長編

翌日の放課後に当たる時間に悠たちはジュネスの屋上―――特別捜査隊本部に完二と直斗を呼んで事の説明をした。
天気がおかしくなった理由、天女や巫女の事、そして裏の世界や鬼についてなど、悠たちが体験した事も含めて全て話した。

「なるほど、つまり四季を支える巫女がいなくなった所為で現実の世界の四季をが狂い、五月なのに雪が降ったんですね。
 そしてその巫女たちを救出する為には裏の世界と呼ばれる世界へ行き、巫女を攫った鬼を退治しなければならない。そういう事ですね?」

悠たちの説明を直斗が簡単に分かりやすくまとめ、確認する。
それに対して悠が肯定し、頷く。

「ああ、そうだ。その為にもまた戦いをしなければならない。力を貸してくれるか?」
「水くせぇじゃねーかよ先輩!んなもん、言われなくても貸すに決まってるじゃないッスか!」
「巽くんの言う通りです。僕たちは仲間なんだから、力を貸すのは当たり前です」
「ありがとう、完二、直斗」
「なぁ、りせへの連絡はどうする?只事じゃねーのは多分知ってるだろうけど、教えたら無理するんじゃねーか?」

りせはアイドルの仕事で今は都会にいる。
彼女のナビ能力は非常に優秀で、また戦闘を行う悠たちを元気に励ましてくれるので是非とも参加してほしいのだが、彼女の都合上、それは無理に近い。
スケジュールを詰めてやってくるにしても、裏の世界への入り口が開く時期と重なるかは難しい所である。
だが、そこに関しては直斗が小さく手を挙げて名乗り出る。

「それでも彼女にも知る権利があります。僕の方で説明して、でも無理をしないようにと伝えておきます」
「ああ、頼む」
「ところで、その裏の世界には今行けますか?やはり僕たちも確認をしておいた方がいいと思うので」
「じゃあ、今から行くとするか」

こうして特捜隊は裏の世界に行く事となった。










そうしてやって来た裏の世界。
直斗と完二は興味深そうに辺りを見回していた。

「これが、裏の世界・・・」
「なんか辛気臭せぇとこだな」
「ここで出るシャドウ、妖怪みたいだよ」
「えぇっ!!?」

平然と言いのける雪子に直斗は心底飛び上がる。
いつもの冷静さはどこへやら、らしくもなく怯えて狼狽える。

「じょ、冗談はよしてくださいよ・・・テレビの世界と同じ姿じゃ―――」
「それが違うんだな、ベイベー・・・クマ」
「く、クマくんまで!ち、違いますよね里中先輩!?そんな事ないですよね!!?」
「・・・アタシがツッコミを入れない辺り、察して」
「そんなぁ・・・」
「情けねー声出してんじゃねーよ。テレビの世界のシャドウも妖怪みたいなもんだったろ」
「全然違いますよ!あれは化け物の類であって妖怪などとは違います!!」

「妖怪と化け物の差が分かんねーんだけど」
「きっと何かが違うんだろうな」

陽介と悠は小さく首を傾げるだけだった。

「そ、それより鳴上先輩!先輩たちが救出した巫女の女の子と今会えますか!?」

話題転換に直斗が巫女について尋ねてくる。
それに対して悠はポケットから携帯を取り出すが、少し困ったような顔をする。

「普段はこのストラップの中にいるんだが、どうやって呼び出すか・・・」
「普通に呼びかけたら出てこないかね?」
「やってみる」

千枝の提案を受け、悠はストラップの中に宿るサクラに呼びかけた。

「サクラ、出て来てくれないか?」


『お呼びでしょうか?鳴上様』


サクラの声が響き、ピンク色の光がガラス玉から出て来て悠たちの前に降り立つ。
やがて光は人の形を作ると、一際大きな光を放った。
そうして、春の巫女のサクラが姿を現す。
この光景には完二と直斗も驚くばかりである。

