長編
赤い蝋燭を手に入れた悠たちは急いで神社へと戻り、蝋燭の火を御札に当てた。
すると、御札は赤い炎に包まれてみるみるうちに燃えて灰となり、最後には注連縄までも燃やして燃え尽きた。
「これで中に入れるな」
陽介に言葉に悠は静かに頷き、拝殿の扉を見つめる。
そして落ち着いた足取りで階段を上り、勢い良く扉を開いて中に入った。
「チッ、何だよ、もう入ってきやがったのか」
禍々しい空気が広い拝殿に立ち込める中、祭壇の前に図体の大きな赤い鬼がこちらに背を向けて金棒を片手に佇んでいた。
その後姿を見ただけで悠たちは感じ取った、この鬼はただものではないと。
鬼はまだ戦闘態勢に入っていない。
それなのに空気はピリピリと張り詰め、口の中は乾き、一瞬の隙も見せまいという気持ちから神経が尖る。
テレビの世界でも味わったこの懐かしい感覚を悠たちは忘れていなかった。
これは強敵と対峙した時の感覚だ。
「しかもガキじゃねーか!俺はガキが大っ嫌いなんだよ!!」
振り向いて悠たちの存在を確認した赤鬼は激怒すると、ズドンッと金棒の先端を床に叩きつけた。
力強いその音に悠たちはビクリと肩を小さく跳ね上がらせるが、それで怯んだりはしない。
悠は冷徹な目で鬼を睨みながら言い放つ。
「四季の巫女を返してもらおうか」
「誰に口聞いてんだテメェ!!ぶち殺されてぇのか!!!」
赤鬼が雄叫びを上げるように叫ぶと、空気がビリビリと揺れて悠を圧倒しようとする。
だが、悠は負けない。
「やれるものならやってみろ。その代わり、泣いて謝っても許してやらないからな」
「誰が泣くってぇえ!!?」
激昂した赤鬼は悠めがけて力任せに金棒を振り下ろす。
悠は素早く後ろに跳躍すると愚者のアルカナを発現させ、砕いた。
「イザナギ!」
悠の背後にイザナギが現れ、赤鬼に大刀を振るう。
「な、何だコイツは!?」
突如現れたイザナギに赤鬼が戸惑っている隙に四人は戦闘配置に着く。
後ろに控えるクマが悠たちに進言する。
「センセー、みんな、鬼の2本の角からはエネルギーを感じるクマ!なるべく角を狙うといいクマ!」
「余計な事喋ってんじゃねぇ!!!」
赤鬼はクマに向けて鋭く金棒を向けて叫んだ。
すると、クマを中心に赤い線が円を描くようにして浮かび上がり、クマを囲んだ。
そして赤い線からは薄い炎が燃え上がり、炎の壁が出来上がる。
「ク、クマァーーー!!?」
「テメェはそこで大人しくしてやがれ!!」
「余所見してていいのかよ?」
音もなく真横に陽介が現れ、鋭く刃を振り上げる。
赤鬼の右の二の腕はスッパリと切り裂かれ、ブシュッと血が吹き出た。
しかし赤鬼はそれを物ともせず、むしろ逆上して荒々しく金棒を振り回した。
「何しやがるクソガキ!!」
「おおっと!」
陽介は持ち前の身軽さでそれを避けて、鬼と距離を取った。
「クマ、大丈夫か?何とかなりそうか?」
「試してみるクマ!カモーン、カムイモシリ!」
悠に尋ねられ、クマはペルソナを召喚させるとブフーラを唱えて炎を消すのを試みた。
氷に包まれて炎は一旦は消えたものの、すぐにまた燃え上がってクマを囲んだ。
「ダメクマ!消してもまた炎が出るクマ!」
「ガハハハッ!その炎の檻は俺を倒さねぇ限り消えねぇのさ!」
「それはご丁寧にどうもっ」
悠は大剣を大きく振りかざすと、赤鬼の真正面からそれを振り下ろした。
しかし赤鬼は当然の如くそれを金棒で受け止めた。
ガキィインッ!と金属と金属がぶつかり合う音が拝殿内に響き渡る。
ギリギリと互いに武器を押し合いながら言葉を交わす。
