長編
さて、悠たちが2階のループの謎に挑んでいた頃、完二たち一年生組は実習棟の音楽室にいた。
いや、正確に言えば閉じ込められていた、と言うべきだろうか。
シャドウの大群が押し寄せた時に完二たちはりせのナビを頼りに音楽室まで逃げ込んだ。
そこまでは良かったのだが、入るなり施錠する音が響いて閉じ込められてしまったのである。
しかし不幸中の幸いと言うべきか、その閉じ込められた音楽室でロウソクを持って逃げた男の子を見つけた。
シャドウに囚われた状態で・・・。
「ど・・・どどどどーするの・・・?」
「どーするもこーするもやるしかねーだろ!シャドウに捕まってるガキをほっとく奴がどこにいんだよ!?」
「そーいう事じゃないわよバカンジ!」
「完二は女心が分かってないクマね~」
「んだとゴラァ!!」
「おお、おおおお落ち着いて下さい!ああああでももっと騒いで下さい!落ち着くので!」
「直斗、ビビりすぎて訳わかんね―こと言ってんぞ」
「仕方ないじゃないですか!!だって―――」
直斗とりせが見つめる先、そこにはロウソクを持った男の子と、それを閉じ込めるシャドウがいる。
その姿はまるで山姥のようであり、丑の刻参りを実行しようとする女性のようでもあった。
白黒の痛みきった長髪、それに隠されているしわしわの肌と髪の隙間から覗く充血したような赤い瞳、薄汚れた白い着物。
ロウソクを持った男の子が幽霊という事実が可愛く見えるほど目の前のシャドウの方が二人にとっては怖かった。
身の毛がよだつほどの怖さだというのにへっちゃらな顔をしている完二とクマが羨ましい。
「あ、あんな昔話の絵本から出てきたようなシャドウがいるんですよ!?」
「別にそれがどーしたんだよ。シャドウはシャドウじゃねーか」
「お化けっぽいのが嫌なんクマよね?」
「平たく言えばそうです・・・」
「わ、私ここで支援するからシャドウの相手お願いね!」
「ズルいですよ久慈川さん!ぼぼ、僕はここで久慈川さんの護衛をしてます!」
「おう、そうしとけ。俺とクマ公で締めるからよぉ。行くぜクマ!」
「ホイ来た!クマに任せんしゃ~い!」
前に立つ完二とクマの背中のなんと頼もしい事か。
情けない話しではあるけれども本当にここは二人に何とかしてもらいたい。
そう思っていた矢先に、突然シャドウが完二たちに背中を向けた。
これには完二もクマも驚き戸惑う。
「な、何だ!?急に背中を見せやがったぞ!?」
「でもチャンスクマ!一気に倒すクマ!」
机と机の間を走って一気にシャドウとの距離を詰めていく完二とクマ。
しかし二人がシャドウの元に到着する直前でシャドウは振り返り、不気味な高笑いを上げる。
『ヒュェーヘッヘッヘッ!』
「クマァ!?」
「な、なんだ!?」
「っ!二人共、危ない!!」
りせが何かを警告をしようとした瞬間、シャドウは片手を前に突き出して二人を吹き飛ばした。
「ぐおぅっ!?」
「グマッ!!」
ドォン!!という痛々しい音と共に完二とクマが壁に叩きつけられてずり落ちる。
その様子を見てシャドウが愉快そうな不愉快な笑い声を上げる。
「巽くん、クマくん!大丈夫ですか!?」
「おう・・・何とか・・・」
「なんかよくわからん力に吹き飛ばされたクマ・・・」
「あ・・・やっぱり・・・」
「久慈川さん、何か分かりましたか?」
「うん」
コウゼオンを使ってシャドウのリサーチを終えたりせが直斗たちに報告をする。
「あのシャドウ、背中を向けている時は大した事ないけど、こっちを振り向いた瞬間に強大な魔力を放つみたい。
さっき完二とクマを吹き飛ばしたのもその魔力によるものだよ」
「避ける事はできね―のか?」
「そこまでは分かんないけど多分無理だと思う。よく分からない力が働いたんでしょ?」
「そうクマ。いきなり何の前触れもなく吹き飛ばされたクマ」
「ふむ・・・僕に考えがあります」
「直斗?何か判ったの?」
「いえ、まだ仮説でしかありませんが試してみる価値はあるかと」
「何する気だよ?」
「見てて下さい」
「お、おい!直斗!!」
背中を向けているシャドウに向かって直斗はゆっくりと近付いてていく。
そんな直斗を完二が追いかけようとするが手で静かに制されてしまっては従う他ない。
邪魔をする訳にはいかないので、せめて直斗が先程の自分やクマと同じように吹き飛ばされても大丈夫なように、完二はいつでも直斗を受け止められるようにと構えた。
その間にも直斗はコツコツとゆっくりシャドウへと近づいて行き、距離を詰める。
『フェッフェッ』
不気味な笑い声を漏らしてシャドウが振り向いた瞬間、直斗はピタリと動きを止めた。
『・・・』
動きを止めた直斗をシャドウはただじっと黙って見つめていたが、再び背中を向けるのであった。
その一連の流れに直斗の中で一つの答えが出る。
「やっぱりそうだ!」
「直斗、何か分かったのか?」
「だるまさんがころんだです!」
「はぁ?だるまさんがころんだ?」
「先程、巽くんとクマくんが吹き飛ばされた時、僕と久慈川さんだけは何も起きませんでした。
何かおかしいと思ったのですが、久慈川さんの情報と今の実験である程度の確証を得ました。
このシャドウがやっているのはだるまさんがころんだと一緒で、動いている者のみに攻撃を発動するようです」
「そっか。だから近付いてても振り返った時に止まった直斗には何もしなかったんだ」
「なるほどなるほど~!流石ナオチャン!だるまさんがころんだだったらクマ得意クマよ~!
