筋肉ファンタジー
「兄さまに紹介したい子がいるんだ」
ある日の授業終わりにフィンがそう告げて来た。
くすぐったそうに、とても幸せそうな表情で。
その時のレインは自分がどんな表情を浮かべていたかは分からなかった。
ただどんな感情の名前も当て嵌らない声音で「そうか」とだけ呟き、早速放課後に会わせたいと言うフィンの希望を了承してその日の内にフィンの『紹介したい子』とやらと顔合わせをする事になった。
しかし突然の事、しかも溺愛する弟がもしかしたら将来『家族』になるかもしれない女性を連れて来るという事実にレインは動揺が隠せないでいた。
「フィン君が女の子を連れて来る?」
放課後のフィンが来るまでの間に心の整理をしようとレインはソファで対面するようにして座るルームメイトにして親友のマックスに相談をしていた。
しかし話を受けたマックスは不思議そうに首を傾げる。
「フィン君、好きな子が出来たのか?」
「紹介したい奴がいるってのはつまりそういう事だろ」
「そりゃまぁそうだけどそんな噂聞かないけどなぁ。フィン君が友達のレモン・アーヴィンっていう女の子以外と仲良くしてるの見た事ないし聞いた事ないぞ」
「俺達が知らないだけで仲良くしてるのかもしれねぇだろ」
「けど、マッシュ君とかポロっと言いそうだけどな、そういうの。フィン君、最近仲良くしてる女の子がいるんですよ、とか。ドット君辺りなんかは僻んで鬼の形相をするだろうしランス君辺りも言いそうだけどなぁ」
「フィンが口止めしてるのかもしれねぇ」
「お前を驚かせたいから?」
「・・・ああ」
「でも一緒の家に住む約束してんだろ?フィン君も凄く嬉しそうにしてたしそんなすぐに反故にするか?」
「だが、いつ出て行ってもいいとも言ってある。アイツは出て行かないと言ったが・・・それでも決めるのはアイツだ」
そう言い放つレインは俯き気味で表情もどことなく寂しそうである。
無理もない、守る為にずっと突き放していた弟と卒業後は一緒に暮らそうと約束したのにそれが白紙に戻ろうとしているのだ。
もう一生隣に置く事は叶わないと思っていた溺愛する弟がまた自分の隣に来て、自分の手で建てた雨風凌げる温かくて清潔で可愛いウサギのいる安全な家で兄弟仲睦まじく暮らせるのだと張り切っていたのが遠い昔の事のように思える。
かける言葉を探してマックスが沈黙していると徐にレインが口を開いた。
「・・・俺は」
「うん?」
「フィンには・・・『普通』の幸せを掴んで欲しいと思っている」
「でもそのフィン君は『普通』はいらないって言ったんだろ?」
「ああ・・・だが、気が変わって『普通』の幸せを掴むというのなら俺は黙ってその幸せを守るだけだ。それなのに・・・」
「それなのに?」
「・・・俺はフィンが『普通』の幸せを掴むのを心から喜んでやれない・・・酷い兄だ・・・」
「レイン・・・」
辛そうに顔を歪める親友にマックスは心を痛める。
長年傍でレインを見て来たからこそ分かる、レインがフィンと一緒に住む約束をしてどれだけ舞い上がっていたかを。
勿論、フィンの方で好きな人が出来たらその人を大切にしてその人と暮らすようにという約束もしたがフィンの方は「僕、女の子にモテた事なんて一度もないから多分出来ないよ」なんて笑い飛ばしていた。
むしろ兄さまの方がすぐに良い人見つけちゃうよ、なんて言っていたがそれこそないな、とマックスが笑い飛ばした。
なんせレインはイーストンに入ってからずっとフィンの事を考えていたのでそこにポッと出の女子が入る隙間はなかったしレイン自身も見向きもしなかった。
更にウサギというフィンとは別枠の心の癒しを得てからは益々他人の入る余地はなくなっている。
本人も好きな異性のタイプを聞かれても「考えた事もない」と言い、その後も一切考える事なく過ごして来たのだ。
だからいつまでもレインの傍にいられるぞ、と言った時のフィンは複雑そうにしていながらも安心したような表情を浮かべていた。
