エイムズ兄弟とイベント

レインがイーストンに入ってからのフィンの夏休みはずっと孤独だった。
夏になってもレインは孤児院には戻って来ず、フィンがイーストンに入っても突き放されて結局は孤児院にいた時と変わらずフィンは部屋で一人過ごしていた。
お陰で夏休みの宿題は期間内に終えられ、最終日に慌てて片付けるなんて悲劇に見舞われる事はなかったが。
きっとこれから先も一人寂しい夏休みを過ごすのだろうと思っていたが、それが変わったのは高等部に進学してから。
色々な問題が起こりつつもマッシュ達と楽しい夏休みを過ごして輝かしい思い出を作る事が出来た。
けれど変化はこれだけに終わらない。

「どこか行きたい所はあるか?」

無邪気な淵源との決戦を終え、フィンは大好きな兄のレインと再び昔のような仲に戻れた。
それから程なくして卒業したレインはフィンと一緒に住む為の家を建て、週末になればフィンはその家に帰って兄との時間を大切に過ごしていたのだった。
そしてフィンの学校の夏休みを目前に控えた頃にレインが先程のように問うてきたのである。

「行きたい所?」
「そうだ。まとまった休みが取れそうだ。どこか行きたい所はあるか?」

レインは神覚者で多忙だ。
休みを返上して出勤する事もしばしばある。
だから折角の休みは兄の思う通りに過ごして欲しいのだが口数の少ない兄だ、きっとフィンと一緒に何かしたいのがレインの思う過ごし方なのだろう。
兄弟の距離が戻り、兄は昔と変わらない優しい兄だと知ったフィンはレインの考えを察しつつも遠慮がちに自分とお揃いの瞳を見返す。

「いいの?兄さまは家でゆっくりしたいとかないの?」
「余計な気を遣うな。お前は休みに何がしたい?」

相変わらず言葉は少ないが内容はフィンが察した通り。
ならばとフィンは兄弟の交流が再開する以前は諦めていた希望を口にする。

「海に行きたい、かな」
「なら行くぞ」

そんな訳であくる日、二人は箒を飛ばして海に向かった。
場所は去年フィンが初めてマッシュ達と行った海岸で、穴場のそこは今年も人がいなくて静かだった。
有名人で且つ人混みを好まないレインにとっても快適な場所だ。
二人で手分けしてパラソルやシートを敷いてクーラーボックスを置き、念の為盗難防止魔法をかける。
最後に準備運動をしてフィンが海に膝まで浸かりに行った。

「うん、気持ち良い!」
「はしゃいで溺れるなよ」
「大丈夫だよっ!」

遅れて同じように膝まで浸かりに来たレインに向かって両手でばしゃりと海水をかける。
あっという間に水着や上に着てたシャツが濡れたレインは数度瞬きをすると魔法でしまっていた水鉄砲を取り出し、それをフィン目掛けて連射した。

「うわっ!ちょっ、いきなりズルいって!」

腕でガードしながらフィンも慌てて水鉄砲を取り出し、反撃を開始する。
海に足を取られたフィンは上手く動けず、レインからの猛攻を避けられない。
反対にレインは器用に避けながら攻撃の手を緩めない。
水鉄砲は魔法製の物なので持ち主が海の中にいれば自動で海水がフル充填される優れものでフィンはいつまでも海水を当てられ続ける。
それを避けようとするも体制を崩してしまったフィンは盛大に尻餅をついてしまう。

「うわぁっ!!」

バッシャーン!という大きな音と水飛沫をあげてフィンは全身ずぶ濡れになる。
金と黒の前髪の先からは水滴がポタポタと忙しなく流れ落ちる様は被った水の量を物語っている。
穏やかな波の音に馴染むようにして兄の意地悪な笑い声が耳に届き、フィンは唇を尖らせてレインを睨んだ。

「もう!やり過ぎだよ兄さま!」
「倍返しは常識だ」
「だからって度を越してると思うんだけど?」
「そこは俺とお前の考え方の違いだ」

未だおかしそうな雰囲気で助け起こしてくれようと手を伸ばす兄に一泡吹かせてやろうとフィンの悪戯心が閃く。
自分よりもがっしりしてて頼もしく、小さい頃から大好きな兄の手を取り、立ち上がる時の勢いを利用してレインに体当たりをお見舞いする。

「えいっ!」
「・・・」

悲しいかな。
多少よろけたもののレインがひっくり返る事はなく、しっかりとフィンを抱き留めて無言無表情で見下ろしている。
居たたまれない空気がフィンの中にだけ走る。

「・・・せめて無言はやめて」
「お前は何がしたかったんだ?」
「兄さまにも尻餅つかせたかった」
「お前と俺ではそもそも体幹が違う」
「分かってるよ!」
「俺を転がしたいならもっと食べるんだな」
「じゃあ、後でかき氷食べたい」
「ついでに焼きそばとフランクフルトとたこ焼きも食べておけ」
「そんなに食べられないよ!!」