ナナチャンとナナチャンのお友達とよく遊びでやってるクマ!」
「へっ、言っちゃぁなんだが俺も得意だぜ。つっぱってた頃はしょっちゅう後ろから奇襲されてたからな」
「いや、アンタのそれは完全にだるまさんがころんだじゃないから」
「と、とにかくだるまさんがころんだの要領で奴に近付きましょう。久慈川さん、弱点の分析をお願いします」
「はい!」
直斗の指示に従ってりせはペルソナを発動し、シャドウの弱点を分析し始める。
体力、魔力、発動してくる技や魔法、そして弱点。
あらゆる情報がりせの目に、そして頭に流れてきて、りせはそれを迅速且つ丁寧に処理していく。
そこから導き出されるシャドウの倒し方にりせは「分かった」と呟く。
「あのシャドウ、すっごく弱い。それこそ触るだけで倒せちゃうくらい」
「おお、楽勝じゃねーか!」
「だったらナオチャンの拳銃で一発クマ」
「残念だけど遠距離からの攻撃は通さないみたい。近接なら絶対に当たるみたいだけど」
「そこもきっと、だるまさんがころんだのルールでしょうね」
「はぁ?ルール?」
「巽くん、だるまさんがころんだの鬼役に石を当てて鬼にタッチした、というのはどう思いますか?」
「んなん普通にアウトだろ!」
「それと同じです。今ここで行われているだるまさんがころんだは現実のルールと同じと思って間違いないでしょう」
「でも気をつけて!アイツ、他のシャドウを呼び出したりポルターガイストみたいなの起こせるみたい」
「分かりました。では十分注意して近付きましょう」
「作戦は決まりクマ!行くクマよ~!」
「久慈川さん、危険ではありますが僕と一緒に来て下さい。何があるか分からないので」
「分かった!」
直斗の邪魔にならぬよう、りせは一歩後ろに下がると同じように構えてシャドウと対峙した。
「私があのシャドウに合わせて音頭取ってみるからみんな頑張って!」
「頼んだぜりせ!」
「いくよ!だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ!」
りせの音頭に合わせて完二たちは一歩一歩確実に踏み出す。
「だ!」の言葉のタイミングで止まると、それと同時にシャドウが振り返った。
シャドウは完二たちが動いていないのを面白く無さそうに確認するとまた背中を向けた。
「よし!だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・・・だ!」
小賢しい事にシャドウは『ん』と『だ』の間で少しだけ間を開けた。
すぐに『だ』が来るものだと思っていた完二たちはつんのめりそうになったがなんとかすぐに体制を整え、動きを止める。
シャドウはまたしても面白くなさそうな雰囲気を醸し出すと再び背中を向け始めた。
「次!だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・・・―――」
「・・・なぁ、音楽室って縦に長かったっけか?」
「いえ・・・」
「下手すると学校の廊下よりも長いクマ~!」
「だ!」
りせの合図で完二たちはまた足を止める。
先程から慎重に、けれども頑張って走っているというのに一向にシャドウの元に辿り着かない。
それというのも気付けばシャドウまでの距離が伸びているから。
ただ伸びているだけならまだしも、永遠に辿り着けないとなっては厄介だ。
その事について直斗がりせに尋ねる。
「久慈川さん、あのシャドウと僕たちにはどれくらいの距離が開いていますか?」
「えっと・・・500mくらい、かな」
「500mだと!?」
「うへー、結構あるクマね」
「永遠に辿り着けないよりマシです。地道に頑張りましょう」
「じゃ、続けるよ。だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ!」
小走りに距離を詰めて再び止まる四人。
またしても思惑通りにいかない四人にシャドウは一瞬不満顔を浮かべたが、『ヒヒ・・・』と不穏な笑みを零すと完二に向かって手を突き出した。
「うおっ!?」
すると完二にだけ突風が吹きすさび、完二は思わずよろめきながら後退してしまった。
「巽くん!」
『ヒュエーヘッヘッヘッ!』
完二が動いて嬉しそうに笑うと今度は完二の傍にあった棚を指差した。
すると棚はガタガタと音を立てて揺れると完二に向かって大きく倒れてきた。
「うおっ!?」
間一髪の所でそれを両手で押さえつけ、なんとか潰される事を免れる。
しかしまるで誰かが押しているかのような圧力を感じて押し返そうとしても中々押し返せない。
そんな完二の周りに舌の長いシャドウが複数体現れて完二の体を舐めたり締め上げたりなどして小賢しくも襲いかかってきた。
「ぐあっ!くそ、やめろ!!」
「完二~!大丈夫クマか~!?」
「俺はなんとか平気だ!それよかオメーラは早くあのシャドウをやれぇ!!」
「うぬぬ~~~~~・・・分かったクマ!!!」
