ポンチと踊るダンスホール
本日はシンヨコに新しく生えた銭湯に行って来たみっぴき。
道中、ヒナイチと同じく非番だった半田と合流し、半田が銭湯のスタッフと相談して作ったセロリ湯にぶちこまれそうになったロナルドの悲鳴が扉を突き抜け、秋の近い夜空に涼しく轟く。
一方で女湯で悠々自適に風呂を楽しみ終わったヒナイチは裾の辺りにキャンディーが描かれた可愛らしい浴衣に袖を通して一人苺牛乳を煽っていた。
甘くて冷たい液体が喉を通って潤し、苺の風味が鼻に抜けてトロンと甘い気持ちになる。
やはり風呂上りの苺牛乳は格別だ。
ゴクゴクと一口飲んでぷはっと息を吐き、何を考えるでもなくぼんやりと天井を眺め、それからまた一口飲む。
ただそれだけを繰り返していたが頭の空気が抜けて十分にリラックス出来た。
これで明日も仕事に打ち込めそうだ。
惜しむらくはドラルクの手作りクッキーもあれば最高だったのだが。
「お待たせ、ヒナイチくん」
「ヌ~!」
頭に思い浮かべていたクッキーのシェフがホカホカのマジロを肩に乗せて男湯の暖簾から潜り出て来てヒナイチは思わずはしゃぐ。
「クッキー!(待ってたぞ!)」
「クッキー風呂でも入って来たの?」
呆れの眼差しを送りながらも「帰ったら焼いてあげるよ」とシルクの白い手袋を嵌めていない手がヒナイチの風呂上りでサラサラな髪を撫でつける。
ゴツゴツの手の気持ち良さに思わず目元が緩みそうになる。
きっと自分が猫だったら喉が鳴っていただろう。
そんなヒナイチの考えをまるで代弁するかのようにアンテナがご機嫌そうに揺れているのを見てドラルクは満足気に微笑む。
そこに風呂上りだというのに涙目で死屍累々なロナルドに肩を貸して歩きながら半田が出て来る。
「バカめロナルド!俺の仕掛けたセロリトラップ銭湯バージョンに悉く引っ掛かるとは間抜けな奴め!」
「半田殺す絶対殺す確実にぶっ殺す5000回ぶっ殺す」
「ヘイッロナルド君!大変良い湯だったねスナァ!!」
「ヌー!!」
「見えてた結果だろ」
わざわざロナルドを煽って殺されに行くドラルクの享楽主義は銭湯のお湯でも流されなかったようである。
まぁそんな簡単に流されるようであれば今頃はここまで陽気でもなかっただろう。
それはさておき、ドラルク達も風呂上がりの牛乳を堪能して銭湯から出るた。
そこに心地の良い涼しさが横たわる夜道にラーメンの香ばしい匂いが建物の角から這い寄って来る。
油とにんにくと醤油の食欲をそそる堪らない香りにロナルド達は腹の虫を鳴かせ、ドラルクは風向きを読んであまり匂いのしない位置に移動する。
「なぁなぁ、風呂の締めにラーメン食ってこうぜ!」
「風呂の締めって何だ」
「セロリを堪能したからに決まっているだろう!それの締めを務めるのはセロリラーメンだ!!」
「お前マッジでやめろ!!マジでセロリぶち込むなよ!!今から泣くからな!!うっ!!」
「私は先に帰らせてもらうとしよう。ジョンはどうする?」
「ヌーヌンヌヌヌイニューン(ラーメン食べたいニューン)」
「えー?もう遅い時間だからあんまり良くないんだけど・・・まぁいっか。今日だけだよ、ジョン」
「ヌー!」
「ヒナイチくんはどうする?」
「私もドラルクと帰るぞ。今はクッキーの口なんだ!」
「でもラーメン食べた後のデザートとして残しておくよ?」
「いいや、今食べる。そしたらロナルド達が返って来た時にロナルドやジョンがクッキーを強請ってお前が追いクッキーを作る事で私は更に食べれるからな!」
「ジョンやロナルド君が強請らなくても追いクッキー要求するでしょーが」
「とにかく私も帰るぞ。それとも何か不都合でもあるのか?」
「別にない事もないけど・・・まぁ、ヒナイチ君が言うなら・・・」
