長編

「ウケケケケ」

「・・・行ったな」
「ああ」

二年二組の教室には悠・陽介・千枝・雪子の上級生組がシャドウから身を隠していた。
現在は教室のドアの小窓から廊下の様子を伺っている所である。
提灯シャドウは悠達に気付かないままフワフワと空中を浮きながら二年二組の前を過ぎ去って行った。
二人揃ってホッと胸をなでおろし、雪子達の方を振り返る。
外の様子について雪子が尋ねた。

「廊下、どう?」
「問題ない、上手く巻けた感じだ」
「はぁ~良かった~」

一先ずは安心だという事実に千枝は疲れたようにへなへなと座り込む。
ただでさえ幽霊という恐怖の対象に出くわしたのに、加えてシャドウの大群に追われたのだ。
疲れるのも無理はない。

「りせちゃんたちは逃げられたかな?」
「完二くんやクマさんが引っ張ってた声が聞こえてたし、きっと大丈夫よ」
「それよかこれからどうする?りせやクマのようなナビ役がいねーし、探して合流するか?」
「いや、探しに行くのは時間がかかる。それにロウソクを持って行った子供の一人は上の階にいるようだし、先にそっちを回収してからりせたちと合流しよう。あの四人も強いから問題ない筈だ」
「んじゃ、その方向で行くか。天城と里中もそれでいいな?」
「ええ」
「もっちろん!先輩としてかっこいいとこ見せなきゃね!」
「さっきからカッコ悪いとこばっかだもんな」
「うっさい!」
「しっ、静かに」

悠が自分の口元に人差し指を立てて制すると、直後に引き返して来たであろう提灯シャドウが教室の前を横切った。
咄嗟に口元を抑えた千枝たちだったが、提灯シャドウは気付いてないようなので安心した。

「とにかく、俺が先頭を行く。俺が合図したらみんなはついて来てくれ」

三人は頷き、早速悠の後ろに並ぶ。
悠は提灯シャドウが再び過ぎ去ったのを確認してから音を立てないようにそっ・・・とドアを開けると左右を確認した。
呑気に空中浮遊する提灯シャドウ以外の姿はなく、今こそ教室から出るチャンス。
悠は音を立てないように素早く教室から出て階段に移動し、安全を確認する。
これといった異常は見つからないので、陽介たちにこちらに来るようにと手で合図すると陽介たちは頷き、悠と同じように素早く教室から出て来て階段へと移動した。
全員移動したのを確認して悠は今度は慎重に階段を上り始めた。
八十神高校の校舎は古く、あまり強い力で足場を踏むとすぐにギシギシと木の軋む音が響く。
そしてそれは裏の世界でも同じで、木の軋む音は変わらなかった。

「よし、シャドウは・・・っ!?」
「どうした鳴上?なんかあったか?」
「あれを見てみろ」
「ん?・・・マジかよ」

悠の指差す先を見て陽介は戦慄する。
自分たちは確かに二階からこの三階にやってきた筈だ。
しかしそれがどうだ、教室のプレートには『三年一組』ではなく『二年一組』のプレートが掲げられているではないか。
悠と陽介の様子にただならぬものを感じた千枝は恐る恐る二人にどうしたのか聞いた。

「ど、どうしたの?」
「・・・里中、俺たちが出てきた教室は何年生の教室だった?」
「や、やめてよ鳴上くん、それもう完璧フラグじゃん・・・!」
「怪談話ではよくあるわよね。永遠に続く廊下、みたいな」
「やめてよ雪子~!」
「でも私たちが今いるこの世界は現実の世界とは違う世界よ。だからこんな事が起きても不思議はないんじゃない?」
「ああ、そして必ずどこかに仕掛けがある筈だ。それを見つけ出せばこの空間からも脱出出来るかもしれないな」
「そういう訳だ、里中。ホラーっぽいものは全部『この世界だから』って思えばいいんだ」
「うぅ・・・そう思う事にする。で、でも面白がって驚かさないでよ!?やったら靴跡の刑だかんね!!」
「分かってるって」