「お前を倒せばクマも巫女も助けられて一石二鳥だ」
「やれると思ってんのかよ!?テメーみたいなガキがよぉ!!!」
「出来るさ―――“俺たち”ならな」
瞬間、赤鬼は背に強い闘志を感じた。
「タケハヤスサノオ!」
「ハラエドノオオカミ!」
陽介と千枝がペルソナを召喚し、2本の内の1本の角を集中攻撃した。
赤鬼は悠の剣を抑えていた事に気を取られていた為に間に合わず、角への攻撃を許してしまった。
タケハヤスサノオとハラエドノオオカミの強力な一撃により、角はものの見事に綺麗に折れる。
「ぐがぁああああああああああああ!!!!何しやがるガキ共!!!!!」
赤鬼は折れた方の角を抑え、痛みのあまりに金棒を乱暴に振り回す。
それを大剣で悠は受け止めていたが、最後の一振りが思ったよりも強く、受け止めきれずに壁に吹き飛ばされてしまった。
「ぐぅっ!」
「鳴上くん!」
「させるかよ!!!」
ペルソナを召喚して悠を回復しようとした雪子だったが、鬼が唱えた呪文により、アルカナカードが目の前から消え去ってしまう。
「えっ!?アルカナが・・・!」
「魔封じクマ!ユキちゃんは今、ペルソナが使えないクマ!」
「ガーッハッハッハッハッ!大方回復でもしようとしたのかもしれねーが、そうはさせねーよ!」
「天城!」
雪子に迫ろうとする赤鬼から雪子を庇おうと陽介が走りだす。
だが―――
「テメェは引っ込んでやがれ!!」
赤鬼は巨大な雷太鼓を出現させると、金棒でドンッ!と強く叩いて陽介の頭上に雷を起こした。
雷は見事に直撃し、陽介は「ぐはっ!」と苦痛の声を上げると、その場に倒れた。
雷に弱い陽介にはかなりのダメージである。
「花村くん!」
「他人の心配をしてる場合かぁ?」
陽介に駆け寄ろうとした雪子だったが、赤鬼が金棒を振りかざしているのに気づいて素早くそれを避けた。
「っ!」
「オラオラ!いつまで避けていられるかな!?」
続く金棒の攻撃に雪子はギリギリになりながらもなんとか避ける。
だが、本当にギリギリだ。
急な攻撃に対処するので精一杯で、それを判っている鬼は楽しそうに容赦なく金棒を突き出したり振るったりする。
そろそろ叩き潰して金棒の錆にしてやろうとかと考えたその時―――
「アチョー!!」
ドンッ!と背中を強く蹴られ、鬼は「うおっ!」と呻いて小さくよろめく。
「あんだぁ?」と凄みをきかせながら振り返ると、そこには挑発的な笑みを浮かべる千枝がいた。
「アンタの背中があまりにも寂しそうだったから靴跡着けてあげたよ!」
「上等じゃねぇか・・・だったらこっちもテメーの体に一生消えねぇ傷痕着けてやるよ!」
赤鬼は金棒を千枝めがけて真横に振るが、千枝はそれを軽やかなステップで後退する事で避けた。
「オラッオラッオラッ!」
突き出したり斜めに振ったり、真正面から金棒を振り下ろすが千枝はそれを踊るようにして躱す。
しかし千枝も避けているばかりではなく、赤鬼の猛攻を避けながら素早く懐に潜り込むと、しなやかな動きで顎を蹴り上げた。
「はいっ!」
「ぐうぅっ!」
強く顎を蹴り上げられてよろめく赤鬼。
だがそれもほんの数秒の事で、一瞬にして背後に現れた雪子に頭を力強く殴打される。
「そこっ!」
「ぐあっ!!」
強く頭を殴打されて頭の中が揺れる赤鬼は手で頭を抑えて振り返り様に雪子に金棒を振るった。
「見えた」
雪子は静かに呟いて赤鬼の攻撃を涼やかに躱した。
それが気に入らなくて赤鬼は「こんのぉおおお!」と叫びながら今度は雪子に猛攻をお見舞いする。
だが雪子は、先程の千枝の加勢で余裕が出たのか、今度は流れるような動きでそれらを回避していった。
