ラビットガーデン
ジョンが町内俳句合宿に出掛け、ロナルドが人間と吸血鬼混同のバカ連合とお泊まりに出掛けたので今日は二人きりの日。
なのに・・・
「やっと終わった・・・」
雨の日なので特にこれといったポンチ吸血鬼の奇行もなく、下等吸血鬼の群れが来る事もなかったので定時で上がれる筈だったのに次々に書類が積み重ねられてそれらの処理に追われていた。
ミカエラを始めとした部下達の協力がなかったらあと1時間はデスクに縛られていただろう。
今度お礼のお菓子を作って持って行こう。
だが、今は優先すべき事項がある。
「ヒナイチくん・・・怒ってるかなぁ」
今日は家で二人でお酒を飲みながらゆっくり過ごそうと約束したのにすっかり遅くなってしまった。
一人で待ちぼうけをくらって退屈している事だろう。
なんなら怒って寝てしまったかもしれない。
この埋め合わせは山盛りいっぱいのクッキーの他に何が良いだろうかと考えを巡らせながらドアを開けて暗い玄関の中に入る。
「ただいま。ヒナイチくーん、遅くなってしまって大変もうしわけ―――」
パチッという照明ボタンと共に点いた電気の光がドラルクの謝罪を遮る。
そして暗闇の中佇んでいた人物の姿に思考を遮断された。
「ひひひひヒナイチくん!!?」
「お、お帰り、隊長・・・!」
片方が折れているウサ耳カチューシャを頭に付け、赤のワンピースタイプのベビードールを着たヒナイチの出迎えにドラルクは盛大に動揺する。
仕事で疲れて帰ってきたら愛する恋人がドスケベ可愛いウサギに変身していたなどと誰が予想出来ただろうか。
しかもちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしているなどご褒美以外の何者でもない。
「あぁあのヒナイチくん!?その格好は・・・!」
「た、隊長が帰って来るのが遅いから・・・ウサギになったんだ!」
「どういう脈絡!?」
「隊長が定時で帰って来てくれてたらウサギになるのはまた別の日にしようと思ってたんだ。だが、隊長が帰って来るのが遅いから決意が揺らいで今日ウサギになろうと思ったんだ・・・」
「揺らいでくれたヒナイチくんの決意に大感謝」
「ほ、ほら!それよりそこに突っ立ってないで二人で飲むぞ!」
「それもそうだね。いくら夜は長いとはいえ、時間が勿体無い。すぐにおつまみを作るよ」
ジャケットを脱いでネクタイを緩めながらドラルクは家に上がり、ヒナイチもウサ耳を揺らしながらリビングに移動した。
「それじゃあ、かんぱーい!」
「乾杯!」
時間の関係で予定していたものよりも簡単になったおつまみをローテーブルに並べ、ソファに座った二人は飲み物片手にグラスを交わらせる。
飲み物は爽やかさ優先で二人共レモンスカッシュだ。
レモンのさっぱりとした味わいが二人の喉を流れて体を潤していく。
「ぷはっ!隊長の作るレモンスカッシュは最高だ!」
「私もヒナイチくんと一緒に飲めてとても美味しいよ。それにしてもどうしてウサギなの?」
「最近隊長が遊んでるゲームで『ラビットガーデン』というのがあっただろう?あれみたいに可愛いウサギの女の子になって隊長を癒してあげたいと思って・・・どうだろうか?」
「ふむ―――よく見せて?」
グラスを置き、ヒナイチの肩を掴んで体ごと自分の方に向かせる。
可愛らしく折れたウサ耳、赤毛の髪の隙間から覗く薄赤く染まった耳、惜しみなく晒された丸みのある肩、白い鎖骨や太ももなんかはとても危険だ。
もしも自分がジェントルの体現者でなければすぐにでも押し倒していただろう。
心の中で本能を退治しながらドラルクは妖しくヒナイチに微笑みかける。
「とてもよく似合っていて凄く可愛らしいよ。私のウサギさんとして完璧だ」
