長編
雪子の部屋で目覚めた悠たち。
皆それぞれに起き上がり巻物の前に集まった。
巻物は相変わらず巫女の部分は空白のままで、これらの事が夢ではない事を示す。
「夢じゃ・・・ないんだよな?今の」
「ああ」
先程までの出来事が現実であったもう一つの証拠として、悠はイヨから渡された金色の鈴を陽介たちに見せた。
色も形もイヨから渡されたそれと全く同じで1つの違いもない。
「ねぇ、この巻物からさっきの所の行けるかな?」
「つまり?」
「テレビみたいな要領で行けないかなってこと」
「やってみよう」
千枝の提案を受け入れ、悠は巻物に手を触れてみた。
しかし巻物はテレビに触れた時のように表面が波打つ事はなく、また先程のような光を放つ事はなかった。
「どうやら行けないみたいだな」
「てことは完全にあっちからの一方的な呼び出しになる感じかぁ」
「神様的領域で行けないのかもな。あのイヨって女の人、元は人間だったとは言え、天女とか言ってたしよ」
「あー、その説有力かも」
陽介の仮説に千枝が納得をしていると、雪子の部屋に置いてあるテレビが速報を伝えてきた。
『続いて、緊急ニュースです』
「雪子?ニュース見てんの?」
「うん、日本の四季を司る巫女がいなくなったって事は日本全国に影響が出たんじゃないかと思って確認してるの」
「様子はどうだ?」
「やっぱり日本全国で雪が降ってるみたい」
言って雪子はリモコンのボタンを1つずつ押して他のチャンネルを回した。
どのチャンネルも突然の降雪を伝えており、ニュースキャスターや天気予報士は驚きを隠せない様子である。
そうしていくつかのチャンネルを回してる時に、りせが出ている番組が映しだされた。
「あ、りせ!」
「『笑ってよいとも』か」
「そーいえば出演するって前に言ってたっけ、りせちゃん」
「放送日、今日だったんだね」
テレビの中でりせは多森さんと突然の雪について話をしていた。
『なんか日本全国で雪降ってるってね』
『はい、ビックリしちゃいました。それもこんな時期に雪が降るなんて』
『確かりせちゃんのおばあちゃん、稲羽に住んでるんだよね?』
『はい』
『この様子だと多分稲羽の方でも雪降ってるだろうから心配だよね』
『はい、体を冷やしたり足を滑らして転んでないか心配です。
でも、稲羽には親切で優しい人たちが沢山います。いざという時に頼りになる人たちもいるので絶対に大丈夫です』
凛とした強い眼差しでカメラに目を向けながらりせは答える。
それは多森さんというよりも、テレビ越しにいる悠達に向けて送った言葉のように思えた。
「今の俺達に向かって言ってたよな?」
「ああ、りせもこの異常事態に“何か”が絡んでいると気づいているんだろう」
「りせちゃんの期待に応える為にも頑張らなきゃね」
「その為にも準備をして“裏の世界”っていう所に言ってみよう!」
「一旦解散して準備を整えよう。入り口は俺が見つけて連絡するから、それまで自宅で待機しててくれ」
「大丈夫か?俺も一緒に探すぞ?」
「いや、俺一人で大丈夫だ。それよりも陽介はクマにこの事態を説明しておいてくれ」
「判った、気をつけろよ」
「ああ。それじゃあ、一旦解散だ」
悠の指示の元、三人は頷いて戦いの準備にとりかかった。
雪がしんしんと静かに降り積もる中、悠は紺色の傘を差して雪の中を歩いていた。
天城屋を出発点とし、鈴の光を頼りに裏世界の入り口を探していたが、未だに見つかっていない。
だが、それまでは鈴の光は消えそうなほど弱々しいものだったが、商店街に着いた途端、光はしっかりしたものになった。
商店街に来たついでに『だいだら』に寄って手早く装備を整えて再び商店街を歩いていると、完二の実家の『辰屋』の隣にあるポストの前で鈴が強い光を放ち始めた。
恐らく、このポストの奥に少しばかりある空間がそうなのだろう。
悠は携帯を取り出すと陽介に電話をかけた。
『もしもし?』
「陽介か?鈴が強く光る場所を見つけた」
『本当か?で、どこだ?』
「完二の家の隣にあるポストだ。ここのポストの奥には少し空間があるだろう?多分、そこに鳥居が出るのかもしれない」
『えっマジ?まさか完二の家の隣に出るとはな。とにかく、天城と里中には俺から連絡入れておくから待っててくれ、すぐ行く』
「判った」
連絡を終えて悠は電話を切った。
陽介達が集合するまで少し時間がかかるだろう。
その間にベルベッドルームへ行こうと悠は辿ってきた道を戻り始めた。
ベルベットルームへの扉は二年前の事件の時と同じ場所にあって、悠は何の躊躇いもなく扉を開けて中へと入った。
「ようこそ、ベルベットルームへ。お待ちしておりましたぞ」
何も言わずとも全てを見透かしているという目でイゴールは悠を見つめた。
「どうやら、わたくしどもがお助けする時がやって参ったようですな―――マーガレット」
イゴールに名を呼ばれ、マーガレットは静かに分厚い青の本を開いた。
ペルソナ全書だ。
マーガレットは美しい発音で呪文を唱えると、悠の前に二枚のカードを出現させた。
愚者のアルカナと、悪魔のアルカナのカード。
「お客様が必要としているカードはそちらの2つで宜しいでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
悠は礼を述べて二枚のカードを受け取った。
一連の流れが滞り無く行われたのを見届け、イゴールは語り始める。
「これからあなたが相手にするものは二年前に戦ったものとは姿形が全く異なるもの。
ですが恐れてはいけない。その異形のものたちはあなたの持つペルソナで十分対抗出来る。
油断せずに、あなたのペースで戦うのが良いでしょう」
「分かりました」
「フフ、良い返事だ。それから、これを持っていくと良いでしょう」
イゴールは懐に手を差し入れて何かを取り出すと、悠の前に掌を開いて見せた。
掌の中には、小さなガラス球が縦に4つ連なっているストラップがあった。
悠はそれを受け取り、イゴールの方を見て尋ねる。
「これは?」
「それは特別なストラップです。実体なき者の拠り所となり得るもの。
今の時点ではまだ必要はない。が、すぐに必要となる時が来るでしょう。貴方が常に持ち運ぶ物に着けておくのが宜しいかと」
「分かりました」
「私からは以上です。ではまた、お会いする時まで御機嫌よう」
微笑むイゴールに送り出され、悠はベルベットルームを後にする。
貰った特別なストラップは携帯に着けておくこととした。
用を終えて『辰屋』の隣にあるポストの前に行くと、ちょうどみんなが集まって来る所だった。
グッドタイミングな集合に陽介は笑みを浮かべる。
「お、丁度いいタイミングで集まれたな」
「センセー!陽介から話しは聞いたクマ!クマも鬼退治のお供をするクマ!」
「頼りにしてるぞ、クマ」
「ただ、テレビの中とは違う世界となるとクマも役に立てるかどうか分からんクマァ・・・」
「それでも敵の弱点を覚えたりアドバイスをする事は出来るだろう?それだって重要な役目だ。
俺達は戦闘に集中していてそっちまで手が回らないから、そういうのをしてくれるだけでも凄く助かる。
だから頼りにしてるぞ、クマ」
「センセー・・・!クマ、頑張るクマ!センセーたちの期待に答えちゃうクマよ~!」
