筋肉ファンタジー

「おはよう、みんな」
「これからフィンの部屋にお出掛けするぞ」

少し早い朝の1106号室。
愛兎たちに声をかけながらレインとマックスはペット用の魔法のバスケットに一羽ずつ入れて行く。
魔法のバスケットはペットとバスケットのサイズはそのまま、十羽まで快適に乗せる事の出来る魔法道具で重さも羽のように軽い優れもの。
ペットが逃げない為の脱走対策魔法もかけられている高級品で、弟とウサギ関連には金に糸目をつけないレインらしい持ち物である。
九羽全てバスケットに乗せたのを確認して二人はいざフィンとマッシュの部屋である302号室へ出陣する。
時間が時間なだけ廊下はまだ静けさを保ったままですれ違う生徒はいない。
大切にバスケットに抱えたウサギ達にも怯えた様子はなく、むしろ主人であるレインに影響されてか少しワクワクしているような様子さえ見られる。
だが、階段を下りて角を曲がり、目的地である302号室に到着する直前のとき。

「「「「あ」」」」

同じく302号室に用があったであろうドット・ランス・レモンと鉢合わせし、その三人とマックスが声を漏らす。
レインは無言だったが首を傾げていた。

「フィンに用か?」
「あ、いや、まぁ、用っつーか・・・」
「私達、マッシュ君からレイン先輩達の話を聞きまして・・・」
「俺達も参加しようと思っていた所です」

忙しなく目を泳がせるドットと冷や汗をかくレモンといつもの澄ました顔で答えるランスにマックスは小さく噴き出す。
よくよく見ればドットの手には自分で書いたサイン色紙が、レモンの手にはお手製のマッシュの人形が、ランスの手には妹グッズが握られている。
参戦する気満々だ。
笑いながら「どうする?」と尋ねるマックスにレインは「愚問だ」と頷いて三人に目で「ついてこい」と指示する。
三人は頷き、ドットが今日も今日とて破壊されているドアを横にずらすと中でフィンのベッドの傍でシュークリームを食べていたマッシュが「いらっしゃい」と声を潜めて迎えてくれた。
ぞろぞろと六人揃って部屋の中に入るもベッドで眠るフィンに起きる気配はない。
どうやら熟睡しているようだ。

「まさかレイン君が寝てるフィン君に悪戯するって言ったらみんなも便乗してくるとは」
「聞いたらやりたくなってみるだろ?」
「でも私達は今回だけですよ?やり過ぎるとフィン君が可哀想なので」
「それに寝ているフィンの周りに置く物は不快にならない物だけだからな」
「不快にはなんねーけど枕元に他人の妹グッズがあったら狂気だろ」
「シュークリーム柄のプロテインシェイカーは不快な物にならないよね?」
「お、マッシュ、お前もやる気だな?」
「というよりも何でプロテインシェイカーなんだ?」
「シュークリームだとレイン君のウサギが食べちゃうから。それにフィン君、鍛えたいって言って最近僕の指導の下、頑張ってるから努力が実りますようにっていうおまじない?」
「マッシュ君優しいです!」
「だからって起きたらすぐ傍にプロテインシェイカーあんのも恐怖案件だろ。マッチョサンタからの贈り物かと疑うわ」
「おーい、静かにしろー。フィン君が起きちゃうぞー」

わちゃわちゃと賑やかな会話を繰り広げるマッシュ達にマックスがやんわり注意を入れる。
揃って振り向けばレインがウサギを黙々とフィンの体の上や周りにセットしていた。
この兄貴何やってんだ、という感想が浮かばないでもなかったが、マッシュ達は目を合わせると自身の持ち物をフィンの頭上周りに配置してウサギ達を眺めた。

「わぁ、可愛いです!レイン先輩、撫でてもいいですか?」
「こっちのウサ山ならいい。人懐っこいからな」
「ありがとうございます」

瞳を輝かせながらレモンがフィンの胸の上に座るウサ山の頭や背中を優しく撫でる。
真っ白でフワフワの艶々の毛並みは非常に手触りが良く、それだけで癒し効果抜群だった。
それを隣で見ていたマッシュも触りたくてうずうずと手を震わせる。