軽く笑う陽介だがやり兼ねない可能性があるのは普段の行いの所為だろうか。
しかしこういった真面目な場面ではふざけるよなやつでもないのでそこは信用しても大丈夫だろう。
千枝はその辺に関してはとりあえず信じる事とした。
さて、今後の作戦について悠が話を始める。

「このループしているかもしれない空間から抜け出すには原因を突き止めなければいけない訳だが、恐らくしらみ潰しで行く事になる。異論はあるか?」
「りせやクマがいねーもんな、仕方ねーわ」
「それにまさかと思っていた所にあるかもしれないものね」
「でもよぉ、しらみ潰しするにしても教室入れるか?なんかたまたま校舎に入れて教室にも入れたけどよ、この世界のものは現実の世界のものに影響受けてんだろ?鍵かかってたらアウトじゃね?」
「あれ?アンタ知らないの?この学校の教室のドアって殆ど鍵閉まらないんだよ」
「嘘マジで!?でも俺、卒業するまで何回か鍵閉めた事あるぜ!?しかもちゃんと閉まってるか確認したし!」
「あー、それ1回目はちゃんと閉まってんのよ。でも2回目に扉を引くと開くんだよ」
「ここの鍵事情ガバガバすぎんだろ!」
「だが里中、殆ど閉まらないという事は稀に閉まってる扉もあるという事か?」
「確かね。アタシが覚えてるのだと実習棟とか保健室とか職員室だった気がする」
「一番大切な所はちゃんと鍵かかってんだな・・・」
「職員室とかは生徒が入ってきてテストのカンニングしてくるからねー。保健室の方はモロキンが強化させてたみたいだよ。生徒の不純異性交遊を防ぐ為にも~って」
「アイツらしいな」

今は亡きモロキンの武勇伝に陽介は苦笑いする。
それはそれとして、千枝から得た情報を元に悠は少し頭の中で整理を始めた。
この学校の教室は鍵はかかっているようでかかっていない。
かかってるとしても職員室や保健室などの生徒が無断に入って来ては困るような所くらいか。
そうなると階段を背に左手側にある書道室は恐らく鍵が閉まっていないだろう。
無断で入られた所で出来るとしたら精々でイタズラくらいだし、あの教室でそんなことをしようものなら書道部の顧問の先生の怒りの鉄槌が下るだろう。
書道部の顧問の先生は見た目が如何にも書道家という感じで、一見気難しそうに見えるが話してみると意外にも優しい老紳士といった感じである。
しかし一度怒らせると鬼神の如き怒りを露わにする。
あれを見た時は流石の悠も驚いた。

さて、そんな書道室の隣にあるのは生徒会室。
こちらも職員室などと同様、しっかりと鍵が閉められているだろう。
部活ごとの予算やその他行事や学校に関わる活動をしていた所であったし、何より生徒会役員は真面目な人間ばかりだったので尚更鍵はきちんとかけられているだろう。

となれば、最初に突入を試みてみるのは書道室だ。
その後は固まって動いては効率が悪いので二手に分かれて教室と生徒会室やトイレを探索するとしよう。
一通りのシミュレーションを終えた悠が作戦を話そうとした時に千枝が悠よりも先に口を開いた。

「ねぇ、またシャドウがいるよ。しかも色違い」
「本当だ。今の内にサクッとやっちゃう?」
「いや、やめておこう」
「何でだよ?」
「確かに倒せたらそれに越した事はないが迂闊に手は出さない方がいいと思う。
 今まで戦いを経験してきたみんななら分かると思うが、色違いというだけで弱点が違ってくるし、出方も違ってくる。
 幸い、あのシャドウの動きは遅いし、隙を伺って行動するくらいなんて事はない筈だ」
「なるほどなぁ」
「そっかぁ。んじゃ、そっとしときますか」
「これから書道室に入ってそこで一旦落ち着いてから二手に分かれて教室や生徒会室を探ろうと思うんだが、どうだ?」
「ここにいるよりかマシだ、そうしようぜ」

