ヒナコレ
ある夜のこと。
辺境の地『シン・ヨコ』の最果てに古びた廃宮廷があった。
普段から人の気配はなく、しかし夜になると『何か』が蠢いているという噂がまことしやかに囁かれていた。
その『何か』が人の町に降り立って脅威となる前に退治せよとの命を受けた少女がいた。
少女の名はヒナイチ。
武術の達人で腕の立つ勇敢な少女だ。
彼女は今、件の宮廷に忍び込んでいた。
(何とか侵入に成功したな・・・だが油断は禁物だ。化け物よ、出て来るなら出て来い!)
警戒心を露わにして宮廷の中を歩いて行くヒナイチ。
建物の外見は古びていながら中は掃除が行き届いているのか、妙に綺麗だった。
土埃は愚か、蜘蛛の巣でさえなかった。
人は住んでいない筈だがこれは一体どういう事なのか。
それを疑問に思いながら歩いていると、廊下の角から蠢く小さな影が見えてヒナイチはすぐさま構える。
「誰だ!?」
「・・・ヌー?」
廊下の角から現れたのは黄色の衣服とシュウマイのような帽子を被ったとても可愛らしいアルマジロだった。
「ま・・・マジロ・・・?」
見るからに敵意の無い小さな動物を前にヒナイチは近付くとしゃがみこんだ。
「お前はここに住んでるのか?」
「ヌン」
「そう、なのか・・・」
「ヌヌヌヌヌヌー!」
アルマジロは頷くと廊下の角の先に向かってヌー語を喋ると、トテトテと走り出した。
誰かいるのだろうか。
しかしこの愛らしいアルマジロが懐いているのならば話の通じる相手であるに違いない。
その者と話して噂の真相について知る事が出来るかもしれない。
それに期待してヒナイチはアルマジロの後を追いかける、が―――
「おやジョン、どうしたんだい?」
廊下の先、等間隔に建っている柱とその影、そして間から差し込む月の光の中、蠢くもの。
柱の影に居たそれはアルマジロを抱き上げる動作を見せる。
多分、身長は高く体は細い。
声からして男のようだ。
「ヌヌヌヌヌヌ」
「お客様?飛び入りかな?」
カツン、と靴の音を鳴らして月の光の下に出て来る『何か』。
それは紫色の衣服を着て、首周りにフワフワの白いファーを撒いた痩躯の男だった。
しかし月明かりの下だからか肌は青白く、耳は尖っており、ヒナイチはこの男は人間ではないと直感して瞬時に構える。
「な、なんだお前は!?」
「何って・・・先にそちらから名乗るのが礼儀でしょうが」
「わ、私はヒナイチ!この廃宮廷に潜む化け物を退治しに来た!」
「化け物?・・・って、私?」
「他に誰がいる!?」
「お尋ね者脳筋ゴリラ」
「ゴリラ?ペットでも飼ってるのか?」
「まぁね。筋肉が取り柄のゴリラで―――」
「誰がゴリラじゃ!!」
「スナァ!!」
廊下の奥から赤い衣服を着た銀髪の青年が青筋を立てながら飛び蹴りをかましてきた。
瞬間、異形の男は塵の山となり、その光景にヒナイチは仰天する。
「うわぁあああああ!!?ば、化け物がす、すな、塵に!?」
「わぁああああああ客人だぁ!!?客がいるならそう言えやクソ砂ぁ!!」
「早とちりするキミが悪いんだろうが!!」
「元に戻った!!?」
塵になった異形の男が一瞬にして元の形に戻ってヒナイチは更に混乱する。
その様子に気付いた銀髪の青年は一旦怒りを鎮めると頭をガシガシと掻きいてやや困ったように話し始めた。
「あーまぁ、なんつーかコイツは人間じゃねぇんだ。すぐに死んで塵になるけどすぐに生き返る奴でクソ雑魚で害はないから安心してくれ」
「そう、なのか・・・ところでお前は?私はヒナイチだ」
「俺はー・・・あー・・・」
「この銀髪ロナルドの名前はゴリラ」
「逆じゃ!ゴリラのロナルドだ!って誰がゴリラじゃ!!」
「スナァ!!」
異形の男はまたも殴られて塵になる。
流れるようなやり取りだがきっと日常茶飯事なのだろう。
アルマジロは異形の男が塵になる度に泣いているが異形の男もロナルドという男も気にしていない辺り、本当によくある光景なのかもしれない。
二人のやり取りをヒナイチが静観していると塵の山が元の異形の男の姿に戻り、アルマジロを抱き上げながら説明の続きをする。
「このゴリラは訳あって遠方の地で指名手配されているゴリラでね。私がこうして匿ってやっているのだ」
「そうなのか?お前は何をしたんだ?」
「あー、うん・・・まぁ、色々な・・・なぁアンタ、もしかして町の自警団か何かか?悪いけど見逃してくれねーか?」
「事と次第による。お前達はここで何をしているんだ?」
「まぁ、なんつーか・・・妖魔退治?」
「はぁ?」
「立ち話もなんだ、部屋でお茶でも入れるからそこでゆっくり話そうじゃないか。申し遅れた、こちらは私の可愛い使い魔のアルマジロのジョン。そして私はドラルク」
異形の男―――ドラルクと名乗った男は徐にヒナイチの手を取る。
「以後宜しく、美しいお嬢さん」
言葉と共にヒナイチの手に落とされる口付け。
男性からの初めての振る舞いにヒナイチは反射的にドラルクを殴って塵にし、ジョンの鳴き声が月夜に響くのであった。
END
辺境の地『シン・ヨコ』の最果てに古びた廃宮廷があった。
普段から人の気配はなく、しかし夜になると『何か』が蠢いているという噂がまことしやかに囁かれていた。
その『何か』が人の町に降り立って脅威となる前に退治せよとの命を受けた少女がいた。
少女の名はヒナイチ。
武術の達人で腕の立つ勇敢な少女だ。
彼女は今、件の宮廷に忍び込んでいた。
(何とか侵入に成功したな・・・だが油断は禁物だ。化け物よ、出て来るなら出て来い!)
