長編

7月、それはじめじめとした梅雨が明け、カラリと暑い夏が始まる月。
風は生暖かくなり、直射日光が厳しくなる季節だが、それはまともに季節が巡っていたらの話である。
お察しの通り季節はまともに巡ってはいないのだ。
今の季節は春そのもので、穏やかな日差しと肌に気持ちいい風が吹いている。
半袖はまだ早いだろうか?なんて考えてしまうほどだ。

「今度は春だね」
「ああ」

辰姫神社の木造の階段に腰掛けながら雪子と悠は話をしていた。
今日は大学の講義がなく、ある意味で休みなのである。
そんな訳でこうして二人でのんびりデートをしているのだ。
平日で子供達もおらず、境内は静かだった。

「鈴はまだ光らないの?」
「ああ、毎日確認はしてるが光る気配は未だにしない」
「そっか。早く光って鬼を見つけて退治して夏を取り戻したいね。でないと夏の行事が盛り上がらないよ」
「だな。花火に海にスイカ割りに夏祭り。どれも暑くないと盛り上がらないな」

お互いに微笑みあって夏の行事に想いを馳せる。
大学生になって初めての夏、満喫しなければ損というものだ。
その為にも一刻も早く季節には元に戻ってもらわなければならない。

「完二くんたち、流石に今年は一緒に遊べないよね?」
「無理だろうな。大切な時期だし」
「うーん、でもあんまり詰めすぎるのもよくないと思う」
「ああ、適度な息抜きも大切だ」

二人一緒にうーんと唸って頭を捻る。
完二たちの受験勉強の妨げにならず、且つ息抜きにもなる夏の計画。
欲を言えば勉強のプラスにもなる遊び。
けれどそんな都合のいい案が思いつくわけ―――。

「あ」
「どうしたの?」
「完二たちの勉強のプラスになって息抜きにもなるプランを思いついた」
「何々?どんなプラン?」
「合宿だ」
「合宿?」
「ああ、午前中は俺たちが勉強を教えて午後は思い切り遊ぶんだ。それで夜になったらまた少しだけ勉強して遊んで寝る。どうだ?」
「それいいかも!流石悠くん!」

悠の提案に雪子は笑顔で賛同する。
ならば早速連絡を取ろうかと携帯に手を伸ばした時、携帯がメールを受信して震えた。
それも悠だけでなく雪子の携帯も、だ。

「?直斗からメールだ」
「私にも来てる。一斉送信みたいだね」

直斗が一斉送信するだなんて珍しいと思いつつメールを開く。
メールには以下のような文章が記載されていた。

『皆さんに大切なお話しがあります。至急、特別捜査隊本部に来てください』

「大切な話?」
「なんだろうね?裏の世界についてかな?」
「分からないがとりあえず行ってみるか」
「うん」

二人揃って立ち上がり、ジュネスへ向かおうとしたところ、桐の箱を持った老人が境内に入ってきた。
そして二人の存在を認めるなり声をかけて呼び止めた。

「おお、ユキちゃんに堂島さんとこのボウズじゃないか。なんだなんだ?デートかい?」
「はい」
「な、鳴上くん!ハッキリ言い過ぎよ・・・!」

雪子は未だに気恥ずかしいらしく、顔を赤くして慌てる。
そんなところが可愛らしくてワザとやっていたりするのだが口にはしない。
それはそれとして、悠は老人が持っている桐の箱が気になり、それについて尋ねてみた。

「おじいさん、その箱は?」
「ん?これか?これは今日からこの神社で売り出すお守りじゃよ」

老人は人の良さそうな笑みを浮かべながら箱の蓋を開け、中身を悠と雪子に見せた。
中には桜・松・竹・梅の四種類のお守りが入っており、柄も布も上品で如何にもご利益がありそうだった。

「お守り自身は別の寺でお祈りをしてもらって、外見のこの袋はそこの巽屋さんに作って貰ったものじゃ」
「へー、完二くんのお店が作った物なんだ」
「お二人さんどうじゃ?記念に買ってみないかね?一つ200円じゃよ」
「じゃあ、一つ」

