ヒナコレ

とあるイナカという田舎の地方に一人の赤毛の少女が暮らしていた。
名前はヒナイチ。
正義感と戦う力が強く、アンテナのように立っている前髪の一部が可愛らしい美少女だ。
とはいえ、暮らしている地域は比較的平和でのびやかに暮らせた。
平和にのんびり暮らせるのは良い事だが刺激がなく、また、大好きな美味しいお菓子は山を一つ越えた所にある街に行かないと手に入らなかった。
お菓子の為なら行けない事もないが大変な事に変わりはない。
どうにかコツコツお金を貯めて引っ越そうか、なんて考えていたある日の事だった。

「何だこの木は!?」

目が覚めて窓の外を見れば、巨大な緑色の複数の蔦のような木が互いに絡み合いながら雲の上まで突き抜けていた。
前日の夜までそんなものは存在しておらず、何か種を蒔いた覚えもない。
ヒナイチは慌てて準備をすると家から飛び出して木の根元に赴き、そして見上げた。

「なんだこの木は・・・?」

どれだけ見上げても天を突く勢いで真っ直ぐに伸びている緑色の木。
それらは一本一本がヒナイチよりも大きく太い。
葉っぱも生えていて、触ってみた感じは柔らかくも丈夫で、試しに乗ってみても滑ったり折れ曲がって落ちるという心配はなかった。
更に十分な太さのある何本もの蔦が絡み合っているお陰で隙間や足を掛けられる箇所が複数あった。
幼少の頃はわんぱくだったヒナイチは必然、ワクワクが抑えられない。

「何があるか分からんが登ってみるか。雲の上とか行ってみたいしな。それに登らなければ話が進まないと言う訳の分からない言葉が頭の中に浮かんで離れん」

よし登ろう、と意気込んでヒナイチは登り始めた。
元々の運動神経が良いのもあってヒナイチはするすると天に向かって木を登って行った。
途中でお腹が空いてしまい、お菓子を持ってくれば良かったとアンテナと共にしょぼくれるが戻るには地上は既に遠く下の方にあり、仕方なく登山ならぬ登木を再開する。
それからやや冷たい風に吹かれながらまた数十分かけて登り、漸く雲の上に到達した。
一面雲の景色を想像していたが、そこには思わぬ光景が広がっていた。

「城?」

そこには城がそびえ立っていた。
本でよく見るような古めかしくも厳かな大きな城が。

「雲の上には城があったのか・・・?」

アンテナをハテナマークにして首を傾げ、慎重に片足を雲の上に着地させる。
足は雲をすり抜ける事なく地面と同じような硬さと柔らかな踏み心地を有しており、そのまま踏んでいても問題はなさそうなので両足で雲の上に降り立つ。
それでも落ちないように気にしながら城を目指して歩くと、みるみる内に城は大きくなっていった。
いや、これは城が大きくなっていっているのではない。
元々城が巨大で、それに対してヒナイチがかなり小さいだけだ。
それこそ巨人が住んでいるのではないかという大きさだ。
城のあまりの大きさにヒナイチはただただ圧倒されるばかり。

「何だこの大きさは!?雲の積載量凄いな!?」

ならば自分如きが雲を踏んでいても落ちる事はないと確信したヒナイチは遠慮する事なく雲をガンガン踏む事にするのだった。
しかしここで問題が一つ。
それはどうやってこの城に入るか、という事だ。
大きく分厚い城門はいくら力持ちのヒナイチと言えど開けるのは不可能だろう。
何故かあるインターホンは遥か上空にあると言っても過言ではない。
ならば方法は一つ。

「すいません!どなたかいないだろうか!!」

大きな声を出して誰かいないか確認する事だ。
正義感の強いヒナイチは勝手に忍び入るのを良しとしなかった。
巨人と言えど他人は他人。
他人の家に勝手に入るのは宜しくない。
それにもしも敵意ある相手だったら木の所まで走って逃げればいいだけだ。
そこまで考えていると扉の向こうからヌシン・・・ヌシン・・・という可愛らしい地響きのようなものが聞こえてきた。
その音に合わせて地面も少し揺れており、誰かが向かってきているのが分かる。
いつでも敵意ある巨人から逃げられるようにとヒナイチは警戒を怠らずに構える。
やがて重い音を響かせて分厚い扉がゆっくりと開かれ、中から顔を出したのは巨人―――ではなく、つぶらな瞳のとても可愛らしい巨マジロだった。