「す、すげー、女の子になった!?」
「貴女が春の巫女のサクラさんですか?」
「はい、そうですが貴方たちは?」
「この二人は俺の仲間の巽完二と白鐘直斗だ」

二人に変わって悠が説明をすると、サクラはパッと表情を明るくした。

「まぁ、そうなんですか!?頼もしいお仲間の方がまだ二人もいたなんて!」
「本当は後もう一人いるんですが、諸事情により今はここにはいません。機会があれば紹介します」
「はい、宜しくお願いします」
「ところでサクラ、聞きたい事があるんだがいいか?」
「何ですか、鳴上様?」
「確認をしたいんだが、この裏の世界と俺達が住んでいる現実の世界は繋がっていないのか?
 もしそうでなければ俺達は気をつけて戦闘を行わなければなくなるんだが」
「それなら心配には及びません。この裏の世界で起きた事は表の世界に影響を及ぼす事はありません。
 ただ、その逆の、表の世界での出来事が裏の世界に影響を及ぼす事がありますが」
「表の世界での影響だけは受けるってどういう構造をしているんだ?」

悠の質問にサクラは難しいような困ったような表情を浮かべて、彼女の持ちうる限りの知識を持って説明を始めた。

「私もこの世界の全てを知っている訳ではないのできちんと説明する事は出来ません。
 ですから事実を申し上げますと、この裏の世界は表の世界を再現しようとする、そういう世界なんです。
 光がある所に闇があるように、生命に満ち溢れた表の世界があるならその逆の生命が全くない裏の世界があるんです。
 しかし生命がないとは言え、それでも裏の世界は表の世界を再現しようとします。
 そこで裏の世界は表の世界の人の子が持つ負の感情を使って生命を再現しようとしました。その結果があれです」

サクラが振り返ってあるものを指差す。
それは一反木綿のような姿をしたシャドウだった。
一反木綿のシャドウはこちらに気付くと襲いかかってこようとしたが、雪子のアギダインで綺麗に燃やされた。

「負の感情から出来た魔物なので、ああやって敵意を剥き出しにして襲ってくるのです」
「なるほど、それがあのシャドウのような魔物の正体か」
「そうです。そして鬼たちはあれらを配下に置いている訳です」
「僕から次の質問いいですか?」
「なんですか?白鐘様」
「貴女は先輩たちによって救出された訳ですが、何故天女の元に帰らないのですか?」

直斗のもっともらしい質問に悠たちは「あ・・・」と声を漏らす。
確かにサクラを救出出来たのだから、悠の持つ依代に匿わせるよりも天女の元へ帰った方が安全の筈だ。
けれどもサクラは先程と同じように困った表情を浮かべて直斗の質問に答えた。

「私も天女様の元へ行きたいのは山々なんですが、元いた場所に帰るには天女様のお力が必要なんです。
 私達は四季を司る力を持っていてもそうした異界を自由に行き来したりする力は持ち合わせていないので」
「先輩たちに渡した、この世界の入り口を開く為の鈴を作れるのにですか?」
「あれは『境界の鈴』で開いた入り口を再度開く為のもので、私達にはあれ一つを生み出すのがやっとなんです」
「なるほど、そういう訳でしたか」
「・・・鳴上様たちのお力によって私は助け出されたので天女様は私の存在に気づいている筈なんですが・・・」

サクラは不安気に顔を曇らせ、俯く。
それに伴って重い空気が立ち込めるが、それを完二が吹き飛ばした。

「きっとその天女ってのも何か事情があんだろ。それまでは先輩の持ってるストラップに匿ってもらえるんだから気長に待とうぜ」
「そう、ですよね・・・」
「だからお前も暗ぇ顔してねーで元気になれ!絶対に俺や先輩たちが他の巫女も助けて天女の元に帰してやるからよ!」
「・・・はい!ありがとうございます、巽様!」
「よせやい!様付で呼ばれる柄じゃねーよ」

完二のこの言葉を皮切りに笑いが巻き起こり、重い空気が吹き飛ぶ。
そしてサクラもすっかり明るくなって笑っている。
それもこれも完二の頼もしさに元気づけられた結果だろう。
こうしてサクラへの質問を終わらせ、悠たちは表の世界へ帰還する事にした。