悠は財布から200円取り出すと老人に渡し、桜柄のお守りを一つ手に取った。

「これ、天城にあげる」
「えっ!?いいの?」
「ああ。天城が俺にお守りをくれた時のように、俺がいない時はこのお守りが天城を守ってくれる筈だ」
「鳴上くん・・・!」
「ふぇっふぇっふぇっ、お熱いの~」
「っ!な、直斗くんに呼ばれてるし早く行こう、鳴上くん!」

お守りを受け取り、顔を真っ赤にして足早に神社を出て行こうとする雪子に苦笑しながら悠は老人に会釈してから後をついて行く。
そうして鳥居を潜って完二の家の方向に背を向けたその時―――

「っ!」

また、鋭い視線を感じた。
特捜隊のみんなで集まった日の後の夕方、家に入る時に感じたのと同じ視線。
ハッとなって臨戦態勢になりながら素早く後ろを振り返る。

「・・・」

だが、そこに人はいなかった。

「悠くん?どうしたの?」
「・・・いや、何でもない。行こう」

悠は首を横に振って雪子の手を引いて歩き始めた。
急に手を握られた事にドキリとして雪子の手が強張るが、周りに警戒をしている所為もあってそれどころではない。
先程の視線がこの間の平安風の男のものだとしたら狙いはなんなのか。
自分自身に災いが降りかかるだけならまだしも、恋人の雪子や仲間の陽介たちに降りかかるのはなんとしてでも阻止せねばならない。
早急に対策を練って速やかに事態を収めようと心に誓う悠。

そして、そんな悠の背中を電柱の上からあの平安風の男が静かに見つめるのであった。








鮫川の土手では陽介が千枝の修行に付き合っていた。

「いくよー花村!アチョー!!」

千枝の流れるような足捌きが繰り出されるが陽介はそれを難なく右へ左へと避けていく。
そして避けながら陽介は呆れたように言い放つ。

「里中、修行するのは結構な事だがもっと他にやる修行があんだろ」
「え?何?」
「お化け」
「ホアチャー!!」

千枝の渾身の飛び蹴りが陽介の腹に炸裂した。

「うごぉっ!?て、てめ・・・何しやがる・・・!」
「お、おおおお化けの修行とか何言ってんの!?ひ、必要ないし、そんなの・・・」
「妖怪や呪いの人形にビビってたの誰だよ」
「あ、あれは武者震いってやつだよ!!だだ大体シャドウで敵なんだからお化けだなんて認識してないし!」
「声がどもってんぞ。これを機会に耐性つけたらどうだ?」
「た、耐性つけるってどーやってすんのよ・・・?」
「そりゃ勿論、ホラー映画に決まってんだろ!」
「ほほほホラー映画・・・!」
「いやー、最近ジュネスに映画館出来ただろ?沢山客を集められたらバイト代に色つくんだよ!
 それで今バイト仲間たちで頑張って客集めしてんだけどさー、里中さんには是非とも協力していただきたく―――」
「アチャー!!」
「うがぁっ!!?」

千枝の渾身の蹴りが陽介の鳩尾に叩き込まれる。
今度のは相当キツく入ったらしく、陽介は地面に膝をついた。

「ぬぁーにがホラー耐性の為の修行だ!結局はアンタのバイト代の為のボランティアでしょーが!!」
「た、頼む里中・・・協力してくれ・・・!俺だけまだ誰も誘えてないんだ・・・!」
「知るかっ!!大体アタシじゃなくてホラー耐性ついてる鳴上くんや雪子誘えばいいじゃん!!」
「それがあの二人、沖奈にデート行った時についでに見てきたらしいんだわ・・・」
「じゃあ完二くんたちは?」
「完二も直斗も受験だから誘える訳ねーだろ。直斗なんか特にお前と同じでホラーもの無理で断ってくるだろうし」
「アタシだって今全力で断ってるじゃん!!」
「いや、そこはなんとかなると思ってた」
「思うなぁ!!」

