ヒナコレ
前回までのあらすじ
明かされたヘンリー・シャドウズの目的とスコスコ妖精の下心。
スコスコ妖精が勝手にやっている事とはいえ、光の宝玉生成の為に戦わせている現状を謝罪しながら頬に添えて来たヘンリー・シャドウズの手にあるものを感じたヒナイチ。
前の話でパワーアップしたばかりだというのに光の世界を守りたいという想いと何より魔法美少女をやめたいという強い意思からヒナイチは瞬時に最終段階へとパワーアップするのであった。
「プリリアントパワー♡きゅんきゅんファイナルチェンジ!」
「ファイナル変身!ヒナイチレッド・エターナル!」
最終段階の変身とあってコスチュームはゴージャス。
しかし対するスコスコ妖精は暗い顔をして肩を落とすばかり。
「プリィ・・・とうとうファイナルチェンジしてしまったプリ・・・」
「何がそんなに不満なんだ」
「そりゃヒナイチレッドが何の余韻も感じさせてくれないまま爆速でファイナルチェンジしたからプリ!もっとドラマとかカタルシスを展開して欲しかったプリ!」
「悪いがそれはお前の妄想で埋めてくれ。私は一刻も早くお前の趣味から解放されたいんだ」
「そう言わずにもう少しだけ―――」
「では、私はヘンリー・シャドウズが待つ学校の屋上に行く」
「あぁーーー!!待つプリーーー!!」
爆速で学校へと向かったヒナイチをスコスコ妖精は慌てて追いかけるのであった。
「待たせたな、ヘンリー・シャドウズ」
月の光が惜しみなく降り注ぐ学校の屋上。
扉を開け放てばそこに佇むはいつもの不気味なマスクを付け、真っ黒なマントを羽織った男。
彼はただ、静かに月を見上げていた。
「最終段階までパワーアップした。これで光の宝玉とやらが生成出来るんだったな?」
「・・・ああ、そうだ。でも・・・少しだけ話をしてもいいかな?」
「ああ、私もお前に話がある」
「ではレディーファーストだ。ヒナイチレッドの方からどうぞ」
「なら・・・ヘンリー・シャドウズ。お前は・・・・・・ドラルク、だな?」
少し言い淀みながらもヒナイチはハッキリとその名を口にする。
毎日自分の為に美味しいお菓子を作ってくれる、甘酸っぱくも淡い感情をもたらしてくれたクラスメイトの名を。
「・・・当たり」
いつも三日月に歪む口は穏やかな微笑みを称える。
それから静かにマスクが外され、その素顔が晒される。
ヒナイチの知っている顔。
ヒナイチが毎日見ている顔。
ヒナイチが今一番見たくなかった―――ドラルクの顔。
「やはり・・・ドラルクだったんだな・・・」
「いつ気付いた?」
「確証はなかったがこの間、お前が謝りながら頬に触って来た時の手の感触とそれからお菓子の甘い香りがした。偶然手を触った時やいつもお菓子の匂いを纏ってるお前に似ている気がした。何より初めて会った時に貰ったクッキーの味が全く同じだった。」
「そっか。やれやれ、クッキーモンスターの目は誤魔化せないね」
「どうして隠していたんだ?」
「そもそもが信じないでしょ?私が闇の世界の暗黒の一族だとかそういうファンタジーみたいな話」
「普通であればそうだが私は魔法美少女として活動していた。それならばいくらか信じていた筈だ」
「んー、でも・・・ヒナイチくんとは普通の友達でいたかったから」