陽介が同意すると千枝と雪子も頷いて悠の作戦に賛同した。








「俺が先に行ってドアを開けてくる」

そう言うと悠は、教室の方へ浮遊していった一つ目シャドウを確認してから音もなく素早く書道室の前へと移動した。
そして一つ目シャドウの方を気にしながらガタガタと2回程ドアを引く。
すると悠の予想通り書道室の扉は二回目の引きで難なく開いた。
すぐに中に入って息を潜めながら一つ目シャドウがまだ後ろを向いているのを確認すると、悠は陽介たちにこっちに来るように指示を出した。
指示を出された陽介達はすぐに書道室の中へと次々に入っていく。
そしてすぐにドアを閉めた。

「ふぅ、ここは大丈夫みたいだな」
「ああ。さて、これから二手に別れるぞ」
「ルートは?」
「教室ルートと生徒会室ルートの二つだ。教室ルートは一つ目シャドウを気にしながら1組から3組まで見てこなきゃならない。
 生徒会室ルートの方はピッキングを成功させて中に入らないといけない。
 出来れば生徒会室ルートは俺がやろうと思ってるんだが、どうだ?」
「オメーがなんでピッキング出来るかは聞かないでおいてやるよ」

陽介は苦笑すると雪子と千枝の方を見て尋ねた。

「という訳だ、鳴上が生徒会室ルートに行って俺は教室ルートを行く。お前ら二人はどうする?」
「私は鳴上くんと一緒に生徒会室ルートに行くわ。誰かが一つ目シャドウを見張っておかないと危ないし」
「んじゃ、アタシは花村と同じ教室ルートね。
 万が一あの一つ目シャドウに見つかった時に戦力は一人でも多くいた方がいいっしょ?」
「へへ、足引っ張るなよ?」
「花村こそ足引っ張らないでよ?」
「よし、決まったみたいだな。各自、一つ目シャドウの動きを確認しながら各ルートへ突入するように。いいな?」

「「「了解」」」

悠の指示の元、陽介と千枝は教室の前方扉に、悠と雪子は後方扉の前に移動して廊下の様子を伺った。
一つ目シャドウは現在書道室の前を浮遊しており、生徒会室の方へと飛んで行く。

「行くぞ、里中」
「うん」

なるべく音を立てないように二人は素早く書道室を出て2年1組の教室に入って行った。
それと同時に一つ目シャドウが後ろを振り返って今度は教室方面へと徘徊する。

「俺たちも行くぞ」
「うん」

雪子は力強く頷いて悠と共に隣の生徒会室の扉の前へと移動した。
悠は懐から細かく曲がった針金を取り出すと躊躇なくそれを扉の鍵穴に差し込んだ。
その間、雪子が悠の側に立って一つ目シャドウの動きを見張る。
1組、2組、3組と順番ずつ教室の前を浮遊していた一つ目シャドウは突き当たりに差し掛かるとこちらの方をゆるりと振り向いた。

「鳴上くん、シャドウがこっちに来るよ」
「待ってくれ、もう少しで・・・開いた」

かチャ、と確かな手応えのある音を響かせて生徒会室の鍵が解錠される。
扉を開けると悠と雪子は飛び込むようにして中に入った。
その後、一つ目シャドウが何事もなく生徒会室の前を浮遊するのであった。

「なんとか間に合ったみたいだな」
「急いで飛び込んでみたけど、ここには何もないみたいね」
「だがループを抜け出せる仕掛けか何かがあるかもしれない。少し探ってみるぞ」
「うん」

悠と雪子は生徒会室の中をぐるりと見回しながら本棚や机の中を手当たり次第探り始めた。
しかし中身はどれも活動報告書や筆記用具などのありきたりなものばかり。
当然と言えば当然だが、これといった手がかりはあまり見つからない。
こなればここはハズレとし、他を当たるしかないだろう。
それを提案しようと雪子が口を開こうとした時、ふと一冊の古い本が視界に入った。
茶色の表紙でページの端々がボロボロの、紐で綴じられた本。

(こんなのあったかしら?)