このフィンの複雑の意味は今のレインと同じで兄の傍にいつまでもいられるのは嬉しい反面、兄に自分以外、或いは自分以上の大切な人が出来ない事に安堵してしまう自分はなんて酷い弟なのだ、という自己嫌悪からくる感情なのだとマックスもレインもすぐに見抜いた。
フォローしようと動こうとしたマックスだがそれよりも早くレインが動いて、ただ一言「フィン」と名前を呼んで優しく頭を撫でた。
いつも通り言葉が少ないのにそれでも通じたのかフィンの表情からそうした後ろめたさなどが抜けたので良しとした。
それが今や逆の立場になるとは良くも悪くも世の中何が起きるか分からないものである。
だが、そんな世の中でも親友が辛そうにしていたら助けて支えるのが友の役目だ。
「・・・とりあえずさ、まだ学生なんだから卒業してすぐに結婚って事もないだろ?フィン君は冷静な子だし、お互いを知る為の同棲期間はあるかもしれないがそんなすぐに始めようとはしないんじゃないか?ほら、フィン君は貴重な回復魔法が使える白魔導士で何かと危険がつきものだし、いつ後方支援として戦場に呼ばれるかも分からないから慎重になって考えるだろうし。そういう面でもお前は簡単に交際を許す訳にはいかないだろう?ただでさえレインは神覚者なんだから変な下心を持つ子なんかとフィン君を結婚させる訳にもいかないしさ」
「・・・まぁな」
「だからとりあえずはフィン君とゆっくり話してさ。それでちゃっかり二人で住む期間を延ばしちゃえよ。少なくとも卒業してから三年以内は結婚を認めない!とかな」
「・・・五年は長過ぎるか?」
「それは流石に反発喰らいそうだが・・・まぁ交渉次第だな。毎日と言わずとも週一は家に来てくれとかさ。とにかくフィン君に会いたい気持ちを伝えろよ。な?」
「・・・ああ」
「いつかフィン君に会いたくてもフィン君の都合で会えない時は俺が来て話でもなんでも聞いてやるよ!酒飲みながらさ!」
「ああ・・・助かる。感謝する、マックス」
「いいって事よ」
まるで少年のような爽やかで快活な笑みを浮かべるマックスは本当に良い人間だとレインは心の底から思う。
こうした親友を得られて心から嬉しいとも。
脳裏にそのマックスが酒を飲んで顔を赤くしながら話を聞いてくれる姿が浮かぶが自分がどんな表情をしていてどんな話をしているのかだけが想像出来ない。
まるでそうした未来が訪れるのを拒絶しているように。
つくづく自分は至らない兄だ、と再び心が沈みかけたその時、控え目なノックが部屋に響いた。
「兄さま、僕だよ。入っていい?」
「来たな」
「ああ―――今開ける」
覚悟を決めたレインは重い腰を上げて珍しく汗の滲む掌でドアノブを掴み、扉を開け放った。
一体どんな少女を連れて来たのかと内心身構える―――が、扉を開け放った先にはフィン一人しかいなかった。
思わず拍子抜けして表情は崩さない―――というよりも崩れない―――ままレインは瞬きを繰り返してフィンを凝視する。
「・・・一人か?」
「え?そうだけど?」
「紹介したい奴がいるんだろ?」
「うん?でも僕一人で十分だし。流石の僕でもマッシュ君とかにお願いしなくても一人で出来るよ」
「マッシュ・バーンデッド?」
「それより中に入ってもいい?廊下は寒いからさ」
「ああ、そうだな。悪かった。入れ」
疑問解消よりも弟の体調を最優先にしてフィンを中に入れる。
その時に手に持っていた柔らかい黄色の動物用のキャリーケースが目に入って首を傾げ、軽い挨拶をしながら同じようにキャリケースを目にしたマックスが「おや?」と首を傾げる。
「フィン君、それは?」
「これですか?これはですね―――」
ニコニコとまるで悪戯を仕掛ける子供のように笑顔を浮かべるフィンのそれは悪戯好きのマックスに通じるものがあった。
それ故に「これは何か良い事が起こりそうだな」と直感したマックスは肩の力を抜きながらレインの隣に座ってフィンと対面する。