バカ兄貴め!と言わんばかりにフィンはまたレインに海水をかけ、レインも魔法の水鉄砲で反撃する。
それから二人でひとしきり遊んだり泳いだ後、少し離れた所にある海の家でフィンの要望通りかき氷を食べる事にした。
フィンはレモンシロップを、レインはブルーハワイのシロップをかけてもらって席に向かい合って座った。

「兄さまと一緒に食べられて嬉しいなぁ。いただきまーす」

太陽にも負けないくらいニコニコの笑顔でかき氷を一口食べるフィンの姿を心に刻むようにレインはじっくり眺める。
どんな時でも弟の笑顔を見逃さないのがレインだ。

「兄さま食べないの?溶けちゃうよ?」
「ああ、そうだな」
「一口もらっていい?」
「好きなだけ食べろ」
「お腹壊しちゃうよ。兄さまも一口どーぞ」

互いに机の真ん中にかき氷を置いてそれぞれにスプーンを伸ばす。

「ん!美味しい!かき氷のシロップって色が違うだけで全部味は一緒って聞いた事あるけどこれはそうでもないね」
「ここの店は本格派でやっているらしい。安物のシロップは使ってないんだろ」

レインが視線で示す先を追えば海の家の看板に『自家製シロップを使ったかき氷!』という看板がデカデカと出ていた。
店の中にいる店主もドヤ顔だ。
とりあえず愛想笑いを返したフィンは自身のかき氷に向き直って再びつつき始める。

「最近は本格的なかき氷のスイーツを出す店も多いよね。この間マッシュ君達と行ったお店のかき氷がふわっふわでフルーツも載ってて美味しかったんだ。今度兄さまも一緒にどう?」
「ああ、いいぞ」
「やった!今から楽しみだなぁ」

嬉しそうに屈託なく笑う弟の姿にレインは心底癒される。
ここ最近は仕事が忙しく、心身共にくたびれていたので尚更健康に良い。
しかも次の休みの約束を取り付けられたのでもはや言う事はない。
幸せと共に噛み締めるかき氷が心に沁みる。

「ふぅ、美味しかった。ごちそうさま!」
「ごちそうさま」
「兄さま、舌出してみて?」

突然のフィンの要求にその意図を察して無言で舌を見せる。
それを見たフィンは予想通り小さく笑う。

「兄さまの舌、真っ青だよ」
「お前の舌も見せてみろ」
「んっ」

素直に出されたフィンの舌はこちらも予想通り黄色に染まっていてレインは口の端を緩める。

「お前の舌は黄色だ」
「やっぱりね!」

小さく噴き出してフィンも笑いだす。
何でもない事だけれど二人にとっては確かな幸せで、今まで経験する事が叶わなかった兄弟のひと時であった。
特にフィンは他所の兄弟のやり取りを見る度に憧れてはすぐに諦めていた事がある。
なんなら夢に見るほど。
けれど紆余曲折あってそれが現実になってフィンはとても嬉しかった。
それはレインも同じで、フィンと過ごす何にも代えがたこの幸せな時間をしっかりと胸に刻んでいた。

((幸せだな))

兄弟だからか、心の中で呟いた言葉は図らずも同じだった。
それからかき氷の器やスプーンを片付けた二人はパラソルに戻る道すがら、二人並んで波打ち際の散歩を始める。
自分達以外に人のいない浜辺は波の音が爽やかに木霊し、太陽が照らす海は宝石のようにキラキラと輝いていた。
この景色を二人占め出来るのはかなりの贅沢だ。

「今日は兄さまと海に来れて良かった。ずっと兄さまと行きたいと思ってたんだ」
「そうか」
「ここのビーチには去年マッシュ君達と一緒に来たんだけど驚く事に校長先生も来てたんだよ」
「あのジジイ、人に仕事押し付けてバカンスを楽しんでやがったのか」

表情を険しくさせて舌打ちする兄を「まぁまぁ」と言って宥める。
恐れ多くもウォールバーグに対してこれだけの悪態を吐けるのは旧友であった無邪気な淵源とメリアドールを除けばレインくらいなものだろう。
それだけ付き合いが長いのかもしれないがせめて舌打ちだけは抑えられないだろうか。
そんな事を心の隅で考えながらもフィンは続ける。

「みんなで泳いだりスイカ割・・・は魔スイカをドット君が持って来てそれをマッシュ君が砕いたんだけど、凄く楽しかったんだ。夜には花火もやってさ。兄さまともやりたかったから明日は花火をしようね」
「なら、明日の昼間に買いに行くぞ・・・ついでにスイカも買ってな」
「うん!」

また一つ新しい約束が出来てフィンは満面の笑みで頷く。
寄せて返って来た波が足元を濡らしたのが気持ち良くて尚更嬉しい気持ちが大きくなる。
それをもっともっと大きくしたくてフィンは魔法の言葉を言い放つ。

「兄さま、来年も一緒に海に行こうね」
「ああ」

昔作れなかった思い出の分も取り戻すように二人は夏の思い出を沢山作ると約束を交わすのだった。





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