長編
祭壇の上で眠る少女を前に悠たちは顔を見合わせる。
助けたはいいが、起きる気配があまりしない。
困り気味に陽介が悠に尋ねる。
「生きてる・・・よな?」
「多分・・・」
悠は曖昧に答えながら、壊れ物に触れるかのように巫女の頬に手を添えた。
別にこうした事でどうにかなる訳ではないが、一応触れてみて反応があるかどうか確かめる。
巫女の頬は人肌と同じくらいの温度を放っており、その温度から巫女は生きているのだと悠に伝える。
しかし、悠が頬に触れてからほんの数秒、それがまるで合図であったかのように巫女の睫毛は揺れ、静かに瞼を開いた。
「ここ・・・は・・・?」
「やった!起きたよ!」
「あ、貴方たちは?」
「クマたちは君を救いに来たナイトさ」
「分かったから少し黙ってろ」
「俺たちは天女のイヨって人に頼まれて君や他の巫女を助けに来たんだ」
「天女様にですか!?」
巫女は天女の名前を聞くとすぐに飛び上がって悠たちに色々な質問をし始めた。
「天女様にお会いしたという事は、天女様はご無事なのですね!?」
「ああ、彼女は無事だ。攫われた君たちの事を心配している」
「良かった・・・あの、貴方たちがここにいるという事は、もしかして鬼は―――」
「退治したぞ。俺たちの華麗なる連携プレーでな!」
「まぁ、お強いのですね!申し遅れましたが、私は春の巫女・サクラと申します。皆さんの強さを見込んでお願いがあります!」
「他の巫女を助けて欲しい、だろう?」
「そうです!どうか、他の巫女たちもお救い下さい」
巫女―――サクラは不安そうな表情を浮かべると小さく俯いた。
他の巫女たちの事が心配なのだろう。
その気持ちを察しながら千枝が尋ねる。
「勿論、助けてあげるけど、他の巫女たちはどこにいるか判る?」
「それは私にも分かりません。たた、言える事は同じ空間の別の場所にいる筈です」
「どゆこと?」
「他の攫われた巫女たちは私と同じように、鬼と一緒にこの裏の世界のどこかにいます。
でも、そこへは別の入口から行くしかないんです。
貴方たちは天女様から何かこの世界へ入る為の道具を頂いてここに来た筈ですよね?」
「ああ、この鈴を貰ってな」
悠はポケットから金色の鈴を取り出すと、サクラにそれを見せた。
サクラは金色の鈴の存在を認めると、静かに頷いて話し出す。
「これは『境界の鈴』・・・まさしく天女様の物ですね。これを使って、別の鬼が潜んでいる場所の入口を開くんです」
「じゃあ、ここから別の鬼が潜んでる場所には行けないって事か?」
「はい。行こうとしても恐らく結界が張ってあるか、空間が分断されてて行けない筈です。鬼は縄張りには煩いらしいですから」
「なるほど。ちなみに、他の鬼が潜んでいる空間には今から行けないのか?」
「今はまだ行けません。境界が歪む時期ではありませんから」
「境界が歪む時期?」
「正確に言えば曖昧になる時期なんですが、一定周期で皆さんが住む世界とこの裏の世界との境界が歪む時期があるんです。
そうして境界が歪む事によって鬼の強い妖気が現実世界に漏れ出て、『境界の鈴』がそれに反応し、この世界への扉が開く仕組みです。
補足すると、『境界の鈴』は鬼の妖気を察知し、その鬼がいる所へ導いてくれるのです」
「でもさ、その境界とかが歪む時期が来ても鬼がいなかったら意味なくない?遠くに逃げてたりしたらさ」
千枝のもっともらしい疑問に、しかしサクラは首を横に振って答える。
「先程も言いましたように、鬼は縄張り意識が強いです。他の地域には他の地域の鬼がいるので容易に足を踏み入れたりはしません」
「他の地域にもあんな鬼いるの!?それって大丈夫なの!!?」
「そこは心配しなくても大丈夫です。鬼は表の世界の光を嫌います。ですからこの裏の世界から出てくる事はないんです。
それに、全ての鬼がこうして私たち巫女や人間を襲う事はありません。温厚な鬼もいたりするんです」
「そうなんだ・・・」
「じゃあ、今が丁度その境界が歪む時期なら、今すぐ他の入り口を探しに行けばいいんじゃないかな?」
雪子が1つの提案を出すが、そに対してもサクラは首を横に振って否定した。
「残念ですが、それは出来ません。『境界の鈴』は一周期に1つの入り口しか開く事が出来ないんです」
「そう。それは惜しいわね」
「あのさぁ、境界の歪みとやらが一定周期しか起きないとかそれ大丈夫なのか?他の巫女たちが鬼にやられるんじゃ・・・」
雪子に続いて今度は陽介がサクラに質問する。
それに対してサクラは良い意味で否定の答えを返した。
「それは大丈夫です。他の巫女たちは私と同じように、鬼に攫われた直後に自らの心を眠らせました。
だから鬼に魂を食べられる事はありません」
「そうか、ならいいんだが・・・てか、魂食べるって何だ?」
「私たちのような巫女の魂を鬼が食べると、鬼は強大な力を手に入れる事が出来るんです。
今回私達を攫ったのも、恐らく強大な力を手に入れる為だと思います。
でも、私達自身が魂を眠らせていれば力を得る事も出来ないので、問題はありません」
「へー。どうやって起きるんだ?」