「それから、今回はナビに徹してくれ。ペルソナはいざという時までなるべく温存するようにな」
「任せるクマ!」
悠の励ましにクマはやる気を全開にしてドンッと胸を叩く。
頼もしいクマのその姿に悠は満足そうに笑みを溢し、それから懐から鈴を取り出して翳した。
そして、静かに鈴を揺らして音を鳴らす。
チリィー・・・ン チリィー・・・ン
鈴は美しく繊細な音色を辺りに響かせる。
チリィー・・・ン チリィー・・・ン
チリィー・・・ン チリィー・・・ン
数回ほど音が響いた所で、悠たちの目の前の空間に紫色の渦が現れ、空間を歪め始めた。
「!」
その渦は徐々に大きくなっていき、やがては大きな長方形を描き始め、真っ赤な鳥居へと姿を変えた。
鳥居の入り口は紫色の光で満たされており、その向こう側を伺い知る事は出来ない。
「ま、マジで出たな・・・」
「この向こうが裏の世界に繋がってるのかな?」
「危険がないか入って確かめて来る」
雪子の疑問に応えるように悠が前に出て言った。
「気をつけてね、鳴上くん!」
「危ないと思ったらすぐに出てくるクマ!」
心配する千枝とクマの声に、しかし悠は頼もしく頷いてみせて鳥居をくぐり、向こうの世界へと足を踏み入れた。
「ここは・・・」
鳥居をくぐった先にあったのは稲羽の町だった。
正確に言えば生気を感じさせない稲羽の町だ。
空は赤黒く、植物は枯れており、辺りからは生きているものの気配すらしない。
いつかのテレビの中の世界に出現した『禍津稲羽市』と似ているが、決定的に違うのは荒廃しているかいないかだ。
「・・・」
悠は警戒しながら周囲の気配を探るが、今の所は敵と思われるものの気配はしない。
ひとまずは安全だという事で悠は再び鳥居をくぐった。
「あ、戻ってきた!」
鳥居から無事に姿を見せた悠に千枝が安心したように声を上げる。
「鳴上、中の方はどうだった?」
「荒廃していない『禍津稲羽市』と言った所だな。
現実の稲羽にある建物がそっくりそのままあった。それと周囲に敵の気配はなかった」
「敵の気配がない今の内に行くのが得策クマね!」
「ああ、みんな準備はいいか?」
悠の問いかけに陽介たちは覚悟を決めた強い瞳で頷く。
それを見届けた悠は再び鳥居の方を振り返り、その向こうへと歩みを進めた。
悠が言っていた通りの言葉に、けれども陽介たちは驚きを隠せないでいた。
現実の世界と全く同じ建物やその配置は寸分違う事はなく、違う所と言えば赤黒い空と枯れている植物くらいだ。
いや、そもそも植物は本当に枯れているのだろうか?
「こごが・・・裏の世界?」
「裏の世界って言うだけあってなんだか暗いねー」
裏の世界にやって来た感想を雪子と千枝がそれぞれ口にする。
「いかにも何か出ますって雰囲気だな」
「クマ、何か感じたりする事はないか?」
「そうクマね~・・・クンクン、何か良くない匂いがするクマ。シャドウに似てるクマ」
「それってつまり―――!」
「みんな、戦闘準備だ」
悠が即座に剣を構えて指示を出すと、陽介たちもすぐにそれぞれの武器を構えて戦闘態勢に入った。
商店街の南の通りからやってくる何か。
黒々とした塊には仮面が付けられている。
近付くにつれ、それはやがて姿を変え、異形の者へと形を成して行く。
黒い塊からは人の上半身のようなものが這い出て、形成された顔や腕にはいくつもの目が付いており、こちらを凝視している。
口からは長い舌が伸び出ており、雰囲気からも容貌からもまさしく『妖怪』という名が相応しかった。
「うぇええ!何あれ!?怖い!気持ち悪い!!」
「シャドウにしちゃグロすぎんだろ!!今までの中でもトップを行くわ!!」
怯える千枝とツッコミ混じりに叫ぶ陽介。
幽霊やお化けなどの類が苦手な千枝は全身を震わせながら後退りする。
そんな二人とは反対に悠と雪子は興味津々だ。
「あれ妖怪『百々目鬼』だよね?目、沢山あるし」
「ああ。だが、下半身が無い辺りは『テケテケ』っぽいな」
「何妖怪談義に花咲かせてんだよ!」
陽介が呆れ気味にツッコんでいると、シャドウがうごうごと蠢き始めた。
しかしクマがそれを見逃さない。
「来るクマよ!!」
「陽介!」
「おう!」
シャドウとのスレ違い様に悠と陽介の刃が鋭く光る。
一瞬だけ、シャドウの時が止まる。
けれど動き出す時にはシャドウの体は4つに切れていて、ほどなくして消滅した。
「二人共凄いクマ!腕は鈍ってないクマね!」
「へへ、まーな!」
「でもまだ油断しちゃいけないクマ!次が来たクマよ!」
厳しい目つきで前を見据えるクマの視線を追うと、新しいシャドウが悠たちの前に立ちはだかっていた。
紫色の妖気を纏った鬼の首がこちらに敵意を向けて浮かんでいる。
悠と陽介は再び武器を構えて対峙しようとしたが、その二人の横を2つの風が素早く駆け抜ける。
「はいっ!」
千枝のしなやかな足が鬼の首を力強く空中に蹴りあげる。
「アギダイン!」
雪子が舞うように扇を突き出して呪文を唱えると、業火の炎が鬼の首を包んで消し炭にする。
二人の完璧な連携技に悠たちは圧倒された。
「二人共、油断しちゃ駄目だよ」
「そうそう!それとももう息が上がっちゃった?」
くるりと振り返る二人は勝ち気な笑みを浮かべていた。
クマお手製の眼鏡をかけて―――。
「あ!お前ら、その眼鏡―――!」
「持っててくれてたクマね!」
「うん、もしもの事があるといけないし、大切な思い出が詰まった物だから」
「それにこれをかけてると『やるぞー!』って気持ちになるんだよね」
「つーことは、妖怪もなんとかなりそうか?」
「我慢する事にした・・・今までのシャドウも似たようなもんだったって自分に言い聞かせて、勢いで行く事に決めた」
「なら、その勢いのまま巫女を探すとしよう」
悠は胸の内ポケットから眼鏡を取り出して静かに顔にかけた。
「戦闘開始だな」
ニィッと笑って陽介は慣れた手つきで眼鏡をかける。
これにより、5人の纏う空気が相応のものへと変わった。
「クマ、シャドウの他に何か変わったニオイはしないか?」
「よくぞ聞いてくれましたクマ!実はおっそろし~ニオイと優しい~ニオイがビンビンしてるクマ!」
「やったな!いきなり鬼と巫女が見つかったぞ!」
「場所はどこだ?」
「そこの神社クマ!」
「これまたドンピシャだね!案外早く片付くかも?」
「とにかく行ってみましょう」
「ああ、行くぞ」
悠を先頭に一行は辰屋の隣の辰姫神社へと向かった。
「あそこの中か?」
「そうクマ」
神社の拝殿を悠が指して尋ねると、クマは自信たっぷりに頷いた。
辰姫神社は二年前に古くてボロボロであった事から工事で取り壊され、一旦は更地になっていた。
だが、地域住民の願いもあってまた新しく建てられたのである。
神社が取り壊された事で狐を見かけたという噂も一時期は聞かなくなったが、また最近見かけるようになったとかなんとか。
真実を知っているのは悠のみである。
「神社の中にいるとか如何にもって感じたね」
「でも、そう簡単にはいかせてくれないみたいだぜ?」
陽介が顎で示した拝殿の入り口には一本の注連縄が引かれていた。
太い注連縄の真ん中には赤い蝋燭が描かれた白い御札のようなものがぶら下がっており、なんらかの結界である事を暗に物語る。
しかし物は試しで、悠は注連縄より奥の空間に触れようと手を伸ばした。
バチッ!!!