先程まで気分はレインを支える親友モードのマックスだが今ではすっかりフィンのお兄ちゃん同然の仕掛けられる悪戯にワクワクするマックスになっている。
ただ一人困惑しているのはレインだけだった。
彼はただただフィンがキャリーケースを開けて中に入っている動物を取り出すのを見守る事しか出来ない。
「今日の校外学習で拾ったパンダウサギのウサどんです!」
「パンダウサギ!?」
「・・・っ!」
ジャジャーン!という擬音が聞こえてきそうな勢いで二人の前にお披露目された黒と白のパンダを思わせる愛らしいパンダウサギの登場に二人は驚く。
レインに至っては瞳を輝かせて感激している。
ある意味で度肝を抜かれて圧倒されたマックスは未だ驚きながらも肝心な用件の中身を尋ねる。
「えっと、フィン君が紹介したいって言ってた子ってもしかして・・・?」
「はい!校外学習で拾ったこのウサどんです!」
「ウサどん・・・そっかそっか、ウサギだったのか・・・良かったな、レイン!色々な意味で!」
「ああ・・・!」
「え?何だと思ったんですか?」
「いやぁ、紹介したい子がいるなんて言うからてっきり彼女を連れて来るのかと思ってさ」
「彼女・・・?ないない!ありえないですよ!僕なんかと付き合うなんて罰ゲームなんて言われるくらい―――」
「誰がそんな事を言いやがった」
「あくまでも!あくまでも噂だから!!出所不明で言ってる人は見た事ないし僕の思い込みの可能性もあるから!!」
「三本線しまえレイン!ウサどんが怖がるだろ!?な!?」
三本目の痣を出現させて怒りを露わにするレインを二人がかりで宥める。
無邪気な淵源との大戦を通じて距離を空ける必要がなくなったレインはこうしてフィンを貶したり害する人間に対して露骨に怒りと攻撃性を剥き出しにするようになった。
正直なところ、関係修復する前の段階でも陰でフィンに害する輩は理由をつけてボコボコにしていたので今更でもあるが。
とにかくニンジンを持たせてウサどんに餌やりをさせる事で何とか怒れる戦の神杖を鎮めた。
「と、とりあえず彼女云々は置いといて・・・今日、校外学習で森に行ったんだけど魔法生物に襲われて怪我をしているウサどんがいてね。魔法生物はマッシュ君が退治してくれてウサどんは僕が治療してあげたらすっかり懐かれちゃってどれだけ森に返そうとしても戻って来ちゃうんだ。挙句の果てにはフードの中に居座っちゃって・・・部屋で飼う事に関してマッシュ君もOKはくれてたんだけどやっぱり友達とかがいる方がこの子も寂しくないかなって思って連れて来たんだ。だから兄さま、ウサどんを兄さまのウサギ達の仲間に入れてあげられないかな?勿論今まで通りお世話もするしウサどん用の小屋だって喜んで作るよ。だから―――」
「当たり前だ」
「え?」
「コイツは―――ウサどんも今日から俺達の家族だ」
「兄さま・・・!」
フィンにだけ向けられる柔らかな笑顔と了承に今度はフィンの方が感激する。
それからレインはソファ越しに自身のベッドの周りで寛いでいたウサギ達に集まる様に声をかける。
するとウサギ達は一斉にレインの周りに集まり、レインの膝の上に載せられたウサどんを物珍しそうに眺めた。
「今日から新しく加わる事になったウサどんだ。お前達、仲良くしてやれ」
了解したのだろうか、集まったばかりのウサギ達はぞろぞろとレインのベッドに戻っていくがその後にウサどんも続いて行く。
そしてそのウサどんに寄り添うようにウサノシンが付いて歩き、一緒に部屋の散歩を始めた。
きっとこの部屋についての決まりや過ごし方でも教えているのだろう。
そう考えたら可愛らしくてフィンは心が和みっぱなしになる。
勿論、了承してくれた兄に対しても嬉しさがこみ上げる。
「ありがとう、兄さま」
「家族を受け入れるのは当然だ」
「よく言うぜ、さっきまで悩んでた癖にさ」
「え?悩んでた?」
「マックス」
余計な事を言うな、とでも言いたげに睨んでくる親友の予想通りの反応をマックスは笑い飛ばすのだった。