プリプリと怒りを顕にする千枝に、しかし陽介はめげなかった。
何故なら彼には切り札があったから。
千枝を頷かせられるであろう最大の必殺技があったからだ。

「もういい!アタシ帰る!!」
「待て里中!」
「うっさい!!」
「スペシャル鉄板コース!」

ピクッ、と千枝の耳が反応して勢い良く振り返る。
よろめきながら立ち上がった陽介は―――笑っていた。

「ジュネスフードコート名物・スペシャル鉄板コース・・・食いたくないか?」
「スペシャル・・・鉄板、コース・・・」

じゅるり、と涎が鳴って千枝の頭の中にスペシャル鉄板コースが思い浮かぶ。
熱々の鉄板の上をガーリック醤油のタレが踊り、何枚も乗った分厚い肉の上に更に乗せられているからあげ、ポテト。
大型スーパーの安っぽいフードコートの料理とは思えぬ柔らかい肉、溢れ出る旨味たっぷりの肉汁、タレ。
添えのからあげも肉厚で皮の味も申し分なく、ポテトは塩がよく効いていて病みつきになる。
しかし最大のネックは値段で、それ相応に高い。
高いから千枝は手を出せずにいたのだが、それを陽介が奢ってくれるというのだ。

「それだけじゃねぇ、惣菜大学の惣菜フルコースもオマケで付けるぜ?」

惣菜大学の惣菜フルコース、それは惣菜大学で売っている惣菜を全て一つずつ+ビフテキ串三本オマケでついてくる、最近出来た黄金のメニューだ。
一つずつとはいえ、惣菜大学の全メニューを食せるという地元ファン大歓喜なフルコース。
しかしこちらも値段相応に高い。
それに一人で食べるには少々恥じらいというものがある。
雪子は油物や油の匂いなどがあまり好きな方ではないので中々誘えないでいたが、陽介が一緒となれば話は別だ。
堂々と食べれるし、しかも奢ってくれるという嬉しいオマケ付きだ。
でも、念には念を。

「ど、どーせ割り勘とか言ってくるんでしょ?」
「いーや、全額俺が支払う」
「マジで!?」
「男に二言はない!!」
「でもアンタ、そこまでしたら割に合わないんじゃない?いくらバイト代に色つくからってさぁ」
「里中、確かにこの条件は俺にとっちゃ割に合わない事だらけだ。むしろ―――赤字だ。
 でもな、それでも金よりも大切なのがあるんだよ。それはやる気と信頼だ。
 一生懸命客を呼び込もうっていうやる気が信頼に繋がり、周りに認めてもらう事になる。
 逆にここですぐに諦めて踏ん張らないでいたら信頼を失くし、みんな俺の事をその程度の人間って思っちまうんだ。
 俺はいつだってかっこ悪くてダッセー男だけどよ・・・そこまでかっこ悪くなりたくねーんだ」
「花村・・・」
「だから里中・・・映画、観に来てくれねーか?」
「・・・うん、分かったよ。そこまで言われちゃ断れないよ」
「へへ、悪ぃな」
「その代わりアンタも一緒に映画観てよね!アタシ一人じゃ絶対嫌だから!」
「判ってるって!」

先程の真面目な表情とは打って変わっていつものお調子者のような笑顔を見せる陽介に少しドキリとする。
こういうのをギャップというのだろうか。

(ギャップとか・・・花村のくせに生意気だよ・・・)

そんな風に思う千枝のほのかな想いを、しかし陽介は別の意味であっさりと打ち砕いてしまった。

「いやーこんだけの物を奢るついでに許して欲しい事があんだけどさー」
「は?何?」
「実はこの間借りた『青龍伝説~赤き龍の秘伝~』のDVD壊しちってさ~。新しいの買うまでちょっと待っててくんねーか?」

ブチッ!と何かがキレる音がした瞬間、陽介の顔面に千枝の靴が跳んできていた。
そして避ける暇もなく陽介はその顔面に綺麗な靴跡を残す事となった。

「こーーーーんのばかちんがーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
「ぐぉおおおぁああっ!!」