「んん、隊長はいつもそうやって私を褒めちぎる・・・!」
「私は事実を述べているだけだよ。けれど注意する事だ、隣にいる狼にいつでも食べられてしまうと・・・ね?」
ほんのからかいで指先で顎を持ち上げる。
なのにその指先にほんの少し重みが加わり、ヒナイチは伏し目がちになって―――
「隊長になら・・・食べて、欲しい・・・」
熱っぽく呟いてきたのでドラルクは頭がクラクラしそうになった。
自ら贄になるとは殊勝な心掛けだ。
ならばお望み通り美味しくいただいてあげようではないか。
「じゃあ、遠慮なくいただき―――」
「あ、待ってくれ」
普通の声のトーンで待ったをかけられてドラルクは滑り倒れそうになる。
変な体勢で倒れそうになって堪えたのを褒めてほしい。
「その前に溜まっている愚痴があれば聞くぞ」
「え?」
「ラビットガーデンのようなバーは客の話を聞く所でもあるのだろう?だったら私も隊長の愚痴を聞いてあげたいんだ」
「いいの?長いし結構しんどいよ?」
「甘くみないでくれ。これでもギルドで店番してた時に退治人達の愚痴を沢山聞いてたんだぞ」
「それは頼もしい。なら、お言葉に甘えちゃおうかな」
「オプションで・・・その、膝枕はどうだ?」
「是非、宜しくお願いします」
「じゃあ―――どうぞ、隊長」
ぽんぽん、と膝を叩いて招かれ、ドラルクは静かに体を横たえて頭を乗せる。
柔らかな膝に幼少期のいつの日かに母親のミラに膝枕をしてもらった温もりを思い出して一瞬懐かしさに包まれる。
けれど具合の良い頭の置き場を探り当てて真上を見上げれば愛しい恋人の顔があり、ドラルクを包むものは一瞬にして甘い雰囲気に置き換わる。
何となしに手を伸ばして頬を撫でたらやんわりと手を重ねられた。
「今日仕事が長引いたのは何か急ぎの案件でも入ったのか?」
「そんな事はないんだけどあれよあれよの内になんだか書類が沢山運ばれて来てね。大体それというのもあのクソヒゲ本部長が―――」
本日の仕事の愚痴を皮切りに繰り出される愚痴のマシンガントーク。
主に本部長のノースディンに対する愚痴だったがその他にも細かい愚痴が身振り手振りを加えて繰り出された。
やれドラルクに対抗意識を燃やす他県の隊長が鬱陶しいだの、やれシンヨコはポンチが多過ぎて毎度毎度頭が痛くなるなど枚挙に暇がない。
それら愚痴に対してヒナイチは時に相槌を打ち、時にドラルクを慰めたり労ったりして健気にもガス抜きに努めていた。
そうしてしばらくの後、全ての愚痴を吐き終えたドラルクは一息吐くともう一度手を伸ばしてヒナイチの頬を包んだ。
「はぁースッキリした。聞いてくれてありがとう、ヒナイチくん。結構疲れたでしょ?」
「少しだけな。だが隊長がスッキリしたのならなんて事はない」
小さく笑ってヒナイチはドラルクの前髪を撫で付ける。
ワックスでキッチリオールバックに決められている前髪はヒナイチが撫でた程度で乱れる事はない。
もっとも、それが乱れてしまってはヒナイチの理性が保たないが。
ドラルクは普段身だしなみがキッチリしているだけに前髪が1、2本乱れただけでちょっとだらしない姿が逆に色っぽく見えてしまうのだ。
例えば仮眠室から出て来てすぐなんかはその状態である事が多く、女性職員がそれを見ようとさりげなさを装って仮眠室の周りをウロウロしているのをしばし見かける。
そんな色っぽい姿のドラルクを誰にも見られたくなくて携帯用ヘアブラシを持たせたのはつい最近の事。
ドラルクの色っぽくて無防備な姿を見ていいのは自分だけ。
ベッドの中の姿は尚の事―――。
「なぁ、隊長」
「ん?」
「もっと―――スッキリしてみないか?」
「・・・お願いしようかな。私のウサギさん?」