END
ある日の授業終わりにフィンがそう告げて来た。
くすぐったそうに、とても幸せそうな表情で。
その時のレインは自分がどんな表情を浮かべていたかは分からなかった。
ただどんな感情の名前も当て嵌らない声音で「そうか」とだけ呟き、早速放課後に会わせたいと言うフィンの希望を了承してその日の内にフィンの『紹介したい子』とやらと顔合わせをする事になった。
しかし突然の事、しかも溺愛する弟がもしかしたら将来『家族』になるかもしれない女性を連れて来るという事実にレインは動揺が隠せないでいた。
「フィン君が女の子を連れて来る?」
放課後のフィンが来るまでの間に心の整理をしようとレインはソファで対面するようにして座るルームメイトにして親友のマックスに相談をしていた。
しかし話を受けたマックスは不思議そうに首を傾げる。
「フィン君、好きな子が出来たのか?」
「紹介したい奴がいるってのはつまりそういう事だろ」
「そりゃまぁそうだけどそんな噂聞かないけどなぁ。フィン君が友達のレモン・アーヴィンっていう女の子以外と仲良くしてるの見た事ないし聞いた事ないぞ」
「俺達が知らないだけで仲良くしてるのかもしれねぇだろ」
「けど、マッシュ君とかポロっと言いそうだけどな、そういうの。フィン君、最近仲良くしてる女の子がいるんですよ、とか。ドット君辺りなんかは僻んで鬼の形相をするだろうしランス君辺りも言いそうだけどなぁ」
「フィンが口止めしてるのかもしれねぇ」
「お前を驚かせたいから?」
「・・・ああ」
「でも一緒の家に住む約束してんだろ?フィン君も凄く嬉しそうにしてたしそんなすぐに反故にするか?」
「だが、いつ出て行ってもいいとも言ってある。アイツは出て行かないと言ったが・・・それでも決めるのはアイツだ」
そう言い放つレインは俯き気味で表情もどことなく寂しそうである。
無理もない、守る為にずっと突き放していた弟と卒業後は一緒に暮らそうと約束したのにそれが白紙に戻ろうとしているのだ。
もう一生隣に置く事は叶わないと思っていた溺愛する弟がまた自分の隣に来て、自分の手で建てた雨風凌げる温かくて清潔で可愛いウサギのいる安全な家で兄弟仲睦まじく暮らせるのだと張り切っていたのが遠い昔の事のように思える。
かける言葉を探してマックスが沈黙していると徐にレインが口を開いた。
「・・・俺は」
「うん?」
「フィンには・・・『普通』の幸せを掴んで欲しいと思っている」
「でもそのフィン君は『普通』はいらないって言ったんだろ?」
「ああ・・・だが、気が変わって『普通』の幸せを掴むというのなら俺は黙ってその幸せを守るだけだ。それなのに・・・」
「それなのに?」
「・・・俺はフィンが『普通』の幸せを掴むのを心から喜んでやれない・・・酷い兄だ・・・」
「レイン・・・」
辛そうに顔を歪める親友にマックスは心を痛める。
長年傍でレインを見て来たからこそ分かる、レインがフィンと一緒に住む約束をしてどれだけ舞い上がっていたかを。
勿論、フィンの方で好きな人が出来たらその人を大切にしてその人と暮らすようにという約束もしたがフィンの方は「僕、女の子にモテた事なんて一度もないから多分出来ないよ」なんて笑い飛ばしていた。
むしろ兄さまの方がすぐに良い人見つけちゃうよ、なんて言っていたがそれこそないな、とマックスが笑い飛ばした。
なんせレインはイーストンに入ってからずっとフィンの事を考えていたのでそこにポッと出の女子が入る隙間はなかったしレイン自身も見向きもしなかった。
更にウサギというフィンとは別枠の心の癒しを得てからは益々他人の入る余地はなくなっている。
本人も好きな異性のタイプを聞かれても「考えた事もない」と言い、その後も一切考える事なく過ごして来たのだ。
だからいつまでもレインの傍にいられるぞ、と言った時のフィンは複雑そうにしていながらも安心したような表情を浮かべていた。