陽介はそれはそれは美しく宙を舞い、背後の木に強く激突した。
ドシン!!という音と共に木が揺れて止まっていた鳥たちが驚いて飛び去っていく。

「一度ならず二度までも壊すって何なのアンタ!?壊し屋!?クラッシャー!!?」
「マジで悪かったって!!ホントすんませんでした!!!」
「アレ限定版だったんだよ!!?どんな風に壊した!!?」
「・・・割った」
「はぁああああああああああ!!!??」
「いやでも!ちゃんとネットオークションとかで落として返すからマジで許してくださいお願いします!!」
「ぜっっっっったいにだからね!!ついでに贖罪として通常版も要求する!!」
「ははーっ!里中様のお怒りが鎮まるのであれば1枚でも2枚でも購入いたしまする!!」
「その言葉忘れないでよ!!!」

この後、二人のやり取りは直斗から送られてきたメールが届くまで続くのであった。








巽屋こと完二の家の居間では完二とクマが勉強をしていた。
完二は過去問を解いており、クマは小学生向けの算数ドリルを黙々と解いていた。
二人がこうして一緒に勉強をするようになったのは完二たちが三年生に上がった頃の事である。
陽介の家に居候し、バイトをする事になったクマだが如何せん計算が出来ずに迷惑をかける事が多かった。
拾ってくれた陽介の恩に報いる為にもせめて簡単な四則演算だけでも出来るようになろうと最初は菜々子に計算などを教わっていた。
しかし菜々子がいつも教えてくれる訳でもないし、陽介も大学などがあるからそう頻繁に教えて貰える事も出来ない。
そこで完二が受験勉強で勉強漬けになる事を聞いて一緒に勉強させてもらう事にしたのだ。
お願いされた完二の方も、受験勉強は孤独になりがちというのを悠たちから教えられてたので孤独にならない為にも快くクマを迎え、現在に至る。

「この時代の文化が・・・」
「・・・9×8は・・・」

ピピピッピピピッピピピッ

集中して問題を解いていた二人の空気を時計のアラームが遮る。
完二がそれを止めると途端に空気は緩み、二人はシャーペンをテーブルの上に置いた。

「はぁ~休憩クマ~」
「んじゃ、答え合わせすっか」
「クマ、今回のは自信あるクマよ~!」
「奇遇じゃねーか、俺も今回のは自信があるんだよ」

お互いにニヤリと不敵に笑ってノートを交換し、解答の冊子を開いて赤のボールペンで丸付けをしていく。
サラッサラッと丸が付けられる中、時折キュッキュッとバツが付けられる。
そしてカチッとボールペンのノックが押されると二人はお互いのノートを返して確認した。

「あ~っ!やっぱりBだったか!!」
「でも完二凄いクマよ、前より正答率が上がってるクマ!それに比べてクマはまた同じ間違いをしたクマ・・・」
「九九の段は誰しもが通る難問だからな。でもおめぇ、七の段全部正解出来たじゃねーか。十分成長したと思うぜ?」
「えへへ、そうクマ?なら、次も頑張るクマ!」
「そのいきだぜ、クマ!」

ピピピッピピピッピピピッ

再びアラームが鳴り、休憩時間の終了を報せる。
すると完二は畳の上に膝を曲げて寝転がり、足の甲の上にクマが乗り始めた。
そしてリスニングのCDがセットされている音楽プレーヤーのスイッチを押すと完二は腹筋をしながらリスニングを開始した。
プレーヤーから流れる滑らかな英文を完二は懸命に聞き取りながら答えを探る。

「B!」
「クマ!」

提示された問題に対する解答の選択肢を叫ぶと、クマがメモに取ってそれを書き込む。
その後もリスニングが終わるまで二人のこの作業は続いた。

二人はいつもこうやって体を鍛える片手間に出来る勉強をしていた。
体を鍛える理由は、いつか訪れるかもしれない戦いに備えての事だった。
来たら来たで少なくとも足手まといになる事はないし、来なかったらそれはそれでいい。ちょっとした気分転換になっただけだ。
けれど悠たちから聞かされた新たな戦いによって、どうやら鍛えた体を役立てる時が来たようである。
自分たちはいつまでも悠たちの後輩で、いつもその背中を追いかける立場にある。