「待ってて完二、すぐアイツをやってるけるから!いくよ、だ・る・ま・さ・ん・がこ・・・ろんだ!」
「クマ!」
「はっ!」
少し間を空けて振り返る、なんて子供がよくやる手をシャドウもやってくる。
子供ならまだしもシャドウがやっているとなると腹立たしさは倍増だ。
しかし完二を助ける為にもなんとかここは堪えて一歩でも多く進まなくては。
しかし・・・
『ウヒヒヒヒヒ・・・・』
「およっ!リセチャン危ないクマ!」
シャドウが振り返っている中、天井裏から現れた死神のようなシャドウがりせの背後に現れ、鎌を振り下ろそうとしていた。
りせの危機を察知したクマはすぐに飛び出すと腕に力を込めて思いきり死神のシャドウを吹き飛ばす。
しかし、それこそがのシャドウの狙いだった。
『ヒヒッ』
「クマっ!?」
シャドウがクマを人差し指で指すとクマの体を赤黒い不気味な光が取り巻いた。
「う、動けないクマ!金縛りクマ~!」
「クマっ!!」
「恐らくこれはペナルティですね。『鬼』が見ている最中にクマくんは動きました。それに対するペナルティでしょう」
「何よ!他のシャドウを差し向けてズルしてきたのはあっちじゃない!!」
「シャドウに何を言っても無駄です。今この空間はあのシャドウが支配していて、あのシャドウこそがルールです。
それよりも僕たちは一刻も早くあのシャドウの元に辿り着かなければなりません。
巽くんとクマくんがやられてしまう前に」
冷静に分析しながら直斗は前に進むようにりせを促す。
直斗の言う事は頭で理解出来ていてもどうにも気持ちの収まりがつかない。
けれどそれをなんとか押さえつけてりせは走り出す。
棚とシャドウの二重苦に遭っている完二と金縛りで動けないクマを助ける為に。
「クマ!そこで待ってて!私たちが必ずアイツをやっつけてくるから!!」
「分かったクマ!でもリセチャンもナオチャンも気をつけるクマ!あのシャドウ、まだまだ卑怯な事をしてきそうクマ!」
「どうやらそうみたいですね・・・!」
シャドウが前を向いているというのに別の複数のシャドウたちが直斗とりせの前に立ちはだかる。
直斗はすぐにアルカナカードを砕くとペルソナを召喚し唱えた。
「マハンマオン!!」
眩い聖なる光がシャドウたちを包み、光の塵となって消えていく。
しかしそれを最後まで見届ける事なく直斗とりせは前へ走り出した。
「直斗危ない!!」
りせの叫び声と共に優しい光が直斗を包む。
次の瞬間、無数の刀が直斗めがけて飛んでくるが、直斗を包む優しい光によってそれら全ては弾き返され、乾いた音を立てて床に落ちる。
飛んできた方向を見上げれば天井の一部が開いており、そこから飛んできたものと思われる。
何かを踏んだり引っかかるような感触は全くなかったので恐らくはシャドウ自らが罠を発動させたのだろう。
直斗は軽く冷や汗を拭いながらりせに礼を述べる。
「ありがとうございます。久慈川さんが助けてくれなければ危ない所でした」
「ううん、いいの。それより怪我は?」
「大丈夫です。あのシャドウ、前を向いていますがこちらの動きが分かるようです」
「だからこんだけ妨害してくるって訳ね」
「はい。ですがこれだけ妨害して来るという事は距離が縮んでいてシャドウも焦っているのでしょう。
もう少しです。もう少しであのシャドウの元に辿り着けます。僕が他のシャドウを片付けますから久慈川さんは援護をお願いします」
「分かった!」
二人で力強く頷き合い、そしてまた走り出す。
道を阻むシャドウを直斗が片付け、危険を察知してりせが援護する。
それを繰り返していく内に漸く二人はシャドウの近くまでやってこれた。
今はどれだけ走っても教室は長くならず、シャドウとの距離が縮む一方である。
そして後僅かの距離にしかいない目の前のシャドウにすぐにでも飛びかかって完二たちを助けたい所だがシャドウがこちらを向いてしまっている。
歯がゆくもどかしい状況ではあるがそれでも我慢して強く自分を抑える。
絶対に倒すという確かな闘志を込めた瞳でりせがシャドウを睨んでいると―――
「っ!!危ない!!」
突然、直斗が叫んでりせを突き飛ばした。
「きゃぁっ!!な、直斗!?」
起き上がって急いで直斗の方を振り返ると、そこではいくつもの机と椅子が直斗に降りかかろうとしていた。
それはあまりにも一瞬の出来事で、瞬きした瞬間には机と椅子の流星群で直斗の姿は見えなくなっていた。
「直斗ーーーーーーーーーー!!!!!!」
机と椅子の激しい落下音と共にりせの悲痛に満ちた絶叫が音楽室に木霊する。
一瞬にして恐怖と絶望、そして悲しみがりせを飲み込んだ。
だが――ー
「りせ!!!走れりせ!!!」
完二の力強い声がりせを絶望の渦から引き上げる。
振り向いてみれば、先程よりも姿勢が低くなった状態で必死に棚を支えている完二が眼光強くこちらを見つめて叫んでいた。
「直斗は大丈夫だ!絶対に大丈夫だ!!それよりもお前は走れ!直斗の助けを無駄にするんじゃねぇ!!!」
「うん・・・うん・・・!!」
りせにはもう、頷く事しか出来なかった。