不思議に思って手に取り、パラパラとページを捲っていく。
すると、ページの真ん中近くで雪子の紙を捲る手が止まった。
雪子が手を止めたページには、教室の真ん中でロウソクを持って佇む赤い着物の女の子が描かれていた。

「鳴上くん、これ!」
「何か見つけたのか?」

呼びかけられて雪子の持っている書物に視線を落とすと、悠も女の子の絵に注目した。

「これは・・・!」
「ロウソクを持って行った子供の一人だよね?」
「ああ、間違いないな。場所も恐らく三年二組の教室だ」
「でも何でこんなものが・・・」

言いながら雪子は次のページを捲る。
すると同じような絵がまた描かれていた。
そこからパラパラマンガのようにどんどん捲っていくと、あまり変わらなかった絵に変化が訪れてきた。
それは少女の背後に何やらシャドウのような不審な影が徐々に現れ始めたのである。

「ねぇ、これ・・・」
「―――続けてくれ」

悠に促されるまま雪子はページを捲り続ける。
少女の背後の影は少女よりも二回りくらい大きくなっていくと、やがて手のようなものを出して少女を包んだ。
絵の中の少女は驚いたような顔をするとそのまま影と共に床の下へと消えていった。
そして、絵はそこで終わった。

「この女の子、もしかしてこのシャドウみたいなのに引きずりこまれたんじゃないかな?」
「確証はないが恐らく、な。下に引きずりこまれたとなるともしかしたらこの階にいる可能性が―――」

ふと、悠は気付く。
でも遅かった。
いや、遅すぎた。
『それ』はあまりにも自然に、まるで空気のように静かに当たり前のように忍び寄っていた。

「天城!!!」
「っ!?」

書物を投げ落とし、雪子は悠に手を伸ばす。
悠も手を伸ばそうとするがそれよりも早く絵に写っていたあのシャドウが雪子を包んで捕らえる。
そして瞬く間に壁に作られていた闇のような入り口に雪子ごと吸い込まれるようにして入って行った。

「鳴上くん!!」
「天城!!」

伸ばした手は、しかし虚しく空を切り、生徒会室に悠一人が残る。

「待ってろ、天城!」

悔やむ暇もなく悠は生徒会室を出て一目散に書道室へと雪子を追いかけた。








一方、教室の探索をしていた陽介と千枝は掃除用ロッカーの前に立っていた。
ロッカーからはカタカタと何かが震えるような音がしており、どことなく恐怖を煽ってくる。

「ほ、ほほほら花村、はは早く開けなよ・・・」
「お、おう・・・」

机の後ろでガタガタと震える千枝に急かされ、陽介は意を決してロッカーに手をかける。
これから予想される事としては恐らくロッカーの中に幽霊がいるというパターンだろう。
あの子供の幽霊だったら多少は・・・いや、出方次第では物凄く驚くかもしれない。
本当だったらからかい半分で千枝に開けさせてみたいところだが、恐怖のあまり失神されてしまったら困るのと、あの震え方を見てるとからかうのがなんだか可哀想に思えてきたのでやめた。

「開けるぞ・・・」

一言予告してからロッカーの扉を握る手に力を込める。
そっと開けたらダメだ、ホラー映画のようなじわじわと来る恐怖を味わう事になりかねない。
かと言って勢いで開けても後から驚かされるパターンがない訳でもないが・・・いや、勢いでいこう。
勢いならまだ誤魔化されるものもある。
陽介は一回だけ深呼吸をすると、勢いに任せてロッカーの扉を開けた。

「おらぁ!!!・・・お、いねーな」

「うぎゃーーーーーーー!!!!??」

「ん?そっちに出たのか?」
「呑気に反応してる場合か!!真後ろにでたんだよ!!!」

千枝は転びそうになりながら駆け足で陽介の後ろに隠れる。
一体何が出たのかと思って千枝が立っていた場所の方に目をやると、着物を着た体が半透明の青白い男の子がそこに佇んでいた。
ロウソクを持って逃げた男の子とはまた別の男の子のようで、ロウソクは持っていないようである。

「こいつはロウソク持ってた子とはまた違うっぽいな」
「あ、アンタなんでそんな冷静でいられんの?幽霊だよ!?生の幽霊なんだよ!?」
「いやー、なんか慣れたみたいだわ。裏の世界だからなーって思うと慣れないか?」
「慣れてたら今こんなに怖がってないっつの・・・」
「なぁ、ところでよ、お前ロウソク持ってった子がどこにいるか分かるか?」

