筋肉ファンタジー

今回もまたキッチンを無断使用したマッシュはレインにこっぴどく説教されていた。

「何度言えば分かる?使うなら利用申請書を出せ。それから夜中に作るな」
「すいませんでした。シュークリームが僕を呼んでいたもので」
「あ゙?」
「ごごごごめんなさい・・・」
「せめて申請書くらいは出せ。書き方が分からないならルームメイトに―――」

そこまで言ってレインはマッシュのルームメイトが誰だったかを思い出す。
フィン・エイムズ。
レインのこの世でたった一人の弟。
自身の『決めた事』を成し遂げる為、それに伴って降りかかる火の粉に晒されないように遠ざけたレインの大切な命。
どんな小さな事でも、たとえフィンが心許してる友人の面倒事であっても手を煩わせたくない。
それにまかり曲がってフィンがマッシュに付き添って申請書を出しに来るような事態は起きて欲しくない。
フィンの事で思考が鈍り、言葉を濁らせるレインにマッシュは不思議そうに首を傾げる。

「レイン君?」
「・・・・・・何でもねぇ。書き方が分からないなら俺の所に来い。教えてやろう」
「ありがとうございます。でも最初は自力で頑張ってみます」
「殊勝な心掛けだ」

それから二、三言注意を述べてからマッシュと別れた。
言い淀んだ以外は自然に振る舞えた筈なのでレインの内心は悟られていないだろう。
部屋へ向かう途中、廊下の窓から見えた夜空に浮かぶ三日月にフィンの前髪を連想し、そこからフィンを思い出すとレインは静かに瞼を伏せて細く長く息を吐くのだった。



それから翌日のこと。

「出来ました、申請書」

キッチンの利用申請書を持ったマッシュが1106号室に訪れた。
幸いとでも言うべきか、それとも当然か或いは普通の事とでも言うべきかマッシュ一人で来た。
フィンの魔力の気配もないので離れた所からフィンが見守っているという事もないだろう。
レインは心の中で安堵の息を吐くと申請書を受け取って目を通した。
抜け漏れや適当に書いた箇所はなく、しっかりと必要事項に全ての記入がなされていたので感心する。

「しっかり書けてるみてぇだな」
「はい。フィン君に教えてもらいながら書きました」

弟の名前が耳に飛び込んできて眉間に皺が寄りそうになるのをギリギリの所で堪える。

「・・・・・・そうか。とりあえず、この申請書通りの日にちと時間のキッチンの使用を許可する」
「わーい。ありがとうございます」
「だが、この時間以外には使うな。特に夜はな。あまり規則違反が過ぎると周りに迷惑がかかるから気を付けろ。お前だけの問題じゃねぇんだ」
「うす。分かりました」
「分かったなら行け」
「うす。失礼します」

ペコリと頭を下げてマッシュはそのまま階段を下りて自室に戻り、その背中が見えなくなった頃にレインも部屋の扉を閉めて机の前の椅子に座った。
曖昧な言葉で濁したが、もしもマッシュの規則違反が過ぎるようであればそれはルームメイトであるフィンにも面倒が降りかかる。
ペナルティを課せられる事はないがルームメイトであるフィンの方からもマッシュに注意を促すようにと監督生の立場から言い付けなければならない。
それは色んな意味で避けたかった。
フィンには会えない、会う訳にはいかない。
フィンに面倒をかけさせたくない。
だからマッシュにはなんとしてでも規則違反を減らしてもらいたい所である。
だが、それはそれとして。

(フィンに教えてもらいながら書いた、か)

ペラリとただの紙切れでしかない、けれどもレインにとっては特別な申請書にもう一度目を通す。
きっと共有で使用するあのテーブルでフィンに見てもらいながら書いたのだろう。
ここの項目はこう書く、こっちの項目はそう書く、という風に指をさして丁寧に優しく教えてもらいながら。
そんな微笑ましい光景が自然と頭の中に浮かぶ。
一瞬だけ教える立場がレインで、教わる立場がフィンに入れ替わる光景が浮かんだがすぐに緩く頭を振って思考の外に追い出した。
自分にはもうそんな時間は訪れないのだ。
『普通』の兄弟のように勉強を教えてあげたり、魔法の練習を見てあげたり、休日に遊んだりする時間など。

「・・・」

軽く息を吐いて机の一番下の引き出しを開け、奥底に隠しているファイルを取り出す。
レインにしか開けられない厳重な保護魔法やレイン以外には視認する事の出来ない認識阻害魔法がかけられたそれに今回の申請書をファイリングする。
それから一番上の引き出しからウサギ型の付箋を取り出して『フィンが教えてやりながら作成した申請書』と書いて申請書に貼り付ける。
このファイルには他にもフィンに関係する書類がファイリングされており、それぞれの書類ごとにウサギ型付箋でフィンに関するメモ書きが綴られていた。
そこに新たな書類が加わってレインはまるで宝物を見るような柔らかい目つきでそれを眺める。

(フィン・・・)

一時の安らぎを得たレインはファイルにかけた魔法を確認しながら引き出しの奥にしまうのだった。






END
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