まるで舞うような動きはやがて鋭く赤鬼の懐へと切り込み、先程の千枝と同じように扇で顎を叩き上げた。
「当たれっ!」
「ぐうぅ!」
間髪入れず、今度は千枝が赤鬼の頭に踵落としをお見舞いする。
「ハッ!」
千枝の容赦ない踵落としに赤鬼は今度こそ脳震盪を起こし、揺らぐ視界に酔いそうになった。
防衛策として金棒を適当に振り回すが、まだ脳震盪が続いている為に金棒の振りは緩く、また力も弱々しい。
雪子は余裕の笑みでそれを避けて千枝の隣に行くと、二人で頷き合って赤鬼の背中を勢い良く蹴った。
「「せーのっ!!」」
ドンッ!
「うがあぁ!」
蹴られた赤鬼は大きく転んで床に激突する。
「オマケだよ!―――ハラエドノオオカミ!」
千枝はペルソナを召喚すると、ゴッドハンドを赤鬼に食らわした。
「ぐぇええ!!」
赤鬼が苦しむ声が千枝と雪子の耳に入る。
更なる追撃をしようと千枝はアルカナを出現させる。
いつものように足でアルカナを砕こうとするが、自慢の足は動かなかった。
足だけじゃない、手も頭も何もかも金縛りにあったように動かない。
「えっ!?う、うそ・・・!?」
「千枝?どうし―――あ、あれ?」
「動かない・・・これって・・・」
「金縛りよ・・・!」
雪子は警戒しながら赤鬼の方を睨んだ。
パラパラと粉塵が舞い散る中、赤い2つの光が雪子と千枝を睨み返す。
深い憎悪とマグマの如き怒りを湛えたそれは赤鬼のもので、粉塵の中から立ち上がり、光が消えた後もなお、それは瞳に宿っていた。
ズシン、ズシンと重厚な音が一歩ずつ、確実に2人に近付いていく。
赤鬼は赤い顔を更に真っ赤にして2人に迫った。
「テメェら、もう許さねぇぞ!ガキで女の癖してこの俺様をコケにするなんざいい度胸じゃねーか!
テメェらを潰して殺してすり潰して肉の塊ですらないものになるまで叩き潰してやる!!!」
怒りのままに赤鬼は金棒を荒々しく振り上げると、躊躇なく2人の真上に振り下ろした。
「くっ、ベルゼブブ!」
そこに、なんとか動き出せるようになった悠が咄嗟にベルゼブブを召喚して赤鬼と2人の間に割り込ませた。
防御する暇も反撃する暇もなく、ただ盾となるだけのベルゼブブ。直撃は避けられない。
ペルソナへのダメージは持ち主へのダメージに繋がる。
そしてペルソナがやられてしまえば悠もただでは済まないだろう。
だが、2人を守る為ならそのくらいはなんてことはない。
悠はダメージの衝撃を覚悟した。
パシャッ
「・・・・・・・・・は?」
目の前の出来事に悠は素っ頓狂な声を漏らした。
だが、一番驚いているのは赤鬼の方で、あまりにも意外な出来事に大きな目を更に大きくまんまるに見開いて凝視していた。
これはベルゼブブの後ろにいる千枝と雪子も同じである。
「・・・」
「・・・」
2人も思いもよらぬ出来事に目をぱちくりと瞬かせてベルゼブブを凝視している。
正確に言うと、ベルゼブブを叩き潰す瞬間に水になって形を崩した金棒の水を被ったベルゼブブ、だ。
「・・・・・・何が・・・どうなってやがんだ・・・?」
たっぷり数十秒の間を置いて、赤鬼はようやっと言葉を絞り出した。
そこに「チッチッチッ」と気取ったセリフを紡ぐ声が耳に届き、一同は一斉にそちらの方を振り向く。
声の主は―――クマだった。
「みなさん、どうやら突然のイ・リュージョン!に戸惑っているようですね。
ですがそれも無理のないこと。何故なら、このプリンス・クマが起こしたミ~ラクルなのだから!」
「て、テメェ!!一体何をしやがった!!?」