「温かい何かを感じた時、安心出来る何かが私達に触れた時に私達の眠った魂は目覚めます。私に触れたのは貴方ですよね?」
サクラは悠の方を見上げると首を傾げて尋ねた。
その質問に悠は「そうだ」と静かに頷く。
「やっぱり!貴方からは今でもとても温かいものを感じてます」
「俺から?」
「はい!天女様といる時のような温かさがあって、何だか心が安らぎます」
「センセーは心がひろーくてスンバラシイお方だから、温かいものを感じるのは無理も無いクマ」
「持ち上げすぎだ、クマ。俺はそこまで偉大な人間じゃない。ただの普通の人間だよ」
苦笑いして悠はクマに訂正を求めた。
しかし、あながち間違っていないので、陽介たちは心の中でクマに同意していたりする。
「とにかく、今は急いでも他の鬼がいる所へは行けないでいいんだな?」
「はい」
「なら、今日はもうこのまま帰るしかないな。ずっとここにいても危険だ」
「それもそーだね。久々の戦いで疲れたし」
「外の雪、どうなってるかな?」
「それなら心配はありません。春の季節を護る私を皆さんが救出してくれた事により、現在の季節は既に安定しています。
ただ、次の季節である夏が近いので、また季節が不安定になるかもしれませんが・・・」
「また雪が降ったり春の季節が続いたままになったりするクマ?」
「はい。皆さんには本当にご迷惑をおかけします」
「気にすんなって!お前たちが悪い訳じゃねーし」
「そう言っていただけると嬉しいです。あの、もう一つ、迷惑をかけてもいいでしょうか?」
「可愛い子のワガママなら何でも聞くクマ!クマに出来る事なら言ってみんしゃい!」
ドンッ!とクマは頼もしそうに胸を叩く。
他の面々も快く頷き、それを見てサクラは嬉しそうな、けれども困ったような表情を浮かべた。
「では・・・何か依代となるものはないでしょうか?」
「よりしろ?」
「私は表の世界に実体を持ちません。このまま表の世界へ出てしまったら私の存在は消えてしまうんです」
「そ、それは大変クマ!」
「でも依代ってどんなのがいいんだ?ペンとかボタンとかそういうのでいいのか?」
「いえ、そういった物ではなく、何か悪い物を寄せ付けないような物がいいいのですが・・・」
そこで悠はハッとイゴールの言葉を思い出した。
『それは特別なストラップです。実体なき者の拠り所となり得るもの。
今の時点ではまだ必要はない。が、すぐに必要となる時が来るでしょう。貴方が常に持ち運ぶ物に着けておくのが宜しいかと』
恐らく、イゴールはこの事を予見していたのだろう。
悪い物を寄せ付けないかどうかは判らないが、イゴールが渡してくれたものだからきっと大丈夫な筈だ。
そう思って悠は携帯を取り出し、サクラに4つの小さなガラス球が連なるストラップを見せた。
「これなんかはどうだ?」
すると、サクラは目を輝かせて「それです!」と言いながら何度も頷いた。
「あの、それを依代にしても良いですか?」
「ああ」
「ありがとうございます!それにしても、今までにない不思議な力を感じます。どこでこれを?」
「・・・知り合いに貰った」
「知り合いってーと、マーガレットさんか?」
「まぁ、な」
正確にはイゴールから貰ったものだが、陽介たちにはイゴールの事は話していない。
説明すると長くなるので、この場はマーガレットから貰ったという事にして悠は流した。
「お礼と言ってはなんですが、よければこれをどうぞ」
サクラは自分の袖に手を入れると、そこから淡いピンク色の鈴を取り出し、悠に手渡した。
「これは?」
「この世界の入り口を開くための鈴です。ここの鬼がいなくなった今、『境界の鈴』ではここは開けないので、その代わりです。
もしも皆さんが力を付けたかったり、私に何か御用があった時にはこの世界に入ってきて下さい。
1つ注意点として、この鈴で開けるのはここに訪れた時の入り口だけですので、忘れないようにして下さいね」
「ああ、判った。ありがとうな」
「はい。では、失礼します」
サクラは胸の前で手を組み、静かに目を閉じた。
すると、眩い光が一瞬サクラを覆い、ピンクの光の球体へと姿を変えた。
ピンクの光の球体は風に乗るようにして宙を舞い、悠の着けているストラップへとぶつかっていく。
そうして連なった4つのガラス球の一番上はピンク色に染まるのだった。
一連の流れを見届けた悠は、陽介たちの方を振り返って言い放つ。
「とりあえず、一人目の巫女は救えたから今日の所は家に帰ってゆっくり休もう」
「ああ、そうだな」
「あれれ?ヨースケの審議はやらないクマか?」
「お前・・・まだ覚えてたのかよ」
「それは明日しよう」
「せんでいいわ!!!」
悠と陽介の漫才に皆は笑いを溢すのだった。
裏の世界から帰還してみると、サクラが言っていたように雪は止み、灰色の雲の隙間からは夕空が覗いていた。
このまま時間が経てば雲は流れて行き、春の気温が戻って雪が溶けるだろう。
空を見上げながら千枝が口を開く。
「いやー、晴れたねー。サクラちゃん救っただけでこんなにも違いが出るなんてさ」
「ね。でも夏になるとまた狂っちゃうんだよね。狂う前に境界が歪む時期が来ればいいけど・・・」
