ポンチと踊るダンスホール

「よう、ヒナイチ。こんな所で会えるなんてな・・・運命を感じないか?」
「いえ、別に・・・」

ロナルド・ドラルク・ドラルクの頭の上に乗ってるジョンのにっぴきで夜のシンヨコをパトロールしていた時の事。
吸対として別行動で同じくパトロールをしていたヒナイチをナンパしているであろう顔立ちの良い男を見かけて二人は足を止める。

「・・・俺一瞬、アレも変態吸血鬼の催眠にかかった一般人なんじゃって勘違いしたわ」
「見えるもの全て変態に見えるようになったか、変態ゴリラスナァ」
「ヌー!!」

ロナルドの無言の怒りパンチでいつものようにドラルクは砂になり、それをジョンが嘆く。
だがすぐにドラルクは再生したのでジョンもすぐに泣き止んだ。

「だがまぁ言いたい事は分からんでもない。常識が覆って何が正しいのか分からんのがシンヨコだからな」
「公然猥褻の該当基準とかここじゃ分かんねーもんな」
「ゼンラニウムがいるからな。しかしアレは普通に職務妨害だから追い払ってやった方がいいのではないか」
「それもそうだな。あの、すいません!」

帽子を抑えながらヒナイチの元に走って行くロナルドの後にドラルクも続く。
二人は間に立つとロナルドは男の方を、ドラルクはヒナイチの方を見てそれぞれに声をかける。

「大丈夫かい?ヒナイチくん」
「ヌイヌーヌ?」
「あ、ああ、問題ない」
「すいません、コイツ仕事中なんで他当たってくれませんか?ていうか警察なんでしょっぴかれますよ?」
「ま、待ってくれ二人共!助けてくれたのは有難いが一応その人は私の高校の先輩なんだ!」
「「え?」」
「ヌ?」

にっぴき揃ってヒナイチを見る。
普段はクッキーモンスターとはいえ、基本は真面目でこの手の輩を嫌いそうなヒナイチの先輩がこれ?とでも言いたげに。
その視線が痛い程分かりながらもヒナイチは困ったような顔をしてどう説明したものかと悩んでいると、男の方から勝手に話を始めた。

「これは失礼、勘違いをさせてしまったね。俺の名前は他聞檬照(たぶん もてる)。ヒナイチが通っていた高校の自分で言うのもアレなイケメンな先輩だ。もしやキミ達はイケメンの俺にヒナイチが取られると焦って出てきてくれたモブ君かな?」
「何だねこの新ジャンルの痛々しい男は」
「ヒナイチ、お前この先輩とどういう関係なんだ・・・?」
「説明するから可哀想なものを見るような目で見ないでくれ!先輩と私は―――」
「あれは、俺が高校二年生の時―――」
「おい待て。俺達はヒナイチに聞いてんだよ」
「桜の木がピンク色から緑に色付いた五月」
「聞いてんのかコラ!!勝手に回想に入るんじゃねぇつってんだよ!!!」
「諦めろ、この男も大概ポンチだ」

ロナルドのツッコミを無視して檬照は勝手にファーっと回想に突入する。

「自慢じゃないが俺は高校でめっちゃモテた。女の子はみんな、俺が挨拶をすれば挨拶を返したし、落とし物をしたら届けてくれた」
「そりゃな」
「人として当然の礼儀と親切だな」
「俺がテストで悪い点を取って窓際でアンニュイな雰囲気で立ってたらこぞって心配してくれた」
「それ別の意味で心配されてたんじゃねーの?」
「というかテストで悪い点取るとか普通にダサいな。イケメン度ダダ下がりだろ」
「イケメンに頭脳の良し悪しは関係ないだろう?」
「あると思うぞ」
「イケメンとバカじゃ圧倒的にバカの方が属性的に勝るからな」

