マッシュ・バーンデッドとゴブリンゲーム
雨が降りしきるマーチェット通り。
空は分厚い雲に覆われている事もあっていつも賑やかなこの通りは普段よりも少しだけ静かだ。
しかしそんな雨の日でも変わらず賑やかな場所が一つ。
「三等賞~!『海の超幸福』セットをプレゼント致します!」
ガランガランガランと高らかなベルの音を鳴らしながら『抽選会場』と書かれたテントの下で男が豪快に声を上げる。
その景品内容に周りにいた人間は凄いだの羨ましいだのと三等を引き当てた人間に驚きと羨望の眼差しを送るが当の本人は喜びや狙っていた物が当てられなかった残念さを表現するでもなく、ただただ無言で粛々と景品を受け取っていた。
もしかしたら無口なだけで表情は喜びを表しているのかもしれないが魔法で浮かせている黒い傘の所為で顔どころか後ろ姿はあまり見えない。
だがそんな事はマッシュにとってはどうでも良かった。
何故なら彼には、恐らく筋肉では解決出来ないであろう試練が待っているのだから。
「・・・五等『シュークリームビュッフェのチケット』・・・」
束ねられた10枚の『福引券』と書かれた紙をぐしゃりと握り締め、マッシュは真っ直ぐにテントへと歩き出す。
「そんな訳で当てました、八等の『ゴブリンゲーム~リアルタイプ~』」
「五等じゃなくて!?」
アドラ寮302号室で今日もフィンのツッコミが冴え渡る。
本日は休日。
雨も降っているので今日は部屋の中で大人しく筋トレや読書でもしていようという事になっていたのだが、マッシュが福引で『ゴブリンゲーム~リアルタイプ~』を当てた事でいつものメンバーが302号室に集まった。
マッシュが手に持つ四角い箱を眺めながらドットが「おー」と感嘆の声を漏らす。
「それ最近新しく発売されたっつーリアルタイプのゴブリンゲームじゃねーか」
「リアルタイプって確か魔法のミニチュア世界に飛び込んで遊べるやつだっけ?」
「おう、そうだ。やっと覚えてきたな」
「でもゴブリンゲームって?」
「ゴブリンゲームっていうのは配られたカードに記載されている役に沿って遊ぶゲームだよ」
ドットに続いてフィンが説明をするとマッシュは「役?」と言葉を真似して首を傾ける。
「そう。設定として痣の無い者の村にゴブリンが紛れていて、それが誰かを話し合いで当てるんだ。当てられなかったら1ターンに一人、ゴブリンに食べられちゃうんだ」
「食べられる前にグーパンで反撃してもいい?」
「うん、ダメだよ。ゴブリンを当てられたら痣の無い者の勝利、痣の無い者の数とゴブリンの数が同じになったらゴブリンの勝利だよ」
「何となく分かったような分からないような・・」
「要はゴブリン側は嘘をつき続けて痣の無い者側はゴブリンが誰かを考えればいいんだよ」
「嘘が絶望的に下手なお前には丁度良い特訓になるな」
「だだだだだ大丈夫だよよよぼぼ僕嘘上手になななななったよよよよよよよ」
ランスのもっともなセリフにマッシュは体も言葉も震わせながら盛大にどもる。
ダメだこれ、という感想が一同の心の中でシンクロした。
「マッシュ君、ゲームなのでみんなで楽しく遊ぶ為にも私もゴブリン役になったら嘘を付いちゃいます。でも、そうなっても未来の妻である私の事をどうか許して下さいね?」
「ゲームだから別にいいと思うし気にしないよ、僕。それより早速遊ぼっか」
レモンの相変わらず重い発言をサラリと流してマッシュはゴブリンゲームの箱を開封しようとする。
そこに―――
「フィン、いるか」
神覚者にしてアドラ寮監督生のレインが扉越しに声をかけながらノックをして来た。