「そう上手くはいかないだろうな。だが、どんなに季節が狂おうとも俺たちだけは慌てず落ち着いて境界が歪むのを待とう」
「うん、そうだね」
「アタシたちが慌ててたら意味ないもんね」
「ああ。俺たちにしか出来ない事だからな」
悠のセリフに千枝たちは真剣な表情で頷く。
二年前の時と同じ、自分たちにしか出来ない事。
それもまた、自分たちの生活や多くの人たちの日常を脅かすような事件。
自分たちがやり遂げねばという強い意志と責任を胸に今回の事件も必ず解決すると心の中で静かに誓った。
「なぁ、神社がどうなってるか見てみないか?よく考えたら俺たち、半ば勢いで鬼に戦いを挑んでた訳だしさ」
少しの間を置いて陽介が提案をした。
陽介の提案にクマが賛成する。
「ヨースケの言う通りクマ!もしかしたら何か起きてるかもしれんクマ!」
「そうだな、行ってみよう」
悠は頷き、陽介たちと共に神社へと向かう事にした。
神社の境内では早速子供たちが雪遊びをしていた。
つい最近しまったであろうコートやマフラー、手袋を着けている。
雪だるまを作ったり雪合戦をしている子供たちを横目に神社の拝殿の扉を小さく開けた。
悠・陽介・雪子・千枝・クマの順で頭を縦に並べて隙間から拝殿の中を覗く。
拝殿の中はこれといった損害はなく、新築そのものだった。
「特に影響は出てないみたいだな」
「だな。まずは一安心だぜ」
「こっちの世界とあっちの世界は繋がってないのかな?」
「じゃない?ていうか、もしも繋がってて影響が出てたら今頃大騒ぎになってるでしょ」
「それもそうクマね。でなきゃケーサツの人たちが来てて子供たちやクマたちはここに入れてないクマ」
「確かにな。この辺の所はサクラに聞いておくべきだったな。何か知ってそうな感じだったし」
「今度聞きに行こうぜ。完二たちにも伝えとかなきゃいけねーし」
「ああ。確認も済んだ事だし、解散しよう」
確認を終えた悠たちはその場で解散をし、それぞれの帰路を辿った。
悠は帰る途中、完二の母親やりせの祖母の様子を伺い、困っていないか確認した。
けれど両者共に特に困っている様子はなかったので、悠は家に帰る事とした。
家に着いた悠は早速風呂を沸かすと、体を温めると同時に疲れを癒した。
戦闘をした後の風呂はいつもより気持ち良さが違う。
それからしばらくして、風呂から出てさっぱりしていると、菜々子が学校から帰ってきた。
雪が降ってきた事に興奮していた菜々子を宥めつつ風呂に入らせ、しばらくして風呂から出た菜々子と夕飯の支度をしながら今日の出来事について話した。
「今日びっくりしたね。雪が降ったんだもん!」
「ああ。菜々子は大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫だったよ。ちょっと寒かったけど。でも、コートとかあったら体育の時間に外で遊べたのになぁ」
「それは残念だったな」
「でもね、放課後は軍手を着けて友達とちょっと遊んだんだよ」
「へぇ、何をして遊んだんだ?」
「えーっとね、雪だるま作ったり雪のお城を作ったりしたよ!本当はクマさんだるま作ろうと思ったんだけど、難しくてできなかったの」
「クマだるまを作るのは難しいよ。俺でも大変だったし」
「それでもお兄ちゃんが作ったクマさんだるま、凄く上手だったよ!クマさんそっくりだった!」
「ただいま」
「あ、お父さんだ!」
玄関から堂島の声が響くと、菜々子はおたまを置いて嬉しそうに「お帰りなさーい!」と言いながら玄関へと駆けて行った。
少し遅れて悠も包丁を置き、玄関へと向かう。
「お帰りなさい」と言って玄関覗くと、そこには堂島ともう一人、見慣れぬ男性が立っていた。
「おう、帰ったぞ」
「お邪魔するッス!」
男性は元気よく挨拶して丁寧におじぎをする。
「紹介する。こっちは俺の新しい部下の品川だ」
「品川大輔ッス!いつも堂島さんにお世話になってるッス!」
「甥の鳴上悠です」
「む、娘の菜々子・・・です」
菜々子は緊張しながら悠のズボンを掴み、自己紹介をした。
やや人見知りなのもあって、最後の方は蚊の鳴く声の如く小さくなっていった。
「こいつの実家が漬物を大量に送ってきたってんで、分けてもらったんだ。その礼も兼ねてこいつにも飯を用意してやってくれないか?」
「いいッスよ堂島さん!たかが漬物分けたくらいでそんな!」
「これがたかがって量かよ」
苦笑しながら堂島は大きな瓶に詰められた大量の沢庵を持ち上げて見せた。
なるほど、これだけお裾分けしてもらってはお礼をしない訳にはいかない。
悠は堂島から漬物を受け取ると、品川に「どうぞ上がって下さい」と言って菜々子と共にキッチンに戻った。
品川は最初こそは遠慮していたが、堂島に促され、結局は上がる事にした。
キッチンで料理を皿に盛り付けている時に、菜々子が悠に尋ねた。
「ねぇお兄ちゃん、お魚さん3匹しかないけど、どうする?」
今日の献立は焼き魚と卵焼きと、品川から貰った沢庵。
けれど品川が来る事は急遽決まったので魚は3匹しかない。
今から買いに行くにしても色々間に合わないだろう。
