短編

本日の映画サークルは大学の屋上で撮影を行っていた。
監督の写田の指示の元、部員や悠と陽介は着々と撮影をこなしていた。
その様子を邪魔にならない所で雪子と千枝は眺めている。

「凄いねー、なんか本格的って感じ」
「でもみんな楽しそうね」
「だね!なんかアタシも参加したくなっちゃったよ!」

「だったら参加してみる?」

千枝のセリフに別の女性の声が続く。
声のした方に視線を向ければ、そこにはサングラスをかけたスタイルの良い女性が立っていた。
赤の口紅を差している唇がなんとも大人っぽい。

「え、えーっと?」
「あらごめんなさい、申し遅れたわね。私は脚本担当の本田エリ子。エリーと呼んでちょうだい」
「さ、里中千枝です!」
「わ、私は天城雪子です!今日は見学に来ました!」
「里中さんに天城さんね、ようこそ映画サークルへ。好きなだけ見学していってちょうだい。なんなら参加していってもいいわよ」
「ええっ!?でも参加なんてしたらストーリーがメチャクチャになるんじゃ・・・」
「確かにストーリーにガッツリ絡ませるのは難しいけれど、ゲスト参加くらいならなんとか―――」

言葉を続けようとしたエリーだったが、スタスタとやって来た写田に徐にサングラスを取り外されてしまう。
白日の元に晒されたエリーの素顔は―――垂れ目ののんびとした顔立ちの女性であった。

「あ~」
「このように、サングラスを外すとエリーは別人になる」
「監督~、サングラス返して下さいよ~」
「わっ!?180度キャラが変わった!?」

千枝が驚いている間にエリーはサングラスを奪還すると照れながら自身についての説明を始めた。

「えへへ、実は私のお母さん脚本家やってるの。小さい時から現場に遊びに行ってて、そこでお母さんの真似してたらこんな風になっちゃった」
「じゃあ、お母さんもサングラスをかけてるんだ?」
「うん、そうだよ~。私みたいにキャラが激変するなんてことはないけど」
「でもサングラスかけたらキャラが変わるってなんか面白そう。千枝、私たちもやろう!」
「ま~たアンタは変な事に感化される」
「千枝はサングラスをかけたら百発百中の冷酷なスナイパーね。私はあらゆるものを斬れる必殺仕事人やるから」
「ちょい待ち!サングラスと必殺仕事人じゃ雰囲気全然合わないでしょーが!!」
「あはは!二人共おもしろ~い。今度作るコメディ映画の参考にさせてもらおうかな~。―――その時は宜しくね、二人共」

スチャッ!とサングラスをかけて脚本家に戻るエリー。
あまりの性格の急変に苦笑しつつ、二人は頷くあった。
そんなやり取りをしてる時にADの安田くんが写田の元やってきて時計を見ながら尋ねた。

「写田部長、お昼も近いですし、このままお昼休憩にしませんか?」
「む、もうそんな時間か。ではそうするとしよう。―――みんな、休憩だ!しっかり飯食って体休めろよ!!」

『ウィッス!!』

写田の号令の元、部員は返事をすると続々と休憩に入っていった。
勿論、その中には悠と陽介もいる。

「ふぃー、疲れたなぁ」
「割とハードだったな」
「お疲れー!」
「はい、タオルとお水どうぞ」
「お、サンキュー」
「ありがとう」

悠と陽介は雪子と千枝からタオルと水を受け取ると汗を拭って飲み始めた。
カラカラだった喉を冷えた水が優しく潤し、癒しを与える。
これで後はお昼ご飯を食べて力を付けるだけだ。
そう、お昼ご飯を食べて・・・。

「さ、お待ちかねのお弁当タイムだぞよ!」
「来ちまったか悪夢の弁当タイム・・・」
「そんな言い方することないじゃん!愛情込めて作ったんだからさぁ」
「途中で訳わかんなくなって適当な物を突っ込んだ絶望的な愛情料理を作ったやつのどの口が言うんだよ」
「いつまで林間学校のこと根に持ってんのよ!?」
「持つに決まってんだろ!あれは忘れてはならない記憶だ!!」
「でもケーキは成功したじゃん!!」
「アレは直斗がレシピを見て指揮してたからだろ!!」

やいのやいのと痴話喧嘩もとい口喧嘩する二人をそのままに悠は一足早く雪子の手作り弁当を頂こうとしていた。
いや、一足早く天国に逝こうとしている、と言った方が正しいか。

(お先に・・・)

心の中で合掌してお重箱の蓋を開ける。
黒い蓋の中から現れたのは見た目も配置も美しく整ったおかずの数々。
香りも申し分なく、食欲を刺激された。
でも念には念を。

「天城」
「何?」
「ちゃんと味見はしたか?」
「うん、したよ」
「分からなくなってとりあえず魚介類を入れたりは?」
「大丈夫、抑えた」

(やりかけたのか・・・)