陽介が男の子に尋ねると、男の子はばっと両手で口を塞いで教える事を拒否した。
しかし男の子のクリクリとした瞳は楽しそうに細められていて、それこそ悪戯っ子のそれであった。

「教えねーってか」
「この年頃の子供って普通に教えてくれないよね。遊び感覚全開でさ」
「俺もそうだったなー、そーいえば。里中もそうだろ?」
「アタシはんなことないわよ!」
「嘘つけ。お前のことだから絶対に―――」

言いながら陽介が振り返った瞬間、黒い影のようなものが千枝を包み込もうとするのが目に映った。

「里中!!」

陽介の緊張と焦りが混じった叫び声に只ならぬものを感じた千枝は瞬時に背後を振り返るが、その頃には千枝の体は黒い影に抱きしめられるようにして包まれていた。

「な、何こいつ!?いつの間に―――!!?」

慌てて影を振り払おうとするが千枝の手は影をすり抜けてしまい、振り払う事が叶わない。
そうこうしている内にガタン!と掃除用具入れ用のロッカーのドアが荒々しく開かれ、同時に千枝の体がフワリと宙に浮き始めた。
それらが一体何を示すのか察した二人は咄嗟に手を伸ばし合う。

「里中!!!」
「花村ぁ!!」

指先が僅かに触れそうになるがそれよりも早く影が千枝をロッカーの中へと引きずりこむ。
慌てて追い縋ろうとするも影の方が早く、再び荒々しい音を立ててロッカーのドアが閉められた。

「里中!里中!!」

ロッカーの扉をこじ開けようとする陽介だが、扉はビクともしない。
陽介が扉を開けようとするのとは別に中からガタガタと暴れるような音が響いていたが、やがてその音は聞こえなくなってしまう。
そこでようやっとロッカーの扉が開くが、そこに千枝や影の姿はなく、掃除用具が無機質に立てかけられているだけであった。

「チクショウ!」

荒々しく八つ当たりするようにロッカーの扉を閉める。
攫われる直前の、千枝の瞳に浮かんでいた恐怖の涙が忘れられない。
もっと早く気付いていれば―――。
それよりも千枝はどこへ連れ去られてしまったのか。
頭の中でゴチャゴチャとし始める考えをなんとか落ち着けて解決策を見つけようとしたその時、ふと何かの視線が自分に注がれているのに気が付いた。
視線の方に目を向けると―――先程の着物を着た半透明の男の子が教室のドアを背に立っていて、陽介をじっと見つめていた。

「な、なんだよ・・・?」

陽介が尋ねると男の子は静かに教室の扉を指差した。

「?廊下に何かあんのか?」

正直遊んでる暇はないのだが、とりあえずは男の子の言う通りに教室の窓から廊下を眺めた。
すると男の子は教室の扉をすり抜けて廊下に立つと、今度は廊下の奥―――書道室方面を指差した。
陽介は廊下のシャドウに注意しながら扉から顔を出し、男の子の指差す方向を追う。
すると、その先で悠が慌てた様子で生徒会室から書道室に入っていく姿が陽介の瞳に映った。
普段は冷静でどんな事にも動じない悠があれだけ慌てているという事は何か緊急事態が起きたに違いない。
それに雪子の姿がないのを見ると、もしかしたら雪子も―――。

「クソッ!」

陽介は一つ目シャドウが通り過ぎてからすぐに教室を飛び出した。








「天城!!」

ガラッ!と勢いよく書道室の扉を開けると、異常に広い書道室が悠の目に飛び込んで来た。
恐らくシャドウによる影響だろう。
それはそれとして、シャドウの姿を探して視線を走らせるとシャドウは書道室の奥、教卓の前に佇んでこちらを見ていた。
シャドウの右手には雪子のような人形が、左手には千枝のような人形が握られている。
そしてシャドウの後ろ、教室の部屋の隅にはロウソクを持って縮こまる赤い着物の少女が蹲っていた。