表の世界へと帰還した悠たちだが、直斗の『念の為』という提案の元、天女のイヨと会うきっかけとなった巻物を調べる事にした。
サクラを救出した今、何かしら変化があるかもしれないと推測したからだ。
そうして一行は天城屋旅館の雪子の部屋に来たのだが・・・

「あれ?巻物がない・・・」

机の引き出しを開けた雪子が首を傾げる。
巻物は確かに引き出しの中にしまったのだが、姿が見当たらない。

「蔵にしまったんじゃねーのか?」

陽介が他の場所を指摘するが、雪子は首を横に振って否定する。

「ううん、それはないわ、絶対に。あの後蔵に行った覚えはないもの。おかしいな、絶対にこの引き出しにしまった筈なのに・・・」
「もしかしたら別の場所にしまっただけかもしれないクマ!だから~、クマがユキちゃんの部屋を―――」
「こーらクマ吉、巻物探しにかこつけて雪子の部屋を漁ろうとするんじゃない!」

いつものお調子者を発動しようとしたクマを千枝が小突いて諌める。
油断も隙もない。

「ごめんなさい、後でよく探してみる」
「でも、そこまで気にしなくてもいいんじゃねーか?なんつーか、ひとりでに消えてもおかしくねーし」
「それに全ての巫女を救出した後に探しても遅くはないだろうしな。だからあまり無理はするなよ」
「うん。ありがとう、花村くん、鳴上くん」

そんな訳で本日の会議は終了し、各々解散する事となった。














悠が家に着いたのは夕方頃だった。
オレンジ色の日差しは眩しいが、家や道を明るく照らす。
稲羽の町で見る夕日は綺麗だ。
夕焼けを少し眺めてから悠はポストを確認する。
堂島宛が二通と自分宛のハガキが一通だが、自分のはただのダイレクトメールなのでゴミ箱行き確定だ。

それらを手に持って玄関を開こうとしたその時、鋭い視線を感じた。
シャドウたちに見つかった時に感じる視線とはまた違った視線。
本能が警鐘を鳴らし、悠は素早く背後を振り返った。

「・・・!」

振り返った視線の先には着物を着た、まるで平安時代の風貌の一人の男が門の前に立っていた。
見慣れない、初めて見る人間。
稲羽の町は田舎なだけあって、そこに住む人間もそう多くはない。
まして自分のようにどこからか引っ越してきた者はすぐに噂になって何かの関係で顔を知る事になる。
そして何より、いくら田舎と言えど着物を着ている男性などこの町にはほとんどいない。
いたとしても天城屋旅館の関係者だったりするのだが、今目の前にいる男が天城屋旅館にいるのを見た事がない。

悠は警戒しつつ、男に何用かと尋ねた。

「・・・何ですか?」
「・・・」

しかし男は何も答えない。
それどころか、男は悠から視線を外さないままじっとこちらを見ている。

(新しく引っ越してきた人・・・ではなさそうだな。最近そういった噂は聞いた事がない。
 旅行者にしては着物が上物過ぎるし、旅行でここに来たという感じじゃない)

悠はあらゆる憶測を立ててみるが、しっくりくる答えが出ない。
でも一つだけ断定出来るのが、少なくとも目の前の男がこの町の人間ではないという事だ。

「・・・・・・道を訪ねたい」

漸く、男が口を開く。
感情の読み取れない声が男の得体の知れなさを益々引き立てていた。

「・・・鮫川へはどのようにして行けばよいのだろうか」
「・・・この坂道を突き当たりまで登って左に曲がり、真っ直ぐ歩きます。
 そしたらまた突き当りにぶつかるので今度は右に曲がって進みます。
 その後、交差点に出会うのでそこを左に曲がって真っ直ぐ歩いて行くと鮫川に着きます」
「そうか・・・」

男は呟くと踵を返し、坂道を上り始めた。
そして一度も振り返る事なく突き当りを左へ曲がり、歩き去っていくのであった。

「・・・」

残された悠は不審感を拭えぬまま家の中へと入るのだった。











続く
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