「おやおや、種明かしをしてほしいのかな?困ったベイベーちゃんだぜ。
そういうのは自分の状況を把握してから言って欲しいぜ・・・クマ」
クマの気取ったセリフに、しかし、赤鬼は刹那の油断を後悔した。
「タケハヤスサノオ!」
雷の衝撃から立ち直っていた陽介はすかさずペルソナを召喚し、タケハヤスサノオを赤鬼の股下にくぐらせ、転ばした。
「うおっ!!?」
足元を取られた赤鬼はドスンッ!と大きな音を響かせて後ろに倒れる。
痛がりながら腰をさすって起き上がると、イザナギを召喚して大剣を構える悠がそこにいた。
「覚悟しろ・・・」
「ま、待て!悪かった!許してくれ!!」
「うぉおおおおおお!!!」
赤鬼の命乞いに耳を貸さず、悠はイザナギと共に駈け出した。
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
鬼の絶叫が響き渡る中、悠は目にも留まらぬ速さで赤鬼を、イザナギは角を斬り抜く。
数秒間の静寂の後、ブシュッと鬼の胸から腹にかけて盛大な血飛沫が飛び、綺麗に切り落とされた角は床に重い音を響かせて転がった。
それまで上半身だけを起こしていた赤鬼は、糸が切れた人形のように後ろに倒れ、赤い霧となって霧散した。
「やったクマ!!またまたセンセーたちの大勝利クマ!!」
赤鬼を倒した事で炎の檻がなくなったクマは嬉しそうに言いながら悠に駆け寄った。
クマの他にも陽介や、金縛りが解けた千枝と雪子も駆け寄る。
「やったな相棒!」
「ああ、やったな」
悠と陽介はお互いの拳を軽くぶつけ合って笑う。
「みんな怪我が酷いね、今治してあげるから」
雪子はペルソナを召喚すると、回復魔法でメンバーの傷を癒やした。
どうやらようやっと魔封じの魔法が解けたらしい。
「てか、里中も天城もすげーな!あの赤鬼相手に奮戦してたんだからよ!」
「私は大した事ないよ。肝心の回復封じられちゃったし・・・一番頑張ってたのは千枝だよ」
「そんな事ないって!雪子も凄く頑張ってたよ!でも、今回のMVPはクマくんかな」
千枝がクマの方に視線を向けると、悠たちもクマに視線を向けて注目した。
「クマくんが『カムカムミラクル』してくれたんでしょ?助かったよ!」
「てへへ、でも一か八かの賭けだったクマ。失敗してたらチエちゃんたちやセンセーが大変な事になってたクマ」
「可能性はどうあれ、今は成功した結果の中にいる。助けてくれてありがとうな、クマ」
「ありがとね、クマくん」
「ありがとう、クマさん・・・ぷっくくく!」
「えっ!?雪子!?今どこに笑う要素あった!!?」
「ぷふっ・・・あははは!そ、そうじゃなくて、さっきの水を被ったベルゼブブが面白くて・・・っくくく!」
「今更!?」
「あ、あの時はそれどころじゃなかったから・・・あっはははは!ふふふ、ふふ、っははははは!」
「入っちゃったよ、雪子の爆笑スイッチ・・・」
「相変わらずツボがわかんねーな・・・それよりも」
「ああ」
悠と陽介は祭壇を振り返り、祭壇の上で静かに横たわる、ピンクの髪の少女を見つめた。
続く
すると、御札は赤い炎に包まれてみるみるうちに燃えて灰となり、最後には注連縄までも燃やして燃え尽きた。
「これで中に入れるな」
陽介に言葉に悠は静かに頷き、拝殿の扉を見つめる。
そして落ち着いた足取りで階段を上り、勢い良く扉を開いて中に入った。
「チッ、何だよ、もう入ってきやがったのか」
禍々しい空気が広い拝殿に立ち込める中、祭壇の前に図体の大きな赤い鬼がこちらに背を向けて金棒を片手に佇んでいた。
その後姿を見ただけで悠たちは感じ取った、この鬼はただものではないと。
