長編
りせがサプライズで八十稲羽に来てから翌日のこと。
悠は母校である八十神高校の校舎裏にいた。
今は夏休みなので学校は閉まっており、中には誰もいない。
加えて田舎の古い学校である事も相まってセキュリティが設定されておらず、容易く侵入する事が出来た。
初めて田舎の古い高校に感謝した瞬間である。
「陽介か?俺だ・・・八十神高校舎裏で裏世界の入り口を見つけた。今すぐ招集をかけてくれ」
携帯を持っていない方の悠の手には眩い光を放つ境界の鈴が握られていた。
陽介からの招集により、特捜隊メンバーは瞬く間に校舎裏に集まった。
その中にはりせの姿もある。
「りせ、大丈夫なのか?ライブが控えてるから怪我したらマズイんじゃないか?」
「大丈夫だよ、先輩。私は後方支援だから怪我する事なんてあんまりないし、それに先輩たちが守ってくれるでしょ?」
ウィンクをしてみせるりせに頼もしさを感じる。
やはり、りせは強い。
悠は改めてそれを噛み締めながら頷いた。
「ああ、そうだな」
「クマもリセチャンを守るクマ!どんどん頼るクマ!」
「フフ、頼りにしてるよ、クマ」
「それじゃ、そろそろ行こうぜ」
「ああ」
陽介に促され、悠は光り輝く『境界の鈴』を揺らすと、その幻想的な音色を響かせた。
チリィー・・・ン チリィー・・・ン
チリィー・・・ン チリィー・・・ン
すると、悠たちの目の前の空間が歪み、真っ赤な鳥居と共に黒い渦が姿を現した。
この光景を初めて見るりせは驚きを隠せない。
「これが、裏の世界への入り口・・・!?」
「そうだ。みんな、準備はいいな?」
悠が呼びかけるとメンバーたちは「おう!」と力強く返事をして中に入っていく悠に続いていった。
最後尾にいたクマが最後に入ると入り口は消え、裏の世界への扉が閉じられる。
たまたま学校裏を通った八十神高校の教師が何やら騒がしいと思って見に行っても、そこにはもう誰も何もなかった。
「ここが裏の世界・・・なんだか気味が悪いわね」
初めて裏の世界に足を踏み入れたりせの感想かそれだった。
しかしそれはこの世界に踏み込んだ誰もが最初に思うことだ、無理もない。
さて、ここに来たところで悠はりせとの顔合わせとその他質問を含めてサクラを呼び出す事にした。
「サクラ、出てきてくれ」
『お呼びですか?鳴上様』
悠の呼びかけに応えて携帯に付けているストラップからサクラが現れ出る。
その光景を初めて目の当たりにするりせは驚きを隠せないでいた。
「えっ!?女の子が出てきた!?」
「りせ、この子が日本の四季を司っている春の巫女・サクラだ」
「へー、この子が。宜しくね、サクラちゃん」
「サクラ、こっちが―――」
「あ、りせちー様!!」
悠が説明するよりも早くサクラはりせの名を口にし、駆け寄った。
サクラの瞳はキラキラと輝いており、まるで憧れの人物を目の当たりにした時のような反応だった。
そう、まるでりせの事が大好きで憧れている菜々子のような―――。
「え?何で私の名前知ってるの?」
「それは勿論!鳴上様の持つ依代から人の子を映す箱でりせちー様を・・・あ」
自分の発言の不味さに気付いたサクラは言葉を途切れさせたが時既に遅し。
サクラの言っている事はつまり、悠の持つストラップからテレビを見ていたという事である。
そう、ストラップからテレビを見ていたのだ。
そうなるとテレビだけでなく悠の私生活などがストラップから丸見えという事になる。
悠のプライベートも何もあったものじゃない。
りせを始めとして、特捜隊のメンバーは驚きに目を見開いた。
「見てる・・・見てる、見てるってえぇーっ!?せ、せせせ先輩のプライベート丸見えなの!?」
「いいいいいいいえ!そそそそそそそそそのような事は・・・!」
「羨ましすぎ!!」
「いやいや、そっちかい!」
千枝がりせに鋭くツッコミを入れる。
一方、プライベート丸見えが発覚した悠は―――特に何も反応していなかった。
それについて陽介が恐る恐る尋ねてくる。
「な、なぁ鳴上、大丈夫か?」
「ん?ああ。別に覗かれて困るような事はしてないしな」
「お前寛大すぎんだろ!!菩薩越えてもはや仏だわ!!」
「あ、でも俺と会話した人が話とか聞かれてる訳だからその人が嫌な思いをしてるかもしれないな」
