ヒナコレ
「これでいい・・・か?」
洗面所の鏡に向かって身だしなみを整える。
髪の毛の寝癖はない。
朝食べたご飯の粒は口に付いてない。
歯に青海苔も付いてない。
化粧も濃くない。
表情は・・・しかめっ面だ、笑顔にしないと。
「・・・よし、行こう!」
ヒナイチは深呼吸をすると強い意思を緑色の瞳に宿して無駄のない動きで踵を返すと玄関へと向かった。
これから彼女が赴くは戦場。
しかしそれは吸血鬼退治の為の戦場ではない。
人に紛れて悪事を働く吸血鬼を尾行したり潜入して探る為の依頼でもない。
『デート』
密かに憧れ、想い寄せるドラルク隊長とのデート。
退治の為に打ち合わせをしたり共に現場の下見に行く事は多々あれど、プライベートで会ってどこかに行った事は一度もない。
つまりは初めてな訳で、失敗しないだろうかとか、醜態を晒したりしないだろうか、などの緊張が渦巻いているのでヒナイチからしてみれば戦場に行くも等しかった。
(とはいえ、厳密にはデートではないが・・・)
母君にプレゼントを贈るので参考意見を聞きたい、という事でプレゼント選びのパートナーを申し込まれた。
なので厳密に言えばこれはデートではなく『買い物に付き合う』というものだ。
しかし希美や拳にその事を話せばデートだと囃し立てられて自分でもなんとなくデートだと思い込むようになった。
だが、自分一人舞い上がってデートだと盛り上がって空回るのは避けたい。
それで冷めた目で見られて距離を空けられるのは絶対に回避せねば。
ヒナイチは逸る気持ちを抑えて玄関の扉に手をかけた。
「兄さん、行ってきます!」
「おー、気を付けてな。あ、帰りに醤油買ってきてくれ」
「ちん!」
この「ちん!」は怒りのちんだった。
待ち合わせの黒いポストを目指して歩いていると目標のポイントに意中の相手を見つけて胸の鼓動が早くなる。
緊張を解そうと何度か深呼吸をしてゆっくりと口を開く。
「ま、待たせたな、隊長」
「おやヒナイチくん。私も今来た所だよ」
穏やかに微笑みかけるドラルク隊長。
いつもはカッチリと着込んだ隊服を見ているので、今日のようなラフな格好は見慣れなくて緊張が更に高まる。
白のポロシャツは清潔感があってとてもよく似合っており、素敵だった。
「そ、そうか。それは良かった」
「そのワンピースとてもよく似合っているよ。涼し気で可愛らしいね」
「かわっ!?あ、いや・・・あり・・・が、と・・・」
褒められたのが嬉しくて、けれども恥ずかしさから目を逸らして俯く。
ちなみに希美に見立ててもらいながら買った服は吸血鬼に襲撃された時に袋を破られてあろうことかドラルクに見られた為、こちらのワンピースを急遽買い直したというのはここだけの秘密である。
自分もドラルクの服を褒めようと勇気を振り絞って視線を上げるが、いつも一緒にいるアルマジロのジョンが肩や頭の上にいないのに気付く。
「あれ?隊長、ジョンは?」
「ジョンは今日は町内手作り団扇の会に行っているんだ。それより暑いからそろそろお店の中に入ろうか」
「あ、ああ!そうだな!」
ヒナイチは緊張からやや動きがぎこちなくなりながらもドラルクと共に店の中に入って行くのであった。
「んで、ヒナイチ?隊長さんとの『お買い物』はどうだったんだ?」
「ち~ん・・・」
ギルドのカウンターテーブルの上で撃沈するヒナイチに兄のカズサがニヤニヤしながら尋ねる。
勿論このニヤついた笑顔はデートへの冷やかしではなく、デートが失敗した事に対しての冷やかしのニヤつきである。
相変わらず性格の悪い兄である。
「オッホッホッ!いくら血を分けた兄妹と言えど男相手では言いづらい事もあるだろう。私が聞いてやるぞ」
自己肯定感が天元突破していて言動が上から目線だが面倒見が良く、何気に周りの人間を鋭く観察しているキッスが隣に座ってくる。
相変わらずなセリフに苦笑いをする気力もなく、けれども聞いて欲しくてヒナイチはダラダラと愚痴を溢す。
「隊長とお店に入って五分もしない内に敵対吸血鬼に操られた人間の集団が暴れ出して・・・それの鎮圧に隊長と取り掛かってたらあっという間に時間が過ぎた・・・」
「確か隊長の母君へのプレゼントを買いに来たのだろう?次回のチャンスはないのか?」
「ない・・・騒ぎを収めた後に偶然にも贈り物にピッタリなのが近くにあってそれを購入したんだ・・・」
「ふむ・・・即決した辺り、探し求めていた物であったのと日を改める程の時間がなかったと見た」
「折角の隊長との休日がぁぁ・・・」
「元気を出すがいい、うら若き退治人よ。チャンスはまた巡ってくるだろう。マスター、ヒナイチにパフェを。私の奢りだ」
「あいよ」
その日、ヒナイチが食べたパフェは甘じょっぱかったという。