兄であるレインの声を聞きつけて「あ、兄さま!」とフィンは表情にも声にも嬉しさを全面に出しながら部屋の扉を開けると、扉の向こうから現れたレインは何やら大きな箱を抱えていた。
しかもその箱は保冷魔法がかけられているのが一目見て分かった。
「どうしたの、兄さま?ていうかその箱何?」
「商店街の福引で当てた三等の『海の超幸福セット』だ」
「凄いの持って来た!?」
「あ、あの時三等当ててたのレインくんだったんだ」
「なんだお前、いたのか」
「うん、いた」
もっもっもっとシュークリームを食べながら「ちなみに僕が当てたのはこれ」と言ってマッシュは『ゴブリンゲーム~リアルタイプ~』を掲げる。
それを見てレインは「そういえば俺の後に八等当ててる奴いたな」と数分前の事を思い返す。
もしも八等だったらフィンにあげて友達と遊べって言ってやれたのにな、とその時に思っていたのはここだけの話である。
「兄さま、これ開けても良い?」
「ああ」
「どれどれ・・・うわ、凄い!マグロにタイに鮭にホタテにイカにエビ・・・豊富な種類の魚介類がこんなにも!!」
「おお、すげぇ!『超幸福』なだけあるな」
フィンの隣にやってきたドットも覗き見てそのあまりの豪華さに舌を巻く。
が、魚に関してはそのどれもが捌かれていないのに気付いてそれを指摘する。
「つかこれ、刺身じゃなくてそのまんまなんすね」
「魚屋で金払って捌いてもらえと言われた」
「ケチくさっ」
「だが、カルドさんからフィンが捌いた魚は美味いと聞いた」
「ハチミツ全部ぶっかけて台無しにしてっけどな」
「あはは・・・うん、でも分かった。この魚は僕が捌くよ。だから兄さまは楽しみにして待っててね」
「いや、お前らだけで全部食え」
「えぇっ!!?」
「いやいやいやそんな!貰えねーっすよ!」
「そうだよ!兄さまが当てた景品じゃないか!」
「俺はいらん。間に合ってる」
「そんな事言って兄さまは何でも自分は後回しにして僕に譲るんだから!兄さまも一緒に食べようよ!」
「だが・・・」
「そうだ、マックス先輩も呼んでよ!いつもお世話になってるし、そのお礼って事でどう?」
小さく首を傾げながら見上げて来るフィンの瞳はとても純粋だ。
これが蟠りがなくなる前だったら心を鬼にして冷たくあしらっていただろう。
なんならこうしてフィンのいる寮部屋には直接行かずに誰かを経由して渡していたくらいだ。
しかし蟠りのなくなった今ではそれらをする必要もなくなり、その上で大切な弟であるフィンのお願いとあってはレインもこれ以上の遠慮も断りも入れる事は出来なかった。
本当は内心嬉しいものの、口から出る言葉は素直じゃなくて。
「・・・仕方ねぇな」
「やった!ありがとう、兄さま!じゃあ、これは一旦この部屋の冷凍庫にしまっておくね」
「ああ」
「ランス君、後で一緒にメニューを考えてくれる?使える部位は全部使いたいんだ」
「ああ、いいだろう」
「僕も手伝うよ」
「シュークリームになるから駄目だ」
「私も手伝いますね!」
「ガンジス川になるから駄目だ」
どう足掻いてもシュークリームになるマッシュと、どう足掻いてもガンジス川になるレモンをランスがすげなく宥める。
二人には悪いがレインが折角福引で当てた豪華な海の幸を無駄にしたくはないのでフィンは間に入る事はせずにそのままさっさと寮部屋備え付けの簡易冷凍庫にしまった。
「あ、そういえばレインくんも遊ぶ?ゴブリンゲーム」
「あ?」
「人数が多ければ多い程楽しいみたい」
「どんなゲームだ」
「えっと・・・嘘つきゴブリンをしばき倒すゲーム?」
「微妙に違うよマッシュ君!!」
「オメーは何の話を聞いてたんだよ!!」