「天城と女の子と・・・里中?」

「鳴上!!」

息を乱しながら陽介が書道室に飛び込んでくる。
一人で来ている事から千枝も雪子と同じように捕まってしまったのだと悠は察した。

「大変だ、里中が―――!」
「分かっている、アレの事だろう?」

悠が促した先に見える千枝の人形のようなもの。
恐らくアレは千枝で間違いないだろう。
勿論、その隣にある雪子の人形も―――。

「まずは天城と里中を救出、それから女の子の安全の確保だ」
「その後は?」
「あのシャドウを倒す」
「了解」

陽介はメガネをかけ直すと苦無を構えた。
魔法は迂闊には使えない、雪子と千枝を巻き込んだら大変だ。
女の子の方は隙を作ってやって逃すとしよう。
目線で悠にそう語りかければ悠は心得たという風に静かに頷いた。
張り詰めた空気の中、シャドウと睨み合いをしているとシャドウの方から攻撃を仕掛けて来た。
シャドウの足元から細く長い影が素早く伸びて来て悠と陽介を捕らえようとする。
が、二人はそれをすぐに避けて、机の上を風の如く走り抜けた。

「ハッ!」
「オラァ!」

シャドウの腕目掛けて二人の刃が振り下ろされるが、刃はシャドウの腕をすり抜けて空を切る。

「「チッ!」」

襲いかかって来た鋭い影の串刺しをバック宙で避けて距離を取り、更なる追撃を机から降りてその影に隠れてやり過ごした。
やはり簡単に行くものではないようである。

「すり抜けやがったな」
「ああ、奴を実体化させない事にはどうしようもないな」
「しかも影が厄介だ」
「影を失くすには光が必要だ」
「でも里中たちが危ない」
「そこで試したい物がある。万が一跳ね返って来ても俺が受けるから大丈夫だ」

そう言って悠が取り出しのは魔反鏡だった。
魔反鏡とは魔法攻撃を一度だけ跳ね返すもので、これを使えば雪子たちは魔法の被害から免れられる可能性がある。
そして悠の言う通り、万が一魔法が跳ね返って来ても炎の魔法を吸収するペルソナを持っている悠には全くの無問題なのでそちらの被害を心配する事はない。
用意の良い相棒に陽介はニヤリと笑うと手を差し出した。

「俺が二人に付けてくる。お前はアイツの注意を引きつけてくれ」
「任せろ」
「よし、行くぜ相棒!」
「おう、相棒!」

陽介の合図に悠は力強く返すと机に腕を付き、そして飛び上がった。

「来い、シャドウ!!」

悠が叫ぶとシャドウは悠の方に目を向け、素早く影を伸ばした。
それを机から机に飛んで行く事で悠は避け、その間に陽介がシャドウの前に躍り出る。

「はいよっ!!」

素早く雪子と千枝の人形に魔反鏡を付けて叫ぶ。

「今だ鳴上!!」

「アギラオ!」

悠がペルソナを発動し、火の魔法・アギラオがシャドウに向かって放たれた。
だがシャドウの体は魔法すらも透過し、アギラオは虚しくもシャドウの体の真下にある書道用の筆に灯った。
しかし筆からボウ・・・と光が広がり、シャドウの実体を浮かび上がらせる。
陽介はその瞬間を見逃さず、すかさず苦無をシャドウの腕に振り下ろした。

「オラァ!!」

手応えはあり、陽介の苦無が確実にシャドウの腕に刺さる。

「アギャアアアアア!!!!」

シャドウは悲鳴をあげると刺された方の腕―――千枝の人形を持っている手を振り払った。
千枝の人形は空中を二回、三回と回転しながら床に落ちそうになった所を走って来た幽霊の男の子がキャッチする。

「もういっちょ!」

今度は雪子の人形が握られている手に苦無を刺す。
するとシャドウは同じように悲鳴を上げて雪子の人形を放り投げた。
千枝の人形と同じように空中を回転しながら床に落ちそうになるが、今度はそれを赤い着物を着た女の子が走ってキャッチした。

「救出成功!!」

反撃の影の串刺しを後ろに跳ぶことによって避け、陽介は悠の隣に並ぶ。
だが―――


ガシャアアアン!


