クッキーdays

転校してきたドラルクは賑やかだった。
それはもう賑やかだった。
ただでさえ騒がしいクラスがより騒がしくなってカオスになるくいには賑やかだった。
転校早々、ヒナイチと知り合うだけでなくロナルドとも仲良くなって煽り・殺しの不毛なやり取りを毎日のようにしている。
その姿は子供のようでもあり、また自身で招いた事態に泣く姿はいっそアホであった。
一言で言えば享楽主義者、まさにそんな言葉がピッタリ当てハマってこれ程までに吸血鬼のその特徴を表している者もいないだろう。
しかし、ドラルクの実態がそれであるだけにヒナイチはやや失望していた。
初対面時のキザな口付けをされて以来、ドラルクの事が頭から離れなくて気付けばドラルクの事を目で追っていたのだ。
しかしそうしたものは幻想が膨らむ事もしばしば。
日々のドラルクの享楽主義者らしい振る舞い、出会った当時から知っていたクソ雑魚の顕著さに膨らんだ幻想がすぐに萎んでペッタンコになるのも仕方ないというもの。
だからと言って嫌いになった訳ではなく、しかしこの胸に残るモヤモヤはどう処理したら良いかと悩んでいる時の事だった。

「ん?」

放課後に先生の手伝いを終え、鞄を取りに教室に戻ったら静まり返った教室でドラルクが本を読んでいた。
読書をする姿勢は美しく、その所為もあってか整った横顔の芸術的美しさに思わず見惚れてしまう。
普段が賑やかなだけにこうやって静かな姿を見るのは初めてで、いつもと違った魅力にときめきそうになる。
だがすぐに、騙されるな!享楽主義のクソ雑魚だぞ!と心の中で自身に叱咤していると、ヒナイチの存在に気付いたドラルクが本に落としていた視線をこちらに向けてにこやかに微笑んできた。

「やぁヒナイチくん。先生のお手伝いは終わったのかな?」
「・・・え?あ、ああ、そうだ!そういうお前は帰らないで何をしてるんだ?」
「今日は部活がないから本を読んでいたんだ。それに雨降ってるでしょ?もう少し止んでから帰ろうかなぁって思ってね」

見惚れていた事に気付かれた様子はなく、ドラルクが窓の向こうに視線を向けたのを追ってヒナイチは「あ・・・」と小さく声を漏らす。
窓の向こうではざぁざぁと雨が降り注いでおり、傘を差したらさぞかし良い音が聞けるだろう。
つい先程までは聞こえなかったが、音がしない程の霧雨が降っていてその雨足が強くなったのか、或いは通り雨のどちらかかもしれない。
吸血鬼は流水を嫌うので雨の日になると大人しくなる。
ドラルクもその御多分に漏れず、雨の日になるといつもより大人しくなって少し静かになるのだ。
とはいえ、砂になった時に流される危険性があるのを自分でも理解してる癖にジョンと雨の中のお散歩をするだとか、室内プールを満喫するだとか、相変わらず命知らずな真似をするが。

「傘は持ってきてあるのか?」
「勿論。ヒナイチくんは?良ければ相合傘なんてどう?」
「か、からかうな!ちゃんと持ってきてある!」
「それは良かった。ヒナイチくんって傘がなかったらそのまま走って帰りそうな気がしてたから」
「それはー・・・否定出来ないな」
「ほら~。女の子が体を冷やしちゃ駄目よ~」
「お前はどこのおばさんだ。それよりもジョンはどうしたんだ?」
「ジョンは今日はラクロス部の活動があるんだ。今頃は筋トレ室で筋トレに励んでいるだろう。ダイエットにもなるから運動部の部活は丁度良いよね」

ドラルクは知らなかった。
実はラクロス部は急遽本日のメニューを中止して部室で駄弁っている事を。
そしてジョンが甘やかされまくってお菓子を爆食している事を。

「そういえばドラルクは何の本を読んでいるんだ?」
「図書室で借りてきた小説だよ。これが中々面白いんだ」
「図書室で読まないんだな?」
「沢山の受験生が殺気立ってて死にそうだったから借りて来たんだよ」
「あぁ・・・大事なテストが近いからな」

殺気のオーラを放つ3年生たちに慄いて図書室で砂になるドラルクを思い浮かべて苦笑する。
一年後には自分達もそうなるのだから呑気に笑えた立場ではないが。
来年の受験を考えてやや憂鬱な気分になっていると徐にドラルクが鞄の中からラッピングされたクッキーを取り出して口を開けた。

「それよりも先生のお手伝いお疲れ様、クッキー食べる?ジョンのおやつだけど少しくらいならいいよ」
「お菓子を持ってくるのは校則違反だぞ」
「でもヒナイチくんだって大福をお昼に食べてるでしょ?」
「デザート扱いだから問題ない」
「物凄い屁理屈。委員長の隠された闇を見た」
「だ、だが、折角のお前からの厚意を無駄にする訳にもいかん。これも遅いデザートとして少しいただこう!」
「素直に秘密にしてって言いなさいよ」

苦笑しながらドラルクはクッキーの袋を差し出し、ヒナイチもクッキーを一枚手に取って口の中に入れた。
すると―――

「む~!?き、貴様!これは・・・これは!!」
「あ~~~!!?ちょっとヒナイチくん!!?」

まるで何かに取り憑かれたかのようにヒナイチは夢中になってクッキーを食べまくる。
サクサク程よい食感、絶妙な甘さ、そして口の中いっぱいに広がるバターの味。
それは今までヒナイチが食べた中で最高に美味しいクッキーだった。
この世にはこんなにも美味しいクッキーがあるのかと衝撃を受け、何故それを知らなかったのか自分の人生を呪いたくなるくらいであった。
しかし悔いていても仕方ない、ヒナイチはクッキーを最後の一枚まで食べると味わうように咀嚼して飲み下した。

「ご馳走様!凄く美味しかったぞ!!」
「喜んでくれたのは嬉しいけどこれ、ジョンの部活終わりのおやつだったんだけど・・・」
「ハッ!?」

眉を下げてドラルクが袋の中を覗くもそこにあるのはクッキーの細かいカスだけ。
そこで漸くヒナイチは自分の犯した失態に気付いて慌てる。

「わぁー!?すまん!弁償する!どこで売ってる物だ?」
「気にしなくていいよ。これ、私の手作りだから」
「手作りだと!?こんなにも美味しいクッキーをドラルクが作ったのか!!?」
「如何にも!どう?畏怖いでしょ?」
「畏怖い!美味い!もっと食べたい!」
「変な三拍子ついてきた」
「羨ましいなぁ、ジョンは毎日こんな美味しいクッキーが食べられるなんて・・・!」

瞳を輝かせ、今にも涎を垂らしそうな表情でクッキーが入っていた袋を見つめるヒナイチ。
そんなヒナイチの姿をほんの少しの間、無言で見つめていたドラルクだったがゆっくり口の端を持ち上げると話を持ち掛けた。

「良ければヒナイチくんにも毎日作ってきてあげようか?」
「いいのか!?」
「良ければクッキー以外の物も作ってきてあげるよ。何がいい?」
「なら、ドーナツとカステラと団子とケーキとプリンと―――」

ヒナイチは好きなデザートを思いつく限り羅列し、ドラルクはそれら全てを書き漏らす事なくメモしていく。
もっとヒナイチを虜にしてやろうと心の中でほくそ笑みながら―――。




ちなみに、この後に部活を終えて戻って来たジョンがクッキーがない事にショックを受け、そのお詫びとしてヒナイチがジョンにリンゴジュースを奢る事で和解するのであった。






続く
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