「っ!」
瞬間、電撃のようなものが走って悠は反射的に手を引っ込めた。
かなり強力な結界のようだ。
「大丈夫?」
心配そうに覗きこむ雪子に悠は静かに頷く。
「ああ、大丈夫だ。それよりも問題はこれをどうするかだな」
「見たとこ御札っぽいものに赤い蝋燭が描かれてるけど、それで燃やせって事なのかね?」
「ほよ~、赤い蝋燭って体に垂らす以外に御札を燃やす効果もあるんクマね~」
「・・・クマさん、体に垂らすってどこの情報?」
「そりゃ勿論、ヨースケの―――」
「だぁーー!!!余計な事べらべら喋ってんじゃねーよ!!」
「うわーサイテー」
「やっぱり花村くんだね」
「やっぱりってどういう意味だよ!!?」
「詳しく教えた方がいい?」
「謹んで遠慮するわ!」
「この件については後で審議するとして―――」
「審議すんな!流せ!」
「念の為に天城、試しにこの御札を燃やせないか試してみてくれないか?」
「うん、判ったわ」
雪子は御札の前に扇を翳すと、呪文を唱えて炎魔法『アギ』を発動させた。
すると、小さな炎が御札の底辺からメラメラと燃え上がり、御札を包み込んでいく。
だが御札が燃え尽きて灰になる事はなく、逆にアギの燃焼時間が過ぎて炎の方が先に燃え尽きてしまった。
「駄目ね、ただの炎じゃ燃えないみたい」
「やはりか。となると、この御札に描かれた蝋燭を探すしかないな」
「探すってどこを探すクマ?その辺の家にでも入るクマ?」
「そういう事になるが、2つ問題がある。1つはこの世界がどこまで現実の世界を再現しているか。
2つはこの世界での出来事が現実の世界に影響を与えるかどうかだ」
「確かによく考えてみれば、細部までしっかり再現されてたら色々不味いよな。見ちゃいけないもんとかあるだろうし」
「陽介のエロ本とかクマか?」
「いい加減そのネタ引っ張るのやめろ!」
「そう考えると迂闊に人ん家に入って探索とか出来ないね。全然再現出来てないとかだったら多少躊躇いはあれど入れたのに」
「それから2つ目の現実の世界への影響も気になるよね。
戦いの関係でこっちの世界で壊れた物が現実でも壊れたら大変だし」
「もしもの事を考えてなるべく激しい戦闘は―――」
「控えよう」と言いかけた悠の言葉はカタカタと何かが動く音によって遮られた。
「何の音だ?」
陽介を始め全員が一斉に音のした方―――入り口を振り返った。
存在の小ささに一瞬見落としそうになったが、放たれている異質なオーラがそうはさせなかった。
「あれ・・・何・・・?」
千枝が怯えながら尋ねる。
神社の入り口、鳥居の下に居たそれは黒紫の着物を着た日本人形だった。
手にはお盆を持っており、そのお盆の上には燭台に刺さった真っ赤な蝋燭が乗っていた。
蝋燭には火が点いていて赤色の光を放っている。
「あれ、日本人形だね」
「そ、そーだけどそーじゃなくて!アレさっきまで入り口になかったじゃん!!