「自分よりも他人の心配するお前には頭が下がるぜ・・・」
「サクラちゃんがヨースケの所にいたら大変だったクマね。ベッドの下の女医さんの本が―――」
「だー!またお前は余計なことを!!」
「・・・花村くん、今度は女医さんがいいんだ」
「うわー、ナースだけじゃ飽き足らずそういうのまで・・・」
「花村先輩ってそういうのが好きなんだ・・・」
「そこまでにしてあげましょう。人の好みはそれぞれですから」
「女子総出で俺を責めるな!男だってそういうの読みたい時あるんだよ!!鳴上だってそうだよな!?」
「仮に買ったとしてもベッドの下なんてベタな所には隠さないな」
「この野郎!!」
「いい加減にしろよオメーら!!女医の何が悪いんだよ!?花村先輩は女医が好きなんだよ!女医の本を買うくらい女医に憧れてんだよ!」
「女医女医連呼してんじゃねーよ完二!恥ずかしいわ!!」
「とりあえず、話が進まないからセカンド審議は後にするとして―――」
「審議せんでええわ!!なんでここはそっとしといてくれねーんだよ!?」
陽介の怒涛のツッコミもそこそこに悠はサクラの方を向き直った。
サクラは気まずそうにおずおずと悠を見上げる。
「あ、あの、鳴上様、私は・・・」
「俺は怒ってないから安心してくれ。でも、この依代から外の世界が見えるのか?」
「はい・・・ですが、意識しなければ見えませんし、音も聞こえません。
鳴上様の呼びかける声が聞こえてくるのについてはまた別の原理なのですが、それ以外の声は私の方から意識しないと聞こえてきません」
「俺が呼びかける以外で意識する事があったのか?」
「はい。あれは鳴上様たちが私を救って下さった日の事だと思います。なんだか・・・凄く怖い気配がして・・・」
その言葉に悠の眉がピクリと動く。
凄く怖い気配、それは悠が初めて出会った平安風の男の事かもしれない。
でなければあの男以外でそれらしい気配を放つ者を悠は知らない。
堂島の新しい部下の品川についてはなんとも言えないが、少なくとも悠としては平安風の男に見当をつけていた。
「・・・それで意識したのか?」
「・・・はい。凄く怖くて・・・隠されてしまうんじゃないかと思って警戒も兼ねて外の世界への意識を高めていました。
そしたら、りせちー様の歌声が聞こえてきて凄く安心した気持ちになったんです。
それでほんのちょっとだけって思って依代の中からキラキラと輝くお姫様のようなりせちー様を拝見していたらいつの間にか・・・
で、ですがご安心を!意識しているのはその時だけですので!
鳴上様の生活を見聞きしようなどとはこれっぽっちも思っていません!」
「ああ、わかっている。それより、サクラはりせのファンなんだな」
「ふぁん・・・と、言いますと?」
「大好き、って事だな」
「大好き・・・はい!大好きです!ああ、私もあんなお姫様になってみたかった・・・」
自分の頬を包み、うっとりと自分のお姫様姿を想像するサクラにりせは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、サクラちゃん。でもね、女の子はみんなお姫様だからサクラちゃんも立派なお姫様だよ」
「本当ですか!?」
「うん、とっても可愛いお姫様だよ」
「あぁ、嬉しい・・・!憧れのりせちー様にそう言って頂けるととても嬉しいです!」
心の底から嬉しそうにサクラは照れたような笑みを浮かべる。
サクラといい、菜々子といい、小さい子にも大人気なりせはやはりトップアイドルとしての素質を持っているのが伺える。
さて、またもズレ始めた話を軌道修正すべく悠は今度こそ本題を持ち出した。
「ところでサクラ、裏の世界の別の場所に来たんだが、仲間の巫女がいるか分かるか?」
悠が尋ねるとサクラは体育館の方を振り向いて静かに答えた。
「・・・います。あの大きな建物から同じ力を感じます。そして、鬼の気配も・・・」
「体育館だな。分かった、ありがとう。必ず助けるからな」
「お願いします」
サクラはぺこりと丁寧にお辞儀すると依り代の中に戻っていった。
依り代のガラス玉の一つがピンク色になったのを確認してから悠は体育館の方をもう一度見た。