警戒心を露わにして宮廷の中を歩いて行くヒナイチ。
建物の外見は古びていながら中は掃除が行き届いているのか、妙に綺麗だった。
土埃は愚か、蜘蛛の巣でさえなかった。
人は住んでいない筈だがこれは一体どういう事なのか。
それを疑問に思いながら歩いていると、廊下の角から蠢く小さな影が見えてヒナイチはすぐさま構える。
「誰だ!?」
「・・・ヌー?」
廊下の角から現れたのは黄色の衣服とシュウマイのような帽子を被ったとても可愛らしいアルマジロだった。
「ま・・・マジロ・・・?」
見るからに敵意の無い小さな動物を前にヒナイチは近付くとしゃがみこんだ。
「お前はここに住んでるのか?」
「ヌン」
「そう、なのか・・・」
「ヌヌヌヌヌヌー!」
アルマジロは頷くと廊下の角の先に向かってヌー語を喋ると、トテトテと走り出した。
誰かいるのだろうか。
しかしこの愛らしいアルマジロが懐いているのならば話の通じる相手であるに違いない。
その者と話して噂の真相について知る事が出来るかもしれない。
それに期待してヒナイチはアルマジロの後を追いかける、が―――
「おやジョン、どうしたんだい?」
廊下の先、等間隔に建っている柱とその影、そして間から差し込む月の光の中、蠢くもの。
柱の影に居たそれはアルマジロを抱き上げる動作を見せる。
多分、身長は高く体は細い。
声からして男のようだ。
「ヌヌヌヌヌヌ」
「お客様?飛び入りかな?」
カツン、と靴の音を鳴らして月の光の下に出て来る『何か』。
それは紫色の衣服を着て、首周りにフワフワの白いファーを撒いた痩躯の男だった。
しかし月明かりの下だからか肌は青白く、耳は尖っており、ヒナイチはこの男は人間ではないと直感して瞬時に構える。
「な、なんだお前は!?」
「何って・・・先にそちらから名乗るのが礼儀でしょうが」
「わ、私はヒナイチ!この廃宮廷に潜む化け物を退治しに来た!」
「化け物?・・・って、私?」
「他に誰がいる!?」
「お尋ね者脳筋ゴリラ」
「ゴリラ?ペットでも飼ってるのか?」
「まぁね。筋肉が取り柄のゴリラで―――」
「誰がゴリラじゃ!!」
「スナァ!!」
廊下の奥から赤い衣服を着た銀髪の青年が青筋を立てながら飛び蹴りをかましてきた。
瞬間、異形の男は塵の山となり、その光景にヒナイチは仰天する。
「うわぁあああああ!!?ば、化け物がす、すな、塵に!?」
「わぁああああああ客人だぁ!!?客がいるならそう言えやクソ砂ぁ!!」
「早とちりするキミが悪いんだろうが!!」
「元に戻った!!?」
塵になった異形の男が一瞬にして元の形に戻ってヒナイチは更に混乱する。
その様子に気付いた銀髪の青年は一旦怒りを鎮めると頭をガシガシと掻きいてやや困ったように話し始めた。
「あーまぁ、なんつーかコイツは人間じゃねぇんだ。すぐに死んで塵になるけどすぐに生き返る奴でクソ雑魚で害はないから安心してくれ」
「そう、なのか・・・ところでお前は?私はヒナイチだ」
「俺はー・・・あー・・・」
「この銀髪ロナルドの名前はゴリラ」
「逆じゃ!ゴリラのロナルドだ!って誰がゴリラじゃ!!」
「スナァ!!」
異形の男はまたも殴られて塵になる。
流れるようなやり取りだがきっと日常茶飯事なのだろう。
アルマジロは異形の男が塵になる度に泣いているが異形の男もロナルドという男も気にしていない辺り、本当によくある光景なのかもしれない。
二人のやり取りをヒナイチが静観していると塵の山が元の異形の男の姿に戻り、アルマジロを抱き上げながら説明の続きをする。
「このゴリラは訳あって遠方の地で指名手配されているゴリラでね。私がこうして匿ってやっているのだ」
「そうなのか?お前は何をしたんだ?」
「あー、うん・・・まぁ、色々な・・・なぁアンタ、もしかして町の自警団か何かか?悪いけど見逃してくれねーか?」
「事と次第による。お前達はここで何をしているんだ?」
「まぁ、なんつーか・・・妖魔退治?」
「はぁ?」
「立ち話もなんだ、部屋でお茶でも入れるからそこでゆっくり話そうじゃないか。申し遅れた、こちらは私の可愛い使い魔のアルマジロのジョン。そして私はドラルク」
異形の男―――ドラルクと名乗った男は徐にヒナイチの手を取る。
「以後宜しく、美しいお嬢さん」
言葉と共にヒナイチの手に落とされる口付け。
男性からの初めての振る舞いにヒナイチは反射的にドラルクを殴って塵にし、ジョンの鳴き声が月夜に響くのであった。
END