ポンチと踊るダンスホール
本日も実にクソッタレな勤労であった。
勤労感謝の日などという休日が存在するが気持ちだけでも毎日が勤労感謝デーだろうが、勤務時間5%オフクーポンを付けたらどうだ、とドラルクは心の中で毒を吐く。
いつになく心がささくれ立っているがそれも仕方のないこと。
寒さが体の芯まで浸透し、まるで鋭利なナイフのような冷たさでもって風が吹きつける夜にドラルクは一人自宅への帰路を辿っていたからだ。
羨ましくも妬ましいガタイを誇る備品の吸血鬼ロナルドは吸血鬼仲間達と忘年会に行き、永遠のパートナーであるジョンもそれに付いて行った。
激務のドラルクを労わってよく一緒に遅くまで残ってくれているのでそのご褒美だ。
今日は何を食べて来てもカロリー0だよ、と優しく言って送り出した次第である。
もっとも、酔っ払って帰ってこられた日には酔っ払いオヤジ宜しく絡んでくるのだがこの際それには目を瞑ろう。
酔っ払ったジョンも可愛いのだ、おっさん臭いが。
とりあえずさっさと帰って熱いシャワーを浴び、温かいご飯を食べて少しだけゲームをしてから寝るとしよう。
幸い明日は休みなのでゆっくり出来る。
恋人のヒナイチを呼んでしばしのお家デートとしゃれこもうではないか。
ロナルドは帰ってきてもどうせ二日酔いで潰れてしばらく棺桶から出てこないだろうし、ジョンも部屋でぐっすり眠る筈だ。
だから二人が復活するまでの甘いひと時をヒナイチと過ごし、その後はみっぴきで夕飯に鍋でも食べながらまったり過ごすとしよう。
優秀だが今は疲弊しきっている頭の中でプランを練ったドラルクはそのプラン通りに動き始める。
というよりもプラン通りにしか動けなかった。
それは勿論、疲れているからだ、それ以外にない。
だから帰宅しても疲労でぼんやりする頭は玄関の端にあった女性ものの靴には気付かなかったし、自室でパジャマを引っ張りだしたりしていてもベッドの違和感には気付かなかった。
気付いたのはそう、寝る時になってからだ。
「そういえば帰りに電気屋で電気毛布買う予定だったのに忘れちゃったなぁ。まぁいいか、明日で。まさか昨日壊れちゃうなんて私ってば本当に可哀想」
寒さで身を縮こまらせ、両手を擦り合わせながら羽毛布団の端を掴んで捲る。
すると―――
「こんな時に湯たんぽでも・・・って、あれぇっ!?ヒナイチくん!!?」
羽毛布団の中では枕を並べたヒナイチが体を丸めてそれはそれは気持ち良さそうに眠りこけていた。
目をまんまるに見開いたドラルクは羽毛布団をそのまま戻すと慌てて部屋を出て部屋割りを確認するがこの部屋は間違いなく自分のもの。
ヒナイチに割り当てた部屋は扉が開いており、それは部屋の主人が不在である事を意味する。
(おおおお落ち着け私!!とりあえず深呼吸だ深呼吸!!)
焦る気持ちを落ち着けようとドラルクはひっひっふーとラマーズ法を繰り返した。
そして意を決してもう一度自室に入り、羽毛布団を捲った。
「・・・ちーん・・・ちーん・・・」
どうやら見間違いでも夢でもなんでもなく現実らしい。
目を覆うように手を当てながら顔を上向けてドラルクは細く長く息を吸う。
冷たい空気が肺をいっぱいに満たして思考をクールダウンしてくれる。
お風呂とご飯で温まった体もクールダウンしてしまったがジェントル違反をしない為の保険だ、構いやしない。
(それにしたって疲れて帰って来てみたら交際してて家の合い鍵を渡してる恋人がサプライズで遊びに来ててしかも布団を温めてくれてるってどんなウルトラエクストラハッピードリーム???)