「・・・マジロ?」
「ヌ?」

ポツリと呟いたヒナイチの言葉を拾ってかマジロの小さい―――と言ってもヒナイチからしてみればこれまた巨大なのだが―――耳がピクピク動いて話しかけて来る。

「ヌヌヌヌヌヌヌヌ?(どちら様ヌ?)」
「む、自己紹介が遅れたな。私はヒナイチ。そこの木を登ってここまで来た地上の人間だ」
「ヌヌ?・・・ヌ~~~」

ヒナイチの指差す方向に目を向けて木を認めるとマジロは腕を組んで「あーあーあれ~」とでも言う風に何度も頷く。
それからヒナイチに視線を戻すと首を傾げた。

「オヌヌヌヌヌヌ。ヌヌヌヌイヌ?(お疲れ様ヌ。怪我はないヌ?)」
「ああ、この通り何ともないぞ!」
「ヌヌヌヌヌッヌヌ(それは良かったヌ)」
「すまないが名前を聞いてもいいか?」
「ヌンヌ」
「ジョンか、良い名前だな!」
「ヌー!」
「この城にはジョン一玉が住んでるのか?」
「ヌーヌン。ヌヌヌヌ―――」

「ジョーン、誰が来たのー?」

廊下の奥から男性の声が響き、同時に足音が向かってくる。
今度こそ巨人が来たのかと身構えてみれば現れたのはヒナイチの想像するようなずんぐりむっくりなタイプの巨人ではなく、巨大な事は巨大だが背がヒョロリと高く、青白い肌に痩せこけた頬、そして尖った耳をした男だった。
口からはみ出して見える牙や上品なスーツとマント、そして白い手袋を嵌めている装いから吸血鬼を連想するような見た目で、ヒナイチはそれはそれで驚いた。

「きゅ、吸血鬼の巨人!?」
「んん?おやおやこれは・・・地上の小人のお嬢さんかな?」
「ヌヌヌヌヌヌヌヌヌンヌッヌ(あそこの木から来たんだって)」
「え?・・・あ~あれね。脱稿ハイゴリラがブレイクダンスしながらまき散らした豆が一粒だけ地上に落ちてたのか・・・後で苦情の電話と差し入れのセロリサンドイッチ入れてやるか。ところでお嬢さん」
「わ、私の事か?」
「そうだとも!ようこそ、我がドラルク城へ!私は城主のドラルク。こちらは我が永遠のパートナーにして使い魔にしてイデアの丸のジョン。以後、お見知りおきを」

大仰な身振り手振りで挨拶をするドラルクに圧倒されながらも一応は悪い奴ではないのかとほんの少しだけ警戒を緩めながらヒナイチも自身の名を名乗る。

「わ、私はヒナイチ。そこの木を登ってここにやってきた」
「あれま、登ってきたんだ?まぁ登ってきちゃうよね。私も押しちゃいけないボタンとかあったら遠慮なく押すタイプだし」
「駄目だろ!!」
「良ければお近付きのしるしにコーヒーでも如何かな?丁度ジョンのおやつの為にクッキーも焼いてあるんだけど」
「いただこう!!」

食い気味に即答するヒナイチに「素直だこと」と小さく苦笑いしながらドラルクはジョンを肩に乗せ、ヒナイチを掌の上に乗せて城の中へと入って行った。
城の中はそれこそ外見に違わず貴族や王族が住むような上品で繊細な装飾品が飾られていたり、空間そのものが庶民であるヒナイチとの住む世界の違いを表しているようだった。
全てが巨大な事に関してはもう慣れて来たので驚く程のものではなくなっている。
そう思っていた筈だが、クッキーの甘い香りとコーヒーのほろ苦い香りで満たされているキッチンに連れて来られ、皿の上に盛り付けられた巨大なクッキーを前にしたら別の意味で驚くほかなかった。

「巨大なクッキー・・・だと・・・!?」



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「とりあえず数枚置いたけど無理して全部食べなくても大丈夫だからね。残ってもジョンが食べるし。ね、ジョン?」
「ヌー!」
「それから小人サイズにぴったりなミニチュアのコップが偶然あったからこれを使ってもらいたいんだけど牛乳でいい?コーヒーだと多分熱でカップが変色したり不都合が色々あると思うし」
「ああ、大丈夫だ」
「ありがとう。それじゃあ、召し上がれ」
「イヌヌヌヌーヌ(いただきまーす)」
「いただきます!」

ドラルクから見て小さなマジロと更に小さなヒナイチが手を合わせて挨拶をし、クッキーに手を伸ばす。
小さな手にクッキーを持ってサクサク食べるジョンの姿はいつ見ても可愛らしい。
その隣のヒナイチもほっぺいっぱいにクッキーを頬張る姿はまるでハムスターのよう。
小さいのによく沢山食べている。
もう三枚目のクッキーを食べ終えていて―――