鬼はまだ戦闘態勢に入っていない。
それなのに空気はピリピリと張り詰め、口の中は乾き、一瞬の隙も見せまいという気持ちから神経が尖る。
テレビの世界でも味わったこの懐かしい感覚を悠たちは忘れていなかった。
これは強敵と対峙した時の感覚だ。
「しかもガキじゃねーか!俺はガキが大っ嫌いなんだよ!!」
振り向いて悠たちの存在を確認した赤鬼は激怒すると、ズドンッと金棒の先端を床に叩きつけた。
力強いその音に悠たちはビクリと肩を小さく跳ね上がらせるが、それで怯んだりはしない。
悠は冷徹な目で鬼を睨みながら言い放つ。
「四季の巫女を返してもらおうか」
「誰に口聞いてんだテメェ!!ぶち殺されてぇのか!!!」
赤鬼が雄叫びを上げるように叫ぶと、空気がビリビリと揺れて悠を圧倒しようとする。
だが、悠は負けない。
「やれるものならやってみろ。その代わり、泣いて謝っても許してやらないからな」
「誰が泣くってぇえ!!?」
激昂した赤鬼は悠めがけて力任せに金棒を振り下ろす。
悠は素早く後ろに跳躍すると愚者のアルカナを発現させ、砕いた。
「イザナギ!」
悠の背後にイザナギが現れ、赤鬼に大刀を振るう。
「な、何だコイツは!?」
突如現れたイザナギに赤鬼が戸惑っている隙に四人は戦闘配置に着く。
後ろに控えるクマが悠たちに進言する。
「センセー、みんな、鬼の2本の角からはエネルギーを感じるクマ!なるべく角を狙うといいクマ!」
「余計な事喋ってんじゃねぇ!!!」
赤鬼はクマに向けて鋭く金棒を向けて叫んだ。
すると、クマを中心に赤い線が円を描くようにして浮かび上がり、クマを囲んだ。
そして赤い線からは薄い炎が燃え上がり、炎の壁が出来上がる。
「ク、クマァーーー!!?」
「テメェはそこで大人しくしてやがれ!!」
「余所見してていいのかよ?」
音もなく真横に陽介が現れ、鋭く刃を振り上げる。
赤鬼の右の二の腕はスッパリと切り裂かれ、ブシュッと血が吹き出た。
しかし赤鬼はそれを物ともせず、むしろ逆上して荒々しく金棒を振り回した。
「何しやがるクソガキ!!」
「おおっと!」
陽介は持ち前の身軽さでそれを避けて、鬼と距離を取った。
「クマ、大丈夫か?何とかなりそうか?」
「試してみるクマ!カモーン、カムイモシリ!」
悠に尋ねられ、クマはペルソナを召喚させるとブフーラを唱えて炎を消すのを試みた。
氷に包まれて炎は一旦は消えたものの、すぐにまた燃え上がってクマを囲んだ。
「ダメクマ!消してもまた炎が出るクマ!」
「ガハハハッ!その炎の檻は俺を倒さねぇ限り消えねぇのさ!」
「それはご丁寧にどうもっ」
悠は大剣を大きく振りかざすと、赤鬼の真正面からそれを振り下ろした。
しかし赤鬼は当然の如くそれを金棒で受け止めた。
ガキィインッ!と金属と金属がぶつかり合う音が拝殿内に響き渡る。
ギリギリと互いに武器を押し合いながら言葉を交わす。
「お前を倒せばクマも巫女も助けられて一石二鳥だ」
「やれると思ってんのかよ!?テメーみたいなガキがよぉ!!!」
「出来るさ―――“俺たち”ならな」
瞬間、赤鬼は背に強い闘志を感じた。
「タケハヤスサノオ!」
「ハラエドノオオカミ!」
陽介と千枝がペルソナを召喚し、2本の内の1本の角を集中攻撃した。
赤鬼は悠の剣を抑えていた事に気を取られていた為に間に合わず、角への攻撃を許してしまった。
タケハヤスサノオとハラエドノオオカミの強力な一撃により、角はものの見事に綺麗に折れる。
「ぐがぁああああああああああああ!!!!何しやがるガキ共!!!!!」