檬照以外の面子の頭の中で武々夫が浮かんだのはここだけの話である。

「話の続きをしよう」
「結構です」
「無駄だ、若造。何が何でも続行する雰囲気だぞ」
「一日の授業を終えてそのまま帰ろうとしたある日の事」
「え?アンタ帰宅部だったの?」
「イケメンはサッカー部やらテニス部やら大抵何かしらの部活に入って活躍して女子にキャーキャー騒がれてるもんだろ」
「いやでもワンチャンバイトに行ってたって可能性も・・・?」
「女の子達が俺を放課後デートに誘えるように俺は敢えて部活やバイトはしていなかったんだ。ただ、抜け駆け禁止の暗黙のルールや照れたり恥ずかしがったりして声をかける女の子はいなかったがな」
「話せば話す程自分のバカさ加減を露呈していくな、この男」
「武々夫といい勝負だな」
「だがあの日、この俺に惚れない女の子がいるという事実に衝撃を受けた。そしてそれは同時に俺が不覚にも恋に落ちてしまった瞬間でもある」
「なぁ、コイツもう殴って黙らせた方がいいんじゃないか?」
「だな。俺もなんか段々腹立ってきたわ」
「ヌー」
「お、落ち着けにっぴきとも。気持ちは分かるが・・・」

ドラルクは青筋を立て、ジョンは今にも舌打ちしそうな表情を浮かべ、ロナルドは拳の骨を鳴らしてアップを始める。
本当はヒナイチも殴る側に回りたかったが、相手が一応は一般人の年上の先輩であるが為に必死に抑えに回るのだった。

「下駄箱の前まで来て俺は委員会がある事を思い出し、教室に急いだ。するとやはりと言うべきか、俺以外の委員は集まっていた」
「やはりもクソもないだろ」
「つーか何で語り口調なんだよ腹立つな」
「その中にはヒナイチもいた。同じ委員会に入った時から知っていたが重要なのはそこじゃない。ヒナイチは俺を見るなり屈託のない笑顔で『先輩、クッキーどうぞ!』とクッキーを差し出してきた。その時、俺の中で恋に落ちる音がした」
「チョロ過ぎるだろ!!!大阪のおばちゃんに飴玉貰っただけでも恋に落ちるだろアンタ!!」
「ヒナイチくん、真実の程は?」
「ヌ?」
「先生がお土産で買ってきてくれたクッキーをみんなで食べる事になって、私は夢中になって食べてたんだ。そしたら先輩が来て、先輩の分が最後の一枚しかなかったから何食わぬ顔で内心泣く泣くあげただけだ」
「クッキーモンスターの片鱗はその頃からあった訳か」
「あの時俺は戸惑った。こんな簡単に自分が恋に落ちるだなんて認められなかった」
「自分のチョロさを自覚したか、と言いたい所だが」
「そんな殊勝なもんじゃないだろうな」
「恋は惚れた方が負け・・・だから俺はヒナイチの方が先に俺に惚れているに違いないと確かめるべく、委員会が終わった後すぐにヒナイチに壁ドンした」
「いや怖ぇだろ!!」
「何でもない奴からのいきなりの壁ドン程怖いものもないな」
「だがヒナイチは動揺する素振りも見せずに壁に手を突いた俺の腕の下を条件反射で潜って行った」
「条件反射で潜ったの!?」
「ああ、部活で急いでいたからな」
「何だかんだ言って吸対のエースだなお前!!」
「その日から俺はヒナイチに会う度に壁ドンを試みた・・・卒業するまで」
「卒業するまで!?バカなん!?」
「通報案件だドン」
「ヌン」
「中々俺に靡かないヒナイチに俺は気付けば恋に落ちていた・・・思えば最初の壁ドンが効かなかった時から恋に落ちていたと思う」
「ヒナイチくんも大変だったね、こんなポンチに絡まれて」
「先生とかに相談しなかったのか?」
「勿論だ。そしたら私の半径20km以内に先輩が近付いたら罠が発動するようにしてくれた」
「それもう学校にすら入れねーじゃん!!どんな学校!?」
「教室の中と校庭は問題なかったぜ。それ以外が鬼門だったな・・・すっかり身も心も鍛えられたぜ」
「本物のバカだな」
「お疲れ、ヒナイチ」
「ヌー」
「ああ・・・」