「きっとまた、ロウソクを見つけないとダメだろうな」
「ロウソク、ですか?」
「最初の鬼がいた神社の拝殿に入るには特別なロウソクを探してそれで結界の札を燃やさなくちゃいけなかったんだ。
恐らく今回もあるだろうな」
「とりあえず行って確かめてみようぜ」
陽介の提案に頷き、一旦みんなで体育館の入り口に行ってみることにした。
体育館の入り口は悠の予想通り結界が施されており、入れない状態となっている。
しかも結界として使われている札の数は二枚で、赤と青がある。
その札を完二・直斗・りせが珍しそうにしげしげと眺める。
「これが結界の札?ただの紙切れじゃねーか」
「普通に燃やす事は出来ないんですか?」
「試してみたが出来なかった」
「・・・確かにこれ、普通じゃ燃やせなさそうだね。特別な力を感じる」
コウゼオンの力で札の力をサーチするりせ。
札からは特別なエネルギーが発せられており、普通の炎では燃やす事が不可能であるという結果が示された。
そして同時に、この札を燃やす為の特別なロウソクの在り処も見つけ出した。
「この札を燃やす為のロウソクは昇降口の下駄箱の中にあるよ」
「本当か?」
「それも二本」
「お、これは今回は楽勝なんじゃね?」
「でも前回は呪いの人形が持って行っちゃったから今回も持って行っちゃっうかもしれないよ?」
「・・・天城先輩、呪いの人形って何の話ですか」
「直斗くんとりせちゃんは知らない方がいいよ・・・」
前回の呪いの人形の事を思い出して千枝は遠い目をする。
あれは本当に怖かった。
戦闘になればそれどころじゃなくなって何とかなったが、それでも今思い出しても怖い。
自分と同じく怖いものが苦手な直斗やりせが聞いたら間違いなく震え上がる事だろう。
そんな訳で千枝は呪いの人形の事については何も語るまいと決めるのであった。
さて、ロウソクを求めて一行は昇降口へと向かった。
元々学校が古いのもあって裏の世界と八十神高校は恐怖系の意味合いでベストマッチしていた。
なんとも嬉しくないマッチである。
「な、なんで鬼もこんな所を縄張りにしてるのよ。なんの嫌がらせなのよ~・・・」
「だだ、大丈夫ですよ、久慈川さん。幸いこの世界に出るのはお化けみたいなシャドウだけらしいですし」
「あ、お化け」
「ええっ!!?」
「あ、天城先輩!?適当な事言わないで下さい!!」
「適当なんかじゃないよ、だってホラ」
雪子が促した先には、下駄箱の前でロウソクを持つ二人の子供がいた。
しかもその子供たちは体が半透明だった。
幽霊系のシャドウではなく、ほぼ間違いなくそれらは幽霊だった。
この光景にりせと直斗は恐怖的な意味で絶句し、お互いの体を抱き合いながらガタガタと震えだす。
それとは反対に悠や雪子はへっちゃらな顔をしている。
「あれが幽霊か。初めて見たな」
「鳴上くん初めてなんだ?私は何度も見た事あるよ」
「いやいや、んな事言ってる場合かよ・・・」
「ねぇねぇ千枝、幽霊だよ幽霊。千枝はまだ見た事ないよね?」
「・・・」
「天城先輩、ドSなのもそこまでにしてやって下さい。里中先輩が死にかけてるッス」
「ほよー、あれがモノホンの幽霊クマねー。透けてるけど意外にハッキリ見えるクマ」
「クマは驚かないんだな」
「初めて見るから興味津々クマ!」
人の世界で暮らし始めたクマにとって人の世界はまだまだ未知数で、こういった場面に出くわしても驚くよりも興味を持つのである。
さて、各々が反応を示してる中、悠は幽霊達の前に一歩踏み出た。
それに陽介が慌てる。
「お、おい、鳴上!お前一体何するつもりだ!?」
「話をしてロウソクを返してもらう」
「話す!?話すって何だ!?流石のお前でも幽霊と話すのは無理だろ!!つーか呪われでもしたらどーすんだよ!?」
「安心して、鳴上くんが呪われても私は鳴上くんを嫌いになったりしないよ」
「よし」
「よし、じゃねーよ!何をふざけとんのじゃ己らは!!」
「だが陽介、真面目な話、このままでいる訳にもいかないだろう?行動を起こさないといつまでたってもこのままだ」
「そうだけどよ・・・マジで気をつけろよ?」
「ああ。だが、俺にもしものことがあったらみんなを頼んだぜ、相棒」