ただ頷いて起き上がってシャドウに向かって走り出す。
これが最後。
今、シャドウが背中を向けているこの瞬間が最後。
躊躇わない、立ち止まらない、恐れはしない。
「きゃっ!」
他のシャドウの妨害に遭ってりせは大きく転倒する。
しかし目の前には檻の中から助けを求めるように手を伸ばす少年がいる。
「大丈夫だよ・・・絶対に・・・」
幽霊と言えど子供。
目の前で震え、怯えている子供をりせは励まさずにはいられなかった。
アイドルという職業をこなしてきて、大勢のファンが励まされたというファンレターをくれた。
そこからりせはアイドルという職業を通じていろんな人を励ましていきたと思っていた。
だからそれと同じで、目の前のこの男の子も励ましたい、安心させたい。
たとえシャドウがこちらを振り返り、不気味な赤黒い瞳を光らせていようとも。
そして口元を大きく歪ませ、懐から前端の尖った赤錆びた包丁を取り出してりせの頭に突き刺そうとしていても―――
「助けるから・・・!」
ガシャァン!と男の子の手を掴むのと同時にりせのアルカナカードが砕かれる。
瞬間、コウゼオンが現れて、りせに包丁を振り下ろそうとしていたシャドウの肩を叩いた。
『イ・・・ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』
シャドウは頭を抱えて金切り声を上げる。
そのあまりの悲鳴にりせは思わず耳を塞ぐが、それでもシャドウの悲鳴は大きく、頭に不愉快に響く。
そのままシャドウは頭を抱えてのたうち回ると眩い光に包まれて瞬く間に消滅した。
それと同時に完二を苦しめていたポルターガイストと他シャドウ、クマを拘束していた金縛りが解かれる。
「う、ぉらぁっ!!はぁっ・・はぁっ・・・やったみてーだな」
重力のかからなくなった棚を横に投げ捨てて完二が肩で息をしながらりせに歩み寄る。
そこに金縛りが解けた事によって動けるようになったクマも軽やかに近づく。
「リセチャンお疲れ様クマ!」
「完二!クマ!直斗が・・・!」
「分かってる!今助けるぞ!」
「どうしよう、どうしよう・・・直斗にもしもの事があったら、私・・・!」
「大丈夫クマよ、リセチャン!ナオチャンの気配はまだビンビンしてるクマ!だから絶対に生きてるクマ!!」
完二とクマとりせの三人で直斗の上に積み上がった大量の椅子と机を放り投げてどかす。
これだけの量の椅子と机が一度に降ってきたのだ、ただでは済まない筈。
震える心を叱咤してりせは一生懸命に物をどかす。
ただひたすらに自分を庇って下敷きにされた直斗の無事を祈って―――。
「っ!見つけたぞ!直斗―――の、盾、が」
「ほえ?たて?」
ポカンとする完二にクマは首を傾げて完二の見ている物を覗く。
するとそこには『正義の盾』が埋まっており、窓口からは無傷の直斗の顔が見え隠れしていた。
「これ、『正義の盾』・・・は、早く消える前に直斗を引っ張り出して!!」
「お、おう!」
「りょーかいクマ!」
りせの指示を受けて完二とクマは今までの二倍の速さで机と椅子をどかし、そして最後に『正義の盾』をどかした。
『正義の盾』をどかすとそれはそのまま音もなく消えた。
そしてその下から直斗が慎重に体を起こして無事な姿を見せる。
「ふぅ・・・ありがとうございます、皆さん」
「直斗ー!」
軽く土埃を払う直斗にりせが涙ぐみながら強く抱きつく。
直斗はややよろめきながらもそれを受け止めた。
「ごめんね直斗!ごめんね!私が油断してた所為で・・・!!」
「いいんですよ、こうして大事には至らなかった訳ですし。巽くんとクマくんは大丈夫でしたか?」
「この通りピンピンしてるクマ!」
「ったく、オメーはまた無茶しやがってよぉ!」
「バカンジ!憎まれ口叩いてないで直斗にもっと感謝しなさいよ!!」
「まぁまぁ」
和気藹々と盛り上がっている所に、檻から解放された男の子が音もなく四人に近づいて来た。
それに四人は気付いて振り返り、クマが前に出て優しく語りかける。
「そのロウソク、クマたちに譲って欲しいクマ。くれるクマ?」
『・・・』
男の子は素直に頷くとロウソクをクマに手渡し、どこかへと走り去ってしまった。
「もう捕まっちゃダメクマー!」
「行っちまったな。でもまた襲われたらどーすんだ、アイツ」
「その時はまた僕たちが助けてあげましょう」
「ん、そうだな。オイりせ、先輩たちは今どの辺だ?」
「ちょっと待ってて・・・んーっと、今2階にいるみたいだけど降りてきてるよ」
「じゃあ僕たちも先輩たちと合流しましょう」「うん!」
りせは直斗を起こし、四人揃って悪夢の音楽室を出て行くのであった。
続く
いや、正確に言えば閉じ込められていた、と言うべきだろうか。
シャドウの大群が押し寄せた時に完二たちはりせのナビを頼りに音楽室まで逃げ込んだ。
そこまでは良かったのだが、入るなり施錠する音が響いて閉じ込められてしまったのである。
しかし不幸中の幸いと言うべきか、その閉じ込められた音楽室でロウソクを持って逃げた男の子を見つけた。