赤い着物の女の子をシャドウが素早く牢に入れて捕らえてしまった。
その牢は特殊な造りのようで、女の子はすり抜けようと檻の柱に手をかけるが手応えがあって抜け出すことが出来ないようであった。
そこで、せめて雪子とロウソクだけでもと言わんばかりに男の子に向かって檻の隙間から雪子の人形とロウソクを投げた。
それを男の子がすかさず受け止めて後ろに下がる。

「陽介」
「鳴上」

「「やるぞ」」

目を鋭く細め、構える。
不気味に笑うシャドウに対して二人は静かに気を落ち着かせ、集中する。
ピリピリと空気が張り詰める中、最初に動いたのはシャドウだった。
二人を包み込むように影を展開して捉えようとするが二人は素早く動いて影から逃れる。
そして悠がすかさず炎の魔法を唱えた。

「アギラオ!」

アルカナカードを砕いて唱えた魔法はシャドウの足元にあった椅子に灯り、燃え上がる。

「ゥウウウウウ!!」

シャドウは煩わしそうに呻き声を上げると檻に手を当てて力を込めた。
すると、女の子から青白い光のようなものが放たれてシャドウの掌へと吸収されていく姿が見られた。
それまで檻の柱に捕まっていた女の子だったが、辛そうにぐったりと檻の中で倒れ込んでしまう。
そんな女の子の事など気にもせず、シャドウは吸収した力で炎を消す。

「野郎、力を吸収してるみたいだな」
「この調子でやってたらあの女の子が危ない、他の作戦を考えないとな。
 一箇所ではなく、沢山の箇所で且つアイツの近くで燃えられる何かが必要だ」
「何か思いつくか?」
「そうだな―――」

悠は瞬時に教室を見回した。
シャドウの力で広くなった教室はその分だけ机や椅子などの備品が増えており、また壁に展示されてる文字が書かれた半紙も増えていた。

(半紙―――)

そこである事を思いついた悠はニヤリと笑い、作戦を陽介に伝えた。

「陽介、マハガルーラで教室中の半紙を飛ばしてくれ」
「は?半紙?」
「そうだ。なるべく沢山の半紙を巻き込んであいつの周りに飛ばしてほしい。出来るか?」
「―――なるほど、そういうことか。だったら任せろ!」

悠のやろうとする事を察した陽介はニヤリと笑ってアルカナカードを出現させる。
そしてカードを砕き、唱えた。

「マハガルーラ!!」

タケハヤスサノオが現れ、暴風の如き風を巻き起こす。
画鋲で壁に縫いとめられていた半紙はピラピラと煽られていたがやがて千切れて画鋲から離れ、風の流れに乗った。
そうして教室中の沢山の半紙が風の渦に飲み込まれ、シャドウの周りを舞った。

「マハラギ!!」

矢継ぎ早に悠が炎の魔法を唱える。
ボッ、ボッと半紙一枚一枚に炎が灯り、光を作る。
これが一枚の半紙だけであれば『風前の灯火』という言葉が合っていただろう。
しかし今は大量の半紙がシャドウの周りを舞って大きな炎を作っていた。
まるで蝶の如く己の周りを飛び回るそれにシャドウも戸惑う。

「ウゥ・・・ウゥウウウウウウ」

「こっちだ!」

悠の声に反応して振り返ると、炎の中を突っ切って刀を振り上げて迫る悠が目の前まで来ていた。
防御をしようとしたシャドウだったが時既に遅く、シャドウはもう斬られた後だった。
少し遅れてから自身が斬られた事に気付き、断末魔の声を上げる。

「キィイイイヤァアアアアアア!!!!」

耳をつんざくような金切り声には流石の悠と陽介も耳を塞ぐ。
シャドウは激烈な痛みから女の子の入った檻を宙に放り投げるとそのまま紫の粒子のようなものを散らしながら消滅した。
それに伴って女の子を閉じ込めていた檻も消滅し、女の子が解放される。
落下から受け止めてやろうと悠が両腕を出して女の子を受け止めようとするが、彼女は幽霊だ。
悠の腕など容易くすり抜けて女の子は静かに着地した。