てか動いたよね!?動いたって事はまさか―――!」
「世間で言う所の『呪いの人形』クマね」
「うぎゃーー!聞きたくない聞きたくなーい!!」
「落ち着け里中!外見はそうでも中身はただのシャドウだろ」
「呪いの人形とシャドウ、どっちの方がマシだったろうな・・・」
焦った様子で呟く悠に陽介はハッとなってもう一度日本人形に視線を移した。
すると―――
「ケケケケケケッ!」
日本人形は不気味な笑い声を上げると、くるりと悠たちに背を向けて走りだした。
「アイツどっか行ったぞ!!」
「追いかけるクマ!」
クマの号令の元、5人は走って日本人形を追いかけ始めた。
「ケケケケケケッ!」
日本人形は不気味な笑い声を辺りに撒き散らしながら町中を走り回る。
悠たちはそれを懸命に追いかけるが、道中のシャドウたちがその行く道を阻む。
「邪魔だっ」
悠の剣がシャドウを切り捨てる。
「マハガルダイン!」
陽介の発動したペルソナの風の魔法が鎌鼬の如くシャドウたちを取り巻き、切り裂いていく。
「はいっ!」
千枝の華麗なる踵落としがシャドウの脳天に直撃し、撃沈させる。
「ユキちゃん、みんなを回復クマ!」
「任せて!スメオオミカミ!」
シャドウたちとの連戦で傷ついている悠たちに気づいたクマが雪子に指示を出し、雪子はペルソナを召喚して悠たちの傷を回復魔法で癒す。
あれから2年経ったとは言え、悠たちの戦闘能力は衰えていなかった。
立ちはだかるシャドウたちを容赦なく打ち倒し、悠たちは日本人形を追跡していく。
そうやって追いかけていると、人形は小さな公園へと曲がって入っていった。
「俺と天城とクマはこのまま公園に入っていく。陽介と里中は反対の入り口から回り込んで挟み撃ちだ!」
「判った!」
「りょーかい!」
悠の的確且つ素早い指示に陽介と千枝は頷き、走って公園の反対の入り口へと向かった。
「行くぞ!」
「うん!」
「クマ!」
果敢に前を走っていく悠の後に雪子とクマが続く。
走って公園の中に入って行くと、人形は尚も不気味な声を撒き散らしながら反対の入り口から走り去ろうとしていた。
だが、そこに先回りしていた陽介と千枝が立ちはだかる。
「逃さねーぞ!」
「大人しくその蝋燭を渡してもらうよ!」
前には陽介と千枝、後ろには悠と雪子とクマ。
公園の出入り口はこの前後にしかなく、他に逃げ道はない。
人形は考えているかのようにピタリと動きを止めていたが、やがて不気味な笑い声を再び漏らし始めた。
「ケケケ・・・ケケケケ・・・ケケケケケケケケケ・・・」
カタカタカタカタ、と人形本体から木と木がぶつかり合う音が鳴る。
それは今までの走る時の音と違って不穏で恐怖を煽るような音だった。
それに嫌なものを感じ取った5人は武器を構えて備える。
そして―――
「ケーーーケッケッケッケッ!!!」
人形は大きな声でけたたましく笑うと、紫色のオーラのようなものを放った。
そして同時にゴキッ、グキッ、バキッといった何かかが折れるような不快な音を鳴らしながらその姿を変形させていく。
短かった腕や足は2メートルくらいの長さとなり、細く丸まっていた指や足先は獣の如く鋭くなる。
小さかった胴体も相応の大きさとなり、整っていた白い顔にはヒビが入り、右目の周りが剥ぎ取れて赤い目が剥き出しになる。
長く綺麗に整っていた黒い髪の毛は山姥のようにガサガサに乱れていて、それがより一層恐怖と絶望感を煽っていた。
「来るぞ!」
「いつでも大丈夫よ!」
「みんな頑張るクマ!」
「あ・・・あぁぁ・・・」
「大丈夫だ、里中。アレは妖怪でもお化けでもねぇ、ただのシャドウだ。それでも無理なら俺の後ろに隠れてろ」
「な、何カッコつけてんのよ・・・皆が必死こいて戦うってのに、アタシだけ怖くて隠れるなんて出来る訳ないじゃん・・・
でも・・・・・・ありがと。アタシは大丈夫だよ」
怯えていた千枝だったが、陽介の気遣いでそれらを振り切り、拳を握りしめて体の震えを捻じ伏せた。
かっこつけてるのはどっちだよ、と心の中で思いながらも勇気を振り絞って立ち向かおうとする千枝を見て陽介は笑みを溢す。
「ゲェーーーゲゲゲゲゲゲゲッ!」
人形の不愉快な笑い声を合図に戦闘は始まった。
「がぁああ!」
最初に人形が陽介と千枝めがけて突進する。
「遅い!」
「よっと!」
しかし動きの遅いそれは陽介と千枝に軽々と避けられ、勢い良く地面に激突する。
そこに間髪入れず悠の剣が入り込み、人形を斬りつける。
「ぐぎゃぁああああ!!」
断末魔の叫び声を上げる人形だが、それだけでは終わらない。
「アギダイン!」
雪子が魔法を唱え、人形を業火の炎で包む。
「ぎゃぁあああ!」と耳障りな叫び声を上げる人形だが、いまいち効いている様子ではない。
「炎はあまり効かないみたいネ!他の魔法を試すクマ!」
「ブフダイン!」
クマの指示の直後に千枝が氷の魔法を放ち、人形を氷漬けにする。
氷はすぐにバリィンッ!と鈍く割れて砕け散るが、こちらも効果はいまいちで、人形がよろめく程度だった。
「ジオダイン!」
続け様に悠が魔法を発動し、強力な稲妻を人形に浴びせた。
「ぎゃぁあああ!!」
だがこちらも他とあまり変わりがない。
「頼むぜ―――ガルダイン!!」
最後に陽介が魔法を発動させ、人形に竜巻をお見舞いする。
すると―――
「ぎぃいやぁああああ!!!!」
人形は苦痛の叫びを上げ、その場に倒れこんだ。
「チャンスクマ!ボッコボコにするクマ!!」
「行くぞ、みんな!」
「「「おう!」」」
悠の号令の元、四人は一斉に駈け出して次々と人形に刃を突き立てていった。
しかしいつまでも人形が大人しくしている筈もなく、怒りの雄叫びを上げて起き上がった。
「ぐぁるぁああああああ!!!」
起き上がり様に反撃として長い腕を振り回し、鋭い爪先で悠たちを切り裂こうとする。
だが、悠は雪子を、陽介は千枝を抱きかかえるようにして転がってそれを回避した。
「さっきので弱点が判ったクマ!ヨースケどんどんガルダインを唱えるクマ!」
「おう!」
アルカナカードを拳で割り、ペルソナを発動して陽介は再びガルダインを詠唱する。
だが、人形はそれをヒラリと躱し、くるりと悠と雪子の方を振り向いて襲いかかった。
「はあっ!」
悠の腕の中を雪子はするりと抜け出し、華麗に舞うようにして扇で襲いかかってきた右手を弾き返した。
「がぁああああ!!!」
「ていっ!」
人形が左手で雪子を切り裂こうとしたが、右から飛んできた千枝の足蹴りで頭を蹴られ、吹き飛ばされる。
「花村!」
「お、おう!」
雪子と千枝の華麗な連携技に見惚れて思わずぼうっとしていた陽介だったが、千枝に名前を呼ばれてすぐにペルソナを発動した。
ガルダインは今度こそ人形に直撃し、人形をダウンさせる。
「行くぜ相棒!」
「おう!」
陽介の呼びかけに悠は力強く応え、剣を手に人形の元へと駆けて行く。
「「うぉおおおお!!!」」
悠と陽介の刃が走り、人形の体を切り落とす。
ほんの一瞬だけ時が止まったが、遅れて人形の死に際の叫び声が辺りに木霊した。
「ぎゃぁああああああああああ!!!!」
人形は霧の如く消え去っていき、その場に燭台の付いた赤い蝋燭が転がった。
「やったクマ!センセーたちの勝利クマ!!」
悠たちの勝利にクマは小躍りする。
「天城、さっきは助けてくれてありがとうな」
「ううん、私の方こそありがとう」