柔らかな笑みを浮かべるドラルクだが、ヒナイチにとってはどこか寂しい表情に映った。
このままではドラルクがとても遠い所へ行きそうな気がしてヒナイチは思わずドラルクの傍まで歩み寄る。
「ドラルク、光の世界の均衡が保たれたらお前は―――」
「帰るよ、闇の世界に。私ね、太陽の光を浴びると死んじゃうんだ。とは言ってもすぐに生き返るけど、どのみち太陽は駄目なんだ」
「そんな・・・!だがお前はこうして―――」
日が昇る。
美しかった月は白んでいく空に溶け、眩いばかりの太陽が昇ってドラルクとヒナイチを照らし始める。
「あの太陽は本物の太陽じゃないんだよ」
「本物、じゃ、ない・・・?」
「本物の太陽はポンチが光の世界で闇の宝玉を砕いた時に闇に覆われてしまったんだ。だからあの太陽がなければこの世界は朝になっても闇に包まれたままなんだよ」
「じゃあ、あの太陽は一体・・・?」
「私の友人に太陽の一族出身のゴリラがいてね。そいつに頼んでこうして太陽が昇る時間に本物の太陽の代わりに世界を照らしてもらっていたんだ。太陽の一族は体内に秘めているエネルギーを放出する事で太陽の如き光を放つ事が出来るんだ」
「如き、だからお前は死なないのか・・・」
「ちなみにそのゴリラ、今ダチョウの恰好して『命』のポーズをしながら世界を照らしてるよ」
「そんな真実は知りたくなかったな」
「本当はそんな事する必要ないんだけど彼バカだからすーぐ信じちゃってさ」
ぶはっ、と堪え切れず噴き出すドラルクの横顔は別の意味で邪悪だった。
するとどうだろう、なんだか急に大気の温度が上がったような気がした。
降り注ぐ太陽の光も穏やかなものなからジリジリと焼けるような鋭さを内包しているものに変わった気がする。
「なぁ、急に暑くないか?」
「多分彼が怒ってるんでしょ。空に昇ってるから聞こえるみたいなんだよねぇ。ちょっと待ってて」
(夏に太陽やってたらワンシーズンずっと怒らなければならないのだろうか?)
ふとした素朴な疑問を心の中で考えている間にドラルクは取り出したスマホで誰かに電話をかける。
「もしもしロナルド君?ちょっと暑いから温度下げてくれない?・・・いやぁだって本当に信じるとは思わなくてさ~・・・はいはい、ウホウホ怒らないでちょっとスーパーサイヤ人モード抑えてくれない?今大事な話をしてるんだ。それが終わったらキミの役目も終わるから。それじゃ」
一方的に通話を切るとドラルクはヒナイチの方を振り返る。
その表情はひどく穏やかで落ち着いていて、全ての決心をしたように見えた。
「さてヒナイチくん、そろそろ時間だ。いくら体力自慢のバカゴリラでも疲れてきてるみたいだからね」
「・・・一緒に学校を卒業出来ないんだな」
「出来るよ。だって今日が卒業式じゃないか。私だけ一足早く式を終えてしまうがね」
今日はヒナイチとドラルクにとって三年間の高校生活に終止符を打つ卒業の日だった。
魔法美少女として活動しながら勉強を怠らなかったヒナイチは見事第一志望大学に合格。
ドラルクも余裕で合格したらしいが、どこの大学に行くかは教えてくれなかった。
すぐに分かるから、と。
(もしかして、すぐに分かるとはこの事だったのか・・・?)
