・クラウン」
「餞別のタルタルソースよ、受け取りなさい」
「いらん」
「ねぇちょっと聞いて?」
「後は任せろ、ランス・クラウン」
「お前達、俺の妹を・・・アンナを宜しく頼む。溶解魔法メルティ―――」
「僕がやります!!!!」
フィンはその日、溶解魔法を覚えた。
END
机はいつもの白の長机を三角形に繋げた物ではなく貴族が使うような美しいテーブルクロスの敷かれた幅のある長机で、窓側にマーガレットとアベルが並んで座り、その向かい側にレインとレモンが並んで座っている。
実はアベルの隣にゲストが座っているのだが、これは後程説明しよう。
さて、豪華なのは机だけではない。
椅子は学生用の固めの椅子ではなく真っ赤なベロア生地のフカフカの椅子、普通の照明ではなく優美なデザインのシャンデリア、普通のカーテンではなく繊細なデザインのカーテンなど、とにかく今回の会議室の内装は凝っていた。
そして監督生三人もいつもの制服姿ではなくお洒落なスーツを着ている。
レインはいつもの神覚者コートだが。
「ちょっとレイン、神覚者コートは手抜きなんじゃないの?」
「うるせぇ。洒落たスーツなんざ持ってる訳ねぇだろ」
「キミ、さては仕事関係のお呼ばれや大事な公の場は全部その神覚者コートで済ましているね?」
「それの何が悪い。神覚者として呼ばれてんだからこれで十分だろ」
「ならこうしましょう。私の家とアベルの家でパーティーを開いてそこにレインを呼ぶ。その時のドレスコードで神覚者コートを禁止にしましょう」
「いいね。参加拒否した場合は僕達が弟のフィン・エイムズのスーツをコーディネートして嫌味ったらしくレインの前に見せびらかしてやろう」
「勝手に話を進めてフィンを巻き込むんじゃねぇ」
(監督生会議っていつもこんな話してるのかな・・・)
窓際で控える執事服を着たフィンは監督生三人の会話を聞きながら困惑気味に内心で感想を呟く。
本日の監督生会議は前回のドゥエロの竹騒動でうやむやになると思われた賭けがしっかりと生きていた所為でフィン達は執事服を着て参加する事となった。
そこでマーガレットが折角なら雰囲気を出したいと意見をした為、監督生はお洒落なスーツを、そして内装はそれらしく、という事になったのである。
ちなみにフィン達の執事服はレンタルだ。
(それにしても執事服とか・・・こういうの着た事ないから無性に恥ずかしっ!僕、変じゃないかな!?)
慣れぬ服に袖を通す恥ずかしさからフィンは自然と俯き気味になる。
しかも髪は普段とは少し違ったセットにされている為、それが余計に恥ずかしさと落ち着かなさを助長していた。
姿見で確認した時は思わず「誰これ!?」と口走ってしまったくらいだ。
兄や友人、そして先輩達が整った顔立ちをしているのでそうでない自分は余計に浮いているのではと気後れしてしまい、身は縮こまる一方。
だが、それに気付いた隣に立つアビスが「失礼」と一言声をかけるとフィンの肩に手を添えて小さく押し上げ、それから腰の辺りをパンッと強めに叩いた。
「わっ!?」
叩かれた際の振動が伝播し、自然と背中が真っ直ぐに伸びてフィンの姿勢が正される。
綺麗に伸びた背筋に満足そうにアビスは頷くと穏やかな表情を湛えながら語る。
「フィン君、慣れない服装で緊張してしまうのは分かりますが姿勢が崩れているとどんな服を着ていようとも格好悪く見えますよ」
「で、でも僕、変じゃないですか?」
「そんな事ないですよ。自信を持って正しい姿勢で背筋を伸ばして堂々としていれば自然に馴染んでいきます。むしろ自信なさげに悪い姿勢でいる方がキミや、何よりキミが隣に立ちたいと願う人が笑われてしまいますよ」
「僕が・・・隣に立ちたい人・・・」