「庇ってくれてありがとね、花村。助かったよ!」
「へへ、気にすんなって!それより、蝋燭手に入ったな」
「ああ、早速神社に行こう」
悠は赤い蝋燭を拾い上げ、皆と共に神社へと向かった。
続く
皆それぞれに起き上がり巻物の前に集まった。
巻物は相変わらず巫女の部分は空白のままで、これらの事が夢ではない事を示す。
「夢じゃ・・・ないんだよな?今の」
「ああ」
先程までの出来事が現実であったもう一つの証拠として、悠はイヨから渡された金色の鈴を陽介たちに見せた。
色も形もイヨから渡されたそれと全く同じで1つの違いもない。
「ねぇ、この巻物からさっきの所の行けるかな?」
「つまり?」
「テレビみたいな要領で行けないかなってこと」
「やってみよう」
千枝の提案を受け入れ、悠は巻物に手を触れてみた。
しかし巻物はテレビに触れた時のように表面が波打つ事はなく、また先程のような光を放つ事はなかった。
「どうやら行けないみたいだな」
「てことは完全にあっちからの一方的な呼び出しになる感じかぁ」
「神様的領域で行けないのかもな。あのイヨって女の人、元は人間だったとは言え、天女とか言ってたしよ」
「あー、その説有力かも」
陽介の仮説に千枝が納得をしていると、雪子の部屋に置いてあるテレビが速報を伝えてきた。
『続いて、緊急ニュースです』
「雪子?ニュース見てんの?」
「うん、日本の四季を司る巫女がいなくなったって事は日本全国に影響が出たんじゃないかと思って確認してるの」
「様子はどうだ?」
「やっぱり日本全国で雪が降ってるみたい」
言って雪子はリモコンのボタンを1つずつ押して他のチャンネルを回した。
どのチャンネルも突然の降雪を伝えており、ニュースキャスターや天気予報士は驚きを隠せない様子である。
そうしていくつかのチャンネルを回してる時に、りせが出ている番組が映しだされた。
「あ、りせ!」
「『笑ってよいとも』か」
「そーいえば出演するって前に言ってたっけ、りせちゃん」
「放送日、今日だったんだね」
テレビの中でりせは多森さんと突然の雪について話をしていた。
『なんか日本全国で雪降ってるってね』
『はい、ビックリしちゃいました。それもこんな時期に雪が降るなんて』
『確かりせちゃんのおばあちゃん、稲羽に住んでるんだよね?』
『はい』
『この様子だと多分稲羽の方でも雪降ってるだろうから心配だよね』
『はい、体を冷やしたり足を滑らして転んでないか心配です。
でも、稲羽には親切で優しい人たちが沢山います。いざという時に頼りになる人たちもいるので絶対に大丈夫です』
凛とした強い眼差しでカメラに目を向けながらりせは答える。
それは多森さんというよりも、テレビ越しにいる悠達に向けて送った言葉のように思えた。
「今の俺達に向かって言ってたよな?」
「ああ、りせもこの異常事態に“何か”が絡んでいると気づいているんだろう」
「りせちゃんの期待に応える為にも頑張らなきゃね」
「その為にも準備をして“裏の世界”っていう所に言ってみよう!」
「一旦解散して準備を整えよう。入り口は俺が見つけて連絡するから、それまで自宅で待機しててくれ」
「大丈夫か?俺も一緒に探すぞ?」
「いや、俺一人で大丈夫だ。それよりも陽介はクマにこの事態を説明しておいてくれ」
「判った、気をつけろよ」
「ああ。それじゃあ、一旦解散だ」
悠の指示の元、三人は頷いて戦いの準備にとりかかった。
雪がしんしんと静かに降り積もる中、悠は紺色の傘を差して雪の中を歩いていた。
天城屋を出発点とし、鈴の光を頼りに裏世界の入り口を探していたが、未だに見つかっていない。
だが、それまでは鈴の光は消えそうなほど弱々しいものだったが、商店街に着いた途端、光はしっかりしたものになった。
商店街に来たついでに『だいだら』に寄って手早く装備を整えて再び商店街を歩いていると、完二の実家の『辰屋』の隣にあるポストの前で鈴が強い光を放ち始めた。
恐らく、このポストの奥に少しばかりある空間がそうなのだろう。
悠は携帯を取り出すと陽介に電話をかけた。
『もしもし?』
「陽介か?鈴が強く光る場所を見つけた」
『本当か?で、どこだ?』
「完二の家の隣にあるポストだ。ここのポストの奥には少し空間があるだろう?多分、そこに鳥居が出るのかもしれない」
『えっマジ?まさか完二の家の隣に出るとはな。とにかく、天城と里中には俺から連絡入れておくから待っててくれ、すぐ行く』
「判った」
連絡を終えて悠は電話を切った。
陽介達が集合するまで少し時間がかかるだろう。
その間にベルベッドルームへ行こうと悠は辿ってきた道を戻り始めた。
ベルベットルームへの扉は二年前の事件の時と同じ場所にあって、悠は何の躊躇いもなく扉を開けて中へと入った。
「ようこそ、ベルベットルームへ。お待ちしておりましたぞ」
何も言わずとも全てを見透かしているという目でイゴールは悠を見つめた。
「どうやら、わたくしどもがお助けする時がやって参ったようですな―――マーガレット」
イゴールに名を呼ばれ、マーガレットは静かに分厚い青の本を開いた。
ペルソナ全書だ。
マーガレットは美しい発音で呪文を唱えると、悠の前に二枚のカードを出現させた。
愚者のアルカナと、悪魔のアルカナのカード。
「お客様が必要としているカードはそちらの2つで宜しいでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
悠は礼を述べて二枚のカードを受け取った。
一連の流れが滞り無く行われたのを見届け、イゴールは語り始める。
「これからあなたが相手にするものは二年前に戦ったものとは姿形が全く異なるもの。
ですが恐れてはいけない。その異形のものたちはあなたの持つペルソナで十分対抗出来る。
油断せずに、あなたのペースで戦うのが良いでしょう」
「分かりました」
「フフ、良い返事だ。それから、これを持っていくと良いでしょう」
イゴールは懐に手を差し入れて何かを取り出すと、悠の前に掌を開いて見せた。
掌の中には、小さなガラス球が縦に4つ連なっているストラップがあった。
悠はそれを受け取り、イゴールの方を見て尋ねる。
「これは?」
「それは特別なストラップです。実体なき者の拠り所となり得るもの。
今の時点ではまだ必要はない。が、すぐに必要となる時が来るでしょう。貴方が常に持ち運ぶ物に着けておくのが宜しいかと」
「分かりました」
「私からは以上です。ではまた、お会いする時まで御機嫌よう」
微笑むイゴールに送り出され、悠はベルベットルームを後にする。
貰った特別なストラップは携帯に着けておくこととした。
用を終えて『辰屋』の隣にあるポストの前に行くと、ちょうどみんなが集まって来る所だった。
グッドタイミングな集合に陽介は笑みを浮かべる。
「お、丁度いいタイミングで集まれたな」
「センセー!陽介から話しは聞いたクマ!クマも鬼退治のお供をするクマ!」
「頼りにしてるぞ、クマ」
「ただ、テレビの中とは違う世界となるとクマも役に立てるかどうか分からんクマァ・・・」
「それでも敵の弱点を覚えたりアドバイスをする事は出来るだろう?それだって重要な役目だ。
俺達は戦闘に集中していてそっちまで手が回らないから、そういうのをしてくれるだけでも凄く助かる。
だから頼りにしてるぞ、クマ」
「センセー・・・!クマ、頑張るクマ!センセーたちの期待に答えちゃうクマよ~!」