まるで誰かに説明するようなセリフが頭の中で息継ぎなしに流れる。
そうやってドラルクが困惑していると布団を捲られている寒さか、或いはドラルクの気配に気付いてか、睫毛が震えてゆっくりと翡翠の瞳が開き、ドラルクの姿を捉えた。
「ぁ・・・たいちょう・・・おつかれ・・・むにゃ・・・」
「ごめんね、起こしちゃって。寝てていいよ、私はソファで寝て来るから」
「駄目だ!」
ドラルクが布団を戻すのとヒナイチの手が突然伸びてドラルクの手を掴むのはほぼ同時で、非力なドラルクはロナルドにも負けないヒナイチの腕力に抵抗する間もなくあっさりと引っ張られて布団の中に引き摺りこまれた。
「スナァ!?にならないけど何事!?」
ヒナイチの「ちん」ではないがドラルクは時々発作のようなアレで驚いた時などに『スナァ』と口走ってしまう。
それが何故なのかは分からないが今はどうでもいい。
重要なのは筋肉のない痩せた体に女性らしい柔らかい体がぴったりとくっついてきて体温を分けてくれている事だ。
足の甲にも重ねて来てくれていて、くすぐったくも温かい。
「ひひ、ヒナイチくん!?これは一体・・・!?」
「ふぁ~・・・んん、隊長の為に布団を温めておいたんだ」
「私の為に?」
寝ぼけ眼を擦りながら「そうだ」と頷いてヒナイチはまだ半分蕩けている瞳で満月の瞳を見上げながら続ける。
「今朝、電気毛布が壊れたと嘆いていただろう?しかも今日も遅くになると聞いていた。だからこうやって隊長が帰ってきても安心して潜れるように温めておいたんだ」
「そう・・・私の恋人はとても健気で献身的だ。私はなんて恵まれているんだろうねぇ」
愛おしそうに赤毛の髪を梳いてそれから瑞々しい唇に己のそれを重ねる。
二度、三度、と啄むように何度も角度を変えながら。
そうしていくうちに翡翠の瞳は眠気とは違った方向で甘ったるく蕩け、次第に自分からも求めに行くようになる。
それが止んだのは深く長い口付けを交わし、互いに湿った吐息を忙しなく重ね合う頃だった。
ドラルクはすっかり体の芯まで熱で満たされ、ヒナイチの方も火照った体の熱を持て余すように体を寄せてくる。
ピタリと、密着するように―――。
「・・・隊長」
「んー?何かな?」
熱の籠った吐息交じりに名前を呼んでも素知らぬフリをされてヒナイチはいじらしく唇を尖らせる。
「・・・分かってる癖に意地悪だぞ」
「ごめんね?疲れていて今日は頭が回らないんだ。だから今日の私は一段と察しが悪いよ?」
「ちん・・・そういう事にしてやろう。改めて隊長」
「ん?」
「まだまだ寒いんだ・・・しばらく一緒に寝られなかった分・・・だから温めてくれないか?」
求めるような瞳に懇願されてドラルクはご機嫌に口の端を持ち上げると深く頷くのだった。
END
勤労感謝の日などという休日が存在するが気持ちだけでも毎日が勤労感謝デーだろうが、勤務時間5%オフクーポンを付けたらどうだ、とドラルクは心の中で毒を吐く。
いつになく心がささくれ立っているがそれも仕方のないこと。
寒さが体の芯まで浸透し、まるで鋭利なナイフのような冷たさでもって風が吹きつける夜にドラルクは一人自宅への帰路を辿っていたからだ。
羨ましくも妬ましいガタイを誇る備品の吸血鬼ロナルドは吸血鬼仲間達と忘年会に行き、永遠のパートナーであるジョンもそれに付いて行った。
激務のドラルクを労わってよく一緒に遅くまで残ってくれているのでそのご褒美だ。
今日は何を食べて来てもカロリー0だよ、と優しく言って送り出した次第である。
もっとも、酔っ払って帰ってこられた日には酔っ払いオヤジ宜しく絡んでくるのだがこの際それには目を瞑ろう。
酔っ払ったジョンも可愛いのだ、おっさん臭いが。
とりあえずさっさと帰って熱いシャワーを浴び、温かいご飯を食べて少しだけゲームをしてから寝るとしよう。
幸い明日は休みなのでゆっくり出来る。
恋人のヒナイチを呼んでしばしのお家デートとしゃれこもうではないか。
ロナルドは帰ってきてもどうせ二日酔いで潰れてしばらく棺桶から出てこないだろうし、ジョンも部屋でぐっすり眠る筈だ。
だから二人が復活するまでの甘いひと時をヒナイチと過ごし、その後はみっぴきで夕飯に鍋でも食べながらまったり過ごすとしよう。
優秀だが今は疲弊しきっている頭の中でプランを練ったドラルクはそのプラン通りに動き始める。
というよりもプラン通りにしか動けなかった。
それは勿論、疲れているからだ、それ以外にない。
だから帰宅しても疲労でぼんやりする頭は玄関の端にあった女性ものの靴には気付かなかったし、自室でパジャマを引っ張りだしたりしていてもベッドの違和感には気付かなかった。
気付いたのはそう、寝る時になってからだ。
「そういえば帰りに電気屋で電気毛布買う予定だったのに忘れちゃったなぁ。まぁいいか、明日で。まさか昨日壊れちゃうなんて私ってば本当に可哀想」
寒さで身を縮こまらせ、両手を擦り合わせながら羽毛布団の端を掴んで捲る。
すると―――
「こんな時に湯たんぽでも・・・って、あれぇっ!?ヒナイチくん!!?」
羽毛布団の中では枕を並べたヒナイチが体を丸めてそれはそれは気持ち良さそうに眠りこけていた。
目をまんまるに見開いたドラルクは羽毛布団をそのまま戻すと慌てて部屋を出て部屋割りを確認するがこの部屋は間違いなく自分のもの。
ヒナイチに割り当てた部屋は扉が開いており、それは部屋の主人が不在である事を意味する。
(おおおお落ち着け私!!とりあえず深呼吸だ深呼吸!!)