頬に添えられていた長い人差し指が動いて柔らかな唇をなぞり、ヒナイチの翡翠の瞳の奥に情欲の炎を静かに灯すのだった。
END
なのに・・・
「やっと終わった・・・」
雨の日なので特にこれといったポンチ吸血鬼の奇行もなく、下等吸血鬼の群れが来る事もなかったので定時で上がれる筈だったのに次々に書類が積み重ねられてそれらの処理に追われていた。
ミカエラを始めとした部下達の協力がなかったらあと1時間はデスクに縛られていただろう。
今度お礼のお菓子を作って持って行こう。
だが、今は優先すべき事項がある。
「ヒナイチくん・・・怒ってるかなぁ」
今日は家で二人でお酒を飲みながらゆっくり過ごそうと約束したのにすっかり遅くなってしまった。
一人で待ちぼうけをくらって退屈している事だろう。
なんなら怒って寝てしまったかもしれない。
この埋め合わせは山盛りいっぱいのクッキーの他に何が良いだろうかと考えを巡らせながらドアを開けて暗い玄関の中に入る。
「ただいま。ヒナイチくーん、遅くなってしまって大変もうしわけ―――」
パチッという照明ボタンと共に点いた電気の光がドラルクの謝罪を遮る。
そして暗闇の中佇んでいた人物の姿に思考を遮断された。
「ひひひひヒナイチくん!!?」
「お、お帰り、隊長・・・!」
片方が折れているウサ耳カチューシャを頭に付け、赤のワンピースタイプのベビードールを着たヒナイチの出迎えにドラルクは盛大に動揺する。
仕事で疲れて帰ってきたら愛する恋人がドスケベ可愛いウサギに変身していたなどと誰が予想出来ただろうか。
しかもちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしているなどご褒美以外の何者でもない。
「あぁあのヒナイチくん!?その格好は・・・!」
「た、隊長が帰って来るのが遅いから・・・ウサギになったんだ!」
「どういう脈絡!?」
「隊長が定時で帰って来てくれてたらウサギになるのはまた別の日にしようと思ってたんだ。だが、隊長が帰って来るのが遅いから決意が揺らいで今日ウサギになろうと思ったんだ・・・」
「揺らいでくれたヒナイチくんの決意に大感謝」
「ほ、ほら!それよりそこに突っ立ってないで二人で飲むぞ!」
「それもそうだね。いくら夜は長いとはいえ、時間が勿体無い。すぐにおつまみを作るよ」
ジャケットを脱いでネクタイを緩めながらドラルクは家に上がり、ヒナイチもウサ耳を揺らしながらリビングに移動した。
「それじゃあ、かんぱーい!」
「乾杯!」
時間の関係で予定していたものよりも簡単になったおつまみをローテーブルに並べ、ソファに座った二人は飲み物片手にグラスを交わらせる。
飲み物は爽やかさ優先で二人共レモンスカッシュだ。
レモンのさっぱりとした味わいが二人の喉を流れて体を潤していく。
「ぷはっ!隊長の作るレモンスカッシュは最高だ!」
「私もヒナイチくんと一緒に飲めてとても美味しいよ。それにしてもどうしてウサギなの?」
「最近隊長が遊んでるゲームで『ラビットガーデン』というのがあっただろう?あれみたいに可愛いウサギの女の子になって隊長を癒してあげたいと思って・・・どうだろうか?」
「ふむ―――よく見せて?」
グラスを置き、ヒナイチの肩を掴んで体ごと自分の方に向かせる。
可愛らしく折れたウサ耳、赤毛の髪の隙間から覗く薄赤く染まった耳、惜しみなく晒された丸みのある肩、白い鎖骨や太ももなんかはとても危険だ。
もしも自分がジェントルの体現者でなければすぐにでも押し倒していただろう。
心の中で本能を退治しながらドラルクは妖しくヒナイチに微笑みかける。
「とてもよく似合っていて凄く可愛らしいよ。私のウサギさんとして完璧だ」
「んん、隊長はいつもそうやって私を褒めちぎる・・・!」