「?」
歯切れの悪い返事をするドラルクにアンテナの形ごと疑問符を浮かべながらそれでもヒナイチは共に帰る事を決め、そこでロナルド達と別れた。
帰り道ではドラルクが「レディは安全な方へ」といつものようにキザなセリフを述べながらヒナイチを建物側に歩かせ、自身は車道側を歩くといういつものジェントル精神を見せつけてきた。
そこまではいつものドラルクなのだが、それ以外の他愛のない雑談ではどこかそわそわしていて落ち着きがなかった。
それとなく理由を聞き出してみても曖昧に濁されてはぐらかされるばかり。
そうこうしている内に事務所に到着したドラルクはまるで逃げるように慌ただしくキッチンへと駆けて行き、ヒナイチは風呂用具を部屋に置いてタオルを干すとドラルクを追いかけた。
「ドラルク、ちょっといいか?」
「ご、ごめんヒナイチくん!私忙しいから後でクッキー出来たら床下の入り口に置いておくね!」
クッキー生地を乗せた天板を慌ただしくオーブンの中に放り込み、バタン!と荒々しく閉めてどこかに逃げようとするドラルクをそうはさせまいと言わんばかりにヒナイチは力強くダンッ!とドラルクを囲うようにして壁に両手を突き出す。
その勢いと衝撃でドラルクが死んで砂山になるが構わず壁に手をつけたままヒナイチは砂山を見下ろして迫る。
「逃がさないぞドラルク!さっきから何なんだ!」
「いやあのホントに何でもないからあのっ!!」
「ないなら話せるんじゃないのか?」
「でもこれは・・・その~・・・」
「もしかしてジェントル違反案件か?」
ビクッ!と砂山が震えるとたっぷり数十秒経ってから「・・・そうです」という小さな返事が返って来た。
そこから砂山は静かに元の人の形に戻っていき、頭の角のような髪と一緒に耳もペタンと横に平らになったドラルクがヒナイチの腕の檻の中に納まる。
恋人となって時間の長いヒナイチは「やはりか」と心の中で呟くと、多少の恥じらいを含めながらもその先を促した。
「・・・お、怒らないからどういう案件か言ってみろ」
「殴らない?」
「殴らない」
「殺さない?」
「殺さない」
「罵倒しない?」
「罵倒しない」
「お詫びにギュッて抱き締めてくれる?」
「調子に乗ってると前言撤回するぞ!!」
「大変失礼致しました!ヒナイチくんから牛乳の芳しい香りがしていたので内心焦っておりました!!」
「牛乳?」
途中からかってきた事で刺々しくなっていたアンテナはハテナの形になり、ヒナイチは小さく首を傾げる。
サラリと赤毛の髪が流れて見え隠れする白い首筋から放たれるボディソープの清潔な香りと仄かな牛乳の香りがドラルクの鼻腔を刺激してビクリと肩を跳ねさせる。
目の保養と毒を同時に味わっている気分だ。
しかし自身のジェントル精神を損なう訳にはいかないので意識を逸らすのも兼ねてドラルクは頷いて話を続ける。
「ヒナイチくん、もしかしてだけど・・・ミルク風呂に入った?」
「入ったぞ?」
「そっか・・・そっかそっか、うん、そうだよね・・・」
「何か不味かったか?」
「別にそんな事は全くこれっぽっちも1ミリたりともないんだけど・・・その・・・ミルクって日本語で言うと牛乳だよね?」
「そうだな?」
「私がよく飲む物は?」
「それは勿論、牛乳―――・・・あ」
まるで連想ゲームのような会話の応酬の後、ヒナイチは漸くドラルクの言いたい事に気付く。
ドラルクがよく飲む物は牛乳。
牛乳とはドラルクにとって血に代わる食料。
そしてヒナイチは先程銭湯でミルク風呂に入った。
今もミルクの柔らかくまろやかな香りが仄かに漂っている。
つまりドラルクからしてみれば今のヒナイチはご飯の香りを纏っている、文字通り『美味しそうな恋人』状態な訳で。
