長編

柔らかな日差し、穏やかな風、のんびりとした空気。
そして静かで広い田んぼに囲まれた老舗旅館・天城屋。
本日、その旅館の離れにある蔵の整理を悠・陽介・千枝・雪子の四人がしていた。

「ごめんね、蔵の整理手伝ってもらっちゃって」

抱えたダンボールを広げたブルーシートの上に置きながら雪子が申し訳なさそうに謝る。

「いいっていいって。アタシたちよく泊めさせてもらってるし。ね?」
「ああ」
「しっかし、壷やら巻物やら訳わかんねーの沢山あるな。どうしたんだ、これ?」
「おじいちゃんのコレクションなの。おじいちゃん、こういうの集めるの好きだったから」
「そのおじいさんは今どうしてるんだ?」
「私が5歳の時に亡くなったの。
 遺言で蔵の物は売ってもいいって言ってたんだけど、どれも値打ち物ばかりで売るわけにはいかなくなっちゃってね」
「うえぇ!?そういうのは早く言えよ!壊したらやべーじゃねーか!」
「フフ、大丈夫よ。私、3回は壊しちゃってるから」
「自慢出来る事じゃねーだろ!」
「あれ?4回じゃない?1、2回目が普通に壊しちゃって、3回目はおじいちゃんとふざけてたら壊しちゃって、
 4回目はアタシとかくれんぼしてる時に引っかかって壺割らなかったっけ?」
「じいちゃんとふざけてたら壊したってなんだよ!?じいさんと孫揃って何やってんだよ!?」
「チャンバラごっこ」
「蔵ん中でやるなよ!アグレッシブだなオイ!」
「でもかくれんぼのは違うよ、千枝。あの壺、私の所より少し離れてたし引っかかるような所に置いてなかったもん」
「え、ちょっ、まさか・・・!?」
「出るのか?」
「うぎゃーーー!!鳴上君なにストレートに質問してんのよ!!?」
「うん、実はね―――」
「だからやめろっての!!」

怪談話に華が咲きそうになった悠と雪子だったが、千枝の抗議によりやむなく中断する事となる。
そうした雑談を交えながら四人は蔵の中を掃除していた。
そして、埃や蜘蛛の巣を取り払って再び骨董品を蔵の中に収めていた時だった。

「ん?雪?」

自分の目の前を舞い落ちた白く小さなものに悠は疑問符を浮かべながら空を仰いだ。
すると、先程まで清々しいまでに青く澄んでいた空が灰色の分厚い雲に覆われていて、雪を舞い散らせていた。

「はぁああ!?何で雪が降るんだよ!」
「天気予報で雪降るなんて言ってたっけ!?」
「言ってねーよ!第一もう五月だぜ!?雪なんか降る季節はとっくに過ぎてるっつの!」
「とにかく、早く蔵にしまって中に入るぞ」
「お、おう!そうだな!」

混乱する陽介たちに的確に指示を出して悠たちは急いで骨董品を蔵にしまった。
















「雪、積もってきたね」

片付けが終わって雪子の部屋に上がった四人。
障子を開けて窓の向こうの様子を伺った雪子のセリフがそれだった。
雪はしんしんと降り続いており、止む気配を見せない。
この異常事態に四人は顔を付き合わせて会議を始めた。

「驚いたな、急に雪が降るなんてよ」
「さっきまで凄く晴れてたのにね。異常気象ってやつ?」
「いや、雲が流れてきた様子もなかったし、何よりも突然現れたんだ。そういう類のものじゃないだろうな」
「じゃあ、もしかして・・・」
「事件・・・かな?」

千枝の後に続いた雪子のセリフに四人は真面目な顔つきになり、それぞれに視線を走らせた。
しばらくの無言の後、悠が陽介に尋ねる。

「陽介、クマに連絡は?」
「した。今テレビの世界の様子を見に行ってくれてる」
「またテレビの世界のものが漏れ出てきたのかな?」
「どうだろう?定期的に様子を見てるクマさんの話だとこれといって変わりはないみたいだし、
 マヨナカテレビに関する噂もこれといってないから違うんじゃないかな?」
「仮についさっきテレビの中に誰かが入れられたとしてもこんなすぐに外の世界に影響を及ぼせるとも限らねーもんな。
 影響が出るとしても最初はテレビの中だしよ」

様々な仮説を立てる四人だが、どれも納得がいくものではなく、中々見当がつけられないでいた。
その時、ふと雪子の机に視線を移した陽介があるものを見つけた。

「ん?おい天城、この巻物なんだ?」

雪子の机の上にはやや古びた緑色の巻物が一本だけ置かれていた。
しかし尋ねられた雪子はまるで見覚えがないと言わんばかりに首を傾げた。

「え?知らないよ?」
「知らねーって、お品書きとかノートとかに使ってんじゃねーのか?」
「流石にそれはないよ。お品書きは別に使ってる和紙があるし、ノートもちゃんとした普通のノート使ってるもの。
 あ、でもノートが巻物とかいいかも」
「いや、書く時大変でしょ」

名案とばかりに顔を輝かせた雪子に千枝がやや呆れ気味にツッコむ。
そんな二人のやり取りを聞き流しつつ、陽介は得体の知れない巻物を手に取ってみんなの前に置いた。
巻物は紫色の紐で縛られている。