シャドウに囚われた状態で・・・。
「ど・・・どどどどーするの・・・?」
「どーするもこーするもやるしかねーだろ!シャドウに捕まってるガキをほっとく奴がどこにいんだよ!?」
「そーいう事じゃないわよバカンジ!」
「完二は女心が分かってないクマね~」
「んだとゴラァ!!」
「おお、おおおお落ち着いて下さい!ああああでももっと騒いで下さい!落ち着くので!」
「直斗、ビビりすぎて訳わかんね―こと言ってんぞ」
「仕方ないじゃないですか!!だって―――」
直斗とりせが見つめる先、そこにはロウソクを持った男の子と、それを閉じ込めるシャドウがいる。
その姿はまるで山姥のようであり、丑の刻参りを実行しようとする女性のようでもあった。
白黒の痛みきった長髪、それに隠されているしわしわの肌と髪の隙間から覗く充血したような赤い瞳、薄汚れた白い着物。
ロウソクを持った男の子が幽霊という事実が可愛く見えるほど目の前のシャドウの方が二人にとっては怖かった。
身の毛がよだつほどの怖さだというのにへっちゃらな顔をしている完二とクマが羨ましい。
「あ、あんな昔話の絵本から出てきたようなシャドウがいるんですよ!?」
「別にそれがどーしたんだよ。シャドウはシャドウじゃねーか」
「お化けっぽいのが嫌なんクマよね?」
「平たく言えばそうです・・・」
「わ、私ここで支援するからシャドウの相手お願いね!」
「ズルいですよ久慈川さん!ぼぼ、僕はここで久慈川さんの護衛をしてます!」
「おう、そうしとけ。俺とクマ公で締めるからよぉ。行くぜクマ!」
「ホイ来た!クマに任せんしゃ~い!」
前に立つ完二とクマの背中のなんと頼もしい事か。
情けない話しではあるけれども本当にここは二人に何とかしてもらいたい。
そう思っていた矢先に、突然シャドウが完二たちに背中を向けた。
これには完二もクマも驚き戸惑う。
「な、何だ!?急に背中を見せやがったぞ!?」
「でもチャンスクマ!一気に倒すクマ!」
机と机の間を走って一気にシャドウとの距離を詰めていく完二とクマ。
しかし二人がシャドウの元に到着する直前でシャドウは振り返り、不気味な高笑いを上げる。
『ヒュェーヘッヘッヘッ!』
「クマァ!?」
「な、なんだ!?」
「っ!二人共、危ない!!」
りせが何かを警告をしようとした瞬間、シャドウは片手を前に突き出して二人を吹き飛ばした。
「ぐおぅっ!?」
「グマッ!!」
ドォン!!という痛々しい音と共に完二とクマが壁に叩きつけられてずり落ちる。
その様子を見てシャドウが愉快そうな不愉快な笑い声を上げる。
「巽くん、クマくん!大丈夫ですか!?」
「おう・・・何とか・・・」
「なんかよくわからん力に吹き飛ばされたクマ・・・」
「あ・・・やっぱり・・・」
「久慈川さん、何か分かりましたか?」
「うん」
コウゼオンを使ってシャドウのリサーチを終えたりせが直斗たちに報告をする。
「あのシャドウ、背中を向けている時は大した事ないけど、こっちを振り向いた瞬間に強大な魔力を放つみたい。
さっき完二とクマを吹き飛ばしたのもその魔力によるものだよ」
「避ける事はできね―のか?」
「そこまでは分かんないけど多分無理だと思う。よく分からない力が働いたんでしょ?」
「そうクマ。いきなり何の前触れもなく吹き飛ばされたクマ」
「ふむ・・・僕に考えがあります」
「直斗?何か判ったの?」
「いえ、まだ仮説でしかありませんが試してみる価値はあるかと」
「何する気だよ?」
「見てて下さい」
「お、おい!直斗!!」
背中を向けているシャドウに向かって直斗はゆっくりと近付いてていく。
そんな直斗を完二が追いかけようとするが手で静かに制されてしまっては従う他ない。
邪魔をする訳にはいかないので、せめて直斗が先程の自分やクマと同じように吹き飛ばされても大丈夫なように、完二はいつでも直斗を受け止められるようにと構えた。
その間にも直斗はコツコツとゆっくりシャドウへと近づいて行き、距離を詰める。
『フェッフェッ』
不気味な笑い声を漏らしてシャドウが振り向いた瞬間、直斗はピタリと動きを止めた。
『・・・』
動きを止めた直斗をシャドウはただじっと黙って見つめていたが、再び背中を向けるのであった。
その一連の流れに直斗の中で一つの答えが出る。
「やっぱりそうだ!」
「直斗、何か分かったのか?」
「だるまさんがころんだです!」
「はぁ?だるまさんがころんだ?」
「先程、巽くんとクマくんが吹き飛ばされた時、僕と久慈川さんだけは何も起きませんでした。
何かおかしいと思ったのですが、久慈川さんの情報と今の実験である程度の確証を得ました。
このシャドウがやっているのはだるまさんがころんだと一緒で、動いている者のみに攻撃を発動するようです」
「そっか。だから近付いてても振り返った時に止まった直斗には何もしなかったんだ」
「なるほどなるほど~!流石ナオチャン!だるまさんがころんだだったらクマ得意クマよ~!