そこまで思い至ってヒナイチは顔を耳まで真っ赤に染めると「ちん!!!」と叫びながら光速で後退った。
ゴッと強く背中を打ち付ける音が痛そうに響くが今のヒナイチにそれを気にする余裕はない。
「すすすすすすすまない!!逆セクハラをしてしまったな!!?」
「大丈夫平気!!ヒナイチくんは悪くないから!!でもこれ以上は私がジェントル違反しそうだから今日は一足早く床下に行ってくれると嬉しいかな!!?」
お互いに慌てふためきながら目を泳がせたりしどろもどろになりながら謝罪したりと忙しない。
ドラルクは勿論のこと、ヒナイチはヒナイチでそうとは知らずに不用意に距離を詰めたり迫った事を反省した。
まさか自分自身がドラルクにとって『ご馳走』状態であるなどと知らずに酷な事をしてしまった。
ヒナイチからしてみればジョンやロナルド用のクッキーを持ったドラルクが自分に迫るようなものだ。
若干意味の分からない説明だがヒナイチからしてみればそういう感覚だった。
申し訳なさと恥じらいが心の中いっぱいに広がるが、同時に恋人としての欲求がフワリと浮上して真っ白な生地に黒のインクが一瞬にしてじわりと広がっていくように他の気持ちを瞬く間に浸食していく。
とても甘美で背徳的なそれにヒナイチは身も心も任せようとする。
よく考えれば『久しぶり』だったからだ。
「・・・なぁ、ドラルク」
「な、何?」
「その・・・クッキーが焼けるまで時間がある・・・から・・・」
「から・・・?」
「・・・一緒に床下に来ないか?」
顔を横に少し逸らしながら胸元で手を組んだり指先を弄んで段々と小さくなっていく声に、その姿に、ドラルクは口角が上がるのを抑えられない。
「喜んで・・・ご一緒させていただきますよ、お嬢さん」
クッキーの焼き時間と同時並行で甘い時間が始まるのだった。
END
道中、ヒナイチと同じく非番だった半田と合流し、半田が銭湯のスタッフと相談して作ったセロリ湯にぶちこまれそうになったロナルドの悲鳴が扉を突き抜け、秋の近い夜空に涼しく轟く。
一方で女湯で悠々自適に風呂を楽しみ終わったヒナイチは裾の辺りにキャンディーが描かれた可愛らしい浴衣に袖を通して一人苺牛乳を煽っていた。
甘くて冷たい液体が喉を通って潤し、苺の風味が鼻に抜けてトロンと甘い気持ちになる。
やはり風呂上りの苺牛乳は格別だ。
ゴクゴクと一口飲んでぷはっと息を吐き、何を考えるでもなくぼんやりと天井を眺め、それからまた一口飲む。
ただそれだけを繰り返していたが頭の空気が抜けて十分にリラックス出来た。
これで明日も仕事に打ち込めそうだ。
惜しむらくはドラルクの手作りクッキーもあれば最高だったのだが。
「お待たせ、ヒナイチくん」
「ヌ~!」
頭に思い浮かべていたクッキーのシェフがホカホカのマジロを肩に乗せて男湯の暖簾から潜り出て来てヒナイチは思わずはしゃぐ。
「クッキー!(待ってたぞ!)」
「クッキー風呂でも入って来たの?」
呆れの眼差しを送りながらも「帰ったら焼いてあげるよ」とシルクの白い手袋を嵌めていない手がヒナイチの風呂上りでサラサラな髪を撫でつける。
ゴツゴツの手の気持ち良さに思わず目元が緩みそうになる。
きっと自分が猫だったら喉が鳴っていただろう。
そんなヒナイチの考えをまるで代弁するかのようにアンテナがご機嫌そうに揺れているのを見てドラルクは満足気に微笑む。
そこに風呂上りだというのに涙目で死屍累々なロナルドに肩を貸して歩きながら半田が出て来る。
「バカめロナルド!俺の仕掛けたセロリトラップ銭湯バージョンに悉く引っ掛かるとは間抜けな奴め!」
「半田殺す絶対殺す確実にぶっ殺す5000回ぶっ殺す」