「それから、今回はナビに徹してくれ。ペルソナはいざという時までなるべく温存するようにな」
「任せるクマ!」
悠の励ましにクマはやる気を全開にしてドンッと胸を叩く。
頼もしいクマのその姿に悠は満足そうに笑みを溢し、それから懐から鈴を取り出して翳した。
そして、静かに鈴を揺らして音を鳴らす。
チリィー・・・ン チリィー・・・ン
鈴は美しく繊細な音色を辺りに響かせる。
チリィー・・・ン チリィー・・・ン
チリィー・・・ン チリィー・・・ン
数回ほど音が響いた所で、悠たちの目の前の空間に紫色の渦が現れ、空間を歪め始めた。
「!」
その渦は徐々に大きくなっていき、やがては大きな長方形を描き始め、真っ赤な鳥居へと姿を変えた。
鳥居の入り口は紫色の光で満たされており、その向こう側を伺い知る事は出来ない。
「ま、マジで出たな・・・」
「この向こうが裏の世界に繋がってるのかな?」
「危険がないか入って確かめて来る」
雪子の疑問に応えるように悠が前に出て言った。
「気をつけてね、鳴上くん!」
「危ないと思ったらすぐに出てくるクマ!」
心配する千枝とクマの声に、しかし悠は頼もしく頷いてみせて鳥居をくぐり、向こうの世界へと足を踏み入れた。
「ここは・・・」
鳥居をくぐった先にあったのは稲羽の町だった。
正確に言えば生気を感じさせない稲羽の町だ。
空は赤黒く、植物は枯れており、辺りからは生きているものの気配すらしない。
いつかのテレビの中の世界に出現した『禍津稲羽市』と似ているが、決定的に違うのは荒廃しているかいないかだ。
「・・・」
悠は警戒しながら周囲の気配を探るが、今の所は敵と思われるものの気配はしない。
ひとまずは安全だという事で悠は再び鳥居をくぐった。
「あ、戻ってきた!」
鳥居から無事に姿を見せた悠に千枝が安心したように声を上げる。
「鳴上、中の方はどうだった?」
「荒廃していない『禍津稲羽市』と言った所だな。
現実の稲羽にある建物がそっくりそのままあった。それと周囲に敵の気配はなかった」
「敵の気配がない今の内に行くのが得策クマね!」
「ああ、みんな準備はいいか?」
悠の問いかけに陽介たちは覚悟を決めた強い瞳で頷く。
それを見届けた悠は再び鳥居の方を振り返り、その向こうへと歩みを進めた。
悠が言っていた通りの言葉に、けれども陽介たちは驚きを隠せないでいた。
現実の世界と全く同じ建物やその配置は寸分違う事はなく、違う所と言えば赤黒い空と枯れている植物くらいだ。
いや、そもそも植物は本当に枯れているのだろうか?
「こごが・・・裏の世界?」
「裏の世界って言うだけあってなんだか暗いねー」
裏の世界にやって来た感想を雪子と千枝がそれぞれ口にする。
「いかにも何か出ますって雰囲気だな」
「クマ、何か感じたりする事はないか?」
「そうクマね~・・・クンクン、何か良くない匂いがするクマ。シャドウに似てるクマ」
「それってつまり―――!」
「みんな、戦闘準備だ」
悠が即座に剣を構えて指示を出すと、陽介たちもすぐにそれぞれの武器を構えて戦闘態勢に入った。
商店街の南の通りからやってくる何か。
黒々とした塊には仮面が付けられている。
近付くにつれ、それはやがて姿を変え、異形の者へと形を成して行く。
黒い塊からは人の上半身のようなものが這い出て、形成された顔や腕にはいくつもの目が付いており、こちらを凝視している。
口からは長い舌が伸び出ており、雰囲気からも容貌からもまさしく『妖怪』という名が相応しかった。
「うぇええ!何あれ!?怖い!気持ち悪い!!」
「シャドウにしちゃグロすぎんだろ!!今までの中でもトップを行くわ!!」
怯える千枝とツッコミ混じりに叫ぶ陽介。
幽霊やお化けなどの類が苦手な千枝は全身を震わせながら後退りする。
そんな二人とは反対に悠と雪子は興味津々だ。
「あれ妖怪『百々目鬼』だよね?目、沢山あるし」
「ああ。だが、下半身が無い辺りは『テケテケ』っぽいな」
「何妖怪談義に花咲かせてんだよ!」
陽介が呆れ気味にツッコんでいると、シャドウがうごうごと蠢き始めた。
しかしクマがそれを見逃さない。
「来るクマよ!!」
「陽介!」
「おう!」
シャドウとのスレ違い様に悠と陽介の刃が鋭く光る。
一瞬だけ、シャドウの時が止まる。
けれど動き出す時にはシャドウの体は4つに切れていて、ほどなくして消滅した。
「二人共凄いクマ!腕は鈍ってないクマね!」
「へへ、まーな!」
「でもまだ油断しちゃいけないクマ!次が来たクマよ!」
厳しい目つきで前を見据えるクマの視線を追うと、新しいシャドウが悠たちの前に立ちはだかっていた。
紫色の妖気を纏った鬼の首がこちらに敵意を向けて浮かんでいる。
悠と陽介は再び武器を構えて対峙しようとしたが、その二人の横を2つの風が素早く駆け抜ける。
「はいっ!」
千枝のしなやかな足が鬼の首を力強く空中に蹴りあげる。
「アギダイン!」
雪子が舞うように扇を突き出して呪文を唱えると、業火の炎が鬼の首を包んで消し炭にする。
二人の完璧な連携技に悠たちは圧倒された。
「二人共、油断しちゃ駄目だよ」
「そうそう!それとももう息が上がっちゃった?」
くるりと振り返る二人は勝ち気な笑みを浮かべていた。
クマお手製の眼鏡をかけて―――。
「あ!お前ら、その眼鏡―――!」
「持っててくれてたクマね!」
「うん、もしもの事があるといけないし、大切な思い出が詰まった物だから」
「それにこれをかけてると『やるぞー!』って気持ちになるんだよね」
「つーことは、妖怪もなんとかなりそうか?」
「我慢する事にした・・・今までのシャドウも似たようなもんだったって自分に言い聞かせて、勢いで行く事に決めた」
「なら、その勢いのまま巫女を探すとしよう」
悠は胸の内ポケットから眼鏡を取り出して静かに顔にかけた。
「戦闘開始だな」
ニィッと笑って陽介は慣れた手つきで眼鏡をかける。
これにより、5人の纏う空気が相応のものへと変わった。
「クマ、シャドウの他に何か変わったニオイはしないか?」
「よくぞ聞いてくれましたクマ!実はおっそろし~ニオイと優しい~ニオイがビンビンしてるクマ!」
「やったな!いきなり鬼と巫女が見つかったぞ!」
「場所はどこだ?」
「そこの神社クマ!」
「これまたドンピシャだね!案外早く片付くかも?」
「とにかく行ってみましょう」
「ああ、行くぞ」
悠を先頭に一行は辰屋の隣の辰姫神社へと向かった。
「あそこの中か?」
「そうクマ」
神社の拝殿を悠が指して尋ねると、クマは自信たっぷりに頷いた。
辰姫神社は二年前に古くてボロボロであった事から工事で取り壊され、一旦は更地になっていた。
だが、地域住民の願いもあってまた新しく建てられたのである。
神社が取り壊された事で狐を見かけたという噂も一時期は聞かなくなったが、また最近見かけるようになったとかなんとか。
真実を知っているのは悠のみである。
「神社の中にいるとか如何にもって感じたね」
「でも、そう簡単にはいかせてくれないみたいだぜ?」
陽介が顎で示した拝殿の入り口には一本の注連縄が引かれていた。
太い注連縄の真ん中には赤い蝋燭が描かれた白い御札のようなものがぶら下がっており、なんらかの結界である事を暗に物語る。
しかし物は試しで、悠は注連縄より奥の空間に触れようと手を伸ばした。
バチッ!!!