「正しくは痣の無い者に紛れたゴブリンを話し合いで当てるゲームです」
「そして議論の終わりにゴブリンは人間を一人だけ襲う事が出来る。その中で見事ゴブリンを当てられたら痣の無い者の勝利、人間とゴブリンの数が同じになったらゴブリンの勝利だ」
「なるほど。つまりその議論の中でゴブリン側は上手く嘘をつき続け、痣の無い者は限られた時間の中で何としてでもゴブリンを当てなければならないという事か」
「その通りだ」
レモンとランスの説明を受け、レインは自分なりにまとめて逡巡した後「いいだろう」と参加を表明した。
予想外の返事に驚いたのはフィンだった。
「えっ!?本当、兄さま?」
「なんだ、都合が悪ぃか?」
「うんうん、全然!ただ、兄さまはやらないって言うと思ってたから・・・」
「この手のゲームは案外侮れない。誰がゴブリンかという推理力と、自分がゴブリンになった際の嘘が試されるからな」
「そっか、流石兄さま!」
「レイン先輩の参加も決まったし、早くやろうぜ!」
マッシュが開封した箱からゴブリンゲームの舞台となるミニチュアを取り出し、ドットが杖を構えて「スタース」と呪文を唱える。
このゲーム用のミニチュアは誰か一人がゲーム開始の呪文を唱えるだけで参加者全員がミニチュア世界に飛び込めるという優れ物。
なので、魔法が使えないマッシュでも呪文を唱えられる魔法使いがいれば参加出来るのである。
ミニチュアから放たれる眩い光に一瞬にしてその場にいる全員が包まれ、ミニチュア世界に引き込まれていく。
(友達や兄さまと一緒に遊べるなんて嬉しいなぁ)
ミニチュア世界に引き込まれる最中、フィンは喜びを隠せないでいた。
高等部に進学して初めて得た気の置けない友達、そして激戦の中でお互いに心の内を明かした事で蟠りを解消する事が出来た、この世でたった一人の大好きな兄。
そんな友達と兄と一緒にこうしてゲームで遊ぶ。
これを幸せと呼ばずして何と言うのだろうか。
シュークリームビュッフェのチケットを狙っていたマッシュには申し訳ないが福引でゴブリンゲームを当ててくれて感謝だ。
(マッシュ君程じゃないにしても僕も嘘が下手だから頑張らないと。特に兄さまは僕の嘘をすぐ見抜く―――)
そこまで考えてフィンは重大な事実に気付く。
(兄さまは僕の嘘見抜けるんだったぁぁあああああ!!!)
「やっちまったチキショーーーー!!!!」
「うおぉっ!?どうした!!?」
ミニチュア世界に到着した途端、フィンガ頭を抱えて蹲ったのを見てドットが驚く。
他のみんなも「どうしたどうした」と駆け寄ってフィンを取り囲む。
「どうしたの?フィン君」
「ごめんみんな・・・もしかしたら僕もお話にならないかもしれない・・・」
「どういう事だ、言ってみろ」
「兄さまは僕の嘘は何でも見抜くんだ。だから僕がゴブリンになったら真っ先に兄さまに吊るされるかもしれない・・・」
「吊る・・・される?」
「要は犯人として指名されるって意味ですよ、マッシュ君」
「ふーん。じゃあフィン君がゴブリンになったら真っ先にレインくんを襲えばいいのでは?」
「どっちみち真っ先に僕が疑われるよ!!」
「落ち着けよフィン。そこはレイン先輩の兄としての温情と優しさに賭けて―――」
「悪いがその辺は手加減してやらねぇぞ」
「だそうだ」
「だよね知ってた!!!」
「アンタは兄の風上にも置けないな。今すぐその兄の称号を降ろせ」
「あ”?」
意味の分からない因縁を付けて来るランスにレインはとりあえず睨み返す。
戦争勃発5秒前である。
威嚇のオーラをランスに向けつつレインはフィンの方を見て言う。