このフィンの複雑の意味は今のレインと同じで兄の傍にいつまでもいられるのは嬉しい反面、兄に自分以外、或いは自分以上の大切な人が出来ない事に安堵してしまう自分はなんて酷い弟なのだ、という自己嫌悪からくる感情なのだとマックスもレインもすぐに見抜いた。
フォローしようと動こうとしたマックスだがそれよりも早くレインが動いて、ただ一言「フィン」と名前を呼んで優しく頭を撫でた。
いつも通り言葉が少ないのにそれでも通じたのかフィンの表情からそうした後ろめたさなどが抜けたので良しとした。
それが今や逆の立場になるとは良くも悪くも世の中何が起きるか分からないものである。
だが、そんな世の中でも親友が辛そうにしていたら助けて支えるのが友の役目だ。
「・・・とりあえずさ、まだ学生なんだから卒業してすぐに結婚って事もないだろ?フィン君は冷静な子だし、お互いを知る為の同棲期間はあるかもしれないがそんなすぐに始めようとはしないんじゃないか?ほら、フィン君は貴重な回復魔法が使える白魔導士で何かと危険がつきものだし、いつ後方支援として戦場に呼ばれるかも分からないから慎重になって考えるだろうし。そういう面でもお前は簡単に交際を許す訳にはいかないだろう?ただでさえレインは神覚者なんだから変な下心を持つ子なんかとフィン君を結婚させる訳にもいかないしさ」
「・・・まぁな」
「だからとりあえずはフィン君とゆっくり話してさ。それでちゃっかり二人で住む期間を延ばしちゃえよ。少なくとも卒業してから三年以内は結婚を認めない!とかな」
「・・・五年は長過ぎるか?」
「それは流石に反発喰らいそうだが・・・まぁ交渉次第だな。毎日と言わずとも週一は家に来てくれとかさ。とにかくフィン君に会いたい気持ちを伝えろよ。な?」
「・・・ああ」
「いつかフィン君に会いたくてもフィン君の都合で会えない時は俺が来て話でもなんでも聞いてやるよ!酒飲みながらさ!」
「ああ・・・助かる。感謝する、マックス」
「いいって事よ」
まるで少年のような爽やかで快活な笑みを浮かべるマックスは本当に良い人間だとレインは心の底から思う。
こうした親友を得られて心から嬉しいとも。
脳裏にそのマックスが酒を飲んで顔を赤くしながら話を聞いてくれる姿が浮かぶが自分がどんな表情をしていてどんな話をしているのかだけが想像出来ない。
まるでそうした未来が訪れるのを拒絶しているように。
つくづく自分は至らない兄だ、と再び心が沈みかけたその時、控え目なノックが部屋に響いた。
「兄さま、僕だよ。入っていい?」
「来たな」
「ああ―――今開ける」
覚悟を決めたレインは重い腰を上げて珍しく汗の滲む掌でドアノブを掴み、扉を開け放った。
一体どんな少女を連れて来たのかと内心身構える―――が、扉を開け放った先にはフィン一人しかいなかった。
思わず拍子抜けして表情は崩さない―――というよりも崩れない―――ままレインは瞬きを繰り返してフィンを凝視する。
「・・・一人か?」
「え?そうだけど?」
「紹介したい奴がいるんだろ?」
「うん?でも僕一人で十分だし。流石の僕でもマッシュ君とかにお願いしなくても一人で出来るよ」
「マッシュ・バーンデッド?」
「それより中に入ってもいい?廊下は寒いからさ」
「ああ、そうだな。悪かった。入れ」
疑問解消よりも弟の体調を最優先にしてフィンを中に入れる。
その時に手に持っていた柔らかい黄色の動物用のキャリーケースが目に入って首を傾げ、軽い挨拶をしながら同じようにキャリケースを目にしたマックスが「おや?」と首を傾げる。
「フィン君、それは?」
「これですか?これはですね―――」
ニコニコとまるで悪戯を仕掛ける子供のように笑顔を浮かべるフィンのそれは悪戯好きのマックスに通じるものがあった。
それ故に「これは何か良い事が起こりそうだな」と直感したマックスは肩の力を抜きながらレインの隣に座ってフィンと対面する。