「っ!」
瞬間、電撃のようなものが走って悠は反射的に手を引っ込めた。
かなり強力な結界のようだ。
「大丈夫?」
心配そうに覗きこむ雪子に悠は静かに頷く。
「ああ、大丈夫だ。それよりも問題はこれをどうするかだな」
「見たとこ御札っぽいものに赤い蝋燭が描かれてるけど、それで燃やせって事なのかね?」
「ほよ~、赤い蝋燭って体に垂らす以外に御札を燃やす効果もあるんクマね~」
「・・・クマさん、体に垂らすってどこの情報?」
「そりゃ勿論、ヨースケの―――」
「だぁーー!!!余計な事べらべら喋ってんじゃねーよ!!」
「うわーサイテー」
「やっぱり花村くんだね」
「やっぱりってどういう意味だよ!!?」
「詳しく教えた方がいい?」
「謹んで遠慮するわ!」
「この件については後で審議するとして―――」
「審議すんな!流せ!」
「念の為に天城、試しにこの御札を燃やせないか試してみてくれないか?」
「うん、判ったわ」
雪子は御札の前に扇を翳すと、呪文を唱えて炎魔法『アギ』を発動させた。
すると、小さな炎が御札の底辺からメラメラと燃え上がり、御札を包み込んでいく。
だが御札が燃え尽きて灰になる事はなく、逆にアギの燃焼時間が過ぎて炎の方が先に燃え尽きてしまった。
「駄目ね、ただの炎じゃ燃えないみたい」
「やはりか。となると、この御札に描かれた蝋燭を探すしかないな」
「探すってどこを探すクマ?その辺の家にでも入るクマ?」
「そういう事になるが、2つ問題がある。1つはこの世界がどこまで現実の世界を再現しているか。
2つはこの世界での出来事が現実の世界に影響を与えるかどうかだ」
「確かによく考えてみれば、細部までしっかり再現されてたら色々不味いよな。見ちゃいけないもんとかあるだろうし」
「陽介のエロ本とかクマか?」
「いい加減そのネタ引っ張るのやめろ!」
「そう考えると迂闊に人ん家に入って探索とか出来ないね。全然再現出来てないとかだったら多少躊躇いはあれど入れたのに」
「それから2つ目の現実の世界への影響も気になるよね。
戦いの関係でこっちの世界で壊れた物が現実でも壊れたら大変だし」
「もしもの事を考えてなるべく激しい戦闘は―――」
「控えよう」と言いかけた悠の言葉はカタカタと何かが動く音によって遮られた。
「何の音だ?」
陽介を始め全員が一斉に音のした方―――入り口を振り返った。
存在の小ささに一瞬見落としそうになったが、放たれている異質なオーラがそうはさせなかった。
「あれ・・・何・・・?」
千枝が怯えながら尋ねる。
神社の入り口、鳥居の下に居たそれは黒紫の着物を着た日本人形だった。
手にはお盆を持っており、そのお盆の上には燭台に刺さった真っ赤な蝋燭が乗っていた。
蝋燭には火が点いていて赤色の光を放っている。
「あれ、日本人形だね」
「そ、そーだけどそーじゃなくて!アレさっきまで入り口になかったじゃん!!