「フィン、お前もマッシュと同じようにこのゲームで嘘が上手くなりゃいいだろ」
「だとしても兄さまは真っ先に見抜くじゃないか!小さい時に僕が怪我を隠してもすぐ見抜いたじゃん!」
「当たり前だ」
「かくれんぼでもすぐに見つけるし!!」
「当たり前だ」
「行っちゃいけない所に行ったのもなんか知ってたし!!」
「当たり前だ。だが、俺の為だったな。あの時は嬉しかったぞ、フィン」
「ううん、いいよ!!でもどうせその分だと『枕元の花束』の事も見抜いてるんでしょ!?」
「あれは妖精さんだろ?」
「え?」
『枕元の花束』とはフィンとレインが路上生活を送っていた幼少期、少しでもレインの誕生日を盛大に祝ってあげたかったフィンが、レインが寝ている間にこっそり小さな花束を作って枕元に置いたプレゼントである。
たまたま寝床にしていた所が花の咲いている場所に近かったのもあり、レインが起きて来る前にすぐに用意して枕元に置く事が出来たのだ。
そして翌朝、目覚めたレインが「何故花束が?」と首を傾げているのに対してフィンは「妖精さんが置いて行ったんだよ」と小さな嘘をついた。
もしかしたらこんな嘘も見抜いているかもしれないと思ったが、レインが嬉しそうにしていたので気付いているかどうかはフィンにとってはどうでもいい事だった。
だがしかし、そんなフィンの予想に反してレインはどうやらフィンの嘘を信じていたらしい。
今も純粋に、真っ直ぐに、曇りなき眼で。
同時にフィンは思い出す。
真面目で優秀で才能溢れる兄は時々抜けていたり天然な面があるのを・・・。
「あれは妖精さんからの贈り物なんだろ?」
「・・・うん、そうだよ」
フィンは兄の夢を守った。
「兄弟の細かい変化や隠し事に気付けていたとはそれでこそ兄だ。アンタにも『兄』を名乗る資格はある」
「は?」
勝手にブラコンの波動を感知して親近感を沸かしてくるランスの意味不明なセリフにレインは終ぞ眉を顰めるのだった。
「つかマッシュお前、妖精さんについてはツッコミ入れないんだな」
「流石の僕でも言って良い事と悪い事の区別くらいついてるよ」
「じゃあ今までの空気読めないツッコミとかそういうのって言って良い事だと区別してたってか?」
「そうだけど?」
「お前はそういう奴だったな」
ドットは何とも言えない気持ちになるのだった。
「皆さん、お喋りはそこまでにして早く始めましょう!」
「レモンちゃんの言う通りだぜ!折角の遊ぶ時間がなくなっちまうぞ!」
「行くぞ、フィン」
「はい、兄さま!」
それそれがそれぞれの顔写真が掲げられた小屋に入って行く。
小屋は広場を囲うように設置されており、囲われた中央が話し合いの場となるのだろう。
しかし広場を囲う小屋の他に黒の鉄格子の牢屋と、白い十字架が付いた白の鉄格子の牢屋があるのに気付いてマッシュはランスを呼び止める。
「ランス君」
「何だ」
「この二つの牢屋は?」
「ふむ・・・見かけから察するに黒い方が議論でゴブリンに指名された人間が放り込まれる牢屋で、白い方はゴブリンに襲われた人間が放り込まれる牢屋だな」
「襲われても牢屋行きとは世知辛いですな」
「作った奴の趣味だろうな。或いはデザインが面倒だったか」
「うーん、後者だったら気持ちは分からないでもないかな。でも説明してくれてありがとう。僕も小屋に行くね」
「待てマッシュ。一つ言っておく事がある」
「ん?何?」
「お前がゴブリン役になったら初手ネタバラしはしなくていいからな」
「ガーン。先手を打たれてしまった」
「やはりやろうとしてたな、お前」
釘を打って正解だったとランスは嘆息するのだった。
続く