「す、すまない・・・」

仕方のない事とは言え、受け止めてやれなかった事に悠は謝罪をする。
けれど女の子はお姫様抱っこで受け止めようとしてくれたのが嬉しかったのか、嬉しそうに微笑みながら顔を横に振った。
悠と女の子がそんなやり取りをしていると、背後でボンッ!という小さな爆発音が響いた。
振り返ってみれば、人形になっていた雪子と千枝が目をパチクリとさせながら元に戻っているではないか。
その様子に陽介が嬉しそうにに反応を示す。

「おお!天城、里中、元に戻ったか!!」
「ここ・・・書道室?」
「アタシたちどうなったの?」
「二人共シャドウによって人形にされてたんだ」
「覚えてない・・・よな?」
「何かに引きずり込まれる所までしか覚えてない」
「アタシも・・・」
「お前らが人形になってる間はそこのチビ助や女の子がお前らの事を守っててくれたんだぜ」

陽介の促す方に目を向ければ、男の子と女の子が得意げな表情でそこに立っていた。
千枝の苦手な幽霊であるのが辛い所であるが、助けてもらった事に変わりはない。
二人は礼を述べた。

「守ってくれてありがとう」
「君たちのおかげで助かったよ」

すると二人の幽霊は嬉しそうに微笑み、ついでに何かを話し合ったようで頷き合った。
そうして、女の子が悠たちに赤いロウソクを差し出してくる。

「くれるのか?」

悠が片膝をついて尋ねると女の子は返事をするように頷いた。

「ありがとう。お前たちはこれからどうするんだ?」

ロウソクを受け取り、二人に尋ねると、二人はまた悪戯っ子のような笑みを浮かべて書道室から走っていくようにして出て行ってしまった。

「あ、おい!またシャドウに捕まるかもしれねーぞ!!」
「その時はまた助けてあげればいいじゃん」
「けどよぉ・・・」

陽介が何か言いたそうにしていると、不意に悠の携帯のストラップからサクラが出て来て姿を現した。
しかし、その表情はどこか寂しさを湛えている。

「どうした、サクラ?」
「・・・先程の子たちは昔、まだ表の世界と裏の世界の境界が曖昧だった時に鬼に食べられてしまった憐れな子たちなんです」
「鬼に?」
「はい・・・鬼に食べられた者の魂は鬼が消滅するまでこの裏の世界を彷徨い続けます。
 境界が曖昧だったとは言え、人の子を食べる鬼なんて滅多にいないんですがどうやらここの鬼は人の子を食べていたようですね。
 きっと、あの子たちだけじゃなく、他にも何人か・・・」
「酷い・・・」
「どうやったらあの子達を解放出来んの?」」
「鬼を倒すこと、ただそれだけです」
「だったら話は早いじゃん!さっさと鬼を倒してあの子達を解放してげよう!
 それにサクラちゃんと同じ巫女も助けられるし、一石二鳥じゃん!」
「お、里中にしてはいい事言うじゃねーか」
「『しては』って何よ、『しては』って!!」
「必ず俺たちが鬼を倒す。だからこの中で待っていてくれ」
「はい!」

サクラは寂しい表情から笑顔になるとストラップの中に戻って行った。
それを見届けた悠は携帯をポケットにしまうと次の行動を告げた。

「一応、ループが解けたかどうか確認しよう。それで大丈夫だったら完二たちを探しに行くぞ」

「「「了解!」」」

三人は頼もしく返事をすると悠に続いて慎重に廊下を伺った。
すると廊下には提灯型シャドウの姿はなく、シンと静まり返っていた。

「シャドウはいないみたいだな」
「どっか行ったのかな?」
「さぁな。とにかく好都合だ、早く行こうぜ」
「ああ」

こうして四人は堂々と廊下を出ると三階への階段を上った。
階段を上がった先では三年生の教室プレートが見受けられ、四人が無事にループを脱した事を意味した。
悠が第一声を口にする」

「どうやらループは解けているようだな」
「あのシャドウがループの元凶だったのかな?」
「かもしれないな」
「これで心置きなく完二たちともう一つのロウソクを探せるな!」
「だね!」

こうして四人は完二たちとロウソクの捜索を始めるのであった。









続く
10/11ページ
スキ