「へへ、任せろって、相棒!」
コツン、と拳をぶつけ合う二人。
これぞ漢と漢の約束。
堂々とした足取りで幽霊に向き合う悠を陽介は静かに見守る。
勿論、他の面々も見守る。
皆の見守る視線を一身に受けながら悠は幽霊達に話しかけた。
「ちょっといいか」
努めて優しい声で話しかける。
幽霊と言えど相手は子供。
菜々子に接する要領で悠は話を続けた。
「そのロウソクを俺たちにくれないか?どうしてもそれが必要なんだ」
話が通じてるのかそうでないのか、子供たちは顔を見合わせて「どうする?」といった具合に首を傾げる。
しかし、悪戯を思いついたように笑い合うと子供たちは散り散りになって走り出した。
「あ!どっか行ったぞ!!」
「りせ!どこに行ったか確認してくれ!」
「は、はい!ゆうれ・・・子供たちはえーっと・・・一人は三年二組の教室、もう一人は実習棟の音楽室に行ったよ!」
「それぞれ違う場所に行ったか・・・すまない、俺のせいで余計な手間が増えた」
「センセーが気にすることないネ!それに誰が話しかけてもきっと同じような結果になってたと思うクマ」
クマの優しいフォローに悠は少しホッとする。
そして同時に気持ちを切り替えた。
今は失敗を悔いている場合ではない、すぐに子供たちを追いかけなければ。
「俺たちも二手に別れて子供たちを追いかけるぞ。チーム分けは―――」
「ウケケケケケケ!」
「ん?」
不気味な笑い声が背後からして振り返ってみると、悠の頭上より少し上の位置にボロボロの提灯が浮かんでいた。
提灯には大きな一つ目玉と長い舌か着いており、典型的な提灯お化けのシャドウだ。
提灯シャドウはそれはそれは楽しそうに目玉をほそめ、長い舌を揺らすと大きく息を吸い込む。
そして腹(?)の底から耳をつんざく程の大きな悲鳴を建物いっぱいに響かせた。
「キャーーーーーーーー!!!!」
「なななななんだ!!?」
「嫌な予感がするな・・・」
「予感が現在進行形で的中しちゃってる・・・」
震える声で呟くりせに皆が一斉に振り返る。
りせはコウゼオンで何かの反応を見ながら体を震わせていた。
そんなりせを気遣いつつ完二が何事かを尋ねる。
「お、オイりせ、大丈夫か?何が見えてんだよ?」
「た・・・大量のシャドウがこっちに来てる!」
「はぁっ!?」
「りせ、数は?」
「多すぎて数えきれない!それほどの数のシャドウが押し寄せてる!こんな狭い所に詰め寄られたらマズイよ!!」
「くっ、このシャドウは仲間を呼ぶタイプのシャドウみたいですね!」
直斗は拳銃を取り出すと発砲音と共に提灯シャドウを撃ち抜いて撃破した。
しかし、りせは首を横に降る。
「ダメ!そいつを今倒してももう遅い!シャドウたちが来るよ!!」
「来るつっても一体どっから・・・ん?―――おわぁっ!!?」
ふと窓の外を見るとすぐ目の前に大量のシャドウが迫って来ており、陽介は驚きに仰け反る。
そして仰け反った勢いで、後ろの教室のドアにぶつかるが、予想外の反動が返ってきた。
普通ならばトン、と跳ね返る所がドンッ!と強く跳ね返されたのだ。
これに陽介は立て続けに驚き、慌てて後ろを振り返った。
すると、教室のドアについてる小窓からは溢れんばかりのシャドウが顔を覗かせているではないか。
「うおっ!?こっちにもシャドウがいんぞ!!」
「先輩!」
「全員一時撤退!ここで相手をするのは分が悪すぎる!」
「「「「「「了解!!」」」」」」
りせに指示を煽られた悠は直ちに撤退命令を下した。
そして皆が一斉に逃げようした瞬間、廊下の窓と教室のドアが突き破られ、文字通り大量のシャドウが廊下いっぱいになだれこんできた。
「ハッ!」
悠は咄嗟にポケットから煙玉を取り出して床に投げつけた。
すると、ボンッ!という破裂音と共に白い煙が立ち込め、地獄絵図な廊下全体を包んでいく。
これにはシャドウも混乱している。
「みんな、今の内だ!」
「逃げ遅れるなよ!」
「千枝、こっちよ!」
「ま、待って雪子~!」
「りせ、直斗!こっちだ!」
「ま、待ってください!」
「クマが手を引いてあげるクマ!」
「クマ、そこを右に曲がって!」
大混乱の中、一行はなんとかしてシャドウの群れの中から脱出することに成功するのであった。