「ちゃんと鳴上くんに言われたとおり味見もしたし適当な味付けもしなかったよ。だから安心して食べて?」

最近は悠が監督している事もあって雪子の料理は確実に上達しているのを悠は知っている。
先程のように困ったら魚介類を投入するという癖は中々治らないが、それでも抑えたというのだから進歩した方である。
少し前までは本当に迷わず魚介類をぶちこんでいたのだから。
そんな過去を思い出しつつ悠は丁寧に「いただきます」と挨拶をするとまず最初に卵焼きに箸を伸ばした。
口の中に入れて咀嚼すれば、和風出汁がよく効いた柔らかくてふわふわの卵が悠の口内に広がる。
初めて食べた頃の固くてゴムの味がする卵焼きとは大違いだ。

「どう?」
「ああ、美味しいよ」
「本当!?」
「卵焼き、上手になったな」
「うん!漬物も食べてみて、私が自分一人で漬けたの」

言われて黄色の沢庵を食べてみた。
コリコリとした歯ごたえと悠好みの味付けが悠を笑顔にさせる。

「これも美味しいよ」
「良かった。鳴上くんがこの味付け気に入ってくれるか不安だったの」
「とても美味しかった。また作ってきてくれるか?」
「うん!」

雪子は満面の笑みで嬉しそうに頷くと悠の為に水筒のコップにお茶を淹れ始めた。
その後、雪子の弁当を平らげた悠の評価としては『概ね良し』であった。
というのも、いくつかのおかずの味付けや調理に難があるものがあったからである。
それを指摘して改善策や工夫の仕方を指導すると早速雪子はそれをメモに残して次に活かすと約束した。
料理の上達の手応えと楽しさを見出した雪子の瞳は輝いており、この先女将としても一人の女性としても立派に成長していくだろう。
愛しい恋人の成長をすぐ隣で見られる事の幸せを噛み締めながら悠はお茶を飲むのであった。


一方、陽介と千枝はと言うと・・・

「固い・・・卵焼き」
「と、隣のきんぴらごぼうはどうよ!?」
「不味い・・・普通に」
「切り干し大根は?」
「砕けた・・・ボロボロに」
「沢庵」
「天城のだろ・・・これ」
「・・・」

肩を落として俯く千枝に陽介は困ったように息を吐いて言った。

「・・・俺だってこんな感想言いたいくねーよ。どれか一つくらいは美味いって言ってやりたいよ」
「じゃあ言ってよ・・・」
「嘘言ってもお前傷付くだろ」
「ストレートに言われても傷付くっての・・・」
「そう言われてもなぁ・・・」

どうしたものかと思案しながら唯一まともに食べられる白米を食べる。
白米がまともに食べられるのは、家で米を炊く手伝いをしているからなのか、それとも電子ジャーが優秀だったのか。
どちらにせよこれを褒めたところで千枝は喜びはしないだろう。
なんとか美味いと言ってやりたいが如何せんどれもこれも正直言って美味しくない。
隣に料理が着実に上手くなっている雪子がいながら何故このような味付けになってしまっているのか。
悠に倣って自分も千枝に料理の指導をしようか。
いや、負けず嫌いの千枝の事だ、そんな事をしようものなら顔にいくつもの靴跡を付けられるに違いない。
それに自分は一応それなりには料理が出来るとは言え悠や完二程ではない。
たまに失敗もするので指導して更なる料理下手へ進化させたら千枝やみんなに申し訳が立たない。

(俺も里中も鳴上に弟子入りするかぁ?)

そんな事をぼんやり考えながら一枚の焼き肉を口に運ぶ。
きっと肉は固くてゴムのように伸びるのだろうと思って覚悟して食べたが―――

「・・・お、美味い!」
「はいはい、お世辞とかいいから。余計傷付くから」
「いやいや、お世辞じゃねーって!肉うめぇぞ里中!」
「え?本当!?」
「しかもタレが滅茶苦茶うめぇ!ご飯が進みすぎて手が止まらねぇよ!何のタレ使ってんだ!?」
「えっへん!里中家秘伝のタレを使っているんだぞよ!」
「マジか!恐れ入るわ肉の里中家!つかお前、肉料理ならいけるんじゃねーか?今度何か試しに作ってみろよ」
「じゃ、じゃあ作ってみるから味見してよ?」
「お前もちゃんと味見しろよな」
「わ、判ってるってば!」

戸惑いながら答える千枝だが、その表情はどこか嬉しそうなものだった。
自慢のタレと大好きな肉だけは失敗しないようにと慎重になって作った焼き肉だ、褒められて嬉しくない筈がない。
今度本屋に行って肉料理をメインにした本でも買ってみようか。
そんな事を思う千枝であった。



さて、昼食を終えて一服した悠と陽介の前に写田がやってくる。
そこで写田は一言。

「・・・鳴上くんと花村くんは後で校庭十周だ」
「え」
「いやいや!いきなり何すか!?」
「このサークルにリア充など不要だ!!イチャつくならそれ相応の覚悟を持ってもらうぞ!!」
「イチャついてたの鳴上だけッスよ!?」
「ええい聞く耳持たん!!罰として腕立て伏せ五十回追加だ!」
「理不尽だ!!」

こうして映画サークルの午後は過ぎていくのであった。











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