悠は顎に手を当てて数秒考え込むと、ある事を思いついて菜々子に提案をした。
「じゃあ、お兄ちゃんと半分個しないか?」
「半分個?」
「そうだ。お兄ちゃんと菜々子でお魚を半分個だ。それとも菜々子は丸々1匹食べたいか?」
「ううん、する!半分個する!お兄ちゃんと菜々子で半分個!」
菜々子は嬉しそうに小さく飛び跳ねて悠の提案を受け入れた。
魚は半分になってしまうが、そんなのは関係ない。
大好きな兄である悠と何かを分け合うのが何よりも嬉しいのだ。
嬉しがる菜々子に悠もつられて笑みをこぼし、1匹の魚を包丁で半分に切る。
なるべく身が多い方を菜々子の皿に置いて、小さい方を自分の皿に置く。
そうして出来上がった料理を菜々子と一緒にテーブルに運んで床に座った。
出来立てホカホカの料理をを前に品川は「おお!」と感嘆の声を漏らす。
「これ全部、悠くんと菜々子ちゃんが作ったんスか?」
「はい」
「凄いッスね!とっても美味しそうで・・・って!?」
品川は悠と菜々子の魚が半分しかないのに気付き、酷く慌てた。
「悠くんも菜々子ちゃんも魚小さいじゃないッスか!自分なんかに遠慮しなくていいんスよ!ほら悠くん、育ち盛りでしょ?足りないんじゃないッスか!?」
「いえ、大丈夫です」
「菜々子ちゃんは!?お腹空くんじゃないッスか?」
「お兄ちゃんと半分個したから平気だよ!」
菜々子は満面の笑顔でそう返して魚を食べた。
問題ないと言った2人に品川はどうすればいいか分からなくなったが、堂島がそれをフォローする。
「2人がいいって言ってんだ、遠慮せずに食え」
「・・・じゃあ、有り難くいただくッス!」
パンッと強く手を合わせて品川は「いただきます」と言った。
最初に卵焼きから箸で取って口に入れる。
ふんわりと柔らかく、それでいてトロトロとしている卵焼きに舌鼓を打つ。
「卵焼き美味しいッスね!柔らかくて中はトロッとしてて!どっちが作ったんスか?」
「俺です」
「へ~、悠くんは料理が上手ッスね~。今時は料理出来る男の子も好感度高いらしいッスから、女の子がほっとかないでしょ?」
「ほっとくなんてもんじゃないぜ?悠は凄くモテてるぞ。バレンタインの時なんか、ウチのポストがこいつ宛のチョコで一杯になったくらいだ」
「ポストが一杯になるくらいって凄いッスね~!隅に置けないッス!」
「でもね、お兄ちゃんには好きな人がいるんだよ」
「おお、やっぱり!どんな子なんスか?」
「天城屋旅館の雪子おねえちゃんだよ」
「ええっ!?あの天城屋さんとこの娘さんとッスか!?」
品川は大袈裟に驚くが、悠は涼しい顔で「はい」と返した。
「つい最近見かけた事があるんスけど、あんな美少女と付き合ってるだなんて悠くんは凄いッスね~!」
「俺も聞いた時はたまげたぜ。まさか天城屋さんとこの娘さんとお付き合いしてるなんてな」
「これは俺も負けてられないッス。俺もいつか綺麗なお嫁さんをゲットしてみせるッス」
意気込みながら品川は味噌汁のお椀を傾けて汁を啜った。
濃すぎず薄すぎずな絶妙な味付けに品川は絶賛する。
「お、味噌汁の味付け最高ッスね!こっちも悠くんが?」
「いえ、味噌汁は菜々子が作りました」
「へー、菜々子ちゃんが?菜々子ちゃん、味噌汁美味しいッスよ」
「えへへ、ありがとう」
菜々子は頰を赤くしながら礼を述べる。
「美味しい味噌汁作れる菜々子ちゃんは将来良いお嫁さんになれるッスよ」
「うん!菜々子、将来お兄ちゃんの良いお嫁さんになる!」
「そうそう、悠くんのお嫁さんに・・・って、ええっ!!?でも、悠くんには天城屋さんの娘さんが・・・」
「菜々子もお嫁さんになる!」
「ど、堂島さん・・・」
「まぁ、なんだ・・・時間が解決するさ」
堂島は答えあぐねて言葉を濁す。
今現実を教えるよりも、自然に学んでいく方がいいだろう。
悠も同じことを考えて敢えて何も言わなかった。
その後も夕食は軽快に続き、何も問題が起こる事もなく終わった。
現在は悠と菜々子が後片付けをしていて、食器を洗ったりしている。
仲良く皿洗いをしている二人の背中を見つめながら品川が堂島に語りかけた。
「悠君も菜々子ちゃんも本当に良い子ですね。それにとてもしっかりしてて頼りのある子たちッス」
「それでもああ見えて結構心配かけさせる所とかあるぞ。悠なんか特にな」
「え?悠君、反抗期だった事があったんスか?」
「いや、反抗期とかそういうのじゃねぇ。二年前にここで起きた連続殺人事件の時に悠とその友人たちが深く関わってたんだ。
結局繋がりは最後まで判らずじまいで、俺も最後には追及するのをやめた。アイツらなりの事情があったんだと思ってな」
「そんな事が・・・」
「ま、だからといって今後も危ねぇ事に首つっこみそうになってたらちゃんと止めるつもりだがな。
アイツらにしか出来ない事があるかもしれないとはいえ、ほっとく訳にはいかないだろ?」
「ええ、そうッスね!若い命を散らさぬよう、自分たちで守らないとッスね!」
品川は力強く頷いて拳を握ってみせた。
そんな頼もしさを見せる品川に「お前もまだまだ若いだろ」と言って堂島と品川は笑うのだった。