続く
悠は母校である八十神高校の校舎裏にいた。
今は夏休みなので学校は閉まっており、中には誰もいない。
加えて田舎の古い学校である事も相まってセキュリティが設定されておらず、容易く侵入する事が出来た。
初めて田舎の古い高校に感謝した瞬間である。
「陽介か?俺だ・・・八十神高校舎裏で裏世界の入り口を見つけた。今すぐ招集をかけてくれ」
携帯を持っていない方の悠の手には眩い光を放つ境界の鈴が握られていた。
陽介からの招集により、特捜隊メンバーは瞬く間に校舎裏に集まった。
その中にはりせの姿もある。
「りせ、大丈夫なのか?ライブが控えてるから怪我したらマズイんじゃないか?」
「大丈夫だよ、先輩。私は後方支援だから怪我する事なんてあんまりないし、それに先輩たちが守ってくれるでしょ?」
ウィンクをしてみせるりせに頼もしさを感じる。
やはり、りせは強い。
悠は改めてそれを噛み締めながら頷いた。
「ああ、そうだな」
「クマもリセチャンを守るクマ!どんどん頼るクマ!」
「フフ、頼りにしてるよ、クマ」
「それじゃ、そろそろ行こうぜ」
「ああ」
陽介に促され、悠は光り輝く『境界の鈴』を揺らすと、その幻想的な音色を響かせた。
チリィー・・・ン チリィー・・・ン
チリィー・・・ン チリィー・・・ン
すると、悠たちの目の前の空間が歪み、真っ赤な鳥居と共に黒い渦が姿を現した。
この光景を初めて見るりせは驚きを隠せない。
「これが、裏の世界への入り口・・・!?」
「そうだ。みんな、準備はいいな?」
悠が呼びかけるとメンバーたちは「おう!」と力強く返事をして中に入っていく悠に続いていった。
最後尾にいたクマが最後に入ると入り口は消え、裏の世界への扉が閉じられる。
たまたま学校裏を通った八十神高校の教師が何やら騒がしいと思って見に行っても、そこにはもう誰も何もなかった。
「ここが裏の世界・・・なんだか気味が悪いわね」
初めて裏の世界に足を踏み入れたりせの感想かそれだった。
しかしそれはこの世界に踏み込んだ誰もが最初に思うことだ、無理もない。
さて、ここに来たところで悠はりせとの顔合わせとその他質問を含めてサクラを呼び出す事にした。
「サクラ、出てきてくれ」
『お呼びですか?鳴上様』
悠の呼びかけに応えて携帯に付けているストラップからサクラが現れ出る。
その光景を初めて目の当たりにするりせは驚きを隠せないでいた。
「えっ!?女の子が出てきた!?」
「りせ、この子が日本の四季を司っている春の巫女・サクラだ」
「へー、この子が。宜しくね、サクラちゃん」
「サクラ、こっちが―――」
「あ、りせちー様!!」
悠が説明するよりも早くサクラはりせの名を口にし、駆け寄った。
サクラの瞳はキラキラと輝いており、まるで憧れの人物を目の当たりにした時のような反応だった。
そう、まるでりせの事が大好きで憧れている菜々子のような―――。
「え?何で私の名前知ってるの?」
「それは勿論!鳴上様の持つ依代から人の子を映す箱でりせちー様を・・・あ」
自分の発言の不味さに気付いたサクラは言葉を途切れさせたが時既に遅し。
サクラの言っている事はつまり、悠の持つストラップからテレビを見ていたという事である。
そう、ストラップからテレビを見ていたのだ。
そうなるとテレビだけでなく悠の私生活などがストラップから丸見えという事になる。
悠のプライベートも何もあったものじゃない。
りせを始めとして、特捜隊のメンバーは驚きに目を見開いた。
「見てる・・・見てる、見てるってえぇーっ!?せ、せせせ先輩のプライベート丸見えなの!?」
「いいいいいいいえ!そそそそそそそそそのような事は・・・!」
「羨ましすぎ!!」
「いやいや、そっちかい!」
千枝がりせに鋭くツッコミを入れる。
一方、プライベート丸見えが発覚した悠は―――特に何も反応していなかった。
それについて陽介が恐る恐る尋ねてくる。
「な、なぁ鳴上、大丈夫か?」
「ん?ああ。別に覗かれて困るような事はしてないしな」
「お前寛大すぎんだろ!!菩薩越えてもはや仏だわ!!」
「あ、でも俺と会話した人が話とか聞かれてる訳だからその人が嫌な思いをしてるかもしれないな」