「ヘイッロナルド君!大変良い湯だったねスナァ!!」
「ヌー!!」
「見えてた結果だろ」
わざわざロナルドを煽って殺されに行くドラルクの享楽主義は銭湯のお湯でも流されなかったようである。
まぁそんな簡単に流されるようであれば今頃はここまで陽気でもなかっただろう。
それはさておき、ドラルク達も風呂上がりの牛乳を堪能して銭湯から出るた。
そこに心地の良い涼しさが横たわる夜道にラーメンの香ばしい匂いが建物の角から這い寄って来る。
油とにんにくと醤油の食欲をそそる堪らない香りにロナルド達は腹の虫を鳴かせ、ドラルクは風向きを読んであまり匂いのしない位置に移動する。
「なぁなぁ、風呂の締めにラーメン食ってこうぜ!」
「風呂の締めって何だ」
「セロリを堪能したからに決まっているだろう!それの締めを務めるのはセロリラーメンだ!!」
「お前マッジでやめろ!!マジでセロリぶち込むなよ!!今から泣くからな!!うっ!!」
「私は先に帰らせてもらうとしよう。ジョンはどうする?」
「ヌーヌンヌヌヌイニューン(ラーメン食べたいニューン)」
「えー?もう遅い時間だからあんまり良くないんだけど・・・まぁいっか。今日だけだよ、ジョン」
「ヌー!」
「ヒナイチくんはどうする?」
「私もドラルクと帰るぞ。今はクッキーの口なんだ!」
「でもラーメン食べた後のデザートとして残しておくよ?」
「いいや、今食べる。そしたらロナルド達が返って来た時にロナルドやジョンがクッキーを強請ってお前が追いクッキーを作る事で私は更に食べれるからな!」
「ジョンやロナルド君が強請らなくても追いクッキー要求するでしょーが」
「とにかく私も帰るぞ。それとも何か不都合でもあるのか?」
「別にない事もないけど・・・まぁ、ヒナイチ君が言うなら・・・」
「?」
歯切れの悪い返事をするドラルクにアンテナの形ごと疑問符を浮かべながらそれでもヒナイチは共に帰る事を決め、そこでロナルド達と別れた。
帰り道ではドラルクが「レディは安全な方へ」といつものようにキザなセリフを述べながらヒナイチを建物側に歩かせ、自身は車道側を歩くといういつものジェントル精神を見せつけてきた。
そこまではいつものドラルクなのだが、それ以外の他愛のない雑談ではどこかそわそわしていて落ち着きがなかった。
それとなく理由を聞き出してみても曖昧に濁されてはぐらかされるばかり。
そうこうしている内に事務所に到着したドラルクはまるで逃げるように慌ただしくキッチンへと駆けて行き、ヒナイチは風呂用具を部屋に置いてタオルを干すとドラルクを追いかけた。
「ドラルク、ちょっといいか?」
「ご、ごめんヒナイチくん!私忙しいから後でクッキー出来たら床下の入り口に置いておくね!」
クッキー生地を乗せた天板を慌ただしくオーブンの中に放り込み、バタン!と荒々しく閉めてどこかに逃げようとするドラルクをそうはさせまいと言わんばかりにヒナイチは力強くダンッ!とドラルクを囲うようにして壁に両手を突き出す。
その勢いと衝撃でドラルクが死んで砂山になるが構わず壁に手をつけたままヒナイチは砂山を見下ろして迫る。
「逃がさないぞドラルク!さっきから何なんだ!」
「いやあのホントに何でもないからあのっ!!」
「ないなら話せるんじゃないのか?」
「でもこれは・・・その~・・・」
「もしかしてジェントル違反案件か?」
ビクッ!と砂山が震えるとたっぷり数十秒経ってから「・・・そうです」という小さな返事が返って来た。
そこから砂山は静かに元の人の形に戻っていき、頭の角のような髪と一緒に耳もペタンと横に平らになったドラルクがヒナイチの腕の檻の中に納まる。
