ポンチと踊るダンスホール

「んな訳あるか!!」
「スナァ!」
「ヌー!!」

いつもの喧嘩が床下越しに聞こえてヒナイチはクスクスと笑い声を漏らす。
からかわれて怒ったロナルドがドラルクを殴り、砂になったドラルクにジョンが悲痛な鳴き声を響かせる。
このにっぴきの日常を床下で聞きながら書類作成するのがヒナイチの日課だった。
騒がしいものの聞いてて面白いので案外作業は捗る。
受験生などがラジオを聞きながら勉強をするようなものだ。
そうしてカリカリとペンを走らせていると、バタン、という誰かが事務所から出て行く音が聞こえた。

(ロナルドだな。今日は半田達と飲みに行くとか言っていたな)

昨夜の夕食にロナルドが半田とカメ谷に飲み会に誘われたから翌日の夕飯はいらないと言い、ドラルクが「じゃあ明日の夕飯はお肉祭りにしようか」とジョンとヒナイチに楽しそうに語り掛けてきたのは記憶に新しい。
「何でそんな事すんだよ!!」と泣きながらドラルクを殺していたロナルドの暴力による訴えもまた記憶に新しい。
ちなみにお肉祭りは別日になり、今日はヒナイチリクエストの和食メニューだ。
そろそろ出来る頃だろうと席から立つのと同時に上からドゴッという鈍い音が床下越しに届く。

(あ、何かにぶつかって死んだな)

ヒナイチの予想は当たり、すぐ後にジョンの嘆き声第二弾が聞こえた。
何か物が当たる音がした時、一瞬だけ静かになった時、他にも何かしらの微妙な変化が起きた時にナイチは床下越しからでもドラルクの死を察知出来るようになった。
本当にちょっとした事で死ぬドラルク。
むしろ死んでない事の方が殆どないドラルク。
すぐに蘇るとはいえ、ドラルクにとっては世界の全てが自身の命を脅かす凶器である筈なのに―――

「ヒナイチくーん!ご飯出来たよー!」

いつでも楽しそうでいる。
もしもヒナイチがドラルクだったら世界が怖くて城どころか棺桶に引き篭もっていただろう。
それなのにドラルクは危険は二の次で、後先考えずに己の欲望のままに未知の世界に飛び込んで行こうとする。
それは無謀でもあり、命知らずでもあり、悪く言えば神経が図太く、良く言えば勇敢である。
そんな危なっかしくも騒がしくて賑やかなドラルクがヒナイチはいつからか目が離せなくなっていた。
いつどこで死んでしまうか分からないからか、それとも胃袋を掴まれた弱みからかは分からないがどちらでも良かった。
それに―――

「今日のデザートは芋羊羹だよ。冷蔵庫に入ってるから好きなタイミングで食べてね。赤いお皿がヒナイチくんので青いお皿が若造の分だから」

この畏怖とは程遠い満面の笑顔を見れるなら目が離せない理由など本当に何でも良かった。
いつでも笑顔で自分を迎えてくれるなら―――。

「ん?どうしたの?何か良い事でもあった?」

どうやら知らずのうちにニヤけてしまっていたらしい。
慌てて被りを振ってそれらしい理由を取り繕う。

「で、デザートに芋羊羹があって嬉しいと思っただけだ!」
「そ?ちなみに芋羊羹のリクエストをしたのはジョンだよ」
「偉いぞ、ジョン」
「ヌフッ」

ドラルクの肩の上に乗ってるジョンの頭を優しく撫でると「えっへん」と言わんばかりに笑った。
しかしそこで、テーブルにジョンの分のご飯が用意されていない事に気付いてドラルクに尋ねようとするとドラルクは忙しなくエプロンを脱いでいつものジャケットやマントを着ようとしている所だった。

「どこか出掛けるのか?」
「うん。クソ能力学会の会長さんに今度の学会についての打ち合わせに呼ばれてね」
「何だ、その不毛な学会は・・・」
「失敬な。確かに一見不毛だけどその実は吸血鬼としてクソみたいな能力に目覚めた人達の自虐に対して粗探ししてクソ能力ではない事を証明する会だよ」
「そ、そうか」
「ただまぁ、まごう事なきクソ能力者もたまにいるけど」
「それはそれで本当に哀れだな・・・」
「ヒナイチくんも一緒に行く?」
「いや、遠慮する。クソはゲームだけでお腹いっぱいだ」
「そう?じゃあ申し訳ないけど今日は一人で食べてね」
「ああ、分かった。戸締りもしておくぞ」
「ありがとう。それじゃあ行ってくるね、私の可愛いお嬢さん」

自然な流れで、慣れた手つきでヒナイチの手を取って甲に口付けを落とすドラルク。
不意打ちであり、未だその行為に慣れないヒナイチはアンテナをピシッと伸ばして狼狽える。

「なっ!?お、おおおお前はまた気障な真似を・・・!!」
「フフフ、出かける前のレディへの当然の挨拶さ。それじゃあね」

手をひらひらと振りながらドラルクはさっさと事務所から出て行く。
その際、ジョンがヌヒヒ、とニヤニヤ笑っていたのをヒナイチは見逃さなかった。

「全く・・・アイツは・・・アイツは本当に・・・!」

ぶつぶつと呟きながらブラインドを少し開いて窓の下を覗く。
気障な吸血鬼は今にも踊り出しそうな足取りで騒がしい町中に溶け込んでいく。

「ちん・・・」

熱い顔を両手で覆う。
きっと真っ赤になっている事だろう。
ロナルドが出掛けていて良かった、こんな顔を見られる訳にはいかない。

「・・・ご飯・・・に、しよう・・・」

テーブルの席に座って手を合わせて挨拶をし、ご飯を食べる。
どれも美味しい。
けれど一口噛み締める度にドラルクの顔が脳裏に浮かんで箸の進みが遅くなる。
いつもならすぐに平らげるのに今日は遅くて、その分だけ思考をドラルクが埋め尽くすというドラルクループに陥る。
それはデザートの芋羊羹を食べる時もそうで、その日のヒナイチの食事は終わるのにとても時間がかかるのだった。






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