「自分よりも他人の心配するお前には頭が下がるぜ・・・」
「サクラちゃんがヨースケの所にいたら大変だったクマね。ベッドの下の女医さんの本が―――」
「だー!またお前は余計なことを!!」
「・・・花村くん、今度は女医さんがいいんだ」
「うわー、ナースだけじゃ飽き足らずそういうのまで・・・」
「花村先輩ってそういうのが好きなんだ・・・」
「そこまでにしてあげましょう。人の好みはそれぞれですから」
「女子総出で俺を責めるな!男だってそういうの読みたい時あるんだよ!!鳴上だってそうだよな!?」
「仮に買ったとしてもベッドの下なんてベタな所には隠さないな」
「この野郎!!」
「いい加減にしろよオメーら!!女医の何が悪いんだよ!?花村先輩は女医が好きなんだよ!女医の本を買うくらい女医に憧れてんだよ!」
「女医女医連呼してんじゃねーよ完二!恥ずかしいわ!!」
「とりあえず、話が進まないからセカンド審議は後にするとして―――」
「審議せんでええわ!!なんでここはそっとしといてくれねーんだよ!?」
陽介の怒涛のツッコミもそこそこに悠はサクラの方を向き直った。
サクラは気まずそうにおずおずと悠を見上げる。
「あ、あの、鳴上様、私は・・・」
「俺は怒ってないから安心してくれ。でも、この依代から外の世界が見えるのか?」
「はい・・・ですが、意識しなければ見えませんし、音も聞こえません。
鳴上様の呼びかける声が聞こえてくるのについてはまた別の原理なのですが、それ以外の声は私の方から意識しないと聞こえてきません」
「俺が呼びかける以外で意識する事があったのか?」
「はい。あれは鳴上様たちが私を救って下さった日の事だと思います。なんだか・・・凄く怖い気配がして・・・」
その言葉に悠の眉がピクリと動く。
凄く怖い気配、それは悠が初めて出会った平安風の男の事かもしれない。
でなければあの男以外でそれらしい気配を放つ者を悠は知らない。
堂島の新しい部下の品川についてはなんとも言えないが、少なくとも悠としては平安風の男に見当をつけていた。
「・・・それで意識したのか?」
「・・・はい。凄く怖くて・・・隠されてしまうんじゃないかと思って警戒も兼ねて外の世界への意識を高めていました。
そしたら、りせちー様の歌声が聞こえてきて凄く安心した気持ちになったんです。
それでほんのちょっとだけって思って依代の中からキラキラと輝くお姫様のようなりせちー様を拝見していたらいつの間にか・・・
で、ですがご安心を!意識しているのはその時だけですので!
鳴上様の生活を見聞きしようなどとはこれっぽっちも思っていません!」
「ああ、わかっている。それより、サクラはりせのファンなんだな」
「ふぁん・・・と、言いますと?」
「大好き、って事だな」
「大好き・・・はい!大好きです!ああ、私もあんなお姫様になってみたかった・・・」
自分の頬を包み、うっとりと自分のお姫様姿を想像するサクラにりせは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、サクラちゃん。でもね、女の子はみんなお姫様だからサクラちゃんも立派なお姫様だよ」
「本当ですか!?」
「うん、とっても可愛いお姫様だよ」
「あぁ、嬉しい・・・!憧れのりせちー様にそう言って頂けるととても嬉しいです!」
心の底から嬉しそうにサクラは照れたような笑みを浮かべる。
サクラといい、菜々子といい、小さい子にも大人気なりせはやはりトップアイドルとしての素質を持っているのが伺える。
さて、またもズレ始めた話を軌道修正すべく悠は今度こそ本題を持ち出した。
「ところでサクラ、裏の世界の別の場所に来たんだが、仲間の巫女がいるか分かるか?」
悠が尋ねるとサクラは体育館の方を振り向いて静かに答えた。
「・・・います。あの大きな建物から同じ力を感じます。そして、鬼の気配も・・・」
「体育館だな。分かった、ありがとう。必ず助けるからな」
「お願いします」
サクラはぺこりと丁寧にお辞儀すると依り代の中に戻っていった。
依り代のガラス玉の一つがピンク色になったのを確認してから悠は体育館の方をもう一度見た。
