筋肉ファンタジー

とある休日の1106号室。
フィンはいつものようにレインの部屋を訪れ、ウサギのお世話をしていた。
徐々にウサギの名前を覚えて見わけもついてウサギと益々仲良くなっていくフィンをじぃっ・・・と眺めるレイン。
顔はいつものように仏頂面だがその実はウサギと戯れるフィンを眺めて今までよりも更に質の高い癒しを得ており、今日も今日とて癒されているなとソファに座って漫画を読みながら二人の兄弟を眺めていたマックスは心の中で小さく笑っていた。
そんな穏やかな空気が部屋を包んでいた時のこと。

「ウサノシン?兄さまのタンスがどうしたの?」

ウサノシンがレインの服をしまっているタンスの前でプゥプゥと鳴き始めた。
どうしたのかと首を傾げるフィンの横にそれまで眺めていたレインがやってきてタンスを開けると灰色のパーカーを取り出した。
そしてそれを広げてベッドの上に置くとウサノシンがベッドの上に乗り上がり、パーカーの裾から入って首元から「プッ」と顔を出すのだった。
その可愛らしい光景に悶えながらフィンはレインを見上げて尋ねる。

「ウサノシンは兄さまのパーカーで遊びたかったの?」
「ああ。前にこのパーカーを出しっぱなしにしていたらウサノシンがこうやって潜っていてな。以来、このパーカーがお気に入りになったみてぇなんだ」
「へ~。潜れて遊べるし兄さまの匂いがして安心するのかもね」

嬉しい事を言ってくれる弟は「良かったね、ウサノシン」とパーカー越しにウサノシンの背中を撫でていて今日も尊い。

「そのパーカーもそろそろ古くなってきたからウサノシン用に卸してもいいな。更にボロくなったら雑巾にする」
「ふ~ん。そっかぁ・・・」

呟くフィンの声音に寂しさと羨ましさを混ぜたようなものが含まれているのにいち早く気付いたレインはすぐに何事かをフィンに聞いた。

「どうした?何かあったか?」
「あ、ううん!全然大した事じゃないから気にしないで!」
「大した事かどうかは俺が判断する。まずは言うだけ言え」
「えー?じゃあ・・・兄さまのパーカーいいなぁって思って・・・」
「俺のパーカーが?」

思わぬ返答にレインは瞳を瞬かせ、小さく首を傾げる。
フィンも物を見る目がある。
だからレインの着ているパーカーが高級ブランドでもなければ特別なものでもない、普通に市場で流通している一般的な物であるのは分かる筈だ。
それの何がいいのだろうと疑問に思っているレインに対してフィンは「うん」と頷くと少し恥ずかしそうにしながらボソボソと話し出した。

「なんていうか・・・その・・・僕も兄さまのおさがり欲しいなぁ、なんて・・・」
「服が足りないなら買いに行くぞ」
「そうじゃなくて!新しい服が欲しいんじゃなくて兄さまのおさがりがいいんだよ!」
「俺が着てる服は安もんだぞ?」
「高い安いの話じゃないよ!兄さまのおさがりである事に意味があるんだ!」
「サイズが合わねぇしお前好みのデザインでもセンスでもない。俺のを着るよりも新しいのを着ろ」
「だーかーらー!」
「一着くらいいいんじゃないか?」

財布を取り出しそうな勢いのレインを止めてどう説得したものかと頭を抱えるフィンに助け船が出される。
誰あろう、頼れる先輩にしてレインの親友のマックスだ。
マックスはレインに苦笑を溢しながらフィンに味方をする。

「ちょっと特別感あっていいよな、おさがり」
「分かってくれますか、マックス先輩!」
「分かるぞ~。俺も時々兄貴達のおさがりもらう事があるんだけどさ。状態の良いやつだったり俺好みのやつだったら貰ってるんだ。良ければフィン君に俺のおさがりあげようか?」
「え?いいんですか?」
「勿論フィン君さえ良ければね」
「おい。マックス・・・」
「お願いします!全然着古した服で構わないので!」
「フィン・・・」
「マックス先輩の服ってカッコ良かったりセンス良いの多いから何でも大歓迎です!」
「へへ、そう言ってもらえると嬉しいな~」

慌てるレインを取り残してフィンとマックスはどんどん勝手に話を進めていく。
やはり言葉よりも行動。
レインは自身のタンスに急行した。
そして―――

「フィン!」
「え?―――ぅわっぷ!?」

後ろから強く肩を掴まれたフィンの眼前に真っ暗闇が襲い掛かる。
しかし布地の感触と兄の匂いがするそれは暗闇などではなく、黒のパーカーである事が顔から離して分かった。
兄から渡された兄の匂いがするパーカーが意味するものは一つ。

「これ・・・兄さまの?」
「・・・最後は雑巾にしろ」
「・・・!うん!大切に着るね!」

そっぽを向く兄にフィンは満面の笑顔で頷くと『レインのおさがり』の黒のパーカーを大切に抱き締めた。

「相変わらずお兄ちゃんはヤキモチ焼きだな」
「うるせぇ」

茶化してくる親友に悪態を吐くレインだが一笑されて軽く流されるのだった。






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