続く
助けたはいいが、起きる気配があまりしない。
困り気味に陽介が悠に尋ねる。
「生きてる・・・よな?」
「多分・・・」
悠は曖昧に答えながら、壊れ物に触れるかのように巫女の頬に手を添えた。
別にこうした事でどうにかなる訳ではないが、一応触れてみて反応があるかどうか確かめる。
巫女の頬は人肌と同じくらいの温度を放っており、その温度から巫女は生きているのだと悠に伝える。
しかし、悠が頬に触れてからほんの数秒、それがまるで合図であったかのように巫女の睫毛は揺れ、静かに瞼を開いた。
「ここ・・・は・・・?」
「やった!起きたよ!」
「あ、貴方たちは?」
「クマたちは君を救いに来たナイトさ」
「分かったから少し黙ってろ」
「俺たちは天女のイヨって人に頼まれて君や他の巫女を助けに来たんだ」
「天女様にですか!?」
巫女は天女の名前を聞くとすぐに飛び上がって悠たちに色々な質問をし始めた。
「天女様にお会いしたという事は、天女様はご無事なのですね!?」
「ああ、彼女は無事だ。攫われた君たちの事を心配している」
「良かった・・・あの、貴方たちがここにいるという事は、もしかして鬼は―――」
「退治したぞ。俺たちの華麗なる連携プレーでな!」
「まぁ、お強いのですね!申し遅れましたが、私は春の巫女・サクラと申します。皆さんの強さを見込んでお願いがあります!」
「他の巫女を助けて欲しい、だろう?」
「そうです!どうか、他の巫女たちもお救い下さい」
巫女―――サクラは不安そうな表情を浮かべると小さく俯いた。
他の巫女たちの事が心配なのだろう。
その気持ちを察しながら千枝が尋ねる。
「勿論、助けてあげるけど、他の巫女たちはどこにいるか判る?」
「それは私にも分かりません。たた、言える事は同じ空間の別の場所にいる筈です」
「どゆこと?」
「他の攫われた巫女たちは私と同じように、鬼と一緒にこの裏の世界のどこかにいます。
でも、そこへは別の入口から行くしかないんです。
貴方たちは天女様から何かこの世界へ入る為の道具を頂いてここに来た筈ですよね?」
「ああ、この鈴を貰ってな」
悠はポケットから金色の鈴を取り出すと、サクラにそれを見せた。
サクラは金色の鈴の存在を認めると、静かに頷いて話し出す。
「これは『境界の鈴』・・・まさしく天女様の物ですね。これを使って、別の鬼が潜んでいる場所の入口を開くんです」
「じゃあ、ここから別の鬼が潜んでる場所には行けないって事か?」
「はい。行こうとしても恐らく結界が張ってあるか、空間が分断されてて行けない筈です。鬼は縄張りには煩いらしいですから」
「なるほど。ちなみに、他の鬼が潜んでいる空間には今から行けないのか?」
「今はまだ行けません。境界が歪む時期ではありませんから」
「境界が歪む時期?」
「正確に言えば曖昧になる時期なんですが、一定周期で皆さんが住む世界とこの裏の世界との境界が歪む時期があるんです。
そうして境界が歪む事によって鬼の強い妖気が現実世界に漏れ出て、『境界の鈴』がそれに反応し、この世界への扉が開く仕組みです。
補足すると、『境界の鈴』は鬼の妖気を察知し、その鬼がいる所へ導いてくれるのです」
「でもさ、その境界とかが歪む時期が来ても鬼がいなかったら意味なくない?遠くに逃げてたりしたらさ」
千枝のもっともらしい疑問に、しかしサクラは首を横に振って答える。
「先程も言いましたように、鬼は縄張り意識が強いです。他の地域には他の地域の鬼がいるので容易に足を踏み入れたりはしません」
「他の地域にもあんな鬼いるの!?それって大丈夫なの!!?」
「そこは心配しなくても大丈夫です。鬼は表の世界の光を嫌います。ですからこの裏の世界から出てくる事はないんです。
それに、全ての鬼がこうして私たち巫女や人間を襲う事はありません。温厚な鬼もいたりするんです」
「そうなんだ・・・」
「じゃあ、今が丁度その境界が歪む時期なら、今すぐ他の入り口を探しに行けばいいんじゃないかな?」
雪子が1つの提案を出すが、そに対してもサクラは首を横に振って否定した。
「残念ですが、それは出来ません。『境界の鈴』は一周期に1つの入り口しか開く事が出来ないんです」
「そう。それは惜しいわね」
「あのさぁ、境界の歪みとやらが一定周期しか起きないとかそれ大丈夫なのか?他の巫女たちが鬼にやられるんじゃ・・・」
雪子に続いて今度は陽介がサクラに質問する。
それに対してサクラは良い意味で否定の答えを返した。
「それは大丈夫です。他の巫女たちは私と同じように、鬼に攫われた直後に自らの心を眠らせました。
だから鬼に魂を食べられる事はありません」
「そうか、ならいいんだが・・・てか、魂食べるって何だ?」
「私たちのような巫女の魂を鬼が食べると、鬼は強大な力を手に入れる事が出来るんです。
今回私達を攫ったのも、恐らく強大な力を手に入れる為だと思います。
でも、私達自身が魂を眠らせていれば力を得る事も出来ないので、問題はありません」
「へー。どうやって起きるんだ?」