焦る気持ちを落ち着けようとドラルクはひっひっふーとラマーズ法を繰り返した。
そして意を決してもう一度自室に入り、羽毛布団を捲った。
「・・・ちーん・・・ちーん・・・」
どうやら見間違いでも夢でもなんでもなく現実らしい。
目を覆うように手を当てながら顔を上向けてドラルクは細く長く息を吸う。
冷たい空気が肺をいっぱいに満たして思考をクールダウンしてくれる。
お風呂とご飯で温まった体もクールダウンしてしまったがジェントル違反をしない為の保険だ、構いやしない。
(それにしたって疲れて帰って来てみたら交際してて家の合い鍵を渡してる恋人がサプライズで遊びに来ててしかも布団を温めてくれてるってどんなウルトラエクストラハッピードリーム???)
まるで誰かに説明するようなセリフが頭の中で息継ぎなしに流れる。
そうやってドラルクが困惑していると布団を捲られている寒さか、或いはドラルクの気配に気付いてか、睫毛が震えてゆっくりと翡翠の瞳が開き、ドラルクの姿を捉えた。
「ぁ・・・たいちょう・・・おつかれ・・・むにゃ・・・」
「ごめんね、起こしちゃって。寝てていいよ、私はソファで寝て来るから」
「駄目だ!」
ドラルクが布団を戻すのとヒナイチの手が突然伸びてドラルクの手を掴むのはほぼ同時で、非力なドラルクはロナルドにも負けないヒナイチの腕力に抵抗する間もなくあっさりと引っ張られて布団の中に引き摺りこまれた。
「スナァ!?にならないけど何事!?」
ヒナイチの「ちん」ではないがドラルクは時々発作のようなアレで驚いた時などに『スナァ』と口走ってしまう。
それが何故なのかは分からないが今はどうでもいい。
重要なのは筋肉のない痩せた体に女性らしい柔らかい体がぴったりとくっついてきて体温を分けてくれている事だ。
足の甲にも重ねて来てくれていて、くすぐったくも温かい。
「ひひ、ヒナイチくん!?これは一体・・・!?」
「ふぁ~・・・んん、隊長の為に布団を温めておいたんだ」
「私の為に?」
寝ぼけ眼を擦りながら「そうだ」と頷いてヒナイチはまだ半分蕩けている瞳で満月の瞳を見上げながら続ける。
「今朝、電気毛布が壊れたと嘆いていただろう?しかも今日も遅くになると聞いていた。だからこうやって隊長が帰ってきても安心して潜れるように温めておいたんだ」
「そう・・・私の恋人はとても健気で献身的だ。私はなんて恵まれているんだろうねぇ」
愛おしそうに赤毛の髪を梳いてそれから瑞々しい唇に己のそれを重ねる。
二度、三度、と啄むように何度も角度を変えながら。
そうしていくうちに翡翠の瞳は眠気とは違った方向で甘ったるく蕩け、次第に自分からも求めに行くようになる。
それが止んだのは深く長い口付けを交わし、互いに湿った吐息を忙しなく重ね合う頃だった。
ドラルクはすっかり体の芯まで熱で満たされ、ヒナイチの方も火照った体の熱を持て余すように体を寄せてくる。
ピタリと、密着するように―――。
「・・・隊長」
「んー?何かな?」
熱の籠った吐息交じりに名前を呼んでも素知らぬフリをされてヒナイチはいじらしく唇を尖らせる。
「・・・分かってる癖に意地悪だぞ」
「ごめんね?疲れていて今日は頭が回らないんだ。だから今日の私は一段と察しが悪いよ?」
「ちん・・・そういう事にしてやろう。改めて隊長」
「ん?」
「まだまだ寒いんだ・・・しばらく一緒に寝られなかった分・・・だから温めてくれないか?」
求めるような瞳に懇願されてドラルクはご機嫌に口の端を持ち上げると深く頷くのだった。
END
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