賑やかホワイトデー

買い物を終えて事務所に戻ってからのドラルクは大活躍だった。
まず、ロナルドとヒナイチに運ばせた食材を冷蔵庫にしまいつつそれぞれにお菓子作りの為の指示を出していた。
それだけにとどまらず、自身の分のお菓子作りの準備も着々と進めていた。
しかしそれでもミラが舌を巻いたのは、あれだけの大量の食材を冷蔵庫に詰め切った点だ。
故ドラルク城の冷蔵庫よりも小さくて入りそうにもないのにドラルクは見事に全て入れきってみせたのだ。
髪を一つに纏め、ドラルクの予備のエプロンを借りてコンロの前でオレンジピールを煮詰めながらミラは呟く。

「あれだけの量を全て仕舞えるなんて・・・凄いな」
「ゲームのパズル感覚でしまってるそうですよ」

同じく髪を一つに纏め、黄色のインコの刺繍が施された黄緑色のエプロンを着たヒナイチが小さく笑いながら答え、頭の上に乗ってるジョンが「ヌンヌン」と頷く。
彼女の鍋の中では苺が砂糖と共に煮詰められて甘い香りを放っている。
感心したようにミラが「相変わらず器用だな」笑うと事務所の方からロナルドが戻って来た。

「若造、メビヤツのバナナ焼き監督は終わったか?」
「おう。綺麗に焼けたぜ」
「丁度良い。今まな板が空いているから材料を切ってろ」
「ドラルク、ジャムの味見をしてもいいか!?」
「いいけどちょっとだけに―――」
「美味しい!美味しい!」
「食べ過ぎだよヒナイチくん!」
「ヌンヌー!」
「お、俺も一口くれよ!」
「ジョン、味見はそこまでにしておきなさい!ロナ造はさっさと材料を切れ!」

子供のように味見ではしゃぐヒナイチとジョンとロナルドにドラルクの母親のような叱る声が飛ぶ。
賑やかなのは買い物だけではないようでミラは思わず笑った。

「あ、お母様、時間ですのでもう煮詰めるのは十分ですよ。火を止めて下さい」
「ああ、分かった」

ドラルクの指示に従って火を止め、それからオレンジの皮をバットの上に一つ一つ並べて冷めるのを待つ。
その間にドラルクは空いたコンロを使ってお返しのカヌレを作る為の下準備に取り掛かる。
無駄なくそつなく料理の準備をするドラルクの姿にミラはまたドラウスを思い出す。

(似ているな)

やはり自分とドラウスの息子だ、としみじみと噛み締めながらミラは程良く冷めたオレンジの皮にグラニュー糖をまぶして混ぜると冷蔵庫に入れた。
冷蔵庫の中にはミラがオレンジピールを入れる為のスペースがしっかり残っており、流石はドラルク、と心の中で賞賛の言葉を贈った。
しかしこれで終わりではない。
次の作業をするべく、ミラは食器がしまわれている戸棚を開ける。

「ドラルク、お前が使っている皿はどれだ?」
「薄紫色の奴です」

「ぐぶぶ、同胞よ。相談良いか」

「はいはい、今行きますよー」

いつの間にやら下準備を華麗に終えたドラルクがカヌレをオーブンに入れてスイッチを入れると忙しなく水槽にいる吸血デメキンの元に駆け寄った。
この金魚といい、今はスリープ中らしい吸血鬼死のゲームとやらといい、この事務所にも変わった吸血鬼が多いようである。
入り口横のメビヤツに関しても九十九吸血鬼になったというよりは自我が芽生えたのだとかなんとか。
ジョンと城に引き籠っていた時とは随分様変わりしたものである。
思い詰めていた頃のミラであれば色々考えるものがあったが、ドラルクと対話してこうやって親子の時間を過ごしている今は気持ちの余裕があって良い方向に考えられていた。

(さて、私の得意料理を作るか・・・挟むだけだが)

心の中で苦笑いをしながら冷蔵庫から取り出したマーガリンと購入したサンドイッチ、そして前日に購入しておいたブラッドジャムを取り出して机の上に広げる。
作るのは勿論、ブラッドジャムサンドだ。
パンの片面にマーガリンを塗り、それからジャムを塗ってもう一枚のパンで挟むだけの簡単な料理。
もはや料理と呼んでいいかも微妙な所であるがドラウスは絶賛してくれるし、何より幼かった頃のドラルクが食べやすくて美味しいと嬉しそうに食べていたものだ。
自分が出来る少ない母親らしい事なので細かい事は考えないようにした。
本当は平等にロナルドやヒナイチの分も作ってあげたいところだが人間用の料理を用意出来る腕は持ち合わせてないので、その代わりとしての意図が買い物の支払いには含まれていたりする。

(ドラルクの分はこれで十分だな。ジョンの分は・・・)