空は分厚い雲に覆われている事もあっていつも賑やかなこの通りは普段よりも少しだけ静かだ。
しかしそんな雨の日でも変わらず賑やかな場所が一つ。
「三等賞~!『海の超幸福』セットをプレゼント致します!」
ガランガランガランと高らかなベルの音を鳴らしながら『抽選会場』と書かれたテントの下で男が豪快に声を上げる。
その景品内容に周りにいた人間は凄いだの羨ましいだのと三等を引き当てた人間に驚きと羨望の眼差しを送るが当の本人は喜びや狙っていた物が当てられなかった残念さを表現するでもなく、ただただ無言で粛々と景品を受け取っていた。
もしかしたら無口なだけで表情は喜びを表しているのかもしれないが魔法で浮かせている黒い傘の所為で顔どころか後ろ姿はあまり見えない。
だがそんな事はマッシュにとってはどうでも良かった。
何故なら彼には、恐らく筋肉では解決出来ないであろう試練が待っているのだから。
「・・・五等『シュークリームビュッフェのチケット』・・・」
束ねられた10枚の『福引券』と書かれた紙をぐしゃりと握り締め、マッシュは真っ直ぐにテントへと歩き出す。
「そんな訳で当てました、八等の『ゴブリンゲーム~リアルタイプ~』」
「五等じゃなくて!?」
アドラ寮302号室で今日もフィンのツッコミが冴え渡る。
本日は休日。
雨も降っているので今日は部屋の中で大人しく筋トレや読書でもしていようという事になっていたのだが、マッシュが福引で『ゴブリンゲーム~リアルタイプ~』を当てた事でいつものメンバーが302号室に集まった。
マッシュが手に持つ四角い箱を眺めながらドットが「おー」と感嘆の声を漏らす。
「それ最近新しく発売されたっつーリアルタイプのゴブリンゲームじゃねーか」
「リアルタイプって確か魔法のミニチュア世界に飛び込んで遊べるやつだっけ?」
「おう、そうだ。やっと覚えてきたな」
「でもゴブリンゲームって?」
「ゴブリンゲームっていうのは配られたカードに記載されている役に沿って遊ぶゲームだよ」
ドットに続いてフィンが説明をするとマッシュは「役?」と言葉を真似して首を傾ける。
「そう。設定として痣の無い者の村にゴブリンが紛れていて、それが誰かを話し合いで当てるんだ。当てられなかったら1ターンに一人、ゴブリンに食べられちゃうんだ」
「食べられる前にグーパンで反撃してもいい?」
「うん、ダメだよ。ゴブリンを当てられたら痣の無い者の勝利、痣の無い者の数とゴブリンの数が同じになったらゴブリンの勝利だよ」
「何となく分かったような分からないような・・」
「要はゴブリン側は嘘をつき続けて痣の無い者側はゴブリンが誰かを考えればいいんだよ」
「嘘が絶望的に下手なお前には丁度良い特訓になるな」
「だだだだだ大丈夫だよよよぼぼ僕嘘上手になななななったよよよよよよよ」
ランスのもっともなセリフにマッシュは体も言葉も震わせながら盛大にどもる。
ダメだこれ、という感想が一同の心の中でシンクロした。
「マッシュ君、ゲームなのでみんなで楽しく遊ぶ為にも私もゴブリン役になったら嘘を付いちゃいます。でも、そうなっても未来の妻である私の事をどうか許して下さいね?」
「ゲームだから別にいいと思うし気にしないよ、僕。それより早速遊ぼっか」
レモンの相変わらず重い発言をサラリと流してマッシュはゴブリンゲームの箱を開封しようとする。
そこに―――
「フィン、いるか」
神覚者にしてアドラ寮監督生のレインが扉越しに声をかけながらノックをして来た。
兄であるレインの声を聞きつけて「あ、兄さま!」とフィンは表情にも声にも嬉しさを全面に出しながら部屋の扉を開けると、扉の向こうから現れたレインは何やら大きな箱を抱えていた。