「きっとまた、ロウソクを見つけないとダメだろうな」
「ロウソク、ですか?」
「最初の鬼がいた神社の拝殿に入るには特別なロウソクを探してそれで結界の札を燃やさなくちゃいけなかったんだ。
恐らく今回もあるだろうな」
「とりあえず行って確かめてみようぜ」
陽介の提案に頷き、一旦みんなで体育館の入り口に行ってみることにした。
体育館の入り口は悠の予想通り結界が施されており、入れない状態となっている。
しかも結界として使われている札の数は二枚で、赤と青がある。
その札を完二・直斗・りせが珍しそうにしげしげと眺める。
「これが結界の札?ただの紙切れじゃねーか」
「普通に燃やす事は出来ないんですか?」
「試してみたが出来なかった」
「・・・確かにこれ、普通じゃ燃やせなさそうだね。特別な力を感じる」
コウゼオンの力で札の力をサーチするりせ。
札からは特別なエネルギーが発せられており、普通の炎では燃やす事が不可能であるという結果が示された。
そして同時に、この札を燃やす為の特別なロウソクの在り処も見つけ出した。
「この札を燃やす為のロウソクは昇降口の下駄箱の中にあるよ」
「本当か?」
「それも二本」
「お、これは今回は楽勝なんじゃね?」
「でも前回は呪いの人形が持って行っちゃったから今回も持って行っちゃっうかもしれないよ?」
「・・・天城先輩、呪いの人形って何の話ですか」
「直斗くんとりせちゃんは知らない方がいいよ・・・」
前回の呪いの人形の事を思い出して千枝は遠い目をする。
あれは本当に怖かった。
戦闘になればそれどころじゃなくなって何とかなったが、それでも今思い出しても怖い。
自分と同じく怖いものが苦手な直斗やりせが聞いたら間違いなく震え上がる事だろう。
そんな訳で千枝は呪いの人形の事については何も語るまいと決めるのであった。
さて、ロウソクを求めて一行は昇降口へと向かった。
元々学校が古いのもあって裏の世界と八十神高校は恐怖系の意味合いでベストマッチしていた。
なんとも嬉しくないマッチである。
「な、なんで鬼もこんな所を縄張りにしてるのよ。なんの嫌がらせなのよ~・・・」
「だだ、大丈夫ですよ、久慈川さん。幸いこの世界に出るのはお化けみたいなシャドウだけらしいですし」
「あ、お化け」
「ええっ!!?」
「あ、天城先輩!?適当な事言わないで下さい!!」
「適当なんかじゃないよ、だってホラ」
雪子が促した先には、下駄箱の前でロウソクを持つ二人の子供がいた。
しかもその子供たちは体が半透明だった。
幽霊系のシャドウではなく、ほぼ間違いなくそれらは幽霊だった。
この光景にりせと直斗は恐怖的な意味で絶句し、お互いの体を抱き合いながらガタガタと震えだす。
それとは反対に悠や雪子はへっちゃらな顔をしている。
「あれが幽霊か。初めて見たな」
「鳴上くん初めてなんだ?私は何度も見た事あるよ」
「いやいや、んな事言ってる場合かよ・・・」
「ねぇねぇ千枝、幽霊だよ幽霊。千枝はまだ見た事ないよね?」
「・・・」
「天城先輩、ドSなのもそこまでにしてやって下さい。里中先輩が死にかけてるッス」
「ほよー、あれがモノホンの幽霊クマねー。透けてるけど意外にハッキリ見えるクマ」
「クマは驚かないんだな」
「初めて見るから興味津々クマ!」
人の世界で暮らし始めたクマにとって人の世界はまだまだ未知数で、こういった場面に出くわしても驚くよりも興味を持つのである。
さて、各々が反応を示してる中、悠は幽霊達の前に一歩踏み出た。
それに陽介が慌てる。
「お、おい、鳴上!お前一体何するつもりだ!?」
「話をしてロウソクを返してもらう」
「話す!?話すって何だ!?流石のお前でも幽霊と話すのは無理だろ!!つーか呪われでもしたらどーすんだよ!?」
「安心して、鳴上くんが呪われても私は鳴上くんを嫌いになったりしないよ」
「よし」
「よし、じゃねーよ!何をふざけとんのじゃ己らは!!」
「だが陽介、真面目な話、このままでいる訳にもいかないだろう?行動を起こさないといつまでたってもこのままだ」
「そうだけどよ・・・マジで気をつけろよ?」
「ああ。だが、俺にもしものことがあったらみんなを頼んだぜ、相棒」
「へへ、任せろって、相棒!」
