筋肉ファンタジー

神覚者最終選定試験で姿を現した無邪気な淵源とその息子であり幹部である悪魔の五つ子長男ドゥウムという男。
始まりの杖は奪われ、闇の力がもっとも強まる一ヵ月後の日蝕に合わせて無邪気な淵源が侵攻してくるだろうと緊急会議で結論が出た。
ついては想定される被害やそれに対する備え、そして無邪気な淵源が使う魔法への対策等についてウォールバーグに確認するべくカルドはイーストンに訪れていた。
出会いはその矢先の事。

「レインの弟か・・・」
「あ・・・はい・・・どうも・・・」

校長室の前で立ち尽くす少年に出くわした。
金と黒のツートンカラーだったので最近神覚者の仲間入りをしたレインだと一瞬認識しそうになったがすぐに違うと気付いた。
レインとは反対の配色のツートンカラーで、そもそも左側の前髪の一房しか金色じゃなかった。
他にも人を寄せ付けないオーラがあるレインと違って目の前の少年はビクビクと小動物のように警戒心を全開にしており、こちらの出方次第ではすぐにでもどこかに逃げてしまいそうな動きが見て取れた。
極めつけに顔。
レインが鋭い瞳なら目の前の少年は丸くて幼く、そしてソバカスがあった。
レインとはあまり似ていないけれど、それでもどことなくレインを思わせるような要素がチラホラある印象を受けた。

「確か名前は・・・フィン・エイムズ、だったかな?」
「はい・・・」

慎重に頷く少年―――フィンの答えにカルドは心の中で「やはりか」と一人呟く。
魔法局人材管理局局長として神覚者入りする人間の身辺調査をする義務があるカルドは当然レインの調査も行っていた。
幼い頃に両親が他界、その後親戚をたらい回しにされて路上生活を送った後に孤児院に入り、中等部からイーストンに入ったレインの唯一の弟であるフィン・エイムズ。
同じくイーストン入りしたものの成績は芳しくなく落第ギリギリ。
気弱な性格で、あの魔法の使えないマッシュ・バーンデッドのルームメイトで親友。
そこまでがカルドが書類上で知り得るフィンの情報だった。
けれど先日の神覚者選抜試験で一部評価が変わった箇所がある。
第一予選の死霊の森で死霊を恐れて陰に潜んだまま動かず、友人のドット・バレットに協力してもらって鍵を手に入れる所までは確かに気弱だと思った。
そこだけを見ても何故選抜試験に参加したのかカルドでも疑問に思った程だ。
けれど第二予選で驚くべき事が起きた。
それは最古の杖に選ばれし天才カルパッチョ・ローヤンに対して最後まで徹底して水晶を手放さなかった根性と意地。
彼の固有魔法でズタズタに刺されて他の生徒達が気を失う中でフィンはマッシュが駆け付けるまで苦しみながらも意識を保ち続け、水晶を守り切った。
たとえ首に切れ込みを入れられて血が噴き出そうとも抵抗の意思を失わず死守したフィンの姿は恐ろしくもあり、そしてすぐにレインを彷彿とさせた。
神覚者試験なんてものは生半可なものではない。
たとえ同じ学校の人間を圧倒出来てもその後にセント・アルズやヴァルキスの生徒との戦いが待っている。
特に実力主義を掲げるヴァルキスを退けるのは容易な話ではない。
殆どレインの圧勝だったと噂されているがレインとて最終試験で苦戦を強いられる事もあった。
それでもカルパッチョと戦っていた時のフィンと同じ瞳で苦難を乗り越えて神覚者へと上り詰めたのだ。
一口に『レインの圧勝だった』で済ませるのはあまりにもレインに失礼である。
それと同じでカルパッチョに最後まで抵抗したフィンの精神力は『頑張った』の安易な一言で片づけられるものではないとカルドは思っている。
優先事項としてマッシュの力量を計り、無邪気な淵源の襲来を退けた後、カルドはもう一度レインとその弟であるフィンの資料を読み返してメモで特記事項を追加したのはここだけの話である。

「どうしたの?ウォールバーグさんに用事?」
「ええ、まぁ・・・で、ですがお先にどうぞ。僕は後ででもいいので」
「何か伝える事があるなら一緒に伝えておくよ」
「じゃ、じゃあ・・・―――無邪気な淵源の襲来に備えて僕に何か出来る事はないかと伝えてくれませんか?」
「出来る事?」