「ドラルク、カヌレ―――」
「味見は無しだよ」
「っ!!?」
「いいじゃねーかよ!」
「そうだそうだ!!」
「味見と称して沢山食べるだろ!それに若造とヒナイチくんが食べてたらジョンも食べてしまうから駄目じゃ!ジョンがダイエット中なのは知ってるだろう!?」
「ヌァァ・・・」

残念そうに嘆きながらジョンの耳がパタリと寝て、ヒナイチのアンテナがしょぼしょぼと萎れ、ロナルドは渋柿を食べて渋い顔を浮かべるゴリラのような表情になる。
この後に夕食が控えているのにどれだけ食いしん坊なのだろうか。
底無しの胃袋を怖ろしく想いながらも苦笑を浮かべているとジョンと目が合った。

「・・・」

無言でブラッドジャムを手に持って見せるとジョンの耳がピン!と立った。
それからすかさず小さな右手と左手それぞれで指を三本立ててきた。

「ジョン、二つまでならいいよ」
「ヌッ・・・ゥン!」

一瞬だけ残念そうにしたジョンだが、それでも食べても良い許しが出たので妥協したようである。
「ジョンを甘やかさないで下さい!」と怒られるかと思ったが、暗黙の許しを得られたのでミラはジョンの分のブラッドジャムサンドを作った。

「ほら、それよりヒナイチくんはもうすぐジャム完成でしょ?目を離したら焦がしちゃうよ」
「そ、そうだった!」
「若造もさっさと作らんとバナナそのまま返す事になるぞ」
「わーったよ」

上手く二人を動かしながらドラルクは次なる材料を取り出して何かを作ろうとしている。
石鹸で手を洗いながらミラはそれを横から覗いて尋ねる。

「ドラルク、それは?やけに小さいようだが・・・」
「ジョンのダイエット用おやつのお豆腐ドーナツです。ヘルシーでカロリー控えめになるように一口サイズに作ってます」
「ヌェ~?」
「ダイエットに成功したらチートデイで好きな物が食べられるんだからそれまで我慢だ、ジョン」

ヒナイチの頭の上からドラルクの肩の上に飛び移っていたジョンはガッカリとでも言いたげに肩を落とす。
その様子にミラは小さく噴き出すと手をタオルで拭き、冷蔵庫から完成したオレンジピールを取り出した。
中々の出来・・・だと思う、恐らく。

「ドラルク、私の作ったオレンジピールを味見してくれないか?」
「ええ、勿論」
「それからジョンも」
「ヌッ!?」
「お、お母様―――」
「固いことを言うな。味見くらい、いいだろう?」

ニコリと微笑んで言えばドラルクは「・・・まぁ、味見くらいなら」と、渋々許可を出してくれた。
家族として言うべき事は母親のミラであってもハッキリ言うドラルクだが、それ以外だと案外甘いのかもしれない。
ジョンに一つ渡したらジョンは上機嫌でそれを「ヌイシイ~」と言いながら食べてくれた。

「お前も食べるか?」
「いただきます!」

ジャムの仕上げをしていたヒナイチに声をかけたら瞳を輝かせて即答してきた。
一つ摘んで食べる姿はハムスターのよう。
ハムスターと言えばドラウスの使い魔のチュー子とチュー男を思い出した。
元々ドラウスやチュー子達の分も作っていたが、もう少し多めに持って行く事にしよう。
そんな風に考えていると視線を感じた。
振り返れば「自分も・・・」と言いたげにもじもじと照れ顔を浮かべるロナルドがオレンジピールに熱視線を注いでいた。
ドラルクと同じくらい背が高くて力も強いらしいのに案外気は小さいようだ。
少しドラウスに似ていると思いながら「お前も食べるか?」とバットを差し出したら「あ、ありがとうございます!いただきます!」と一つ摘んで食べた。
もしかしたらドラルクが大量の料理を作る楽しみの中には、こうした餌付けをしている気分を楽しむ為でもあるかもしれないと内心思うミラであった。






「今日は楽しかったぞ、ドラルク」
「いえ、私もとても楽しかったですよ、お母様。またお買い物に行ったりお料理を作りましょう」

オレンジピールを詰め終わり、ドラルク達のお菓子作りも終わる頃。
荷物をまとめるミラをドラルクとドラルクの肩に乗ったジョン、そしてヒナイチとロナルドが見送る為に事務所側の窓辺に集まっていた。
変身と飛行能力を持つので窓から出て行く方が早いという事で窓からの見送りとなった次第である。

「それからこちらをどうぞ」

言いながらドラルクが渡して来たのは綺麗にラッピングされた、チョコやフルーツなどで美しいトッピングを施された四つのカヌレだった。
お返し用にと用意されていたそれとドラルクを見比べながらミラは戸惑う。

「ま、待てドラルク。これはお前がホワイトデーのお返しに用意した物じゃ・・・」
「少し多めに作っておいたので大丈夫ですよ。吸血鬼用の味付けをしてありますのでお父様とお茶の時間にお楽しみください」
「ドラルク・・・ありがとう。美味しくいただくよ」
「はい」