「レイン君、僕も触っていい?」
「ああ」
「待てマッシュ。お前は力加減を分かってねぇ可能性があるからまずは俺で練習しろ」

ドットがローブを纏った腕をマッシュの前に差し出す。
頷いたマッシュはその腕に手を添えて滑らせた。
煙が出る程何度も往復して。

「あちゃーっ!!!」
「ごめん、やり過ぎた」
「ワザとだろテメー!!」
「煩い、フィンが起きるだろ」
「おごぉっ!!」

マッシュに食ってかかろうとするドットにランスがグラビオルをお見舞いして地に叩き伏せる。
ドットが騒ぎ過ぎた所為か、それともランスの魔力に反応してか、フィンが眉を顰めて「う~ん」と唸る。
浮上しかけているフィンの意識を頭を優しく撫でる事で再び沈めたレインは険しい顔でマッシュを睨みつける。

「マッシュ・バーンデッド、ふざけるなら触らせないからな」
「すいません」
「マッシュ君、次は私の手で練習してみて下さい」
「うん」

差し出されたレモンの華奢で白い手を取り、手の甲をマッシュは優しく撫でつける。
とても優しく柔らかなその手つきにレモンはうっとり蕩けながら合格を言い渡す。

「それでオッケーですよ、マッシュ君」
「ありがとう、レモンちゃん」
「マッシュテメー!やっぱりさっきのはワザとだったな!?」
「静かにしろと言ってるだろ」
「おごっ!!」
「よければ私の色んな所をもっと沢山なでなでしてくれてもいいんですよ!?」
「いえ、ウサギを撫でさせていただきます」
「ここは学生寮だというのを忘れないでね」

暴走しかけたレモンにマックスがさりげなく注意を入れる横でマッシュはウサ山の頭に手を添え、レモンに撫でてみせた要領でウサ山の頭を撫でる。
気持ち良さそうにするウサ山の姿にマッシュの心も和む。

「うーむ、レイン君がウサギを可愛がる気持ちが分かりますな」
「だろう?ウサギはこの世の真理であり宇宙だ」
「流石にそこまでは・・・」
「お、良い感じになってきたな」

ウサギ達のセッティングを終えたレインの横からフィンのベッドを覗いてマックスが溢す。
フィンの頭上周りを囲むアンナグッズ、ドットのサイン色紙、プロテインシェイカー、マッシュのクッション。
そして顔の両側に一羽ずつ、胸の上に一羽、お腹の上に二羽、両手に一羽ずつ、足の上に一羽ずつ配置されたウサギ達。
もはや惨状にも近いその光景を六人は静かに見守っていた。
フィンが起きるのは時間の問題である。

「フィン君が自然に起きるのとウサギが起こすの、どっちが先かな?」
「アンナが起こすのが先に決まっている」
「こぇーだろ」
「あ、顔の両側にいるウサギさんたちがフィン君の耳元で鼻を動かし始めましたよ」
「これで起きるね」

フィンの顔の両側に配置されたウサギはまるで示し合わせたかのようにフィンの耳元に顔を寄せて鼻をふすふすと鳴らし始める。
忙しなく鳴らされる鼻の音に流石のフィンの眉間に皺が寄り、そしてカッと瞳を開いて咆哮した。

「いやっ!流石に煩いよ!!」
「目覚めてもツッコミを忘れないとは流石だな」

ポツリとランスが呟くが本人は周りの状況に思考が追い付いていないのか、パニックになりながらそれらを見回す。

「あれっ!?なにこれ!?ウサギ!?アンナちゃん!?ドット君のサイン!?プロテインシェイカー!?マッシュ君!!?こわっ!!」

そして次の瞬間、ウサギ達が険しい顔つきになるとフィンの顔目掛けて一斉に襲い掛かった。

「わぁああああああああああ!!!??」

悲鳴を上げ、体をバタつかせるフィンはしかし無力。
それを良い事にウサギ達はフィンに齧りつく・・・などという真似はせず、ひたすらにその顔をぺろぺろと舐め始めた。
中にはフィンの髪を毛繕いするように舐めているウサギもいる。
ウサギに可愛がられてるなー、と全員が和み気味に、特にレインが幸福に満たされている間にもフィンはもがいていて。