ナナチャンとナナチャンのお友達とよく遊びでやってるクマ!」
「へっ、言っちゃぁなんだが俺も得意だぜ。つっぱってた頃はしょっちゅう後ろから奇襲されてたからな」
「いや、アンタのそれは完全にだるまさんがころんだじゃないから」
「と、とにかくだるまさんがころんだの要領で奴に近付きましょう。久慈川さん、弱点の分析をお願いします」
「はい!」
直斗の指示に従ってりせはペルソナを発動し、シャドウの弱点を分析し始める。
体力、魔力、発動してくる技や魔法、そして弱点。
あらゆる情報がりせの目に、そして頭に流れてきて、りせはそれを迅速且つ丁寧に処理していく。
そこから導き出されるシャドウの倒し方にりせは「分かった」と呟く。
「あのシャドウ、すっごく弱い。それこそ触るだけで倒せちゃうくらい」
「おお、楽勝じゃねーか!」
「だったらナオチャンの拳銃で一発クマ」
「残念だけど遠距離からの攻撃は通さないみたい。近接なら絶対に当たるみたいだけど」
「そこもきっと、だるまさんがころんだのルールでしょうね」
「はぁ?ルール?」
「巽くん、だるまさんがころんだの鬼役に石を当てて鬼にタッチした、というのはどう思いますか?」
「んなん普通にアウトだろ!」
「それと同じです。今ここで行われているだるまさんがころんだは現実のルールと同じと思って間違いないでしょう」
「でも気をつけて!アイツ、他のシャドウを呼び出したりポルターガイストみたいなの起こせるみたい」
「分かりました。では十分注意して近付きましょう」
「作戦は決まりクマ!行くクマよ~!」
「久慈川さん、危険ではありますが僕と一緒に来て下さい。何があるか分からないので」
「分かった!」
直斗の邪魔にならぬよう、りせは一歩後ろに下がると同じように構えてシャドウと対峙した。
「私があのシャドウに合わせて音頭取ってみるからみんな頑張って!」
「頼んだぜりせ!」
「いくよ!だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ!」
りせの音頭に合わせて完二たちは一歩一歩確実に踏み出す。
「だ!」の言葉のタイミングで止まると、それと同時にシャドウが振り返った。
シャドウは完二たちが動いていないのを面白く無さそうに確認するとまた背中を向けた。
「よし!だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・・・だ!」
小賢しい事にシャドウは『ん』と『だ』の間で少しだけ間を開けた。
すぐに『だ』が来るものだと思っていた完二たちはつんのめりそうになったがなんとかすぐに体制を整え、動きを止める。
シャドウはまたしても面白くなさそうな雰囲気を醸し出すと再び背中を向け始めた。
「次!だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・・・―――」
「・・・なぁ、音楽室って縦に長かったっけか?」
「いえ・・・」
「下手すると学校の廊下よりも長いクマ~!」
「だ!」
りせの合図で完二たちはまた足を止める。
先程から慎重に、けれども頑張って走っているというのに一向にシャドウの元に辿り着かない。
それというのも気付けばシャドウまでの距離が伸びているから。
ただ伸びているだけならまだしも、永遠に辿り着けないとなっては厄介だ。
その事について直斗がりせに尋ねる。
「久慈川さん、あのシャドウと僕たちにはどれくらいの距離が開いていますか?」
「えっと・・・500mくらい、かな」
「500mだと!?」
「うへー、結構あるクマね」
「永遠に辿り着けないよりマシです。地道に頑張りましょう」
「じゃ、続けるよ。だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ!」
小走りに距離を詰めて再び止まる四人。
またしても思惑通りにいかない四人にシャドウは一瞬不満顔を浮かべたが、『ヒヒ・・・』と不穏な笑みを零すと完二に向かって手を突き出した。
「うおっ!?」
すると完二にだけ突風が吹きすさび、完二は思わずよろめきながら後退してしまった。
「巽くん!」
『ヒュエーヘッヘッヘッ!』
完二が動いて嬉しそうに笑うと今度は完二の傍にあった棚を指差した。
すると棚はガタガタと音を立てて揺れると完二に向かって大きく倒れてきた。
「うおっ!?」
間一髪の所でそれを両手で押さえつけ、なんとか潰される事を免れる。
しかしまるで誰かが押しているかのような圧力を感じて押し返そうとしても中々押し返せない。
そんな完二の周りに舌の長いシャドウが複数体現れて完二の体を舐めたり締め上げたりなどして小賢しくも襲いかかってきた。
「ぐあっ!くそ、やめろ!!」
「完二~!大丈夫クマか~!?」
「俺はなんとか平気だ!それよかオメーラは早くあのシャドウをやれぇ!!」
「うぬぬ~~~~~・・・分かったクマ!!!」