労うようにロナルドとジョンがヒナイチの肩に手を置く。
するとそれが癇に障ったらしく、途端に檬照がロナルドに食ってかかった。

「オイそこのモブ!俺のヒナイチに気安く触れるな!」
「誰がモブじゃ!!こちとらそこのクソ雑魚吸血鬼と作品の双璧を成す主人公じゃボケェ!!!」

ギャーギャーと始まるゴリラと真のモブキャラの諍い。
ある意味でいつものシンヨコの光景とも言えよう。
それを興味なさそうに眺めながらドラルクは隣で疲れたような表情を浮かべるヒナイチに話しかける。

「ヒナイチくんも災難だね」
「ああ・・・クッキー一枚でどうしてこんな事に・・・」
「それはキミもそうでしょ?私のクッキーを食べたのがきっかけでクッキーモンスターとして覚醒したんだから」
「お前のクッキーは美味しいからな。だが、あの時先生がお土産で買ってきてくれたクッキーも美味しかったぞ!種類も沢山あったんだ!」
「はいはい、そうやって私を焚き付けて美味しいクッキーを沢山焼いてもらう魂胆ね。で、どんなクッキーがあったのかな?」
「ジャムとかチョコを挟んだやつとか他にもステンドグラスクッキーやラングドシャもあったぞ!」
「ふむふむ、なるほどね。じゃあ今度それを作ろうかな」
「やった!クッキー!」
「ヌンヌヌンヌー!」
「ん?ジョンはどんなクッキーが食べたいんだい?」
「ヌョコヌッヌヌッヌー!」
「チョコチップクッキー!私も食べたい!」
「じゃあチョコチップを沢山入れたのを作るよ」
「やったな、ジョン!」
「ヌッショーイ!」
「忘れない内にメモを・・・っと!」

作るクッキーの種類と必要な材料をメモしようとスマホを取り出そうとするも落としてしまうドラルク。
それを拾おうとして屈んだ瞬間、通りすがりのY談おじさんがY談波を放って行った。
その場にいる全員がY談催眠にかかったものの、ドラルクだけは屈んでいたのと頭の上にジョンがいた事でそれを免れた。

「ピーピー」
「あぁ!?私のジョンが!!?」
「またテメーかよ!程よい弾力のおっぱい!!(いい加減にしがやがれ!!)」
「ちん―――」

Y談おじさんをゴリラパンチでしばくロナルドに続いてヒナイチが「またお前か!」という意味でちんちんを連呼しそうになったその時―――

「夜なんだから大きな声を出しちゃ駄目だよ、ヒナイチくん」

ドラルクの人差し指がヒナイチの口元の前に立てられる。
ポンチな事態に一体何を言っているんだと思ってドラルクを見やれば、ドラルクはもう片方の手で自分の口元に同じように指を立てて喋ってはいけないと示しており、頭の上のジョンも同じポーズを取っていた。
そんな一人と一匹のヒナイチを見下ろす瞳は優しい。

(あ、そういえば・・・)

そこでヒナイチは漸く気付く。
今ここにはシンヨコのポンチどもに負けないポンチな先輩がいるが、彼の立ち位置としては『他所から来た』知り合い。
シンヨコの住人相手ならまだしも、そうでない人の前で平然とちんちんを連呼してしまう所だった。
ヒナイチが恥をかかないように配慮して自然でそれらしい理由を作ってくれたドラルクに感謝と喜びの気持ちが沸き上がる。

(ありがとう、ドラルク)

筆談やスマホの入力をしようとしてもY談催眠の影響下にある時はY談しか話せないらしいので目で感謝の念を伝える。
上手く伝わったのか、ドラルクは優しく微笑んで頷いてくれた。

「お、おい!お前!!」

そんな二人のやり取りを目撃して慌てる檬照。
高校時代、どれだけ壁ドンを試みたりアプローチをしても見る事の叶わなかったヒナイチの頬を赤らめた顔。
それをドラルクはいとも簡単に引き出してみせた。
どころか少し特別で親密な雰囲気を醸し出すなど見ていて許せるものではない。
だから檬照は叫んでしまった。
Y談波がどれだけ凶悪で最低な催眠術かも知らずに。

「ヒナイチに女王様プレイでケツを叩いて欲しいと思わないか!?(ヒナイチとどういう関係だ!?)」
「ちんっ!!!」

ヒナイチに殴り飛ばされ、檬照はシンヨコの星になるのだった。







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