フィンの視線がチラリと机の上に肘を付いて顔の前で手を組むレインに向けられる。
本人の固有魔法そのままのような真っ直ぐで揺るぎなき瞳と視線が合い、その瞬間にアビスの言葉がフィンの中で反芻して自然と姿勢を正しいままに保ち続けさせる。
それから視線をアビスに戻すとアビスは穏やかな表情で続けた。
「大切な人の存在は自分を正す物差しになります。どんな時でもその人の事を意識していれば自然と背筋は真っ直ぐに伸びて自信も付きます。だから不安なった時は大切な人を心の中で思い浮かべるようにすると良いですよ」
窓から差し込む陽の光を受けて柔らかく目を細めて優しく微笑むアビスの姿は執事服という事もあってとても美しかった。
左目のイブル・アイは薔薇の描かれた黒い眼帯に覆われているがきっと穏やかな眼差しであるに違いない。
そんなアビスという存在は悪魔の目を持つ魔法使いの敵なんかではなくて、紛れもなく大切な事を教えてくれる優しい先輩に違いなかった。
フィンは泣きそうな程の感動に見舞われながらシャキッとした顔つきになると強く頷いた。
「はい!ありがとうございます、アビス先輩!」
寮を越えた先輩と後輩の微笑ましいやり取り。
アビスがフィンの背中を叩いた辺りから反射的にそちらに視線を向け、一連のやり取りを静かに見守っていたレインは弟が年上の人間から大切な事を教えられてまた一つ成長した姿に安心と温かさを覚える。
そして二人から視線を外すとそれを向かいに座るアベルに向ける。
(弟が世話になった)
(礼には及ばないよ)
「貴方達、口で話なさいよ」
目で会話をする二人にマーガレットが呆れたように漏らす。
さて、ここでアビスとフィンのやり取りを見ていた者がもう一人いる。
それは―――
「ふむふむ、なるほど」
世界をグーパンで救った英雄マッシュ・バーンデッドだった。
彼はアビスとフィンのやり取りを見て何かを学んだのか、一人納得したように頷くと隣に立つドットを振り返る。
「ドット君、背筋が真っ直ぐに伸びてないよ」
ドンッ、とマッシュがドットの背中を叩いた瞬間、ドットの体の骨は粉砕した。
「あびゃああああああああああああああああああ!!!!!」
「ドットくーーーーーーーーーーーーーんん!!!!!!!」
絶叫したフィンの左目の下に二本目の線が顕現し、フィンは慌てて杖を取り出してセコンズを唱えた。
それによって温かく優しい光を纏う黄金の蝶が現れてドットの周りを浮遊して癒しを与える。
「わ、悪ぃな、フィン・・・」
「大丈夫?」
「ごめんドット君。力加減間違えちった」
「マッシュテメー、後で覚えてろよ・・・」
「さっきから喧しいぞ。静かにする事も出来ないのか」
マッシュ・ドット・フィンの騒々しさに冷徹なセリフを吐き捨てる声が一つ。
それはアベルの隣に座る本日のゲスト―――砂の神覚者オーター・マドルだった。
いつもの神覚者コートを肩にかけている彼は眼鏡のブリッジを押し上げると後ろに控えるマッシュとドットを睨む。
不可抗力とはいえ、師匠の前で醜態を晒した事に対して謝罪しようとするドットをオーターの弟であるワースが遮って噛みつくように怒鳴る。
「すんません、オーターさ―――」
「何でテメェがいんだよ腐れ眼鏡!!仕事はどーした!?」
「代休だ」
「私が呼んだのよ。一緒にお茶でもどう?って」
「犯人はテメェかマーガレット!!呼ぶなつったろ!!」
「あーらごめんなさい?てっきりこの間のドゥエロだけの話だと思ってたわ」
「マジでふざけんなよテメェ!!」
「全く騒々しいな。お茶とお菓子の用意が出来たから配膳を手伝え」
会議室の扉が開いて呆れた風のランスが紅茶が淹れられたカップやケーキが乗せられた皿を載せた台車を押して入ってくる。
ちなみにマカロンの分はケーキではなくタルタルソースとエビフライ三本である。