「ちょっ!?だだ、誰か!?助けてマッシュくーん!兄さまー!!」
「流石に助けないとフィン君可哀想じゃない?」
「・・・仕方ない。ウサギをバスケットに戻すとしよう」
「仕方ないってレイン、お前なぁ」

マックスは苦笑しながらレインと共にウサギをバスケットに戻していく。
それに倣ってマッシュ達もそれぞれが持ち込んだ物を回収する事で漸くフィンは落ち着きを取り戻し、ベッドの上で上半身を起こして肩で息をしながら低い声で全員に問う。

「・・・みんな、何か言う事あるよね?」
「「「「「「おはよう」」」」」」
「じゃなくて!!」

爽やかな朝の302号室にフィンの怒号が飛ぶ。
その後、ウサギ達はレインとマックスが一旦自分達の部屋のケージに戻し、それからまた302号室に戻った所でフィンのご機嫌取りも兼ねて全員で部屋でフレンチトーストを食べる事になった。
ちなみにフィンは着替えたもののまだ怒っているようで、ベッドの上で膝を抱えて背を向けていた。
未だ不機嫌なその背中にマッシュと苦笑いしたマックスが声をかける。

「ごめんね、フィン君。ちょっとやり過ぎちゃった」
「少し驚かそうと思ってさ。発端は俺とレインだからマッシュ君達は許してあげてくれないか?な?」
「もう知らないです」
「まぁまぁ、そう言わずに!ほら、フレンチトーストが出来上がって来たみたいだからみんなで食べよう?な?」

確かに部屋にフレンチトーストの甘く芳しい香りが漂っていた。
ドットの淹れた紅茶の香りも混ざって素晴らしいマリアージュを奏でている。
お腹の虫を刺激されてお腹が鳴りそうになるのをぐっと堪える。
フレンチトーストは食べたいが種類の違うドッキリをかけられてフィンは未だ怒りの着地点を見つけられないでいた。
腹の中で悶々と渦巻くこの感情をどうしたものかと持て余していると、ヒラヒラのレースとウサギのアップリケが付いたピンクのエプロンと白の三角巾を着けたレインがフレンチトーストを乗せた皿を片手にフィンの背中に話しかけた。

「フィン、飯が出来たぞ」
「・・・」

フィンの頭がより一層膝に沈む。
ドッキリの元凶である兄が声をかけて来たのだから仕方ないだろう。
しかしそれでもレインは動じる事なく続ける。

「お前の分は俺の手作りだ」
「兄さまの手作り・・・?」

ピクッ、とつい先程膝に沈んだばかりのフィンの頭がまた持ち上がる。
朝食にフレンチトーストを作ろうと提案したのはレインだった。
それは意味もなく提案したのではなく、紛れもなくフィンの機嫌を直す為のものであった。
両親が死ぬほんの少し前の頃、朝ご飯に母とレインがフレンチトーストを作ってくれた思い出がある。
本当はフィンも作るのを手伝いたかったのだが、まだ子供だから父親に抱っこされて遠ざけられてしまった。
少しむくれたフィンだったがレインが自分で作って出来上がったそれを一番にフィンに出してくれたのだ。
それが嬉しくて、とても美味しかったのを今でも覚えている。
次は自分も一緒に作る約束をしたもののその直後に両親は亡くなり、それ以降の過酷な時期もあって今日に至るまでフレンチトーストは食べていない。
ましてや兄の手作りなど今日に至るまで食べられた事など一度もない。
恐らく狙って作ったであろうレインにフィンは唇を尖らせる。

「・・・兄さまズルい」
「あ?」
「・・・次は僕も一緒に作るから」
「ああ」
「それから僕も仕返しするから」
「その時は俺の上に満遍なくニンジンをばら撒いてくれ」
「あの奇行はやらないからね!?」

フィンのツッコミが飛んできてめでたくフィンの機嫌は直るのであった。






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