別れの寂しさがヒナイチの胸を締め付ける。
普通の別れではない、永遠かもしれない別れ。
ヒナイチはこの光の世界の普通の少女で、ドラルクは闇の世界の住人。
本当の意味で住む世界が違う。
ずっと一緒にはいられない。
なんとかして引き留めたいけれど、彼の友人が無理をしているというのならそれをするのは酷というもの。
だから大人になれ、と必死に自分に言い聞かせるが、どうしようもなく瞳から涙が溢れてしまう。
「ドラ、ルク・・・」
「そんな顔はキミには似合わないよ。ホラ、笑って?クッキーをあげるから、ね?」
桜の模様が入った綺麗なラッピングを手渡される。
恐らくこれが最後のドラルクから貰うクッキーになるだろう。
ヒナイチはそれを潰さないようにギュッと胸に抱くと涙を流しながらもいつもの凛とした微笑みを浮かべてみせた。
送る言葉はさよならなんかじゃない。
「卒業・・・おめでとう・・・ドラルク・・・」
「ありがとう、ヒナイチくん。ヒナイチくんも卒業おめでとう。受験からも魔法美少女の役目からも解放されて良かったね」
「ああ・・・!」
「それじゃあ、キミの力を使わせてもらうよ」
ドラルクは懐から透明なガラス玉を取り出してヒナイチの前に翳す。
するとヒナイチの体は光に包まれ、それらがガラス玉に吸収されるのと同時にヒナイチの姿はいつもの制服姿に戻った。
恐らく魔法美少女の力が失われたのだろう。
それ自体に未練はないが、これはつまりドラルクとの別れも文字通り目前に迫ってきている事を意味する。
「流石はヒナイチくんだ、これだけの力があれば簡単に太陽を覆っている闇を打ち消す事が出来る」
「そう、か・・・」
「ではいくぞ―――ハッ!」
ドラルクは眩しい光を放っていたガラス玉を地面に向けて勢いよく叩きつける。
瞬間、光が溢れ出して放たれる矢の如く空に向かって飛んでいった。
その様をヒナイチが呆然と眺めていると、不意に屋上の扉が開く音がした。
我に返って見やればドラルクが扉を開けており、扉の向こうには闇の空間が広がっていた。
いよいよ訪れた別れの時にヒナイチは慌てて走り寄る。
「ドラルク!」
「本物の太陽が出る前に帰らないと。じゃあね、ヒナイチくん」
「また会えるか!?」
「きっとね」
「きっとじゃ嫌だ!」
「そう言われてもねぇ」
「だって私は!お前の事が―――」
最後の言葉を紡ぐのと同時に扉が重い音を立てて閉められる。
「・・・っ!」
すぐに扉を開け放つもそこに広がるのはいつもの学校の階段と踊り場。
闇の空間もドラルクもそこには最初からまるで存在していなかったかのように何もなかった。
「ドラ・・・ルク・・・」
ガクッと膝から崩れ落ちるヒナイチ。
貰った最後のクッキー愛おしそうに抱きしめて音もなく涙を流す。
けれどもヒナイチの表情は満たされたかのように美しく明るかった。
「ありがとう、ドラルク・・・クッキーを、楽しい思い出を、沢山の想いを・・・ありがとう・・・」
最後の言葉を紡いだ瞬間。
扉が閉まる直前。
はにかんだように笑うドラルクの顔がいつまでもヒナイチの心の中に刻まれるのであった。
あれから僅かに時は流れ、ヒナイチはシンヨコ大学へ通い、その第一歩を踏み始めていた。
知り合いはあまりいないが、社交的な方なのですぐに友達は出来るだろう。
(ドラルクだったらきっとすぐに沢山の友人を作っていただろうな)
自分よりももっと社交的でいつも輪の中心にいたドラルクを思い起こす。
ドラルクには人を惹きつけるものがあり、自分もそれに惹きつけられた一人だった。
彼は今頃何をしているのだろう。
(それにしても受けたい講義の殆どが夕方からか・・・夜間も運営しているという触れ込みがあっただけはある)
夜間というよりは最早24時間運営していると言っても過言ではないシンヨコ大学、通称『眠らないポンチ大学』。