このクソガキはいけしゃあしゃあと!とでも言いたげに拳を震わせて睨むワースをそのままに今日一日執事係のマッシュ達は監督生やゲスト達への配膳に取り掛かろうとする。
そんなマッシュ達の動きから彼の優秀な頭脳はその後の展開を予期し、今ここでブチギレている場合ではないと気付いてフィンの首根っこを掴むと声を潜めて相談を持ち掛けた。
「なぁおい、俺の代わりにアイツに配膳してくんねぇか?」
「えっ、何で僕が!?」
「このままいくと俺がアイツに配膳する流れになるからだよ!レインには俺がするからお前はアイツに当たれ」
「嫌ですよ!僕も兄さまに配膳したいです!」
「じゃあレインとアイツに配膳しろ。俺はとにかくアイツの近くに行きたくないんだよ!」
「どんだけ嫌なんですか・・・」
「フィン」
実の弟であるワースにここまで嫌われるオーターに内心同情していると不意にレインから名前を呼ばれたので振り返る。
見ればレインが手招きをしており、フィンは「すいません、兄さまが呼んでるみたいです」とワースに一旦断りを入れるとレインの元に駆け寄った。
ハテナマークを浮かべて離れていく小さな背中をワースが目で追うとレインが短くフィンに何かを話し、フィンはレインの前に小さく屈んだ。
何をしているのか首を傾げていると用事が済んだのか、レインはフィンの体をワースに向けて回転させた。
そうしてワースに対して正面を向かされたフィンのフラワーホールにはウサギのピンバッジ型ラペルピンが付けられていた。
お揃いのウサギのラペルピンをフラワーホールに付けて腕を組んだレインが一言。
「フィンは今から俺専用の執事だ」
「テメェッ!!!」
「面白いね、それ。僕も真似させてもらおう。そういう訳だアビス、キミは今から僕専用の執事だ」
「至極恐悦に存じます」
「じゃあ私はオーターちゃんの弟子二人を頂くわね」
「えっマジっすか?」
「悪いが俺は妹のアンナ専用の執事だ」
「うぐぉ・・・!どんどん追い詰められてんじゃねーか・・・!」
レインの案を取り入れたアベルがアビスにお揃いのトランプのピンバッジを渡し、マーガレットはお揃いの音符のピンバッジをドットに渡す。
ちなみにランスはランスお手製のアンナピンバッジはにかみVerをフラワーホールに付けた。
じわじわと選択肢が消えていく状況にワースは頭を抱えて最後の砦に目を向ける。
「レビオスカフス!これでマッシュ君は私専用の執事だって誰が見ても分かりますね!」
「レモンちゃん、流石に小指同士を鎖付きの枷で繋ぐのは危ないよ」
「何言ってるんですか!これが私達の運命の赤い糸ですよ!」
「こわっ」
同じくレンタルで可愛らしいドレスを着ておめかししたレモンが自身の固有魔法で自身の小指とマッシュの小指を鎖付きの枷で繋ぎ、頬を赤らめてはしゃいでいた。
瞳には真っ黒な闇が渦巻いており、彼女がメンヘラモードに入った事が分かる。
ちなみにこのやり取りを見たドットは「キイイイイ!」と金切り声をあげて血涙を流し、マーガレットに「玉砕の冬ね」とでも言いたげな視線を向けられていた。
見えていた最後の砦の粉砕にワースは内心撃沈する。
撃沈するが、諦めた訳ではない。
ワースは最後の悪あがきに自分そっくりの泥人形を魔法で生み出すとそれに配膳をさせ、役目を終えたらすぐに消してマッシュの後ろに立った。
マッシュの後ろに立つ事でオーターからワースを見た時に視界に嫌いなマッシュが絶対に入ってストレスを与えられるからだ。
その魂胆がすぐに分かった一同は心の中で「うわぁ」と引き気味に、時には哀れみを含んで呟き、オーターは無言で眼鏡のブリッジを押し上げる。