「待ってて完二、すぐアイツをやってるけるから!いくよ、だ・る・ま・さ・ん・がこ・・・ろんだ!」
「クマ!」
「はっ!」
少し間を空けて振り返る、なんて子供がよくやる手をシャドウもやってくる。
子供ならまだしもシャドウがやっているとなると腹立たしさは倍増だ。
しかし完二を助ける為にもなんとかここは堪えて一歩でも多く進まなくては。
しかし・・・
『ウヒヒヒヒヒ・・・・』
「およっ!リセチャン危ないクマ!」
シャドウが振り返っている中、天井裏から現れた死神のようなシャドウがりせの背後に現れ、鎌を振り下ろそうとしていた。
りせの危機を察知したクマはすぐに飛び出すと腕に力を込めて思いきり死神のシャドウを吹き飛ばす。
しかし、それこそがのシャドウの狙いだった。
『ヒヒッ』
「クマっ!?」
シャドウがクマを人差し指で指すとクマの体を赤黒い不気味な光が取り巻いた。
「う、動けないクマ!金縛りクマ~!」
「クマっ!!」
「恐らくこれはペナルティですね。『鬼』が見ている最中にクマくんは動きました。それに対するペナルティでしょう」
「何よ!他のシャドウを差し向けてズルしてきたのはあっちじゃない!!」
「シャドウに何を言っても無駄です。今この空間はあのシャドウが支配していて、あのシャドウこそがルールです。
それよりも僕たちは一刻も早くあのシャドウの元に辿り着かなければなりません。
巽くんとクマくんがやられてしまう前に」
冷静に分析しながら直斗は前に進むようにりせを促す。
直斗の言う事は頭で理解出来ていてもどうにも気持ちの収まりがつかない。
けれどそれをなんとか押さえつけてりせは走り出す。
棚とシャドウの二重苦に遭っている完二と金縛りで動けないクマを助ける為に。
「クマ!そこで待ってて!私たちが必ずアイツをやっつけてくるから!!」
「分かったクマ!でもリセチャンもナオチャンも気をつけるクマ!あのシャドウ、まだまだ卑怯な事をしてきそうクマ!」
「どうやらそうみたいですね・・・!」
シャドウが前を向いているというのに別の複数のシャドウたちが直斗とりせの前に立ちはだかる。
直斗はすぐにアルカナカードを砕くとペルソナを召喚し唱えた。
「マハンマオン!!」
眩い聖なる光がシャドウたちを包み、光の塵となって消えていく。
しかしそれを最後まで見届ける事なく直斗とりせは前へ走り出した。
「直斗危ない!!」
りせの叫び声と共に優しい光が直斗を包む。
次の瞬間、無数の刀が直斗めがけて飛んでくるが、直斗を包む優しい光によってそれら全ては弾き返され、乾いた音を立てて床に落ちる。
飛んできた方向を見上げれば天井の一部が開いており、そこから飛んできたものと思われる。
何かを踏んだり引っかかるような感触は全くなかったので恐らくはシャドウ自らが罠を発動させたのだろう。
直斗は軽く冷や汗を拭いながらりせに礼を述べる。
「ありがとうございます。久慈川さんが助けてくれなければ危ない所でした」
「ううん、いいの。それより怪我は?」
「大丈夫です。あのシャドウ、前を向いていますがこちらの動きが分かるようです」
「だからこんだけ妨害してくるって訳ね」
「はい。ですがこれだけ妨害して来るという事は距離が縮んでいてシャドウも焦っているのでしょう。
もう少しです。もう少しであのシャドウの元に辿り着けます。僕が他のシャドウを片付けますから久慈川さんは援護をお願いします」
「分かった!」
二人で力強く頷き合い、そしてまた走り出す。
道を阻むシャドウを直斗が片付け、危険を察知してりせが援護する。
それを繰り返していく内に漸く二人はシャドウの近くまでやってこれた。
今はどれだけ走っても教室は長くならず、シャドウとの距離が縮む一方である。
そして後僅かの距離にしかいない目の前のシャドウにすぐにでも飛びかかって完二たちを助けたい所だがシャドウがこちらを向いてしまっている。
歯がゆくもどかしい状況ではあるがそれでも我慢して強く自分を抑える。
絶対に倒すという確かな闘志を込めた瞳でりせがシャドウを睨んでいると―――
「っ!!危ない!!」
突然、直斗が叫んでりせを突き飛ばした。
「きゃぁっ!!な、直斗!?」
起き上がって急いで直斗の方を振り返ると、そこではいくつもの机と椅子が直斗に降りかかろうとしていた。
それはあまりにも一瞬の出来事で、瞬きした瞬間には机と椅子の流星群で直斗の姿は見えなくなっていた。
「直斗ーーーーーーーーーー!!!!!!」
机と椅子の激しい落下音と共にりせの悲痛に満ちた絶叫が音楽室に木霊する。
一瞬にして恐怖と絶望、そして悲しみがりせを飲み込んだ。
だが――ー
「りせ!!!走れりせ!!!」
完二の力強い声がりせを絶望の渦から引き上げる。
振り向いてみれば、先程よりも姿勢が低くなった状態で必死に棚を支えている完二が眼光強くこちらを見つめて叫んでいた。