「温かい何かを感じた時、安心出来る何かが私達に触れた時に私達の眠った魂は目覚めます。私に触れたのは貴方ですよね?」
サクラは悠の方を見上げると首を傾げて尋ねた。
その質問に悠は「そうだ」と静かに頷く。
「やっぱり!貴方からは今でもとても温かいものを感じてます」
「俺から?」
「はい!天女様といる時のような温かさがあって、何だか心が安らぎます」
「センセーは心がひろーくてスンバラシイお方だから、温かいものを感じるのは無理も無いクマ」
「持ち上げすぎだ、クマ。俺はそこまで偉大な人間じゃない。ただの普通の人間だよ」
苦笑いして悠はクマに訂正を求めた。
しかし、あながち間違っていないので、陽介たちは心の中でクマに同意していたりする。
「とにかく、今は急いでも他の鬼がいる所へは行けないでいいんだな?」
「はい」
「なら、今日はもうこのまま帰るしかないな。ずっとここにいても危険だ」
「それもそーだね。久々の戦いで疲れたし」
「外の雪、どうなってるかな?」
「それなら心配はありません。春の季節を護る私を皆さんが救出してくれた事により、現在の季節は既に安定しています。
ただ、次の季節である夏が近いので、また季節が不安定になるかもしれませんが・・・」
「また雪が降ったり春の季節が続いたままになったりするクマ?」
「はい。皆さんには本当にご迷惑をおかけします」
「気にすんなって!お前たちが悪い訳じゃねーし」
「そう言っていただけると嬉しいです。あの、もう一つ、迷惑をかけてもいいでしょうか?」
「可愛い子のワガママなら何でも聞くクマ!クマに出来る事なら言ってみんしゃい!」
ドンッ!とクマは頼もしそうに胸を叩く。
他の面々も快く頷き、それを見てサクラは嬉しそうな、けれども困ったような表情を浮かべた。
「では・・・何か依代となるものはないでしょうか?」
「よりしろ?」
「私は表の世界に実体を持ちません。このまま表の世界へ出てしまったら私の存在は消えてしまうんです」
「そ、それは大変クマ!」
「でも依代ってどんなのがいいんだ?ペンとかボタンとかそういうのでいいのか?」
「いえ、そういった物ではなく、何か悪い物を寄せ付けないような物がいいいのですが・・・」
そこで悠はハッとイゴールの言葉を思い出した。
『それは特別なストラップです。実体なき者の拠り所となり得るもの。
今の時点ではまだ必要はない。が、すぐに必要となる時が来るでしょう。貴方が常に持ち運ぶ物に着けておくのが宜しいかと』
恐らく、イゴールはこの事を予見していたのだろう。
悪い物を寄せ付けないかどうかは判らないが、イゴールが渡してくれたものだからきっと大丈夫な筈だ。
そう思って悠は携帯を取り出し、サクラに4つの小さなガラス球が連なるストラップを見せた。
「これなんかはどうだ?」
すると、サクラは目を輝かせて「それです!」と言いながら何度も頷いた。
「あの、それを依代にしても良いですか?」
「ああ」
「ありがとうございます!それにしても、今までにない不思議な力を感じます。どこでこれを?」
「・・・知り合いに貰った」
「知り合いってーと、マーガレットさんか?」
「まぁ、な」
正確にはイゴールから貰ったものだが、陽介たちにはイゴールの事は話していない。
説明すると長くなるので、この場はマーガレットから貰ったという事にして悠は流した。
「お礼と言ってはなんですが、よければこれをどうぞ」
サクラは自分の袖に手を入れると、そこから淡いピンク色の鈴を取り出し、悠に手渡した。
「これは?」
「この世界の入り口を開くための鈴です。ここの鬼がいなくなった今、『境界の鈴』ではここは開けないので、その代わりです。
もしも皆さんが力を付けたかったり、私に何か御用があった時にはこの世界に入ってきて下さい。
1つ注意点として、この鈴で開けるのはここに訪れた時の入り口だけですので、忘れないようにして下さいね」
「ああ、判った。ありがとうな」
「はい。では、失礼します」
サクラは胸の前で手を組み、静かに目を閉じた。
すると、眩い光が一瞬サクラを覆い、ピンクの光の球体へと姿を変えた。
ピンクの光の球体は風に乗るようにして宙を舞い、悠の着けているストラップへとぶつかっていく。
そうして連なった4つのガラス球の一番上はピンク色に染まるのだった。
一連の流れを見届けた悠は、陽介たちの方を振り返って言い放つ。
「とりあえず、一人目の巫女は救えたから今日の所は家に帰ってゆっくり休もう」
「ああ、そうだな」
「あれれ?ヨースケの審議はやらないクマか?」
「お前・・・まだ覚えてたのかよ」
「それは明日しよう」
「せんでいいわ!!!」
悠と陽介の漫才に皆は笑いを溢すのだった。
裏の世界から帰還してみると、サクラが言っていたように雪は止み、灰色の雲の隙間からは夕空が覗いていた。
このまま時間が経てば雲は流れて行き、春の気温が戻って雪が溶けるだろう。
空を見上げながら千枝が口を開く。
「いやー、晴れたねー。サクラちゃん救っただけでこんなにも違いが出るなんてさ」
「ね。でも夏になるとまた狂っちゃうんだよね。狂う前に境界が歪む時期が来ればいいけど・・・」