ポンチという言葉がなければまだ別の見方も出来たのだが言っても仕方ない。
それよりも狙っている講義が夕方からばかりなのであれば帰りは遅くなるだろう。
それどころか昼夜逆転も覚悟しないといけないかもしれない。
席に着いて窓の向こうで徐々に闇に染まっていく夕日をぼんやりと眺めながら溜息を吐く。
「部屋を探した方がいいかもしれないな・・・」
「それだったら私が借りたアパート来る?まだ一部屋余ってるよ」
「じゃあ後で下見にでも・・・って!!?」
思ってもみなかった声に瞬時に振り返ると、そこには何食わぬ顔で隣に座るドラルクの姿があった。
「ど、ドラルク!?な、どうしてここに!!?」
「どうしてって私もここに合格したから」
「は!?いや、だ、だが、お前は闇の世界に帰るって・・・!」
「うん、役目を終えた事の報告ついでに実家に里帰りしてたんだ。父は寂しがり屋だし仕事で忙しくしてる母も帰ってきていたからね」
「さ、と・・・がえ、り・・・」
「そんな訳だから今日から宜しくね」
「ふざけるな!!私の涙はなんだったんだ!!!??」
「とても美しかったよ?」
「そんな感想は求めてない!!!」
「まぁまぁ、そう怒らないで。ほら、ジョンを吸って落ち着いて」
「ヌ~」
「ジョン!?連れて来たのか!?」
「うん。ここの大学、動物OKでとりわけマジロはウェルカムなんだって」
「そんなアパートみたいな・・・」
「おうドラ公、その子ってもしかしてこの間屋上にいた子か?」
「おやロナルド君良い所に!悪いけど私、大学初日早々リア充なんだよねぇ~!キミ一人置いていっちゃってごめんねぇ~!?でも仕方ないよね!なんたってヒナイチくんはあの日私にす―――」
「ちんーーー!!!」
「ヌー!!」
その日、ヒナイチは初めてドラルクを砂にしたのだった。
オマケ
「ヒナイチレッドが魔法美少女を卒業してしまったプリ・・・どこかに次の魔法美少女は―――」
「コユキちゃんバイバーイ!」
「バイバイです」
「あのコユキって子、魔法美少女の素質があるプリ!あの子に―――」
「あ、拳さん。こんにちは」
「よう嬢ちゃん、奇遇だな」
変身!野球拳ピンク!
「ぐぼぇえええええ!!!」
「はぁあああ!!?なんっじゃこりゃー!!」
「また能力がバグったプリーーー!!」
「なんだこの饅頭もどき!?」
「似合ってますよ、拳さん」
「あ、そう?じゃねーよ!!」
END
明かされたヘンリー・シャドウズの目的とスコスコ妖精の下心。
スコスコ妖精が勝手にやっている事とはいえ、光の宝玉生成の為に戦わせている現状を謝罪しながら頬に添えて来たヘンリー・シャドウズの手にあるものを感じたヒナイチ。
前の話でパワーアップしたばかりだというのに光の世界を守りたいという想いと何より魔法美少女をやめたいという強い意思からヒナイチは瞬時に最終段階へとパワーアップするのであった。
「プリリアントパワー♡きゅんきゅんファイナルチェンジ!」
「ファイナル変身!ヒナイチレッド・エターナル!」
最終段階の変身とあってコスチュームはゴージャス。
しかし対するスコスコ妖精は暗い顔をして肩を落とすばかり。
「プリィ・・・とうとうファイナルチェンジしてしまったプリ・・・」
「何がそんなに不満なんだ」
「そりゃヒナイチレッドが何の余韻も感じさせてくれないまま爆速でファイナルチェンジしたからプリ!もっとドラマとかカタルシスを展開して欲しかったプリ!」
「悪いがそれはお前の妄想で埋めてくれ。私は一刻も早くお前の趣味から解放されたいんだ」
「そう言わずにもう少しだけ―――」
「では、私はヘンリー・シャドウズが待つ学校の屋上に行く」
「あぁーーー!!待つプリーーー!!」
爆速で学校へと向かったヒナイチをスコスコ妖精は慌てて追いかけるのであった。