「直斗は大丈夫だ!絶対に大丈夫だ!!それよりもお前は走れ!直斗の助けを無駄にするんじゃねぇ!!!」
「うん・・・うん・・・!!」
りせにはもう、頷く事しか出来なかった。
ただ頷いて起き上がってシャドウに向かって走り出す。
これが最後。
今、シャドウが背中を向けているこの瞬間が最後。
躊躇わない、立ち止まらない、恐れはしない。
「きゃっ!」
他のシャドウの妨害に遭ってりせは大きく転倒する。
しかし目の前には檻の中から助けを求めるように手を伸ばす少年がいる。
「大丈夫だよ・・・絶対に・・・」
幽霊と言えど子供。
目の前で震え、怯えている子供をりせは励まさずにはいられなかった。
アイドルという職業をこなしてきて、大勢のファンが励まされたというファンレターをくれた。
そこからりせはアイドルという職業を通じていろんな人を励ましていきたと思っていた。
だからそれと同じで、目の前のこの男の子も励ましたい、安心させたい。
たとえシャドウがこちらを振り返り、不気味な赤黒い瞳を光らせていようとも。
そして口元を大きく歪ませ、懐から前端の尖った赤錆びた包丁を取り出してりせの頭に突き刺そうとしていても―――
「助けるから・・・!」
ガシャァン!と男の子の手を掴むのと同時にりせのアルカナカードが砕かれる。
瞬間、コウゼオンが現れて、りせに包丁を振り下ろそうとしていたシャドウの肩を叩いた。
『イ・・・ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』
シャドウは頭を抱えて金切り声を上げる。
そのあまりの悲鳴にりせは思わず耳を塞ぐが、それでもシャドウの悲鳴は大きく、頭に不愉快に響く。
そのままシャドウは頭を抱えてのたうち回ると眩い光に包まれて瞬く間に消滅した。
それと同時に完二を苦しめていたポルターガイストと他シャドウ、クマを拘束していた金縛りが解かれる。
「う、ぉらぁっ!!はぁっ・・はぁっ・・・やったみてーだな」
重力のかからなくなった棚を横に投げ捨てて完二が肩で息をしながらりせに歩み寄る。
そこに金縛りが解けた事によって動けるようになったクマも軽やかに近づく。
「リセチャンお疲れ様クマ!」
「完二!クマ!直斗が・・・!」
「分かってる!今助けるぞ!」
「どうしよう、どうしよう・・・直斗にもしもの事があったら、私・・・!」
「大丈夫クマよ、リセチャン!ナオチャンの気配はまだビンビンしてるクマ!だから絶対に生きてるクマ!!」
完二とクマとりせの三人で直斗の上に積み上がった大量の椅子と机を放り投げてどかす。
これだけの量の椅子と机が一度に降ってきたのだ、ただでは済まない筈。
震える心を叱咤してりせは一生懸命に物をどかす。
ただひたすらに自分を庇って下敷きにされた直斗の無事を祈って―――。
「っ!見つけたぞ!直斗―――の、盾、が」
「ほえ?たて?」
ポカンとする完二にクマは首を傾げて完二の見ている物を覗く。
するとそこには『正義の盾』が埋まっており、窓口からは無傷の直斗の顔が見え隠れしていた。
「これ、『正義の盾』・・・は、早く消える前に直斗を引っ張り出して!!」
「お、おう!」
「りょーかいクマ!」
りせの指示を受けて完二とクマは今までの二倍の速さで机と椅子をどかし、そして最後に『正義の盾』をどかした。
『正義の盾』をどかすとそれはそのまま音もなく消えた。
そしてその下から直斗が慎重に体を起こして無事な姿を見せる。
「ふぅ・・・ありがとうございます、皆さん」
「直斗ー!」
軽く土埃を払う直斗にりせが涙ぐみながら強く抱きつく。
直斗はややよろめきながらもそれを受け止めた。
「ごめんね直斗!ごめんね!私が油断してた所為で・・・!!」
「いいんですよ、こうして大事には至らなかった訳ですし。巽くんとクマくんは大丈夫でしたか?」
「この通りピンピンしてるクマ!」
「ったく、オメーはまた無茶しやがってよぉ!」
「バカンジ!憎まれ口叩いてないで直斗にもっと感謝しなさいよ!!」
「まぁまぁ」
和気藹々と盛り上がっている所に、檻から解放された男の子が音もなく四人に近づいて来た。
それに四人は気付いて振り返り、クマが前に出て優しく語りかける。
「そのロウソク、クマたちに譲って欲しいクマ。くれるクマ?」
『・・・』
男の子は素直に頷くとロウソクをクマに手渡し、どこかへと走り去ってしまった。
「もう捕まっちゃダメクマー!」
「行っちまったな。でもまた襲われたらどーすんだ、アイツ」
「その時はまた僕たちが助けてあげましょう」
「ん、そうだな。オイりせ、先輩たちは今どの辺だ?」
「ちょっと待ってて・・・んーっと、今2階にいるみたいだけど降りてきてるよ」
「じゃあ僕たちも先輩たちと合流しましょう」「うん!」
りせは直斗を起こし、四人揃って悪夢の音楽室を出て行くのであった。
続く
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