「そう上手くはいかないだろうな。だが、どんなに季節が狂おうとも俺たちだけは慌てず落ち着いて境界が歪むのを待とう」
「うん、そうだね」
「アタシたちが慌ててたら意味ないもんね」
「ああ。俺たちにしか出来ない事だからな」
悠のセリフに千枝たちは真剣な表情で頷く。
二年前の時と同じ、自分たちにしか出来ない事。
それもまた、自分たちの生活や多くの人たちの日常を脅かすような事件。
自分たちがやり遂げねばという強い意志と責任を胸に今回の事件も必ず解決すると心の中で静かに誓った。
「なぁ、神社がどうなってるか見てみないか?よく考えたら俺たち、半ば勢いで鬼に戦いを挑んでた訳だしさ」
少しの間を置いて陽介が提案をした。
陽介の提案にクマが賛成する。
「ヨースケの言う通りクマ!もしかしたら何か起きてるかもしれんクマ!」
「そうだな、行ってみよう」
悠は頷き、陽介たちと共に神社へと向かう事にした。
神社の境内では早速子供たちが雪遊びをしていた。
つい最近しまったであろうコートやマフラー、手袋を着けている。
雪だるまを作ったり雪合戦をしている子供たちを横目に神社の拝殿の扉を小さく開けた。
悠・陽介・雪子・千枝・クマの順で頭を縦に並べて隙間から拝殿の中を覗く。
拝殿の中はこれといった損害はなく、新築そのものだった。
「特に影響は出てないみたいだな」
「だな。まずは一安心だぜ」
「こっちの世界とあっちの世界は繋がってないのかな?」
「じゃない?ていうか、もしも繋がってて影響が出てたら今頃大騒ぎになってるでしょ」
「それもそうクマね。でなきゃケーサツの人たちが来てて子供たちやクマたちはここに入れてないクマ」
「確かにな。この辺の所はサクラに聞いておくべきだったな。何か知ってそうな感じだったし」
「今度聞きに行こうぜ。完二たちにも伝えとかなきゃいけねーし」
「ああ。確認も済んだ事だし、解散しよう」
確認を終えた悠たちはその場で解散をし、それぞれの帰路を辿った。
悠は帰る途中、完二の母親やりせの祖母の様子を伺い、困っていないか確認した。
けれど両者共に特に困っている様子はなかったので、悠は家に帰る事とした。
家に着いた悠は早速風呂を沸かすと、体を温めると同時に疲れを癒した。
戦闘をした後の風呂はいつもより気持ち良さが違う。
それからしばらくして、風呂から出てさっぱりしていると、菜々子が学校から帰ってきた。
雪が降ってきた事に興奮していた菜々子を宥めつつ風呂に入らせ、しばらくして風呂から出た菜々子と夕飯の支度をしながら今日の出来事について話した。
「今日びっくりしたね。雪が降ったんだもん!」
「ああ。菜々子は大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫だったよ。ちょっと寒かったけど。でも、コートとかあったら体育の時間に外で遊べたのになぁ」
「それは残念だったな」
「でもね、放課後は軍手を着けて友達とちょっと遊んだんだよ」
「へぇ、何をして遊んだんだ?」
「えーっとね、雪だるま作ったり雪のお城を作ったりしたよ!本当はクマさんだるま作ろうと思ったんだけど、難しくてできなかったの」
「クマだるまを作るのは難しいよ。俺でも大変だったし」
「それでもお兄ちゃんが作ったクマさんだるま、凄く上手だったよ!クマさんそっくりだった!」
「ただいま」
「あ、お父さんだ!」
玄関から堂島の声が響くと、菜々子はおたまを置いて嬉しそうに「お帰りなさーい!」と言いながら玄関へと駆けて行った。
少し遅れて悠も包丁を置き、玄関へと向かう。
「お帰りなさい」と言って玄関覗くと、そこには堂島ともう一人、見慣れぬ男性が立っていた。
「おう、帰ったぞ」
「お邪魔するッス!」
男性は元気よく挨拶して丁寧におじぎをする。
「紹介する。こっちは俺の新しい部下の品川だ」
「品川大輔ッス!いつも堂島さんにお世話になってるッス!」
「甥の鳴上悠です」
「む、娘の菜々子・・・です」
菜々子は緊張しながら悠のズボンを掴み、自己紹介をした。
やや人見知りなのもあって、最後の方は蚊の鳴く声の如く小さくなっていった。
「こいつの実家が漬物を大量に送ってきたってんで、分けてもらったんだ。その礼も兼ねてこいつにも飯を用意してやってくれないか?」
「いいッスよ堂島さん!たかが漬物分けたくらいでそんな!」
「これがたかがって量かよ」
苦笑しながら堂島は大きな瓶に詰められた大量の沢庵を持ち上げて見せた。
なるほど、これだけお裾分けしてもらってはお礼をしない訳にはいかない。
悠は堂島から漬物を受け取ると、品川に「どうぞ上がって下さい」と言って菜々子と共にキッチンに戻った。
品川は最初こそは遠慮していたが、堂島に促され、結局は上がる事にした。
キッチンで料理を皿に盛り付けている時に、菜々子が悠に尋ねた。
「ねぇお兄ちゃん、お魚さん3匹しかないけど、どうする?」
今日の献立は焼き魚と卵焼きと、品川から貰った沢庵。
けれど品川が来る事は急遽決まったので魚は3匹しかない。
今から買いに行くにしても色々間に合わないだろう。