レアン寮監督生にして同級生であるアベルは何か言うべきか悩んだが何を言ってもワースが譲るとも思えなかったので、オーターの心の傷をこれ以上抉らない為にも無言を貫く事にした。
「さて、弟に冷たくされてオーターちゃんも傷付いた事だし」
「傷付いた事だし!?」
「会議を始めましょうか」
フィンのツッコミをサラリと流してマーガレットは会議開始の号令を出し、アベルもレインも無言で頷く。
これまでがこれまでだっただけに唐突に真面目な雰囲気になり、監督生会議の全容を知らなかったフィンは緊張から僅かに息を呑む。
「最初の議題は寮から出るゴミ出しルールの徹底周知よ」
(あ、割と普通の話するんだ)
マーガレットの顔に凄みがあっただけに何か重要な案件なのではと身構えたがすぐに拍子抜けする。
そういえば重要な話は職員案件だと前にマーガレットが言っていたのを思い出してフィンは肩の力を抜いた。
「ウチの方でも実験で使った物や廃棄品はしっかり処理しなさいって言ってるんだけどうっかりしちゃう子がいてね。罰として一週間ゴミ出しさせたんだけどゴミ捨て場でレアンとアドラのゴミ袋から分別出来てないゴミが袋からはみ出してたって報告があったの。貴方達の方もしっかり注意しておきなさい」
「了解した。しっかり呼びかけておくとしよう」
「こっちも貼り紙を出しておく」
「あと、トム・ノエルズから要望よ。ドゥエロの選手控室の使用ルールの徹底周知をして欲しいとの事だったんだけどね、確かにあれは酷いわ。気になって抜き打ちで見に行ったけど色々雑だったわ。特にアドラ。トムが都度注意していたとはいえ、備品の扱いがちょっと雑だったわよ」
「そういうオルカの連中もメモを取り出すのをめんどくさがって壁に訳分かんねぇ文字だの数式だの書いてんだろ」
「どうりで選手控室のあちこちに傷や落書きがある訳だ」
「ちょっとアベル、関係ないみたいな顔してるけどレアンも大概よ。オルカやアドラが予約してたのに横暴働いてその日の枠を横取りしようとしてたんだから」
「レアンだけに限った話でもないと思うけどね。ねぇ、母さん?」
(なんかボスママバトルみたいになってきたな・・・)
白熱する三人の監督生による舌戦。
雲行きが怪しくなり、徐々に三人の顔が険しくなっていく。
しかし相手は監督生、ましてや現役最年少神覚者とそれに次ぐ力を有する三人に対して口を挟める者はいなかった。
たった一人を除いてはーーー。
「フン、バカバカしい。互いの至らぬ点をあげつらって罵るなど非生産的だ。ルールを破る者が現れたら寮など関係なくルールに則って取り締まる。答えは至ってシンプルだ」
ピタリと止まった言葉の応酬の舞台であるテーブルの上に静かに響き渡る眼鏡のブリッジを押し上げるカチャリという無機質な音。
冷静で感情のない無機質な瞳で言い放ったのは砂の神覚者オーター・マドル。
とりわけ規律に厳しい彼が放つ言葉には重みと威厳があり、僅かに瞳を見開いてオーターを凝視していた監督生三人は我に返ると元の雰囲気に戻って意見をまとめた。
「それもそうね、オーターちゃんの言う通りだわ。ルール違反してる子を見かけたら寮に関係なく即注意。反抗したり反省の態度が見られなければ各監督生に連絡して厳重注意という方向にしましょう」
「オーターさんもたまには良い事を言いますね」
「お前は私に喧嘩を売っているのか」
「よさないか。それよりも抑止力としての呼び掛けを決めようじゃないか。ルールを守れない場合はドゥエロの活動そのものを一定期間禁止にするとかね」
「最悪の場合は痛みで覚えさせるとしよう」
「貴方はすぐに手が出るからダメね。こういうのは全校生徒の前で石畳の上で正座させて説教するのが一番よ」
「しばらくの間人形にして不自由を味わってもらうのも悪くないと思うけどね」
(どれも嫌過ぎる!!)