純粋な笑顔で嬉しそうに頷くドラルク。
ミラが見たかった、そして向けてほしかった笑顔がそこにあって胸がいっぱいになる。
また一つ、ドラルクとの時間を取り戻せた気がした。

「またいつでも来てください」
「私達も歓迎しますので」
「ヌー!」

屈託なく優しい言葉をかけてくれるロナルドとヒナイチとジョン。
最初は距離感に困ったが、今ではすっかりそれを感じないで自然体でいられる。

「ああ、感謝する。では、またな」

微笑みながら頷き、開け放たれた窓の向こうの月を見上げる。
今夜は満月だ。
ミラはオレンジジャムとオレンジピール、そしてカヌレを入れた鞄をしっかり手に持つと意識を集中させ、その身を無数の蝙蝠に変えて夜空に飛び立って行った。
闇夜に溶けて栃木のドラウス城に向かう蝙蝠の群れの中、一匹だけが僅かに振り返る。
振り返った先には愛息子とその使い魔、そして友人達がミラの姿が見えなくなるまで見送ってくれているのであった。









「という事があったんだ」
「ウェーン!どうして俺を誘ってくれなかったのミラさぁあああん!!」

栃木のドラウス城でドラウスが淹れてくれた紅茶とドラルクが渡してくれたカヌレを楽しみつつ、本日の買い物とお菓子作りについて話していたミラ。
ドラウスは最後まで嬉しそうにミラの話を聞いていたが、それが終わった所で盛大に本音を漏らしながらテーブルに突っ伏した。
テーブルの真ん中でオレンジピールを食べていたチュー子とチュー男は食べるのをやめるとドラウスの傍に寄ってチューチューと慰め始める。
「ありがとう」とチュー子とチュー男を撫でながらもドラウスは尚も突っ伏し続ける。

「俺もドラルク達と一緒に買い物に行ったりお菓子作りたかったぁぁぁ・・・俺なんて棚の裏に落ちてそのまま忘れられる本、紙、小物・・・」
「す、すまない、ドラウス。お土産を買ってお前を驚かせたくて内緒で行ったんだ。一緒にお菓子を作る事になったのは想定外だが」
「うん、分かってる。ミラさんは喜びと幸福をもたらす満開の薔薇の如き女性だから・・・でも今度は呼んでくれると嬉しい」
「ああ、次は呼ぶぞ。約束だ」
「うん!約束!!」

ガバッと起き上がって満面の笑みで言い放つドラウスは何度も子供のような言動を見せたロナルドとヒナイチと大差なかった。
けれどドラウスの事を心から愛しているのでミラはドラウスのそういった子供っぽい所は全く気にならなかったし、むしろ愛しいとすら思っている。

「それよりもドラルク達と楽しんでこれたようで良かったよ。ポール君達は親切にしてくれただろう?」
「ああ。一緒にお土産を考えてくれたし、荷物も持ってくれた」
「ポール君はアホだが気の良い奴でな。吸対の少女も真面目で親切な子なんだ」
「どちらも退治人と吸対なのにドラルクと仲良くしてくれて安心もしたし、嬉しかった」
「俺も同じ気持ちだよ、ミラさん。最初は心配で仕方なかったけどドラルクはいつも楽しそうにしてる。それにジョンに話を聞いても彼らやドラルクの周りの者たちは優しく接してくれているそうなんだ」
「そうなのか。ドラウスやジョンが言うなら間違いないな。ドラルクが良い人間たちと出会えて本当に良かった」

柔らかな笑みを浮かべるミラの表情にドラウスは安心する。
いつかドラルクを拉致した時のような悩みを抱え、思いつめたような表情はそこにはなく、あるのはただ息子の幸せと安寧に安堵する母親の顔だった。
呼んでもらえなかったのは少し寂しいが、それでもミラがドラルク達と楽しい時間を過ごせた事の方がドラウスにとっては何よりも嬉しい事実に違いはなかった。

「さて、俺はドラルクの作ったこのカヌレを美味しくじっくり堪能したらホワイトデーのお菓子作りをするかな」
「私に何か出来る事はないか?」
「じゃあ傍にいてミラさん!ミラさんが傍にいるだけでケーキが究極の仕上がりになるから!!あ、でもミラさんがドラルクやポール君達と選んだジャム使うの超勿体無い・・・俺はどうしたら・・・俺は日焼けして絵柄が殆ど浮いてないシール・・・」
「また今度ドラルク達と選んでくる。ドラウス専用のジャムを」
「ありがとうミラさん!ミラさんはどんな時でも光を反射して美しく輝くステンドグラス!」

相変わらずの夫婦を見やりながら、チュー子とチュー男は再びオレンジピールを齧り始めるのだった。






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