「待たせたな、ヘンリー・シャドウズ」
月の光が惜しみなく降り注ぐ学校の屋上。
扉を開け放てばそこに佇むはいつもの不気味なマスクを付け、真っ黒なマントを羽織った男。
彼はただ、静かに月を見上げていた。
「最終段階までパワーアップした。これで光の宝玉とやらが生成出来るんだったな?」
「・・・ああ、そうだ。でも・・・少しだけ話をしてもいいかな?」
「ああ、私もお前に話がある」
「ではレディーファーストだ。ヒナイチレッドの方からどうぞ」
「なら・・・ヘンリー・シャドウズ。お前は・・・・・・ドラルク、だな?」
少し言い淀みながらもヒナイチはハッキリとその名を口にする。
毎日自分の為に美味しいお菓子を作ってくれる、甘酸っぱくも淡い感情をもたらしてくれたクラスメイトの名を。
「・・・当たり」
いつも三日月に歪む口は穏やかな微笑みを称える。
それから静かにマスクが外され、その素顔が晒される。
ヒナイチの知っている顔。
ヒナイチが毎日見ている顔。
ヒナイチが今一番見たくなかった―――ドラルクの顔。
「やはり・・・ドラルクだったんだな・・・」
「いつ気付いた?」
「確証はなかったがこの間、お前が謝りながら頬に触って来た時の手の感触とそれからお菓子の甘い香りがした。偶然手を触った時やいつもお菓子の匂いを纏ってるお前に似ている気がした。何より初めて会った時に貰ったクッキーの味が全く同じだった。」
「そっか。やれやれ、クッキーモンスターの目は誤魔化せないね」
「どうして隠していたんだ?」
「そもそもが信じないでしょ?私が闇の世界の暗黒の一族だとかそういうファンタジーみたいな話」
「普通であればそうだが私は魔法美少女として活動していた。それならばいくらか信じていた筈だ」
「んー、でも・・・ヒナイチくんとは普通の友達でいたかったから」
柔らかな笑みを浮かべるドラルクだが、ヒナイチにとってはどこか寂しい表情に映った。
このままではドラルクがとても遠い所へ行きそうな気がしてヒナイチは思わずドラルクの傍まで歩み寄る。
「ドラルク、光の世界の均衡が保たれたらお前は―――」
「帰るよ、闇の世界に。私ね、太陽の光を浴びると死んじゃうんだ。とは言ってもすぐに生き返るけど、どのみち太陽は駄目なんだ」
「そんな・・・!だがお前はこうして―――」
日が昇る。
美しかった月は白んでいく空に溶け、眩いばかりの太陽が昇ってドラルクとヒナイチを照らし始める。
「あの太陽は本物の太陽じゃないんだよ」
「本物、じゃ、ない・・・?」
「本物の太陽はポンチが光の世界で闇の宝玉を砕いた時に闇に覆われてしまったんだ。だからあの太陽がなければこの世界は朝になっても闇に包まれたままなんだよ」
「じゃあ、あの太陽は一体・・・?」
「私の友人に太陽の一族出身のゴリラがいてね。そいつに頼んでこうして太陽が昇る時間に本物の太陽の代わりに世界を照らしてもらっていたんだ。太陽の一族は体内に秘めているエネルギーを放出する事で太陽の如き光を放つ事が出来るんだ」
「如き、だからお前は死なないのか・・・」
「ちなみにそのゴリラ、今ダチョウの恰好して『命』のポーズをしながら世界を照らしてるよ」
「そんな真実は知りたくなかったな」
「本当はそんな事する必要ないんだけど彼バカだからすーぐ信じちゃってさ」
ぶはっ、と堪え切れず噴き出すドラルクの横顔は別の意味で邪悪だった。
するとどうだろう、なんだか急に大気の温度が上がったような気がした。
降り注ぐ太陽の光も穏やかなものなからジリジリと焼けるような鋭さを内包しているものに変わった気がする。
「なぁ、急に暑くないか?」
「多分彼が怒ってるんでしょ。空に昇ってるから聞こえるみたいなんだよねぇ。ちょっと待ってて」
(夏に太陽やってたらワンシーズンずっと怒らなければならないのだろうか?)