不穏な方針決定にフィンは内心で怯える。
他の面々もルールはしっかり守ろうと心に決める中、ドットが執事宜しく芝居がかった口調で恭しくマーガレットに紅茶を勧める。
「マーガレット様、紅茶は如何ですか?」
「ありがとう、気が利くのね。折角のタルタルソースを引き立てるエビフライが冷めちゃうからおやつにしましょう」
マーガレットはフォークを手に持つとエビフライをタルタルソースにこれでもかとディップし始める。
それをなるべく視界に入れないようにしながらレインやアベル達もケーキを食べ始め、アビスやフィン達は紅茶をカップに注いで足す。
本日のお菓子は監督生三人でお金を出し合い、ケーキはアベルが、紅茶はレインが用意したもの。
紅茶に関してはその道に一番詳しいドットに聞いて買ったのとドット指導の下に淹れられたものなのでとても芳しい香りを放っている。
その美味しさたるやマーガレットが思わず「芳醇の春ね」と呟くほど。
しかしケーキの方も負けてはいない。
アベルが用意したケーキはストロベリームースケーキはまるで宝石のような上品な赤い輝きを放ち、表面に載っている苺も瑞々しく大きくて美味しそうだ。
一つの芸術のように見えるそれをじっと見つめたレインはフォークで端の方から一口サイズに切り分けて掬うとフィンの方に向ける。
「フィン、口を開けろ」
「え?でもそれ兄さまのでしょ?」
「いいから食べろ」
有無を言わさずに差し出されるフォークはフィンが食べるまで引かれる事はない。
レインは美味しい食べ物は優先してフィンにくれる。
これは昔からの癖で、今でも続いているのは偏に惜しみなく注がれる愛情と兄心によるもの。
兄の優しさにくすぐったい気持ちになりながらフィンはその一口を食べた。
「・・・んっ!美味しい!兄さまこれすっごく美味しいよ!」
「そうか。ほら」
「ちょっ、その苺は流石に兄さまが食べなよ!絶対に甘くて美味しいって!」
「俺はこのケーキの中に挟まってる小せぇので十分だ」
「それだって僕にあげるつもりの癖に」
微笑ましく交わされる兄弟のやり取りにマーガレットは「可愛い兄弟愛の春ね」と内心で和み、アベルも紅茶を楽しみながら眺める。
あまりの仲の良さに羨ましくなったオーターは無言でチラリとワースの方を見やるがワースは相変わらずマッシュの後ろに隠れている。
というよりもマッシュの後ろで泥で作った椅子に座って本を読んでいた。
無言で無念の眼鏡カチャリをするオーターを気遣ってランスが紅茶を足してあげた。
一方でレモンはエイムズ兄弟のやり取りからインスピレーションを得て同じようにケーキを一口サイズに切ってフォークで掬うとマッシュの口元に運んだ。
「はいマッシュ君、あーん♡」
「レモンちゃんが食べなよ。苺好きでしょ?」
「わ、私の好きな食べ物覚えててくれたんですか!?」
「僕が苺味のシュークリームを作ると特に嬉しそうにしてたから」
「キャー!これはもう結婚です!夫婦です運命です!記念のファーストバイトをどうぞ!」
「うーむ、相変わらず前後の流れが掴めない・・・まぁいいや。では、一口」
パクッと食べたマッシュに大興奮して顔を真っ赤にしながらレモンは幸せの奇声を上げるが咄嗟にランスが静音魔法をかけて音量を下げた。
ちなみにドットの方の嫉妬による奇声はマカロンが静音魔法で音を消した。
自分の音量が一時的に下げられているのに気付かず、まるで鳴き声のように「けっこんけっこんけっこん♡」と呟くレモンの横でマッシュが腕を組んで考える素振りを見せる。
(お返しした方がいいかな?このままだとレモンちゃんは僕に全部食べさせちゃいそうだし、ケーキ美味しいし。ていうか今日の僕は執事なんだからそれらしい事をしなくちゃかな)
「レモンちゃん」
「はい!喜んで!」
「じゃあ、あーん」
小さく小首を傾げたマッシュに大粒の苺を載せたフォークを差し出されてレモンはまるで自身の拘束魔法にかかったかのように固まる。
顔全体は成熟した苺のように真っ赤に染め上がり、黄金の瞳も零れ落ちるのではないかというくらい大きく見開かれ、奇声や重たい言葉を発するのも忘れる。
何度か口を開閉し、それからぎこちない動作でもって苺を口の中に含んだ。
「美味しい?」
尋ねられてコクコクと頷くが緊張と興奮で正直味は分からない。
シャクシャクという咀嚼音も心臓の音が喧しくて殆ど聞こえない。
それからなんとかして嚥下した後、レモンの思考は混雑時のマーチェット通りのように煩く忙しくなる。
(ままままままマッシュ君にああああああーんって!!!??ここここれはもももうここ恋人!?私達は晴れて夫婦!!?ももももしかししししてててこれはゆゆ夢!?夢なら現実になってくださ~~~~いっ!!!!)
