一週間しかいない恋人のお題

「な~んでさっさと空港に来ちゃうのさぁ?ギリギリまで家にいたかったよぅ」
「・・・今日中の出発が難しくなる」

つまりは同じ事を考えていたという発言にユフィは静かに頬を赤く染める。
朝の空港の、外が見える全面窓ガラスの席で二人は隣合って座り、そんな話をしていた。
ヴィンセントの隣には大きなスーツケースがまるで執事のように静かに佇んでいて二人の様子を見守っている。
それをチラリと見やりながらユフィが呟く。

「スーツケースの中に入ってアタシも一緒に行っちゃおっかな」
「12時間の飛行中にお前がどこまで耐えられるか見物だな」
「一分と保ちませ~ん」
「ならば諦めるんだな」
「ちぇー。あ、そうだ。全然話変わるけどさ、アタシ今年も友達と海行くから」
「・・・そうか」

声のトーンが落ちて面白くなさそうな雰囲気が伝わってくる。
横顔を盗み見れば案の定、少し不機嫌そうなヴィンセントの表情がそこにあった。
予想通りのその顔にユフィは音を立てずに笑うとあらかじめ用意しておいたご機嫌取りのセリフを口にした。

「着て行く水着見せるよ」
「・・・去年と同じやつか?」
「そりゃぁね。もう見たから別に見せなくてもいい?」
「いや・・・」
「んじゃ見せてあげる。ポロリもあるよ?」
「くだらない事を言うな」

無骨な掌が伸びてきて無遠慮にぐしゃぐしゃと頭を撫で回す。
折角ブラシで綺麗に梳いた髪が乱れてしまった。

「何すんだよ~!」
「お前が悪い」
「なんだよ、可愛い恋人がサービスしてあげるって言ってんじゃん!」
「大声でそんな事を言うなと言っている」
「大丈夫だって!どーせ誰も気にしてないよ」
「その自信はどこからくるんだ・・・」

呆れたようにヴィンセントは息を吐いてチラリと腕時計を確認する。
ほんの少しユフィと他愛のない話をしていただけなのに時刻はもうフライトの時間まで迫っていた。
名残惜しいがそれでもヴィンセントは心を鬼にしてスーツケースの把手を掴んで立ち上がった。

「・・・そろそろ時間だ」
「ん・・・」

一言だけ返事を返してユフィは小さく俯く。
離れたくないのはヴィンセントも同じ。
しかしこれが今生の別れという訳ではない。
ほんの半年だけ遠くに行くだけ。
仕事が済んだらすぐに帰ってこれる。
そう考えれば半年という時間はヴィンセントにとっては短いもののように思えた。
その事をユフィにも分かってほしくて、手を差し出して優しく語り掛ける。

「半年などという時間はあっという間だ。お前も私も、いつもと変わらない毎日を過ごしていればすぐだ」
「うん・・・」
「私はいつもお前の事を想っている。お前も私の事を想っていてくれ」
「言われなくてもするよ!」

ガシッと強く掴むようにユフィの手がヴィンセントの手に重ねられ、跳ねるようにユフィは立ち上がる。
その顔はいつもの勝気で自信に満ち溢れた明るいものになっていた。
ヴィンセントのお気に入り表情だ。

「では・・・行って来る」
「いってらっしゃい!お土産期待してるからな~!」
「ああ」
「それからスーツケースに“良い物”入れておいたから!」
「“良い物”?」
「それは開けてからのお楽しみ~!」

悪戯っ子のような笑みで見送るユフィに何か嫌な予感がしながらヴィンセントは搭乗するのであった。













そしてその日の夜。
無事に現地に到着したヴィンセントは早速ホテルで荷物を広げていた。
そして“良い物”の正体を目の当たりにして顔に手を当て、重く長い溜息を吐いた。

「何を考えているんだ・・・」

スーツケースの中、ヴィンセントの服の一番下に紛れていたもの。
普通のもの、可愛いもの、大人っぽいものの合計三枚。
デザインからしてもユフィが好みそうなものばかり。
タグは外してあるものの、新品であろうそれらにヴィンセントは眩暈すら覚えた。
これを履いているユフィを想像しろという事なのか、それとも他に別の用途に―――


ピロリン♪


メッセージが届いて画面を確認すると、目の前の物を仕込んだ犯人の名前が表示されていた。

『アタシからのサプライズプレゼント見た~?』

開いたメッセージ画面に表示されていた文字から犯人たる少女の悪戯が成功して嬉しそうな表情が容易に浮かんだ。
ヴィンセントは重く溜息を吐くと素早く返信を送った。

『話がある。今から着信を入れる』

そのまま返信を待たず着信を入れるとすぐにユフィが出た。

『もしもーし?ユフィちゃんからの下着の贈り物はいかがでしたかー?』











END
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