「私は事実を述べているだけだよ。けれど注意する事だ、隣にいる狼にいつでも食べられてしまうと・・・ね?」
ほんのからかいで指先で顎を持ち上げる。
なのにその指先にほんの少し重みが加わり、ヒナイチは伏し目がちになって―――
「隊長になら・・・食べて、欲しい・・・」
熱っぽく呟いてきたのでドラルクは頭がクラクラしそうになった。
自ら贄になるとは殊勝な心掛けだ。
ならばお望み通り美味しくいただいてあげようではないか。
「じゃあ、遠慮なくいただき―――」
「あ、待ってくれ」
普通の声のトーンで待ったをかけられてドラルクは滑り倒れそうになる。
変な体勢で倒れそうになって堪えたのを褒めてほしい。
「その前に溜まっている愚痴があれば聞くぞ」
「え?」
「ラビットガーデンのようなバーは客の話を聞く所でもあるのだろう?だったら私も隊長の愚痴を聞いてあげたいんだ」
「いいの?長いし結構しんどいよ?」
「甘くみないでくれ。これでもギルドで店番してた時に退治人達の愚痴を沢山聞いてたんだぞ」
「それは頼もしい。なら、お言葉に甘えちゃおうかな」
「オプションで・・・その、膝枕はどうだ?」
「是非、宜しくお願いします」
「じゃあ―――どうぞ、隊長」
ぽんぽん、と膝を叩いて招かれ、ドラルクは静かに体を横たえて頭を乗せる。
柔らかな膝に幼少期のいつの日かに母親のミラに膝枕をしてもらった温もりを思い出して一瞬懐かしさに包まれる。
けれど具合の良い頭の置き場を探り当てて真上を見上げれば愛しい恋人の顔があり、ドラルクを包むものは一瞬にして甘い雰囲気に置き換わる。
何となしに手を伸ばして頬を撫でたらやんわりと手を重ねられた。
「今日仕事が長引いたのは何か急ぎの案件でも入ったのか?」
「そんな事はないんだけどあれよあれよの内になんだか書類が沢山運ばれて来てね。大体それというのもあのクソヒゲ本部長が―――」
本日の仕事の愚痴を皮切りに繰り出される愚痴のマシンガントーク。
主に本部長のノースディンに対する愚痴だったがその他にも細かい愚痴が身振り手振りを加えて繰り出された。
やれドラルクに対抗意識を燃やす他県の隊長が鬱陶しいだの、やれシンヨコはポンチが多過ぎて毎度毎度頭が痛くなるなど枚挙に暇がない。
それら愚痴に対してヒナイチは時に相槌を打ち、時にドラルクを慰めたり労ったりして健気にもガス抜きに努めていた。
そうしてしばらくの後、全ての愚痴を吐き終えたドラルクは一息吐くともう一度手を伸ばしてヒナイチの頬を包んだ。
「はぁースッキリした。聞いてくれてありがとう、ヒナイチくん。結構疲れたでしょ?」
「少しだけな。だが隊長がスッキリしたのならなんて事はない」
小さく笑ってヒナイチはドラルクの前髪を撫で付ける。
ワックスでキッチリオールバックに決められている前髪はヒナイチが撫でた程度で乱れる事はない。
もっとも、それが乱れてしまってはヒナイチの理性が保たないが。
ドラルクは普段身だしなみがキッチリしているだけに前髪が1、2本乱れただけでちょっとだらしない姿が逆に色っぽく見えてしまうのだ。
例えば仮眠室から出て来てすぐなんかはその状態である事が多く、女性職員がそれを見ようとさりげなさを装って仮眠室の周りをウロウロしているのをしばし見かける。
そんな色っぽい姿のドラルクを誰にも見られたくなくて携帯用ヘアブラシを持たせたのはつい最近の事。
ドラルクの色っぽくて無防備な姿を見ていいのは自分だけ。
ベッドの中の姿は尚の事―――。
「なぁ、隊長」
「ん?」
「もっと―――スッキリしてみないか?」
「・・・お願いしようかな。私のウサギさん?」
頬に添えられていた長い人差し指が動いて柔らかな唇をなぞり、ヒナイチの翡翠の瞳の奥に情欲の炎を静かに灯すのだった。
END