しかもその箱は保冷魔法がかけられているのが一目見て分かった。
「どうしたの、兄さま?ていうかその箱何?」
「商店街の福引で当てた三等の『海の超幸福セット』だ」
「凄いの持って来た!?」
「あ、あの時三等当ててたのレインくんだったんだ」
「なんだお前、いたのか」
「うん、いた」
もっもっもっとシュークリームを食べながら「ちなみに僕が当てたのはこれ」と言ってマッシュは『ゴブリンゲーム~リアルタイプ~』を掲げる。
それを見てレインは「そういえば俺の後に八等当ててる奴いたな」と数分前の事を思い返す。
もしも八等だったらフィンにあげて友達と遊べって言ってやれたのにな、とその時に思っていたのはここだけの話である。
「兄さま、これ開けても良い?」
「ああ」
「どれどれ・・・うわ、凄い!マグロにタイに鮭にホタテにイカにエビ・・・豊富な種類の魚介類がこんなにも!!」
「おお、すげぇ!『超幸福』なだけあるな」
フィンの隣にやってきたドットも覗き見てそのあまりの豪華さに舌を巻く。
が、魚に関してはそのどれもが捌かれていないのに気付いてそれを指摘する。
「つかこれ、刺身じゃなくてそのまんまなんすね」
「魚屋で金払って捌いてもらえと言われた」
「ケチくさっ」
「だが、カルドさんからフィンが捌いた魚は美味いと聞いた」
「ハチミツ全部ぶっかけて台無しにしてっけどな」
「あはは・・・うん、でも分かった。この魚は僕が捌くよ。だから兄さまは楽しみにして待っててね」
「いや、お前らだけで全部食え」
「えぇっ!!?」
「いやいやいやそんな!貰えねーっすよ!」
「そうだよ!兄さまが当てた景品じゃないか!」
「俺はいらん。間に合ってる」
「そんな事言って兄さまは何でも自分は後回しにして僕に譲るんだから!兄さまも一緒に食べようよ!」
「だが・・・」
「そうだ、マックス先輩も呼んでよ!いつもお世話になってるし、そのお礼って事でどう?」
小さく首を傾げながら見上げて来るフィンの瞳はとても純粋だ。
これが蟠りがなくなる前だったら心を鬼にして冷たくあしらっていただろう。
なんならこうしてフィンのいる寮部屋には直接行かずに誰かを経由して渡していたくらいだ。
しかし蟠りのなくなった今ではそれらをする必要もなくなり、その上で大切な弟であるフィンのお願いとあってはレインもこれ以上の遠慮も断りも入れる事は出来なかった。
本当は内心嬉しいものの、口から出る言葉は素直じゃなくて。
「・・・仕方ねぇな」
「やった!ありがとう、兄さま!じゃあ、これは一旦この部屋の冷凍庫にしまっておくね」
「ああ」
「ランス君、後で一緒にメニューを考えてくれる?使える部位は全部使いたいんだ」
「ああ、いいだろう」
「僕も手伝うよ」
「シュークリームになるから駄目だ」
「私も手伝いますね!」
「ガンジス川になるから駄目だ」
どう足掻いてもシュークリームになるマッシュと、どう足掻いてもガンジス川になるレモンをランスがすげなく宥める。
二人には悪いがレインが折角福引で当てた豪華な海の幸を無駄にしたくはないのでフィンは間に入る事はせずにそのままさっさと寮部屋備え付けの簡易冷凍庫にしまった。
「あ、そういえばレインくんも遊ぶ?ゴブリンゲーム」
「あ?」
「人数が多ければ多い程楽しいみたい」
「どんなゲームだ」
「えっと・・・嘘つきゴブリンをしばき倒すゲーム?」
「微妙に違うよマッシュ君!!」
「オメーは何の話を聞いてたんだよ!!」
「正しくは痣の無い者に紛れたゴブリンを話し合いで当てるゲームです」