「こわっ!!早っ!!手品!?」
「ヌァッ!?」

これにはさしものドラルクも、そして食いしん坊のジョンも驚きに飛び上がった。

「ヒナイチくんの全身よりも少し大きめのクッキーもう全部食べちゃったの!?四次元胃袋!!?」
「私の胃袋はブラックホールだ」
「どこかで聞いた決め台詞!!」
「それよりもドラルクの作るクッキーは凄く美味しいな!こんなにも美味しいクッキーは今まで食べた事がないぞ!」

アンテナをハートマークにして満面の笑顔で感想を述べるヒナイチに未だ慄きつつもそれはそれとしてドラルクは嬉しくなり、追加のクッキー三枚をヒナイチの皿の上に置いてあげた。

「キミの四次元胃袋にはビビるけどそう言ってもらえて悪い気はしないね。無理ない範囲でもっとお食べ」
「おかわり!!」
「だから早過ぎるってば!!!」

もっと畏怖りながら味わって食べなさい!!とお説教しながらもドラルクはヒナイチの皿の上に追加のクッキーをまた置いてあげるのだった。
そんなやり取りをドラルクが疲れて「この子どんだけ食べるの・・・」と砂になって震えるまで繰り返した頃、クッキーから話題を逸らすようにドラルクは時計を見ながらヒナイチに尋ねた。

「そういえばそろそろ夕方だけど帰らなくて大丈夫?お家の人が心配しない?」
「一人暮らしだから問題ない。それに田舎で近所の人もいないからな」
「あー、そう?だったら今日は泊まってく?多分木を降りてる途中で夜になって危ないと思うんだけど」
「いいのか?」
「私とジョンは全然いいよ。ねぇ、ジョン?」
「ヌン」
「それよりもヒナイチくんの方こそ大丈夫?男と雄マジロと一緒の屋根なんて。まぁ私もジョンもジェントル検定免許皆伝してるからゲスな真似なんて澗が一にもしないけど」
「いくら巨人と巨マジロが相手でも私は負けないぞ!このくらいの事だって出来るんだからな!」

そう言ってヒナイチは手近にあった皿をひょいっと軽々持ち上げてドラルクを震えさせた。

「可愛い地上のお嬢さんが来たと思ったらとんだサイヤ人が来たよ、ジョン・・・」
「ヌ~・・・」
「か、かわっ!?」
「とりあえず可愛いからという理由で昔買ったミニチュアハウスを引っ張り出そうか。小人のヒナイチくんにはピッタリだと思うし。着替えの服は~・・・お人形さんから剥ぎ取るしかないね」
「な、なんだか可哀想だから人形にはタオルを巻いてやってくれないか?」
「そうだね」

そんなこんなでヒナイチはドラルク城にお泊まりする事となった。
しかし、あれよあれよとわやわや過ごす内にすっかりヒナイチはドラルク城のゴブリンもとい妖精もとい住人となった。
というのもヒナイチにとってドラルクと過ごす日々がとても楽しく充実したものになっていたからだ。
食いしん坊仲間でモフモフで優しいジョン、ドラルクの友人で善性のゴリラで常に原稿に追われてる巨人のロナルド、そして一緒にいて文字通り飽きないドラルク。
気付けばドラルクに対して淡い気持ちを抱いていた事もあって益々離れがたくなってしまったのである。
一方でドラルクの方もヒナイチが地上に帰る用事がないのならばとヒナイチを好きなだけ城に居候させた。
元々が面倒見が良くて世話好きなのもあるが、巨人であっても吸血鬼は吸血鬼、無自覚にヒナイチに対して執着が湧いていたのだ。
それが『恋』なのか、はたまたそれを飛び越した『愛』なのか本人はまだ気付いていないがヒナイチを大切に自身の城に囲って愛でていたいという気持ちが芽生えており、それに違和感も覚えていなかった。
ドラルクの永遠のパートナーであるジョンは自分がドラルクの一番である事を大前提にドラルクとヒナイチの関係を「ヌフフ」と微笑ましく見守っているのだった。
そして・・・。

「えーっと、砂糖は・・・」
「ここだぞ、ドラルク!」



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「あ、そこにあったんだ。ありがとう、ヒナイチくん」
「空っぽだったから足しておいたぞ!」
「ありがとう、偉いね」
「砂糖がないとクッキーが作れないからな!」
「うーん、相変わらずのクッキーモンスター」
「早くクッキーを作ってくれ!」
「はいはい。ジョンと一緒に良い子にして待っててね」

読経のような鼻歌には耳を塞いでジョンのフワフワのお腹に凭れ掛かって座り、ドラルクの顔を見上げて無意識に見惚れる。
そんなヒナイチを見下ろして、小人を理由にイマイチ一歩踏み出せないヒナイチにそろそろ一時的に巨人になれる飴玉をプレゼントしようかとジョンは画策する。
そんなこんなで今日も雲の上のドラルク城ではクッキーの焼ける甘くて美味しい香りが立ち込めるのであった。







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