聞き返せばフィンは小さく頷き、そのまま俯いて続けた。

「僕は・・・赤魔導師向きの魔法使いではありませんがそれでも・・・マッシュ君が・・・友達が戦う事になってるんです。だから少しでも友達の力になりたくて・・・」
「なるほど。それでウォールバーグさんを頼ってここに来たんだね」
「はい」

成績はギリギリだそうなので勉強が苦手なのは容易に想像がつくが機転は利く方らしい。
一般の教師ではなく真っ先にウォールバーグを頼ろうとしたその考えは素直に評価に値する。
少しだけ興味が湧いて来たカルドは話を続けた。

「確かキミの固有魔法は場所の入れ替え・・・だったかな?」
「そうです」
「試しにキミと僕の場所を入れ替えてみてもらっていい?」
「はぁ・・・」

検証の為にフィンと少し距離を空けたカルドを未だ警戒しながらもフィンは杖を取り出して呪文を唱える。

「チェンジズ」

瞬間、本当に一瞬で自分とフィンの場所が入れ替わってカルドは興味深そうに「ほう」と呟く。

「なるほど。ちなみに入れ替えられるのは人だけ?」
「物も出来ます」
「じゃあ、あそこに飾ってある二枚の絵を入れ替えられる?」
「勿論出来ますけど・・・」
「心配しなくても僕が指示を出したって言うから怒られる事はないよ」

成績ギリギリとあらば素行を咎められて退学なんていう事態は避けたいだろう心理が手に取る様に読めたのでカルドはあらかじめ安心させるように前置きを言い放った。
それでいくらか安心したものの、未だ緊張したままフィンは杖を構えて呪文を唱える。

「チェンジズ」

本当に『一瞬』という言葉が合う程の速さで二枚の絵画が入れ替わった。
「戻せる?」と尋ねれば再度呪文を唱えて絵画を入れ替えてくれた。
カルドは顎に指を当ててしばし入れ替えてもらった絵画を眺めた後、フィンの方を振り返ってまた質問をした。

「入れ替えられるものに制限とか限度はある?」
「僕が対象の位置を把握出来ていれば何度でも入れ替えは出来ます」
「試験でカルパッチョ・ローヤンを他の生徒と入れ替えられたのもそういう訳か」
「そうです。ただ、もしもあの生徒がすぐに起き上がってどこかに行ってしまっていたら入れ替えは出来なくなります」
「なるほどなるほど」

これは面白いと思った。
確かに赤魔導士向きの魔法ではないが使い方によっては敵に対して優位に立ち回れるかもしれない。
それに戦闘関係じゃなくても何かしらの役に立つ事は間違いないだろう。
なんせ相手は裏社会一番の犯罪組織『無邪気な淵源』だ、どんな罠や攻撃を仕掛けて来るか分からない。
万が一の事を考えるとフィンの魔法が必要になる場面も必ずある筈だ。
一刻の猶予を争う現状況下において他人に任せて才能の開花をヤキモキしながら待つよりは自分が指南した方が早いだろう。
今までは才能を見抜いて後は個人任せにしていたがたまには自分が指導する立場になるのも自分にとって良い経験になるのは間違いない。
そう考えたカルドの決断は早かった。

「良ければ僕が指導をしようか?」
「え?」
「キミの固有魔法は必要になる場面が必ず出て来るだろう。その時に備えて僕が鍛えてあげる」
「で、でも・・・」
「きっとウォールバーグさんに相談しても僕達神覚者に回すと思うよ。あの人も忙しいだろうし、どうせ回されるなら今ここで僕に決めてもいいと思うけれど?」
「えっと・・・・・・じゃあ、お願いします!カルドさ、ん・・・?」

勢いよく頭を下げ、けれどどう呼んでいいか分からず迷った呼び方をする姿がおかしくて笑いだしそうになるのをなんとか堪える。
顔合わせした時からレインは遠慮がなくて堂々としていたのに対してフィンは漸く警戒心を解いてくれた。
けれど何かあればすぐに巣穴に逃げてしまいそうな微妙な線にいるのでこちらが無害である事を伝えて完全に警戒心を解いてもらわねばならない。
カルドは努めて優しい雰囲気で語り掛ける。

「いいよ、その呼び方で。明日から時間が出来たら魔法局に来てくれる?キミが来る事は局員に報せておくし、ウォールバーグさんにも話は通しておくから」
「分かりました」

弟子を取るのは初めてだ。
そもそも今まで取ろうという発想がなかった。
世界が徐々に危機に面しているのは百も承知だが、それでもカルドはワクワクする少年心を止める事が出来なかった。

「これから宜しくね、フィン君」





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