赤鬼は折れた方の角を抑え、痛みのあまりに金棒を乱暴に振り回す。
それを大剣で悠は受け止めていたが、最後の一振りが思ったよりも強く、受け止めきれずに壁に吹き飛ばされてしまった。
「ぐぅっ!」
「鳴上くん!」
「させるかよ!!!」
ペルソナを召喚して悠を回復しようとした雪子だったが、鬼が唱えた呪文により、アルカナカードが目の前から消え去ってしまう。
「えっ!?アルカナが・・・!」
「魔封じクマ!ユキちゃんは今、ペルソナが使えないクマ!」
「ガーッハッハッハッハッ!大方回復でもしようとしたのかもしれねーが、そうはさせねーよ!」
「天城!」
雪子に迫ろうとする赤鬼から雪子を庇おうと陽介が走りだす。
だが―――
「テメェは引っ込んでやがれ!!」
赤鬼は巨大な雷太鼓を出現させると、金棒でドンッ!と強く叩いて陽介の頭上に雷を起こした。
雷は見事に直撃し、陽介は「ぐはっ!」と苦痛の声を上げると、その場に倒れた。
雷に弱い陽介にはかなりのダメージである。
「花村くん!」
「他人の心配をしてる場合かぁ?」
陽介に駆け寄ろうとした雪子だったが、赤鬼が金棒を振りかざしているのに気づいて素早くそれを避けた。
「っ!」
「オラオラ!いつまで避けていられるかな!?」
続く金棒の攻撃に雪子はギリギリになりながらもなんとか避ける。
だが、本当にギリギリだ。
急な攻撃に対処するので精一杯で、それを判っている鬼は楽しそうに容赦なく金棒を突き出したり振るったりする。
そろそろ叩き潰して金棒の錆にしてやろうとかと考えたその時―――
「アチョー!!」
ドンッ!と背中を強く蹴られ、鬼は「うおっ!」と呻いて小さくよろめく。
「あんだぁ?」と凄みをきかせながら振り返ると、そこには挑発的な笑みを浮かべる千枝がいた。
「アンタの背中があまりにも寂しそうだったから靴跡着けてあげたよ!」
「上等じゃねぇか・・・だったらこっちもテメーの体に一生消えねぇ傷痕着けてやるよ!」
赤鬼は金棒を千枝めがけて真横に振るが、千枝はそれを軽やかなステップで後退する事で避けた。
「オラッオラッオラッ!」
突き出したり斜めに振ったり、真正面から金棒を振り下ろすが千枝はそれを踊るようにして躱す。
しかし千枝も避けているばかりではなく、赤鬼の猛攻を避けながら素早く懐に潜り込むと、しなやかな動きで顎を蹴り上げた。
「はいっ!」
「ぐうぅっ!」
強く顎を蹴り上げられてよろめく赤鬼。
だがそれもほんの数秒の事で、一瞬にして背後に現れた雪子に頭を力強く殴打される。
「そこっ!」
「ぐあっ!!」
強く頭を殴打されて頭の中が揺れる赤鬼は手で頭を抑えて振り返り様に雪子に金棒を振るった。
「見えた」
雪子は静かに呟いて赤鬼の攻撃を涼やかに躱した。
それが気に入らなくて赤鬼は「こんのぉおおお!」と叫びながら今度は雪子に猛攻をお見舞いする。
だが雪子は、先程の千枝の加勢で余裕が出たのか、今度は流れるような動きでそれらを回避していった。
まるで舞うような動きはやがて鋭く赤鬼の懐へと切り込み、先程の千枝と同じように扇で顎を叩き上げた。
「当たれっ!」
「ぐうぅ!」
間髪入れず、今度は千枝が赤鬼の頭に踵落としをお見舞いする。
「ハッ!」
千枝の容赦ない踵落としに赤鬼は今度こそ脳震盪を起こし、揺らぐ視界に酔いそうになった。
防衛策として金棒を適当に振り回すが、まだ脳震盪が続いている為に金棒の振りは緩く、また力も弱々しい。
雪子は余裕の笑みでそれを避けて千枝の隣に行くと、二人で頷き合って赤鬼の背中を勢い良く蹴った。
「「せーのっ!!」」
ドンッ!