悠は顎に手を当てて数秒考え込むと、ある事を思いついて菜々子に提案をした。
「じゃあ、お兄ちゃんと半分個しないか?」
「半分個?」
「そうだ。お兄ちゃんと菜々子でお魚を半分個だ。それとも菜々子は丸々1匹食べたいか?」
「ううん、する!半分個する!お兄ちゃんと菜々子で半分個!」
菜々子は嬉しそうに小さく飛び跳ねて悠の提案を受け入れた。
魚は半分になってしまうが、そんなのは関係ない。
大好きな兄である悠と何かを分け合うのが何よりも嬉しいのだ。
嬉しがる菜々子に悠もつられて笑みをこぼし、1匹の魚を包丁で半分に切る。
なるべく身が多い方を菜々子の皿に置いて、小さい方を自分の皿に置く。
そうして出来上がった料理を菜々子と一緒にテーブルに運んで床に座った。
出来立てホカホカの料理をを前に品川は「おお!」と感嘆の声を漏らす。
「これ全部、悠くんと菜々子ちゃんが作ったんスか?」
「はい」
「凄いッスね!とっても美味しそうで・・・って!?」
品川は悠と菜々子の魚が半分しかないのに気付き、酷く慌てた。
「悠くんも菜々子ちゃんも魚小さいじゃないッスか!自分なんかに遠慮しなくていいんスよ!ほら悠くん、育ち盛りでしょ?足りないんじゃないッスか!?」
「いえ、大丈夫です」
「菜々子ちゃんは!?お腹空くんじゃないッスか?」
「お兄ちゃんと半分個したから平気だよ!」
菜々子は満面の笑顔でそう返して魚を食べた。
問題ないと言った2人に品川はどうすればいいか分からなくなったが、堂島がそれをフォローする。
「2人がいいって言ってんだ、遠慮せずに食え」
「・・・じゃあ、有り難くいただくッス!」
パンッと強く手を合わせて品川は「いただきます」と言った。
最初に卵焼きから箸で取って口に入れる。
ふんわりと柔らかく、それでいてトロトロとしている卵焼きに舌鼓を打つ。
「卵焼き美味しいッスね!柔らかくて中はトロッとしてて!どっちが作ったんスか?」
「俺です」
「へ~、悠くんは料理が上手ッスね~。今時は料理出来る男の子も好感度高いらしいッスから、女の子がほっとかないでしょ?」
「ほっとくなんてもんじゃないぜ?悠は凄くモテてるぞ。バレンタインの時なんか、ウチのポストがこいつ宛のチョコで一杯になったくらいだ」
「ポストが一杯になるくらいって凄いッスね~!隅に置けないッス!」
「でもね、お兄ちゃんには好きな人がいるんだよ」
「おお、やっぱり!どんな子なんスか?」
「天城屋旅館の雪子おねえちゃんだよ」
「ええっ!?あの天城屋さんとこの娘さんとッスか!?」
品川は大袈裟に驚くが、悠は涼しい顔で「はい」と返した。
「つい最近見かけた事があるんスけど、あんな美少女と付き合ってるだなんて悠くんは凄いッスね~!」
「俺も聞いた時はたまげたぜ。まさか天城屋さんとこの娘さんとお付き合いしてるなんてな」
「これは俺も負けてられないッス。俺もいつか綺麗なお嫁さんをゲットしてみせるッス」
意気込みながら品川は味噌汁のお椀を傾けて汁を啜った。
濃すぎず薄すぎずな絶妙な味付けに品川は絶賛する。
「お、味噌汁の味付け最高ッスね!こっちも悠くんが?」
「いえ、味噌汁は菜々子が作りました」
「へー、菜々子ちゃんが?菜々子ちゃん、味噌汁美味しいッスよ」
「えへへ、ありがとう」
菜々子は頰を赤くしながら礼を述べる。
「美味しい味噌汁作れる菜々子ちゃんは将来良いお嫁さんになれるッスよ」
「うん!菜々子、将来お兄ちゃんの良いお嫁さんになる!」
「そうそう、悠くんのお嫁さんに・・・って、ええっ!!?でも、悠くんには天城屋さんの娘さんが・・・」
「菜々子もお嫁さんになる!」
「ど、堂島さん・・・」
「まぁ、なんだ・・・時間が解決するさ」
堂島は答えあぐねて言葉を濁す。
今現実を教えるよりも、自然に学んでいく方がいいだろう。
悠も同じことを考えて敢えて何も言わなかった。
その後も夕食は軽快に続き、何も問題が起こる事もなく終わった。
現在は悠と菜々子が後片付けをしていて、食器を洗ったりしている。
仲良く皿洗いをしている二人の背中を見つめながら品川が堂島に語りかけた。
「悠君も菜々子ちゃんも本当に良い子ですね。それにとてもしっかりしてて頼りのある子たちッス」
「それでもああ見えて結構心配かけさせる所とかあるぞ。悠なんか特にな」
「え?悠君、反抗期だった事があったんスか?」
「いや、反抗期とかそういうのじゃねぇ。二年前にここで起きた連続殺人事件の時に悠とその友人たちが深く関わってたんだ。
結局繋がりは最後まで判らずじまいで、俺も最後には追及するのをやめた。アイツらなりの事情があったんだと思ってな」
「そんな事が・・・」
「ま、だからといって今後も危ねぇ事に首つっこみそうになってたらちゃんと止めるつもりだがな。
アイツらにしか出来ない事があるかもしれないとはいえ、ほっとく訳にはいかないだろ?」
「ええ、そうッスね!若い命を散らさぬよう、自分たちで守らないとッスね!」
品川は力強く頷いて拳を握ってみせた。
そんな頼もしさを見せる品川に「お前もまだまだ若いだろ」と言って堂島と品川は笑うのだった。
続く