「はうっ!!」
幸せのキャパオーバーでレモンは倒れた。
「あ、レモンちゃん。大変だ、苺がトリガーになって高熱を出したのかもしれない」
「どんなトリガー?」
「フィン君の魔法で治せないかな?それとも保健室?」
「幸せな夢を見ているだろうからそのままそっとしてあげて」
マッシュに支えられながら椅子に深く腰掛けるレモンの口からは幸せで文字通り天にも昇りそうになるレモンの魂が飛び出てフィンは苦笑する。
だがその魂をマッシュが手で掴んでレモンの口に押し戻したので「魂って掴めるの!?」というツッコミが続いた。
ちなみにずっと静音魔法をかけられ音を消されていたドットは野生化を通り越してクリーチャーのような動きでテーブルの周りをグルグルシャカシャカ動き回っている。
本を読んでいたワースの視界の端にもその存在は捉えられ、鬱陶しいので泥沼の罠を作る。
しかしその罠にドットがかかったタイミングでランスの重力魔法がかけられてドットが一気に泥沼に沈み、図らずも連携をする結果となってしまってワースは舌打ちを漏らすのだった。
「そういえば学園祭も近いけど三寮交流会も控えてるわよねぇ」
「サンリ〇交流会?」
「マッシュ君、危ない聞き間違いはやめようか。三寮交流会っていうのは文字通り三つの寮合同で親交を深め合うイベントの事だよ」
「へー。普段は競い合ってるのに?」
「競い合って切磋琢磨し合うのが基本方針だが根底の助け合いの精神を忘れないようにするのが目的だ。三つの寮はそれぞれ敵同士なのではなく手を取り合って助ける味方同士なのだと一人一人に意識させるのが趣旨でもある」
「あば・・・ば・・・」
「つまり時々は仲良くしようねって事だよ」
「なるほど、理解した」
そこまで難解でもないレインの簡単な説明にも頭から煙を吹き出してバグりかけたマッシュに対してかなり噛み砕いてフィンは説明してあげる。
こんなんで本当に勉強は大丈夫なのかとアドラ寮監督生としてレインは心配になったが、これまでもフィンやランス達の力を借りてテストを乗り越えて来たらしいのでひとまずはその友情と団結力を信じる事にした。
「去年の交流会は確かドゥエロの対抗試合だったわよね」
「一昨年は漫才グランプリだったね」
「めんどくせぇ、今年もドゥエロでいいだろ」
「残念だが事前に教師に釘を刺されてしまったから無理だ」
「チッ」
「オーターちゃんが在籍してた頃はどんな催しがあったか覚えてる?」
「マンドラゴラ掘りと魔法のカルタ大会、そして脱出ゲームだったな」
「あら、脱出ゲーム楽しそうね。面白い所を知ってるから今度三人で行きましょうか」
「行かねぇよ」
「レインったら相変わらず冷たいわね」
「マーガレット、キミへのレインからの好感度が低いだけだよ」
「アベルもいつからそんな辛口坊やになったのよ。それとも貴方とならレインは行ってくれるとでも言うのかしら?」
「それはレイン次第だ。そうだろう、レイン?」
「行かねぇよ」
「・・・」
「アベル様のお誘いを断るとはよっぽど死にたいようですね」
固有魔法でも使ったのだろうか、アベルの隣に控えていたアビスは一瞬にしてレインの背後に回り、瞳孔を開いてレインの首筋に刃を突き立てていた。
あまりの素早さと相変わらずのアベル過激ぶりにフィンは恐れ慄くがレインは動じない。
それどころかアビスの頭上に誇り高く輝く大剣パルチザンを出現させてすぐにでも振り落とせそうな勢いだった。
「よさないか、アビス。三寮交流会の話をしているのに揉めていてはいい笑い草だ」
「申し訳ありません・・・」
「アベルもこっ酷くフラれちゃったわね」