「なぁこれ・・・どうする?」
「どうするって・・・開くしかないっしょ」
「よし行け、里中」
「はぁ!?何でアタシがやんなきゃいけないのよ!?アンタがやりなさいよ!」
「いやだってこういうのはビビリの奴が開いた方が何も起きなさそうじゃん?
 でも俺たちみたいに耐性のあるやつが開けた瞬間にぶわ~って黒い煙が出て悪霊が―――」
「うぎゃーーー!!だからそういう話やめろっての!!」
「でも開けなかったら開けなかったで怖くない?このままほっといたけど、夜に怪奇現象が起きて―――」
「悪ノリすんな!」
「とりあえず、里中の為にもこれが呪いの巻物でないのを確認してみないか?」
「流石鳴上くん!で、でも気をつけてね?呪われないようにね!?」
「ホラー映画だと呪いのアイテムの封印を解いた時に周囲にいた人間も呪われるっていうシチュエーション定番だよね」
「や、やだ~~!!な、鳴上くん、アタシたちは隣の部屋にいていい?」
「ああ、いいぞ」

怖がる千枝に苦笑して悠は頷く。

「は、花村は?アンタはいいの?」
「俺も男だからな、鳴上と一緒にいるわ。中身がどんなもんかも気になるし」
「の、呪われてもアタシに擦り寄んないでね!?アタシらに呪いを擦り寄せないでね!!?」
「わーったからお前はさっさと天城と一緒に隣の部屋に行けよ」

陽介は呆れたように言い放つ。
ガタガタと震えて雪子にしがみつきながら千枝は隣の部屋に避難した。
2人が完全に退出したのを見届けてから悠と陽介は巻物に臨んだ。

「・・・開けるぞ」
「お、おう・・・」

固唾を飲んで陽介は悠が巻物の紐を解く一つ一つの動作を目で追う。
結ばれていた紐は次々に解かれていき、あっという間に巻物を開ける状態にまでなった。
非現実的な経験があるだけに、本当に何が起こってもおかしくはない、と悠は思っていた。
それでも覚悟を決めてスルスルと巻物を開いていくと―――

「これは・・・!」
「な、何だこれ?」

「は、花村?鳴上君?生きてる?」

千枝の震声が隣の部屋から襖越しに届く。
それに対して陽介は悪戯な笑みを浮かべて言った。

「白いモヤみたいなのが出てそっちの部屋に行ったぞ」

「いやーーーー!!!?」

千枝は絶叫すると酷く慌てた様子で勢い良く襖を開け、部屋に乱入してきた。

「オバケやだオバケやだ!!あ、あああ悪霊退散!!」
「ぶっくくく!冗談だっての」
「なっ!?~~~っんのバカちんがー!!」

バキッ!!

「いっでぇ!!本気で蹴るなよ!」
「本気で蹴るに決まってんでしょ、このバカ村!!」
「落ち着いて、千枝。それよりも巻物の中身どうだった?」
「それが・・・」

悠は雪子に巻物の中身を見せた。
巻物には4つの円が描かれていたが、円の中には不自然な空白があった。
それこそ、元は何か描かれていたと思われる空白が―――。

「これって―――」
「この4つの円の中だけ空白なんだが、元からなのか?」
「ううん、そんな事ない。この4つの円の中にはちゃんと女の子が一人ずつ描かれてた筈だよ」
「女の子?てか、この巻物自体なんなんだ?何を描いたやつなんだ?」

未だ怒りを露わにする千枝を諌めつつ陽介が雪子に尋ねる。
雪子は記憶の糸を手繰り寄せながらこの巻物がなんなのかを説明した。

「えっと、確か日本の四季を司る四人の巫女を描いた巻物、だったと思う」
「四季を司る巫女?」

悠の疑問に雪子は頷いて答える。

「うん、おじいちゃんが昔言ってたんだけど、日本の四季は四人の巫女様が支えて守ってるんだって。
 だから春・夏・秋・冬がきちんと巡るって」
「じゃあ、もしかしてその巫女様が巻物から消えたから、そういう季節でもないのに雪が降ったのかな?」

「「「!!」」」

千枝の発言に三人はハッとなって千枝を見た。
しかし注目された千枝はほとんど思いつきで言ったようなものなので、そういった反応をされると少し焦るのであった。

「あ、あれ?もしかして当たっちゃった感じ?」
「絶対ではないが、可能性は高いな」
「でもそんな、巻物から何かが綺麗さっぱり消えるなんてそんなありがちな怪談ホラー、フィクションじゃ―――」

『いいえ、これは現実です』

「な、なんだ!?」

突然響いた声に陽介を始め、四人は周りに視線を巡らせる。
しかし自分たち以外の人の気配はなく、それらしい発言をした人間は見たらない。
と、その時―――

「うわっ!?なんだ!!?」
「巻物が―――」

巻物から眩い光が溢れ出し、陽介と悠は声を上げ、腕で目元を覆った。
けれど光は収まらず、それどころか更に溢れて悠たちを包み込んでいった。













「雪ちゃん、ちょっといい?」

仲居の葛西が襖を開けて雪子の部屋に入って来る。
しかし、そこに雪子たちの姿はなく、広げられた巻物が畳の上に転がっているだけであった。

「あら?おかしいわね、居ると思ったんだけどどこにいったのかしら?」

葛西は首を傾げるとそのまま静かに雪子の部屋の襖を閉めた。










続く
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