「うがあぁ!」
蹴られた赤鬼は大きく転んで床に激突する。
「オマケだよ!―――ハラエドノオオカミ!」
千枝はペルソナを召喚すると、ゴッドハンドを赤鬼に食らわした。
「ぐぇええ!!」
赤鬼が苦しむ声が千枝と雪子の耳に入る。
更なる追撃をしようと千枝はアルカナを出現させる。
いつものように足でアルカナを砕こうとするが、自慢の足は動かなかった。
足だけじゃない、手も頭も何もかも金縛りにあったように動かない。
「えっ!?う、うそ・・・!?」
「千枝?どうし―――あ、あれ?」
「動かない・・・これって・・・」
「金縛りよ・・・!」
雪子は警戒しながら赤鬼の方を睨んだ。
パラパラと粉塵が舞い散る中、赤い2つの光が雪子と千枝を睨み返す。
深い憎悪とマグマの如き怒りを湛えたそれは赤鬼のもので、粉塵の中から立ち上がり、光が消えた後もなお、それは瞳に宿っていた。
ズシン、ズシンと重厚な音が一歩ずつ、確実に2人に近付いていく。
赤鬼は赤い顔を更に真っ赤にして2人に迫った。
「テメェら、もう許さねぇぞ!ガキで女の癖してこの俺様をコケにするなんざいい度胸じゃねーか!
テメェらを潰して殺してすり潰して肉の塊ですらないものになるまで叩き潰してやる!!!」
怒りのままに赤鬼は金棒を荒々しく振り上げると、躊躇なく2人の真上に振り下ろした。
「くっ、ベルゼブブ!」
そこに、なんとか動き出せるようになった悠が咄嗟にベルゼブブを召喚して赤鬼と2人の間に割り込ませた。
防御する暇も反撃する暇もなく、ただ盾となるだけのベルゼブブ。直撃は避けられない。
ペルソナへのダメージは持ち主へのダメージに繋がる。
そしてペルソナがやられてしまえば悠もただでは済まないだろう。
だが、2人を守る為ならそのくらいはなんてことはない。
悠はダメージの衝撃を覚悟した。
パシャッ
「・・・・・・・・・は?」
目の前の出来事に悠は素っ頓狂な声を漏らした。
だが、一番驚いているのは赤鬼の方で、あまりにも意外な出来事に大きな目を更に大きくまんまるに見開いて凝視していた。
これはベルゼブブの後ろにいる千枝と雪子も同じである。
「・・・」
「・・・」
2人も思いもよらぬ出来事に目をぱちくりと瞬かせてベルゼブブを凝視している。
正確に言うと、ベルゼブブを叩き潰す瞬間に水になって形を崩した金棒の水を被ったベルゼブブ、だ。
「・・・・・・何が・・・どうなってやがんだ・・・?」
たっぷり数十秒の間を置いて、赤鬼はようやっと言葉を絞り出した。
そこに「チッチッチッ」と気取ったセリフを紡ぐ声が耳に届き、一同は一斉にそちらの方を振り向く。
声の主は―――クマだった。
「みなさん、どうやら突然のイ・リュージョン!に戸惑っているようですね。
ですがそれも無理のないこと。何故なら、このプリンス・クマが起こしたミ~ラクルなのだから!」
「て、テメェ!!一体何をしやがった!!?」
「おやおや、種明かしをしてほしいのかな?困ったベイベーちゃんだぜ。