先程まで気分はレインを支える親友モードのマックスだが今ではすっかりフィンのお兄ちゃん同然の仕掛けられる悪戯にワクワクするマックスになっている。
ただ一人困惑しているのはレインだけだった。
彼はただただフィンがキャリーケースを開けて中に入っている動物を取り出すのを見守る事しか出来ない。
「今日の校外学習で拾ったパンダウサギのウサどんです!」
「パンダウサギ!?」
「・・・っ!」
ジャジャーン!という擬音が聞こえてきそうな勢いで二人の前にお披露目された黒と白のパンダを思わせる愛らしいパンダウサギの登場に二人は驚く。
レインに至っては瞳を輝かせて感激している。
ある意味で度肝を抜かれて圧倒されたマックスは未だ驚きながらも肝心な用件の中身を尋ねる。
「えっと、フィン君が紹介したいって言ってた子ってもしかして・・・?」
「はい!校外学習で拾ったこのウサどんです!」
「ウサどん・・・そっかそっか、ウサギだったのか・・・良かったな、レイン!色々な意味で!」
「ああ・・・!」
「え?何だと思ったんですか?」
「いやぁ、紹介したい子がいるなんて言うからてっきり彼女を連れて来るのかと思ってさ」
「彼女・・・?ないない!ありえないですよ!僕なんかと付き合うなんて罰ゲームなんて言われるくらい―――」
「誰がそんな事を言いやがった」
「あくまでも!あくまでも噂だから!!出所不明で言ってる人は見た事ないし僕の思い込みの可能性もあるから!!」
「三本線しまえレイン!ウサどんが怖がるだろ!?な!?」
三本目の痣を出現させて怒りを露わにするレインを二人がかりで宥める。
無邪気な淵源との大戦を通じて距離を空ける必要がなくなったレインはこうしてフィンを貶したり害する人間に対して露骨に怒りと攻撃性を剥き出しにするようになった。
正直なところ、関係修復する前の段階でも陰でフィンに害する輩は理由をつけてボコボコにしていたので今更でもあるが。
とにかくニンジンを持たせてウサどんに餌やりをさせる事で何とか怒れる戦の神杖を鎮めた。
「と、とりあえず彼女云々は置いといて・・・今日、校外学習で森に行ったんだけど魔法生物に襲われて怪我をしているウサどんがいてね。魔法生物はマッシュ君が退治してくれてウサどんは僕が治療してあげたらすっかり懐かれちゃってどれだけ森に返そうとしても戻って来ちゃうんだ。挙句の果てにはフードの中に居座っちゃって・・・部屋で飼う事に関してマッシュ君もOKはくれてたんだけどやっぱり友達とかがいる方がこの子も寂しくないかなって思って連れて来たんだ。だから兄さま、ウサどんを兄さまのウサギ達の仲間に入れてあげられないかな?勿論今まで通りお世話もするしウサどん用の小屋だって喜んで作るよ。だから―――」
「当たり前だ」
「え?」
「コイツは―――ウサどんも今日から俺達の家族だ」
「兄さま・・・!」
フィンにだけ向けられる柔らかな笑顔と了承に今度はフィンの方が感激する。
それからレインはソファ越しに自身のベッドの周りで寛いでいたウサギ達に集まる様に声をかける。
するとウサギ達は一斉にレインの周りに集まり、レインの膝の上に載せられたウサどんを物珍しそうに眺めた。
「今日から新しく加わる事になったウサどんだ。お前達、仲良くしてやれ」
了解したのだろうか、集まったばかりのウサギ達はぞろぞろとレインのベッドに戻っていくがその後にウサどんも続いて行く。
そしてそのウサどんに寄り添うようにウサノシンが付いて歩き、一緒に部屋の散歩を始めた。
きっとこの部屋についての決まりや過ごし方でも教えているのだろう。
そう考えたら可愛らしくてフィンは心が和みっぱなしになる。
勿論、了承してくれた兄に対しても嬉しさがこみ上げる。
「ありがとう、兄さま」
「家族を受け入れるのは当然だ」
「よく言うぜ、さっきまで悩んでた癖にさ」
「え?悩んでた?」
「マックス」
余計な事を言うな、とでも言いたげに睨んでくる親友の予想通りの反応をマックスは笑い飛ばすのだった。
END