END
洗面所の鏡に向かって身だしなみを整える。
髪の毛の寝癖はない。
朝食べたご飯の粒は口に付いてない。
歯に青海苔も付いてない。
化粧も濃くない。
表情は・・・しかめっ面だ、笑顔にしないと。
「・・・よし、行こう!」
ヒナイチは深呼吸をすると強い意思を緑色の瞳に宿して無駄のない動きで踵を返すと玄関へと向かった。
これから彼女が赴くは戦場。
しかしそれは吸血鬼退治の為の戦場ではない。
人に紛れて悪事を働く吸血鬼を尾行したり潜入して探る為の依頼でもない。
『デート』
密かに憧れ、想い寄せるドラルク隊長とのデート。
退治の為に打ち合わせをしたり共に現場の下見に行く事は多々あれど、プライベートで会ってどこかに行った事は一度もない。
つまりは初めてな訳で、失敗しないだろうかとか、醜態を晒したりしないだろうか、などの緊張が渦巻いているのでヒナイチからしてみれば戦場に行くも等しかった。
(とはいえ、厳密にはデートではないが・・・)
母君にプレゼントを贈るので参考意見を聞きたい、という事でプレゼント選びのパートナーを申し込まれた。
なので厳密に言えばこれはデートではなく『買い物に付き合う』というものだ。
しかし希美や拳にその事を話せばデートだと囃し立てられて自分でもなんとなくデートだと思い込むようになった。
だが、自分一人舞い上がってデートだと盛り上がって空回るのは避けたい。
それで冷めた目で見られて距離を空けられるのは絶対に回避せねば。
ヒナイチは逸る気持ちを抑えて玄関の扉に手をかけた。
「兄さん、行ってきます!」
「おー、気を付けてな。あ、帰りに醤油買ってきてくれ」
「ちん!」
この「ちん!」は怒りのちんだった。
待ち合わせの黒いポストを目指して歩いていると目標のポイントに意中の相手を見つけて胸の鼓動が早くなる。
緊張を解そうと何度か深呼吸をしてゆっくりと口を開く。
「ま、待たせたな、隊長」
「おやヒナイチくん。私も今来た所だよ」
穏やかに微笑みかけるドラルク隊長。
いつもはカッチリと着込んだ隊服を見ているので、今日のようなラフな格好は見慣れなくて緊張が更に高まる。
白のポロシャツは清潔感があってとてもよく似合っており、素敵だった。
「そ、そうか。それは良かった」
「そのワンピースとてもよく似合っているよ。涼し気で可愛らしいね」
「かわっ!?あ、いや・・・あり・・・が、と・・・」
褒められたのが嬉しくて、けれども恥ずかしさから目を逸らして俯く。
ちなみに希美に見立ててもらいながら買った服は吸血鬼に襲撃された時に袋を破られてあろうことかドラルクに見られた為、こちらのワンピースを急遽買い直したというのはここだけの秘密である。
自分もドラルクの服を褒めようと勇気を振り絞って視線を上げるが、いつも一緒にいるアルマジロのジョンが肩や頭の上にいないのに気付く。
「あれ?隊長、ジョンは?」
「ジョンは今日は町内手作り団扇の会に行っているんだ。それより暑いからそろそろお店の中に入ろうか」
「あ、ああ!そうだな!」
ヒナイチは緊張からやや動きがぎこちなくなりながらもドラルクと共に店の中に入って行くのであった。
「んで、ヒナイチ?隊長さんとの『お買い物』はどうだったんだ?」
「ち~ん・・・」
ギルドのカウンターテーブルの上で撃沈するヒナイチに兄のカズサがニヤニヤしながら尋ねる。
勿論このニヤついた笑顔はデートへの冷やかしではなく、デートが失敗した事に対しての冷やかしのニヤつきである。
相変わらず性格の悪い兄である。
「オッホッホッ!いくら血を分けた兄妹と言えど男相手では言いづらい事もあるだろう。私が聞いてやるぞ」
自己肯定感が天元突破していて言動が上から目線だが面倒見が良く、何気に周りの人間を鋭く観察しているキッスが隣に座ってくる。
相変わらずなセリフに苦笑いをする気力もなく、けれども聞いて欲しくてヒナイチはダラダラと愚痴を溢す。
「隊長とお店に入って五分もしない内に敵対吸血鬼に操られた人間の集団が暴れ出して・・・それの鎮圧に隊長と取り掛かってたらあっという間に時間が過ぎた・・・」
「確か隊長の母君へのプレゼントを買いに来たのだろう?次回のチャンスはないのか?」
「ない・・・騒ぎを収めた後に偶然にも贈り物にピッタリなのが近くにあってそれを購入したんだ・・・」
「ふむ・・・即決した辺り、探し求めていた物であったのと日を改める程の時間がなかったと見た」
「折角の隊長との休日がぁぁ・・・」
「元気を出すがいい、うら若き退治人よ。チャンスはまた巡ってくるだろう。マスター、ヒナイチにパフェを。私の奢りだ」
「あいよ」
その日、ヒナイチが食べたパフェは甘じょっぱかったという。
END