恋人となって時間の長いヒナイチは「やはりか」と心の中で呟くと、多少の恥じらいを含めながらもその先を促した。
「・・・お、怒らないからどういう案件か言ってみろ」
「殴らない?」
「殴らない」
「殺さない?」
「殺さない」
「罵倒しない?」
「罵倒しない」
「お詫びにギュッて抱き締めてくれる?」
「調子に乗ってると前言撤回するぞ!!」
「大変失礼致しました!ヒナイチくんから牛乳の芳しい香りがしていたので内心焦っておりました!!」
「牛乳?」
途中からかってきた事で刺々しくなっていたアンテナはハテナの形になり、ヒナイチは小さく首を傾げる。
サラリと赤毛の髪が流れて見え隠れする白い首筋から放たれるボディソープの清潔な香りと仄かな牛乳の香りがドラルクの鼻腔を刺激してビクリと肩を跳ねさせる。
目の保養と毒を同時に味わっている気分だ。
しかし自身のジェントル精神を損なう訳にはいかないので意識を逸らすのも兼ねてドラルクは頷いて話を続ける。
「ヒナイチくん、もしかしてだけど・・・ミルク風呂に入った?」
「入ったぞ?」
「そっか・・・そっかそっか、うん、そうだよね・・・」
「何か不味かったか?」
「別にそんな事は全くこれっぽっちも1ミリたりともないんだけど・・・その・・・ミルクって日本語で言うと牛乳だよね?」
「そうだな?」
「私がよく飲む物は?」
「それは勿論、牛乳―――・・・あ」
まるで連想ゲームのような会話の応酬の後、ヒナイチは漸くドラルクの言いたい事に気付く。
ドラルクがよく飲む物は牛乳。
牛乳とはドラルクにとって血に代わる食料。
そしてヒナイチは先程銭湯でミルク風呂に入った。
今もミルクの柔らかくまろやかな香りが仄かに漂っている。
つまりドラルクからしてみれば今のヒナイチはご飯の香りを纏っている、文字通り『美味しそうな恋人』状態な訳で。
そこまで思い至ってヒナイチは顔を耳まで真っ赤に染めると「ちん!!!」と叫びながら光速で後退った。
ゴッと強く背中を打ち付ける音が痛そうに響くが今のヒナイチにそれを気にする余裕はない。
「すすすすすすすまない!!逆セクハラをしてしまったな!!?」
「大丈夫平気!!ヒナイチくんは悪くないから!!でもこれ以上は私がジェントル違反しそうだから今日は一足早く床下に行ってくれると嬉しいかな!!?」
お互いに慌てふためきながら目を泳がせたりしどろもどろになりながら謝罪したりと忙しない。
ドラルクは勿論のこと、ヒナイチはヒナイチでそうとは知らずに不用意に距離を詰めたり迫った事を反省した。
まさか自分自身がドラルクにとって『ご馳走』状態であるなどと知らずに酷な事をしてしまった。
ヒナイチからしてみればジョンやロナルド用のクッキーを持ったドラルクが自分に迫るようなものだ。
若干意味の分からない説明だがヒナイチからしてみればそういう感覚だった。
申し訳なさと恥じらいが心の中いっぱいに広がるが、同時に恋人としての欲求がフワリと浮上して真っ白な生地に黒のインクが一瞬にしてじわりと広がっていくように他の気持ちを瞬く間に浸食していく。
とても甘美で背徳的なそれにヒナイチは身も心も任せようとする。
よく考えれば『久しぶり』だったからだ。
「・・・なぁ、ドラルク」
「な、何?」
「その・・・クッキーが焼けるまで時間がある・・・から・・・」
「から・・・?」
「・・・一緒に床下に来ないか?」
顔を横に少し逸らしながら胸元で手を組んだり指先を弄んで段々と小さくなっていく声に、その姿に、ドラルクは口角が上がるのを抑えられない。
「喜んで・・・ご一緒させていただきますよ、お嬢さん」
クッキーの焼き時間と同時並行で甘い時間が始まるのだった。
END