ふとした素朴な疑問を心の中で考えている間にドラルクは取り出したスマホで誰かに電話をかける。
「もしもしロナルド君?ちょっと暑いから温度下げてくれない?・・・いやぁだって本当に信じるとは思わなくてさ~・・・はいはい、ウホウホ怒らないでちょっとスーパーサイヤ人モード抑えてくれない?今大事な話をしてるんだ。それが終わったらキミの役目も終わるから。それじゃ」
一方的に通話を切るとドラルクはヒナイチの方を振り返る。
その表情はひどく穏やかで落ち着いていて、全ての決心をしたように見えた。
「さてヒナイチくん、そろそろ時間だ。いくら体力自慢のバカゴリラでも疲れてきてるみたいだからね」
「・・・一緒に学校を卒業出来ないんだな」
「出来るよ。だって今日が卒業式じゃないか。私だけ一足早く式を終えてしまうがね」
今日はヒナイチとドラルクにとって三年間の高校生活に終止符を打つ卒業の日だった。
魔法美少女として活動しながら勉強を怠らなかったヒナイチは見事第一志望大学に合格。
ドラルクも余裕で合格したらしいが、どこの大学に行くかは教えてくれなかった。
すぐに分かるから、と。
(もしかして、すぐに分かるとはこの事だったのか・・・?)
別れの寂しさがヒナイチの胸を締め付ける。
普通の別れではない、永遠かもしれない別れ。
ヒナイチはこの光の世界の普通の少女で、ドラルクは闇の世界の住人。
本当の意味で住む世界が違う。
ずっと一緒にはいられない。
なんとかして引き留めたいけれど、彼の友人が無理をしているというのならそれをするのは酷というもの。
だから大人になれ、と必死に自分に言い聞かせるが、どうしようもなく瞳から涙が溢れてしまう。
「ドラ、ルク・・・」
「そんな顔はキミには似合わないよ。ホラ、笑って?クッキーをあげるから、ね?」
桜の模様が入った綺麗なラッピングを手渡される。
恐らくこれが最後のドラルクから貰うクッキーになるだろう。
ヒナイチはそれを潰さないようにギュッと胸に抱くと涙を流しながらもいつもの凛とした微笑みを浮かべてみせた。
送る言葉はさよならなんかじゃない。
「卒業・・・おめでとう・・・ドラルク・・・」
「ありがとう、ヒナイチくん。ヒナイチくんも卒業おめでとう。受験からも魔法美少女の役目からも解放されて良かったね」
「ああ・・・!」
「それじゃあ、キミの力を使わせてもらうよ」
ドラルクは懐から透明なガラス玉を取り出してヒナイチの前に翳す。
するとヒナイチの体は光に包まれ、それらがガラス玉に吸収されるのと同時にヒナイチの姿はいつもの制服姿に戻った。
恐らく魔法美少女の力が失われたのだろう。
それ自体に未練はないが、これはつまりドラルクとの別れも文字通り目前に迫ってきている事を意味する。
「流石はヒナイチくんだ、これだけの力があれば簡単に太陽を覆っている闇を打ち消す事が出来る」
「そう、か・・・」
「ではいくぞ―――ハッ!」
ドラルクは眩しい光を放っていたガラス玉を地面に向けて勢いよく叩きつける。
瞬間、光が溢れ出して放たれる矢の如く空に向かって飛んでいった。
その様をヒナイチが呆然と眺めていると、不意に屋上の扉が開く音がした。
我に返って見やればドラルクが扉を開けており、扉の向こうには闇の空間が広がっていた。
いよいよ訪れた別れの時にヒナイチは慌てて走り寄る。
「ドラルク!」
「本物の太陽が出る前に帰らないと。じゃあね、ヒナイチくん」
「また会えるか!?」
「きっとね」
「きっとじゃ嫌だ!」
「そう言われてもねぇ」
「だって私は!お前の事が―――」
最後の言葉を紡ぐのと同時に扉が重い音を立てて閉められる。
「・・・っ!」
すぐに扉を開け放つもそこに広がるのはいつもの学校の階段と踊り場。