「よしクマ、交代だ」
「了解クマ!1×1=1!1×2=2!」

クマは完二たちよりも前から悠たちと戦いに身を投じてきたとはいえ、ペルソナが覚醒したのは割と後の方だったからスタートラインはある意味完二たちと同じだ。
みんなの足手まといにならないように、そして少しでもみんなを守れるようにクマも体を鍛えて頑張る。
先の戦いでは鬼によって身動きを取れないようにされて活躍があまり出来なかったが、次からはそんな事がないようにする。
クマもみんなの隣を歩きたいのだ。

「9×9は~・・・」
「9×9は何だ?」
「~~~~81クマ!」
「よっしゃ正解だクマ公!!」

クマ~!と大きく息を吐いてクマは気持ちよく脱力した。
そんなクマに続いて完二も盛大に横になり、思いっきり力を抜いた。
そしてぼんやりと天井を見上げながらクマに尋ねる。

「なぁクマ」
「何クマ?」
「鬼ってのはどんだけ強ぇんだ?」
「すっごく強いクマ。センセーやヨースケたちが苦戦したくらいクマ」
「マジかー。先輩たちが苦戦した奴を俺たちなんかが相手に出来んのかぁ?」
「弱気になってるようじゃまだまだクマ!むしろクマたちだけでやっつける気概でいなきゃ完二はいつまでたっても完二のままクマ!」
「けっ、クマの癖に言いやがって。けどそうだな、ぼやいてる暇があったら少しだけでも鍛えろってんだ!」
「その意気クマ!」
「よっしゃクマ、次は腕立て伏せやるぞ!」
「ラジャークマ!」

クマはラジカセのボタンを押すと再びリスニングCDを流し、完二の隣で一緒に腕立て伏せを開始した。
その後、直斗からのメールが届いたのは二人が腕立て伏せ50回に突入した時であった。








特別捜査隊本部。
ジュネスの賑やかな音楽が流れる中、悠たちは直斗からの招集の元、いつものテーブルに集まって座っていた。

「直斗くん、今すぐ集まってって言ってたけどどうしたんだろうね?」
「裏世界について何か手がかりが掴めたのかな?」

「お待たせ致しました」

雪子と千枝が言葉を交わしていると、丁度良いタイミングで直斗が一同の前に現れた。
現れた直斗に陽介が尋ねる。

「直斗、すぐに集まってくれってどうしたんだ?何かあったか?」
「今日は皆さんを驚かせようと思って集まっていただいたんです」
「驚かす?」
「はい―――どうぞ、来てください」

直斗が近くの植え込みに視線を向けて呼びかけると―――

「みんな久しぶりー!!」

「「「「「「りせ(ちゃん)!!!?」」」」」」

なんと、都会でアイドル活動をしている筈のりせが姿を現した。
思ってもみなかった人物の登場に悠たちは驚いて声を上げる。
皆の驚き様にりせは嬉しそうに笑って直斗とハイタッチをする。

「やったね直斗!作戦成功!」
「ええ、成功ですね」
「な、なんでりせがここにいんだ!?沖奈のライブはまだ先じゃ―――」
「お休み取って少し早く来たんだ。ライブで折角来たのに会えないなんて寂しいし」
「さっき作戦成功って言ってたが、直斗はりせがひと足早く来るのを知ってたのか?」
「はい、普段から色々と連絡を取り合ってので。それで今回は先輩たちを驚かそうって事になったんです」
「そうだったのか」
「これは一本取られたクマ」