「そして議論の終わりにゴブリンは人間を一人だけ襲う事が出来る。その中で見事ゴブリンを当てられたら痣の無い者の勝利、人間とゴブリンの数が同じになったらゴブリンの勝利だ」
「なるほど。つまりその議論の中でゴブリン側は上手く嘘をつき続け、痣の無い者は限られた時間の中で何としてでもゴブリンを当てなければならないという事か」
「その通りだ」
レモンとランスの説明を受け、レインは自分なりにまとめて逡巡した後「いいだろう」と参加を表明した。
予想外の返事に驚いたのはフィンだった。
「えっ!?本当、兄さま?」
「なんだ、都合が悪ぃか?」
「うんうん、全然!ただ、兄さまはやらないって言うと思ってたから・・・」
「この手のゲームは案外侮れない。誰がゴブリンかという推理力と、自分がゴブリンになった際の嘘が試されるからな」
「そっか、流石兄さま!」
「レイン先輩の参加も決まったし、早くやろうぜ!」
マッシュが開封した箱からゴブリンゲームの舞台となるミニチュアを取り出し、ドットが杖を構えて「スタース」と呪文を唱える。
このゲーム用のミニチュアは誰か一人がゲーム開始の呪文を唱えるだけで参加者全員がミニチュア世界に飛び込めるという優れ物。
なので、魔法が使えないマッシュでも呪文を唱えられる魔法使いがいれば参加出来るのである。
ミニチュアから放たれる眩い光に一瞬にしてその場にいる全員が包まれ、ミニチュア世界に引き込まれていく。
(友達や兄さまと一緒に遊べるなんて嬉しいなぁ)
ミニチュア世界に引き込まれる最中、フィンは喜びを隠せないでいた。
高等部に進学して初めて得た気の置けない友達、そして激戦の中でお互いに心の内を明かした事で蟠りを解消する事が出来た、この世でたった一人の大好きな兄。
そんな友達と兄と一緒にこうしてゲームで遊ぶ。
これを幸せと呼ばずして何と言うのだろうか。
シュークリームビュッフェのチケットを狙っていたマッシュには申し訳ないが福引でゴブリンゲームを当ててくれて感謝だ。
(マッシュ君程じゃないにしても僕も嘘が下手だから頑張らないと。特に兄さまは僕の嘘をすぐ見抜く―――)
そこまで考えてフィンは重大な事実に気付く。
(兄さまは僕の嘘見抜けるんだったぁぁあああああ!!!)
「やっちまったチキショーーーー!!!!」
「うおぉっ!?どうした!!?」
ミニチュア世界に到着した途端、フィンガ頭を抱えて蹲ったのを見てドットが驚く。
他のみんなも「どうしたどうした」と駆け寄ってフィンを取り囲む。
「どうしたの?フィン君」
「ごめんみんな・・・もしかしたら僕もお話にならないかもしれない・・・」
「どういう事だ、言ってみろ」
「兄さまは僕の嘘は何でも見抜くんだ。だから僕がゴブリンになったら真っ先に兄さまに吊るされるかもしれない・・・」
「吊る・・・される?」
「要は犯人として指名されるって意味ですよ、マッシュ君」
「ふーん。じゃあフィン君がゴブリンになったら真っ先にレインくんを襲えばいいのでは?」
「どっちみち真っ先に僕が疑われるよ!!」
「落ち着けよフィン。そこはレイン先輩の兄としての温情と優しさに賭けて―――」
「悪いがその辺は手加減してやらねぇぞ」
「だそうだ」
「だよね知ってた!!!」
「アンタは兄の風上にも置けないな。今すぐその兄の称号を降ろせ」
「あ”?」
意味の分からない因縁を付けて来るランスにレインはとりあえず睨み返す。
戦争勃発5秒前である。
威嚇のオーラをランスに向けつつレインはフィンの方を見て言う。
「フィン、お前もマッシュと同じようにこのゲームで嘘が上手くなりゃいいだろ」