コツン、と拳をぶつけ合う二人。
これぞ漢と漢の約束。
堂々とした足取りで幽霊に向き合う悠を陽介は静かに見守る。
勿論、他の面々も見守る。
皆の見守る視線を一身に受けながら悠は幽霊達に話しかけた。
「ちょっといいか」
努めて優しい声で話しかける。
幽霊と言えど相手は子供。
菜々子に接する要領で悠は話を続けた。
「そのロウソクを俺たちにくれないか?どうしてもそれが必要なんだ」
話が通じてるのかそうでないのか、子供たちは顔を見合わせて「どうする?」といった具合に首を傾げる。
しかし、悪戯を思いついたように笑い合うと子供たちは散り散りになって走り出した。
「あ!どっか行ったぞ!!」
「りせ!どこに行ったか確認してくれ!」
「は、はい!ゆうれ・・・子供たちはえーっと・・・一人は三年二組の教室、もう一人は実習棟の音楽室に行ったよ!」
「それぞれ違う場所に行ったか・・・すまない、俺のせいで余計な手間が増えた」
「センセーが気にすることないネ!それに誰が話しかけてもきっと同じような結果になってたと思うクマ」
クマの優しいフォローに悠は少しホッとする。
そして同時に気持ちを切り替えた。
今は失敗を悔いている場合ではない、すぐに子供たちを追いかけなければ。
「俺たちも二手に別れて子供たちを追いかけるぞ。チーム分けは―――」
「ウケケケケケケ!」
「ん?」
不気味な笑い声が背後からして振り返ってみると、悠の頭上より少し上の位置にボロボロの提灯が浮かんでいた。
提灯には大きな一つ目玉と長い舌か着いており、典型的な提灯お化けのシャドウだ。
提灯シャドウはそれはそれは楽しそうに目玉をほそめ、長い舌を揺らすと大きく息を吸い込む。
そして腹(?)の底から耳をつんざく程の大きな悲鳴を建物いっぱいに響かせた。
「キャーーーーーーーー!!!!」
「なななななんだ!!?」
「嫌な予感がするな・・・」
「予感が現在進行形で的中しちゃってる・・・」
震える声で呟くりせに皆が一斉に振り返る。
りせはコウゼオンで何かの反応を見ながら体を震わせていた。
そんなりせを気遣いつつ完二が何事かを尋ねる。
「お、オイりせ、大丈夫か?何が見えてんだよ?」
「た・・・大量のシャドウがこっちに来てる!」
「はぁっ!?」
「りせ、数は?」
「多すぎて数えきれない!それほどの数のシャドウが押し寄せてる!こんな狭い所に詰め寄られたらマズイよ!!」
「くっ、このシャドウは仲間を呼ぶタイプのシャドウみたいですね!」
直斗は拳銃を取り出すと発砲音と共に提灯シャドウを撃ち抜いて撃破した。
しかし、りせは首を横に降る。
「ダメ!そいつを今倒してももう遅い!シャドウたちが来るよ!!」
「来るつっても一体どっから・・・ん?―――おわぁっ!!?」
ふと窓の外を見るとすぐ目の前に大量のシャドウが迫って来ており、陽介は驚きに仰け反る。
そして仰け反った勢いで、後ろの教室のドアにぶつかるが、予想外の反動が返ってきた。
普通ならばトン、と跳ね返る所がドンッ!と強く跳ね返されたのだ。
これに陽介は立て続けに驚き、慌てて後ろを振り返った。
すると、教室のドアについてる小窓からは溢れんばかりのシャドウが顔を覗かせているではないか。
「うおっ!?こっちにもシャドウがいんぞ!!」
「先輩!」
「全員一時撤退!ここで相手をするのは分が悪すぎる!」
「「「「「「了解!!」」」」」」
りせに指示を煽られた悠は直ちに撤退命令を下した。
そして皆が一斉に逃げようした瞬間、廊下の窓と教室のドアが突き破られ、文字通り大量のシャドウが廊下いっぱいになだれこんできた。
「ハッ!」
悠は咄嗟にポケットから煙玉を取り出して床に投げつけた。
すると、ボンッ!という破裂音と共に白い煙が立ち込め、地獄絵図な廊下全体を包んでいく。
これにはシャドウも混乱している。
「みんな、今の内だ!」
「逃げ遅れるなよ!」
「千枝、こっちよ!」
「ま、待って雪子~!」
「りせ、直斗!こっちだ!」
「ま、待ってください!」
「クマが手を引いてあげるクマ!」
「クマ、そこを右に曲がって!」
大混乱の中、一行はなんとかしてシャドウの群れの中から脱出することに成功するのであった。
続く