みんなと楽しく言葉を交わす中、しかしりせは申し訳なさそうに眉を下げて言った。

「直斗から話は聞いてるよ。鬼っていうのが出て季節を荒らしてるんだってね。
 ごめんね先輩、私も手伝いたいけど上手くスケジュールが合うか判んなくて・・・」
「気にするな、りせ。俺たちはちゃんと事情を判ってる。
 それに季節が狂って困ってる沢山の人たちに勇気を与えて元気づけられるのはりせにしか出来ない。
 だからりせはそっちに集中すればいい。こっちの事は俺達がすぐに片付ける」
「先輩・・・!」
「オメーの分まで俺たちが頑張るから心配すんな」
「えー?少なくとも完二は私の助けがないとギリギリなんじゃない?」
「あぁん!?もっぺん言ってみろゴラァ!!」
「ホラホラ、喧嘩すんなって。それよかりせもいる事だし、みんなでパーッとやろうぜ!」
「いいねそれ!花村の奢りね!」
「俺を破産させる気か!!」

りせの登場で一際賑わう特捜隊。
とりあえずはお菓子やジュースを持ち寄ってお喋りをしようという事になった。
そこでりせと直斗はかき氷を買う為にフードコートで店の前に並んでいた。

「えっと、イチゴが四つとメロンが三つとレモンが一つでいいんだよね?」
「そうです」
「時期的にはかき氷食べても全然おかしくないけど、季節が春の所為でいまいち盛り上がりに欠けちゃうよね」
「本当ですね。花火やプールが始まっても夏って感じがしません。
 夏の暑さは好きではないのですが、でも大切な要素なんだと改めて感じます」
「鬼も出て来るならさっさと出てきなさいよ。そしたら私のコウゼオンでぱぱっと弱点見つけて倒すのに・・・」

段々声が小さくなっていき、りせは俯いていく。
りせの言葉からも察せるようにりせも戦闘に参加して悠たちの手助けをしたいのだ。
しかしアイドルという仕事をしている以上はそれもままならない。
悠や仲間たちに気にしなくていいと言われたとはいえ、現状に歯がゆく思っている事に変わりはない。
けれどそんなりせを直斗は穏やかに微笑みながら諭すように言った。

「気持ちは判ります。けれど、決して自分を責めてはいけませんよ。
 鳴上先輩も言っていたように、久慈川さんは久慈川さんの出来る事に集中して下さい。
 僕たちは陰ながら騒動を収める事は出来ても不安でざわつく人々を諌める事は出来ません。
 ですがアイドルである久慈川さんには人々の不安を諌め、笑顔を与える事が出来ます。
 いつかのイザナミがまた復活しない為にも久慈川さんの出来る事はとても重要ですよ」
「・・・本当に?」
「ええ。ですから気を落とさず元気を出して下さい。貴女がそんな顔をしていては先輩たちも悲しい顔をしてしまいますよ」

チラリと目を合わせれば、直斗は優しく微笑んだ。
こんな風にいつも優しく諭して励ましてくれる直斗にりせは救われていた。
自分の悩みを理解してくれた上で的確なアドバイスをし、元気づけてくれる。
そんな直斗がいつしかりせの中ではかげがえのない『仲間』であり、かけがえのない『友達』になっていた。

しかしそれは直斗も同じで、直斗にとってりせは大切な『仲間』であり大切な『友達』になっていた。
りせを励ましている直斗だが実は直斗の方もりせに悩みを打ち明けてよく励ましてもらっている。
流石アイドルと言うべきか、それとも元々りせが持っているものなのか、彼女に『大丈夫』『元気出して』と言われるだけで不思議と元気になってくるのだ。
そして、必ずと言っていいほど励まして貰った後は事態が良い方向に行く。
りせの言葉はまるで魔法で、その魔法を発揮するべく、りせはなるべくしてアイドルになったのでないだろうかと思う。

「かき氷のイチゴが四つ、メロンが三つ、レモンが一つのお客様」

「あ、はーい!」

「お待たせ致しました。こちらになります」

「溶けない内に早く持って行こう」
「はい」

かき氷の乗ったトレイを持って、りせと直斗は仲良く並んで席に戻っていくのであった。











続く
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