「だとしても兄さまは真っ先に見抜くじゃないか!小さい時に僕が怪我を隠してもすぐ見抜いたじゃん!」
「当たり前だ」
「かくれんぼでもすぐに見つけるし!!」
「当たり前だ」
「行っちゃいけない所に行ったのもなんか知ってたし!!」
「当たり前だ。だが、俺の為だったな。あの時は嬉しかったぞ、フィン」
「ううん、いいよ!!でもどうせその分だと『枕元の花束』の事も見抜いてるんでしょ!?」
「あれは妖精さんだろ?」
「え?」
『枕元の花束』とはフィンとレインが路上生活を送っていた幼少期、少しでもレインの誕生日を盛大に祝ってあげたかったフィンが、レインが寝ている間にこっそり小さな花束を作って枕元に置いたプレゼントである。
たまたま寝床にしていた所が花の咲いている場所に近かったのもあり、レインが起きて来る前にすぐに用意して枕元に置く事が出来たのだ。
そして翌朝、目覚めたレインが「何故花束が?」と首を傾げているのに対してフィンは「妖精さんが置いて行ったんだよ」と小さな嘘をついた。
もしかしたらこんな嘘も見抜いているかもしれないと思ったが、レインが嬉しそうにしていたので気付いているかどうかはフィンにとってはどうでもいい事だった。
だがしかし、そんなフィンの予想に反してレインはどうやらフィンの嘘を信じていたらしい。
今も純粋に、真っ直ぐに、曇りなき眼で。
同時にフィンは思い出す。
真面目で優秀で才能溢れる兄は時々抜けていたり天然な面があるのを・・・。
「あれは妖精さんからの贈り物なんだろ?」
「・・・うん、そうだよ」
フィンは兄の夢を守った。
「兄弟の細かい変化や隠し事に気付けていたとはそれでこそ兄だ。アンタにも『兄』を名乗る資格はある」
「は?」
勝手にブラコンの波動を感知して親近感を沸かしてくるランスの意味不明なセリフにレインは終ぞ眉を顰めるのだった。
「つかマッシュお前、妖精さんについてはツッコミ入れないんだな」
「流石の僕でも言って良い事と悪い事の区別くらいついてるよ」
「じゃあ今までの空気読めないツッコミとかそういうのって言って良い事だと区別してたってか?」
「そうだけど?」
「お前はそういう奴だったな」
ドットは何とも言えない気持ちになるのだった。
「皆さん、お喋りはそこまでにして早く始めましょう!」
「レモンちゃんの言う通りだぜ!折角の遊ぶ時間がなくなっちまうぞ!」
「行くぞ、フィン」
「はい、兄さま!」
それそれがそれぞれの顔写真が掲げられた小屋に入って行く。
小屋は広場を囲うように設置されており、囲われた中央が話し合いの場となるのだろう。
しかし広場を囲う小屋の他に黒の鉄格子の牢屋と、白い十字架が付いた白の鉄格子の牢屋があるのに気付いてマッシュはランスを呼び止める。
「ランス君」
「何だ」
「この二つの牢屋は?」
「ふむ・・・見かけから察するに黒い方が議論でゴブリンに指名された人間が放り込まれる牢屋で、白い方はゴブリンに襲われた人間が放り込まれる牢屋だな」
「襲われても牢屋行きとは世知辛いですな」
「作った奴の趣味だろうな。或いはデザインが面倒だったか」
「うーん、後者だったら気持ちは分からないでもないかな。でも説明してくれてありがとう。僕も小屋に行くね」
「待てマッシュ。一つ言っておく事がある」
「ん?何?」
「お前がゴブリン役になったら初手ネタバラしはしなくていいからな」
「ガーン。先手を打たれてしまった」
「やはりやろうとしてたな、お前」
釘を打って正解だったとランスは嘆息するのだった。
続く
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