「仕方ない。レインは弟のフィン・エイムズとなら喜んで行くそうだからね」
「行くに決まってんだろ」
「レイン、今のは皮肉だよ」
「ていうか貴方が真顔で即答した所為でフィンちゃんが火傷してるわよ」
「火傷?フィン、火を使う必要が今どこにあるんだ?それに使う時は注意しろとあれほど言っただろ。お前の魔法で治せるか?それか今すぐにでもメリアドールさんの所にでも―――」
「そういう意味じゃないよバカ兄貴!ちょっと黙ってろよ!」
真っ赤になった顔を両手で覆って罵る弟の意図が汲めず「顔を怪我したのか?見せろ」と迫るレインに「だから違うってば!」とフィンは抵抗する。
周りからの見守るような生温かい目が嫌でも突き刺さってフィンはとうとう蹲ってしまう。
それでも尚、心配するレインの姿に流石にフィンが可哀想になってきたレモンがやんわりと宥めて会議に集中するように誘導し、レインもフィンに異常がないならと渋々会議に戻った。
「私達がこんなんじゃ交流会は駄目ね、ドの音域にすら達してないわ。まずは私達が親睦を深めるところから始めましょう」
「なら、次の会議は親睦を深めるのも兼ねてトランプをしよう。僕がトランプを持ってくるよ」
「時間を無駄に出来る程俺も暇じゃねぇ。議題が終わり次第俺は帰らせてもらう」
「残念ねぇ。トランプ大会が終わったら親睦の第二歩としてフィンちゃんやマッシュちゃん達を呼んで鍋パーティーするつもりだったのに」
「三回までなら付き合ってやる」
「見事な熱い掌返しだね」
「チョロいとも言うわね」
「黙れ。そもそもフィンを出汁にするんじゃねぇ」
「鍋なだけにかい?」
「上手いわねアベル。ドットちゃん、座布団一枚お願い」
(監督生会議っていつもこんななのかな・・・)
フィンは会議冒頭と同じ感想を抱くのだった。
「くだらない話がまとまっているところ悪いがここに来る途中でウォールバーグさんに会った。お前らにこれを渡せと仰っていた」
嫌味を混ぜながらオーターが配った紙を受け取った監督生三人はそれぞれに眉を顰める。
それからマーガレットは眉を下げて溜息を吐き、アベルは無感情でそれを見下ろし、レインは眉間に深い皺を作って舌打ちをする。
その光景、そして流れに見覚えのあったフィンは三人の視線が自分に集まるのと同時に咄嗟にマッシュと読書をしているワースの間に隠れた。
「ぼぼぼぼ僕はもう何もしないよ!?絶対嫌だからね!?」
「じゃあ代わりに僕がいっちょやってやりますか」
「マッシュ君!?積極的に罪を重ねに行かないで!!」
「フィン、溶解魔法のやり方を教えてやるってこの間約束しただろ?」
「まさかこの為じゃないよね!?ねぇ!!?」
「仕方ない、ここは俺が代わりにやるとするか」
「ランス君!?」
それまで沈黙していたランスは嘆息すると袖から杖を出して構えた。
しかし端正な顔はあからさまに憂いを帯びていて。
「案ずるな、フィン。お前は二回もやったんだ。一回くらいは俺に肩代わりさせろ」
「え、あの、ちょっ・・・」
「流石ランス君、男前ですな」
「アンナちゃんにその雄姿を伝えますね」
「バーカバーカ!カッコつけスカシピアスバーカ!ぐほっ!!」
「あの・・・みんな、やめて?」
「骨は拾います」
「キミの事は忘れないよ、ランス・クラウン」
「餞別のタルタルソースよ、受け取りなさい」
「いらん」
「ねぇちょっと聞いて?」
「後は任せろ、ランス・クラウン」
「お前達、俺の妹を・・・アンナを宜しく頼む。溶解魔法メルティ―――」
「僕がやります!!!!」
フィンはその日、溶解魔法を覚えた。
END