てか動いたよね!?動いたって事はまさか―――!」
「世間で言う所の『呪いの人形』クマね」
「うぎゃーー!聞きたくない聞きたくなーい!!」
「落ち着け里中!外見はそうでも中身はただのシャドウだろ」
「呪いの人形とシャドウ、どっちの方がマシだったろうな・・・」
焦った様子で呟く悠に陽介はハッとなってもう一度日本人形に視線を移した。
すると―――
「ケケケケケケッ!」
日本人形は不気味な笑い声を上げると、くるりと悠たちに背を向けて走りだした。
「アイツどっか行ったぞ!!」
「追いかけるクマ!」
クマの号令の元、5人は走って日本人形を追いかけ始めた。
「ケケケケケケッ!」
日本人形は不気味な笑い声を辺りに撒き散らしながら町中を走り回る。
悠たちはそれを懸命に追いかけるが、道中のシャドウたちがその行く道を阻む。
「邪魔だっ」
悠の剣がシャドウを切り捨てる。
「マハガルダイン!」
陽介の発動したペルソナの風の魔法が鎌鼬の如くシャドウたちを取り巻き、切り裂いていく。
「はいっ!」
千枝の華麗なる踵落としがシャドウの脳天に直撃し、撃沈させる。
「ユキちゃん、みんなを回復クマ!」
「任せて!スメオオミカミ!」
シャドウたちとの連戦で傷ついている悠たちに気づいたクマが雪子に指示を出し、雪子はペルソナを召喚して悠たちの傷を回復魔法で癒す。
あれから2年経ったとは言え、悠たちの戦闘能力は衰えていなかった。
立ちはだかるシャドウたちを容赦なく打ち倒し、悠たちは日本人形を追跡していく。
そうやって追いかけていると、人形は小さな公園へと曲がって入っていった。
「俺と天城とクマはこのまま公園に入っていく。陽介と里中は反対の入り口から回り込んで挟み撃ちだ!」
「判った!」
「りょーかい!」
悠の的確且つ素早い指示に陽介と千枝は頷き、走って公園の反対の入り口へと向かった。
「行くぞ!」
「うん!」
「クマ!」
果敢に前を走っていく悠の後に雪子とクマが続く。
走って公園の中に入って行くと、人形は尚も不気味な声を撒き散らしながら反対の入り口から走り去ろうとしていた。
だが、そこに先回りしていた陽介と千枝が立ちはだかる。
「逃さねーぞ!」
「大人しくその蝋燭を渡してもらうよ!」
前には陽介と千枝、後ろには悠と雪子とクマ。
公園の出入り口はこの前後にしかなく、他に逃げ道はない。
人形は考えているかのようにピタリと動きを止めていたが、やがて不気味な笑い声を再び漏らし始めた。
「ケケケ・・・ケケケケ・・・ケケケケケケケケケ・・・」
カタカタカタカタ、と人形本体から木と木がぶつかり合う音が鳴る。
それは今までの走る時の音と違って不穏で恐怖を煽るような音だった。
それに嫌なものを感じ取った5人は武器を構えて備える。
そして―――
「ケーーーケッケッケッケッ!!!」
人形は大きな声でけたたましく笑うと、紫色のオーラのようなものを放った。
そして同時にゴキッ、グキッ、バキッといった何かかが折れるような不快な音を鳴らしながらその姿を変形させていく。
短かった腕や足は2メートルくらいの長さとなり、細く丸まっていた指や足先は獣の如く鋭くなる。
小さかった胴体も相応の大きさとなり、整っていた白い顔にはヒビが入り、右目の周りが剥ぎ取れて赤い目が剥き出しになる。
長く綺麗に整っていた黒い髪の毛は山姥のようにガサガサに乱れていて、それがより一層恐怖と絶望感を煽っていた。
「来るぞ!」
「いつでも大丈夫よ!」
「みんな頑張るクマ!」
「あ・・・あぁぁ・・・」
「大丈夫だ、里中。アレは妖怪でもお化けでもねぇ、ただのシャドウだ。それでも無理なら俺の後ろに隠れてろ」
「な、何カッコつけてんのよ・・・皆が必死こいて戦うってのに、アタシだけ怖くて隠れるなんて出来る訳ないじゃん・・・
でも・・・・・・ありがと。アタシは大丈夫だよ」
怯えていた千枝だったが、陽介の気遣いでそれらを振り切り、拳を握りしめて体の震えを捻じ伏せた。
かっこつけてるのはどっちだよ、と心の中で思いながらも勇気を振り絞って立ち向かおうとする千枝を見て陽介は笑みを溢す。
「ゲェーーーゲゲゲゲゲゲゲッ!」
人形の不愉快な笑い声を合図に戦闘は始まった。
「がぁああ!」
最初に人形が陽介と千枝めがけて突進する。
「遅い!」
「よっと!」
しかし動きの遅いそれは陽介と千枝に軽々と避けられ、勢い良く地面に激突する。
そこに間髪入れず悠の剣が入り込み、人形を斬りつける。
「ぐぎゃぁああああ!!」
断末魔の叫び声を上げる人形だが、それだけでは終わらない。
「アギダイン!」
雪子が魔法を唱え、人形を業火の炎で包む。
「ぎゃぁあああ!」と耳障りな叫び声を上げる人形だが、いまいち効いている様子ではない。
「炎はあまり効かないみたいネ!他の魔法を試すクマ!」
「ブフダイン!」
クマの指示の直後に千枝が氷の魔法を放ち、人形を氷漬けにする。
氷はすぐにバリィンッ!と鈍く割れて砕け散るが、こちらも効果はいまいちで、人形がよろめく程度だった。
「ジオダイン!」
続け様に悠が魔法を発動し、強力な稲妻を人形に浴びせた。
「ぎゃぁあああ!!」
だがこちらも他とあまり変わりがない。
「頼むぜ―――ガルダイン!!」
最後に陽介が魔法を発動させ、人形に竜巻をお見舞いする。
すると―――
「ぎぃいやぁああああ!!!!」
人形は苦痛の叫びを上げ、その場に倒れこんだ。
「チャンスクマ!ボッコボコにするクマ!!」
「行くぞ、みんな!」
「「「おう!」」」
悠の号令の元、四人は一斉に駈け出して次々と人形に刃を突き立てていった。
しかしいつまでも人形が大人しくしている筈もなく、怒りの雄叫びを上げて起き上がった。
「ぐぁるぁああああああ!!!」
起き上がり様に反撃として長い腕を振り回し、鋭い爪先で悠たちを切り裂こうとする。
だが、悠は雪子を、陽介は千枝を抱きかかえるようにして転がってそれを回避した。
「さっきので弱点が判ったクマ!ヨースケどんどんガルダインを唱えるクマ!」
「おう!」
アルカナカードを拳で割り、ペルソナを発動して陽介は再びガルダインを詠唱する。
だが、人形はそれをヒラリと躱し、くるりと悠と雪子の方を振り向いて襲いかかった。
「はあっ!」
悠の腕の中を雪子はするりと抜け出し、華麗に舞うようにして扇で襲いかかってきた右手を弾き返した。
「がぁああああ!!!」
「ていっ!」
人形が左手で雪子を切り裂こうとしたが、右から飛んできた千枝の足蹴りで頭を蹴られ、吹き飛ばされる。
「花村!」
「お、おう!」
雪子と千枝の華麗な連携技に見惚れて思わずぼうっとしていた陽介だったが、千枝に名前を呼ばれてすぐにペルソナを発動した。
ガルダインは今度こそ人形に直撃し、人形をダウンさせる。
「行くぜ相棒!」
「おう!」
陽介の呼びかけに悠は力強く応え、剣を手に人形の元へと駆けて行く。
「「うぉおおおお!!!」」
悠と陽介の刃が走り、人形の体を切り落とす。
ほんの一瞬だけ時が止まったが、遅れて人形の死に際の叫び声が辺りに木霊した。
「ぎゃぁああああああああああ!!!!」
人形は霧の如く消え去っていき、その場に燭台の付いた赤い蝋燭が転がった。
「やったクマ!センセーたちの勝利クマ!!」
悠たちの勝利にクマは小躍りする。
「天城、さっきは助けてくれてありがとうな」
「ううん、私の方こそありがとう」
「庇ってくれてありがとね、花村。助かったよ!」
「へへ、気にすんなって!それより、蝋燭手に入ったな」
「ああ、早速神社に行こう」
悠は赤い蝋燭を拾い上げ、皆と共に神社へと向かった。
続く