そういうのは自分の状況を把握してから言って欲しいぜ・・・クマ」
クマの気取ったセリフに、しかし、赤鬼は刹那の油断を後悔した。
「タケハヤスサノオ!」
雷の衝撃から立ち直っていた陽介はすかさずペルソナを召喚し、タケハヤスサノオを赤鬼の股下にくぐらせ、転ばした。
「うおっ!!?」
足元を取られた赤鬼はドスンッ!と大きな音を響かせて後ろに倒れる。
痛がりながら腰をさすって起き上がると、イザナギを召喚して大剣を構える悠がそこにいた。
「覚悟しろ・・・」
「ま、待て!悪かった!許してくれ!!」
「うぉおおおおおお!!!」
赤鬼の命乞いに耳を貸さず、悠はイザナギと共に駈け出した。
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
鬼の絶叫が響き渡る中、悠は目にも留まらぬ速さで赤鬼を、イザナギは角を斬り抜く。
数秒間の静寂の後、ブシュッと鬼の胸から腹にかけて盛大な血飛沫が飛び、綺麗に切り落とされた角は床に重い音を響かせて転がった。
それまで上半身だけを起こしていた赤鬼は、糸が切れた人形のように後ろに倒れ、赤い霧となって霧散した。
「やったクマ!!またまたセンセーたちの大勝利クマ!!」
赤鬼を倒した事で炎の檻がなくなったクマは嬉しそうに言いながら悠に駆け寄った。
クマの他にも陽介や、金縛りが解けた千枝と雪子も駆け寄る。
「やったな相棒!」
「ああ、やったな」
悠と陽介はお互いの拳を軽くぶつけ合って笑う。
「みんな怪我が酷いね、今治してあげるから」
雪子はペルソナを召喚すると、回復魔法でメンバーの傷を癒やした。
どうやらようやっと魔封じの魔法が解けたらしい。
「てか、里中も天城もすげーな!あの赤鬼相手に奮戦してたんだからよ!」
「私は大した事ないよ。肝心の回復封じられちゃったし・・・一番頑張ってたのは千枝だよ」
「そんな事ないって!雪子も凄く頑張ってたよ!でも、今回のMVPはクマくんかな」
千枝がクマの方に視線を向けると、悠たちもクマに視線を向けて注目した。
「クマくんが『カムカムミラクル』してくれたんでしょ?助かったよ!」
「てへへ、でも一か八かの賭けだったクマ。失敗してたらチエちゃんたちやセンセーが大変な事になってたクマ」
「可能性はどうあれ、今は成功した結果の中にいる。助けてくれてありがとうな、クマ」
「ありがとね、クマくん」
「ありがとう、クマさん・・・ぷっくくく!」
「えっ!?雪子!?今どこに笑う要素あった!!?」
「ぷふっ・・・あははは!そ、そうじゃなくて、さっきの水を被ったベルゼブブが面白くて・・・っくくく!」
「今更!?」
「あ、あの時はそれどころじゃなかったから・・・あっはははは!ふふふ、ふふ、っははははは!」
「入っちゃったよ、雪子の爆笑スイッチ・・・」
「相変わらずツボがわかんねーな・・・それよりも」
「ああ」
悠と陽介は祭壇を振り返り、祭壇の上で静かに横たわる、ピンクの髪の少女を見つめた。
続く