闇の空間もドラルクもそこには最初からまるで存在していなかったかのように何もなかった。
「ドラ・・・ルク・・・」
ガクッと膝から崩れ落ちるヒナイチ。
貰った最後のクッキー愛おしそうに抱きしめて音もなく涙を流す。
けれどもヒナイチの表情は満たされたかのように美しく明るかった。
「ありがとう、ドラルク・・・クッキーを、楽しい思い出を、沢山の想いを・・・ありがとう・・・」
最後の言葉を紡いだ瞬間。
扉が閉まる直前。
はにかんだように笑うドラルクの顔がいつまでもヒナイチの心の中に刻まれるのであった。
あれから僅かに時は流れ、ヒナイチはシンヨコ大学へ通い、その第一歩を踏み始めていた。
知り合いはあまりいないが、社交的な方なのですぐに友達は出来るだろう。
(ドラルクだったらきっとすぐに沢山の友人を作っていただろうな)
自分よりももっと社交的でいつも輪の中心にいたドラルクを思い起こす。
ドラルクには人を惹きつけるものがあり、自分もそれに惹きつけられた一人だった。
彼は今頃何をしているのだろう。
(それにしても受けたい講義の殆どが夕方からか・・・夜間も運営しているという触れ込みがあっただけはある)
夜間というよりは最早24時間運営していると言っても過言ではないシンヨコ大学、通称『眠らないポンチ大学』。
ポンチという言葉がなければまだ別の見方も出来たのだが言っても仕方ない。
それよりも狙っている講義が夕方からばかりなのであれば帰りは遅くなるだろう。
それどころか昼夜逆転も覚悟しないといけないかもしれない。
席に着いて窓の向こうで徐々に闇に染まっていく夕日をぼんやりと眺めながら溜息を吐く。
「部屋を探した方がいいかもしれないな・・・」
「それだったら私が借りたアパート来る?まだ一部屋余ってるよ」
「じゃあ後で下見にでも・・・って!!?」
思ってもみなかった声に瞬時に振り返ると、そこには何食わぬ顔で隣に座るドラルクの姿があった。
「ど、ドラルク!?な、どうしてここに!!?」
「どうしてって私もここに合格したから」
「は!?いや、だ、だが、お前は闇の世界に帰るって・・・!」
「うん、役目を終えた事の報告ついでに実家に里帰りしてたんだ。父は寂しがり屋だし仕事で忙しくしてる母も帰ってきていたからね」
「さ、と・・・がえ、り・・・」
「そんな訳だから今日から宜しくね」
「ふざけるな!!私の涙はなんだったんだ!!!??」
「とても美しかったよ?」
「そんな感想は求めてない!!!」
「まぁまぁ、そう怒らないで。ほら、ジョンを吸って落ち着いて」
「ヌ~」
「ジョン!?連れて来たのか!?」
「うん。ここの大学、動物OKでとりわけマジロはウェルカムなんだって」
「そんなアパートみたいな・・・」
「おうドラ公、その子ってもしかしてこの間屋上にいた子か?」
「おやロナルド君良い所に!悪いけど私、大学初日早々リア充なんだよねぇ~!キミ一人置いていっちゃってごめんねぇ~!?でも仕方ないよね!なんたってヒナイチくんはあの日私にす―――」
「ちんーーー!!!」
「ヌー!!」
その日、ヒナイチは初めてドラルクを砂にしたのだった。
オマケ
「ヒナイチレッドが魔法美少女を卒業してしまったプリ・・・どこかに次の魔法美少女は―――」
「コユキちゃんバイバーイ!」
「バイバイです」
「あのコユキって子、魔法美少女の素質があるプリ!あの子に―――」
「あ、拳さん。こんにちは」
「よう嬢ちゃん、奇遇だな」
変身!野球拳ピンク!
「ぐぼぇえええええ!!!」
「はぁあああ!!?なんっじゃこりゃー!!」
「また能力がバグったプリーーー!!」
「なんだこの饅頭もどき!?」
「似合ってますよ、拳さん」
「あ、そう?じゃねーよ!!」
END